スレッジハンマの『ひとごろし』

    作者:空白革命

    ●『自分がされて嬉しいことを、ひとにしてあげなさい』
     ダークネス六六六人衆の中に『スレッジハンマ』という男が居る。
     彼は見る者を圧倒するほどの大男で、動きは夏場動物園でうだるのシロクマのごとく鈍く、しかし人間としてかなりギリギリとも思える程に太く頑丈な肉体をしていた。
     頭にはのぞき穴をつけた麻袋を被り、ぼろきれに近いTシャツと腿の辺りで千切れたジーンズパンツを着ている。
     見るからに人を殺しそうな、もしくは殺して喰ってしまいそうな男であった。
     そんな彼はやっぱりと言うべきか、巨大な解体ハンマーをどこへ行くにも持っていた。10ポンドや20ポンドではない。なんと50ポンドのハンマーを軽々と担いで歩くというのだ。
     そんな彼が武蔵坂学園の灼滅者と出会ったのは実に一年前のことだった。
     『人殺しを楽しんでいない』という彼の、おそらくは本当の気持ちを武蔵坂の誰かが知ったのもまた、一年前のことである。
     それから彼はいま、どうしているのだろうか。

     週末の夜。あらゆるものが寝静まったオフィス街の裏。
     スレッジハンマは麻袋ごしに顔を覆い、苦しそうに粗い呼吸をしていた。
    「ウウ……ウウウ……」
     彼をさいなんでいるのは恐怖である。
     ある日突然『人事部長』と呼ばれる高位の六六六人衆が彼の前に現われ、配下に入らなければ消すという圧力をかけてきたのだ。
     スレッジハンマは大いに恐怖し、混乱し、わけも分からず逃げ出した。
     おそらく、逃げ切れはしないだろう。
     逃げてどうなるものでもない。
     だが彼は、恐怖していたのだ。
     何に恐怖しているのか。
     なぜ恐怖しなければならなかったのか。
     きっと彼自身にも分からないだろう。
     分かっているのは、もしかしたら……一部の灼滅者だけかもしれないのだ。
    「ウウ……ウウウ……」
     暫く唸ったあと、ふと彼は動きを止めた。
     足下にすり寄るネコを見つけたからだ。
    「ウウ……」
     小さなネコである。この辺りでエサでも貰っているのか、さほど汚れてはいなかった。
     スレッジハンマは僅かにかがみ、ボロボロのシャツやジーンズパンツをたたいて一粒のキャラメルを取り出した。包みを開いて差し出すが、ネコはきょとんとしたまま彼を見上げていた。食べるわけは無い。
     スレッジハンマはしばし黙り。
     そしてはたと何かの危機を察し、再びその場から逃げ始めた。
     後に残ったのは一粒のキャラメルと、一匹のネコだけだった。
     
    ●『あなたは   だから、きっと  を せないのね』
     天野川・カノン(中学生エクスブレイン・dn0180)はゆっくりと、それまでのことを説明した。
     自動圧殺者スレッジハンマは一年前に灼滅者たちが戦ったこのとある六六六人衆である。
     かつては灼滅不可能な強敵だったが、成長した武蔵坂の灼滅者たちならきっと彼にも対抗しうるだろう。
     が、今回の問題は少し別の所にあるようで……。
    「『人事部長』という高位の六六六人衆が各地の同族をヘッドハンティングして配下に加えようとしてるの。獄魔覇獄関連の動きらしいんだけど、どのみち強力なダークネス組織を作られるのは困るよね。だから配下に加わる前に殺しちゃおうって作戦なの」
     
     カノンが説明するには、例の『人事部長』は戦闘に加わること無くすぐに離脱するとされていて、今回の状況からして接触すらしないものと思われる。
     作戦通りの場所と時間にアタックすれば、スレッジハンマがビルの袋小路に入ったところで襲撃ができるため、逃げられる心配もないそうだ。
    「スペックは一年前からさほど変わってないみたい。因縁の敵を殺せるし、『人事部長』のヘッドハンティングも邪魔できるし。一石二鳥だよね。それじゃあ、がんばってね」


    参加者
    阿々・嗚呼(剣鬼・d00521)
    龍海・柊夜(牙ヲ折ル者・d01176)
    氷室・翠葉(キュアブラックサンダー・d02093)
    メルフェス・シンジリム(魔の王を名乗る者・d09004)
    リュカ・シャリエール(いばらの騎士・d11909)
    幸宮・新(伽藍堂のアイオーン・d17469)
    天枷・雪(あの懐かしき日々は・d28053)
    荒吹・千鳥(それは舞い踊る風のように・d29636)

    ■リプレイ

    ●『あなたは――だから、きっと自分を――せないのね』
     バスは不自然なほどにすいていた。無人の椅子が並ぶ車内の最後列。その中心に氷室・翠葉(キュアブラックサンダー・d02093)はいた。
    「過去の資料をあさったり、検証を重ねてみたりしたんだけどさ」
     両膝に肘をつき、小指から順に手を組んでいく。
    「気絶やエフェクトによる催眠は、ソウルアクセスのアクセス環境に含まれていないみたいなんだ。だらか、今回僕のソウルアクセスは特に役に立たないよ」
     サングラスのブリッジを指で押す龍海・柊夜(牙ヲ折ル者・d01176)。
    「そうですか。まあ、ソウルボートに表面化しているものは睡眠中に見ている夢のようなものといいます。誰とて、昨日見た夢くらいで深層心理を断定されたくはないでしょうし。不確かな材料に頼らずに済んだと考えましょう」
    「そうなると、もう勝手に考えるしかなくなるんでしょうかね」
     それまでずっと窓の外を見ていた阿々・嗚呼(剣鬼・d00521)がぽつりと呟いた。車窓に反射した表情の無い目が、僅かに動く。
    「覚悟をはらんだ殺人は楽しいはずなのに。彼は、殺されたいとでも?」
    「かもしれないよね。でも一年前、実際の死に直面してあの人は……」
     隣で、天枷・雪(あの懐かしき日々は・d28053)が自分の両手を見下ろした。
    「あの時表層意識を読んだのは、たしかにょろさんだったっけ。『自分がされて嬉しいことを、ひとにしてあげなさい』か……」
     ものを懐かしむように瞑目する幸宮・新(伽藍堂のアイオーン・d17469)。
    「……」
     新の横顔を一瞥し、リュカ・シャリエール(いばらの騎士・d11909)は口を引き結んだ。
     自分がされて嬉しいことを、自分がされて嫌なことを。それは子供が親に教わる最初の倫理だ。
     リュカ自身ももた、そうしてきたつもりだった。
    「それが、自分なりの思いやりやったんか……」
     手の中で果物を転がす荒吹・千鳥(それは舞い踊る風のように・d29636)。
     静まる車内。
     そんな中で。
    「『かわいそう』」
     メルフェス・シンジリム(魔の王を名乗る者・d09004)が言った。他の皆より前に座り、表情も手元も見えない。
    「『かわいそうだから、わかってやろう』。まるで同等かそれ以下の相手へ施しをくれてやるって態度じゃないの」
    「そんな、つもりは」
    「忘れないことね。あれはダークネスで、あれは殺人する生き物で、もし一対一で向き合おうものなら死ぬのはこちら側なのよ。むしろ不本意にも、施されてるのはこちら側かもしれないわよ」
    「忘れてません」
    「そう。ならいいけど」
     再び沈黙するメルフェス。
     両手を強く握る翠葉。
    「僕にできることは少ない。けど、あのひとがやりたかったこと……僕がきっと、やり遂げてみせるから」

    ●『あなたは――だから、きっと――を許せないのね』
    「ウ……ウウ……」
     ビルの壁に手をついて、麻袋の男は立ち止まっていた。
     自らにこれ以上の逃げ場が無いことを察したのか、それともコンクリートの塊にすらすがりたいような状態なのか。
     足音が近づいてくる。予期せぬ足音が。
    「はじめまして、スレッジハンマさん」
     振り返る男。六六六人衆、スレッジハンマ。
     嗚呼は鞘から太刀を引き抜き、ざりざりとアスファルトの地面を削った。
    「何が嫌で、なにがしたいのか、理解します。アナタを殺すことで」
     目が僅かに開き、そして嗚呼は風を置き去りにした。
     深く近く踏み込んで、刀を振り切る。
     スレッジハンマの腹が裂け、嗚呼は彼の血を頭から浴びた。
     直後、嗚呼はその場から消えた。自らの意志によるものではない。
     まるで車に撥ねられたかのように、自らの肩を打ったハンマーにさらわれたのだ。
     嗚呼の身体は側面にあるビルの外壁へ叩き付けられ、腕と肩、そしてあばらとその内側があってはならない幅にまで縮小された。
     表情の無い目がぎろりと彼を見る。
     瞬間、メルフェスが地を駆け、長いドレスの裾を翻した。
     目に見えないほどに鋭い蹴りである。
     痛々しい傷口にハイヒールのつま先がめり込み、スレッジハンマは低く呻いた。
    「小さな子をたたきつぶすんじゃないのよ」
     メルフェスは乱れた前髪を指でなおすと、その場から大きく飛び退いた。
     鈍く動いたスレッジハンマの右腕が、彼女をとりそこねて空をかく。
     入れ違うようにリュカが突撃。腰のランタンをともし、木の杭を手元に発現させる。目から光が消えた。
     体勢をやや低くし、スレッジハンマの腕の内側。つまるところ懐へと滑り込む。
     そして杭を傷口へ押し当てると、オーラを纏った掌底で無理矢理ねじ込んだ。
    「ウ……ウウ……!」
     杭を掴んで引き抜こうとするスレッジハンマ。
     が、杭は彼の腹の中で爆発した。
     内容物をまき散らし、おおきくよろめく。
     そこへ新が縛霊手を翳して突っ込んだ。
    「……やあ」
     縛霊手を開き、手のひらの眼状の機構を開き、スレッジハンマを強烈に突き飛ばした。
     後方にあったビルの壁へと叩き付けられるスレッジハンマ。
     そしてずりずりと脱力し、彼は尻を突いた。
     両足を投げ出し、両腕を垂らす。
    「大丈夫にありますはございますか」
     リュカがちらりと見やると嗚呼はごぷりと血を吐き出した。人語で『へいきです』と述べようとしたことだけ、リュカには分かった。
     ハンマーごと地面に転がり落ちる嗚呼。
     柊夜は彼女の頭のすぐそばで足を止めると、サイキックエナジーを一時的に開放。
     彼の影が竜のように変形、具体化し、嗚呼をあたまから飲み込んだ。
     ごぼごぼと内側を波立たせ、暫くして泥のようにとけて消える。
     あとに残ったのは五体満足な嗚呼だけである。
     その様子を確認して、柊夜は『ご気分は』とだけ言った。
     嗚呼は応えない。
     そんな彼らを横目に、翠葉はスレッジハンマへと近づいた。
    「この人が……」
     麻袋を被り、腹をはじけさせ、四肢を投げ出して壁に寄りかかる男。
     まるで都会の端に捨てられたゴミのように、彼はその場にあった。
    「久しぶりだね。気絶してるのかな」
     新が横に並び、そっと手を伸ばす。
    「君が抱えてるのは、今までやったことへの罪悪感? それとも己が殺意への恐怖かな。どちらにせよ、君は殺すことが存在理由の種族だ、だからここで」
     新の手が、スレッジハンマの頭を覆っている麻袋を掴み、ゆっくりと引いた。
    「……!」
     内から現われたものを見て。
     翠葉は昼に食べたものを吐き戻しそうになった。
     必死に両手で口をおさえ、それをこらえた。
    「君は」
     新の手が震えたように見えた。
    「君は、誰に何を『された』?」
    「ウ――!」
     スレッジハンマの両目が開く。
    「離れて!」
     翠葉は咄嗟に新の腕を引き、後方へと放り投げた。
     と同時にスレッジハンマは地面を片手で殴りつけ、アスファルトの地面を粉砕した。
     衝撃が伝播し、翠葉の身体を駆け抜けた。
     大丈夫だ。翠葉は頭の中で呟いて、オーラを素早く吸収。この一回で引っかき回された内臓器官を強制的に修復した。
     した――途端。総毛立った。
     ここ一体。ビルに囲まれた都会の端が、異常な空気に包まれたからだ。
     なんと、なんと形容したらいいだろうか。
     たとえば自分が倉か何かに閉じ込められて、室内が炎に巻かれているのを目の当たりにしたような。もしくは包丁を翳した母親が、自分の喉を強く強く握りつぶそうとしているような。
     ――殺気。殺気である。殺気が現場を包み込んでいた。
    「ウ……ウウウウウアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
     目を、口を大きく開き、スレッジハンマが掴みかかってくる。
     死ぬ。
     本能的にそう思った。
     そしてなぜか。
     なぜだろう。
     不思議な力は何も使っていない。不思議なこともなにも起こっては居ない。
     強いて言うなら共感したのだ。集合的無意識や、シンクロニティや、そんなあれこれが翠葉の脳裏にある言葉を浮かばせた。
     より正確に、かつ現実的に述べるなら、彼を理解しようと努力し、悩みあがいた末に浮かんだインスピレーションである。
    「……そんな」
     気づけば翠葉は喉を掴まれ、そのまま握りつぶされそうになっていた。
    「いつまでやっとぉ、はよ逃げ!」
     割り込んできた千鳥がスレッジハンマを蹴りつけ、片手で鉄扇を展開。刃部分が凶悪に変形した。
    「ごめんねぇ」
     流れるように鉄扇を繰り出し、相手の顔を切りつける。
     翠葉から手を離し、顔を覆って後じさりするスレッジハンマ。
     胸に結晶化した腕ごと筒を押し当てる雪。
     レバーを握り、押し込む。
    「落涙、起動……撃ち抜け」
     激しい炎が吹き出した。零距離火炎放射器を放たれたようなものである。
     が、スレッジハンマがビルの壁に背中から叩き付けられることはなかった。彼はその場から一歩たりとも下がること無く、逆に千鳥の腕と頭を掴んだ。
     そして、開く。
    「ぐ……っ!」
     歯を食いしばる千鳥。
     雪は冷静にカードリッジを交換。
    「次術装填(リロード)、詠唱(ファイヤ)」
     レバーを押し込むや否や、スレッジハンマの胸に大きな穴が空いた。
     エネルギーの槍が彼を貫いたのだ。
     肩を掴んで飛び退く千鳥。
     彼女を片腕で受け止め、柊夜は再び強制治療を開始。
     彼の治療が進んでいる間に、嗚呼と新がスレッジハンマへと飛びかかった。
     地面をえぐりながら刀を振りきる嗚呼。
     縛霊手から爪を露出させ、手刀のように振り下ろす新。
     スレッジハンマの両腕が肘の部分から切断され、両脇の壁へ当たって転がった。
    「ウ……ウッ……!」
     たん、と頭上の壁に二人の少女が足をつけた。
     跳躍し、三角飛びをするメルフェスと雪。二人が一瞬交差し、同時に技を繰り出した。
     メルフェスの放った鎖がスレッジハンマの首へ巻き付く。
    「悪いわね。こっちにも余裕は無いの」
    「――消し飛べ」
     雪がほぼ砲化した腕を相手の額へつきつける。
     と同時にリュカの腕もまたスレッジハンマの顎を押さえていた。
     同時にフォースブレイクが発動。
     激しい爆発が、おきた。

    ●『きっと私を殺してね。でも……』
     翠葉は詞をよむ声で目をさました。
     見れば、千鳥が家屋解体用に用いるようなハンマーを両手に掲げ、祝詞を捧げている。
    「僕は……なにを」
    「気を失っていただけですよ。身体は大丈夫ですか?」
     彼の目覚めに気づいた柊夜が見下ろしてくる。
     翠葉は額に手を当て、低く呻いた。
     横にはリュカが膝を抱えて座っている。
    「彼の死にたかったのではないであるましょう。殺されたかった。それが……」
    「唯一の救い、だったのかもしれないね」
     新が自販機で買ってきたらしい缶飲料を放り投げてくる。
     それを受け取って、リュカたちは手元でもてあそんだ。
    「死は救い。殺人は、救済か」

    「どう、気は済んだ?」
     メルフェスにそう言われ、嗚呼は無表情に彼女をにらんだ。
     腕をやんわりと組むメルフェス。
    「殺人をスポーツ扱いしてるのは、意外と灼滅者だけかもしれないわね。殺人行為『そのもの』になったダークネスにとっては、それ自体に意味が無いのかもしれない」
    「人が人間をやる理由しかり、とでも? 理解できません」
    「でしょうね」
     より強くにらむ嗚呼に、メルフェスは薄く笑って返した。
     二人の横を無言で通り過ぎていく雪。
     帽子を取り出し、頭に被った。
    「おやすみなさい」

     今日、人が死んだ。

    作者:空白革命 重傷:氷室・翠葉(キュアブラックサンダー・d02093) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年11月28日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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