放課後、日も沈みかけた夕方のことだった。中学2年生の富士川・咲希は、公園のベンチにぼーっと座っている姉の美桜(みお)を見つけた。美桜はこの3日間、自宅に帰っていない。友人の家を転々とし、進路のことで揉めている両親を避けているのだ。美桜は両親に音楽の勉強がしたいと打ち明けたが、『音楽で成功するとは限らない』と両親には反対されている。
咲希は美桜のことを心配して、どうにか説得しようとした。
「ねえ、帰ろうよ、お姉ちゃん……お父さんもお母さんも心配してるよ」
「嫌よ。もうあんな親と一緒の空間で暮らしたくない……」
あまりに意固地な美桜に対し、咲希は懸命に説得の言葉を考えたが、つい両親の肩を持つような言い方をしてしまった。
「お姉ちゃんの歌、うまいと思うけど……成功するとは限らないんじゃ――」
美桜は鋭い目付きで咲希を睨みつけた。
「なによっ! あんたまで私のことバカにするの?」
咲希は「違う」と言おうとしたが、美桜は聞こうとしなかった。
「もういいよっ! 私に構わないで!」
美桜は咲希を置いて立ち去ろうとする。早足でどんどん先へと行ってしまう美桜の背中を、咲希は懸命に追いかける。しばらくすると、美桜は急に立ち止まる。
「うっ……!」
何か苦しそうにうずくまる美桜を見て、咲希は慌てて駆け寄る。
「お姉ちゃん? どうしたの?」
「ぐ……はぁ、はぁ……!」
「苦しいの? ねえ、どこが――」
美桜の体から次々と伸びる青い触手を目にし、咲希は絶句する。
「た……助け、テ…………アアアアアアアアアアアアアア!」
「いやああああああああああああ!」
青い怪物へと変貌する美桜の咆哮に、咲希の悲鳴はかき消された。
園川・槙奈(高校生エクスブレイン・dn0053)はデモノイドと化す少女の未来を予測した。
「高校2年生の富士川・美桜さん……デモノイド化する可能性を秘めていた彼女は、妹の咲希さんに夢を否定されたショックから変貌を遂げてしまいます」
デモノイド化した美桜は理性をなくして暴れ回り、妹の咲希さえも傷つけてしまう。凶暴なデモノイドを止めるには、灼滅者たちの力が必要だ。
「姉妹のお2人を救うことは可能であり、重要なことです。咲希さんを救うことは、美桜さんを救うことにも繋がります。咲希さんが生きていれば、美桜さんは咲希さんのために人間に戻りたいと強く願うでしょう。そうなれば、デモノイドヒューマンとして生き残る可能性が高くなります。咲希さんには美桜さんのショッキングな姿を見せてしまうことになりますが、このタイミングでデモノイド化した美桜さんを倒せば、救出できる可能性はより高まります。次にデモノイド化したときは、どうなるかわかりませんからね」
夕方に公園へ向かえば、言い争う美桜と咲希に遭遇することができるだろう。デモノイドは巨体を駆使した攻撃や、DESアシッドで相手を狙ってくる。
槙奈は再度表情を引き締めながら、
「デモノイドに変化したばかりなら、皆さんの声が美桜さんの心に届くかもしれません。どうか皆さんで、2人の姉妹の絆を取り戻してあげてください」
参加者 | |
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白・巴恵(陰に咲く花・d03826) |
西洞院・レオン(翠蒼菊・d08240) |
攻之宮・楓(攻激手・d14169) |
華表・穂乃佳(眠れる牡丹・d16958) |
居木・久良(ロケットハート・d18214) |
犬吠埼・犬釘(レイルスパイク・d23759) |
虚牢・智夜(魔を秘めし輝きの獣・d28176) |
立川・春香(破天荒ぎつね・d30839) |
「う……う、あ……あアアア!」
美桜は抑えられない衝動に意識を飲み込まれていく。美桜の体から次々と伸びる青い触手は糸をよるように集まり、美桜の全身を包み込んで巨大な怪物の姿を形作る。
怪物の鋭い歯列の間からもれる低い唸り声を聞き、咲希は半分腰を抜かしながら後ずさる。さっきまでの姉の面影はどこにもなく、1体のデモノイドが咲希に狙いを定めている。
「あ……あ……」
後ずさる咲希に1歩ずつ近づくデモノイド。デモノイドは目の前の咲希にのみ意識を向けていたが、近づいてくる複数の足音に反応する。
デモノイドが気づいた瞬間、攻之宮・楓(攻激手・d14169)は跳ぶように脇に回り込む。瞬時にベンチの上に登り、そこから跳躍した勢いでデモノイドの横顔に攻撃を叩き込んだ。楓の動きを追う暇もなく、デモノイドは大きくよろめいて膝をつく。
楓はデモノイドの目の前に着地すると、咲希を守るようにシールドを広げる。
「大事な妹さんを攻撃したいと思うのは苦しいでしょう? わたくしに向かっておいでなさいな」
突如目の前に現れた見知らぬ少女。咲希は混乱している暇もなく、犬吠埼・犬釘(レイルスパイク・d23759)に手を取られる。
「今のお姉さんからは離れた方がいいぜ」
デモノイドの出現した現場に駆けつけた灼滅者たちは、咲希を守る盾となるようにデモノイドの前に立ちはだかる。
華表・穂乃佳(眠れる牡丹・d16958)は相手に態勢を立て直す隙を与えず、縛霊撃を放射してデモノイドの右腕を地面に縛りつけた。霊犬のぽむは穂乃佳の攻撃に合わせ、更に追撃を加える。
「妹さん……傷つけさせない……です……」
穂乃佳はぽむに見守られながら、デモノイドとは比較にならない小さな体で前線に臨む。
「美桜さん、あなたは誰も傷つけてはいけません……私たちが、助けますから」
白・巴恵(陰に咲く花・d03826)は霊犬のいずもを従え、強い意志を宿した眼差しでデモノイドとなった美桜と対峙する。
「大丈夫だよ、今ならまだ美桜さんを元に戻せる……さあ、僕たちの後ろにっ」
立川・春香(破天荒ぎつね・d30839)は咲希の安全を確保しようと後方へ誘導し、そばに連れ添う。
「我らの力で、闇の中より救い出す……!」
エアシューズを装備した虚牢・智夜(魔を秘めし輝きの獣・d28176)は、迅速な動きでデモノイドの足元に滑り込み、炎をまとうシューズによる強力なキックを命中させる。
自分と変わらない年齢の子たちが怪物に立ち向かう状況に対し、咲希は青ざめた表情で、
「だめ、逃げなきゃ危ない……!」
居木・久良(ロケットハート・d18214)は咲希とは真逆の余裕を見せ、笑顔で応じる。
「逃げる? それはできない相談だ。君の姉さんを放っておくことはできないよ」
「その通りじゃ。美桜さんはわしらが必ず助ける……そのために、大人しくわしらに守られてくれんか?」
西洞院・レオン(翠蒼菊・d08240)はそう言って、咲希にウインクをしてみせると同時に『ラブフェロモン』を発動する。たちまち咲希は恋する乙女の表情を見せ、レオンの指示に素直に従った。その間にも、久良はデモノイドへと突撃する。飛びかかるように振り上げたロケットハンマーは、穂乃佳の縛霊撃の捕縛を解こうともがくデモノイドをまともに殴り倒す。
レオンは構えていた槍から螺穿槍を放ち、肉体を突き破る勢いの衝撃をデモノイドに与えた。攻撃を受けたデモノイドの叫ぶ声によって、一帯の空気が震えるようだった。更に犬釘のシールドによる攻撃を受け、デモノイドの巨体は大きく沈む。
「戻って来い、美桜! 逃げずに戦うんだ!」
デモノイドは犬釘の言葉に反応するように、度重なる攻撃により土と砂にまみれた体を犬釘の方に傾ける。
「美桜さん、諦めないで……私たちが帰る道を切り開きます」
巴恵は意識を集中させ、美桜を覆う闇を切り裂こうと、デモノイドに向けて逆十字の波動を放つ。いずもの攻撃もその後に続いていく。
現実とは思えない光景に目を奪われていた咲希は、震えながらつぶやいた。
「これは、夢なの……? あれは本当にお姉ちゃんなの?」
楓はデモノイドの反撃に備え、1度間合いを取りながら、
「……ある意味で、悪夢に捕われていると言えますわね」
春香は咲希に対し言った。
「この悪夢を終わらせるために、美桜さんを信じてほしい。きっと君に呼ばれれば、這いずってでも戻ってくるよ」
春香の口振りは、美桜が怪物の姿から解放されることを確信しているようであった。
前衛の皆の動きを見極めながら、春香はデモノイドに狙いを定めてオーラキャノンを放つ。春香の攻撃を受けると同時に、デモノイドは縛霊撃による拘束を引きはがす。両腕を振り回して、積極的にデモノイドの前に出ていた者たちを一掃しようとする。無闇に振り回された巨木のように太い腕は、久良をおもちゃのように弾き飛ばした。デモノイドは久良がいたことにすら気づかず、獣のように唸りながら周囲の者を威嚇する。
痛みに歯を食い縛りながらも、久良はなんとか受け身を取って着地し、そのまま反撃に出る。久良の動きに気づいたデモノイドは、久良のロケットハンマーをその腕で受け止めた。久良はハンマーのロケット噴射を全開にし、全力でデモノイドをねじ伏せようとハンマーに力を込めていく。デモノイドとの緊迫した攻防の中で、久良は美桜に向けてまっすぐに呼びかける。
「美桜さんは歌が歌いたかったんだろう? なら諦めちゃダメだ、弱い心に負けちゃダメだ。帰ってきてくれ、咲希さんのところに!」
デモノイドの腕は、じりじりと久良のハンマーに押し負けていく。この隙に他の7人は攻撃を畳みかけ、デモノイドの態勢は崩れた。
デモノイドの胸にはいつの間にか腫瘤のようなものがあり、大きく膨れ上がっていた。デモノイドが力むように胸を反らすと、腫瘤は破裂し中身の塊が弾け飛ぶ。その膿のような塊は、巴恵目掛けて弾丸のように飛んでいく。
「ぐ……っ!」
「……犬吠埼さん!」
犬釘は咄嗟に穂乃佳をかばい被弾する。背中で攻撃を受け止めた犬釘は、やがて背中が焼けるような刺激を覚える。
「あっつ……!」
硫酸のような膿は、服の上から皮膚を溶かしていく。犬釘は溶け続ける上着を脱ぎ捨て、デモノイドを見据える。
「『助けて』って言ってたよな? 美桜……」
美桜と自分を重ねる犬釘は、デモノイド形態へと変化を見せ、
「心の闇に食い殺される前に、連れ戻す!」
犬釘に続き皆も果敢にデモノイドに挑むが、勢いは未だ衰えない。皆は美桜の心を取り戻そうと、戦闘の中で懸命に呼びかけた。
穂乃佳はぽむの援護を受けながら、
「みぅ……そのままだと……誰にも歌を、届けられない……だから……戻ってきて……です」
智夜は穂乃佳が生み出す風の刃に怯むデモノイドの懐に飛び込み、人狼の力でデモノイドの肉体を深く切り裂く。
「闇などにのまれるな、自分を取り戻せ。聴かせてくれ、お前の歌を……」
春香も智夜に続き、見るからにボロボロの状態になったデモノイドをオーラキャノンで追い詰める。
「そのままでいいのかい? 美桜。そこから出てきなさい。夢を叶えるために」
美桜のために必死になる8人を見ていた咲希は、次第に心動かされる。自分の声も、今の姉に届くのだろうか。
「お姉ちゃん……!」
咲希は心の底から叫んだ。
「お姉ちゃん! 怪物になんかなっちゃダメ! またお姉ちゃんの歌を聴かせてっ!」
変化させた鬼の腕でデモノイドに向かっていくレオンには、デモノイドが一瞬動きを止めたように見えた。
「伝えたい音楽があるなら、戻れるはずじゃ。夢を諦めるんはまだ早いよ」
レオンは渾身の力を込めて鬼の腕でデモノイドを殴り飛ばす。その衝撃はデモノイドの巨体が浮くほどだった。デモノイドは弱々しい声をあげて仰向けに倒れ、ついに動かなくなった。肉体の崩壊が始まり、煙をあげて土塊のように崩れていく。ひび割れたデモノイドの胸の部分から、ゆっくりと片腕が突き出されるのを見つけ、楓は真っ先に駆け寄った。
「皆さん! 美桜さんがっ」
美桜は崩壊したデモノイドの肉片の中で気絶しているようだった。完全にデモノイドと同化しようとした名残りなのか、青い触手が体中に絡みつき、全身が青い粘液にまみれていた。皆は速やかに肉片や触手を取り除き、美桜の安否を確認しようとしたが、
「お姉ちゃん!」
咲希は皆を押しのけるように美桜のそばに駆け寄り、必死になって美桜を抱き起した。
「いや……お姉ちゃん、死なないで! 死んじゃダメっ!」
咲希の言動を見てまさかと思った者もいたが、レオンは冷静に、
「落ち着くんじゃ、咲希さん。美桜さんは――」
「お姉ちゃん……?」
咲希の声に反応したのか、美桜はうっすらとまぶたを開く。
「サ……キ……?」
美桜が目を覚まし、巴恵は思わず目頭が熱くなった。
「よかった……おかえりなさい、美桜さん」
その場にいる皆の表情をぼーっと眺める美桜は、不思議そうにつぶやいた。
「わたし……ずっと何も見えない場所にいた気がする。そこでみんなに呼ばれて、みんなのことを探してた……」
「そうか……見つけることができてよかった」
すっかり安心した智夜は、そう言いながら無意識のうちに狼の尻尾をパタパタと振っていた。巴恵にこっそりとそのことを指摘され、智夜は密かに「おぉう!」となっていた。
自分たちの声が美桜に届いていたことを知り、久良は笑顔を浮かべながら、
「見つけられてよかった……御陰できみの大切なものを守ることができた」
咲希に視線を向けていた久良は、美桜の視線に気づく。
「あなただったんだ……」
美桜の言葉の意図がわからず、久良は聞き返す。
「え?」
美桜は視線をそらして口籠ると、話題を変えた。
「いや、その……わ、わたしはなんであんな風になったんだろう?」
穂乃佳は美桜の疑問にどう答えたものか迷った。
「むきゅ……説明すると……長くなる……です……」
「それを知るにはこの世界で本当は何が起きているのか、一から知る必要がありますわね」
楓の言っていることが、美桜にはまだよく理解できなかった。
「もし知りたいと思うなら、僕たちの学園に来るといい」
春香の言葉に、美桜は大いに関心を示した。
「学園?」
皆はほぼ同時に、『武蔵坂学園』の名前を口にした。
久良は美桜に笑いかけ、
「もし学園に来ることがあったら、君の歌を聴かせてね」
作者:夏雨 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2014年11月15日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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