収集家の悲劇

    作者:鏡水面

    ●喪失
     夕方のこと。仕事を終え、男は早歩きで帰り道を歩く。彼の名は里塚・史郎、50代会社員。趣味は骨董品収集だ。古の歴史が刻まれた骨董品に惹かれ、早30年といったところか。
     彼のプライベートは自室に籠り、骨董品の手入れをすることから始まる。それが彼にとって、最大の安らぎなのだ。家に帰れば、骨董品たちが待っている。
    「ただいま~」
     台所から妻の作る料理の香りが漂ってくる。しかし、晩御飯の献立を聞く前に、骨董品たちにも『ただいま』を言わなければ。
     階段を上り、自室の扉を開く。明らかな異変に気付くまで、時間は掛からなかった。
    「……あれ……」
     自室に並べていたはずの骨董品が、なくなっている。すべてではないが、8割が消失していた。とんとん、と階段を上がってくる音がして、背後で止まる。
    「今日の昼間に、業者の人に来てもらって売ったわよ」
    「……はっ?」
     妻の声に、彼の思考が止まる。そんな彼を見ながら、妻はうんざりしたように語り出す。
    「……あのね、うちも大変なんですよ。骨董品なんかにお金を使ってる余裕はないんです。いい加減うんざりしてるんです。家の壁の塗り替えもしなきゃいけないし、大学に行く娘の学費も必要なんですよ? あんなもののために使わないでください。一家が路頭に迷ったら、どうしてくれるんですか!」
     言葉は耳に入らない。『苦労の末、手に入れたお宝たちを売り飛ばされた』という事実だけが、思考を支配する。
     ゆらり、と史郎の背後からどす黒いオーラが沸き立った。直後、妻のすぐ横の壁が大きくへこむ。
    「な、何するんですか?! いきなり……!」
    「許さん……絶対に許さんぞおおぉ!!!」
     身に迫る危険に、妻はとっさに逃げ出した。史郎は拳を振りかざし、妻を家の奥へと追い詰める。

    ●一家の崩壊
    「骨董品を売られ、怒りに狂った男性がブエル兵となってしまいます。皆さんには、彼を灼滅して欲しいのです」
     五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)は、深刻な表情で口を開く。
     ブエル兵とは、ソロモンの悪魔・ブエルの働きかけにより生み出される存在だ。ブエル兵は、恨みを抱いた人間を殺そうとするらしい。
     ブエル兵となった男の名は、里塚・史郎、50代会社員。普段は真面目で勤勉、責任ある地位にも上りつめた彼の趣味は、骨董品収集。
    「骨董品のことになると、金銭感覚が狂ってしまうようで……以前から、後先を考えず、家計にも響く程の高額な品を無断で購入していたようですね。奥さんもうんざりしていたようです」
     そうして、ついに堪忍袋の緒が切れた妻が、多数の骨董品を売り払ってしまったというのだ。そのショックと怒りから、ブエル兵へと変容してしまう。
    「里塚さんの目的は、骨董品を売り払った妻を殺すことです。ブエル兵となった彼を元に戻すことはできませんから、説得はできないものと考えてください」
     接触のタイミングは、彼が妻から事実を聞き、ブエル兵となった直後だ。ちょうど妻を追い、廊下を走っているところだろう。妻は2階のトイレに逃げ込み、内側から鍵を掛けている。しかし、鍵を壊されれば、あっという間に殺されてしまう。なぜトイレに……とも思うが、混乱した結果、逃げ場所を間違えてしまったのだろう。
     史郎は戦闘中に撤退することはない。しかし、それは妻を殺していない場合のみに限る。目的を果たした場合は、すぐに逃走してしまうだろう。そうなると、灼滅することは難しい。
    「里塚さんのポジションはクラッシャー。バトルオーラ系のサイキックを使ってきます。敵は1体……これまでのブエル兵よりも戦闘力が高いので、十分に注意してくださいね」
     また、本来持っていた真面目さや勤勉さは薄れてしまっているが、骨董品に対する情熱だけは残っているようだ。
     一通り説明を終えて、姫子は悲しげに目を伏せた。
    「里塚さんにも非はありますが、無断で売り払ってしまう奥さんも奥さんですね……。娘さんは塾に出かけていて、家にはいません。これだけが唯一の救い、でしょうか」
     とにかく、起こってしまうことは防ぎようがない。姫子は頭を下げ、灼滅者たちを送りだすのだった。
    「悲しい事件ですが……どうか、里塚さんを灼滅してきてください。よろしくお願いします」


    参加者
    凌神・明(英雄の理を奪う者・d00247)
    石弓・矧(狂刃・d00299)
    天祢・皐(大学生ダンピール・d00808)
    玄鳥・一浄(風戯ゑ・d00882)
    織元・麗音(ブラッディローズ・d05636)
    アストル・シュテラート(星の柩・d08011)
    ルナ・リード(朧月の眠り姫・d30075)
    三和・透歌(自己世界・d30585)

    ■リプレイ

    ●骨董品への情熱
     夕刻、夜の闇が迫る頃。タイミングを見計らい、灼滅者たちは史郎の自宅へと突入した。
    「失礼致します……」
     敵と戦う場所とはいえ、他人の家だ。玄関へ入ると同時、ルナ・リード(朧月の眠り姫・d30075)の口から、自然と挨拶の言葉が紡がれる。ルナは精神を研ぎ澄まし、防音の障壁を周囲へと展開した。同時に、織元・麗音(ブラッディローズ・d05636)も殺気を周囲に放出し、部外者が寄り付かないようにする。
     階段を駆け上がると、妻の隠れたトイレへと走る史郎の姿が見えた。
     三和・透歌(自己世界・d30585)のライドキャリバー、ウェッジが廊下を疾走し、史郎とトイレの間に割り込んだ。足を止めた史郎の横を抜け、麗音がさらに行く手を阻む。
    「奥様とよりも、私達と遊びませんか?」
     シールドを史郎へと叩き付け、微笑む麗音。眉を寄せる史郎の背後から、石弓・矧(狂刃・d00299)が迫る。壁を駆け上がり、斜め後方から炎を纏った剣を斬り下ろした。
    「その先には行かせませんよ」
     剣と一体化した紅蓮の炎は、熱傷と裂傷を同時に史郎へと与える。矧の攻撃と合わせ、天祢・皐(大学生ダンピール・d00808)が影を放った。黒い猟犬のごとき影は史郎へと駆け、足に喰らい付く。
    「なんだお前たちは……邪魔をするな!」
     強い苛立ちを露わに、史郎は叫んだ。影を振り払い、トイレ方向へと進もうとする彼に、透歌は淡々と話し掛ける。
    「途中、いくつか骨董品を拝見させて頂きました。なかなか、見事なものですね。あれらは貴方が目利きして選んだものなのですか?」
    「……貴様ら、俺の大切な骨董品たちに何のようだ?」
     足を止め、低い声で史郎は問う。骨董品を売られたばかりで、神経が過敏になっているのだろう。
    「私達を先に倒さなければ、大事な骨董品がさらに減ることになりますよ」
    「なに……?」
     皐の言葉に、史郎がさらに眉間に皺を寄せた直後。
    「はい、注目!」
     アストル・シュテラート(星の柩・d08011)が史郎の部屋から走り出て、声を上げる。
    「そ、それは……!!」
     アストルの手で光るモノ。それは、史郎の宝が一つ。美しい文様と彩色が輝く、小さなクリスタルワイングラスだった。
    「これがどうなってもいいのかー!」
     アストルはグラスを手の内でポンポンと、玩具のように転がして遊んだ。史郎の顔色が、赤から青へと変わる。妻の殺害か、骨董品の奪還か。狭間で揺れる史郎に、玄鳥・一浄(風戯ゑ・d00882)はおっとりと、和やかに話しかけた。
    「文様とええ色合いとええ、高そうな品やなぁ。……こーしてしもたら、まずいんとちゃいますか?」
     声のトーンを落とし、槍先をグラスへと差し向ける。鋭い刃先がギラリと光った。
    「そのグラスの価値をわかって言ってるのか!? それはチェコ産の貴重なグラっ、や、やめろおおォ!!!」
     怒りと悲痛に叫び、史郎はアストルに向かって突進する。その進路を、凌神・明(英雄の理を奪う者・d00247)が塞いだ。シールドで突進を受け流し、傾いた史郎の体を後方へと殴り飛ばす。
    「目が血走ってるぜ。そんなにアレが大事なのか?」
    「邪魔だ! 退け!」
     床に尻もちを付くも史郎はすぐに立ち上がり、明を睨んだ。その様子に、明は呆れたように息を付く。
     アストルが一階のリビングへ入った頃合いを見計らい、灼滅者たちは交戦しつつ史郎を誘導する。
    「俺のワイングラスを返せえええ!!!」
     麗音のキャリバー、アリオンの銃弾が後方から史郎を襲う。銃弾を受けながらも史郎は階段を駆け下り、一直線にリビングへと向かう。
    「本当に骨董品のことしか頭にないんだな」
    「まあ、今はそちらの方が都合がいいですね」
     史郎を追いながら呟く明に、矧が返す。妻から意識を逸らせるなら、それに越したことはない。先んじてリビングに入る灼滅者たちを追うように、史郎がリビングへと突入する。
    「鍵、しめといておくれやす」
    「わかりましたわ」
     一浄の言葉にルナは頷き、扉を施錠した。
    「さて、そろそろお預けの時間は終わりでしょうか……?」
     麗音がカツンと踵を鳴らせば、エアシューズの車輪から炎が噴き上がる。
    「そうだね。この場所なら、廊下よりも戦いやすいし」
     アストルはグラスを懐におさめ、槍を手に取った。史郎に切っ先を向けると、史郎は怒りの色をさらに濃くする。
    「妻はあとだ……貴様らから先に殺す! 俺の骨董品に手を出した罪は重い!!」
    「そう簡単に殺されはしませんが、受けて立ちましょう」
     向けられた殺意をしっかりと受け止め、皐は巨大な刀を構えた。
    「ちょうどいい暇潰しなると、良いのですが」
     透歌は弓を撫で、どこか気怠そうに史郎を見やる。
    「覚悟しろ!!!」
     史郎は怒号と共に、体から黒々とうねるオーラを放った。

    ●消え去る人間性
     史郎のオーラは、明に向かって伸びた。シールドを広げ受け止めたそれは、激しく爆ぜる。
    「覚悟、か」
     オーラの勢いが衰えた刹那、明は前に踏み出し剣を抜き放った。非物質化したそれは紫炎の光を纏い、史郎の胸部へと突き刺さる。剣に宿るのは、殺意という名の悪意だ。
    「言われずとも、ここへ来る前にできている」
    「ぐっ……この……」
     史郎は後退し、一度距離を取る。僅かながら、史郎の攻勢が緩む。
    「今のうちに回復を……cogito ergo sum.」
     ルナは流れるように告げ、魔力を解放した。背筋を伸ばし構えるルナの手元に、淡い光に彩られ弓が出現する。蒼く煌く瞳の先に、明の姿を映した。
    「癒しの力、お受け取りください」
     ドレスの裾がふわりと舞い上がる。直後、光の矢が風音と共に放たれた。優しい光が明の体を包み込み、ダメージを癒す。
    「邪魔くさいぞ! 貴様!」
     史郎が顔を顰め、ルナへと飛び掛かった。しかし、その拳はルナへ届かない。麗音が割り込み、受け止めたのだ。麗音のシールドと史郎の拳の間で、赤黒い火花が散った。
    「パワーはそれなり……でも、荒削りなパンチですね」
    「ちっ……」
    「もう少し、技術を磨いて欲しいものですね。もっと愉しませてもらわなくては」
     僅かな隙を突き、麗音は史郎を弾き飛ばす。足元から燃え盛る炎に髪が靡き、ドレスが舞い踊る。
    「私の動き、手本になさって?」
     ひらりとドレスを翻し、麗音は洗練された蹴りを繰り出した。衝撃と炎が史郎を包んでいく。
    「今のところ優勢ですか? まだわかりませんか」
     透歌は呟きつつ、弓の照準を麗音へと合わせた。放たれた矢は流星のように宙を駆け、癒しのエネルギーを麗音へと撃ち込んだ。同時に、ウェッジが史郎に向け銃弾を浴びせていく。史郎は弾を避けながら、室内を駆け回った。
    「結構アクティブに動くね。これを受けても、動けるかな!」
     挑発的に告げ、アストルは指輪から魔力の弾丸を放つ。着弾と同時、暇を与えずに一浄が史郎へと斬り込む。
    「すっかり変わり果ててしもて……あんたはん変えたんは、何処のどちらさんやろな」
     燕が滑空するかのごとき身のこなしと共に、一瞬の斬撃が史郎の腱を刻んだ。
    「ぐううううッ」
     移動を繰り返していた史郎の動きが鈍る。獣のような呻き声を上げる史郎に、矧は笑みを崩さぬまま剣を構えた。
    「だいぶ、人からかけ離れてしまっているようですね」
     矧は史郎の後方へと回り込み、剣を閃かせる。史郎が振り返る前に、高速の斬撃で脚部を斬り裂いた。既に負傷していた部分をさらに抉り、史郎の脚に深刻なダメージを与える。
    「があアアッ!」
     史郎は痛みに雄叫びを上げながらも、皐へと接近し拳を振り上げた。
    「考えなしに振るうものではないですよ」
     皐は無敵斬艦刀を前に構え、拳にぶつける。巨大な刃で拳を叩き落とすと同時、揺らいだ史郎の横腹に返し刃を打ち込んだ。衝撃が史郎の骨を砕き、壁へと吹き飛ばす。
     罅割れた壁に背を預けつつ、史郎はふらりと立ち上がった。かなりのダメージを受けているはずだ。しかし、彼の士気は衰えない。
    「骨董品……オレの、大切ナ……宝……コットウヒン……コットウヒン……」
     うわごとのように繰り返す史郎を、皐は静かに観察する。
    「先ほどよりも言葉遣いが……」
     おかしい。皐が違和感を覚えた刹那。史郎は壁を蹴り、不規則に走る。
    (「速い……!」)
     突然の挙動に対し、明はとっさに史郎の目線を辿った。そして、その狙いに気付く。
    「アストル、うしろだ!」
     明の声に、アストルは振り返る。オーラを纏った史郎の、狂気に満ちた顔が間近に迫った。骨董品への行き過ぎた情熱が、史郎を突き動かしたのか。
    「っ……!」
     殺意に満ちたオーラと接触する直前、アストルは飛び退く。だが、その後を史郎は執拗に追う。
    「宝物ヲ、カエシテモラオウカ?」
    (「避けられない……!」)
     攻撃を受ける覚悟を決め、身構えるアストル。直後、史郎の横腹を、一浄の氷柱が打ち抜いていた。史郎がアストルを狙うと同時、一浄も史郎の攻撃を防ぐため、妖気の氷柱を生成していたのだ。
    「そないやり方したら、大切な宝物が壊れてまうで?」
     紡がれる静かな言葉とは裏腹に、一浄の魔槍が鋭く風を薙いだ。
    「ウガ、アァ……!」
     漆黒の翼を広げた刃は史郎を深く貫き、その足を止めさせる。
    「イチキヨ、助かったよ」
    「相手はん、だいぶ弱ってはる……決着付けましょか」
    「うん。悪夢は、終わらせないとね」
     これ以上悲劇を生まないためにも、断ち切る。アストルは己の影を魚影へと変える。骨格を剥き出した魚影は床を泳ぎ、史郎の体に絡み付いた。一浄の槍に貫かれた史郎を、アストルの影がさらに縛り上げる。
    「古きものの良さはわからなくもないですが、ここまでの情熱は理解できませんね」
     透歌にとって、骨董品を見ても雰囲気に浸れるのは、せいぜい10分程度だ。史郎の情熱を理解しようとも思わない。
     透歌の言葉に、ルナが静かに頷く。
    「そうですわね……このような姿になるほど、夢中になってしまうなんて」
    「さっさと終わらせてしまいましょう」
     透歌は素っ気なく告げ、ウェッジと挟み打つように史郎へと接近する。炎の衝撃と突撃が、史郎の体を激しく揺らした。
     史郎は意味不明な言葉を発しながら、透歌に拳を叩き込もうとする。その拳を、一条の光線が吹き飛ばした。
    「理由が何であれ、暴力を振るう方は許しませんわ。手加減いたしませんので、お覚悟を」
     ルナは瞳の奥に紅い光を煌かせ、まっすぐに史郎を見据える。高純度の魔力が、彼女の胸元で渦を巻いていた。そこから放たれた光線が、史郎の拳を消し飛ばしたのだ。
    「こんなことで死ぬなんて、もったいなさ過ぎるな」
     言葉と同時、明の剣から眩い白光が爆ぜた。光を前に、史郎は獣のように唸る。
    「グウウウウ……」
    「……もう、言葉も通じないか」
     どこか残念そうに顔を顰めた後、明は剣を振るう。輝く白は紫炎と共に弧を描き、史郎の体を斜めに斬り裂いた。
    「お愉しみの時間は終わりですね。それでは、またあちら(地獄)でお会いしましょう」
     麗音は縛霊手に炎を纏わせる。灼熱の拳で殴り付けると共に、アリオンの銃弾を叩き込んだ。
     奇声を上げながら、史郎は全身から血を流す。悪あがきするように、闇雲にオーラの光線を放射した。
     史郎は家族を養う存在であり、夫であり父だった。しかし、その面影はもう、どこにもない。
    「ここで彼を灼滅することが、彼にとって唯一の救いとなるかもしれませんね」
     皐は呟き、己の影にエネルギーを注ぐ。史郎を倒せば、妻子が助かる。本来の史郎が、骨董品への愛とは別に、家族を想っていたのだとしたら。灼滅は史郎にとって、救いになるのではないだろうか。皐の言葉に、矧が静かに返す。
    「そうですね。……救うためにも、この凶行を終わらせましょう」
     縛霊手を腕に発現させ、矧はオーラを放ち続ける史郎を見据えた。
     皐の影がオーラの間を縫い、史郎へと駆ける。猟犬の影はその爪で、史郎の体を深く刻んだ。矧は風のように走り、史郎の懐に飛び込む。
    「ガ……ッ……」
     目を見開く史郎に矧は、ただ、柔らかに微笑む。
    「安らかに、眠ってください」
     巨大な得物を振り上げ、史郎の頭部へと振り下ろした。重たい衝撃は、史郎の体を粉々に砕く。絶命した史郎は、溶けるように崩れ落ちていった。

    ●残されたもの
    「皆様、お疲れ様でした」
     静まった室内で、最初に口を開いたのはルナだった。ドレスをつまみ、優雅にお辞儀する。
    「はい、お疲れ様です。最後はわりとあっけなかったですね」
     ウェッジに寄り掛かりながら、透歌が眠たそうに欠伸をした。アストルはワイングラスを取り出し、無事を確認する。
    「年代を感じさせる、美しいwine glassですわね」
    「そうだね。……きっと、すごく大事にしていたんだと思う」
     ルナの言葉に返しつつ、アストルは悲しげに眉を寄せる。
    「ちゃんとお互いが話し合っていれば、こんなことには……いや、本来ならばブエル兵に変わる事自体がおかしいんですよね」
     矧が史郎を悼むように、そっと瞳を閉じた。明も史郎が消えた場所を見つめ、手を合わせる。
    「一体何が原因なんだろうな。最近、ブエル兵化する事件が多過ぎる」
    「敵はん、ブエル兵でも集めとるんやろか……ここには手掛かりは残ってへんみたいやな。……このままで終わらせるのも、心苦しいもんやね」
     室内を汲まなく観察し、一浄は静かに息を付く。
    「今の所後手に回るしかないというのが、中々に厄介ですね」
     言いながら、皐はふと二階からの音に気付いた。扉が開く音と、廊下をゆっくりと歩く音。恐らく史郎の妻が、トイレから出てきたのだろう。
    「……さて、奥様が一階に戻ってくる前に、帰りましょうか」
     麗音の言葉に頷き、灼滅者たちはその場から撤収する。
     今後、この家庭は、母と娘だけで生活していくことになるのだろう。夫の変貌の真実を、知らないままに。それが幸せなのか、そうでないのかは、誰にもわからない。

    作者:鏡水面 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年11月12日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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