禍殃への鉄道

    作者:瑞生

     いよいよ新居への引っ越しが間近に迫っていた。
    「どこに何を置こうかなぁ……。へへ、今度の家なら、私のコレクションもたくさん置けるな」
     夫婦で暮らすにはそろそろ限界があった、あまりにも狭小な今の住居を引き払い、もう少し大きな家へと引っ越す事になっていた。新居では今まで設置出来なかった模型も組み立てて置く事が出来るだろう。
    「わたし、古本屋さん行って来るわねー? あなたが売っていいって言ってた本もせっかくだから持って行くわ」
     そう行って妻が出て行くのを見送ってから、うきうきと心弾ませて、空いた本棚を確認しに行って、彼は気付いてしまった。
    「……無い?」
     本棚の近くに置いていた車両が無くなっている。
     一番お気に入りの車両だ。朝はあった。毎日舐めるように鑑賞し確認しているのだから、間違いない。
    「あいつ……!!」
     恐らく、ついさっき、妻が持って行ったのだろう。
     妻の行き先は古本屋……というより、玩具等も買い取る類のリサイクルショップだ。買い叩かれてしまうか。あるいは、ゴミが混ざっていたと捨てられてしまうか。彼の頭に浮かんだ未来はそのどちらかだった。
    「あの、クソ女……くそっ、……うっ」
     湧き上がる怒りと、そして突如訪れた激痛に悶え苦しんだ男は、やがて異形へと姿を変えて、静かに家の外に出た。
     妻の後を追い、駆ける男は、異形の歯を見せるようにニィ、と笑みを浮かべた。
     
    ●禍殃への鉄道
    「……峻様の予感が、的中してしまったようです」
     移動型血液採取寝台『仁左衛門』の上に鎮座した天野川・カノン(中学生エクスブレイン・dn0180)が、重々しく口を開いた。
    「そうか……」
     その予感が的中した事は、喜ばしいとは到底言えない。関島・峻(ヴリヒスモス・d08229)の表情も、僅かに曇る。
    「鉄道模型を愛する男性、輝夫様。彼は、奥様の幸恵様が一番大切な模型を売ろうとしていると思い込み、激しい憎悪を彼女に抱いたようです」
     一拍置いて、カノンが続けた。
    「……そして、彼はブエル兵となってしまった」
     ブエル兵を操る、ソロモンの悪魔・ブエルの仕業だろう――そう、カノンは語る。
    「ブエル兵になる直前に恨んでいた人間を殺そうとするようです。……同情の余地はありますが……」
     通常の闇堕ちとは状況が異なる。眷属となった人間を取り戻す術は無い。灼滅者たちに出来る事は、罪を犯す前に灼滅してやる事だけだ。
    「幸恵さんがショッピングモールへ行く後を追って行き、そこで彼女を殺すつもりのようですね……」
     ショッピングモール。つまり、ターゲットである幸恵以外の一般人もいる場所という事になる。
    「幸い、ブエル兵は幸恵さんを真っ先に殺そうとするので、そうそう一般人に被害は出ないでしょうが……万が一、という事もあります。人払いは必要でしょう」
     ブエル兵にとって、幸恵以外は眼中に無い。ということは、灼滅者たちの事も眼中に無いのだ。
    「戦闘中も、幸恵さんを狙って来る可能性は高いでしょう。彼女を守りながら、あるいは上手く逃がしながら戦う必要がありそうです」
     幸恵さえ殺してしまえば、ブエル兵は灼滅者には目も暮れず、直ぐに撤退してしまう。それだけは避けたい、と語るカノンの声音は硬い。
     そして、相手が眷属1体と言えど油断は出来ない。これまで灼滅者たちが遭遇して来たブエル兵よりも戦力が高く、けして侮れる相手では無い。
    「どうか、気をつけて下さい」
     そこまで言ってから、人形のように大きな瞳で、真剣な眼差しで、カノンが灼滅者たちを見つめる。
    「夫が妻を殺す。痛ましい事件です。……どうか、防いで。そして、彼を灼滅してあげて下さい」


    参加者
    各務・樹(ブルースター・d02313)
    八絡・リコ(火眼幼虎の葬刃爪牙・d02738)
    アルカンシェル・デッドエンド(ドレッドレッド・d05957)
    関島・峻(ヴリヒスモス・d08229)
    フィオレンツィア・エマーソン(モノクロームガーディアン・d16942)
    月代・蒼真(旅人・d22972)
    黒影・瑠威(七つの罪の原罪を司る氷影・d23216)
    ナターリヤ・アリーニン(夢魅入るクークラ・d24954)

    ■リプレイ

    ●悲劇へのレール
     ベッドタウンとなっている地方都市では、ショッピングモールとは一大アミューズメント施設だ。
     その中でもけして大規模では無いショッピングモールの3階へと、灼滅者たちは直走る。
     出入り口に置かれたパンフレットをもぎ取り、エスカレーターの踊り場に設置された案内図へと限られた時間なりに目を通し、地図を頭に叩き込み。彼らは、ノンストップの列車の如く走ってゆく。
     そしてその頭上、吹き抜けとなったエスカレーターの上を、各務・樹(ブルースター・d02313)が箒で飛翔してゆく。
     エスカレーターを全力で駆け登る灼滅者たちは、通常であれば迷惑な客であったし、箒で宙を翔ける樹の姿はパニックを引き起こした事だろう。
     だが、それに目を向ける者は誰もいない。
     ショッピングモール内へと満ちた殺気で、客も店員も、エスカレーターを全力で駆け下りショッピングモールから出て行こうとするか、あるいはバックヤードへと逃げ込むか。誰も、わざわざ上へ登って行く酔狂な者たちへと注意を払う事は無かった。
    「幸恵ェ……私の宝物、返せ……!!」
     それはちょうど灼滅者たちが3階へと辿り着いたその瞬間。既にほとんど人気の無くなった3階に聴こえた声に、灼滅者たちの視線が集まる。
     エスカレーターを上がって左手、壁沿いに設置された店の前に、一人の女と。そして、異形の――ブエル兵の姿があった。
    「えっ、え……っ!?」
     幸恵と呼ばれたその女は、状況が飲み込めなかった為か、悲鳴を上げる訳でも無く、ただ素っ頓狂な声を漏らし、袋から手を離して立ち尽くす。ばらばら、と紙袋からたくさんの本と、そして一つの鉄道模型が転がり落ちた。
     異形の目の先にあったのは、宝物であった模型であったか、それとも幸恵であったか。
    「俺の相手してくれよ!」
     だが、突如割り込んで来たのは見知らぬ男だった。そちらへとブエル兵の注意が向けられたその瞬間、ブエル兵に届いた咆哮。幸恵の危険に咄嗟に飛び出した関島・峻(ヴリヒスモス・d08229)がブエル兵を殴りつけた。
     その僅かな瞬間に、アルカンシェル・デッドエンド(ドレッドレッド・d05957)が幸恵とブエル兵との間に立ちはだかり、鉄道模型を拾い上げる。
    「幸恵と言ったか。大事ないか?」
     何が起きたのか分からないという様子で、瞳を瞬かせつつも、幸恵がこくこくと頷き返す。
    「……邪魔しないでくれるかな? これは私たち夫婦の話なんだ」
     『夫婦』、と――異形と化し、既にダークネスの眷属と化した男が語るその言葉に、フィオレンツィア・エマーソン(モノクロームガーディアン・d16942)が眉を寄せる。
    「ささやかな心のオアシスとも言うべき趣味に没頭するのは悪いことではない。そう思う、が……」
     けれど。そこに何者かの悪意が介入していたのだとしても、妄執と化してしまったのなら、それは強い業でしか無い。
    「それならそこを退いてくれ。幸恵、こっちへおいで」
     優しく語り掛ける口調は、本来の夫のそれと同じだったのだろう。
    「輝、夫……?」
     一歩。夫に似た声で、夫と同じように語り掛ける異形へと歩み寄ろうとする幸恵の腕を、ぐいっと黒影・瑠威(七つの罪の原罪を司る氷影・d23216)が引いた。
    「お客様。危ないですからこちらに……」
     プラチナチケットによって施設の関係者を装い、言葉ではあくまで幸恵に避難を促しながらも、実際には半ば以上強引に彼女を箒に乗せた。
     ふわ、と箒に乗り飛翔してゆくその背を見て、ブエル兵が吼える。
    「逃がすかァッ!!」
     追わんとする異形の鬣についた輪の一つから魔法弾が放たれる。
     けれど凶弾は幸恵へと届く事は無かった。その軌道に立ちはだかったナターリヤ・アリーニン(夢魅入るクークラ・d24954)が、小さな身体でその凶弾を受け止める。
    「ゼッタイ、に。輝夫様に、幸恵様。きずつけさせま、せん。……きずつけさせるの、だめ、です」
     彼女はWOKシールドをブエル兵へと叩きつけ、必死に注意をこちらへと向ける。
     愛する人に傷つけられる事、愛する人を傷つける事。そんな悲しい結末など迎えさせない。 
     まるで片道切符だけで乗り込む電車のような、戻る術の無い道だとしても。

    ●分岐器の先
    「悪いけど……あんたに誰かを殺させるわけにもいかないからさ」
     まして妻を、最愛の人を殺めるなどもっての他だ。けして通さぬという強い決意を胸に、月代・蒼真(旅人・d22972)は柔らかな印象のその双眸をきっと細め、ブエル兵を睨みつける。
     そのブエル兵の視界の端を、黒が横切った。反応する暇さえ与えず、死角から一気に八絡・リコ(火眼幼虎の葬刃爪牙・d02738)が斬りかかる。
    (「戻れなくなった人を殺す。いつもの事かもしれないけど、ね……」)
     けれど、戻れなくなったのは本人が望んだ結果では無い。狙われる幸恵に罪など無ければ、眷属と化した輝夫にだって罪は無かった。
     樹が『Pennae de luna』を振り下ろす。聖光を纏う剣が異形の身体へと叩き込まれ、そこから迸る魔力が彼女自身を強化する。
    「ブエル兵の力、この身で確かめさせてもらおうか!」
     アルカンシェルがWOKシールドを叩き込むと、ブエル兵も灼滅者たちへと牙を剥く。
    「邪魔をするなら、お前たちも殺す!」
     目的の達成の為には、一切の躊躇は無い。肉体は勿論、精神的にも、『輝夫』は既に戻れないところまで来ていた。元は指輪のようにも見える首から下げた装飾の一つから妖しげに揺らめく光が放たれ、樹を包み込み、その左腕を少しずつ石へと変えてゆく。
     フィオレンツィアの纏う蒼、デモノイド寄生体が蠢き放った液体が異形の鬣へと飛び散り、じゅっと腐食させてゆく。
    「おれとトーラはフォローに回るよ。何としても留めとかないとな……!」
     蒼真が加護を込めた符がひらりと宙を舞い、樹を癒す。その傍らで、ちょっと眠そうな目の霊犬トーラが、懸命にその瞳に清浄な光を宿して、ナターリヤを癒し支える。
    「ありがとう、ござい、ます」
     トーラへとふわ、と微笑んでからナターリヤが跳躍し、ブエル兵へと飛び蹴りを放ち、ビハインドのヴァローナも霊障波をブエル兵へと叩き込んだ。
    「良くも、良くも、私を裏切ったな、幸恵ッ!!」
     眼前の灼滅者たちと刃を交えながらも、ブエル兵の殺意の矛先は依然、幸恵へと向けられている。
     この包囲網を突破される訳には行かない。妄執に囚われたブエル兵は、殺めるそのときまでただ只管に幸恵を追い続ける事だろう。彼女を守る為には、そして『輝夫』の手を汚させない為には、灼滅者たちはけして膝を折る事など出来ない。
    「退けえええええっ!!」
     異形の腕が振り下ろされる。まるで巨大な刀のような激しく、そして鋭い衝撃の矛先は蒼真とトーラだったが――その攻撃を、アルカンシェルと峻が庇って受け止める。
    「せめてもう少し伴侶を信用しておればよかったろうに、言っても詮無きことか」
    「お前の妻は鉄道模型を処分しようとしてないぞ。偶々荷物に紛れ込んだだけ……」
     ブエル兵の腕の圧力を耐え凌ぎ、峻がシールドを周囲へと展開し、仲間たちと自身の傷を和らげる。
     だが、その言葉も届く事は無い。
    「嘘を言うな。あいつは、私のコレクションを邪魔だと思っていた。……虎視眈々と、処分する機会を狙っていたに決まってる!!」
     幸恵への殺意。ブエル兵はその感情だけに衝き動かされている。そして、灼滅されるにせよ、幸恵の殺害を達成したにせよ、その殺意を失ったときが、『輝夫』としての最後だ。
    「もともとの素質なのか、後から植えつけられたものか……」
     通常よりも強化された眷属化への疑問を微かに口にするも、考える事は後でも出来ると樹は首を振り、非物質化させた聖剣でブエル兵へと斬りかかる。
     戦況は膠着していた。7人の灼滅者と2体のサーヴァントで挑んだこの戦いは、包囲網を突破されない為の防御を重視している。その為、灼滅者たちの傷もけして深くは無いが、決定打といえる程の決定打を相手に叩き込む事も出来ていない。
     少しずつ灼滅者たちの胸中に焦燥が浮かんだそのとき。
    「――お待たせしました!」
     瑠威が螺旋を描く【雫蝕月剣】の穂先がブエル兵の鬣を抉り、切り裂いた。
     幸恵はショッピングモールの外へと退避させたが、その詳細はあえてこの場では告げない。居所など口にしようものなら、ブエル兵は彼女を狙ってこの場を離れようとするだろう。
    「幸恵を、どこへやった……!」
     その言葉だけなら、まるで連れ去られた妻を心配する夫のようにも聴こえる。しかし、もはや抑える事など出来ない幸恵への殺意が滲んでいた。

    ●殺意に踏み切り
     瑠威が合流し、漸く灼滅者たちへと形勢は傾いて来た。
     思うように幸恵の元へ向かえず、そして己の劣勢を悟るブエル兵の苛立ちは募る。
    「どうして私の邪魔をする? 私は、幸恵を殺したいだけなのに」
    「ああ、もう、分からずやだなぁ!」
     伝わらないのだと知ってはいても、妻への殺意に蝕まれたブエル兵の頑なな態度に苛立たずにはいられなかった。怒りを吐き捨て、リコが重心を低くし地を蹴り駆ける。
     樹がくるりとロッドを回す。『La pierre qui copie un souhait』、願いを映す石へと込められた魔力が、ブエル兵へと触れた刹那、轟音と共に爆ぜ――そこから飛び出したリコが、ブエル兵の不意をつき、バベルブレイカーをブエル兵へと打ち込んだ。
    「ぐ……っ」
     異形の口から悲鳴が漏れる。様々な獣を繋ぎ合わせたような不気味なその体がぼろぼろに崩れてゆくのを見ながら、ナターリヤが弦を爪弾き、浄化の音を響かせる。
    「……幸恵様。輝夫様が、たからものをだいじにされてる、ちゃんと、分かって、ました」
     そしてそれを尊重もしていたのだと――たとえ届かないと分かっていても、伝えたい。
    「幸恵。……幸恵」
     かつて輝夫であったモノが、求めるように何度も妻の名を呼んだ。
     けれど、それを現実へと引き戻すかのように、アルカンシェルの飛び蹴りが叩き込まれる。
    「失礼、足癖が悪くてな!」
     戦いの最中となれば戦闘狂としては心が躍らない筈が無い。満面の笑みを浮かべた少女を、ブエル兵が忌々しげに睨み返した。
     詰まった距離から、ブエル兵の強靭な腕が振り下ろされる。鉄でさえも破壊しそうなその一撃を――代わりに受け止めたのは、トーラだった。
     わんっ、と悲鳴を一つ上げ、トーラの姿が掻き消える。相棒の消失に眉を寄せつつも、蒼真は回復の手を緩める事はない。
    「……絶対に、突破はさせない」
     それは癒し手として戦場に立つ身としての矜持。握った符に力を込めて、蒼真がその符をナターリヤへと飛ばした。
     フィオレンツィアが左手に握るロッドでブエル兵の頭を殴ると、そこから溢れ出した魔力が爆発する。轟音と爆風に煽られ、ブエル兵の鬣が乱れる。
     長い前髪のように掛かった鬣の隙間から、ぎょろりとした瞳で灼滅者たちを睨みつけたブエル兵が、ぶつぶつと呟く。
    「絶対に、幸恵。殺してやる……」
     絶対不敗の暗示をかけて自身を奮い立たせるブエル兵の背を、峻が炎を纏ったエアシューズで蹴飛ばした。
    「……お前の事を忘れない」
     自分たちに出来るのはただそれだけだ。無力さを感じながらも、痛みも悲しみも、―あ―そしてこの無力感さえも、忘れないように己の胸へと刻み込む。
     瑠威が黒塗りの鞘から抜き放った【堕斬月】を振るう。瞬間、非物質化し不可視と化した刃がブエル兵の身体を切り裂くと、体液と共に霊力がそこから零れ落ちて行く。
     徐々に異形の身体が崩れ落ちてゆく。

    ●その終着駅
    「私の、宝物。返、せ……」
     もはやうわ言のように繰り返すブエル兵へと、リコが悲しげな視線を向けた。
    「勘違いに早とちり。そんな事で何もかも台無しにしちゃってさ」
     それが無ければ、この悲劇は避けられたのだろうか。
    「それとも、その思い込みも……ブエルの仕業なのかな?」
     問い掛けの先、事件への黒幕への怒りを糧に、リコは解体ナイフをブエル兵の傷口に突き立てねじ込んでゆく。
    (「悪いのだけれど、輝夫はもう救えない。……彼を灼滅することを許して欲しい」)
     胸中で幸恵へと許しを請いながら――フィオレンツィアが聖剣を振り下ろす。非物質化された刃が、ブエル兵の身体を切り裂くと、そこから白い靄が溢れ出す。
    「幸、恵……」
     最期に紡いだ妻の名も白い靄の中へと溶け込んで、薄れ、消え失せた。
    「手掛かりは無さそう……ね」
    「だね。仕込みが分かれば根を断てるのになぁ」
     樹とリコが微かに嘆息した。これまでよりも強力なブエル兵は如何にして生まれたのか。何か、埋め込まれたか取りついたか。何かに精通し、あるいは執着する事――それ以外にも、種となるような何かがあるようには思えるものの推測を裏付ける材料となるものはまだ無い。
    「良かった、壊れてない。……輝夫の、遺品じゃからな」
     鉄道模型が壊れぬよう守り抜いていたアルカンシェルが鉄道模型をブエル兵が消えたその場所に供え、瑠威も手を合わせて黙祷を捧げた。他の仲間たちもそれに続く。
     黙祷を終えても尚、辺りに満ちるのは重い沈黙だった。
    「この後の幸恵さんのことを考えると、どうにもしんどいな」
     その沈黙を断ち切った蒼真の表情は晴れない。到底現実的では無い物語の終着を、彼女はどう受け止めるだろうか。
    「……どうにも、不器用なのかなあ、おれは」
     これ以上出来る手助けも思いつかずに、溜息が零れ落ちる。
    「幸恵様。ごじぶんの、せい、と。せめてしまったり、しないでしょう、か……?」
     今後、彼女が立ち直る事が出来るのか――ナターリヤは、それが心配でならない。
     バベルの鎖は、この事件の第三者への伝播は防いでくれる。けれど、夫の名を騙る異形と灼滅者たちが戦っていた事、そして夫が永久に帰って来ないという事実は、当事者である彼女に何が起きたのかを悟らせるには十分だろう。
    (「彼は心の闇に堕ちた。救えなかった。このままでは多くの人を手にかける可能性が高かった。だから討った」)
     かつて輝夫であったモノを討ったのは自分たち。憎まれても仕方が無いし、憎まれても良いと、フィオレンツィアは想う。
     彼女が自身を責めずに済むのであれば、それで良い。
    (「……黒幕を見付けたら、叩き潰してやる」)
     静かに、胸中で峻が誓う。
     一般人がブエル兵へと化す、此度の事件。同じような不幸が発生しないようその真相へと辿り着き、元凶たるダークネスを灼滅する事。それが、灼滅者たちにとって、唯一犠牲者や遺族へと出来る手向けだ。

     連続して起こる、ブエル兵事件の真相――線路の先の終着駅は、今はまだ見えない。

    作者:瑞生 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年11月15日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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