未熟な恋より姉妹愛をその手に

    作者:篁みゆ

    ●思いつめた先は
     生まれる前から一緒だった。ママのお腹の中でずっと、ずっと。
     おそろいの服に同じ髪型をすれば、ママ以外はほぼ見分けることができない。私達は一卵性双生児。
     たまに喧嘩もするけれど、ずっと一緒にいようねって約束したはずなのに。
    「雪音、私、志望校変えたから」
     風音に彼氏ができてから、少しずつ私達の関係は崩れ始めたんだ。登下校もばらばら。休みの日は私との約束より彼との約束を優先する風音。あまつさえ、一緒に目指していたちょっと上の志望校を、楽に入れるランクの彼氏の志望校に変更するなんて。
     私も風音と同じように吉場君に憧れていたけれど、その気持よりも風音を取られたって気持ちが大きくて。どうしたらいいんだろう、どうすれば風音を取り返せるだろう、そんなことばかり考えていた。
     解決方法を思いついたのは、誰もいない教室で、委員会で遅くなる風音を居眠りしながら一人で待っている吉場君を見た時。
    「そっか。……めちゃくちゃにしちゃえばいいんだ」
     

    「やあ、よく来てくれたね」
     教室に足を踏み入れると、神童・瀞真(高校生エクスブレイン・dn0069)が穏やかに灼滅者達を迎えた。椅子に腰を掛けるように示し、全員が座ったのを確認すると和綴じのノートを開いた。
     「一般人が闇堕ちしてシャドウになる事件があるよ」
     通常ならば闇堕ちしたダークネスからはすぐさま人間の意識は掻き消える。しかし今回のケースは元の人間としての意識を残したままで、ダークネスの力を持ちながらダークネスには成りきっていないのだ。
    「彼女が灼滅者の素質を持つようであれば、闇堕ちから救い出して欲しいんだ。ただ、完全なダークネスになってしまうようならば、その前に灼滅をお願いしたい」
     彼女が灼滅者の素質を持っているならば、手遅れになる前にKOすることで闇堕ちから救い出すことができる。また、心に響く説得をすれば、その力を減じることもできるかもしれない。
    「彼女の名前は一ノ渡・雪音(いちのわたり・ゆきね)。中学3年生の女の子だよ。双子の姉の風音(かざね)と神奈川県内の公立中学に通っている」
     いつも一緒だった風音に吉場(よしば)という彼氏ができてから、二人の関係に変化が生じたらしい。二人で目指していた志望校を風音が彼氏に合わせて変更したことに、雪音は特に大きなショックを受けたようだ。
    「雪音くんはある日の放課後、人のいない3年3組の教室で居眠りをしている吉場くんのソウルボードに入り、彼のソウルボードを壊そうとする。それを阻止して欲しい」
     部活動や委員会活動の行われている放課後、普通の教室の入っている棟の3階に教室がある。委員会活動は2階の教室で行われているが、3階の他の教室にはまだ残っている者がいるので、もし彼女がソウルボードに入る前に戦いを仕掛けるならば、騒ぎにならないよう対処が必要だ。
    「雪音くんがソウルボードに入る前に彼女を止めて戦うならば、相手は彼女一人だけとなる。ソウルボードに入った雪音くんを追ってソウルボード内で戦うのならば、彼女は自分にそっくりの手下を二人、つれているだろう。だが、外で戦うよりこちらで戦ったほうが雪音くんは弱いだろうね。よく考えて選んで欲しい」
     小さく息をついて、瀞真は続ける。
    「風音くんにとっての雪音くんの存在は、きっと変化していないのだろう。ただ意識を向ける対象が増えただけだと思う。けれども雪音くんにとっては簡単に納得できるものではなかったんだろうね。それだけ風音くんが大切なのか、それとも……」
     ぱたんと和綴じのノートを閉じた瀞真は、よろしく頼むよと微笑んだ。


    参加者
    朝比奈・夏蓮(アサヒニャーレ・d02410)
    城戸崎・葵(素馨の奏・d11355)
    新沢・冬舞(夢綴・d12822)
    黒鐵・徹(オールライト・d19056)
    丸目・蔵人(兵法天下一・d19625)
    リオナ・ダークラウド(蒼月の堕天当主・d20404)
    綾辻・刻音(ビートリッパー・d22478)
    ユージーン・スミス(暁の騎士・d27018)

    ■リプレイ

    ●放課後、貴方の心の中で
     放課後の校内は緊張感が溶けきった雰囲気で、部活動に励む声や楽しそうにふざけ合う声も時折聞こえてきた。
     闇纏いで姿を隠したユージーン・スミス(暁の騎士・d27018)は、昇降口で教室の配置を知らせる案内板を見ながら小さく呟いた。
    「……双子か」
     中学生たちの作り出す雑踏に散った呟き。心の中で想いを添える。
    (「普通の兄弟とはまた違う、不思議な繋がりを持つというが。ならば尚更、雪音を救出せねば」)
    「あっちの階段から上がるのが近そうです」
     背伸びして案内板を指したのは黒鐵・徹(オールライト・d19056)だ。小学校低学年の徹では中学生に扮するのは難しいため、旅人の外套で姿を隠している。
    「急ごう。彼女が衝動に身を任せてしまう前に」
     闇纏いで姿を隠している新沢・冬舞(夢綴・d12822)の言葉に旅人の外套を纏った城戸崎・葵(素馨の奏・d11355)が頷いた。
    「助けないとね」
     大切な姉に恋人が出来て寂しい気持ちは分かる。けれどもそのまま堕ちてしまったら、その姉すら傷つけることになるのだから。
    「こっちだね、行こう!」
     制服を着用した朝比奈・夏蓮(アサヒニャーレ・d02410)は堂々と廊下を歩んでいく。堂々としている方が目立たないものだ。黙したままの丸目・蔵人(兵法天下一・d19625)がそれに続き、リオナ・ダークラウド(蒼月の堕天当主・d20404)も借りたチェックのズボンのポケットに手を突っ込みながら続く。その後姿を見つめながらスカートの裾を揺らして歩む綾辻・刻音(ビートリッパー・d22478)の表情からは、彼女が何を考えているのか窺えない。
    「ん、良くわかんない。どうせ人は一人なのに、ね」
     紡ぎだされた言葉は小さく、誰かの耳に入る前に雑音に紛れる。
    (「とりあえず今回の相手は切り刻みすぎたらダメってことだね。うん、理解した。大丈夫。程々にしとく」)
     自分に言い聞かせるように心の中で頷いて、刻音は階段に足をかけた。

     廊下で立ち話をしている数人の生徒の側を通り抜ける。教室内に残っているらしき生徒達の話し声の間を通りすり抜けて、目指すは3年3組の教室。
    「……」
     葵が前の扉から教室の中をのぞき込むと、机の上に置いた鞄に突っ伏している少年がいた。その少年との距離を詰めるのは一人の少女――彼女が雪音だろう。彼女は迷うことなく少年に接近し、そしてそのソウルボードへと入り込んだ。
    「行こう。リオナ、頼む」
     ユージーンの声掛けに反応したリオナが一番に教室に入り込む。続いた蔵人の放った濃厚な殺気が人を遠ざける。刻音もサウンドシャッターを展開し、準備を整えた。
    「行くぜ?」
     準備が整ったのを確認すると、リオナはソウルアクセスを試みた。仲間達とともにソウルボードへ侵入する。不測の事態に備えて最後まで教室に残っていた冬舞は何も起こらなかったことに安堵しつつ、自身もソウルアクセスで後を追った。

    ●壊し尽くしてしまいたくて
    「吉場っ! あんたさえ、あんたさえいなければっ……」
    「風音……じゃないよな。雪音だろ? 一体何を……」
     吉場のソウルボードの風景は、教室に似ていた。並べられた机に黒板。ただ壁はなく、奥行きが広く感じられる。天井には雪音の――ではなくそっくりではあるが風音の物と思しき笑顔が、写真を撒いたように散りばめられている。
     ソウルボードに入ってすぐに雪音は吉場を見つけたのだろう。すぐに後を追った灼滅者達の前で、彼女達は言葉をかわしていた。
    「あんたさえいなければ風音は――」
     シュンッ――雪音の手から糸のようなものが伸びて風を切る。それは吸い込まれるように吉場に迫ったが……。
    「あぶないっ!」
     彼に届くことはなかった。代わりに糸は、彼を庇うように二人の間に滑り込んだ夏蓮の背中を斬りつける。
    「……!」
     突然の事に驚きを隠せない様子の雪音の隙を突いて、ユージーンが吉場の腕をぐいと引いて自らの後ろへと隠した。
    「これはただの悪い夢だ。大丈夫だ、俺たちが必ず守る。そこでじっとしていろ、いいな?」
    「邪魔をしないで!」
    「ん、後ろから、離れないで」
     雪音の悲鳴に似た叫びを無視し、刻音は吉場の前に立った。
    「吉場をめちゃくちゃしても、風音が雪音の元に戻ることは、ない」
    「……! そんな、こと、あなたにはわかるはずはない!」
     感情を感じさせぬ蔵人の言葉に揺さぶられた雪音の側に、足元から出現したのは彼女と瓜二つの少女が二人。まるで双子が三つ子になったようだ。それを見て一番動揺した人物に徹は駆け寄って、彼を見上げる。
    「双子の筈の彼女が3人いるでしょう? あれは皆偽物、風音でも雪音でもありません」
    「え? あ?」
     雪音達と徹を交互に見る吉場は明らかに混乱していて。このまま戦闘を始めれば危害を加える灼滅者達を敵視するかもしれない。だから。
    「僕達がすぐ追い払ってしまいますから。信じて、できたらちょっとだけ応援してください」
    「偽物?」
     きゅっと自分の手をとった徹の瞳を見つめる吉場。肯定の意を込めて徹が大きく頷くと、彼は柔らかく笑った。
    「だよな! 雪音にしては様子がおかしすぎる。守られてるだけってのはかっこ悪いけど……わかった、応援するよ」
     ――穢れし堕天の名のもとに、蒼月の光にて闇を殲滅する!
     ――古の英雄よ、我に邪悪を滅ぼす力を!
     リオナとユージーンが高々と解除コードを唱える。倣うように他の灼滅者達も次々と武装して。
    「風音さんが特別なんだよね。けれどそんな彼女から吉場くんを引き剥がすのは、大切なお姉さんを悲しませることになるよ」
     真っ直ぐ雪音に向けられた瞳と言葉。
    「風音はきっと、わかってくれるわっ!」
     葵の言葉を噛み潰すように搾り出された叫び。合わせるように手下達が動き出したのが、戦闘開始の合図。

    ●認めるのが怖くて
    「こっちは、刻んでいいんだよね」
     手下の死角に入り込んだ刻音は確認するように呟きながらオーラを纏った手刀で切り裂く。続けて葵が盾を振るい、ビハインドのジョルジュが息を合わせたかのように顔を晒した。
    「お姉さんの好きな人の心を壊したら、きっと、お姉さんは君から離れていくよ」
     冷たいように聞こえるかもしれないけれど、それは想像に難くない。
    「何か勘違いしているようだが」
     蔵人の右手、『レーヴァテイン【封印】』に宿した炎が揺れる。
    「風音と雪音の関係が変化したのではない。風音にとって感心を惹くもの、大切なものが増えただけ」
     同じ手下に斬りつけると、炎が宿る。
    「そして、君が力づくでそれを奪えば、君と風音の関係は、修復不可能なるだろう」
     手下から距離をとった蔵人は雪音を視界に収めた。彼女は小さく震えているようだ。
    「雪音の気持ちはわかる気がする、俺もかつてはそうだったから」
    「!」
     冬舞の言葉に雪音が弾かれたように顔を上げた。手の中でナイフを弄ぶようにしながら、言葉を紡ぐ。
    「壊してしまえば、上塗りしてしまえば、彼の気持ちは他に向かって、風音は元に戻るんだろうと、そう思ったんだろう?」
     彼女の心に寄り添うような言葉。しかし冬舞が放ったのは漆黒の弾丸。
    「だが人の気持ちを壊したら、同時に自分の気持ちも壊れるぞ」
     弾丸の軌道に乗った言葉が、雪音の心も抉る。
    「君が吉場を傷つけたら、君のお姉さんはきっと泣きます」
     手下への一撃を繰り出して、徹は声を上げる。
    「君のその胸の痛み、大事な人をとられる痛み、お姉さんにも味あわせたいのですか」
     闇堕ちした兄を繋ぎ止めたいと願ったことがある徹には、雪音の気持ちがよく分かる。だからこそ、きょうだいが離れていってしまうのを止めたいのだ。
    「お姉ちゃんのこと好きなんだよね?」
     前衛を強化した夏蓮が、手下達から容赦なく熱を奪う。
    「だったら間違いに気づけるはずだよ」
    「風音が他の者に目を向ける事ができるのは、お前と自分との間に、確固たる絆があると信じているからだ」
     ユージーンが黒い司祭服の袖を揺らして符を遣る。夏蓮の傷を癒やし、守りを固めるためだ。
    「双子の特別な絆を自分で信じなくてどうする」
     表情は窺えぬが一人っ子である彼は、兄弟がいる者達を羨ましいと思っていた。ましてや雪音達は双子。普通の兄弟にない繋がりがあるなんて素敵ではないか。
    「姉貴の事が大切なんだろ? 姉貴は、雪音と同じように吉場が大切なんだ。雪音がソイツを傷付けてしまったら、お前を嫌って傍から離れてしまうんだぞ! それでもいいのか!?」
    「そ、そんな……いいわけないじゃない!」
     リオナの、身長よりも大きな『千光蒼月』が手下を切り捨てる。影が光に溶けるように手下の姿は消えていった。
    「なら、オレ達の言葉に耳を傾けてくれ!」
     リオナの叫びに似た懇願に、雪音は大きく身体を振るわせて顔を上げた。
    「隙、見つけた、貰うよそこ」
     攻撃を外した手下の死角へ、刻音が滑るように入って流れるような動作で切り裂く。
    「お姉さんを悲しませたくないなら、目を覚まそうか」
     幼子がいやいやをするように取り乱しながら放たれた雪音の糸を庇って受けた葵は手下との距離を詰め、剣を振るう。ジョルジュがその後を追った。蔵人が左手の『ヴァナルガンド』を振り下ろすと流れ込んだ莫大な魔力に手下が身体を震わせる。
    「ずっと一緒にいたのならわかるだろ。風音が幸せなら雪音も嬉しかったんじゃないか?」
     傷つけることに、壊すことに固執してしまいかけている心をほぐすように、冬舞は言葉を紡ぐ。思い出して欲しい、今の状態が本当の姿ではないはずだ。
     吉場の持つ気持ちと雪音の持つ気持ち、どちらが正しく、どちらが間違っているわけでもない。雪音に慕われている状態で吉場と思いが通じあったことで、風音は本当の幸福を感じたのだろう。どちらかが欠けても彼女は幸せにはならなかったのではないかと冬舞は思う。どこかかつての自分と似ていて、けれども少し違う彼女に腕を振り下ろす。
    「どうしても止められないなら僕達が止めます」
     雪音と戦うのは、自分の悪い所と向き合うようで苦しい。けれども徹は負けない、諦めない。手下に蹴撃を加え、飛び退りながら雪音に視線を向ける。
    「大丈夫、君はまだ誰も傷つけてない。だから戻れます、信じて!」
     彼女が、戻ってこれるように。
     同じ思いを抱く夏蓮が盾を思い切り振り下ろし、手下をふらつかせる。その隙にユージーンは祝福の言葉を紡ぐ。
    「聖霊よ、汚れたものを清め、受けた痛手を癒したまえ」
     風が前衛を癒やし、浄化していく。ちらりと吉場の様子を見ると、彼は真剣な顔をして言われた通りその場を動かずにいた。
     リオナはまっすぐに雪音を見つめ、口を開く。
    「オレにも大切な人……護る人がいる。その大切な人が関わる人は、オレにとっても大切だ。どっちも大切にするからこそ、一緒に笑って泣いて怒ったり出来る」
     自らの経験に寄り添った言葉。それは何よりも強く雪音へと届くはず。
    「雪音もそれが出来るはずだ。姉貴が大切なら尚のこと。それに、雪音には特別な力がある。その力があれば、姉貴を守る事が出来る」
     距離を詰め、死角へ入り、斬り上げる。
    「オレ達と一緒に大切なものを守ろうぜ!」
     強い意志のこもった言葉が、雪音へ染みていく。
     手下の攻撃を交わした刻音がこれでもかと切り刻むと、手下は解けて消えた。
    「ずっと一緒に居た姉妹の絆が、すぐに潰えるわけがない。君はそれを知っているだろう?」
     葵とジョルジュに続いて蔵人が雪音へと迫る。一瞬合わせた瞳に強き意志を宿し、振り下ろす武器に必ず助けるという想いを抱いて。
     お互いが鏡合わせのように大切なのが伝わる。だからこそ――
    「目覚めたら、自分の気持ちを風音へ伝えてみたら良い。寂しいことも全て。そうしたら、また歩き出せる」
     優しさと暖かさを宿したような冬舞のオーラが雪音へと迫る。
    「君の気持ち、自分でお姉さんに伝えないと!」
     接敵した徹が剣を振り上げる。
    「君を苦しめるダークネスは、僕達が倒します!」
     深々と雪音の身体を切り裂いて、切っ先が下りた。

    ●見えてくるもの
    「これは夢だ。ただの夢だ。恋人と恋人の大切な者を大事にな」
     最後にユージーンが吉場に声をかけ、灼滅者達は現実へと戻ってきた。
     程なくして雪音が目覚めたことを確認し、蔵人は一足早くその場を去った。更なる強敵を、求めて。
     戸惑う雪音に学園のことを簡単に説明して。葵は彼女の顔を覗き込む。
    「ねぇ、もし気が向いたらさ学園に来ない?」
    「……私にも、あなた達みたいに出来る?」
    「出来るぜ!」
     リオナはニカッと笑い、すかさず手を差し出した。勿論、歓迎の意を込めて。
     彼女がおすおずと手を伸ばしたのを、他の灼滅者達も静かに見守った。

    作者:篁みゆ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年11月21日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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