かつての栄華を求めし者

    作者:りん


     チチチチ……。
     軽井沢のとある別荘。
     爽やかな朝の光と共に目覚めたエリカはネグリジェにローブを引っかけ起き上がる。
    「もう朝は冷えるなぁ……」
     ぽつりと呟き、部屋に隣接しているバスルームへと向かった。
     濡れた髪を乾かせば腰まであるブラウンの髪はふわふわと緩やかなウェーブを描き彼女の細い腰を強調した。
     幼い顔立ちは見ている者に儚く、守ってあげたくなる雰囲気を醸し出している。
     ブラウスに袖を通し、タータンチェックのプリーツスカートを穿く。
     ふっくらとした唇に紅を引けば、色白の肌によく映えた。

     身支度を整え東のラウンジへと降りたエリカを出迎えたのは使用人たちの挨拶であった。
    「「「おはようございます、エリカさま」」」
     使用人は全部で3人。
     20代と思われる男女だ。
     男が2人、女が1人で、全員上質そうな服に身を包み彼女に対して深々と頭を下げた。
     彼らの手には箒やぞうきんが握られ、掃除の最中であったことが窺える。
     そんな彼らにエリカの可愛らしい口から発されたのは彼らへのダメだし。
    「……何でまだ掃除が終わってないのよ」
     静かな彼女の声に使用人たちは一様に頭を下げる。
    「申し訳ありません、もう少しで終りますので……」
    「エリカが下りてくるまでには終わらせておくものでしょ! 本当に常識がないわね!」
     彼らの朝の仕事は玄関ホールに東西のラウンジ、使ってもいない食堂と寝室8部屋の掃除。
     そして掃除機を使う事は禁止、すべて手作業で行うことが義務付けられている。
    (「しかも眠りを妨げられたくないから自分が起きてから降りてくるまでの間に終わらせろって……!!」)
     彼女の言葉に使用人たちは頭を下げたままぎりりと奥歯を噛みしめる。
     雇われた時からこんな仕打ちを受け続け、最初6人だった使用人は今では3人。
    「まぁいいわ。今日の薔薇のお風呂が気持ちがよかったから許してあげる。明日から気を付けて頂戴」
    「「「……ありがとうございます」」」
     未だに頭を下げたままの使用人たちにエリカは思い出したとばかりに言い募る。
    「そうそうそれと、エリカさまって呼ぶのやめて頂戴!」
    「え、しかし、昨日からエリカさまと呼ぶようにと……」
    「気が変わったの!」
    「では、何とお呼びすれば良いのでしょうか……」
     顔を上げて雇い主にそう問いかければ、
    「それくらい自分で考えなさいよ! その頭は飾りなの? 犬の方がまだ賢いんじゃない? あはははは!!」
     ころころと変化する美少女の表情に、普通ならば見惚れるものだが使用人たちにとっては嫌なものでしかない。
     心の奥のもやもやを押しとどめたまま、使用人たちは畏まりましたと礼をした。
     何か言いたそうな彼らに悪戯っぽく微笑むと、彼女はこう言い放った。
    「アンタたちの代えなんか、いくらでも居るんだからね」
     そう、いくらでも……。
     にやりと笑った彼女の口から鋭い歯が顔を覗かせた。
    「……ここが……」
    「はい。恐らく、目的の別荘です」
     門から玄関までの長いアプローチを抜けて見えてきたのは、大きな建物。
     全体的に白いその建物は静かに、そして美しく佇んでいる。
     美術館にも見えるそれが個人の別荘だと言うのだから驚きだ。
     南向きの玄関を入れば螺旋階段があり、東西には広いラウンジ。
     1階の北には大きなキッチンと食堂。
     螺旋階段で二階へ上がり目の前の扉を開ければダンスホール。
     ダンスホールを囲むロの字型の廊下には東西にそれぞれ4つの客室。
     そして一番奥の北側にエリカの自室がある。
     それぞれの部屋にシャワールームが備えてあるが、浴槽があるのはエリカの部屋だけ。
     彼女がここに住み始めたのは1か月ほど前。
     そのころから、この近くの住人やここに使用人として雇われたものが行方不明となり始めたのだ。
     そんな噂を聞きつけて調査に乗り出した灼滅者たちが得た情報を総合すると、別荘地がブレイズゲートとなっており、ここの持ち主であるエリカと言う少女がブレイズゲートの主……ヴァンパイアである可能性が高いのだ。
     白い肌に赤い瞳、使われないキッチン……。
    「……よし、行こう」
     彼らは頷き合うと、見取り図を手に別荘へと向かったのだった。


    参加者
    藤代・冴(空恋・d03399)
    森村・侑二郎(尋常一葉・d08981)
    柴・観月(惑いの道・d12748)
    柊・司(灰青の月・d12782)
    玖律・千架(エトワールの謳・d14098)
    御手洗・花緒(雪隠小僧・d14544)
    鈴木・昭子(金平糖花・d17176)
    庵原・真珠(揺れる振り子・d19620)

    ■リプレイ


     有名な別荘地の軽井沢。
     夏の避暑地は冬になれば気温は下がり、夜ともなれば氷点下。 
     その寒空の中に、8人の灼滅者たちが隠れていた。
     彼らが居るのは美術館のような白い別荘の庭……高い木々が生い茂っている場所だった。
     昼間に到着した彼らは使用人たちを巻き込まぬ様、彼らが帰宅するのを待ってから別荘へ乗り込む予定なのだ。
     時計が夜の22時を指したころ、3人の使用人たちは玄関の施錠をするとそそくさと別荘を後にする。
     彼らの背中を見送り、数分ほど戻ってこないかを確認した灼滅者たちは行動を開始していた。
    「さて、軽井沢の別荘を貰いに行こうか」
     寒さを物ともせず、柴・観月(惑いの道・d12748)はカメラを片手にある別荘の前に立つ。
     その隣では森村・侑二郎(尋常一葉・d08981)が外観の写真をカメラに収めている。
     こんな別荘地、そうそう来れる場所ではない。
     昼から夕方にかけても使用人やエリカの目を盗んで写真を撮ったのだが、やはり夜の風景も欲しい。
    「いいですねぇ……」
     かじかむ手に息を吹きかけながら見える範囲をスケッチしているのは鈴木・昭子(金平糖花・d17176)。
     写真もいいがこうやって直に描いて感覚を覚えておけば、次に描くときに楽になるのだ。
    「ここがもらえるなら、来年の夏は軽井沢の別荘で遊べるね!」
     うきうきと玖律・千架(エトワールの謳・d14098)がそう言えば、それに返ってくるのは藤代・冴(空恋・d03399)の声。
    「え、優月ハル先生の原稿部屋でしょ」
    「……原稿、やっぱりすんの?」
     千架の声に全員がこっくりと頷けば、彼女はうー、と声を出しながら項垂れた。
     漫画家に夏休みなどありはしない。あるとすればネタを練る時間くらいか。
     テンションの高いメンバーの中、一人表情を硬くしているのは柊・司(灰青の月・d12782)だ。
     いや、別荘は素晴らしいものだと思うし、写真を撮ったりスケッチしたりする気持ちはわかる。
     わかるのだが……。
     目の前の別荘を囲むのは背の高い木々と冷たく静かな空気。
     氷点下になるこの時期には虫も鳴かず、動物たちの気配も感じない。
     それぞれに明かりを持っているとは言え、ライトの届かない場所は闇。
     色々な想像が働き、司は一度身震いした。
    「使用人さんたちも帰って、しばらく経ったし……先輩、そろそろ、お願い、します」
     御手洗・花緒(雪隠小僧・d14544)の声に庵原・真珠(揺れる振り子・d19620)は手にしていたカメラを降ろし歩き出した。


     ゆっくりと、真珠はその手に力を込めていく。
     握っているのは正面玄関の取っ手。
     なるべくなら中の様子をカメラに収めて、今後の資料として活用したいためこんなに早く見つかりたくないのだ。
    「ふっ……」
     真珠が短い息を吐くと、玄関のカギはがきりとにぶい音を立て、その形を変形させた。
     きぃ、と玄関の扉が灼滅者たちを招くように静かに開く。
    「夜分遅くに失礼します」
     花緒は小声で挨拶をすると玄関ホールにその身を滑り込ませた。
     玄関ホールが彼らの持つライトの明かりに照らされ、闇の中に浮かび上がる。
     話に聞いていた通りの広い玄関ホールは壁際に壺や彫刻などの調度品が並び、正面には二階へ続く螺旋階段。
     天井からぶら下がっているシャンデリアのガラスがライトの光を受けて鈍く光った。
    「いいね此処。次の舞台こんな感じにしようかな」
    「環境が変われば原稿もはかどる、のでしょうかー……」
    「あ、それ別アングルからも宜しくね」
     観月の声に昭子は頷きシャッターを切る。
     壺や彫刻、螺旋階段にシャンデリア。どれも貴重な資料だ。
     フラッシュが焚かれるたびにどことなく表情を硬くしている司に気付いた冴は、彼の後ろにそっと近づき……
    「わっ!」
    「!!」
     近くで聞こえた音に司はすぐに反応して振り返り、冴の首筋には冷たい感触。
    「やだなー、冗談だよー」
    「………」
     無言で槍を引く司は短く息を吐き、自身の精神を落ち着ける。
     ゾンビやノーライフキング、ご当地怪人や都市伝説を相手にしてきたが司だが……
    (「一般的にお化けはあってはいけないもの、です」)
     きっと真面目に前を見据える彼の顔からはそんなことを考えているとは想像はつかない。
    「すごいですね、別荘……ラウンジにも行ってみましょう」
     エリカが来ないことをいいことに、侑二郎はカメラを片手に西のラウンジを指さした。
     一般家庭に育っている彼にとって、お金持ちの世界は新鮮だ。
     別荘など、依頼がなければ一生縁がなかったかもしれないのだからばっちり写真を撮っておかなければ。
    「一度でいいから別荘にお泊りして遊びたいー!」
     小声で、でも興奮を抑えきれずに言う千架に真珠も笑みを零す。
     屋内の暗い場所があまり得意ではない真珠だが、明るく楽しい仲間たちが居る。
    (「皆と一緒だから平気」)
     彼女はしっかりと前を向き、仲間の後を追って行った。

     しっかりばっちり1階を探索し終えた灼滅者たちは予定通り、見つかることなくダンスホールまでやってきていた。
     侵入経路の玄関がエリカの部屋から一番遠かったこと、静かに行動していたことが功を奏した形だ。
     だがやはり2階へ上がる時に気付かれたのだろう、灼滅者たちが螺旋階段前の扉を開けてダンスホールへ入るのと、ダンスホール北側の扉からネグリジェにローブ姿の美少女が現れるのはほぼ同時であった。
    「お休み中のところすみません。ご機嫌いかがですか、吸血鬼さん」
     にっこりと問う真珠にエリカは不機嫌さを隠そうともしない。
    「最悪よ。何なのよ、アンタたち」
    「扉が開いていたので勝手にお邪魔してました。素敵なお家ですね」
    「……締めとけって言ったのに、ほんっとに使えないわね……」
     舌打ちでもしそうなエリカに観月と花緒は丁寧に、そして千架は元気よく声をかけた。
    「今晩は、柴と申します。早速ですが、この別荘俺にくれませんか?」
    「突然ですが、お屋敷強奪しにきました、ご了承ください」
    「私達が勝ったら別荘ください!」
    「……は? やるわけないじゃない。せっかくエリカのものになったのに! 早く出て行って!!」
     怒りの言葉と共にエリカのガンナイフが灼滅者たちへと向けられたのだった。


     乱れ飛ぶ銃弾の中、観月は恐れずに前に出る。
     援護は仲間に任せて自身は精一杯攻撃を。
    (「先生は中心きって殴るのみ」)
     観月のマテリアルロッドがエリカの腹部に打ちこまれ怯んだ所へ司の朱塗りの槍”アーネスティア”と詔子の妖の槍が伸びていくが、それはギリギリのところでエリカに躱され空を切る。
     槍と千架が放ったオーラを避けた所に、花緒の聖剣と冴のガンナイフがエリカの腕と足に傷をつけた。
     その間にと中衛の真珠は予言者の瞳を発動していく。
     先程の銃弾が掠った傷を癒すため、というよりは命中力を上げるため。
    「エリカちゃん、もったいないなあ」
     どんなに可愛い子でも我儘が過ぎると可愛いとは思えない。
     ツンデレ要素って大事なんだね、という千架の言葉に真珠は全力で同意した。
     真珠と同じように命中力を上げようとした侑二郎は自身にその術がないことに気付くと冷静に状況を判別する。
     確認すれば、予定していたサイキックが何もないことに気付き愕然とするものの使えないものは仕方ない。
     ならばあるものでどうにかしなければ。
     侑二郎は両手にオーラを集めるとエリカに向かって駆け出した。
     そんな彼の拳をいなしたエリカは邪魔になったのだろう、刻まれたローブを脱ぎ捨てる。
    「思った以上にやるじゃない。楽しい夜になりそうだわ」
     薄手のネグリジェ姿でエリカは妖艶に微笑んだのだった。

     緋色のオーラを纏ったガンナイフが司の首元に添えられ、彼は背筋を震わせる。
     エリカがその手を引く直前に観月のビハインドが司との位置を入れ替えそのダメージを負えば、観月が重力を宿した蹴りをお見舞いしていく。
     やられっぱなしではいられないと、司は雲雀の夢……マテリアルロッドでエリカの脇腹を打ち据える。
     息を詰めるエリカに花緒が再び聖剣を振るい、今度こそはと突き出された昭子の妖の槍が頬を掠めた。
    「さすがに一筋縄ではいきませんね」
     そう言って身を低くした昭子の影から侑二郎が槍をエリカに向かって突き出せば、真珠の放った漆黒の弾丸と冴の放った弾丸が彼女の体力を奪い、その身を毒で蝕んだ。
    「くっ……!」
    「えいくん、今のうちに!」
     エリカが体勢を整えている間にと、千架は自身と冴の霊犬と共に前衛のメンバーや観月のビハインドの傷を癒していく。
    「もう、しつこい!」
     幾度攻撃しても即座に回復されイライラが募って来ていたエリカはぷりぷりと怒りながら再び銃を乱射するが、その攻撃で倒れるほど灼滅者たちも弱くはない。
     逆にエリカは灼滅者の体力を吸い取ってはいるものの、彼らの攻撃力に前にはその回復も微々たるもの。
     身体には無数の切り傷ができ血が流れている。
    「では仕上げにかかろうか」
     観月の声に前衛のメンバーは頷くと流れるように攻撃を繰り出していく。
     観月のマテリアルロッドがエリカの背中を叩けば、正面には司のマテリアルロッドが待ち受ける。
     くの字に曲がった彼女のボディに侑二郎が容赦なく連打を決めれば、花緒の放った漆黒の弾丸と真珠の放った冷気のつららが手足を撃ち抜く。
    「さよなら、だね」
    「いや……いやぁぁあああ!」
     悲鳴を上げるエリカの首筋に、冴のガンナイフが一閃した。


     無事にエリカを倒し終えた彼らはダンスホールで一息をつ……く暇もなく早速写真を撮りまくっていた。
    「別荘欲しかったなぁ……」
     本気で残念そうな千架の声に冴は苦笑した。
    「ま、判ってたけどね……」
     自分たちの物にしたいのは山々だがここはブレイズゲートの中。
     勝手に私物化できるようなものではない。
     だとしたら今のうちに資料となる写真を撮るしかない。
     先導するのはやはり先生こと観月で、他のメンバーも傷の手当てもそこそこにダンスホールの写真を手分けして撮っている。
    「そろそろ……次の部屋に行きま、せんか……?」
     ある程度の場所を写真に収めた花緒がそう声をかければ、スケッチをしていた昭子もそそくさと鉛筆を片付け立ち上がる。
    「それじゃあ部屋を探索しに行こうか。写真一杯宜しくね。俺もスケッチしなきゃ」
     行うのは徹夜で原稿……ならぬ徹夜で資料集め。
     柴くんちの夜はこうして更けていくのであった。

    作者:りん 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年11月19日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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