夢より現れ刃を振るう

    作者:森下映

     廃ビルに囲まれた深夜の路地裏。
    「フウ……静まりなさい……私のサイキックエナジー……」
     大きく肩を上下させながら呟いているのは、190cmはあろうかという長身の男。長い黒髪を高い位置で1つにまとめ、言葉遣いに特徴はあるが、真っ赤なボディースーツに包まれた体型、声ともに性別を判断するならば男だろう。
    「この程度でいいかしらね……フフ、今日もいい筋肉」
     ぴっちりと身体に貼り付くスーツの上から自分の筋肉に満足気に触れる。しかし触れているのは『指』ではなく、巨大な刃の先だ。
    「……でさ、ちょっといいもん手に入ったんだよ」
    「へえ、どれどれ、」
    「ちょっとアナタたち?」
     男が、暗がりに入ってきた2人組を呼び止めた。
    「アア? なんだお前」
    「つきあってくれないかしら? ……試し斬りに」
    「ハ? 何を、」
     グワンと男の左腕が水平に振られ、切断された2人分の上半身がぐしゃりと落ちる。
    「まあ、こんなものかしらねえ。でももう少し模擬戦が必要だわ」
     ニヤリ、真っ赤に塗られた唇の端を持ち上げて笑った男のうなじには、ダイヤのマーク。
     男は高らかに笑いながら、路地裏を出て行った。

    「ソウルボード内で活動するシャドウが、現実世界で事件を起こそうとしていることがわかったよ」
     須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)の説明によると、路地裏に現れたシャドウは現実世界での力試しと称して、路地裏に入ってきた2人の男性を皮切りに、多くの一般人を殺そうとしているとのこと。介入のタイミングは2人組にシャドウが声をかけた直後だ。
     明かりの問題はなく、他に人気もない。道幅は狭めで3人が並んで歩ける程度。シャドウは筋肉自慢の武闘派なので、灼滅者達なら気をひくのは難しくないだろう。一般人の2人組もイキがってはいるが度胸はないので、簡単に追い払える。
    「現実社会に出現したシャドウは高い戦闘能力を持っているけど、一定時間以内にソウルボードに戻らなければいけないっていう制約があったよね? でも今回のシャドウは力をセーブすることで、長時間の戦闘に耐える能力を得ているみたいなんだ」
     セーブしているとはいっても、戦闘力は並のダークネス以上だよ、とまりんは注意を促す。
     シャドウは左腕が巨大な刃になっていて、シャドウハンターと咎人の大鎌相当のサイキックを使ってくる。
    「手強い相手だと思うけど、みんななら倒せるって信じてるよ。よろしくね!」


    参加者
    鹿嵐・忍尽(現の闇霞・d01338)
    桜塚・貴明(櫻ノ森ノ満開ノ下・d10681)
    狩家・利戈(無領無民の王・d15666)
    高築・祐梨(無口ダルデレ系貴婦人・d16773)
    茂多・静穂(千荊万棘・d17863)
    滝沢・クロノ(血濡れの黒狼・d27425)
    日輪・戦火(汝は人狼なりや・d27525)
    正陽・清和(小学生・d28201)

    ■リプレイ


    「ちょっとアナタたち?」
    「良かったら私が相手になりましょうか?」
     桜塚・貴明(櫻ノ森ノ満開ノ下・d10681)の声にシャドウが振り向いた。
    「――失礼するでござる」
     2人組とシャドウの間には鹿嵐・忍尽(現の闇霞・d01338)が地面に片手をついて降り立ち、
    「はい、どいててくださいね!」
    「うわっ!」
     茂多・静穂(千荊万棘・d17863)が、『決闘円盾(モノマキア・キルクルス)』のシールドを展開しつつ、2人組を飛び越える。
    「こ、こいつら一体、」
    「命が惜しくば、早々に立ち去られよ」
    「邪魔だ。とっととどっか行け!」
     忍尽と狩家・利戈(無領無民の王・d15666)に凄まれた2人は、まりんの予知通り、慌てふためきながらあっさり路地を出て行った。度胸のなさに救われ、利戈に投げられないで済んだ幸運な2人組である。
    「あら、なに勝手なことしてくれちゃってんのよ」
     シャドウは左腕の刃の先を真っ赤な口元に当て、2人組の逃げた方向を覗きこむ。しかしその意識は、すでに灼滅者たちへ向いていることは明らかだった。
    (「な、なんだ………この………妙な奴……は」)
     シャドウなのに力を抑えてまで現実に出てきている。さらに口調は女性的なのに体格は極めて男性的。妙な敵だ、と日輪・戦火(汝は人狼なりや・d27525)は思う。
    「……あんな奴らより、俺達と闘ったらどうだ?」
     滝沢・クロノ(血濡れの黒狼・d27425)が言った。普段は隠している耳が出現しているのは、戦闘状態に入っている証拠だ。
    「そ、それだけの力をお持ちなら、模擬戦も相応の相手が、必要だと思うんです。……貴方が倒されかねない、くらいの」
     そう言ったのは、高築・祐梨(無口ダルデレ系貴婦人・d16773)の後ろに隠れ、顔だけを出している正陽・清和(小学生・d28201)。
    (「力を抑えてても強いなんて……うぅ……怖い、なぁ……、背も高いし口調も……でも、先輩方がいればきっと、大丈夫だよね……?」)
     わたしも邪魔にならないようにがんばろう。清和は戦闘に備えて、生命維持用の薬物をごくりと飲み込む。
     一方、祐梨はといえば、
    (「……眠い……深夜にとか……だるい……」)
     放っておけば1日の9割は寝ているかもという祐梨にとっては、この時間帯の依頼というだけで、機嫌が悪くなるには十分だった。
    (「……ちゃっちゃと戦って……情け容赦なくボコって帰る……」)
     祐梨の片腕が巨大な鬼の腕に変化していく。
    「あら……?」
     それを見てシャドウが目を輝かせた。
    「試し斬りがしたいんですよね? 私たちなら斬り応えがあると思いますよ」
     穏やかな笑みを浮かべながら、貴明が『漆鋭』を構える。
    「……もし出来るのであれば、ね」


     瞬間、シャドウの黒髪の束がうなりを上げて舞い、長身の体躯が両足を引きつけて宙に跳んだ。左腕の刃が大きく振られ、黒い波動が前衛を襲う。ダメージを受け武器を封じられた者もいる前衛を、すぐにクロノの放出した白炎が包み、傷を癒やすと同時にシャドウの視界を妨げた。忍尽の霊犬、土筆袴も回復を補助する。そして、
    「!」
     素早く印を結んだ忍尽の手元から魔法弾が発射され、空中のシャドウが一瞬体勢を崩した。が、シャドウは片脚を振りぬいて前転すると、着地の体勢に入る。
    (「シャドウか……現実世界に現れて何をしようってんだか。獄魔覇獄に関係あったりするんかね……誰か獄魔大将になったシャドウが号令をかけてるとか?」)
     白炎に紛れ、利戈がシャドウの着地点を見極めて駆け出した。
    「ま、ひとまずこいつをぶちのめすとするか!」
     敵の懐に入り、近接で攻撃をしかける利戈のスタイル。シャドウの脚が地面に着くか着かないかのタイミングで、利戈は雷を宿した拳でシャドウの顎を殴りつける。
    「顔、殴ったわね……」
     頬をひしゃげさせながら、シャドウが利戈を睨んだ。
    「我が拳に砕けぬものは何もない、ってね! 心配するな、後でご自慢の筋肉もぶち抜いてやらあ!」
     体勢低く刃物の腕の下を抜けた利戈と入れ替わりに、2方向からの鋭い銀爪がシャドウをボディースーツごと斬り裂く。
    (「もう、あんな事は繰り返させない」)
     過去にシャドウと思しきダークネスに両親を殺害されている静穂。灼滅を心に誓い、引きぬいた爪先が血の糸を引いた。
    「ど、どう聞いても………女の口調……だ、だが。しゅ、趣味……か?」
     斜めに振り下ろした爪を、さらに深くシャドウへ食い込ませながら戦火が言う。
    「趣味、ねえ?」
    「?!」
     シャドウが右手で戦火の顎をつまんだ。
    「アナタのその前髪も趣味かしら?」
     戦火の一房色の違う前髪を狙うかのように、シャドウの左腕の刃が動く。しかし、
    「……筋肉片手カマキリ……」
     祐梨の異形巨大化した腕がシャドウを殴りつけた。その隙に戦火が飛び退く。
    「……その上オカマで厨二病とか要素詰め込みすぎ……笑える……」
    「……ハ?」
     右肩を祐梨の腕に潰されながら、シャドウが首だけで振り返った。
    「カラダに教えてあげましょうか、お嬢ちゃん? 私の筋肉は特別製、っ!」 
     祐梨に掴みかかろうとしたシャドウの身体が不自然に傾ぐ。
    (「やった……!」)
     漆黒の装束に咲く緋牡丹。狭い路地の中、素早くしゃがんだ祐梨を飛び越え死角へ回りこんだ清和が、シャドウの脚の腱を断つことに成功していた。
    「チッ、面倒ね、」
    「私のこともお忘れなく」
    「!」 
     黒いコートが翻る。貴明が『漆鋭』の非物質化された黒刃でシャドウの霊魂を斬った。
    「相手になると言いましたよね」
     仲間の状態に気を配り、霊犬の無天に回復の指示を出しながら、貴明が眼鏡の奥からシャドウを見据える。シャドウはクククと笑いをこぼすと、
    「随分と熱烈ね。いいわ……本気で行こうじゃないの」
     シャドウの胸元にダイヤのマークが具現化した。破れたスーツが元通りになり、砕けた顎が元へ戻っていく。それを見ながら、
    「……ソウルボードに籠っていても面倒な奴なのに」
     クロノが呟いた。


     念の為貴明が早々に展開しておいた殺界形成の効果もあるのだろう。路地裏の戦闘は何にも邪魔されることなく続く。
    「ほうら、もっと向かっていらっしゃいな!」
    「土筆袴、利戈殿をお守りするでござる!」
     主人の言葉に飛び込んだ土筆袴が、シャドウの刃の下に消滅した。路地にシャドウの高笑いが響く。
    「……みんな、無理するなよ」
    「か、回復……するぞ」
     クロノの縛霊手から癒しの光が撃ちだされ、戦火が浄化の風を吹かせた。
     オーラの砲弾を軽々と飛び越え、鬼の腕を刃で受け止める。近接、遠隔と攻撃は鋭く灼滅者たちを斬り裂き、自慢の筋肉は固い鎧。まりんの言葉通りシャドウは強さは並以上だった。クラッシャーの攻撃が4回に1回はかわされるか相殺されるという状況から長期戦になる気配もあり、クロノと無天、戦火が回復に奔走して持ちこたえる。
    「えいっ!」
     シャドウへ清和が縛霊手を振り下ろす。霊力の網がみるみるうちにシャドウに絡みついたところに、静穂が『プレストゥプレーニエ・イ・ナカザーニエ』を振りかぶった。
    「貴方達に幸せを壊す権利は無い……模擬だの試しだの、ふざけるな!」
    「邪魔よオ、お嬢ちゃんッ!」
     攻撃を殺そうと静穂のソードへ刃を当てるシャドウ。ギリ、と刃が音を立てて噛み合う。しかし、
    「!?」
     非物質化した『プレストゥプレーニエ・イ・ナカザーニエ』の刃が透け、そのまま透過してシャドウを斬りつけた。
    「今味わいなさい。貴方が与えようとした本物の痛みを」
     霊的加護を断ち切られたシャドウが、さらに自分に起きた異変に気づく。
    「何、」
    「鬱陶しい……動くな……」
     祐梨が『鷹獅子の右腕』から祭壇を展開、構築した結界だった。
    「フ」
     シャドウの口元が歪む。
    「本当に口の減らないお嬢ちゃんねえ……じゃあ、」
     シャドウが両腕を大げさに広げた。
    「この子たちにお願いしようかしらあ!」
     突如、空間に現れた無数の刃が後衛を襲う。すかさず飛び込む貴明と静穂。刃が突き刺さり、無天が消滅。忍尽は刃を避け、拳に雷を宿しながら、狭い路地の壁を三角飛びにシャドウヘ接近する。
    「力量差は承知の上……故にその刃、真面に受ける訳にはいかぬでござる」
     シャドウの正面に飛び込み、振るわれた左腕の刃をもかわし、忍尽の拳が顎を貫いた。体勢を後ろへ大きく崩されながらも、忍尽の背中へ振り切ろうとするシャドウ。が、その刃はガキンと硬質な音を立てて弾き返される。
    「刃物が怖くて、灼滅者がやってられっか!」
     忍尽がジャンプで間合いを抜けた。利戈はシャドウの胸元で、逆側の拳を構える。
    「潰し! 穿ち! ぶち壊す!」
     利戈の鋼鉄の拳がシャドウの胸板へ撃ち込まれた。吹き飛ばされたシャドウを背中側で待ち構える静穂を、貴明が自身の身体を陽炎のように包む『漆焔』を変換した、癒しのオーラが包む。
    「貴方が与える痛みは此処で終わりです。仲間への痛みも、私が引き受ける!」
     静穂は『決闘円盾(モノマキア・キルクルス)』のシールドをダイヤのマークの入ったうなじへ振り下ろすとみせかけ、かわしてねじられたシャドウの背中を殴りつけた。
     ――シャドウの瞳が、瞬く間に怒りに燃え上がった。


    「し、静穂さん……っ!」
     清和が叫んだ。何度目かの刃を受けた静穂が鮮血を散らし、その場に崩れ落ちる。
     またしても耳障りに響きわたる、シャドウの笑い声。執拗な単攻撃と列攻撃。列攻撃の効きにくい布陣にしておく手もあったかもしれない。だが回復に手数をとられてはいるものの、静穂がダメージを引き受けていた分、中衛と後衛を中心に余裕が残っている。撤退も最後の手段も、選択するにはまだまだ早い。
     その意志を示すように、戦火がエアシューズを走らせて駆け出た。
    「……そのまま動くな」
     摩擦熱に燃える戦火の足元より後ろ、クロノが縛霊手から祭壇を展開する。シャドウは浄化の手段を持たない。クロノは動きを阻むことを狙い、霊的因子を停止させる結界を構築した。
     クロノの赤い眼が動揺に揺れることはない。が、戦闘不能になった仲間のこと、シャドウをここで喰い止めるための覚悟。胸のうちに思いは渦巻いている。
     戦火が地面を蹴って飛びかかった。対角からは、片腕を鬼のそれと変えた貴明が走りこむ。先の一撃は貴明。半身をグシャリ潰されたシャドウを、戦火の炎を纏った蹴りが襲った。
     そしてシャドウの肩越し、炎が燃え移ったかと錯覚するような、劫火の如きオーラが猛る。『王気・紅』を拳に集束させ、貴明のコートを暗幕として入れ替わりに接近した利戈が、脇腹へ連打を叩き込んだ。
    (「何故シャドウが現実世界で動き始めたかはわからぬが、殺生だけは見過ごせぬ」)
     怒涛の攻撃を受けながらも、かなりの勢いをもって水平に振り切られたシャドウの刃。そこから放たれた波動を、忍尽は壁を蹴りあげ、宙返りで避ける。
     クロノは衝撃を持ちこたえ、清和はかばいに入った貴明の影から真横へ身体を引いた。忍尽は空中で両手を、清和が今は誰の影にも隠れることなくソードを、それぞれ構える。
    「い、いきます……!」
    「いざ、成敗にござる」
     忍尽が放ったオーラと清和の撃ちだした光の刃が、同時にシャドウへ向かった。
    「くっ、私がこんな……っ」
     2つの弾道を避けようと踏み込むシャドウ。しかし、
    「……散れ」
    「グ」
     シャドウの背中から胸を、祐梨の槍が激しい螺旋の捻りとともに貫く。とっ、と祐梨の靴の踵が地面へ降りた刹那、爆音と断末魔が空気を震わせた。オーラと光刃に千切れ飛んだシャドウの破片は、順に消滅していく。
     クロノが真っ先に静穂の手当てへ向かった。強靭な刃を振るった強敵はもういない。喜びよりも疲労の色が今は濃くとも、確かに灼滅者たちは勝利したのだ。

    作者:森下映 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年11月10日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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