夢見た愛の色

    作者:瑞生

     結婚式場の店頭に展示されたウェディングドレスを着たマネキンの前に、一人の少女と、仕立ての良いスーツに身を包んだ40歳台の男が立っていた。
    「それで? 入社して、ボクにどんなメリットがあるの?」
     純白のロリータファッションに身を包んだ少女――否、見た目は少女そのものだが、声はれっきとした少年のものだった。彼の問いかけに、スーツの男が穏やかに笑った。
    「君も、こういったドレスは好きかい? 今着ているのと、少し似ている」
     少年の問いには答えず、新たな質問を投げかける。
     40歳台くらいの男からすると、ロリータファッションもウェディングドレスも同じようなものに見えたらしい。似てないよ、と笑って、少年が視線を逸らした。その視線の先、結婚式場の中庭で結婚式の参加者たちが写真撮影をしていた。身内だけの小規模な式だったらしく、人数は少ないが――そこには笑顔が溢れている。
    「ウェディングドレスは女の人が着るものでしょ。ボクが着たら、頭のおかしい奴だって笑われるさ」
     まぁ、もうおかしいんだけどね?
     けたけたと笑う少年を、男がじっと見つめる。
    「そうだね。君がドレスを着ても、君が白い目で見られない。……そんな世界だって、私と一緒に来てくれたなら、作れるとも」
    「ホントに?」
    「……勿論」
     少年が興味を持ったらしいのを察し、男が手を差し出した。
    「いいよ。入社してあげる」
     こくり、と頷いて、少年が男の手を取った。
     
    ●夢見た愛の色
    「『人事部長』が、六六六人衆のヘッドハンティングを始めた、ようです……」
     おずおずと、園川・槙奈(高校生エクスブレイン・dn0053)が語り出した内容は珍妙なものだった。
     これまでにも、就職活動中の一般人が闇堕ちする事件が多発していたが、ダークネスの新たな動きが掴めたのだという。
     それが、強力な六六六人衆である人事部長による、各地の六六六人衆へのヘッドハンティングだ。
    「……彼らは、獄魔覇獄に関係しているようです。ヘッドハンティングが進んでいけば、六六六人衆が集まる、強力な組織が出来上がってしまいます……」
     ただでさえ強力な六六六人衆だ。その組織が膨らんでゆけば、灼滅はおろか、まともに戦う事さえ出来なくなりかねない。
    「彼らの企みを阻止するため、ヘッドハンティングされようとしている、六六六人衆を……灼滅して下さい」
     人事部長は今の灼滅者たちでは束になっても敵わないだろう。だが、ヘッドハンティングされる六六六人衆であれば――灼滅の目はある。
    「二条・みちる。それが、今回ヘッドハンティングされる六六六人衆の名前です……」
     ロリータファッションに身を包んだ少年――いわゆる『男の娘』の六六六人衆だ、と、どこか言い辛そうに槙奈が告げた。
     殺人鬼と酷似した能力、そしてバトルオーラ、断罪輪のサイキックを用いる。
     残忍で狡猾な性格であり、普段の戦いであれば、一般人を利用することも考えられるというが、今回はその心配は無いらしい。
    「灼滅者と戦うよう、人事部長に命令されているようです。その為、一般人をわざわざ攻撃する事は無いらしいですが……」
    「巻き込まれる可能性はあるよね。……それなら、そっちは僕が行くよ」
     周・昴(中学生人狼・dn0212)が頷いた。それにほっと安堵の息を吐き、槙奈が再び語り出す。
    「今回はどんな状況でも撤退する事は無いようです。これも、人事部長の命令のようです。皆さんが撤退するときも、追いはしないでしょう……」
     みちるに灼滅者たちとの相手を任せ、人事部長はすぐに撤退してしまう為、今回は人事部長を灼滅することは出来ない。代わりに、彼に命令されたみちるは逃げる事無く、灼滅者たちへと挑んで来るのだという。
    「……過去に、闇堕ちゲームを行い挑んで来た六六六人衆です」
     あのときは灼滅は敵わなかった。けれど、今回は違う。
    「今回は灼滅できる可能性が、十分にあります。ですから……皆さん、よろしくお願い致します」
     おさげを揺らしながら、槙奈が灼滅者たちに深々と頭を下げた。


    参加者
    万事・錠(ハートロッカー・d01615)
    上條・和麻(闇を刈る殺人鬼・d03212)
    森田・供助(月桂杖・d03292)
    霧渡・ラルフ(愛染奇劇・d09884)
    ウェア・スクリーン(神景・d12666)
    水月・沙霧(天然迷彩・d16762)
    戦城・橘花(記憶を追う・d24111)
    照葉・栞(待宵・d29300)

    ■リプレイ

    ●candor
     鐘が鳴る。
     結婚式場内に設置された祝福の鐘。余韻嫋嫋たるその音が完全に消えたのとほぼ同時に、式場内へと殺気が満ちた。
    「――!」
     結婚式場を訪れるにはあまりにもちぐはぐな、スーツの男と、ロリータ服に身を包んだ少女――否、少年が背後を振り仰ぐ。
     開かれた自動ドアから、これまた結婚式場を訪れるにしては年若い若者たちが雪崩れ込む。
    「ああ、君たちが武蔵坂学園の灼滅者、ですか」
     ESPを操れる存在など限られる。得心した、と頷くスーツの男は驚いた様子も無かったが、その隣の少年は、その端正な面に喜色満面の笑みを浮かべた。
    「さて、みちる君」
    「何?」
     柔らかな笑みを浮かべ、人事部長がみちるを一瞥した。
    「灼滅者たちを蹴散らしてあげなさい。我が社の社員ならそれくらい朝飯前ですからね」
     言外に、出来ないのなら社員としての資格は無い、社員として迎える事は無い、と告げる人事部長の言葉に、ふふん、とみちるが鼻を鳴らした。
    「了解でーす。まっかせて」
    「……頼みますよ。くれぐれも、尻尾を巻いて逃げる……なんて事は止めて下さいね」
     すちゃ、と得物を構えるみちるの姿にはもはや一瞥もくれず、言い残して人事部長がとん、と床を蹴った。灼滅者たちが追いすがる暇さえ与えず、灼滅者たちを感知して開いたままの自動ドアの外へと飛び出してゆく。
     ちっ、と森田・供助(月桂杖・d03292)が舌打ちを零す。まさか一切こちらが語り掛ける暇さえ与えず、直ぐに逃走するとは思っていなかった。
     戦力を集め、大きな事を何か起こすのでは無いか――そう危惧する上條・和麻(闇を刈る殺人鬼・d03212)も、六六六人衆による強大な組織が出来上がる事を憂えるウェア・スクリーン(神景・d12666)も、落胆を僅かに孕んだような息を吐いた。
    「って事で、残念! 君たちの相手はみちるちゃんでしたー」
     そんな灼滅者たちを嘲笑うかのように、愛らしくみちるが微笑する。
    「久しぶりだな」
     少年――二条・みちるの様子に、表情は変えず。とん、と道路標識を首に立てかけ、戦城・橘花(記憶を追う・d24111)が告げた。
    「ああ、前に闇堕ちさせ損ねちゃった子かぁ。今度は皆で闇堕ちしに来たの?」
     橘花の言葉に少し思案してから、ぽんと手を叩いてみちるは笑う。相変わらず目の前の灼滅者たちは、少年にとっては闇堕ちへと誘う為の、序列を上げる為の餌にしか見えていないのだろう。
    「女の子の憧れと夢、ウェディングを守りましょうです」
     照葉・栞(待宵・d29300)が金色を細めてみちるを睨んだ。残忍で狡猾な性格の六六六人衆だと聞く。ともすれば、式場内にいる一般人を人質にされる事で、こちらにとって不利な状況へと運ばれる可能性も否めない。
    「僕たちは避難誘導に回る。後は頼んだ!」
     そんな事態こそ防がねばならない。周・昴(中学生人狼・dn0212)を初め、援護に駆け付けた灼滅者たちが、一般人の安全を確保する為に結婚式場内へと散ってゆく。
    「きゃは、頑張るねぇ、必死だねぇ」
     可笑しげに笑うみちるを睨めつけて、水月・沙霧(天然迷彩・d16762)が短く唱える。
    「臨!」
     その解除コードと共に装いが黒装束へと変われば、それに続いて次々と灼滅者たちがカードに込めた力を開放する。
     それを見届けて、一気にみちるが床を蹴り上げた。

    ●bianco
     ひらり、裾にふんだんにフリルをあしらったスカートとその下のパニエを揺らしてみちるが駆ける。握りしめた解体ナイフを鋭く霧渡・ラルフ(愛染奇劇・d09884)へと突き立て、金と白の条も鮮やかな緋色の羽織を切り裂いた。
    「殺人鬼は闇堕ちしても職に困るコトが無さそうでありがたいですネ」
     至近距離から睨みつけて来るみちるへと冗談ですよ、と笑う彼の横から飛び出したのは万事・錠(ハートロッカー・d01615)だ。
    「オラ余所見してんじゃねェよ!」
     楽しげに跳ねる声と共に、叩きこむのは裏切り者の名を冠した聖剣『JUDAS』。斬撃を見舞うと同時に衝撃で揺れる金鎖が、錠の身体へと加護を宿す。
    「綺麗な純白……とても似合ってますね……」
     禍々しく黒い本性の六六六人衆で無ければ――そう残念そうに呟くウェアの双眸は伏せられたまま。けれど狙いを違える事無く、鬼へと化した腕でみちるを殴り飛ばす。
    「お前はここで灼滅する」
     それは端的で、そして力強い決意の言の葉。人狼の力をその腕に宿し、鋭利な爪でみちるを横薙ぎに裂くと、千切れた白いフリルとリボンがまるで花弁のように舞い散った。
    「めでたい場所に血は似合わん。……そう言う趣味の悪さが嫌なんだよ」
     不快を露わにした供助の鬼の手がみちるを殴る。
    「こんな可愛い子を殴るなんて、すっごい神経してるねぇ」
     そう嘯くみちるには、まだ灼滅者たちが齎したダメージに動じた様子は見られない。
     だが、それは百も承知だ。故に表情を動かす事も無く、和麻は静かにみちるの死角へと肉薄し、黒刀『無月』を至近距離から閃かす。
     ラルフの腕、『大宴・転新嵐幡』から柔らかな光が溢れ出し、みちるへと立ちはだかる灼滅者たちへとシールドが展開される。
    「……」
     殺気を迸らせて、沙霧が笑みを浮かべた。薄ら開かれた口許は三日月を象り、彼女が静かながらも、敵を前にし昂っている事を物語る。
    「さあッ、狩るよ! コタロー!」
     沙霧の声に、わん、と吼えて応えた霊犬コタローの首から下げた六文銭が弾丸のようにみちるを射抜く。
    「誰も倒させない」
     日常よりも厳しい凛とした声で告げて、栞が篭手で覆われたその手を伸ばし、指先に宿した光をラルフへと向けて放つ。
    「ふーん。でも相手がボクじゃ無理だよ。残念だったね?」
     紅を差した口許を歪ませて笑うみちるの身体を、癒しのオーラが包み込んだ。

     あちこちから避難を告げる、緊迫した声が聴こえて来る。
    「申し訳ありませんが、一旦こちらに移動願えますでしょうか」
    「こちらです! 落ち着いて避難してください!」
     プラチナチケットで式場の関係者を装い、統弥と彩、ユリアーネは戸惑う一般人を非常口へと誘導する。いざとなれば身体を張ってでも止めようと、戦場の方向への警戒も欠かさない。
     軛は混乱した者たちへあちらへ逃げろ、と告げ。
    「慌てるな。余の言うことを聞けば問題ない」
     レティシアが自信満々な口調で告げれば、すっかり彼女に魅了された花婿やその友人らしき集団がぞろぞろと付き従う。
    「大丈夫ですか? 今手当しますね」
     蘭が転んですり傷を作り泣いている子供へと駆け寄り、優しくそれを支える。そのすぐ近くで迸る殺気のせいか腰を抜かした老夫婦を、紫王が纏めて肩に担いだ。
     戦場に近い式場フロントのスタッフへ、竜鬼はこっそり逃げるよう、威圧しながら促す。
    「こっち、だよ」
     万一戦場からの流れ弾があっても庇える位置に立ち、砂羽が花嫁の手を取って誘導する。
     戦場へ行きたい、そう思いながらも奈落も誘導に専念する。
     戦いへ赴けたら――その想いはみちると刃を交わした事のある絢矢、サズヤ、シュヴァルツも同様だ。それでも、一般人を無事に避難させる事が勝利の為の一助となる。そう信じ、声を張り上げ、一般人を背負って運び、一般人の安全を確保する。
     誘導の呼び掛けを絶やす事無く続けながら、葉と理利は戦場となっているだろう背後を肩越しに振り返る。
    「武運を祈ります」
    「……この貸しは肉まん1個じゃ足りねぇかんな」
     仲間たちの支援があってこそ、式場の入り口ホールは、六六六人衆と灼滅者たちが戦いに専念出来る場となっていたのだ。

    ●weiss
     避難誘導に当たってくれる仲間たちのおかげで、戦闘を邪魔する者は無く、戦いは小手先の策を弄するようなものにはさほどならなかった。純粋な力と力のぶつかり合いだ。みちるのダメージも少なくない。けれど、同様に灼滅者たちの消耗も激しかった。
     そして、その状況だからこそ――僅かに生じた作戦の齟齬による影響が顕著になって来る。
     ぶわ、とみちるのスカートが翻る。足元から迸るどす黒い殺気が、栞、ウェアを飲み込んだ。
    (「回復が追いつかない……!」)
     栞のこめかみを汗が流れ落ちた。殺気に飲まれた身体はまるで床へと押さえつけられるかのように重い。それでも何とか踏み留まって、清らかな風を後衛へと吹かせた。
     知能のある敵が、まして闇堕ちを誘発するのでは無く単純にこちらを蹴散らす事を目的とするのであれば、まずは単純に数を減らそうとする。であれば、回復・攻撃共に要となる後衛が狙われる可能性は非常に高い。ゆえに、後衛二人の消耗が最も激しい。
     後衛へと集まる攻撃を逸らすにはディフェンダーの数も足りない。敵の攻撃から仲間たちを庇うべく、供助は敵の矢面に立ち戦ってはいたが、クラッシャーとして前のめりの耐性で戦っていては、思っていた程には攻撃を自分に集める事は出来ていなかった。
     回復と仲間の強化、そして攻撃を同程度の割合で行うべく動いていたラルフの回復もこと対中後衛に関しては追いついているとは言い難い。
     結果として、栞、供助、沙霧、そしてウェアもかなりの頻度で回復に回る事を余儀なくされている。
     しかし、だからといって、防戦一方で強敵に勝つ事も敵わない。どう立ち回るのが正解であったか、ジレンマに苦しみながらの戦いを、灼滅者たちは強いられていた。
    「殺し合い……いいですネ、愛があります」
     自身が想定していた通りに動けていない、その焦燥は見せず、ラルフは笑う。その手から放たれた聖なる風が後衛の傷を浅くする。
    「ボクの愛が伝わるなんて嬉しいなぁ」
     蕩けたように笑んだみちるの顔へと、殴りつけんばかりの勢いで和麻の刃が振り下ろされる。
    「……さっきの人事部長の事は、何か知ってるのか」
     少年はその刃を受け止め、同時に投げかけられた問い掛けには、かく、と小首を傾げてみせる。
    「えー、そんなの本人に今度会ったら聞いてみなよ」
     大体さっき会ったばっかだしさぁ……と。ふざけた態度ばかりの少年にしては珍しく、本気らしいぼやきが漏れる。
    (「人事部長とやらは何者なんだろう……」)
     赤いネクタイと黒いマフラー、そして結い上げた黒髪を切った風に揺らして、みちるの背後から橘花が切りつける。確証は無いものの、みちるよりは上位のように見えたが――。
    「ピンチになったら逃走がデフォの六六六人衆が不退転たァ……よっぽどこえェんだな、さっきの人事部長ってヤツは。高序列か?」
     炎を纏う『WALHALLA』を脇腹に叩き込んで来る錠の言葉には押し黙り、不機嫌な表情を浮かべるが――それは、概ね的を射ていたのだろう。交渉が成立した以上の、明確な力関係がそこにはあるようだ。
    「都合が悪くなるとだんまりか……!」
     供助が振り下ろした聖剣が、みちるの腹部を切り裂いた。ばっと千切れた白布が舞い、少し遅れてそこから紅が滲み出す。
    「重力を加算する蹴脚を……」
     詠唱のようなウェアの言葉通り、瞳を閉ざしたまま彼女は床を蹴って跳躍し、高みよりみちるを蹴撃する。
    「凍えろ!」
     沙霧の手槍から放たれた魔力がみちるを穿ちその身を凍てつかせ、コタローの銜えた刀が闇を切り裂く。
    「……あー、冷たい。そろそろボク帰りたいなぁ」
     寒いしね、とぼやいてみせる少年の手から放たれたオーラの弾が戦場を駆け抜ける。追尾するその動きより逃れる事は叶わず、みちるが放ったオーラの弾丸が栞を撃ち抜いた。
    「っ、――」
     悲鳴は呼気と共に喉の奥へと飲み込まれ、膝をついた栞がそのまま倒れ込み意識を手放した。
    「はーい、次はどの子?」
     一仕事終えたような晴れやかな声でみちるが灼滅者たちを一瞥した。

    ●blanc
     こちらの数が減れば、にわかに戦況は灼滅者たちにとって不利になる。
     癒し手を一人失った事で、回復は更に足りなくなり、程無くしてコタローも倒れた。それ以上の犠牲は抑えたまま、それでもジリ貧と言って良い状況が続いている。
     前のめりな布陣であった分、そして沙霧によって仲間たちの命中の向上が為されているおかげで、みちるへもそれなりにダメージを与えられている事だけが、形勢逆転の唯一の可能性と言えた。
    「ああ。やっぱりボク、君たちの事だいすき。こんなに心が躍るもの……!」
     歪な愛の告白と共に、マスカラで覆われた長い睫毛を振るわせるその瞳が、和麻へと向けられる。
    「……!」
     その手が伸びて来るより僅かに早く、和麻が振るう漆黒の杖――『鈴彦姫』の先端より竜巻が巻き起こり、みちるを切り裂いてゆく。
     けれど、その竜巻の中で少年は姿を消した。次の瞬間、和麻の懐まで潜り込んだみちるのナイフが、容赦なく彼の喉元を切り裂く。
    「く……っ」
     後ろに下がるだけの余裕はもはや無く、呻きを飲み込んだ和麻の意識が暗闇の中へと落ちていく。
    「っ、万事さん!」
     息を飲んで、けれどすぐに思考を切り替え沙霧が癒しの矢を放つ。
    「サンキュ!」
     癒しと加護を得た錠の『Gungnir』が螺旋を描き、みちるの腹部を貫いた。
    「クソ……ッ!」
     流石に直撃は堪えたか、漸く余裕を失い悪態をついたみちるの視界が、白い炎に包まれた。
    「ごめん、待たせた!」
     白き炎を戦場へと満たし、前衛たちの傷を癒し加護を齎して――昴が告げる。
    「ひなん、終わった、だいじょぶ」
     癒しの矢を放ち、砂羽もこれまで戦って来た灼滅者たちへそう伝えた。その背後にも、避難を終えて助力すべく駆けつけた仲間たちがいる。
    「みちる、会いたかったぜ。お前に止めをさせないのが残念だけどな、くたばれや!」
     シュヴァルツが鉄塊も断つ程の強烈な斬撃をみちるへと見舞う。
    「キッカ!」
     ユリアーネが癒しの矢を橘花へと放ち、 倒れた栞と和麻を、紫王が抱え上げて戦場から離してゆく。
    「残念ながらあんたの思い通りにはなってやんなかったさ!」
     闇堕ちから救い出された絢矢は、その闇の力を操り、供助を強化し、胸中に怒りを讃えたサズヤの霧が、沙霧を包む。
    「……次から次へと」
     うんざりとしたみちるが前衛へと放った九眼天呪法によってラルフが倒れるも、その一部を軛が肩代わりし、癒しを即座に施す事で、残っている者への被害はそこまで大きくない。
     更なる仲間たちの援護を受けた事で――形勢は一気に逆転した。
     援護が追いつき、ひとたび体勢を整えてしまえば、もうみちるには勝機などの残されていなかった。

    ●albus
     流石の少年も己の最期を予感した。
    「あーあ……ボロボロ、だぁ……」
     肩を大きく震わせて息を整える少年のドレスも、その下から覗く素肌も切り裂かれてボロボロだった。
    「そんなに、ボクがこういうカッコしちゃ、いけないのかなぁ」
    「……着たいもの着ればいいし、そんなもん個人の嗜好で好きに生きればいい」
     でも、と言葉を繋ぎながら供助がみちるの懐へと距離を詰め、聖剣でそのドレスと身体を切り裂く。
    「否定するものを壊して認めさせる……なんてのはな」
     それはけして肯定には繋がらない。それを少年が知る事は無いだろう。
     フリルやリボンに彩られていた純白のドレスは、鮮血に染まり見るも無惨だ。
    「テメェの血で真っ赤に染まった特注品だ。赤、似合うぜ?」
     大事にしろよ、と笑った錠の槍がみちるの細い身体を貫き、更に白いドレスを赤く染めてゆく。
     ふらりと身体が傾げたみちるへと、無言で一瞥をくれ、死角から沙霧が切り掛かる。もはや、語るべき事も無い。
    「さようなら……」
     引導を渡さんと別れの言葉をウェアが述べる。その手から放たれた槍撃が、地面に少年を縫いとめるように、その脚を貫いた。
     血まみれの白へと、橘花が迫る。吐息を感じる程の至近距離で少年を睨みつけ――。
    「二条みちる……私は忘れん」
     橘花が告げたのとほぼ同時に、彼女が突き出した『封ノ道標』がみちるの心臓を穿つ。一拍を置いて、みちるの口からごぽりと、鉄錆の臭いを含んだ鈍い赤が零れ落ちる。
    「……好きって言われるより、よっぽど嬉しい……ね」
     ふ、と笑った少年の顔に、不思議と狂気は無い。
    「あり、……が、……」
     言い終わるよりほんの僅かに早く、その体がまるで黒い砂の塊だったかのように崩れ落ちる。ざらりと床に広がった黒い砂も、数秒を置いて溶けるように消えてゆき――後には何も残らなかった。
     そこへ、そっと錠が跪き、花束を供えた。花嫁のブーケに見立てた小振りな花束は、まるで辺りに漂う血臭を洗い流すかのような、優しい香りをふわりと放つ。
    「これでひとつ、芽を潰せたでしょうか……」
     ひとまず戦いを乗り切った安堵と、今後何が起きるかという事への不安が入り混じった、些か掠れた声で沙霧が呟いた。
     人事部長の企みを阻止した。けれどあくまでこれは企みの一つでしかないのだ。――けれど、それならばこれからも企みを阻止してゆけば良い。
     僅かな不安と、それを打ち払うだけの決意を胸に帰途につく灼滅者たちの目に、激しい攻防から逃れ無事な姿を保っていたマネキンが見えた。
     そのマネキンが纏う祝福の白は――未来への不安にも、絶望にも押し潰される事など無い、眩く清らかな純白だった。

    作者:瑞生 重傷:上條・和麻(闇を刈る殺人鬼・d03212) 照葉・栞(待宵・d29300) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年11月30日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 9/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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