獄魔大将クロキバとの邂逅

    作者:御剣鋼

    ●獄魔大将クロキバ
     野良犬猫の眷属化は、イフリート『クロキバ』が『武神大戦獄魔覇獄』の勢力を率いる『獄魔大将』になった影響によるものだった。
     そして、クロキバ達は、武蔵坂学園にも獄魔大将がいることを、知っていた。
     それを警戒するように、クロキバは眷属化した動物達を集めるように依頼していたヒイロカミに「灼滅者と出会ったら直ぐに撤退するように」と指示を出していたという。
     しかし、ヒイロカミは「獄魔覇獄を勝ち抜くために一緒に戦えないか?」と、共闘の申し出とも言える言葉を掛けていて。
     それだけでなく「話し合いに応じてくれるなら、別府温泉の鶴見岳に伝言して欲しい」と残し、人間に被害を及ぼす眷属は灼滅しても構わないと告げ、立ち去ったという。
     一見、矛盾しているようだが、どちらもクロキバの思惑が絡んでいるように見える。
     それを確かめるためにも、武蔵坂学園は——。

    ●クロキバとの邂逅
    「ヒイロカミとの接触の結果、有志によるクロキバとの接触を試みることになりました」
     獄魔大将となったクロキバは、野良犬猫眷属を集めるなど、怪しい動きを見せている。
     ダークネスのリーダー格と接触すること自体、少なからず危険が絡んで来るだろう。
     ——だがしかし。
    「共闘の申し出につきましても、まずは話を聞かないと判断しかねない部分が、多々あると思いますから」
     集まった有志達を出迎えた里中・清政(高校生エクスブレイン・dn0122)は、石版での伝言ではなく、危険を承知でクロキバと接触する目的を、明確に告げる。
    「今回の目的は『獄魔覇獄に関する情報を得る事』と『クロキバの目的を探る事』の2つでございます」
     獄魔覇獄の戦いがどういう戦いになるかは不明だが、獄魔大将であるクロキバから直接獄魔覇獄に関する情報を入手することができれば、より有利に働くのは間違いないだろう。
     また、クロキバの目的が明確になることで、今後の方針も取りやすくなるはずだ。
    「クロキバは知恵が回るイフリートでございます、一筋縄では行きませんでしょう」
     警戒されているとはいえ、幸いクロキバ勢力とは比較的友好な関係を保っている。
     今回に限ってだが、クロキバに会う事自体も、とても容易になっているようだ。
    「ヒイロカミから報告を受けたのか定かではございませんが、皆様方が鶴見岳山頂に行かれますと、クロキバは姿を現すようでございます」
     基本は、クロキバ1人との話し合いになるだろうと、執事エクスブレインは付け加える。
     だが、クロキバもダークネスで、本質はイフリートである事には代わりない。
     他のイフリートよりも許容量があっても、寛容ではないことを忘れてはならないだろう。
    「些細な事で殺傷沙汰に発展する可能性がございます。行動には細心の注意を払い、慎重を欠かせませんように……」
     単に武蔵坂が情報を得るだけなく、クロキバ側にも話し合いに耳を傾ける価値があると思わせると、尚良いかもしれない、けれど。
    「話し合いに赴かれる皆様に、心の隅に留めて置いて欲しいことが1つございます」
     ふと笑みを消した執事エクスブレインは、真剣な眼差しで灼滅者の顔を1人1人見回す。
    「この話し合いは、武蔵坂学園を代表して、なんらかの約束を行なうものではございません。その点は誤解の無きよう、進めて頂きたくお願い申し上げます」
     特に意図がなければ、気になったので話を聞きに来た、という感じのスタンスで行くのが無難だろう。
     が、上記を踏まえた上でならば、あたかも武蔵坂学園の代表のように振る舞って情報を引き出すといった行動を行なっても構わないと、執事エクスブレインは瞳を細めた。
    「この場合、クロキバ勢力を詐術にかけることになりましょう」
     デメリットは何処かで虚偽が洩れた場合、クロキバ側の機嫌を損なう恐れがあるが、貴重な情報を入手し易くなるという利点を持ち合わせている。
    「もう一度申し上げます。この依頼の目的は『獄魔覇獄に関する情報を得る事』と『クロキバの目的を探る事』でございます」
     クロキバに聞きたい事は、沢山ある。
     だが、何かしらのアクシデントで話し合いを打ち切られ、本題を聞き損なったとなれば、本末転倒になってしまう。
     言葉を締めくくった執事エクスブレインは、普段と変わらぬ温和な笑みを浮かべた。
    「皆様ならきっとやり遂げて下さるでしょう、わたくしは信じております」
     そして、何時も通り「いってらっしゃいませ」と深く頭を下げたのだった。


    参加者
    外道院・悲鳴(千紅万紫・d00007)
    愛良・向日葵(元気200%・d01061)
    狩野・翡翠(翠の一撃・d03021)
    函南・喬市(血の軛・d03131)
    守咲・神楽(地獄の番犬・d09482)
    逢見・莉子(珈琲アロマ・d10150)
    霧月・詩音(凍月・d13352)
    陽野・鴇羽(焔盾・d22588)

    ■リプレイ

    ●鶴見岳山頂での邂逅
     ロープウェイを使って山上駅に辿り着いた灼滅者達は、山頂に向かって登って行く。
     山の風は刺すように冷めたかったけれど、雲間から零れる陽射しは、実に心地良かった。
    「ほーこくしょは読んだけれど、どーいう人かなー?」
    「私もクロキバさんと会うのは初めてだよー」
     楽しそうにはしゃぐ愛良・向日葵(元気200%・d01061)の横で、陽野・鴇羽(焔盾・d22588)も明るく頷いてみせて。
     クロキバと会うのは不安もあるけれど、期待も半々混ざっている。
    (「……情報を得る、それが目的なら最善を尽くすまでです」)
     黙々と山頂に足を下ろした霧月・詩音(凍月・d13352)は、周囲を見回す。何かが潜んでいたり、襲撃の気配は感じられない。
     山頂からは別府市街はもちろん、大分市、日出町など別府湾周辺の市街地、南方に城島高原を見下ろすことができて。
     西の方には由布岳や九重山が連なり、天気が良ければ……。
    『今日ハ四国マデ見渡スコトガ出来ルヨウダナ』
     山頂近くのベンチに座っていた男から発せられた低い声に、一行の視線が集まる。
     狩野・翡翠(翠の一撃・d03021)の大きな瞳が、男の手の甲に浮かぶ紋章——獄魔大将の証に留まった。
    「お主がクロキバじゃな?」
    『ソウダ』
     外道院・悲鳴(千紅万紫・d00007)が手にした扇子をパチリと閉じると、クロキバも頷いて立ち上がる。
     馴れ馴れしく話し掛けた守咲・神楽(地獄の番犬・d09482)に函南・喬市(血の軛・d03131)は冷や冷やさせられたが、幸いクロキバが機嫌を損ねる様子はなかった。
     詩音と鴇羽が自己紹介を済ませると、逢見・莉子(珈琲アロマ・d10150)が自分達の立場を告げるように、クロキバの前に立つ。
    「わたし達は代表として返事をしにきたわけではなく、ヒイロカミの話を受けて気になったから様子を見にきたの」
     獄魔覇獄の共闘については、今回の話し合いで持ち帰った分も加味して判断することになるので、話を聞かせて欲しい。
     そして、少ないかもしれないけど、こちらから提供できる情報があるかもしれないことも、一緒に伝えた。
    「改めて確認したいが、あなた自身に共闘の意志はあるのか?」
     喬市の問い掛けにクロキバは頷き『後ハ其方次第ニナルダロウ』と返事を返す。
    「わたし達自身には、クロキバと戦う意志は全くないし、戦いたくないと思ってる」
    「僕も個人的にあんたに協力したい。けど、学園は組織やしな。説得の材料を持って帰ることは出来るけど、絶対にとは約束できんのはわかるやろ?」
     莉子と神楽の言葉にクロキバは少しだけ思案し、何かを確認するように口を開いた。
    『今カラ行ワレル話シ合イハ、互イニ何カヲ確約スルモノデハ無イト言ウ事ダナ?』
     クロキバの問いに悲鳴の口が開き掛けるが、自分以外の皆が頷いたので言葉を飲み込む。
     一拍置いて『承知シタ』と短く告げたクロキバが、人に近い言葉を紡いでいく。
    『聞キタイ事ガ在ルト言ウ顔ダナ……先に其方の話を聞コウ』

    ●獄魔覇獄について
    「妾達に獄魔覇獄についての理解に乏しいのも、現時点で共闘の応否を判断することができない理由の1つじゃ」
     ——獄魔覇獄の戦闘の形式や勝利条件について教えて欲しい。
     そう悲鳴が訪ねると、クロキバは人に近い言葉でゆっくり答えた。
    『獄魔大将が率イル軍勢同士の戦争にナルダロウ。俺も参加した事はナイが、獄魔覇獄の勝利ノ証を奪い合う戦イにナル……と、伝エ聞イテイル』
    「クロキバさんも初参加なのですね」
     ……ならば、クロキバの考える共闘とは、どのような形式を考えているのだろうか?
     翡翠は悲鳴の質問に繋げるように、共闘の詳細を訪ねた。
    「例えばですけど、こちらから初手で他所に集中攻撃を仕掛けようと提案したら、考慮していただけたりするのでしょうか?」
    『獄魔覇獄が始マッテ見ナイと判ラナイが、可能で在ルナラば、出来ル限り配慮シヨウ』
     クロキバの言動を見る限り、この話し合いが何かを確約したり決断するものではないということを、きちんと自覚している節が感じられる。
     けれど、言葉に悪意や裏は感じられず、灼滅者の質問を真摯に受け止めて答えようとしている姿勢が、強く現れていた。
    「先程、勝利の証と耳にしましたが、それは誰かに譲ったり、手放すことは出来ますか?」
    『恐ラク不可能ダロウ。其レが可能ナラば、獄魔覇獄の勝利者を闇討ちスル方が着実ダ』
     クロキバの返答に翡翠は「確かにそうですね」と、頷く。
     譲渡が出来るなら奪い合うことも出来る。その場合、有力なダークネスが揃って参戦するメリットが無くなってくる。
     少し間をあけて、今度は詩音が淡々と問い掛けた。
    「……獄魔覇獄は師範代としての地位や名声獲得以外に、どのような利益がありますか?」
    『師範代ノ地位は、獄魔覇獄とは直接ノ関係は無イ筈だ。獄魔覇獄を勝チ抜イタ獄魔大将でアレば、何処の組織デモ幹部とシテ、迎エ入レてクレルダロウがな』
     的確な言動で返してくるクロキバに、詩音はある程度考えながら次の質問を投げ掛ける。
    「……では、獄魔覇獄の参加勢力は合計で幾つくらいになりますか?」
    『他の勝利者が誰ナノか、勢力の数マデは判ラナイガ、俺が六番目ノ筈だ』
     クロキバが知る参加勢力から敵勢力情報や彼が考える撃破優先順位を導き出そうとしていた詩音は口元を閉じ、暫し思案に耽る。
     敵情報の提供もあくまで対価のつもりだったので、冷静に視線だけを仲間に投げた。
    (「他の獄魔大将の動きについては余り期待出来なさそうじゃな」)
     ブエルやカンナビスを含んだ敵情報を提供しようとした悲鳴も、静かに口を閉じる。
    (「クロキバさん、ずっと話しているけど大丈夫かな……」)
     自分の番まで様子見に徹していた鴇羽は、それを緩和させる行動が思い浮かばなくて。
     その時だった。莉子が落ち着いた振る舞いで、話の流れを繋げてくれたのは。
    「話し合いだし、クロキバの話も聞きたいな」
    『此方ノ話シカ……ナラバ』
     クロキバは今まで話したものの整頓も兼ねて口を閉じ、ゆっくり言葉を紡いでいく。
    『獄魔覇獄には選リスグリのダークネスが集マッテイルヨウダ。武蔵坂の力量を疑ウ訳ではナイが、灼滅者1人1人の力は弱イので、充分に注意シテ欲シイ』
     ……一同沈黙、貴方は私達の父兄か何かですかああッ!!
     思わぬ言葉に翡翠は目を瞬き、向日葵は嬉しそうに満面の笑みを返すように微笑んで。
     喬市が「それだけなのか?」と訪ねると、クロキバは静かに頷いた。
    (「ダークネスと共闘出来るかっちゅーと別問題なんよなぁ」)
     そんな中、神楽はやりにくそうに頭の後ろを掻きながら、小さな溜息を洩らしていて。
     クロキバには親近感があるし嫌いでもないけれど、別府のご当地ヒーローの神楽にとっては、色々複雑なものがある。
    (「今の所、不自然な点はなさそうだが……」)
     疑いを抱いていた喬市は、公正な判断を心掛けるようにクロキバの言動を観察する。
     知恵も力も格上のダークネスで危険だと思う反面、その統率力と生き方には畏敬の念を抱いていて。
     個人的には可能な限り協力はしたいし、クロキバ達のことも信じたいけれど、判断できる材料が乏しかったのは事実だった。
    (「獄魔覇獄で聞きたかったことは出尽くした感じかなー」)
     話にしっかり耳を傾けていた向日葵は、次の話題に繋げようと質問を投げ掛ける。
     次の話題に切り替わることを察した詩音も、最善を尽くさんと聞き耳を立てた。
    「クロキバちゃんは、なんで獄魔覇獄に参加したのー?」
     向日葵が自然体で投げ掛けた言葉は、一行が決めた最重要事項でもある。
     そして、クロキバの返答は——。
    『全テハ、ガイオウガ様復活の為ダ』

    ●クロキバの目的
    『具体的に言エバ、武蔵坂学園に勝利を譲ッテ貰イ、獄魔覇獄の力でガイオウガ様を復活サセル事にナルダロウ』
     思いがけぬ……否、誰もが密かに思っていた言葉に、しんと空気が冷え込む。
     楽しそうにくるくる回っていたナノナノも大人しくなり、莉子の影に隠れてしまう。
     張り詰めた空気の中、何処か含むものを漂わせながら翡翠がクロキバに問い掛けた。
    「つまり、クロキバさんが考える共闘には、勝利を譲って欲しいと言うのも含まれる、ということでしょうか?」
    『タダで勝利を譲ッテ貰オウとは思わナイ。一般人に関シテも可能ナ限リ考慮シテイキタイ、そう思ッテイル』
     取引条件としては『武蔵坂学園の協力についてガイオウガに伝え、ガイオウガ復活後も武蔵坂学園との協力関係を続けていく』ことだと言う。
     ガイオウガが復活すれば、今以上の協力が可能になるので、武蔵坂学園にとっても大きなメリットになるだろうと、クロキバは言葉を区切った。
    『何レニせよ、我等か武蔵坂以外が勝利スル事は避ケルべきダト思ウ。他の勢力を倒すマデは武蔵坂と共闘シタイ』
     ——その後、勝利を譲ってくれるならば、我等は必ずその恩に報いよう。
     ——だが、我等に最後の決戦を行うのであれば、やむを得ないので受けて立つ、と。
     そう言葉を結んだクロキバには、明確なまでの強い意志が感じられた。
    (「勝利の証がダークネスにしか意味のないものであれば、私達が使うわけには行かないでしょうけど……」)
     クロキバの目的がガイオウガ復活なら、他の獄魔大将は……考えが付かない。
     また、手に入るものが明確でない以上、この場で勝利を譲る譲らないみたいな決断が出来ないのは、翡翠にも一目瞭然だった。
    「そういえば、武蔵坂と共闘したい理由って、まだ聞いてなかったよね?」
     はいはいと手を挙げた鴇羽にクロキバは律儀に頷いて、答える。
    『複数の勢力が戦ウ獄魔覇獄デハ、共闘スル相手が居レば勝利に近ヅク事がデキル』
     そして、一旦言葉を置いて『共闘スルなら武蔵坂ダト思ッタ』と、続けた。
     鴇羽は友好的に接したいと思いながらも、ふと浮かんだ疑問をそのまま言葉にする。
    「それなら、どうして武蔵坂を警戒するの?」
     一瞬、クロキバは「?」という表情を浮かべたけれど、直ぐに納得した様子で答えた。
    『警戒と言ウヨリも、誤解カラ戦闘にナラ無イヨウにスルタメだな」
     自分の配下や仲間は血の気が多く、知恵が足りない者が多い。
     また、武蔵坂学園も戦闘になるまでは理知的で話し合いも出来るけれど、一度戦いの火蓋が落とされれば容赦ない傾向にあると、クロキバは続けた。
    『ナノデ、偶発事故が起コラナイようにスルには、互イにトッテある程度の警戒は必要ダト思ッタ』
     クロキバの言葉を1つ1つ吟味しながらも、喬市は考えてみる。
     ヒイロカミの件で例えると、クロキバは何かの弾みでヒイロカミが暴走した時、接触した灼滅者達に危害が及ぶ恐れも考慮していたのかもしれない。
     思う所があった鴇羽も、足元で行儀良く座っていたつっきーに視線を落とし、そっとその頭を撫でた。
    「あたしはクロキバちゃんのこと信じてるよ!」
     自然体で疑うことを知らない向日葵の瞳は輝いていたけど、皆の思いは様々だ。
    「妾は一般人の安全を第一に考えておる、その約束が取れぬ限りは何とも言えぬ……」
     この場では確約出来なくてもと、悲鳴は明確な意志を瞳に宿す。
     馬鹿だ単細胞だと思われても譲れない姿勢を貫く悲鳴、声にはしていないけれど神楽もクロキバの言動から見極めようとしていて。
     冷静に話に耳を傾けていた詩音も利害が一致しているなら手を組んでも良いという考え方ではあったけれど、暴れるのなら灼滅するという方向性だった。
    「犬猫眷属について聞いていいかな、学園は一般人への被害を主に考えることが多いから」
    『ソノヨウだな』
     クロキバの目的も一区切りしたと判断した莉子は、別の話題を投げ掛ける。
     ——眷属を集める力はクロキバのものなのか、獄魔大将としての力なのか?
     ——そして、その力は制御できるのか、と……。
    『獄魔覇獄の戦イに参加スル為の配下を集める力だな。ナノデ、完全に制御出来てイル訳デハないが……』
     どうやら意図的に起こしているものではなさそうだ。
     自分を気遣うように見ていた莉子に、クロキバは始めて口元に微笑を洩らした。
    『何トカ使イコナシテ見セよう、其方の足を引ッ張ルヨウナ真似は、シタク無いカラナ』
     クロキバに共闘の意志があるのは、間違いない。
     むしろ、彼は本気の構えであるということが、改めて肌身に感じたのだった。
     
    ●炎獣と人の岐路
    『長居シタヨウダ、自分ハ此レデ失礼サセテ貰オウ』
    「あ、まだ聞きたいことが……」
     踵を返さんとするクロキバに歩み寄ろうとした鴇羽を、莉子が制する。
     そして、耳元で声を細めて「クロキバ、疲れてるみたい」と告げた。
    (「他の話しは聞けそうにないか」)
     喬市が目を凝らすと、クロキバの額に汗らしきものが薄ら浮かんでいるようにも見えて。
     イフリートは、ダークネスの中でも理性に乏しい種族だ。
     人の言葉で話し続けるというのは、意外と神経を使うものかもしれない。
    「お主の言葉は、我らが獄魔大将にもしかと伝えよう」
     悲鳴の言葉にクロキバは『宜シク頼ム』と短く告げ、静かに踵を返した。
    「バイバーイ! また会おうねー♪ たまには学園に遊びに来てねー!」
     向日葵は消えゆく背中に向けて、笑顔で元気よく手を振ってみせて。
     そして、その後ろ姿が見えなくなった時、皆揃って安堵の息を吐いたのだった。

    「思っていたよりも友好的に話してくれたねー」
     話し合いが無事に終わったことを実感した鴇羽は、ほっと胸を撫で下ろす。
    「共闘拒否に傾くような情報は、伏せられると思ったが」
     それほど向こうも本気なのだろう。
     クロキバの言動には嘘をついている様子は感じられなかったと、喬市は瞼を伏せた。
    「目的の情報は手に入ったけど、少し質問が多かったかもね」
    「……何が必要な情報であるかを見極め、それを手にするために工夫する努力が大事かと」
     今回は相手が比較的話が通じるクロキバだったからこそ、上手くいった点も多い。
     莉子が洩らした言葉に詩音は一拍置いて、無表情のまま頷いた。
    「クロキバちゃんのことも少しわかったし、何が何でも学園に戻るんだよー♪」
    「そうですね、場所が場所ですし、万が一の場合にも備えて……?」
     元気良く拳を上げた向日葵から、翡翠は1人思案に更けていた神楽に視線を留める。
    「どうされましたか?」
    「え、あー、なんでもないわ」
     何か異常でもあったのかと訪ねる翡翠に、神楽は慌てて首を横に振る。
    (「ガイオウガが神話に語られる鶴見岳そのものなら……もしもそうなら僕は……」)
     ——彼の王は、牙を向ける存在なのか、それとも。
     迷いを断つように頭を振った神楽は、殿を務めるように仲間の後背に着いた。

     炎獣と人と。それぞれの想いが交差し、薄闇に岐路が照らされる。
     その道先は彼等と彼等の帰りを待つ、全ての少年少女達に委ねられたのだった。

    作者:御剣鋼 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年11月28日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 17/感動した 1/素敵だった 21/キャラが大事にされていた 10
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