ネコ屋敷の惨劇

    作者:J九郎

     その屋敷は、近所ではネコ屋敷と呼ばれていた。
     屋敷の主人である老婦人が、屋敷の庭で野良猫に餌をあげるものだから、毎日のように10匹ほどの野良猫が集まってくるのだ。
     近所の人からは、迷惑だから野良猫に餌をやるなという苦情が来ているが、老婦人にはどこ吹く風だった。
     今日も用意したキャットフードを、集まってきた猫たちに振る舞っている。猫たちは美味そうにガツガツとキャットフードを平らげていった。
     いつもなら、食べ終わった猫たちは満足そうに喉を鳴らしながら老婦人にすり寄ってくるのだが……今日はどこか様子が違った。
     まるで、食べ足りないというように不満げな鳴き声を上げながら、目を光らせて一斉に老婦人を見上げている。
     ただならぬ様子に、老婦人が思わず後ずさろうとした時。
     猫たちが、一斉に老婦人に飛びかかっていった。
     ガツガツと、肉を割き骨を砕く音が、庭に響き渡る。
     しばらく後。老婦人を平らげた猫たちの満足そうな鳴き声が、真っ赤に染まった庭に響き渡った。
     
    「嗚呼、サイキックアブソーバーの声が聞こえる……。野良猫が眷属化して、人間を襲おうとしていると」
     神堂・妖(目隠れエクスブレイン・dn0137)は、陰気な様子で集まった灼滅者達にそう告げた。
    「……眷属化の理由は分からないけど、被害が広がる前に、猫たちを止めて欲しい」
     眷属化した猫の数は全部で10匹。殺人鬼に似たサイキックを使うものと、人狼に似たサイキックを使うものが、それぞれ5匹ずついるようだ。幸い、眷属なのでそれほど戦闘能力は高くない。
    「……接触できるのは、猫屋敷の庭で、老婦人が与えたキャットフードに気を取られている間のみ。それより早いと気配を察して逃げ散ってしまうし、遅いと老婦人が犠牲になってしまうので、気をつけて」
     加えて、半数以上がやられると、逃走を試みる猫もいるようだ。
    「……一匹でも逃がしてしまうと、どこでどんな事件を引き起こすか分からない。絶対に、逃がさないようにして」
     それから妖は、顔をややうつむけて、
    「……残念だけど、一度眷属化してしまった猫たちを、元に戻す方法はないの。だからせめて、事件を起こす前に速やかに灼滅してあげて。みんなの力なら、きっとそれができるから」
     そう、灼滅者達に頼んだのだった。


    参加者
    楯守・盾衛(シールドスパイカ・d03757)
    望月・小鳥(せんこうはなび・d06205)
    桜木・心日(くるきらり・d18819)
    暁文・橙迦(小丸好日・d24339)
    永星・にあ(紫氷・d24441)
    曉・真守(黒狼・d27563)
    天枷・雪(あの懐かしき日々は・d28053)
    大神・狼煙(愛を求めて己が闇に沈む者・d30469)

    ■リプレイ

    ●ネコ屋敷、突入
    「さあみんな、お食事の時間よ」
     キャットフードを手にした老婦人が、屋敷の中から姿を現す。たちまち周囲から集まってきたのは、10匹の猫たちだ。
     その様子を、望月・小鳥(せんこうはなび・d06205)は、空飛ぶ箒にまたがって上空から観察していた。老婦人にも猫たちにも気付かれないよう、影が落ちないように太陽の方向も計算に入れて飛んでいた小鳥は、猫たちがキャットフードを食べ始めたのを確認すると、仲間達にメールを一斉送信した。

    「了解。タイミングを合わせて、一斉に突入するわ」
     屋敷の外で待機していた天枷・雪(あの懐かしき日々は・d28053)は、メールを受け取ると真剣な表情で移動を開始した。
    「いわゆる一つの猫屋敷ネー。ンー、近所のヒトよか野良猫が好きみてェだし、猫と物理的に一つになれて婆サン本望なンじャねェの」
     一緒に待機していた楯守・盾衛(シールドスパイカ・d03757)がそんな軽口を叩くが、雪の無言での抗議の視線を受け、肩をすくめる。
    「……あー、やッぱダメ? ヘイヘイそンじャ人助け人助けー」
     猫たちが餌を食べ終わったタイミングを見計らい、二人はネコ屋敷の庭に突入していった。

    「すみません、ちょっと眠っていてください」
     別方向から突入した暁文・橙迦(小丸好日・d24339)は、何事かと振り向いた老婦人に向けて『魂鎮めの風』を発動させた。穏やかな風を浴びた老婦人は、たちまち眠りに落ちていく。そのままその場で倒れ込みそうになった老婦人を支えたのは、『怪力無双』を発動させた桜木・心日(くるきらり・d18819)だった。
    「では、ご婦人はぼくが安全なところまで運んでおくよ」
     だが、猫たちが素直に後退を見逃すはずもなかった。突然の乱入者達に驚いていた猫たちだったが、すぐににゃーにゃーと凶暴な唸り声をあげ、老婦人を抱えた心日に飛びかかろうとする。
    「おっと、そっちの連中より、このマタタビの方がお前達の好物なんじゃないか?」
     別の方角から現れた大神・狼煙(愛を求めて己が闇に沈む者・d30469)が、袋詰めにしてきたマタタビを、猫たち目掛けて一斉にばらまいた。猫たちのうち数匹が、マタタビに気を取られて動きを止める。
     それでもマタタビに見向きもせず、老婦人に飛びかかろうとする猫もいたが、
    「こっちはお任せですよっ」
     箒から飛び降りてきた小鳥と、彼女に付き添うビハインドのロビンさんが、老婦人と猫たちの間に立ちはだかった。
     猫たちが気付いた時には、10匹を取り囲むように、7人の灼滅者達が展開していたのだった。
    「獣の牙と爪は己のためにあるのだ。誰かの意図で殺すためだけに振るうものではない。化け物と成り果てるならばここで殺してやろう」
     曉・真守(黒狼・d27563)の全身から黒い霧が流れ出し、霧に包まれた灼滅者達の戦意を高めていく。
    「ネコちゃん、可愛いんですが、肉食動物なんですよね……。それが眷属になったら……考えるだけでも恐ろしいです」
     永星・にあ(紫氷・d24441)は、猫のかわいさに緩みそうになる気持ちを引き締め、身構えた。
    「いくらかわいくても、救えない以上、任務は任務」
     雪は自らにそう言い聞かせると、ドラッグケースからカプセルを一つ取り出し、苦々しい顔で飲み込む。それは、一時的に肉体の能力を暴走させる禁断の薬。
    「メシ食ッたか? 顔洗ッたか? 毛づくろいしたか? ンじャ、Let'sネコねこ☆ジェノサーイド」
     盾衛が先手必勝とばかりに裂貫杭【ブラッドバイト】の杭を地面に打ち込むと、庭の地面が激しく震動し、猫たちの態勢を崩していった。それが戦いの開始を告げる合図となり、灼滅者と眷属化した猫たちの戦いが始まったのだった。

    ●荒ぶる猫たち
    「しばらく、ここで休んでいて下さいね」
     心日は屋敷の中の手頃なソファに老婦人を横たえると、外へ出て玄関の扉をしっかりと閉じた。これで、老婦人の身の安全は確保できたはずだ。
    (「猫は可愛いけど今回はしっかり倒そう。心が痛むけど、誰かが死ぬのは嫌なんだ」)
     心日はそう決意を固めると、戦いを続ける仲間達の元へと駆け出していった。

    「にゃー」
     かわいらしい鳴き声が、ネコ屋敷の庭に響く。8人の灼滅者と10匹の猫たちとの戦いは、端から見ればじゃれ合っているように見えるかもしれない。しかし実際には、互いの命をかけた死闘が繰り広げられているのだ。
    「それでは、推して参らせて頂きます」
     小鳥は念のため『殺界形成』を発動させてから、強烈な回し蹴りで竜巻を発生させ、猫たちを吹き飛ばしていく。にゃーにゃー言いながら宙を舞っていた猫たちだったが、さすがに猫だけあって華麗な身のこなしで、危うげなく着地していった。
    「あたしの見た目鬼の姿やけど、心まで鬼にして戦わなアカンの?」
     精神が高揚してきたせいか関西弁に戻った橙迦は、羅刹鬼化した腕で掌を握り締め、マタタビの実や猫じゃらしを猫達の前に投げて見せた。だが、もはや猫たちはそんなものには目もくれず、血に飢えた獣そのものとなって、橙迦に襲いかかる。
    「……もうあんたら、猫の心も残っとらんのやな」
     橙迦は寂しそうにそう呟くと、除霊結界で飛びかかってきた猫の動きを封じていった。
    「みなさん、逃がさないように、満遍なく攻めましょう」
     にあは飛びかかってきた猫を愛用の槍『Vedfolnir』で迎撃し、
    「了解だ。一匹も逃がさん」
     真守は跳び蹴りや己の爪を駆使して、猫たちと渡り合っていった。
    「これは人間のエゴ。あなた達に罪はない。罪はないのだけれど……」
     雪の手から、彼女の凍り付いた心そのもののように冷たい炎が吹き出し、猫たちを凍り付かせていく。
    「コタツで丸くなれオラァ!」
     さらに盾衛もフリージングデスを重ね、猫たちの表面を覆った氷の層がさらに厚くなっていった。だが、猫たちはそれでも動きを止めることなく、あるものは爪を振るい、あるものは牙で噛み付いて、灼滅者達に反撃する。
    「おい! 大丈夫か!?」
     やや後方で猫の立ち回りを警戒していた狼煙が、仲間が傷を負うたびにヒーリングライトで回復させていく。
     一進一退の戦いはしかし、凍らされたり麻痺させられた猫たちが少しずつ戦力外と化していき、次第に灼滅者優勢に傾きつつあった。

    ●絶対逃がさない
    「餌くれる人をも喰らい尽くす獣に成り果てる前に……ホンマに無念やけど堪忍やで!?」
     橙迦は、かつて巨大化け猫都市伝説と戦った事を思い返しながら、一匹の猫目掛けて妖冷弾を放った。既に毛皮に霜の張り付いていた猫の体が完全に凍り付き、次いで粉々に砕け散る。
    「犬猫の眷属化になんの意図があるかは分からんが、放っておくわけにもいかんしな」
     真守は内心忸怩たるものを感じつつも、制約の弾丸を撃ち放った。逃れようと身をくねらせる猫だが、すでにこれまでの戦いで体の大部分が麻痺していて思うように動けず、弾丸の直撃を受けて吹っ飛んでいく。
    「これで残る猫は5匹か。そろそろ、逃げ出す猫がいないか注意しないとな」
     常に全体の戦況に気を配っていた狼煙が、猫たちの動きを見逃すまいと注意を払う。真守は改めて黒い霧を展開して盟友達を強化し、盾衛は一歩前に出て前衛の包囲網に加わった。
     そして雪は、
    「『落涙』起動。接続開始」
     特型兵装『落涙』と名付けられた魔導カノンを起動させる。
     その間にも、
    「門の方、逃げようとしてます!」
     小鳥が鋭く注意の声を上げた。見れば一匹の猫が包囲をかいくぐり、門から外へ逃げだそうとしている。
    「ネコちゃん、こっちにおいしいものがありますよ」
     にあが持参した蟹蒲鉾とマタタビで気を引こうとするが、猫は一瞬振り向いただけで、そのまま門目掛けて全力疾走していった。
     だがその一瞬で、猫に追いついた心日が除霊結界で猫の足を封じ、
    「せめて苦しまないように。一瞬で」
     雪の構えた『落涙』から魔力が迸り、猫を永遠の眠りに導いていく。
     だが、一息つく間もなく、
    「へいソッチの猫ビビッてンぞ、逃がしちャ駄目だワン!」
     盾衛がまた一匹、逃げようとしている猫を発見していた。
    「逃がすかよ!」
     すかさず狼煙が神薙刃を飛ばし、ビハインドのロビンさんが猫の行く手に立ち塞がる。
    「猫は一匹も逃がしたら駄目なんだよね。かわいそうだけど!」
     そこへ追いついた心日の炎を纏った蹴りが炸裂。猫を跡形もなく焼き尽くしていく。
    「のこり三匹です。逃がさないように、頑張らねば!」
     にあは自分に気合いを入れると、愛用の槍『Vedfolnir』に捻りを加えつつ、残った猫に突撃していった。槍は狙い違わず猫を貫いていく。
    「シャーッ!!」
     残された2匹は、逃走は不可能と判断したのか、決死の反撃に打って出た。一匹は全身からどす黒い殺気を放出し、もう一匹は鋭い爪を振りかぶって真守に襲いかかる。
    「その爪は、そんなことのために使うものじゃないだろう」
     自らの肩に食い込んだ猫の爪を見つめつつ、真守は猫の首根っこを捕まえ、そのまま後方へ放り投げた。
    「盟友、後は任せた」
    「ああ、任されたぜ!」
     狼煙のバベルブレイカーがジェット噴射で狼煙の体を大きく跳躍させ、勢いのまま宙を舞う猫を撃ち貫く。
    「残るはてめえ一匹だコラァ! オラ、ネズミみてェな悲鳴を上げろッチュー!」
     残された猫に、裂貫杭『ブラッドバイト』を構えた盾衛が凶悪な笑みを浮かべて近づいていく。猫は本能的に身の危険を感じ後ずさるが、直後『ブラッドバイト』の先端の杭が高速回転を始め、ドリルのように猫を刺し貫いたのだった。

    ●ネコ屋敷の顛末
     目を覚ました老婦人は。自分を心配そうに覗き込む複数の視線に気付いた。
    「あら? 私は……」
     体を起こした老婦人を、橙迦が慌てて支える。
    「気絶していた様でしたから……大丈夫ですか?」
     プラチナチケットを使って関係者を装った橙迦と狼煙が、自分達は新しく派遣されてきた使用人だと説明し、老婦人を信用させた。
    「そう、猫たちは? なんだか今日は様子がおかしかったのだけれど」
    「寝ている間に猫たちは去っていったよ」
     安心させるように心日がそう言うと、狼煙が後を受け、
    「猫たちは里親に引き取られて幸せに過ごせるようになったみたいですよ」
     と付け加える。
    「これからは、ご近所の噂も考慮して可愛がった方が宜しいかもですね?」
     橙迦は苦言を呈するのも忘れておらず。
    「ひとりでいてさみしいのであれば、ワンチャンを一匹迎えるのはどうでしょうか」
     にあはそんな提案をしてみせる。
    「なあ、1人で引き籠ッてねェで、自分から外に出てみちャどうよ。勝手に来ンのは餌目当ての猫くれェのモンだしナ」
     盾衛はそう言い置くと、目で仲間達に撤収を促した。これからどうするのか、後は老婦人の問題だろう。

     庭の隅では、雪が十字架のネックレスを握りしめ、哀しげに祈りを捧げていた。
    「……ごめんなさい。元に戻してあげられなくて」
     真守と小鳥も、それぞれ思うところがあるのか、無言のまま庭に立ち尽くしている。
    「ネコちゃんがかわいいからと言って、餌だけあげるだけというのは、老婦人のエゴではないでしょうか……。最後は老婦人も住民も、ネコちゃん達も、悲しい結末になってしまうかもしれないのに」
     屋敷から外に出てきたにあは、そっとそう呟いたのだった。

    作者:J九郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年11月13日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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