●泉前のナルシスト
こんな話を聞いたことがある。そう、男は語った。
山の奥に湧いている小さな泉。きれいな湧水が取れる場所として密かな名所となっていたこの泉を、いつしか一人の男が占拠するようになっていたと。
男は一糸も纏わない。恥ずかしがる場所などない、むしろ自身の全てが美しいと、泉に映る自分の体に、顔にうつつを抜かす。
けれど、邪魔をしてはいけない。もしも邪魔をしたならば、まるで虫を殺すかのような仕草で殺されてしまうのだから……。
「……何処の誰がこんな噂を流したのでしょうか」
教室にて携帯端末に記録させたメモを眺めながら、四季咲・白虎(蓐収のポルモーネ・d02942)は小さなため息。静かな動作でまとめた後、肩をすくめながら立ち上がった。
「一応、お知らせしておきましょう。何だか気になります」
エクスブレインへと知らせるため。真実ならば解決策を導かなければならないのだから……。
●夕暮れ時の教室にて
「それでは葉月さん、後をよろしくお願いします」
「はい、白虎さんありがとうございました! それでは早速、説明を始めさせていただきますね」
倉科・葉月(高校生エクスブレイン・dn0020)は白虎に頭を下げた後、灼滅者たちへと向き直った。
「とある山の奥地にある小さな泉を舞台に、次のような噂がまことしやかにささやかれています」
――泉前のナルシスト。
纏めるなら、その泉を一人の男が占拠している。邪魔したものは殺されてしまう、といった物。
「はい、都市伝説ですね。ですので、退治してきて下さい」
葉月は地図を広げ、山道から離れた場所にある一角に印をつけた。
「噂の泉はここにあります。赴けば出会えますので、戦いを挑んで下さい」
後は勝てば良い、という流れになる。
件の男。全てを見せつけるかのような姿をしているため、見れば分かる。
力量は八人と同程度で、能力的には妨害・強化特化。
技は、肉体を堂々と晒し一体範囲内を魅了する、角度を変えてポーズを決めることで一定範囲内に衝撃を与えながら身を固める、私は美しい……と微笑むことで一定範囲内に衝撃を与えながら毒などに抗う力を得る……の三種。
「以上で説明を終了します」
地図などを手渡し、締めくくりへと移行した。
「何故このような噂が生まれたのか……あるいは、この小さな泉を独占したい方が、人が近づかないように流したのかもしれません。ですが、人に害をなす存在となってしまっては、許しておくことはできません。どうか、全力での行動をお願いします。何よりも無事に帰ってきてくださいね? 約束ですよ?」
参加者 | |
---|---|
艶川・寵子(慾・d00025) |
アッシュ・マーベラス(アースバウンド・d00157) |
新城・七波(藍弦の討ち手・d01815) |
若菱・弾(ガソリンの揺れ方・d02792) |
四季咲・白虎(蓐収のポルモーネ・d02942) |
風輪・優歌(ウェスタの乙女・d20897) |
物部・暦生(迷宮ビルの主・d26160) |
永・雨衣(トコシエノハナ・d29715) |
●私は美しい
初冬を迎え、寒々しい風が吹き抜けていく大きな山。冬を過ごすために一枚、二枚と散っていく紅葉を晴れやかな陽射しが輝かせている場所を、灼滅者たちは歩いていた。
葉と土が交じり合う香りを嗅ぎ、腐葉土を踏みしめながら目指していくは、都市伝説が出現するという山奥の泉。
木漏れ日が徐々に少なくなり若干薄暗さを感じるようになってきた時、アッシュ・マーベラス(アースバウンド・d00157)が傍らを歩く霊犬・ミックに語りかけた。
「ニホンのナルシスト……どんなんだろうなー」
ミックも主と共に小首を傾げ、前へ、前へと進んでいく。
程なくして、前方からひんやりとした空気が運ばれてきた。
歩を早めれば想像通り、腕一本くらいならばゆうゆうと鎮められる程の水底まで見えるほどに透き通った泉が見えた。
泉の前でポーズを決めている、彫刻のように整った肉体を持つ全裸の男も発見した!
「って、ええ!? コレがニホンのナルシスト?」
ひと目で分かる異様さに、アッシュは瞳を見開き絶句する。
アワアワと周囲を伺ったミックはなんとか主を動かさんというのか、アッシュの裾を軽く食み引っ張り始めた。
一方、若菱・弾(ガソリンの揺れ方・d02792)は小首を傾げて尋ねて行く。
「いや、アメリカの変態の方がよっぽどヤバそうな気がするが……そうでもねぇのか?」
「え、あ、ええと。わからないけど、とりあえず……PKUnlock!」
返事をしながら我に返ったアッシュは拳を握りしめ、オーラを集中させ始めた。
一方、永・雨衣(トコシエノハナ・d29715)はお守りを軽く握り、男に向かって一礼する。
一呼吸分の間を置いて、微妙に男からは視線を逸らしながら顔を上げた。
「……ご自分のことをどう思おうと、勝手ではありますが……色々と、問題ですね……」
頬を仄かに染めながら、直視はしないように努めながら杖を握りしめ、瞳にバベルの鎖を宿し始めていく。
着々と準備が整いつつある中、風輪・優歌(ウェスタの乙女・d20897)が静かな声を響かせた。
「排除しましょう。この、危険な存在を」
呼応するかのように、男が灼滅者たちへと振り向いてくる。
さわやかな笑顔を浮かべながら、自らを隠すことはなく。
むしろ自らの肉体をあますところなく見せつけるかのようなポーズを取り、自分の世界に浸り続けていて……。
●私は逞しい
「さて……Uyanmak」
武装し、物部・暦生(迷宮ビルの主・d26160)は眼鏡を押し上げ目を見開いた。
「ったく……面倒な」
糸目に隠されていた金色の瞳を輝かせ、狙いをより鋭敏な物へと変えていく。
多くの者が準備の一手を行う中、艶川・寵子(慾・d00025)もまた籠を砕く力を得るために腕を肥大化させた。
一歩、二歩と歩み寄りながら、男の観察を始めていく。
「筋肉はとってもステキ!」
顔から上半身、下半身から足へと舐めるような視線を送り、端正に整えられている筋肉を堪能する。
最後に突き出ている象徴へと視線を向け、静かなため息を吐きだした。
「ただ……ちょっと、ピンポイントで残念ね」
優しい笑顔も浮かべながら立ち止まり、軽く腰を落としていく。
「んーん、殿方の価値はソコだけじゃないわ。でも……ガリョウテンセーを欠くボディっていうのかしら」
一部分だけ酷評しながら殴りかかり、胸板へと叩きつけた。
されど、揺らぐ様子はない。
構わぬと、寵子は微笑んだまま口を開く。
「ま、攻撃しながらアリーナ席から筋肉を堪能させてもらうわね。あなた、とってもステキよ!」
褒め言葉に気を良くしたか、あるいは元から外の世界など関係ないのか。男は寵子が離れたタイミングで腰元に手を当て、更なるポージングへと移行した。
否応にも目立ち始めた出っ張りを覆い隠すかのように、アッシュに守られる形で行動している四季咲・白虎(蓐収のポルモーネ・d02942)が爆炎の弾丸を雨あられのごとく打ち込んでいく。
「爆炎で巻き込んで色々隠さないといけないのです、色々と……」
実在してびっくりな、ナルシストな都市伝説。白虎自身もあまり人のことを言えないとは思うけれど、それでも、自分大好きなのもほどほどにしなければないことはわかっている。
隠すべきところは隠すべきとも思っていたのだろう。少女の願いを込めた弾丸は着弾とともに炎を放ち、男を揺らめく炎の内側へと閉ざしていく。
もっとも、やはり男は揺るがない。欠片ほども気にした様子を見せぬまま、ただただ微笑み続けている。
「ほい、シュートっと」
避ける気配も微塵も感じられなかったからだろう。暦生が軽い調子で、銃の形にした指先から魔力の矢を連射。
男の肉体へと打ち込んだ。
それでもなお、男は一歩たりとも動かない。動く時が来るとするならば、それは、自らが滅びる時くらいか、あるいは、何か致命的なダメージを受けた時にでも動いてくれるのだろうか?
今はただ炎の中、変わらぬ微笑みを浮かべているだけだけれど……。
体の角度を変え、ポーズを決め始めた男。
「我放つは護りの符也」
発せられる不可視の波動を和らげるため、新城・七波(藍弦の討ち手・d01815)は弾に防護の符を投げ渡す。
受け取りながら、弾は駆け出し懐へと入り込んだ。
「見せつけ過ぎなんだよ! こっちにゃ女もいるんだ、少しは遠慮しやがれ!」
非常識な男を叱責しながら、雷を込めた拳でコークスクリュー! 顔面を見事に捉えるも、確かな手応えはない。まるでゴム球を殴ったかのような感触に、弾は瞳を細めていく。
「ちっ、ダメージはあれど傷はつかない……ってか? 死刑宣告!」
全く傷ついた様子がないことを確認しつつ、ライドキャリバーの死刑宣告に呼びかけた。
死刑宣告は弾が退いたタイミングで突貫し、男に鋼のボディをぶちかましていく。
上手く下半身も隠れてくれたから、雨衣はしっかりと男の顔を見据えながら跳躍。
大上段から杖を振り下ろした。
「そこです!」
脳天へと叩きつけ、魔力を爆破。
反動を活かして飛び退り、着地と共に横目で男の状態を確認する。
男のポーズは、全くと言っていいほど崩れていない。
むしろ、もっとバランスが悪そうなポーズへと動き始め、変わらぬ肉体を披露し始める。
それでもダメージは与えている、動きも鈍らないはずないだろうと、暦生はガンナイフを突きつけた。
「いいから死んどけ、色んな意味で」
冷たく言い放つと共に追尾弾を若干下の方に向かって発射。追尾弾は地面をかすめるかのような弧を描き、突き刺さる。
揺れる、物質に。
「……こりゃまた、気合の入った変態だな」
男は欠片ほども動じていない。
あるいはそういう存在だとでも言うかのように、ただただポーズを取り肉体を余すことなく披露し続けている。
「……ま、どっちにせよ変態は灼滅だ……っと」
肩をすくめた後、指先に魔力を込め始めた。
仲間が次の手に向かって動き出して行くさなか、優歌は飛び出し杖を真っ直ぐに突き出していく。
胸を突くとともに魔力を爆散させ、少なくない衝撃を与えた手応えを得た。
されどよろめくことも退くこともなくポーズを取り続ける男を前に、今いぢと距離を取っていく。
男性の全裸を好ましいとは思わない。けれど、こちらに性的な関心を向けてくるわけでもない以上、ただ、危険な存在として認識し、排除する。
知る人ぞ知るこの泉に、あるべき平穏をもたらすため……。
●泉の傍には水仙を
もとより他者に興味はなく、影響を与える力の強さもそこまでではなかった……といったところだろうか?
治療を欠かさずに戦った灼滅者たちは、順調に攻撃を重ねることができていた。姿こそ変わらずどの程度ダメージを与えたかを伺い知ることはできなかったけれど、それでも、そろそろ倒すことができるだろうという算段は立てられた。
余裕ができたからだろう。優歌は都市伝説の大本は神話だろうかと、バベルブレイカーを持ち上げながら思考を巡らせていく。
その場合、重要な脇役である木霊がいない、賛美者に対する冷酷な振る舞いに。それに対する処罰を行う者がいない。シーンがない。
ただ虚ろに自己愛を与えられ、危険な存在になってしまっている都市伝説。悲しい存在……。
「……」
けれども容赦はできぬと踏み込んで、バベルブレイカー背部からジェット噴射。勢いを加速させた上で突き出して、左肩を捉えていく。
「っと、狙うよー」
右肩を打ち砕かん勢いで、アッシュが金属バットを振り下ろした。
「……」
ジェット噴射に押されても、魔力の爆発にさらされても、男はやはり姿勢を崩さない。ただただ髪をかきあげて、クールなほほ笑みを披露していく。
軽い衝撃を受けたか、アッシュの体が僅かに震えた。
ミックが慌てて治療へと向かう中、白虎はガトリングのトリガーを引いていく!
「もうすぐ倒せるはずです、皆さん、頑張りましょう! ……色々と!」
「逃がしませんよ」
横殴りの雨もかくやという勢いで吐き出されていく弾丸の中心を、七波の放つオーラが貫いた。
弾丸を浴び、オーラの直撃を受けた男は……やはり、一歩も動いていない。
むしろ……。
「……てめぇ、見られて興奮するタイプか?」
弾は吐き捨てるように問いかけながら懐へと飛び込んで、顎を狙ったアッパーカット。
やはり揺るがぬとも問題はないと退けば、合間を埋めるように死刑宣告が機銃を放っていく。
弾丸を浴びても動じていないとでも言うかのように、男は新たなポーズを取り始めた。
衝撃が駆け抜けていく様を見送った上で、雨衣は真っ直ぐに跳躍する。
「最後まで、手は抜かず……!」
殴りかかるとともに着地し、二発、三発と胸に首に腹に拳を刻んでいく。
さなかには暦生が炎のハイキックを顔面へとぶちかまし、男の体に更なる炎をもたらした。
炎の中でもなおポーズを決め続ける男に、寵子は殴りかかる。
「筋肉、いっぱい堪能させてくれてありがとうね!」
肩に、横っ腹に拳を突き刺し、最後の一打を腕に刻むとともに微笑んだ。
「でも、お別れの時間みたいなの。さようなら、あなたとってもステキだったわ」
青く輝く瞳の中、男は炎に抱かれたまま、ふっ、と、煙のように消え失せた。
まるで初めから何もなかったかのように、後には何も残さずに。ただただ静かな風だけが、灼滅者たちの間を吹き抜けて……。
木々のざわめきを聞いたアッシュを除く灼滅者たちは、ようやく己等が勝利したのだと認識した。
改めて受けたダメージを癒すのだと、灼滅者たちは人ところに集まっていく。各々を治療し終えた後、寵子が落ち着いた声音で提案した。
「折角のきれいな泉ですもの、少しお掃除していきましょう?」
「そうですね。戦いで荒れてしまった場所もありますし……」
七波は頷き返し、仲間と共に作業を開始した。
踏み込む際に掘ってしまった土を埋め直し、踏んでしまった草はまっすぐになるよう整える。
大まかな掃除を終えた後、七波は小ビンを用いて湧き水を採取。太陽にかざして透き通る輝きを楽しんだ上で、仲間たちへと向き直り提案した。
「せっかくですし、写真を撮って行きませんか?」
きれいな泉をバックに、記念撮影。
希望者を募り、ポラロイドカメラで二枚パシャリ。
一枚は焼き増しすると告げながら、一枚は男のいた場所へと供えていく。
「……噂は尽きないと言っても、ここはこれで一安心ですね」
「そうですね……うん」
白虎も、別の世界でも自分の姿を見ることができるようにと鏡を供え、静かな祈りを捧げていく。
祈りが終わるのを待った上で、暦生はうそぶいた。
「泉で自分の姿を見てる、なんてのは無害な水仙の花位が丁度いいよな。こんなのが二度と出ないことを祈りたいものだ」
静かなため息を吐きながら、仲間たちに帰還を促していく。
否もなく帰還が始まっていく中、ただ一人、アッシュは未だに戻ってこない。
「ニホンのナルシスト……とんでもなかったよ…いろんな意味で」
唖然としているアッシュの裾をミックが引っ張って、連れて帰ろうと努力している。
気づいた弾が先ほどと同じツッコミを行いながらアッシュの背中を叩き、改めて帰還を促した。
アッシュを加え、灼滅者たちは帰路を辿る。
平和を取り戻した山を下っていく。
今はまだ、他の人が来る気配はない。
山登りシーズンにはたくさんの人々で賑わうのだろう。
きっと、泉へと足を運ぶ者もいる。
平和を取り戻した泉が人々を出迎える!
かけがえのない思い出を、いくつもいくつも刻んでいく……。
作者:飛翔優 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2014年11月14日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 2/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 3
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