ラプンクルスの憂鬱

    作者:犬彦

    ●優雅な憂鬱
     豪奢な過敏に飾られた花に、美味しい紅茶。
     お気に入りのソファは座り心地が良くて、他の調度品も高価なものばかり。望めば何だって叶えられた、一見は優雅な暮らし。
     けれど――『彼女』の表情はいつも暗く沈んでいる。

    「つまらない、つまらないわ……」
     口元に添えた人差し指の爪を噛み、ヴァンパイアの娘は繰り返し呟いた。
     ゆるやかにウェーブした長い髪は煌めく金。わずかに伏せられた瞼の先には長い睫毛。その奥の物憂げな双眸は淡青色。
     美しさを湛える娘の名はラプンクルス。
     常に退屈と幽愁を孕む娘が唯一、心を躍らせるのは血が舞う光景。
     それゆえに彼女は血が散るほどの激しい戦いを望む。されど自らが戦うのではなく、傍らに控えさせている使用人達に命じ、“死なない程度に”殺し合わせるのが趣味。
     だが、その使用人は周辺から集められた一般人達だ。
    「こんな憂鬱な毎日を彩ってくれるのは貴方達だけ。さあ、今日もはじめて頂戴」
     いつも物憂げな瞳がこのときばかりは輝き、口元には笑みが浮かぶ。
     戦わなければヴァンパイアに殺されてしまう。
     いつだったか、殺し合いを拒否して無惨に八つ裂きにされた男を思い返し、使用人達は怯え、震える。そして――彼らは自らの命を護るために、他人を傷つけることを選ばざるを得なくなった。
     この別荘に宿るのは憂鬱な悪意。
     そうして今日もまた、ラプンクルスを愉しませるためだけの血の宴が始まる。
     
    ●嘗ての栄華
     軽井沢の別荘地の一部がブレイズゲートになってしまった。
     このブレイズゲートの中心となる洋館は、かつて高位のヴァンパイアの所有物だった。だが、そのヴァンパイアはサイキックアブソーバーの影響で封印され、配下のヴァンパイアも封印されるか消滅するかで全滅したという。
     しかし、この地がブレイズゲート化した事で、消滅したはずのヴァンパイア達が蘇り、かつての優雅な暮らしを行うようになったのだ。
     復活したヴァンパイアは消滅した配下の一人。彼、あるいは彼女は別荘のひとつを占拠し、かつての暮らしと栄華を取り戻そうとしている。

     その存在は、過去の暮らしを続ける亡霊のようなもの。
     ヴァンパイア達は特別な事件を起こすわけではない。されど、その中に一般人が取り込まれているのならば話は別だ。
     放置してはおけないと立ちあがった君達は、別荘地のブレイズゲートへと向かった。


    参加者
    山田・霞(オッサン系マッチョファイター・d25173)
    ルクルド・カラーサ(生意気オージー・d26139)
    黒嬢・白雛(白閃鳳凰ハクオウ・d26809)
    ディエゴ・コルテス(未だ見果てぬ黄金郷・d28617)
    大和・猛(蒼炎番長・d28761)
    星見乃・海星(ぼくは星を見るひとで・d28788)
    ルーセント・アメリア(心身乖離・d30922)

    ■リプレイ

    ●優雅と退屈
     巡るのは変わらぬ日常。
     優雅で穏やかで安寧で静謐で――でも、だからこそ退屈で憂鬱な日々。
     けれど、今日という日はいつもとは違っていた。ラプンクルスのティーカップに淹れたて紅茶が注がれたとき、部屋の扉が蹴破られる勢いで開いたのだ。
    「やぁお嬢さん、君の退屈を終わらせに来たよ」
     開口一番、山田・霞(オッサン系マッチョファイター・d25173)が奥に座る娘――吸血鬼ラプンクルスに告げる。対する娘は不機嫌そうに双眸を細め、灼滅者達を見返す。
    「ノックもしないで淑女の部屋に押し入るなんて無粋ね」
    「どっちが無粋かしら。その人達は貴方のおもちゃじゃないのよ! 解放しなさい!」
     ルーセント・アメリア(心身乖離・d30922) は吸血鬼を睨みつけ、傍に控えさせられている使用人達を指した。肝心の彼らは突然のことに驚いており、吸血鬼と灼滅者を交互に見ることしかできない。
     そのとき、大和・猛(蒼炎番長・d28761)が男達を一喝する。
    「お主等、今すぐにこの場から退出せい! 命が惜しかったらすぐにじゃあ!」
    「は、はいっ!」
     王者の風の影響を受け恐縮した男達は猛の言葉に従い、そそくさと部屋を出ていく。一見すれば厳しい言葉だが、猛の烈しさは彼らを本当に気遣っている証だ。
    「貴方達、待ちなさい!」
     すぐに動向に気付いたラプンクルスが使用人達を止めようとするが、彼女の前にディエゴ・コルテス(未だ見果てぬ黄金郷・d28617) が立ち塞がる。
    「行かせねェよ。テメェの相手は俺達がしてやる」
    「退いて頂戴」
     ラプンクルスの抵抗空しく、その隙に使用人達は怯えつつも部屋から遠ざかった。
     それを見届けた星見乃・海星(ぼくは星を見るひとで・d28788)は彼等を驚かせたことを悪く思いつつも、これも人助けだと息を吐く。そして、扉を閉めた海星は解放コードを口にすると、宇宙めいた色のヒトデ姿に転身した。
     避けられぬ戦いの気配を感じ、吸血鬼は身構える。
     ルーシー・ヴァレンタイン(金欠・d26432) はべんつ四号を傍に控えさせ、敵を真っ直ぐに見つめた。
    「退屈していたんでしょう。その憂鬱ごと消し去ってあげる」
    「どうしてもというなら相手をしてあげるわ。このラプンクルス様が直々にね」
     吸血鬼の娘とダンピールであるルーシーの視線が交差し、対抗心や憎悪めいた感情の渦巻く火花が散る。
     後方に控えたルクルド・カラーサ(生意気オージー・d26139) は霊犬の田中・カラーサに仲間を守るように命じ、敵がどんな攻勢に出ても良いようにと戦いへの覚悟を抱いた。
     同様に黒嬢・白雛(白閃鳳凰ハクオウ・d26809) は白黒の巨槍を大きく掲げ、 吸血鬼には磔刑がお似合いだとと言い放つ。
    「さぁ、断罪の時間ですの!」
     幾ら退屈だとしても、血で彩る世界など許してはおけない。
     刹那――魔力の宿った霧が広がり、ラプンクルスが動いた。発揮される力を肌で感じただけでも相手の強さが計れるほど、展開された霧は深く巡る。
     それでも負けたりはしない。灼滅者達は其々の思いを抱き、戦いは幕開けた。

    ●対抗と確執
     嘗て滅びた吸血鬼は今や、ブレイズゲートに囚われた身。
     そのことに気が付いているであろう彼女は今、どのような心境なのだろうか。
     霧に対抗すべく、海星は腹の宇宙から魔術杖を出現させ、強烈な魔力を見舞わせようとして跳ねる。
     ルーセントも異形態へと姿を変え、同様に雷撃を打ち込んだ。引き締まった筋肉から伸びる拳はしなやかに、覆面の奥の瞳はしっかりと敵を捉えている。
    「さあ、くらいなさい!」
    「ラプンクルスくんと言ったかな。きみが退屈なのは、ここから出られないからかい?」
     その際、海星が問いかけるのはふとした疑問。
    「それにしても立派な別荘ですこと。此処の主もさぞ立派な吸血鬼だったのでしょうね」
     同じくして白雛もラプンクルスが仕えていたという高位ヴァンパイアについて探るべく、質問を投げかけた。しかし、吸血鬼はルーセントの雷撃を受け止めながら海星の魔力を弾き返し、「どうかしらね」と不遜に答える。
     其処で霞が感じたのは、相手に真面目に答えようとする姿勢が見えないということ。
    「いいさ、その答えも退屈解消の御代も、お嬢さんの命で結構だからね」
     霞は敵へと挑発めいた言葉を返し、螺旋の槍を振るう。
     槍は吸血鬼を掠めるだけに留まったが、其処に籠められた確かな攻撃の意思が霞の肉体に宿り、更なる力が巡った。
     その間にルクルドが戦輪の力を展開させ、盾を作り出す。
     ディエゴも霞が踏み込んだ死角を利用し、更なる螺旋の槍撃を打ち込んだ。
    「目立たず大人しくしときゃ長生きできたろうによ」
     次なる力をその身に循環させ、ディエゴもまた挑発を投げかける。
     その言葉には自分達がラプンクルスを灼滅するという意味合いが込められていた。だが、対する吸血鬼もディエゴ達を見遣って言う。
    「貴方達こそ、死地にこの場所を選ぶなんて。……ふふ」
    「意外と楽しんでくれているのかしら。好きなんでしょう、殺し合いが」
     薄く笑った吸血鬼にべんつ四号を突撃させ、ルーシーは皮肉を告げた。苛立つ様子のルーシーの言葉の端々には棘があり、海星は彼女のことを胸中で案じる。
     されど、今は戦いの最中。込み入った言葉をかけることも出来ず、灼滅者達は其々の役割について戦い続ける他ない。
     そして、ルーシーの雲耀剣がラプンクルスの肌を裂き、血を散らした。
    「私は誰かの殺し合いを見るのが好きなの。こういった血腥いのは御免だわ」
     すると吸血鬼は滴り落ちた血を払い、鮮血の如き緋のオーラを発生させる。猛を襲った緋色の衝撃は彼の力を削り、体力を吸い取ってしまった。
     わずかに揺らいだ猛だが、切り刻まれた傷口から溢れる血を炎へと変える。
    「さっきの使用人達をどうこうする心算はないから安心するといい。じゃが、そんかわりにラプンクルス、お主は覚悟せいやぁ!!」
     猛は生み出した炎を武器に宿し、一気に敵へと叩きつける。炎が赤く戦場を彩る中、ルクルドは吸血鬼の言動に我慢が出来なくなっていた。
     罪のない人々を弄び、殺し合わせている吸血鬼への怒りは禁じえない。
    「退屈だったら体を動かせ! 朝の六時に体操でもしてろ! そうやって他人を動かしてるから退屈なんだ!」
     田中に願い、霊犬と共に癒しを担うルクルドは声を大にして告げる。
     その通り、とでも答えるように田中が鳴き声をあげ、仲間の補助をすべく走り回った。
     続いてゆく戦いの中、癒しはすべてルクルドが担当している。だが、吸血鬼から齎される衝撃は激しく、一手では補いきれない時もあった。
     その時は猛がシールドを展開して援護に回り、誰も倒れぬように努める。
     ディエゴと霞はその間に攻撃に専念し、敵の注意を前衛へと引き付けていた。二人の見事な連携に続き、ルーセントは楯を構える。
    「自分自身が戦いの場に置かれている気持ちはどうかしら?」
    「悪くないわ。闖入者を八つ裂きにできるもの」
     ルーセントの言葉と突撃に対抗し、ラプンクルスは紅蓮の刃で斬り返してゆく。
     白雛は対峙する二人の横手から駆け、黒と白の炎翼を広げて、天井高くまで飛翔した。其処に込めるのはガイアチャージで充填した軽井沢のご当地パワーだ。
    「ストライクゥ、ヴォルケーノォ!」
     炎を纏った踵落しを放った白雛の一撃がラプンクルスを貫く。
     だが、敵はまだかなりの余力があるようだ。それならば、とルーシーはべんつ四号に機銃を掃射させた。倒れないなら、早々に倒してやるだけだと掌を握り締めたルーシーは流星めいた蹴りと同時に敵へと言い放つ。
    「邪魔だよ」
    「貴女こそ」
     苛立った言葉を短く交わした少女達。やはり吸血鬼とダンピールとして何か感じることがあるのだろうか。二人の間にはいつしか、言葉には表せぬ確執が生まれていた。

    ●誤算と断罪
     戦いは終わらない。互いに傷と痛みが増えても尚、激しく巡る。
     学ランを翻して戦っていた猛はかなりの衝撃を受けており、血に塗れた上着を脱ぎ捨て、果敢に敵に立ち向かい続けた。
     しかし、敵は猛を標的から外してルーセントを狙おうとする。
     彼女はまだ自らの力を癒しきれておらず、攻撃が巡れば倒れてしまうかもしれない。
    「そうはさせん!」
     逞しい肉体をあらわにした猛は気合いで仲間を庇い、痛みを堪える。
     其処へすかさずルクルドが祭霊の光を発動させ、田中が浄霊の眼を猛に向けた。危うかったルーセントも裂帛の叫びで己を奮い立たせ、倒れることを防いだ。
    「手強いわね。流石はダークネスというところね」
    「そのようだね」
     仲間から零れ落ちた言葉に頷き、海星は吸血鬼を見据えるような形でヒトデの体を動かす。短期決戦を狙っていた海星だが、敵は紅蓮の攻撃を繰り出しながら癒しを行えるため、なかなか体力を削り切れずにいるのだと気付いた。
     だが、それもいつか限界が訪れるもの。
     殺傷の痛みが蓄積しているはずだと分析し、海星はひたすらロケットハンマーを振り回していく。白雛が追撃に入り、黒き槌と白き鎌の破片が埋め込まれた巨槍を振るう。
     その間も海星は相手に問い続けた。
    「使用人たちに殺し合いをさせるのは、ただの暇潰し?」
     それとも、脱出にでもつながるのかとカマをかけてはみたが、相手の反応は薄い。
    「お喋りなヒトデね。癪に障るわ」
     ロケット噴射の一撃をいなし、ラプンクルスは忌々しげに呟いた。それでも僅かな反応があるということは、何かが聞けるかもしれない。海星に目配せをした霞は敢えて言葉を続け、相手を乱してやろうと目論む。
    「おやおや。ご主人様は、まだ助けに来てくれないのかい?」
     ディエゴも何かの突破口になるやもしれないと考え、吸血鬼に問いかける。
    「テメェ、別のヴァンパイアの配下だったんだろ。奴隷級ヴァンパイアってヤツか?」
    「違うわ。あの御方は、私の……」
     ディエゴに問われて口を開いたラプンクルスだったが、最後まで紡ぐことなく唇を噤んだ。まァいいかと返答の先を聞くことを諦めたディエゴは黄金色の光を拳に宿し、眩いほどの連撃を打ち込んでゆく。
     あまりの衝撃に敵が一瞬だけ怯み、体勢を崩しかけた。
     即座にべんつ四号が突撃を行い、轟音が響く。ルーシーは床を蹴り上げ、炎を纏った一閃で以てキャリバーに続いた。
    「話したくないなら話さなくてもいいよ」
     興味なんてないから、と断じたルーシーが身体を捻ると、激しい炎が舞う。
     更に霞が抗う意志を具現化した鉄心を己に纏わせ、重く硬い鈍色の衝撃がラプンクルスへと向けられた。
     その合間に田中が回復を行い、体力が心許ない仲間を癒す。
    「やってやる! やってやるよ!」
     対するルクルドは敵への怖さ半分、怒り半分な様子で攻撃へと転じた。前方では振り返った田中が主人を心配そうに見つめたが、ルクルドは大丈夫だと応える。
     ルーセントや猛達に殺傷ダメージが蓄積している今、過剰な癒しは意味を成さない。だから自分も攻撃を、とルクルドが放った縛霊の一撃は見事に敵を捕縛した。
    「う……くぅ……っ!」
     瞬間、苦しげに呻く吸血鬼。其処に好機を見出し、白雛は全力を槍に込める。
    「断、罪っ!!」
     そして、力一杯に解き放った一閃がラプンクルスを貫いた。
     震える身体を押さえ、吸血鬼は憎々しげに白雛達を睨みつける。まだ立っていられることに驚きはしたが、灼滅者達は感じた。敵が疲弊していることは確かだ、と。

    ●別離と憂鬱
     白雛の一撃が転機を齎し、仲間達は終幕の訪れを悟る。
     ふらつく吸血鬼へと駆けたルーセントは拳を握り、己の身に雷の魔力を纏わせた。突き出した拳で狙うのはただひとつ、憂鬱の姫の灼滅。
    「覚悟しなさい。もう逃げられないわ!」
     ルーセントの放つ雷撃は的確に相手を捉え、大きな衝撃を齎した。
     一気に畳み掛ければ勝利は掴めるはず。ルーセントは傍らの猛に視線を送り、敵への道を譲る。確かな頷きを返した猛は敵に肉薄した。
    「重ねた罪はいつか罰になるんじゃあ。それを今教えてやるわい!」
     凛と言い放った猛が向けたのは、巨体から繰り出される力と殺人鬼の疾さを兼ね備えた黒死の一撃。そして、猛は他の仲間達に「往け!」と追撃を願った。
     彼のよく通る声を聞きつけた白雛が即座に反応し、炎を纏った踵落しを放つ。
     海星はさながら流れ星のように体を回転させて殴打を狙い、ルクルドも刃を斬り放つ霊犬と共に流星めいた蹴りを見舞ってゆく。
    「まだ、私は倒れない、わ……」
     しかし、攻撃を受け止めた吸血鬼は赤きオーラの逆十字を出現させた。
     その一閃は狙われた仲間の代わりにべんつ四号が受け、機体はラプンクルスの最後の足掻きによって消失する。キャリバーがスレイヤーカードへと還ったがルーシーは少しも動じずに敵を見据えた。
     そして、「さよなら」と小さく告げたルーシーは迷いも衒いもない斬撃を打ち下ろす。
     既に敵は虫の息。
     一瞬で接敵した霞は無遠慮に吸血鬼の顔面を掴み、高頭部から床に叩き付けんとして腕を振るいあげる。彼の狙いを聞かずとも確りと察し、それに合わせるようにして動いたディエゴは跳躍し、目も眩むような黄金の力を己に宿した。
    「終わりだ」
    「悪ィな」
     霞、次いでディエゴ。二人の短い言葉が重なる。
     刹那、ラプンクルスの身体が宙を舞い、そして――霞によって叩き落された娘はディエゴの鋭い蹴撃で以て貫かれ、戦いの終幕が飾られた。

    「……ごめんね」
     吸血鬼が戦う力を失ったことを確認し、海星は人の姿へと戻る。
     倒れた娘へと告げたのは自然と口をついて出た言葉。謝って何かが変わるわけではないが、海星はそう言わずにはいられなかった。
     このまま放っておいても、倒れたラプンクルスが力尽きることは明白。
     白雛は本当に磔刑にしてやろうかと口にしたが、海星が首を振って止める。ルクルドが田中を労って頭を撫でてやる中、猛はこれで一般人達も解放されると密かな安堵を抱き、ディエゴと霞は静かに吸血鬼の最期を見守る姿勢を見せた。
    「なんで……どうして、よ」
    「見て、彼女の身体が……!」
     膝をついて苦しげな言葉を吐いた吸血鬼を指し、ルーセントは息を飲む。
     ブレイズゲートに囚われた存在であった彼女の身体が薄い霧のように変化し、その存在がゆっくりと消えはじめたのだ。
     その姿を見下ろしたルーシーは静かに瞳を伏せ、最後の言葉を送る。
    「言ったでしょう、憂鬱から解放してあげるって」
     彼女の言葉を聞き、ラプンクルスがはっとして目を見開いた。
    「ああ、そうね……。この世界から私が消えれば、この憂鬱だって――」
     だが、最後まで言い切らぬうちに吸血鬼の身体が霧散する。
     そして、灼滅者達は其々に気付いた。最期の最後、退屈だと嘯いていた娘の瞳から愁いが完全に消え去り――憂鬱の彩など、もう何処にも映っていなかったことを。

    作者:犬彦 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年12月1日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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