Out of the blue

    作者:六堂ぱるな

    ●壊すな危険
     その町の一角にある神社の裏庭では、ずいぶんな物音が響いていた。

     ゆらり。全ての裾がほつれた真紅の旗が揺れる。
     旗が翻ると、旗の柄が鋭く岩壁に捩じ込まれた。その風圧が破裂するように辺りを引き裂く爆音を立てる。柄を引き戻しがてらどんと踏みこみ、同時に鋭く右拳が唸る。
     落雷もかくやという轟音をたててめりこんだ拳は岩壁に派手な亀裂を生み、見る間に崩壊した。落ち来る岩目がけて風を巻き上げ回し蹴りが見舞われる。
     砂塵が落ちついてみれば、そびえる岩壁は砕かれ抉りとられて、裏庭の面積は倍ほどにもなっていた。
    「……やっぱ一人でやってんのって、つまんねえな」
     腰に手をかけて頭を振った少年が息をついた途端、腹の虫がぐうと盛大に鳴き声をあげた。今度こそ深々とため息をつくと、空腹を満たすものを探しに神社の裏庭を出て行く。
     擦り切れた優勝旗を担ぐ少年の名は、五十嵐・威吹といった。
     
    ●混ざれば危険
     埜楼・玄乃(中学生エクスブレイン・dn0167)は手早く資料を配布すると口を開いた。
    「アンブレイカブルたちが集まる町が発見されたのは、皆周知のことと思う。『稽古』ならば町に出入りすることは自由と、ケツァールマスクから許可が出た」
     『稽古』はあくまで模擬戦。
     『稽古』に来たことを告げ、模擬戦を行った後なら、アンブレイカブルとの交流や情報収集も可能になるだろう。生憎、集めた本人のシン・ライリーは不在のようだと告げ、玄乃は説明を続けた。
     今回はあくまで調査が目的。相手はダークネスだ。ちょっとした行き違いで簡単にトラブルに発展しかねない。慎重に調査し、町に入って24時間を目処に戻ることになる。
    「そして神社の裏庭にいるアンブレイカブルだが、以前接触したことがある者もいる、五十嵐・威吹だ」
     アンブレイカブルらしく戦い好きな彼のことだ、喜んで応じるだろう。
     情報収集が重要なのは言うまでもないが、アンブレイカブル側に与える印象も大切だ。玄乃は眼鏡のブリッジを押し上げた。
    「アンブレイカブルと友好的な関係を築ければ、あるいは共闘も可能かもしれない。だが何よりも、皆気をつけて行って貰いたい」


    参加者
    七瀬・遊(烈火戦刃・d00822)
    風宮・壱(ブザービーター・d00909)
    八嶋・源一郎(颶風扇・d03269)
    汐崎・和泉(碧嵐・d09685)
    久我・なゆた(紅の流星・d14249)
    セシル・レイナード(薔薇々々肢体・d24556)

    ■リプレイ

    ●邂逅、あるいは接触
     武人の町。
     本来普通の町だったそこは、今やアンブレイカブルたちと町の人が普通に行き交っている。騒ぎになっている様子もなく、治安も決して悪くなかった。
    「武人の町……来てみたかったんだよね。アンブレイカブルと不思議な共存が出来ている町って、なんだかいいよね」
     久我・なゆた(紅の流星・d14249)が町を見回しながら呟いた。詳しい調査は後とし、一行は威吹の居る神社へ急ぐ。緊急時に備え、全員の連絡先は交換済みだ。
     本殿の横を抜けると、えぐり取られた岩壁と舞いあがる粉塵が見えた。
     五十嵐・威吹が人の気配に振り返る。声をかけたのはエリスフィール・クロイツェル(蒼刃遣い・d17852)だった。
    「物足りぬか? ま、君の武術は競う為の物。独りではそう思うのも仕方あるまい。そこで相談だが……私達と稽古して頂けぬか?」
    「つまらないなら、私達との模擬戦でスカっとしよう!」
     なゆたの言葉に、目を丸くしていた威吹がぽんと手を打った。
    「灼滅者が稽古にくるかもとか言ってたっけ!」
    「オレ達が相手になるぜ?」
     七瀬・遊(烈火戦刃・d00822)が笑いかけた。強くなる為に鍛練に励む、その真っ直ぐな姿勢は彼にとって好感が持てる。もちろん威吹は1秒たりとも考えなかった。
    「ちょうど動く相手が欲しかったんだよ」
     裏庭の奥へ招き入れる威吹に、穏やかな笑顔で八嶋・源一郎(颶風扇・d03269)が続いた。この未知の敵を前に、胸躍ることを隠しようもない。
     ぺこりと一礼してから入ってきたセラフィーナ・ドールハウス(人形師・d25752)の傍に甲冑をまとった騎士が現れ、セシル・レイナード(薔薇々々肢体・d24556)が威吹から少し離れた場所で足を止めた。
     微笑む汐崎・和泉(碧嵐・d09685)が、傍らにチョコレート色のラブラドール、霊犬ハルを呼び出す。その彼の隣に、風宮・壱(ブザービーター・d00909)は足取り軽く並んだ。
    「じゃ、始めよっか」
    「よろしく頼むぜ!」
     壱に威吹がそう返し、笑う。

     とんと地を蹴ると、威吹は源一郎へと迫っていた。拳が雷光を迸らせながら顎を狙う。しかし一撃を受けたのは滑り込んだ和泉だった。予想していた攻撃だが、準備してきた防具が軋みをあげてかろうじてもちこたえる。
     異音をたてて膨れあがった源一郎の鬼の腕の一撃を逃れた威吹の頭上から、壱が全体重を乗せて蹴りを見舞った。それすらかろうじての命中、その一瞬に遊が螺旋を描く槍の一撃を突き入れる。
    「騎士よ!」
     『祝福の言葉』を風に変換し、和泉を癒しながらセラフィーナが指示を飛ばした。素早く距離を詰めた騎士が盾で打ちかかり、かわす威吹の隙をついてまずハルの斬魔刀が、次いで和泉の破邪の光を宿した斬撃が襲いかかる。ざっくり威吹のシャツと身体が裂けた。
     カードを解放したセシルの左目に薔薇が花開く。両腕から現れた茨がエアシューズや剣に絡みつくのを感じながら、威吹の動きを見つめ続けた。行動予測、弾道計算、すべてを最適化するために。
    「いくよっ!」
     なゆたの縛霊手が唸りをあげて威吹に打ちつけられた。吹き飛んで転がった威吹を、地面に縫いつけんばかりにエリスフィールの槍が貫く。
     槍が引き戻されると同時、血の糸を引いて威吹が跳ね起きた。笑っていた。
    「こっちにも挨拶させてもらうぜ!」
     獰猛な咆哮とともに真紅の旗がひゅんと翻る。演武のように旗は回り、灼滅者の後衛目がけて鋭く振り抜かれた。圧縮された空気が膨れあがり、渦を巻いて竜巻と化す。
    「そうはいくかよ!」
     癒し手であるセラフィーナの前に立ち塞がり、和泉は衝撃を引き受けた。仲間に怪我はさせない。庇い手の誇りが彼に笑みを浮かべさせていた。
     同様に壱もなゆたの前へ滑り込んだ。セシルは騎士が庇ったが、遊まで手が回らない。

    ●戦いの帰趨
     威吹の攻撃は苛烈を極めた。
     距離を詰めた源一郎が威吹に雷光閃く拳を捻じ込んでいる間に、セラフィーナの集気法が遊を癒した。が、回復のため和泉や壱は手数を失っている。危険を感じたなゆたのご当地ビームが眉間に当たり、のけぞった威吹にセシルの破邪の光を宿した斬撃、続いて騎士の盾による霊撃が叩き込まれた。遅れずハルが六文銭を撃ちこむ。
    「フム、流石に強い……だがこちらも、簡単には負けぬぞ」
     懐に飛び込んだエリスフィールが捻じ込んだ魔杖が魔力を流しこみ、内側から破壊せんとする。素早く肉薄した遊が軽々と地を蹴ると呻いた頭にしたたか蹴りを入れ、たららを踏んで下がった威吹、が。
    「もういっちょ行くぜ!」
     鋭いスピンから繰り出す回し蹴り。蹴撃は名前のとおり疾風すら生み、前衛たちの身体とエンチャントを削り取る。セラフィーナの騎士が消しとんだ。
     自らの骨が軋む音を聞きながら、源一郎は構わず腕を異形化させた。自分の役目はあくまで威吹に挑むこと。
    「やはり儂の殴り合いはコレでなくてはな」
     鬼のものと化した腕で威吹に殴りかかる。片腕をあげて受けた威吹が勢い余って吹き飛び、受け身をとったところへセシルの飛び蹴りがまともに入った。セラフィーナの放つ糸が人形を操るもののように無数に展開し、和泉の縛霊手の指先が輝いて治せる限りを治すも、ハルの斬魔刀は威吹が旗棒で受け止めた。
     盾として少しでも長く立っていなければ。WOKシールドが緑色に輝き、壱が自身を癒しながら防御力を底上げする。その傍らを抜けたエリスフィールの『Storm Raider』が唸りをあげて蹴りを見舞った。遊が掲げた指輪から撃ちこむ石化の呪いも回避不可能。狙いすましたなゆたの蹴り下ろしも命中するが。
    「まず一人!」
     動きが鈍くなった和泉の襟首を威吹が掴み、スープレックス気味に投げ飛ばす。受け身も取れず和泉は岩壁に激突した。
     次の狙いは壱。躱せなければ立ち上がれないことは知っている。壱の放った氷弾が突き刺さるのも構わず、威吹は加速した。

     十分に足止めを加えたことで攻撃は命中し、威吹の怪我が軽いわけではない。しかし回復を捨てて押し切る威吹の戦法、その攻撃力を抑えられなかった。
     数分後、威吹を残し、立っているものはいなかった。

     威吹なりに加減はしていたらしく、意識を失った者はいなかった。それぞれ傷の回復を始める。差し出された手を取って壱が立ち上がると、威吹は呟いた。
    「おまえはあんま戦いたくないってクチか?」
    「俺は戦いそのものを目的にはしないけど、そこに理由や望む結末があるなら避けたりはしないよ。今は負けても、これからの戦いでやれる事が一つでも多くなるように」
     上がる呼吸を抑えつけて語る壱に、威吹は笑った。治療が済んだ源一郎も楽しそうに立ちあがり、和泉ががばっと跳ね起きて歓声をあげた。
    「すっげー楽しかった! お前すげぇ強いなー!」
    「俺も楽しかったぜ。こーいうのも修行になるわ」
     だらだら血を流して楽しかったと言うのも、アンブレイカブルと灼滅者ぐらいであろう。
     治療後、エリスフィールのクリーニングで汗も汚れも落ちると、威吹は大いに感動した。
    「すげえ! これ便利だな!?」
     言い終わるより早く、威吹の腹が食べ物を要求して盛大に鳴く。途端に雨に濡れた子犬のように弱った威吹の前に、なゆたが持参したおにぎりを取り出した。
    「ご飯も食べようよ! これも、1人じゃつまらないことだと思うよっ!」
    「ありがてー!」
     拝んだ次の瞬間には全部口に入っている。手についた米粒をまぐまぐしている威吹に和泉がもちかけた。
    「なあ、飯でも食いに行かね?」
    「いいけど、俺のいきつけ定休日でさ」
    「イブキ、それならこの店はどうだろう」
     笑顔でセシルがスマートフォンである店を提示した。調査の際に評判のいい店をチェックしておいたのだ。一も二もなく早速向かう。歩きながら和泉が威吹に聞いてみた。
    「なあなあ、お前メシは何が好き?」
    「やっぱ米と肉だな。あ、あの角のラーメン屋はカレーが旨いんだぜ。ラーメンは激マズ」
    「なんでラーメン屋やってんの?!」
     よくある話だが壱が思わずツッコんだ。

    ●緋色の旗の主
     セシルが見つけておいた店は盛況だった。ヒレカツ高座乗せ定食(注文時何枚乗せるか指定)とやらが人気らしい。皆良く食べたが、明らかに男子より大量の食事を流し込むエリスフィールが異彩を放つ。威吹が頬杖をついて唸った。
    「俺、こんな食う女初めて見たかも」
    「ん……体に寄生体を飼っている所為か、常人の量ではとても足りぬでな」
     エリスフィールの返答に『絶対そういう問題じゃない』的な空気が流れたのはともかく。
     その横で定食を二人前食べた源一郎が、蕎麦が旨いと聞いて普通に蕎麦を食べ始めていた。今店に入ってきたような食べっぷりだった。

     食事後に半数が町を回りたいと言っても威吹は全く気にしなかった。その場で二手に分かれる。神社へ戻る威吹についてなゆたがさりげなく問いかけた。
    「獄魔覇獄に強い人が来るらしくて興味あるんだ。どんな強い人くるのかしってるー?」
    「いや知らねーわ」
     なゆたへの答えを聞いて、和泉が切り口を変えてみる。
    「この街以外にもこういった街があるかとか、知ってる?」
    「俺はまっすぐここ来たから、他見てねえんだ」
    「獄魔覇獄の対戦形式とかルールってあんの?」
    「始まったら誰か説明すんじゃねーかな」
     細かいことは考えない種族特性全開、遊の問いにも気がなさそうだ。神社に戻って裏庭に出ると、旗を肩に乗せて両手をかける威吹に今度は壱が質問した。
    「獄魔破獄って今までにも行われたことってあるの?」
    「俺参加したことねえもん、わかんね」
    「そっか。シン・ライリーってどんな人か気になってさ。知らないかなあ」
     残念が顔に出まくりの遊の問いに、威吹は意外な答えを返した。
    「見たことはあるぜ。大将だけあって強そーだった」
     威吹もシン・ライリーを大将と認めているらしい。その肩に乗った真紅の旗に、壱の興味は移った。
    「旗が武器って面白いよね、使い込まれてるし」
     それでぶん殴られたらスゲー痛いけども! という本音はとりあえず口にしない。遊がその話題に乗った。
    「何の優勝旗なんだ? 思い入れのある品なの?」
    「ああ、空手のやつだよ。これ貰って帰る途中で死にかけたって感じ」
     気がついたら命を脅かしたものは足元に倒れ、手には血と泥にまみれた優勝旗。その時まで仲間だった者たちは、炎に呑みこまれた車の中で骸と化していた。
     よく覚えちゃいないけど、と威吹は頬を掻く。笑顔がなくなったことが気になり、壱と遊は話題を変えることにした。
    「ね、さっきやった旗使った技、もっぺん見せてよ!」
    「オレは足技気になった。アレどーやんの?」
    「じゃあ私が受けるね!」
     遊が別の技を見たがると、なゆたがぽんと威吹の前に出た。あっと思った壱が代わろうとしたが、もう威吹の手で旗が回り始めていた。
    「お、度胸あんな。寸止めすっから動くなよ!」
     弾む声は、彼がこの邂逅を楽しんでいることを物語っていた。

    ●不壊者と人の町
     情報収集チームは、さりげなくぶらつきながら町を観察していた。
     セシルは事前にインターネットで地図を入手し、町内施設の情報も頭に入れた。しかし入ってみれば道場やジムが乱立し、町並みも変わっている。消費を当て込んでの飲食店も増えているようだ。
     威吹といる間は笑顔を維持していたセシルだったが、離れてやっと息をついていた。
    「オレはこっちの班でよかったよ。そろそろ笑顔で話すのも限界だったからな」
     彼女にとって家族も仲間も奪ったダークネスは滅ぼすべき闇。模擬戦の間、殺意も憎悪も蓋をし続けた精神力こそ見上げたものであろう。
    「……例え必要であっても、やっぱりオレは連中と……仲良くなんて、きっとできない」
     これも学園内の意見のひとつだ。不機嫌そうにこぼすセシルの背中を労わるようにぽんと叩いて、エリスフィールは業を嗅ぎ取るESPを解放した。
    「……む」
     威吹を基準とした業の強弱で比較し、町の戦力を推定できないかと思ったのだが、考えてみれば業の強弱とダークネスとしての強さには関連性がない。それに業はたやすく変動する。知覚できる範囲も狭く、町じゅうを回る時間はなさそうだった。
     では可能な範囲を聞きこむしかない。源一郎はシン・ライリーやケツァールマスク以外の強いと噂のあるものを尋ねたが、大抵のものが首を捻った。『最近のお客さんは皆自分が強いって言う』からだ。
    「武道やらしていないのに強い人の噂なんかも、ないかのう」
    「ここいらで武道だか以外をやってたら、目立つ気もするけどねえ」
     源一郎の口調で聞きこめば不審がられても不思議はないが、最近いろいろ麻痺したカフェのおじさんは終始普通に答えてくれた。
     セラフィーナも頑張って、話してくれそうな若者に聞き込みをする。
    「強い人が集まっている場所や、儀式とか集会をしている場所はありませんか?」
    「道場とかジムだと思うけど、儀式とかは聞かないなあ」
     セシルも町の観察を続けたが、他のダークネスがいるか判断はつかなかった。

     午後9時。約束の時間きっかりに情報収集チームは戻ってきた。日没後はセラフィーナが用意したランプやサイリウムが役に立ったようだ。
     交流チームと一緒に出迎えた威吹に、セラフィーナは持参したバスケットを取り出して手渡した。店に食べに行くのでなければ必要だと思って、おにぎりや霜降り肉などを用意していたのだ。
    「これ、食べそびれましたので」
     うなぎパイやご当地系飲料まで入っているのを見て威吹が目を輝かせた。
    「いいのかよ、ありがとな!」
    「また稽古相手が欲しけりゃ何時でも呼んでくれや」
     遊が自身の連絡先を渡すと、威吹はにかりと笑って受け取った。
    「気が向いたらな。腕上げとけよ?」
     拳を掲げた威吹に遊が拳を合わせる。

     武人の町の謎はまだ多い。だが追って明らかになることもあるだろう。
     五十嵐・威吹との交流と出来る限りの調査を終え、灼滅者たちは帰途についたのだった。

    作者:六堂ぱるな 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年11月27日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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