星の降る回廊

    作者:志稲愛海

     ――静かに降る星の下で、この子は一体、誰を待っているのだろうか。

    「わぁっ、星がすっごく綺麗!」
    「だろう? 山の上だから、車とかがないと来るのツライけど。その分、誰もいない超穴場なんだよ」
    「この展望台からの眺めも素敵だけど、ここまで上ってくる途中の通路も片側の壁と天井がガラス張りで、星の下を歩いているみたいで綺麗だったわ」
     誰もいない夜の展望台で仲良く寄り添う恋人達が見上げているのは、満天の星空。
     そんな、今にも降ってきそうな星々の下で、彼女の肩を抱きながら。
     彼氏はちょっと悪戯っぽく笑むと、こう話を切り出し始めた。
    「あ、そうそう、さっきは怖がると思って言わなかったんだけどさ。実はあの通路、有名な都市伝説があるんだ」
    「都市伝説?」
     この展望台にまつわる、都市伝説を。
    「外の景色が綺麗だったし、暗かったから見えなかったかもしれないけど。あの通路の壁側に、小さい子達が描いた絵がずらっと展示されてたの気付いた?」
    「言われてみれば、あったような……」

     山頂の展望台まで続く、長い回廊。
     その壁に、ひとつずつ簡素な額に入った地元の子供達が描いた絵が、展望台設置当時から沢山並んで飾られている。どうやらこれらは、『星』をテーマに描かれたもののようだ。
     展示されているこれらの絵を描いた子達の殆どは、きっと今はもう大人になっていることだろう。絵を描いたことすら忘れているかもしれない。
     大人になれなかった子も……なかには、いるかもしれない。
     そして、そんな沢山の作品の中で。入口から数えて、13番目に飾られている絵。
     『やらい・なな』と名前が添えてあるその絵は――真っ黒であった。
     無造作に紙一面、黒の絵の具がべったりと塗られているのだ。
     だがよく目を凝らすと、黒の絵の具の上から、同じ黒い色のクレヨンで描かれた何かが見えるという。
     闇のキャンバスに沢山描かれた、何故か黒の色をした星々と。
     暗闇に佇む影の様な女の子と、少女と手を繋ぐ2匹のウサギの姿が。
     
    「えっ、そんな絵あったの気付かなかった」
    「夜の通路は星が良く見えるよう暗いし、絵も黒いしね。それで、その『なな』ちゃんなんだけどさ。ウワサでは、もう死んじゃってるらしいって言われてて……それで今は、その黒い絵の中にいるんだって」
    「絵の中に?」
    「それでね、今みたいな夜にその絵に向かって『ななちゃーん』って呼びかけてから通路を上って行ったら……何故かこの展望台には辿り着けず違うどこかに迷い込んじゃって、絵にそっくりな影の女の子とウサギたちにさ……殺されちゃうんだって」
    「やだ、すごくこわい……! 帰りにあの通路通れないじゃないっ」
     わざとらしく声色を変えて語った彼氏に、ぎゅっと抱きつく彼女。
     そんな怖がる恋人の反応に満足そうに笑んでから。
    「あはは、ごめんごめん。大丈夫だよ、呼ばなきゃいいんだし」
    「もうっ、話すなら、せめて展望台おりてからにしてよね!」
     彼氏は頬を膨らませる彼女を、愛しげに抱き締めたのだった。
     闇に妖しく瞬く、沢山の星々が見つめる中で。
     

     「皆さん、実体化した都市伝説の存在が確認できました」
     サイキックエナジーの力を得て実体化してしまった、都市伝説。
     これは、事件の噂が広まり、多くの人間がその存在を信じる事で起こる。
     そして人に害を及ぼすような実体化した都市伝説が大きな力を持つその前に、事件を解決して欲しいと。
     五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)は集まった灼滅者の皆を見回した後、サイキックアブソーバーから得た解析の詳細を語り始める。
    「都市伝説の出現条件は、噂されている絵のように暗い夜の時間に、その絵に向かって『ななちゃーん』と呼びかけ、展望台へ向かって歩くことです。条件を満たしてから回廊を歩いていくと、本来着くはずの展望台ではなく、いつの間にか別の真っ暗な広い部屋へと迷い込みます。そこで、絵に描かれているような、影のように黒い少女とウサギ2体が襲い掛かってくるようです」
     黒の少女は、毒を伴う漆黒の星を沢山降らせ攻撃してきたり、聞くと思わず力を奪われてしまうような奇声を発してきたり、具現化させた黒き星の模様の力で傷を癒し攻撃力を高めたりしてくるという。
     黒いウサギ2体は二本足で立っており、大人の男性ほどの背丈をしていて。ブレイクやフィニッシュなどの効果がある漆黒の気を纏った拳で殴りかかってくるようだ。
     それから姫子はそこまで説明した後、少しだけ表情を緩め、こう続ける。
    「この展望台と展望回廊ですが、山の上にあるので、星がとても綺麗にみえるのだそうです。展望回廊は絵が飾られていない側の壁と天井がガラス張りになっていますので、星の中を歩いているようだそうですよ。展望台には望遠鏡も設置してあるようですし、都会では見られない星空を楽しめるかと思います」
     都市伝説を倒した後、折角なので、展望台や展望回廊で星を眺めてみてはどうだろうか。
     そして姫子は改めて、よろしくお願いしますね、と頭を下げてから。
    「皆さん、どうぞお気をつけて。いってらっしゃい」
     星の回廊へと向かう灼滅者たちを送り出す。


    参加者
    周防・雛(少女グランギニョル・d00356)
    無堂・理央(中学生ストリートファイター・d01858)
    朧木・フィン(ヘリオスバレット・d02922)
    藤堂・朱美(小学生ファイアブラッド・d03640)
    蒼崎・鶫(ラブラドライト・d03901)
    風見・孤影(夜霧に溶けし虚影・d04902)
    神宮司・紗良(讃歌・d07689)
    譲原・琉珂(高校生ダンピール・d07746)

    ■リプレイ

    ●ポラリスの子
     1枚目の絵は、4人家族が手を繋いで星を見ている絵であった。
     お父さんだけが可愛そうなくらいやたら小さく描かれてはいるが、色とりどりの鮮やかな星を楽しそうにみている家族の絵は、とても幸せそうにみえる。
     2枚目は、いわゆる頭から手足が生えているジャガイモのような人が、ごろごろと画用紙いっぱいにひしめいている絵。
     不思議なことに、幼児がこのいわゆる「頭足人」を描くのは、世界共通なのだという。さらに不思議なのは、親が教えなくても大抵の子供はいつの間にか、胴のある普通の人間の絵を描けるようになるのだ。
     そして1枚目の絵を描いた子も2枚目の絵を描いた子も、今はもうきっと、きちんと人間の身体を間違いなく描ける大人になっているに違いない。
     大きくなることを、運命の星に阻まれてさえいなければ。
    (「此処から始まるのね……ウイ・アロンズィ!」)
     星の瞬く夜空の回廊へと第一歩を踏み出した周防・雛(少女グランギニョル・d00356)は、ひとつひとつ飾られている絵をアンティーク調のカンテラで照らしていきながら、静寂の闇に染められた天を目指す。
     同じく雛に並び先頭を切って進むのは、無堂・理央(中学生ストリートファイター・d01858)。真っ直ぐ見据えるその視線の先は、手元で光る照明も届かない漆黒の世界。
    (「薄暗いし何があるかわからない、気を引き締めないと」)
     蒼崎・鶫(ラブラドライト・d03901)も霊犬のヴァインを伴い、雛や理央、藤堂・朱美(小学生ファイアブラッド・d03640)のすぐ後ろから予め敷いた陣形通りの列を乱さず、慎重に一歩ずつ回廊を進んでいく。
     この先に存在するのは――或る都市伝説。
    (「都市伝説が本当になるなんて、すごいですわね!」)
     朧木・フィン(ヘリオスバレット・d02922)は、大人数で臨む初めての事件にちょっぴりドキドキしながらも。
    (「でもこのままでは、他の方たちが綺麗な星たちを楽しめませんもの!」)
     ふと夜空を仰ぎ、ぐっと密かに気合を入れる。
     人々からこの綺麗な星々や命を奪うという、具現化した都市伝説を壊す為に。
    (「出現条件は『ななちゃん』って呼びかけて展望台へ向かうだけ、か」)
     7、8、9……とストロベリーの棒付きキャンディでそっと絵を指し数えていきながら。
     譲原・琉珂(高校生ダンピール・d07746)は、星のような金の瞳を細める。
    (「お手軽な条件なだけに、面白半分で試してみる人が出てくるかもしれないね」)
     この手の都市伝説は、度胸試しや好奇心から必ず実行する者が現われる。
     手段が容易ならば尚更のこと……そうなる前に、倒しておかねばならない。
     夜の回廊を照らす光は、灼滅者達がそれぞれが持つ照明と星の輝きだけ。
    (「真っ暗は、怖くありません。神社は、大体真っ暗ですから」)
     控え目に点けた提灯型のランプで足元を照らしながら、慣れたように暗闇を進む神宮司・紗良(讃歌・d07689)。
     彼女を殿に、回廊を進み往く8人の灼滅者達の目的は勿論同じ。
     だが、その視線の先は様々だ。
     子供達の絵を見ながら歩く者、進む先に広がる闇を注意深く見据える者。
     そして風見・孤影(夜霧に溶けし虚影・d04902)のように、星空を仰ぐ者。
    (「こんなに綺麗な星空の下に殺人都市伝説があるなんて、許すわけがないな」)
     孤影は瞬く星々の煌きを赤き両の目に映した後。
    (「その伝説、私が殺してやる。二度と甦られないまでに」)
     不意に、子供達の絵が並び飾られている壁へと視線を移した。
     ぽかりと絵一つ分、不自然に空いたスペース。
     いや……空いているのではない。
    「!」
     ふっと掲げた明かりにぼうっと照らされるのは――漆黒の闇に紛れていた、黒い絵。
     そして絵のすぐ下には『やらい・なな』と描かれたプレートが掛けられている。
    「これがななちゃんの絵、かぁ」
     朱美は回廊の入口から数えて13番目の、そのひたすら黒で塗られた絵を眺めて。
     黒の絵の具で塗り潰された背景の中、黒クレヨンで描かれた影のような少女の姿を見つけて思う。
    (「都市伝説だからそんなことないと思うけど。死んじゃってこの絵の中にいるのなら、少し寂しい、よね」)
     この影が絵を描いたなな自身なのか、それともまた違う誰かなのか。
     そもそも都市伝説自体、この少し変わった黒の絵を見た誰かが作り出した作り話で、普通に何処かで今も元気にななは暮らしているかもしれない。
     だが……噂されている内容が事実か虚構か、そんなことは関係ない。
     人の口からまた人へと伝わり、じわじわと広がって大きくなっていく――それが都市伝説というもので。サイキックエナジーの力で具現化したそれが人害を成すというのならば、灼滅するのみだ。
     紗良や鶫は皆を顔を見合わせ、頷きあって。
     すうっと息を吸い込み、都市伝説の噂通りに漆黒の絵へ呼とびかけてみる。
    「せーの、ななちゃーん」
    「ななちゃーん」
     静寂に包まれていた回廊に響く、灼滅者達の声。
     その時だった。
    「……!」
     8人全員が、一斉にその顔を上げる。
     ななの名を呼び終わり、再びこの場に夜の静けさが戻ってきたかと思った瞬間。

     ――……はーい。

     幼い少女の返事が、確かに聞こえたからである。
     そして心なしか展望台へと続く道を包む闇が一層深くなったような気がしなくもないが。
     沢山の星が妖しく瞬く中、8人は再び、展望台へ向けて歩き始めたのだった。

    ●漆黒の流星
     ぐるぐると、どのくらい星の回廊を巡っただろうか。
     異様に長く感じる細い通路からようやく解放されたその場は、満天の空が眼前に広がる展望台の景色などではなかった。
     広がるのは――深い深い闇。
     いつの間にか、あんなに沢山瞬いていた星の輝きさえも見えなくなっている。
     だが8人の灼滅者は臆することなく照明をおもむろに床へと置き、陣形を崩さぬまま闇の中を見据える。
     そして仄かに闇を照らす光が映し出したのは……ゆらりと蠢く、3つの影。
     そのうちふたつは、大人の背丈ほどあるウサギのようなもの。
     もうひとつは、小さな少女のようなもの。
     それはまさに先程見た、ななが黒のクレヨンで描いていたものと同じカタチをしている。
     そして黒の少女がふいにピタリと足を止めて。
    『……ねぇ、呼んだ?』
     くすくすと笑いながら、そう言った瞬間。
    「!!」
     闇の戦場に、無数の漆黒の星が降り注ぐ。
     そして黒のウサギ達も拳を振り上げ、灼滅者達に殴りかかってくる。
     だがそんな毒を帯びる禍々しい流星郡を軽いフットワークで回避した理央は、そのままボクサーのファイティングポーズのように脇を締め、固めた拳を上げた構えから、小刻みにジャブを放つかの如くシールドバッシュの拳撃を少女へと返して。
    「ボンソワール、お嬢さん」
     フリルのあしらわれたスカートを持ち上げ、己と同じ姿をしたドールと共に穏やかに少女へと一礼した雛は。
    「『レベル:ティタニア』―戦闘形態に展開。さぁ、踊りませう!」
     数多のマリオネットを躍らせ、スッとピエロの仮面を纏いティタニアと成りて。
     黒ウサギをも捕縛しマリオネットにせんとばかりに糸を紡ぎながら戦いという舞台の幕開けを告げる。
     刹那、その閃く糸が影の様なウサギに纏わり付き、鋭利に縛り上げた。
     灼滅者の戦いにおいては、出発時ではなく自身の行動を決定したその時のサイキックや装備、感情で戦場へ赴くことになっている。
     そして戦場を覆う闇よりも、さらに黒く。
    「斬刑を処す。ようこそ、私の惨殺現場へ」
     敵の群れを覆い尽くし刃を剥くのは、孤影の放出する無尽蔵の殺気。
    「兎と女の子には、ご退場していただきますわよっ!」
     同時に、フィンのガトリングガンから撃ち出された雨霰と弾丸が星に負けじと降り注ぎ、朱美の宿した炎が雛が向かったウサギではないもう1体へと叩きつけられる。
    「うう、兎さんがふわふわじゃない……」
     そして炎を叩きつけた影のような敵を見ながら、すっごく残念! と呟いた朱美に続いて。
    「う、うさぎさん……大きいの、ですね」
     大人程の背丈の相手をぐっと見上げながら紗良が投じた心を惑わせる符が、戦場を舞う。
     そして、ガリガリッと音を立て、舐めていたキャンディーを噛み砕いてから。
     琉珂の展開した鏖殺領域に孕む殺気が戦場に満ち溢れた後。
    「日々の特訓の成果、ここで見せられるかしら?」
     退魔神器を携え敵を斬りつけに駆けるヴェインを前線に送り出しながら、死へと誘う凍気の魔法を黒き存在たちへと解き放つ鶫。
     そして鶫は、言って聞かせたように敵前へと勇ましく躍り出るヴェインを映した瞳をそっと細める。
     霊犬は自身が傷ついても必ず主人を守る、だからこそ全力で戦わなくてはね、と。
     そんな一斉に浴びた一刀と氷の衝撃に、微かに上体を揺らしながらも。
    『待ってたの……おりこうさんにね、待ってたの……』
     黒の少女は不気味にそう何度も呟きつつ、また一歩、灼滅者達へと近づいてくる。

     暗闇に生じぶつかり合うのは、どす黒い数多の流星郡とそれに対抗する眩き灼滅の力。
    「……ッ!」
     突如、闇の戦場に響き渡るは、少女の泣き声とも笑い声とも判別のつかぬ金切り声。
     耳を劈くその叫びは力奪われる程に不快な響きを奏で、思わず一瞬耳を塞いでしまうも。
     紗良の視線は、真っ直ぐに敵へと向けられたままだ。
     そして黒ウサギの拳が唸りを上げ、理央のボディーを打ち抜くも。
    「華麗なるパ・ド・ドゥを、さぁご一緒に!」
     死角から踊るように繰り出された雛の斬撃がウサギの足を切り裂きにかかり、すぐさま態勢を立て直した理央もガードを固める構えからソーサルガーダーを発動させて。
    「ついてこられるかな?」
    「どうぞ攻撃に専念してくださいまし」
     左の逆手で得物を持つ構えから繰り出される巧みなナイフ捌きで、左から右へと。纏うものごと裂く殺戮の刃を孤影が敵へ見舞うと同時に、フィンの炎から生まれた不死鳥の翼が仲間達を支えるべく大きくはばたけば。
     紗良の招いた清く優しい一陣の風がさらりと戦場を吹き抜け、灼滅者の身を蝕む漆黒の毒を浄化する。
     そして仲間達の支援に、全身を駆け巡っていた毒が消え体力満ちるのを感じながら。
     地を蹴った琉珂の日本刀が閃いた瞬間、冷静に狙いを定め繰り出された黒死斬が敵の急所を絶ち、ウサギの影をひとつ、消滅させる。
     さらにもう1体のウサギへと叩きつけられたのは、両の手でぐるんと大きく回転させた朱美が放つ強烈なハンマーの一打。
     そんなこれまでとは異なる動きから叩きつけられた衝撃に、黒ウサギが大きく揺れた隙を見逃さずに。
    「これはお呪いみたいなもの……だからって効果が無い訳じゃないのよ?」
     煌く幾つかの宝石を手に魔力を集中させた鶫の影が牙を剥き、主人の言いつけを忠実に守る霊犬が刀をふるう。
     そして、足元が覚束なくなったウサギを後目に、漆黒の星を胸元へと召喚させた少女の耳元で。
    「ずるいわ、一人だけ助かろうなんて……可愛いウサギさんを置いてくの?」
     ぞくりとする声色で囁かれるのは、歌うように紡がれる殺人ドールの科白。
     瞬間、切り裂かれた影の存在が叫び声を上げて。
    「黒い闇に狂うは其か我か?」
     サ・ヴ・プレ? と嗤う道化はフリルをひらり靡かせながら、戦場というこの舞台に華麗に身を投じる。
     さらに少女の胸に刻まれし漆黒の星ごと打ち抜かんと下からすくうように鳩尾目掛け突き上げられたのは、理央の鍛えぬかれた超硬度の拳。
     そして、くの字に傾いた少女の隙をついて。
    「夢の中で永眠に堕ちよう……」
     その身を裂くように孤影が刻みこんだのは、紅き逆さ十字。
     さらに、そんな血の如き逆さ十字が成されると同時に噴出した炎が朱美の得物へと宿った瞬間。
    「次はふわふわな子とも戦いたい……!」
     叩きつけられた業火に包まれ、灰にすらならずに消滅する黒ウサギ。
     これで後は――暗闇でずっと誰かを待っていたという、影の少女だけ。
     それが誰かも分らぬし、これは都市伝説から生まれたただの幻影で。
     幻影が実害を持つものと成るのであれば、それを滅するだけ。
     容赦なく撃ちだされたフィンのガトリング連射が、的である黒き影を蜂の巣にせんとけたたましく音を鳴らせば。
     局はもう大詰め――きりりと敵を見据え、花札を乱舞させるかの如く巻き起こした紗良の風の刃が少女を斬りつけて。
     冷静に敵を見遣り素早い動きで敵の死角に回り込んだ琉珂のティアーズリッパーの一撃に続き、鶫の伸ばした影が黒の少女を容赦なく喰らう。
     そして灼滅者達の集中攻撃を浴び、漆黒の星をもう一度胸に宿した少女であったが。再び唸りを上げた理央の鋼鉄の如き拳をモロに貰って。
    「ごめんね、お休みね……」
    「オ・ルヴォワール」
     その膝を折り地に崩れ、消滅したのだった。
     まるで飾られていた絵のような長方形の、真っ黒い部屋と共に。

    ●星の降る夜
     先程、長いことぐるりと歩いたはずであったが。
     再び灼滅者達の目の前には、ななの描いた漆黒の絵があった。
     そして8人はその絵をもう一度だけ眺めた後、ゆっくりと、今度こそ展望台へと続く回廊をのぼっていく。
     再び輝きを取り戻した、数多の星の光に導かれながら。
     それからついに辿り着いた回廊の終着点で。
     皆に続き、鶫がそっとランタンの灯火を消した瞬間。
    「わぁ……お星さまがいーーーっぱい!」
    「オーララ! 見事だわ、戦いのご褒美としては十分すぎるくらい!」
     思わず声を上げて空を仰ぐ、朱美や雛。
    「お土産にお話できるようにしっかり見ておこうっと♪」
     はしゃぎすぎて怒られるかもしれないが……でも、それも仕方がない。
     こんなにも、眼前に広がる星降る景色が綺麗なのだから。
     そして星のように瞳を輝かせながら、感動して言葉を失い呆然と夜空を見上げる紗良。
     孤影や理央も、都会からは見られない世界をじっと静かに見つめて。
     取り出したキャンディーを咥えた琉珂も天を仰いでみる。
     星に詳しい訳では無いけど、たまにはゆっくり星を眺めてみるのも良さそうだしね、と。
     そして、よく頑張ったね――と。
     ご褒美に撫で撫でしてあげながら、気持ち良さそうに尻尾を振るヴェインに犬用のおやつをあげる鶫。
     その隣で、胸に抱えたドールに語りかけながら一緒に。
    「外の世界はこんなに綺麗だったのね……この世界には、ヒナ達の知らない素敵な物がもっとあるのね」
     檻の中は真っ暗だったから、何も知らなかった、と。
     雛も、宝石の様に様々な色を湛える星々を見つめる。
     そして沢山の星が流れるたび、それぞれがそっと心に秘める願い事を夜空に馳せながら。
     ほっと、感嘆と――そして、安堵の溜め息を漏らすのだった。

     これでもうこの星の降る回廊が。
     都市伝説の闇に包まれることは、ないだろうから。

    作者:志稲愛海 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年9月18日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 11/キャラが大事にされていた 0
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