張り切って再就職をする為に

    作者:猫御膳

    「やってられるかーーー!! こんなの人間がする事じゃない! こんな会社、今直ぐにでも辞めてやる! 俺は社畜じゃねぇ!!」
     等と言って本当に辞め、1年が経った。
    「いやー、この1年は苦労したよー」
    「そうですか。ご就職が決まって良かったですねー、工藤先輩」
     大学生の頃の後輩を誘って、居酒屋で飲み交わす。軽いように見えて、心配症な後輩の言葉は、心が篭ってる感じがする。
    「いやいや、まだ本決定ではないんだよ。必要なものがあってなー。ま、殆ど決まったみたいなもんだけどな」
    「あ、そうなんですか? 何が必要なんです? 資格とか?」
    「いやいや、此処では言えないんだ。ちょっと一緒に外に出てくれるかー?」
     不思議そうな顔をする後輩を他所に、お勘定を支払ってから一緒に外に出る。
    「なんすか工藤先輩? 勿体ぶってないで早く教えて下さいよー」
     酒も入ってるせいか、にこにこと笑う後輩。その後輩に笑顔で振り返る。
    「お前の首なんだわ。ごめんなー」
     音も無く、一瞬で首を斬り落とす。そして生首となった後輩に謝罪して、笑うのだった。

    「再就職、か。厳しいとは聞くが、これはどうだろう」
     教卓の上でタブレットを弄りながら、曲直瀬・カナタ(糸を紡ぐエクスブレイン・dn0187)が微妙な顔をする。
    「ああ、集まってくれて感謝する。最近では、一般人が六六六人衆に闇堕ちする事件が増えている。今回の件もそれだ。就職活動に苦労している一般人が闇堕ちし、何故か身近な人を殺し、その生首を持ったまま市街を移動している。何処に向かおうとしているのか、残念ながら分からなかった。しかし、闇堕ちした者を放置する事は出来ないだろう」
     灼滅者達に気付き、彼等に向き直りながら早速説明を始めるカナタ。
    「殺された者は1人だけ。しかし、例えば警察に呼び止められたりすれば、邪魔をするなと言って殺すようだ。このままでは犠牲者は増える一方だろう。故に、これ以上犠牲が出る前に、確実に灼滅して欲しい。この闇堕ちをした六六六人衆、名を工藤というのだが、この道を通るので、この場で待ち伏せして戦ってくれ」
     別に相手は逃げようとする訳でも無いので、隠れる必要も無い、と言いながら地図をタブレットで表示して見せる。
    「夜の21時頃に此処を通るのだが、周囲には人気は無い。明かりが街灯だけなので、少々心許ないかもしれない。この工藤だが、見た目は20代後半の青年だ。そして殺人鬼、鋼糸、バベルブレイカーのサイキックを使って、襲い掛かってくる。……工藤は完全に闇堕ちしている。だから、灼滅するしかない。みんなだったら心配無いかもしれないが、ダークネスになった工藤は強い。変な同情や手加減していると負けるぞ」
     くれぐれも注意してくれ、と説明を締め括ってからゆっくり息を吐く。
    「本人しか分からない苦労があるみたいだが、だからと言って人を殺して闇堕ちして良い訳では無い。目的はどうであれ、みんなの力で終わらせて欲しい」
     それではみんなの無事を信じている、という言葉を最後に、カナタは一礼をするのだった。


    参加者
    天上・花之介(ドラグーン・d00664)
    水瀬・瑠音(蒼炎奔放・d00982)
    氷室・翠葉(キュアブラックサンダー・d02093)
    レイッツァ・ウルヒリン(紫影の剱・d19883)
    音森・静瑠(翠音・d23807)
    楠木・夏希(冥界の花嫁・d26334)
    黒八・杳(ぬるいコーヒー・d28588)
    十朱・射干(霽月・d29001)

    ■リプレイ

    ●陽気な殺人鬼
     街灯と夜のお店、そして自動販売機の明かりだけが頼りなく照らす一般道路。とても静かで、時折聞こえてくるのは自動車の走行音や、微かに聞こえるTVの音。居酒屋の喧騒等は嘘のように思えた。
    「この辺りは店が少ないなー。俺が学生の頃だった時は、もっと賑やかだった気がするのになー」
     酒が入ってるせいか、やたら陽気な声が辺りに響く。手にした小包を軽くお手玉のように跳ねさせるのだが、その度に粘質が絡むような水音を立てるのが分かる。
    「そう思わないかー? と言っても、お前はもう喋れないかー」
     何がおかしいのか、1人の青年、工藤は忍び笑いを洩らしては小包に話し掛けてる姿があった。その小包からには遠目では分からないが、底面部が真っ赤に滲んでいる。
    「時間通りだ」
     そんな陽気な青年を水差すような声が静かに響く。声がした方を見れば、懐中時計を仕舞い、天上・花之介(ドラグーン・d00664)が姿を現す。
    「随分陽気なもんだな。何か良い事があったのか?」
     更にその青年の前からは、長い青い髪を靡かせた水瀬・瑠音(蒼炎奔放・d00982)が街灯に照らされて、電柱の陰から姿を見せながら殺界形成を展開する。
    「んー? 良い事かー。いやー、やっと再就職が見つかった事かなー。おにーさん、この1年間苦労してさー」
     誰かに言いたくて仕方ない様子で工藤は笑いながらも、真っ直ぐと進む。
    「就職ねぇ……、こんなんしなくちゃいけねぇなら私は一生学生のままで良いぜ」
    「就職活動……かぁ。まぁ他人事ではないけど。僕にとっても近い将来の話だし。って瑠音……、学生のままで良いって言うけどさぁ……」
     蔑むような視線を小包へと向け、啖呵を切る瑠音。その背後から、ひょっこりと顔を出す氷室・翠葉(キュアブラックサンダー・d02093)が腰に着けたライトを点灯させて、力無くツッコミする。
    「あー、まぁ良いか。瑠音は僕が養うから」
    「よっしゃ! 就職しなくて良いなら遊び放題だな!」
     さらりとプロポーズに聞こえるような言葉を言う翠葉に対し、瑠音は何やら都合が良い部分しか聞いてないように拳を握る。
    「……多分、何か擦れ違ってない?」
     そんな2人に苦笑しながらレイッツァ・ウルヒリン(紫影の剱・d19883)も姿を現すが、肝心な視線は工藤を捉えて一挙一動を伺ってるのが分かる。
    「苦労ですか。けれど、辞めたのも自分で決めた事ですよね?」
    「何故、……あのような事をしたのですか……?」
     青年が来た方向から楠木・夏希(冥界の花嫁・d26334)と音森・静瑠(翠音・d23807)が姿を現し、工藤へと問い掛ける。
    「楠木はお疲れ様。もう終わったんだね」
     黒八・杳(ぬるいコーヒー・d28588)も続いて声を掛けると、夏希は工藤から目を離さずに頷く。彼女は念に念を入れて、簡易看板を設置して通行止めにしておいたのだ。
    「そりゃあんな所で働けないからなー。これでも4年は我慢したんだよ。それなのに、待遇は悪くなる一方。終わらない仕事、責任の押し付け合い、二度手間三度手間は当たり前。俺は社畜じゃねぇっての」
     吐き捨てるように言い、空いた片手を後手にする工藤。
    「ところでさ、キミ等は何なの? 俺、急ぐんだけど」
    「企業に個人が対抗出来る筈はないから、その持って行き場の無い苛立ちはわかるんだがな……」
     無造作に工藤は真横に線を引くように、腕を動かす。同時に、工藤へとオーラが撃ち抜くように放たれるが、鋼糸と相殺するように空中で霧散する。
    「君はその企業だけでは無く、人間社会からもドロップアウトしてしまったという事だ」
     不意打ちは効かんか、という呟きと共に十朱・射干(霽月・d29001)が姿を現しながらサウンドシャッターを展開する。そしてその言葉に、工藤は苛立ったような顔を見せる。
    「人の命を奪ってまでするお仕事なんて『人のする事』じゃないよね」
    「残念だけど……人を殺す鬼は、此処で討つ」
     レイッツァと花之介が武器を取り出し、同時に構えるのが戦闘の合図となった。

    ●人を辞め
    「さあ、鬼退治といこうか!」
    「おぉ?」
     後ろ髪が靡く暇も無く、花之介がエアシューズで工藤の懐へと踏み込むと同時にラジアータを唸らして振り抜く。その足運びを工藤が鋼糸を繰り出して邪魔をするように間を外し、攻撃を逸らす。
    「私に……、出来る事は……」
     攻撃を逸らした矢先、静瑠が日本刀を構えて待っていた事に気付いた工藤は身体を無理に捻り、腕を伸ばす。
    「……今は、ただ私達が為すべきを為します」
     彼女は何か迷いを振り切るように、中段から素早く袈裟斬り鋼糸をも断つ。
    「ッ、仕事の辛さも分からんガキが、ちょっと生意気じゃないかなー?」
    「どこを見ている? 俺はこっちだ」
     素早く体勢を立て直そうと鋼糸を放つが、普段と違い冷静な杳が死角へと踏み込んで、素早く脚を斬り裂く。本来ならば工藤が操る鋼糸は、夜も相まって見辛いように出来ている。しかし杳を始めとした灼滅者達は、ネックライトやLEDライトやランタンを準備しており、戦闘に支障が出ないように周囲を明るく照らしている。その明かりが鋼糸を時折照らすのだ。
    「人を辞めてしまったんだ。そんなキミに容赦する必要はないよ」
    「おっと、変に動かれては困る」
     今は回復が必要無いと判断したレイッツァが影業を伸ばし、工藤の足元から顎を広げるように飲み込ませる。影業に飲み込まれた工藤の首へと、射干が目に見えぬ速度で刃を一閃させるが、工藤は何とか影から抜け出して肩を盾にすると、血飛沫を舞う。
    「動きが鈍いようだけど、更に鈍くするよっ! ノワール!」
     縛霊手から祭壇を展開し、工藤を閉じ込めるように結界を作り出す夏希。名前を呼ばれたビハインドのノワールは、その結界の中へと空かさず霊撃を放つ。
    「確かに俺は運動とか苦手だしねー。だからこそ」
    「っ、チッ!」
     結界に閉じ込められた工藤の平気そうな声がしたと思えば、近くの街灯がゼリーのように綺麗な断面を見せて、倒れる。そして、鋼糸が近くに居た瑠音の手足を一瞬にして捕らえ、瞬時に引き寄せられる。
    「だからこそ、こうして近くに来て貰えば簡単だよな!」
    「瑠音!」
    「ほむらーん!」
     鋼糸を束ね、まるで杭のような形を作る工藤が構える。そこへ翠葉が庇おうとするが、瑠音が霊犬のほむらーんの名を呼び、自身を庇わせる。ほむらーんは斬魔刀を盾にするが、その斬魔刀ごと貫かれる。
    「行っくぜぇ!!」
    「そこは僕の名前を……くらえー」
     引き寄せられた反動を逆に利用し、瑠音は縛霊手に炎を纏わせた拳で殴り飛ばす。そして翠葉は若干拗ねたような声を出しつつ鋼糸を操って、工藤の四肢を浅く斬り裂く。そんな主人を見たナノナノの佐藤さんは、仲良くほむらーんをふわふわハートで回復させている。
    「ガキ共があんまり調子乗るなよ」
     そんな中、灼滅者達の前に小包が投げられる。放物線を描いて落ちた小包からは血を滲み出して道路を染める。誰かが息を飲むような声が、夜の道路に微かに響く。
    「首が増えるってのは悪くないよな。全員殺して持って行く」
     正に血塗れな工藤は、顔に掛かった自身の血を拭いながら起き上がり、両手で鋼糸を操る。その鋼糸が幾重も紡がれ大きな半球のように動き出し、四方八方から一斉に灼滅者達へと襲い掛かり、閉じ込めるのだった。

    ●苦労の果て
    「キミ、人の首とるくらいなんだから相当な覚悟があってやったんでしょ? 僕たちが勝ったら……その就職先、教えてくれない? 後学の為に、ね」
    「1人の生首を持ってきたら教えてやるさ」
     戦場に浄化をもたらす優しき風を招き、仲間の傷を癒して色んな状態異常を取り除く。そんな風に回復に務めていたレイッツァの問い掛けに、工藤は鼻で笑うように挑発しながらどす黒い殺気を無尽蔵に放出し、後衛達を覆い尽くして、殺気に紛れて鋼糸が灼滅者達を斬り刻む。
    「あ、……今のは私でも避けられたから」
     それをノワールは主人である夏希を庇い、夏希は咄嗟にお礼を言えずに顔を背ける。それに対し、ノワールは苦笑するように肩を竦める。
    「くぅ……、貴方はこんなことを本当に望んでいたのですか……?」
     その殺気と鋼糸から逃れた静瑠が軽く跳躍し、身体を縦に捻って星の煌めきと重力を宿した脚で蹴り落とすように炸裂させ、工藤を吹き飛ばして動きを制限させる。
    「首を持っていけばハイ採用、って聞いただけでロクな就職先じゃねぇな。ま、お似合いかねぇ!」
     瑠音が傷口から炎を吹き出しながら馬鹿にするように笑う。工藤は殺気を放とうとするが、しかし彼女の方が動きは速い。
    「行くぜ、相棒!」
    「うん、行くよ!」
     彼女に応じるように、ほむらーんと翠葉が応える。彼とサーヴァントは思わず顔を見合わせる。一瞬だけ気が抜けるような戦場。
    「っと今回は翠葉も居たな、えぇいお前ぇら纏めて来やがれぇ!」
     考えるのが面倒になったのか、瑠音がエアシューズで駆け出す。その前に、彼女の傷を佐藤さんが回復させるのを見て、更にしょんぼりする翠葉。そんな2人だが、息が合うように炎を纏わせた蹴撃と斬り刻もうとする鋼糸が工藤に命中し、ほむらーんが擦れ違いざまに斬りつける。
    「お前の首を取って、この件はお終いだ」
    「そんな大人は、私が、きっちり、叩き直してあげる!」
     背面を取った杳が、急所を狙い解体ナイフを一閃させる。それを工藤が鋼糸を纏わせた蹴りで弾くが、空かさず夏希とノワールが両手に集めたオーラと霊障波を放って直撃させる。
    「ガキ共に何が分かる!? 来る日も来る日も下げたくも無い頭を下げ、人間として扱われないような日々! 辞めたら辞めたらで毎日が不安でしか無いような日常! 俺はやっと自分を活かせる仕事に就くんだ!」
    「それでも、それでも貴方が手を汚してしまったことは事実なのですッ……!」
     工藤が嘆くように、壊れたように叫ぶ。だが、そんな工藤を静瑠が真っ向から事実を突きつける。その言葉に思わず失う工藤。
    「そう、残念だよ……、半端者の人殺しさん」
     憐れむようなレイッツァの言葉に反応した時には既に遅い。目の前には花之介が一対の炸薬式杭打機を、下から跳ね上げるように構えていた。
    「ラスト一発、貰っていけ!!」
     慌てる工藤は、苦し紛れの鋼糸で作られた杭を高速回転させながら叩き込もうとするが、それよりも先にラジアータが工藤の身体を打ち貫くと同時に、爆発音が鳴り響いて杭が射突される。その杭に大きな風穴を開けながら吹き飛び、どうろに横たわる工藤の姿があった。
    「もう戻れない人間時代の記憶だ……、ゆっくり味わってくれ」
     トラウマだがな、という射干の声を最後に、工藤の意識は闇に呑まれて行った。

    ●いつかは通るかもしれない道
    「いつか、アンタみたいな焦りを感じる時が来るのかもな」
    「やれやれ……、分かりたくもないなぁ。この事件も長いしね……」
     高校3年生の花之介にとって、就職等の進路は決して他人ごとではない。その言葉にレイッツァ溜め息を零す。
    「僕も考えなきゃいけないのだけど……」
    「ん?」
     横に居る瑠音を翠葉が見ながら呟くが、彼女が居る限りはあんな風にはならない、と確信する。焦ったとしても頑張るのだろう、きっと。そんな2人の後ろでは、ほむらーんと佐藤さんがじゃれ合っていた。
    「大切な人を手を掛けて、でもか……」
     夏希は自身のそっとサーヴァントを見上げるが、ノワールは夏希の頭を子供扱いするように撫でる。その事で対抗しようとするが、ノワールは飄々とするだけなので余計に夏希は対抗心を燃やすようだった。
    「何にしても無事に終えて良かった。実は俺、緊張気味だったんだよねー」
     周囲を軽く片付け、杳が笑う。その言葉に、灼滅者達はお疲れ様等を言い合い労う。
    「さて、帰ろう。長居は無用だ」
     工藤の冥福を祈っていた射干が顔を上げ、仲間達を促す。その言葉で全員が動き出す。
    「申し訳……ございません……」
     一度だけ静瑠が振り返り、そんな言葉を残す。その声は夜に消えて行くのだった。

    作者:猫御膳 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年11月12日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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