夜明け前の魚肉ソーセージ

    作者:二階堂壱子

    ●アメリカン怪人?
    「――というわけでぇ、ぜひぜひ私達のお仲間になっていただきたいんですよぉ」
     なかば海風に流されつつも届く間延びした声に男は頷き、係船柱に載せていた右足を下ろした。
    「話は大体わかった……しかし娘よ。この魚肉ソーセージ怪人様をタダで自陣に迎え入れられると思っているならば、少々ムシが良すぎると言わざるを得んな」
     黄土色のロングコートの裾をはためかせながら、魚肉ソーセージ怪人を名乗る男はアイドル淫魔に向き直った。フードの中で月明かりをツヤやかに照り返すオレンジ色のフィルム――それに包まれた顔に目鼻は見当たらない。が、対峙する淫魔は、自らの豊かな肢体を舐めんばかりの視線を感じ取り、ニッコリと微笑を返した。
    「もちろんタダでなんて思ってないですぅ。その衣もフィルムも綺麗にムイてぇ、たっぷりサービスしちゃいますよぉ?」
    「衣、だと……!?」
     途端に怪人の声色が厳しくなり、淫魔はキョトンと目を丸くした。一方、怪人は両肩を怒りに震わせながら淫魔に詰め寄ってくる。
    「娘よ。この俺がコートを着ている理由をどう考えている?」
    「……アメリカン怪人らしくアメリカンドッグのコスプレをしてるんじゃないんですぅ?」
    「なるほどなるほど、いかにも小娘らしい浅はかな考えだ……この馬鹿者が!!」
    「あうぅ!?」
     怒号とともに鋭く突き出された巨大な木串が淫魔を貫いた。間を置かずに串を横一文字に薙いで淫魔を振り落とし、その亡骸を見下ろしながら怪人は高らかに言う。
    「アメリカン怪人と見紛うとは笑止千万! ソーセージといえばドイツ! ドイツといえばソーセージ! たとえ原料が魚肉だろうとも、ソーセージの名を関するこの俺がゲルマン怪人以外の何者であろうはずもなかろうが!!」
     ちなみに、コートは寒くなってきたから着ているだけのようである。

    ●正解はゲルマン怪人でした
    「ラブリンスター配下のアイドル淫魔が、ゲルマン怪人の残党に殺されてしまう事件を予知しました」
     教室に集った灼滅者達に、五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)はそう告げた。
     8月末の『サイキックアブソーバー強奪作戦』において武蔵坂学園に助力したラブリンスター勢力は、激闘の中で失われた戦力を回復するため、各地にいる残党ダークネス達の勧誘に動き出している。今回、その交渉のひとつが失敗に終わることを姫子は予知したのだ。
    「淫魔達の救援がなければ、サイキックアブソーバーは朱雀門学園に奪われていました。それを恩や借りと考えるかどうかは皆さん次第ですが……それを抜きにしても、いずれ事件を起こすであろう残党ダークネスを灼滅できるチャンスですので、怪人は確実に倒したいところです」
     未来予測上に現れたのは魚肉ソーセージ怪人。人間大の魚肉ソーセージに手足が生えたような姿で、黄土色のフード付きロングコートを着ているという。
    「元はドイツ化された日本のご当地怪人だからなのか、ゲルマンシャーク亡き今では、すっかりドイツっぽさが抜けてしまっているようです。むしろ、衣っぽいコートや串っぽい武器のせいでアメリカンドッグを彷彿とさせる外見になっていて……とはいえ、ゲルマン怪人としての自覚は強く、アメリカン怪人扱いされると逆上するようなので、その性格を上手く利用すれば戦闘が有利に運べるかもしれませんね」
     そう言って姫子は微笑んでから、怪人の戦闘スタイルについて説明する。ポジションはクラッシャー。ご当地ヒーロー相当のサイキック3種に加え、巨大な木串に似た武器による強烈な打撃攻撃や、オレンジ色のフィルムを利用した回復と防御力の増強を行うという。
    「交渉の中でアイドル淫魔は魚肉ソーセージ怪人をアメリカン怪人の残党と勘違いし、そのことに逆上した怪人が淫魔を殺してしまう、というのが大体の流れです。接触のタイミングは、淫魔が攻撃を受ける直前か、倒された直後――どちらを選ぶかは皆さんにお任せしますが、淫魔を助けられたとしても彼女は戦闘には参加せずに撤退しますので、戦力としては期待できないでしょう」
     それに加えて淫魔もダークネスであり、そして、ラブリンスターは現在活動可能なダークネスの中でも最強クラスの実力と目されている。この場では敢えて手を貸さないというのもひとつの戦略だろう。
    「交渉が行われるのは夜明け前、とある港になります。戦闘に支障をきたすようなことはないようですね。それと、戦闘が終わる頃には日の出を見ることができそうですよ」
     きっと綺麗でしょうね、と締めくくり、姫子はふたたび微笑を浮かべたのだった。


    参加者
    保戸島・まぐろ(無敵艦隊・d06091)
    皇樹・桜夜(家族を守る死神・d06155)
    皇樹・零桜奈(漆黒の天使・d08424)
    猪坂・仁恵(贖罪の羊・d10512)
    須野元・参三(絶対完全気品力・d13687)
    東雲・菜々乃(お散歩大好き・d18427)
    カノン・アシュメダイ(アメジストの竜胆・d22043)
    白臼・早苗(静寂なるアコースティック・d27160)

    ■リプレイ

    ●灼滅者達の思い
     月の光も冷たく冴える深夜、灼滅者達は倉庫の陰に身を潜めていた。その先頭は保戸島・まぐろ(無敵艦隊・d06091)。怪人と淫魔の間に真っ先に飛び出すため、無敵斬艦刀『ギガ・マグロ・ブレイカー』を携えながら集中してタイミングを計っている。
     その後ろから、東雲・菜々乃(お散歩大好き・d18427)がひょっこりと顔を出した。淫魔の容姿等をチェックしておくためだ。露出度の高いアイドル衣装風の服を身につけている以外には目立った特徴もなく、典型的なラブリンスター配下のアイドル淫魔。そんな姿を冷静に観察しつつ、菜々乃は冷えた指先をそっと温める。
     対照的に、淫魔へと熱い視線を送っているのは、ラブリンスターの大ファンである皇樹・桜夜(家族を守る死神・d06155)だ。
    「ラブリンスター様の配下を救出するのは久しぶりですね」
     視線を動かすことなく呟く桜夜。どうやら、灼滅対象である怪人には何の興味もないらしい。そんな桜夜をフォローするように、皇樹・零桜奈(漆黒の天使・d08424)は怪人へと目を向ける。
    「ドイツっぽさが……抜けた……ゲルマン怪人ね……というか……いたんだ……残党……」
     目を向けたものの、いたってドライな感想を漏らす零桜奈。2人の様子に穏やかな微笑をこぼし、カノン・アシュメダイ(アメジストの竜胆・d22043)は言う。
    「ラブリンスター様達には戦争時に助けて頂きましたし、しっかり助けましょうか」
    「……ラブリンスターへの恩は、小さいことでいいから返しておきたいよね」
     白臼・早苗(静寂なるアコースティック・d27160)も小さく同調の声を漏らし、そっと睫毛を伏せた。
    (「今は絵空事かもしれないけど、ダークネスと共存が出来るのであれば……それが一番、平和な形だと思う」)
     叶うのか叶わないのか、今はまだ分からない願いを胸に秘め、早苗はふたたび視線を上げる。目の前の淫魔を救うことで、願いの実現に少しでも近付けるかもしれないのだから。
    「淫魔への借りを返す、怪人を殲滅する……これは、実に一石二鳥の作戦だな」
     自信に溢れた表情で大仰に頷いているのは須野元・参三(絶対完全気品力・d13687)。ライドキャリバーのヴィネグレットも、相槌を打つようにウィンカーを小さく明滅させた。
     一方、猪坂・仁恵(贖罪の羊・d10512)は少々複雑な思いで臨んでいるようだ。
    「失敗したら殺されるってめちゃめちゃリスキーな交渉ですよね。事前に調べるか何かしていきゃーいいのに、淫魔のくせに誘惑を失敗するってホントダメな子じゃねーですか……」
     無表情に呟くのは辛辣な言葉。それもそのはず、彼女は淫魔が嫌いなのである。ダークネス同士で小競り合おうが、学園と友好関係にあろうが、淫魔はどうせ人間に手を出すのだから――
    「……でも、まあ、借りは返しておきましょうかね」
     そう仁恵が呟いたのと同時、怪人の険しい声が海風に乗って灼滅者達の元にも届き、まぐろが倉庫の陰から飛び出した。殺界形成を展開する菜々乃に続いて他のメンバーもスレイヤーカードを解放し、臨戦態勢に入る。ダークネスを前にしての思いは様々だが、作戦に対する意思統一はしっかりと成されているのだ。

    ●アイデンティティ・クライシス
    「この馬鹿者が――って、ハァ!?」
     淫魔を貫くはずの串を突如止められ、さらに、止めたまぐろが手にする無敵斬艦刀が鮪を模していることを見留め、魚肉ソーセージ怪人は驚愕と動揺を隠せない。どこからツッコんだらいいのか分からない、ともいう。対して、まぐろは冷静に怪人を見据えつつ、背に庇った淫魔に声を掛ける。
    「淫魔、あんたはどこへでも行きなさい」
    「……ほぇ?」
     突然の乱入に状況を理解できていないらしく、淫魔は小首を傾げた。が、まぐろはそれ以上構わず、距離を取るべく後退する怪人を追う。
    「えっとぉ……武蔵坂学園の方々ですよねぇ? なんか私、殺されちゃいそうだったみたいですしぃ、助けてくださったんですかぁ?」
     まぐろに合流するように次々と現れた灼滅者達が怪人を追うのを見ながら、誰に問うでもなく呟く淫魔。その言葉に後列の早苗が振り返り、頷く。
    「体だけは大切にしてね……2つの意味で」
     意味深げな言葉を掛け、ふたたび怪人に向き直る早苗。その背中に、淫魔はぺこりと頭を下げる。
    「なんだかよくわかんないけど、ありがとうですぅ」
    「あっ、あのっ、これからも頑張ってくださいね!」
     立ち去りかけた淫魔に慌てて声を掛ける桜夜。本当は握手したり抱きついたりしたかったのだが、それが許される状況ではない。淫魔が去り際に笑顔で手を振ってくれたことが、せめてもの慰めだった。
     一方、取り囲まれる形となった怪人は立ち止まり、いまだに状況を把握できずにキョドキョドと灼滅者達を見回している。
    「な、何事だ……ハッ!?」
     不意に、顔面を覆うオレンジ色のフィルムがツヤッと光った。そこに反射しているのは、アメリカンドッグにかぶりつく仁恵の姿だ。
    「おやおや立派なアメリカンドッグ怪人じゃねーですか」
    「ずいぶん面白い格好の怪人さんですね」
     菜々乃も迎合するように頷きながらアメリカンドッグを取り出し、チラッチラッとあからさまな視線で怪人と見比べはじめる。分かりやすい煽りにも素直に反応し、怪人は両肩をぶるぶると震わせながら一歩踏み出した。
    「こ、小娘共……貴様ら、この魚肉ソーセージ怪人様がコートを着ているからといって、しても良い勘違いと絶対にダメな勘違いがあるということを――」
    「おや、よく喋るアメリカンドッグですね」
    「動くな! 動くと仲間の命はないぞ、なのです」
     仁恵がバッサリと口上を遮り、さらに、菜々乃が手にしたアメリカンドッグを人質よろしく見せつけると、怪人は串を振り上げて激昂した。
    「貴様らあああああ! ソーセージといえばドイツに決まっているだろうがああああ!!」
     魂からの怒号。そこに参三と零桜奈が冷静な言葉を掛ける。
    「あ、うん……? 魚肉ソーセージのゲルマン怪人なんだ……? しかしその外見では、全ての真実を見通す気品高き私の目を以ってしても、アメリカンドッグのアメリカン怪人にしか見えないな」
    「ソーセージは……確かに……ドイツだけど……串と……衣っぽい……コート着てたら……間違われても……仕方ないんじゃない……?」
    「ドイツって場所にもよるけど、基本的に日本より寒いはず……日本の寒さでコートを羽織るなんて、ゲルマン怪人を名乗るわりには貧弱なんだね……?」
     笑顔と共に厳しい指摘で追い打ちをかけたのは早苗である。あまりにも的確な言葉の数々に、怪人は怒りを通り越して動揺――いや、傷ついているようだ。
    「うっ……ぐっ……で、でも、ゲルマン怪人だも……」
     なんとなく涙声っぽい。が、さらに追い打ちをかける声が響き渡った。
    「魚肉ソーセージは日本発祥でしょう」
    「ギクッ!!」
     分かりやすすぎる声を上げてから、おそるおそる振り返る怪人。視線の先にいるは、まぐろだ。ご当地への愛、魚介類への愛、そして持ち前の迫力に任せ、まぐろはさらに怪人を追い詰める。
    「本当に、ゲルマン怪人ともアメリカン怪人ともつかない曖昧な存在ね。ご当地怪人のくせに自分に自信が持てていないんじゃないの? そんなことでは生きていけないわよ!」
    「グハァァッ!!」
     サイキックの1発も放たれていないというのに血を吐き、魚肉ソーセージ怪人は膝を折る。自信はあった。しかし、今まさに砕け散ろうとしている。彼は縋るような思いで、未だ自身のアイデンティティを脅かしていない桜夜とカノンに顔を向けた。だが――
    「殺し甲斐があるといいですね。楽しませてくださいね」
     物騒な言葉と共に妖しい笑顔を見せ、地を蹴る桜夜。カノンも『殺戮姫』と化し、殺気を放ちながら後に続く。アイデンティティどころか命が危ないことを、怪人はようやく悟ったのだった。

    ●死装束は黄土色
     桜夜の螺穿槍に続き、カノンのクルセイドスラッシュが怪人を深々と切り裂く。
    「くっ、小癪な……!」
     遅れて攻撃態勢に入ろうとする怪人を牽制するように、零桜奈の背にフェニックスドライブが広がった。美しく闇を照らす翼の下から仁恵が間髪入れずに飛び出せば、異形化した腕が怪人を吹っ飛ばす。
    「こ、小娘共め!」
     悪態をつく怪人に、参三がフリージングデスを放ちながら言う。
    「私の持論だが、怪人とは見た目が最重要なんだぞ!! 何をモチーフにしたかが1発で判らなければ……そうでなければ怪人としては失格だな。という訳で貴様はアメリカンドッグのアメリカン怪人として殲滅してやろう」
    「そ、それだけは許さん! そこはせめてアメリカンドッグのゲルマン怪人だろうが!!」
     意味不明な叫びと共に、怪人が参三に向かってビームを放った。
    「ヴィネグレット!」
     主の声に応じて飛び出すヴィネグレットがビームを受け止め、そのまま機銃掃射で怪人の足を止める。隙を逃すまいと、菜々乃の蛇咬斬も肉薄した。
     連携の取れた灼滅者達の動きに翻弄されているものの、怪人も歴としたダークネス。一撃一撃の重さが違う。油断すれば崩れかねない戦線を、早苗の奏でる旋律と美しい歌声がしっかりと支えた。
     猛攻を前に怪人も回復を試みようとはするものの、重ね掛けされた破魔の力を乗せた連続攻撃には成す術もない。
    「くっ……多勢に無勢とはいえ、この俺が小娘相手に後れを取るなど……!」
    「私……男なんだけど……」
    「何ぃぃっ!?」
     冷静な零桜奈の呟きに、思わず驚愕する怪人。その隙を突いてカノンの黒死斬が襲い掛かり、畳み掛けるように仁恵のフォースブレイクが炸裂した。
    「ガハッ……ゲ、ゲルマンシャーク様……今、お傍に参ります……!」
     その格好で? と誰もが思ったが、口に出すより早く魚肉ソーセージ怪人は爆発四散したのだった。

    ●夜明けの灼滅者達
    「日本のご当地怪人としての誇りを持てなかったのが敗因ね」
     セーラー服を手ではたいて、まぐろは髪をかき上げる。その頬に、折よく曙光が射した。
    「日の出か……この私の気品にさらなる輝きを添える光だな」
     白む空を見つめつつ、しみじみと呟く参三。
     菜々乃は淫魔が無事に逃げられたのかどうかに思いを馳せながら、眠気をこらえて学園への道を辿りはじめる。
    「皆さんご無事のようですし、帰りましょうか」
     仲間達の無事を確認してからカノンが言い、おもむろに零桜奈の左腕に抱きついた。見れば、右腕には桜夜が同様に抱きついている。
    「2人とも……近い……」
    「零桜奈、顔赤いですよ?」
     連れ立って帰る3人を見送ってから、早苗は小さくくしゃみをした。コートの襟元を直しながら、明けていく空を眺めて呟く。
    「……何かあったかいモノ、食べたいなぁ……」
     金色の睫毛で朝の光を受け止めていた仁恵が、瞳を細めたまま口を開いた。
    「……改めてアメリカンドッグ食べに行きましょうか」

    作者:二階堂壱子 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年11月16日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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