リクルート・オブ・パープル

    作者:灰紫黄

     建設途中で放棄されたビル。死骸じみた鉄骨が夕日の赤に染まっている。その一番上に、紫のコートを着た少女が立っていた。
    「何の用っすか?」
     少女の後ろには、上等そうなスーツを着た男が鉄骨に腰かけている。見た目は40歳ほど。
    「弊社では、優秀な六六六人衆の採用を強化しています。そう、例えば貴女のような……」
    「お世辞はいらないっすよ。で、会社に入ってあたしに何かいいことあるんすか?」
     き、と少女は男をきつく睨んだ。少女は紫を愛している。夕日を眺めていたのも、紫に染めたいと思っていたからだ。そして男のスーツは紫ではない。つまり、男は敵だ。
    「そうですね……粗品をご用意したのですが」
     しかし、男に臆した様子はない。むしろいつの間にか近付いてきて、ぬいぐるみを差し出した。クマともイヌともつかぬ、不細工なそれ。けれど、色は紫。途端に少女は目を輝かせた。
    「これ、超レアもんじゃないっすか!? メーカーが倒産したとかで売ってないヤツっす!!」
    「弊社で在庫を確保していますからね。貴方のお返事次第では、よりよいものをご提供できるでしょう」
    「うーん、欲しけりゃついてこいってことっすね。分かったっすよー」
     男が姿を消し、次の瞬間には少女もそれに続く。刹那、翻るぬいぐるみの値札にはこう書いてあった。『在庫処分品』と。

     
     獄魔覇獄。未だ詳細は不明だが、大きな戦いであることは間違いない。それに備え、さまざまなダークネス組織が動きを見せている。今回もそのひとつだろう、と口日・目(中学生エクスブレイン・dn0077)は告げた。
    「人事部長と呼ばれる六六六人衆が、在野の六六六人衆をヘッドハンティングして回っているようなの」
     就活中の若者が闇堕ちする事件が以前から起きているが、今回の事件も同じ勢力によるものと思われる。目的はおそらく、僕魔覇獄のために戦力を集めることだ。
    「六六六人衆はただでさえ凶悪で強力なダークネスだし、放っておいていいことはないわ。ヘッドハンティングを阻止するために対象となる六六六人衆を灼滅してほしいの」
     今回、ヘッドハンティングの対象となるのは序列五七七位・コノイト。以前も交戦したことのある六六六人衆だ。
     人事部長はこちらが姿を見せればすぐに撤退するので、戦うのはコノイト一人になる。ただし、六六六人衆だけあって戦闘能力は高く、激しい戦いになるだろう。
     使うサイキックは前回現れた同じものだ。特にスプレー缶による二種類の状態異常を中心に戦う。
    「人事部長との約束なのか分からないけど、コノイトは撤退はしないわ。……灼滅するなら、これ以上ない機会でしょうね」
     ただし、それには充分に作戦を練る必要がある。簡単ではないと、目の表情が言っていた。
    「こちらが撤退した場合は追撃はしてこない。危ないと思ったら、それも考えた方がいいわ」
     脅しではない。六六六人衆はそれだけの相手なのだ。
     人事部長と戦うことはできないが、ヘッドハンティングを阻止できれば、敵方の戦力を削ることができるだろう。未来の脅威を減らすためにも、必ず成功させてほしい。


    参加者
    外法院・ウツロギ(轢殺道化・d01207)
    神門・白金(禁忌のぷらちな缶・d01620)
    炎導・淼(ー・d04945)
    太治・陽己(薄暮を行く・d09343)
    七峠・ホナミ(撥る少女・d12041)
    月姫・舞(炊事場の主・d20689)
    アルディマ・アルシャーヴィン(詠夜のジルニトラ・d22426)
    遠夜・葉織(儚む夜・d25856)

    ■リプレイ

    ●リクルーター・パープル
     夕日に塗られた鉄骨の頂点に、赤に染まらぬ少女がいた。長い髪は紫、瞳も紫、来ているコートも当然、紫。六六六人衆、コノイトだ。背後にはスーツ姿の男。字人事部長で間違いないだろう。
    「ねぇねぇ人事部長さん。もしかして???(トリプルクエスチョン)かい?」
     かの六六六人衆とも因縁深い、外法院・ウツロギ(轢殺道化・d01207)がそう問うた。顔を隠しているため表情はうかがえないが、しかし声には愉快さを含まれているようでもあった。
    「人事部長さんのお名前と序列は教えてくれないのかしら」
     ほぼ同時、月姫・舞(炊事場の主・d20689)も似たような問いを投げた。強力な敵の情報を知りたいと考えるのは当然ではある。
    「貴様の目的を聞かせてもらおうか」
     とアルディマ・アルシャーヴィン(詠夜のジルニトラ・d22426)。情報は重要な手札だ。なればこそあちらには答える理由などない。いや、質問を聞きもしていないだろう。人事部長はすぐに姿を消してしまった。
    「人事部長……今は逃がすけれど」
     誰にでもなく呟く七峠・ホナミ(撥る少女・d12041)。いずれ彼とも戦うことになるのだろう。今は見逃すことしかできないのは悔しいが、目の前の敵に意識を集中する。気もそぞろで勝てるほど、666人衆は甘くないのだ。
    「あれがへっどはんてぃんぐをしているやつか……頭を狩るのか? 変な奴だな」
     神門・白金(禁忌のぷらちな缶・d01620)はヘッドハンティングの意味を理解していないらしい。ちなみにヘッドハンティングとは、外部から優秀な人材をスカウトして引き入れることを言う。
    「あーあー、なんか来やがったっすね。これブチコしろってことすか……」
     鬱陶しい、と全身から発した空気で分かる。灼滅者が面倒な相手であることはコノイトもよく知っていた。
    「六六六人衆のコノイトだな? お前を灼滅させてもらう」
     遠夜・葉織(儚む夜・d25856)の紫の瞳が、六六六人衆を射抜く。殺意を秘めた美しい色に、コノイトは途端に機嫌を直したようだ。ぬいぐるみを大きなポケットに突っ込む。
    「お、いいのもいるじゃないっすか」
     くつくつと笑う少女。三日月みたいに、口角がつり上がる。
    (「六六六人衆、か」)
     心中で嘆息する太治・陽己(薄暮を行く・d09343)。六六六人衆には、殺し方にこだわりがあったり、殺人の動機が特殊な者も少なくない。端的に言えば、変質的。嫌悪を覚えるのは人としてか。あるいは殺人鬼としての近親憎悪か。
    「とっとと始めようぜ。年貢の納め時だ」
     肉食獣じみた、獰猛な笑み。炎導・淼(ー・d04945)を包むオーラは夕日よりなお濃い赤。まるで全身が深紅に燃えているようだった。コノイトに喧嘩を売っているようにも見えた。
    「いいっすよ。今度こそ全員、紫に染め上げてやるっす!」
     ポケットから出した手にはスプレー缶が握られていた。鉄骨を蹴り、コノイトが灼滅者に迫った。

    ●パープル・ダンス
     単純な能力なら、コノイトは灼滅者を圧倒している。速度も然り。スプレーをシャカシャカ振りながら、前衛のウツロギを狙う。
    「っと、簡単に殴らせると思うなよ?」
     命中の寸前、淼が防御に入る。交差して受け止めた両腕、その骨の芯まで衝撃が走った。実力は一年前とさほど変わらないとはいえ、やはり脅威には違いない。
    「貫く!」
     淼の影から飛び出し、槍ごと回転したウツロギが突撃を仕掛けた。なびくポニーテールはくるくるうねり、ヘビの尾のようだ。槍の穂先も、牙のごとくコノイトを切り裂く。
    「んー、まぁ……前は任せたから、頑張ってくれ」
     すかさず、鉄筋を飛び回っていた白金が飛び出してくる。さらに横の鉄骨を蹴って姿勢を修正。風を巻き上げて回し蹴りを見舞う。狙いはスプレー缶だ。
     コノイトは、まずスプレー缶を撹拌して殺人塗料の効果を上げようとする。それを放置してはただでさえ厄介なスプレーが、手に負えなくなってしまう。
    「ツルギよ。我が命に応えよ」
     アルディマが抜き放った瞬間、聖剣が青白い光を帯びる。非物質化した刃がコートを貫き、肉体すら越えて魂を穿った。同時、スプレーの威力を削る。
    「うぜーっすよ!!」
     灼滅者の意図を読んだのだろう、コノイトは撹拌を諦めてスプレーを放つ。青紫の塗料がばらまかれ、鉄骨がその色に染まっていく。それに一瞬遅れて氷の柱がそそり立つ。前衛も同じく氷に飲まれていた。六六六人衆の攻撃を回避することは至難だ。
     しかし、陽己の脚は止まらない。この程度ではどうともない、というように氷を受けとめながら、真っすぐにコノイトに迫る。鞘を投げ捨て、上段から体重を乗せた斬撃を放った。
     衝撃で鉄骨から落ちたコノイトだったが、つま先をひっかけ、反転。灼滅者の攻撃をかわしながら、再びスプレーを放つ。今度は赤紫。塗料に触れた途端、灼滅者の視界に幻像が現れた。
     それがサイキックの効果によるものだとは理解している。だが、認識は理解を容易に凌駕する。鉄骨のそこかしこに赤紫の、ぶよぶよした人型がいた。手当たり次第に殴りかかってくる。
    「思い通りにはさせないわよ!」
     優しく、けれど力強く。ホナミが手をかざすと小さな風が生まれ、次第に大きくなって塗料を吹き飛ばし、傷を癒す。完全にとはいかないが、ぶよぶよの数を大きく減らした。
    「おイタはいけませんよ?」
     淡い笑みを浮かべた舞は、番えた矢から手を離した。矢は上空へ飛び立ち、そして加速して流星のごとくとなってコノイトを狙う。狙いは、やはり缶スプレー。
    「その首、もらいうける」
     今度は下方から、葉織がコノイトへ肉薄。跳び上がり、手にした刃が最短距離で敵を切り裂く。血が滴り、下に落ちていく。その色は普通の、血液の赤だった。コノイトの顔が悔しそうに歪む。葉織は何の感情も見せず、それを見下ろしていた。

    ●デス・パープル
     二度目の出現ということもあってか、灼滅者はコノイトの攻撃にうまく対処できていた。
     しかし、それでも六六六人衆たるコノイトを倒してことにはならない。まだまだ余力を残している。
    「む・ら・さ・きーーーー!!!」
     むしろここからが本当の勝負だ。コノイトの殺意が塗料となって噴き出す。前衛がまた氷漬けになる。単純な威力だけでも、灼滅者の攻撃力を軽く上回っていた。
    「まだだ。まだ倒れはしない」
     鉄骨に手をつきながら陽己は自分の身体を支える。サイキックだけでは癒やせない傷が全身に刻まれていた。それでも、自らを犠牲にして仲間を守り続ける。
    「ああ、当たり前だ」
     同じく、淼も満身創痍。炎のオーラの光は鈍り、ところどころ紫色に汚染されている。だが、瞳に宿る炎は消えることはない。むしろ追い詰められるほど激しさを増す。
    「あまり猶予はないか」
     防御役が崩れれば、戦線が崩壊しかねない。その前に、よりダメージを与えなければ。アルディマの指先に魔力の矢が生まれ、コンマゼロの速度でコノイトへ飛来する。矢が腕を貫き、魔力を炸裂させた。
    「向こうもそれは同じだろうな」
     葉織の足元の影が膨れ上がり、異形のアギトと化した。本来、地を這うしかできないはずの影は今はその理を忘れ、生物のように蠢いて六六六人衆に噛みつく。
    「むらさき! むらさき! むらさきむらさきむらさきーーーー!!!!」
     さらに血が流れても、もはやコノイトも構いはしない。そんな余裕はなかった。全力で、灼滅者達を殺そうとしている。
    「お願い、持ちこたえて!」
     ホナミの祈りにも似た叫び。護符が前衛に跳び、傷を癒す。彼女の回復支援がなくては、前衛はとうに倒れていただろう。けれど、追い詰められているのも確か。
     最後に立っているのはどちらか。それは、この場にいる誰にも分からなかった。だから、全力で戦うしかないのだ。
    「あなたは私を殺してくれる? それとも殺されるのかしら?」
     笑みを深め、剣を振り上げる舞。刃には血がべっとりついている。おそらくコノイトの血。でも多分、舞の血も混ざっている。紫を塗りつぶすように、剣を力づくに振り下ろした。
    「もう諦めろって」
     どうでもよさそうに言う白金。指先から鋼糸を伸ばし、コノイトに浴びせつける。糸は肌に食い込み、じわりじわりと血をにじませる。コートはすでに破れてほとんど残っていなかった。
    「スキアリ!」
     動きの鈍った隙に、ウツロギの大鎌が回転しながら迫る。身体の半分は紫に染まっていたが、もう半分を振り子のように使い、大鎌ごと体当たりする。
    「くそ痛ぇっすよ……。死んでわびろっすよ」
     傷口からの出血は止まらない。けれど殺意は衰えず。雌雄を決する時が来た。

    ●パープル・イズ・デッド
     危険を察知した淼と陽己が、同時に動いた。
    「させっかよ!」
    「通さん」
     何度目だろうか。誰も数えてなどいまい。赤紫の霧が前衛を覆う。霧が晴れたときには、二人の姿はなかった。力尽きて落下したのだろう。
    「次は誰っすかぁ~?」
     紫の眼がらんらんと輝く。透明のビンに入った溶剤を投げた。皮膚を溶かし、独特の臭いが広がる。
    「さて、正念場だね?」
     窮地に立っても、ウツロギに動じた様子はない。むしろ楽しんでいるようにも見えた。
    「そうね。素敵」
     短く頷く舞。己の命がすり減っていく感覚。悪くない。ぞくぞくする。
    「だが、勝つのは僕達だ」
     凛とした言葉は刃にも似る。葉織は再びナイフを構え、コノイトに襲いかかった。それに合わせ、他の灼滅者も一斉に攻撃を加える。文字通り、残った力を振り絞って。
    「そろそろくたばんなって」
     名前の通り、プラチナ色のオーラが白金の両腕を覆った。瞬間、拳を加速させ、機関銃じみた連打を刻む。
    「我が魔道に懸けて、貴様は倒す!」
     アルディマの矢が、コノイトを貫いた。魔力が弾け、大きく吹き飛ばす。
    「これで、終りよ」
     引導を渡したのはホナミだった。回復も不要と判断し、攻撃に転じる。かき鳴らす旋律は、中に投げ出された六六六人衆を粉砕した。
    「くそ、くそ! むらさきーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」
     最後まで紫を叫びながら、コノイトは夕日の赤に消えていった。

     戦闘不能者も出たが、幸い大事ではないようだった。鉄骨に引っかかっていたところを回収する。
    「倒せたか。よかった」
     投げ捨てた鞘は結局、陽己の傍に落ちていた。どうやら、まだくたばるには早いらしい。
    「ロードローラーにはならなかったみたいだな」
    「おかげさまで、かな?」
     軽口をたたき合う淼とウツロギ。内容は割と冗談になってないが。
    「ま、いい就職先なら地獄にもあるだろ……」
     ヘッドハンティングの意味を教えてもらったらしく、そう呟く白金。人事部長とやらも気になるが、今回は仕方ないだろう。
    「ああ、死んじゃった……」
     スプレー缶を拾い上げ、舞はまじまじと眺めた。コノイトのサイキックは失われ、もはやただのスプレー缶も同然だった。
    「六六六人衆の戦力増強は防げたな」
    「ああ。少なくとも戦力を削ることができた」
     葉織の言葉に、アルディマが頷く。大本を断つにはまだ遠いが、骨を追った分の成果はあっただろう。一般人を殺戮するダークネスを倒したというのも大きい。
    「あ、しまった!」
     そこに突然、ホナミが素っ頓狂な声を上げた。いつも持ち歩いている甘いものを切らしてしまったから。戦いが終われば、ただの少年少女であった。
     やがて灼滅者達は疲れを癒やし、空腹を満たすために帰路に着いた。次なる戦いや、明日からの日常に備えるために。

    作者:灰紫黄 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年11月23日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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