交叉する夕陽

    作者:中川沙智

    ●日常の中の非日常
     すっかり日の短くなった黄昏時に、軽やかな足音が響く。
     アスファルトを行くそれは極めて速く、ジョギングと言うには生ぬるい。一般人なら全速力で走って追いつけるかどうかという速度だ。
     視線を真直ぐ前に向け走り続ける。微かに汗ばみ、額に水滴が浮かべば夕陽を受けて輝くようにも見えた。
     背は高い。しなやかな体躯、スポーツウェアの上からでも鍛え抜かれた筋肉が浮かび上がるような男だ。刈り込まれた黒髪に、鋭い眼光宿す灰色の瞳。歳は二十五・六といったところか。
    「陣、今日も精が出るねぇ」
     商店街の青果店の主人に声をかけられると、陣と呼ばれた男は目礼で返す。
     それだけならスポーツ選手と地元の人々とのふれあいという程度で終わる話だろう。
     しかし。
    「……まだ鍛錬が足りん」
     構え、ジャブを繰り返す。風を切る。
     相手がいないからこそ見目では知れぬ。
     その拳が岩をも砕く威力である事は、わからないのだ。
     
    ●武人の一角
    「獄魔大将シン・ライリーによって集められたアンブレイカブル達が集まっている町が発見された……ってのは聞いてるわよね?」
     小鳥居・鞠花(高校生エクスブレイン・dn0083)が集まった灼滅者達に訊く。
     この町に潜入した灼滅者達が、有力なアンブレイカブル・ケツァールマスクと接触し、自由に稽古に参加して良いというお墨付きをもらったのだ。すなわち、稽古を名目とすれば、件のアンブレイカブルの町に自由に出入りできるという事になる。
    「稽古は模擬戦の形になるわ。あくまで『稽古』なんだから殺したり灼滅するのはダメよ。戦闘自体は普通に行えるわ」
     その代わり、と鞠花は器用にペンを回す。
    「稽古に来た事を伝えて模擬戦を行った後なら……要するに必要な手順を踏んだ後ならって事ね、アンブレイカブルと交流したり町中で情報を集めるなんて事も可能よ」
     獄魔覇獄の戦いがどういう戦いになるかは不明だ。ただ対戦相手の情報はあるに越したことはない。シン・ライリーはその町にいないみたいだけどと鞠花は付け足した。
    「今回の目的は模擬戦と調査よ」
     ただし――次の言葉を指すように、鞠花は回していたペンを止める。
    「そこの町のアンブレイカブルは悪人ってわけじゃないみたいだけど、ダークネスである事は事実よ。変な方向に話が流れて殺傷沙汰に、なんて事にならないように注意してね」
     タイムリミットは二十四時間。それまでに得た情報を持ち帰って欲しいと鞠花は告げた。
     獄魔覇獄に関する情報を得る事が出来れば有利になるかもしれないのは言うまでもないだろう。それと同時に、アンブレイカブル側に与える印象も今後に影響する可能性がある。
    「友好的な関係を築ければ、獄魔覇獄である程度の共闘も可能になるかもしれないわね……皆の行動如何にかかってるんだからね」
     鞠花は発破をかけるように言ってのけて、不敵に笑んだ。
    「行ってらっしゃい、頼んだわよ!」


    参加者
    天方・矜人(疾走する魂・d01499)
    月見里・都々(どんどん・d01729)
    鳳・仙花(不条理の破壊者・d02352)
    火室・梓(質実豪拳・d03700)
    城橋・予記(お茶と神社愛好小学生・d05478)
    桃之瀬・潤子(神薙使い・d11987)
    宮守・優子(猫を被る猫・d14114)
    タロス・ハンマー(ブログネームは早食い太郎・d24738)

    ■リプレイ

    ●綽々
    「どうもはじめまして、私達は武蔵坂学園の方から来ました」
     陣のジョギングをしていた足が、止まる。
     火室・梓(質実豪拳・d03700)が進路を阻むように声をかけたからだ。姿を見せたのは梓とそう歳の変わらない少年少女達。その場にいた誰もが陣の鍛錬を中断した事を詫びなかったからか、張りつめた空気が迸る。反射的に構えたのは誰だっただろう。
    「ケツァールマスクから話聞いてます? 私達と模擬戦の相手してもらえますか?」
    「……無論、修行になるのならば是非もない。場所は少し行ったところに河川敷がある。そこで構わんか」
     視線を流した先には城橋・予記(お茶と神社愛好小学生・d05478)の姿。彼は視線を逸らす事無く、頷いた。滲むのは対するに相応しくあろうとする気概。
    「どこでもいいんだ。あと、鍛錬に臨む気持ちに歳は関係ないと思うから……手合わせお願いします、だよ」
     体格差は大きい。だが背筋を伸ばす少年の心意気が伝わったのか、陣は踵を返し歩き始める。
    「……ついて来いって事なんだろうな」
     タロス・ハンマー(ブログネームは早食い太郎・d24738)の独白に疑問を挟む者はいなかい。タロスが陣の足取りを追い、その後ろを皆でついていく。
     骸骨の仮面越しに眺める街角では、一般人が買い物をしたり帰途に着いたりという中に、普通にアンブレイカブルが闊歩している。宿敵だらけの町ってのは落ち着かねーなと天方・矜人(疾走する魂・d01499)は胸中で嘯く。
    「……ダークネスとこのような形で戦える機会があるとはな」
     鳳・仙花(不条理の破壊者・d02352)が独白めいて呟いた言葉は、多少なりとも誰もが抱いた事実かもしれない。
     情報収集や交流もそうだが、ダークネスとはいえ強者と戦い意見を交換出来る機会はそうない。常であれば敵対する同士だが、楽しみだ――仙花は己の研鑽に心を寄せ、一歩先へ、歩みを進める。
    「このあたりでいいだろう」
     辿りついた河川敷は戦うには十分すぎるほどの広さ。暗くなるようであれば己のライドキャリバー・ガクにライトをつけてもらうつもりだったが、宮守・優子(猫を被る猫・d14114)の心配は杞憂に終わりそうだ。日が沈みきるまで、一戦くらいなら持つだろう。周囲には街灯もある。
     改めて、陣と向き合う。
    「私は、本当は一体一がやりたいんだけどね。私たちだと全然力不足だからさ、多数手合わせって事で相手してもらえないかな」
    「俺は構わん。お前達が己の力量をそのように評しているのなら、そうなのだろうさ」
     眉を下げて月見里・都々(どんどん・d01729)が言えば、陣の答えはあっさりしたものだった。嫌悪感は見えない。むしろ潔さすら感じる。
     風が吹きぬけていく。
    「模擬戦とはいえ」
     梓の赤い髪が寒空に流れる。空の青と美しいコントラストを成した。
    「戦うからには全力で攻撃して勝つつもりなんでそう思ってくださいね」
    「言うな。だが全力で攻撃しただけで勝てると思うなよ」
     漲る闘気は、陣が強いアンブレイカブルだと言わずとも伝える。だからこそ桃之瀬・潤子(神薙使い・d11987)は凛と告げた。
    「――全力で挑むからね」
     言い終わらない間に、潤子は地面を蹴った。

    ●交差
    「戦えるなら否はない。――いざ」
     踏み込み吼える陣の様は野獣のそれ。
     しなやかにしたたかに、気合だけで首の根を喰いちぎるかのよう。都々は臆さず、真正面から向き合った。
     礼儀正しく礼をする時は、相棒のナノナノ・ぷに夫と一緒に。
    「おす!」
    「ナノ!」
     それが開戦の合図となった事を灼滅者達は後から知る事になる。
     夕陽で伸びた長い影が交差する。
     都々の眼前に放たれる連打が拳と知れたのは、庇うべく前に立った矜人が両腕で受け止めたからだ。正確に言えば足を踏みしめ前のめりに弾き飛ばし、僅かに生まれた空白に破邪の剣を突き付ける。
    「さあ、盛り上がって行こうぜ、陣!」
     非物質化した剣は陣の芯を薙ぎ払う。それと同時に矜人は紅と黒の骸骨装束に姿を変え、見物客の一般人から歓声を浴びる。
     そこで一歩踏み出したのは先に駆けていた潤子だ。
    「行くよ!」
     繰り出されるのは巨大な膂力。鬼と呼ぶに相応しい巨腕で殴りつける。間一髪陣は防御したようだが、避けたわけではないのは清々しい。
     鍛錬は潤子自身にとっても尊ぶべきもの。沸くのは、好奇心だ。
     走る。走る。優子は陣の懐に滑り込む。
    「これならどうっすか!!」
     アンブレイカブルほどではないかもしれない。だが、自分にも強くなりたいという思いが有るのは確かな事実。優子は思いの丈をエネルギー障壁の盾に籠め、力一杯殴りつける。ガクが続いて銃声をばら撒けば、男性側も負けてはいられない。鋭い眼光の向こうにアンブレイカブルを捉え、仙花は低く呟く。
    「出し惜しみは無しだ」
     仙花が長い腕を翻し、広がるのは魔力の霧。苛むためというよりは己の力を高めるために放たれたそれも確かに陣を包み込んだ。霧の合間を掻い潜って予記が馳せる。
     予記が破邪の白き光纏う斬撃を繰り出せば、陣の腕に一筋の赤い傷痕が生まれる。確かにダメージを与える事が出来るのだという認識に、タロスが大きな身体をゆらり、陣に向ける。
     一番驚いたのは観戦していた通りすがりの一般人だろう。何せタロスは、人造灼滅者であるが故に、武器を取り込み3mほどの大きさへと変貌していたのだ。
     顕現したのは槍の穂先。螺旋の捻りと共に突貫する。
     紙一重のところで槍と化したタロスを避けた陣が次に迎え撃つは、身体から噴き上げた炎を纏った梓だ。地を踏みしめ、霊光の輝きに重ねた火は今の夕陽より赤い。拳を振り下ろす。火花が散る。
     都々が続いて放ったのは流星の蹴撃。宵の明星の煌きにも似て、拳技と足技との対比と、赤と金のコントラストが目に眩しい。
     初手は強化に費やす者もいたが、概ねそれぞれの精一杯をサイキックに籠めて攻撃した。
     だが――。
    「これで終いか!」
    「!!」
     鍛え抜かれた正拳突き。鋼が突進してくるシンプルで冷酷な事実に、潤子の臓腑が悲鳴を上げる。失神してしまうほどの衝撃に、だが世界は常の色を保っていた。
    「ご、ごめんっ」
    「大丈夫っ……!」
     殴り飛ばされた潤子を、優子が身体を張って受け止めたのだ。予記のナノナノ、有嬉が懸命に癒しのハートを飛ばす。
     一瞬走りかけた動揺を気力で埋めるかのよう。誰かは逡巡し、誰かはなおも攻撃を続ける。
    (「一人一人の力は相手に及ばなくとも、オレ達はチームだ。だが……」)
     矜人は揃わない足取りを見遣り、骸骨の中で眉根を寄せる。
     連携して臨む事を意識していた灼滅者は少ない。各々の力を試そうとしていたという点では致し方ないが、総当たり戦の様相となれば個の力量に秀でるのはアンブレイカブルの陣だ。とはいえ。
    「まだまだです!」
     梓の威勢のいい声は誰ひとり諦めていない事の証明だ。
     太陽が建物の間に姿を消していく。
     けれど灼滅者の心に宿った熱は、まだ消えそうにない。

    ●交錯
    「いい模擬戦だった」
    「あっ、ありがとうございました」
    「ありがとうございました!」
     拳を交えた縁を大切にしたいという気持ちが通じたのだろう。予記は陣と固く握手を交わす。潤子も隣で深く礼をした。自然と表情も綻ぶ。陣にも好印象を持ってもらっているのだろう、そうでなければダークネスと握手などありえないだろうから。
     勝負は陣の勝ち。だが連携し互いの隙を埋めるようにしていたら結果は変わっていただろうと陣は言う。
    「確かに。ああそれと、数が多い相手なのだから複数人を標的にできる技の精度も上げるべきではないか?」
     仙花が純粋な感想を述べる。それがあくまで精進に繋がる言葉だとわかるから、陣は神妙に頷いた。
     すべては鍛錬に繋げるため。戦法論議に花が咲いてしばしの後、都々が用意していたお弁当箱を掲げてみせる。
    「たくさん動いたしお腹すいたでしょ。陣くんもいっしょに食べよう?」
    「かたじけない。ならば持ち込みが出来る店にでも行くか。流石に今の季節に夜は冷える」
     目を瞬き、都々はやんわりと笑んだ。確かに屋外でお弁当を広げるのは厳しい季節だ。それにすっかり周囲も暗い。陣の馴染みだという定食屋へ歩を進める。
    「飯は食っていかないのか?」
     陣が問うも、大丈夫と返したのは梓だ。これからは其々の情報収集の時間。
    「今度会うのは獄魔覇獄のときですね」
    「僕も町を歩いてみようかな。陣さん、えと……またね」
    「もう遅い時間だ、夜道には気をつけろよ」
     一戦交えたことで気心が知れたのだろう。予記は礼儀正しくぺこりと深くお辞儀をすれば、陣の眦が僅かに緩んだ。
     しばし歩いた先、灯りが漏れているのは食事処。定食屋の類だろうか。陣と数名の灼滅者が暖簾をくぐれば、美味しそうな匂いが鼻孔をくすぐる。
     広げられた都々の弁当は種類も豊富で絢爛豪華。おやつ用のマシュマロを宙に投げれば、ナノナノのぷに夫が空中でキャッチして食べた。器用だなと陣にまじまじ見られたら少し照れたようだったけれど。
     皆で弁当に舌鼓を打つ中、仙花は陣に勧められ主人特製の手打ち蕎麦を食べている。のど越しも良く香りもいい。箸を進める。
     そろそろか。テーブルについた矜人が何気ないような態度で言う。
    「そういえば聞きたかったんだけどよ、獄魔覇獄開催場所と日程って知ってるか?」
     どんぶりご飯を平らげながら弁当の空揚げに箸を伸ばす陣に尋ねれば、幾らか咀嚼した後にさらりと述べた。
    「……先程赤髪の少女は知っているそぶりだったが?」
    「あー……」
     喉に落ちた苦い何かを飲みこまず、飼い慣らす。
     分担まではしなくても、誰が何を話すのかの裏は取っておくべきだっただろうか。言いよどんだ矜人の言を継ぎ、潤子が穏やかに言葉を紡ぐ。敵意や他意は無いと、柔らかな物腰が何よりも物語っていた。
    「陣さんはこの街に来て長いんですか」
    「他にも長い者もいるからな。決して長いというわけではないが……もっと早く来ていたらより質の良い鍛錬が出来たかもしれないな」
    「それはすごいですね。」
    「ここの街の人は皆、どういう感じでここに集まったの? やっぱり強い人を探して?」
     陣は力強く頷く。肯定だ。言葉を継いだのは仙花だ。
    「戦い方やこれまで戦った相手、鍛え方等について話し合いたいな。また、武蔵坂学園への良い印象も悪い印象も訊いておきたい」
    「す、少し待ってくれないか」
     大きめに、故意ではなく張り上げられた声。緊張する空気。
     いぶかしむ様子で、陣は疑問を口にする。
    「その、何だ……尋問ではないのだろう?」
     質問内容は勿論、『どうやって調査をするのか』を考えるべきだったのではないか。過った考えに仙花は胸裏で舌打ちする。同じテーブルについた優子は弁当のエビフライを食べながら、ゆっくり、ゆっくりと飲みこむ。
     それは町にいる仲間も変わらないだろう。芳しくない調査結果を抱え、地図を開く。タロスは目を瞠る。
    「……これほど町が変わったのか?」
     地図とスーパーGPSとの差異が物語るのは。
     数多の道場、あるいは類する鍛錬場所。
     どれもがアンブレイカブルが顕現し、町に溶け込んでいることを容易に想像させた。

    ●落日
     得られた情報は少ないが、それこそを次に生かすしかない。陣というアンブレイカブルと懇親を深めることが出来た、それだって立派な収穫なのだから。
     定食屋の前で陣と、この町と別れを告げる。深夜に差し掛かると一般人の姿は格段に減る。とはいえ、道場やアンブレイカブルに接触するには質問内容が多岐にわたり過ぎている。
    「課題、だろうなァ」
     矜人の呟きは、陣に接触した者、町で調査した者それぞれについて。

     既に集合場所には、町に散開した仲間も集まっているだろう。
    「陣さん、お稽古してくれてありがとう。また会おうね!」
     いつか陣にとって好敵手と書いて『とも』と呼ばれるように頑張ろう。
     潤子がそう思ったのが伝わったのか、声に応えた陣は眩しそうに手を振った。

    作者:中川沙智 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年12月4日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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