闇より出でる刃

    作者:邦見健吾

    「ふむ……悪くない話だ」
    「ご理解いただけて何よりです」
     繁華街の暗い路地裏で、2人の男が向かい合う。1人は着流しに刀と浪人のような恰好をしており、もう一方は見るからに高そうなスーツを着込んだ会社員らしき男。どう見ても不釣り合いな、正反対の姿をした2人だった。
    「それではお待ちしていますね。失礼いたします」
    「うむ」
     スーツの男は丁寧に挨拶し、路地裏を去って行った。

    「以前武蔵坂の灼滅者と交戦した六六六人衆の六五三位、辻斬りの所在が明らかになりました」
     冬間・蕗子(高校生エクスブレイン・dn0104)が事件の説明を始めた。教室に集まった灼滅者の中には、辻斬りの行方を追っていたジオッセル・ジジ(ジジ神様・d16810)の姿もあった。
    「就職活動中の若者が闇堕ちする事件が複数ありましたが、その関連です。人事部長と呼ばれる強力な六六六人衆が、他の六六六人衆を勧誘して配下にしようとしており、辻斬りもそのターゲットになったようです」
     その人事部長の動きは獄魔覇獄に関連しているらしく、放置すれば強力な組織になってしまうだろう。
    「それを阻止するため、辻斬りの灼滅をお願いします」
     辻斬りは殺人鬼及び日本刀のサイキックを使用し、奇襲を得意とする六六六人衆。今回は逆に奇襲をかけることになるが、前回ほどの効き目は期待できない。
    「辻斬りは以前戦った時より少し力を付けており、腕試しのつもりで人事部長の誘いに乗ったようです」
     灼滅者は人事部長と辻斬りの談合に乗り込むことになるが、人事部長は戦わずに撤退する。また、今回は辻斬りは撤退しない。逆にこちらが撤退する場合は追撃してこない。退却も視野に入れて作戦を練るべきかもしれない。
    「六六六人衆の中では下位とはいえ、その力は灼滅者を大きく上回る強敵です。油断すれば、怪我では済まないでしょう。敵の戦力を増やさないためにも、ここで倒しておきたい相手です。よろしくお願いします」
     蕗子は茶を一口含み、淡々と灼滅者たちを送り出した。


    参加者
    鹿嵐・忍尽(現の闇霞・d01338)
    藤谷・徹也(高校生殺人機械・d01892)
    各務・樹(バーゼリア・d02313)
    月雲・彩歌(幸運のめがみさま・d02980)
    望月・小鳥(せんこうはなび・d06205)
    ジオッセル・ジジ(ジジ神様・d16810)
    船勝宮・亜綾(天然おとぼけミサイル娘・d19718)
    湊元・ひかる(コワレモノ・d22533)

    ■リプレイ

    ●闇夜の談合
    「何用だ?」
    「私は――」
     暗い路地裏で、言葉を交わすスーツの男と着流しの浪人。人事部長と辻斬りの姿を遠くに見つけ、灼滅者たちは襲撃の準備を整える。残念ながら、会話の内容まで正確に聞き取ることはできない。
    (「あの時は一手届かなかった。……ですが、今度こそ」)
     以前辻斬りと戦った月雲・彩歌(幸運のめがみさま・d02980)は、身を引き締め辻斬りを倒すと心に決める。大丈夫、今は親友も一緒だ。だから、きっとできる。
    (「私たちが受けた雪辱は、私たちで晴らさなければならねーのですよ」)
     ジオッセル・ジジ(ジジ神様・d16810)も辻斬りと戦った1人だ。自分が発見し、追いかけた敵。ここで因縁に決着を付ける。
    (「辻斬りですか……。あ、でも今回は真っ向勝負でしたね」)
     2人とは対照的に今回が辻斬りとの初戦となる望月・小鳥(せんこうはなび・d06205)は、同じく刀の使い手である辻斬りとの戦いを少し楽しみにしていた。真正面からの打ち合いを期待し、拳を固く握る。
    「ふむ……悪くない話だ」
    「ご理解いただけて何よりです」
     人事部長と辻斬りの話がまとまったようだ。準備が完了し、攻めるにも頃合いだ。
    「就職をする前に、まずは我々と手合わせを願う」
     藤谷・徹也(高校生殺人機械・d01892)が宣戦布告し、ライトで辻斬りを照らした。その言葉は、予めプログラミングされたロボットのよう。
    「もうし、物騒な密談はそこまでにしてもらえませんかね」
    「見た顔だな」
     それを合図に、灼滅者たちが辻斬りに挑みかかる。まずはジオッセルがエアシューズを駆動させて接近、炎を帯びた蹴りを繰り出した。
    「お仕事のお時間です。――推して参らせて頂きます」
     小鳥が身の丈に合わない長大な刀を振り上げ、豪快に辻斬り目掛けて袈裟に斬り下ろす。しかし辻斬りは咄嗟に抜刀し、刀の背に斬艦刀を滑らせてその一閃を受け流した。逸れた刃が地面を深く抉る。
    「む?」
    「彩歌ちゃんっ」
     その時、上空で待機していた各務・樹(バーゼリア・d02313)が箒から飛び降り、辻斬りの頭上から襲う。エアシューズのローラーが摩擦し、熱と炎を帯びる。
    「樹さん、続きますっ!!」
     それに合わせ、彩歌はローラーに炎を纏わせて回し蹴りを見舞った。2人のグラインドファイアが重なり、十字の炎が辻斬りを焼いた。
    「届いて……!」
     樹に続き、上方に待機していた灼滅者たちが地面に飛び降りて挟撃をかける。湊元・ひかる(コワレモノ・d22533)は激しくギターをかき鳴らし、音の波で辻斬りを襲った。
    「ふわぁ……」
     船勝宮・亜綾(天然おとぼけミサイル娘・d19718)は黒いマントを翻らせながら着地、バベルの鎖を瞳に集中させて戦闘態勢を整える。
    「ここで会ったが……というやつでござるな」
     鹿嵐・忍尽(現の闇霞・d01338)は光の盾を大きく展開して仲間を包み、異状への防護を付与した。
    「では最初の業務命令です。彼らを足止めしてください。……もちろん殺しても構いません」
    「承知した」
     スーツの男が事務的な口調で指示を下すと、着流しの浪人は躊躇いなく頷いた。

    ●闇より襲う刃
    「私はこれで失礼します。社でお会いしましょう」
    「うむ」
     人事部長は辻斬りに挨拶を交わし、灼滅者の目に留まらぬ速さで路地を離脱した。元より止める気はなかったが、止めようとして止められる相手ではなかっただろう。
    「あ……」
     ひかるはできれば人事部長から情報を聞き出したかったが、問いを投げる時間はなかった。同じく人事部長に質問しようとした徹也は冷静に意識を切り替え、黒い瘴気を纏う辻斬りを見据える。
    「以前はどうも。今度は、最後までお付き合いくださるのでしょう?」
     今度は、の部分を強調して彩歌が言葉を投げた。挑発じみた言い回しに、辻斬りは口角を吊り上げ不敵に笑う。
    「そのつもりだ」
    「ひっ」
     戦いを恐れるひかるの心を見抜いてか、辻斬りの眼は獲物を狙う猛禽のように光る。そして刀を高速で振り抜き、斬撃が宙を切り裂いて竦みそうになるひかるを襲う。
    「最後までお付き合いくださるのではなかったですか? 私が相手です」
    「あ……ありがとうございます」
     しかしその斬撃は彩歌が受けた。すかさずひかるも回復サイキックを使って応じた。
    「三度目は必要無し。決着をつけるでござる」
    「左様。ここで終わりだ」
     忍尽が素早く印を切ると、周りを舞う光輪が高速回転し、辻斬りへと走った。霊犬の土筆袴も口に咥えた刀を振るって追撃。運良く巡ってきた再戦の機会、無駄にすることなくここで雪辱を果たす所存だ。これは、辻斬りを逃がした灼滅者にとっても、敗走した辻斬りにとっても雪辱戦なのだ。
    「やっぱり力不足でしたか……けどこれなら」
     小鳥が手をかざすと、魔力が集中し矢の形を作った。その瞳にはバベルの鎖が集約され、辻斬りの動きを予測し続けている。魔力の矢は小鳥の手を離れると、弧を描いて辻斬りに刺さった。
    「これならどう?」
     樹は獲物を両手で握り、斬撃を見舞う。白く輝く刃の軌跡が樹を包む光に変わり、肉体を聖戦士へと変える。亜綾の構えたライフルから光線が迸り、辻斬りの視界を光で埋め尽くした。
    「私があなたを探していたこと、知っていましたか?」
    「さてな」
     ジオッセルはデモノイド寄生体によって殲術道具を腕ごと砲門へと変え、死の光で敵を呑み込む。ジオッセルの霊犬、ギエヌイも弾丸を連射して援護した。
    「はっ!」
     しかし辻斬りも攻撃の手を緩めはしない。鋭い居合切りの一太刀が徹也を襲った。
    「活動に支障は無いと判断する」
     徹也は多くの血を流しながらも、表情を変えず辻斬りへと立ち向かう。
    「任務の遂行が最優先だ」
     そして拳に光を纏わせ、鋼鉄で作られたマシーンのように連打を叩き込んだ。

    ●追い詰められる凶刃
     辻斬りが刀を一旦納め、そして忍尽の眼前に踏み込んだ。辻斬りの得意とする居合切りだ。
    「一匹狼と見受けていたが、こうも容易く組織に与するとは……一体どんな条件が気に入ったでござるか?」
    「知れたこと。この刃を振る機会があればよい」
     一足一刀の間合い。間近で交差する視線。忍尽の問いに、辻斬りは淀みなく答える。
    「ジオッセル殿、お頼み致す!」
    「頼まれました」
     忍尽は運良く紙一重で刃をくぐり、辻斬りをホールドするとジオッセルの目の前に投げ飛ばした。迎え撃つジオッセルは、巨大な剣と化した腕で一太刀浴びせる。
     ひかるの後ろを飛ぶ光の輪が分裂し、小さな光輪となって徹也を照らしその傷を癒した。ひかるの霊犬も浄化の眼差しを送り、さらに回復を促す。
    (「傷付くのも血を流すのも恐いし、見たくない……」)
     嬉々として刃を振るい、人々の命を奪う辻斬り。そんな存在を、ひかるは到底理解できないと思った。そんなものを相手にしているかと思うと、今も恐怖に身がすくみそうだ。それでも、自分を助けてくれた人たちのことを思い、ここに立っている。
    「感謝する」
     支援を受けた徹也は、その体躯に似合わぬ俊敏さで背後をとり、バベルブレイカーを繰り出した。退いて躱そうとする辻斬りだったが、徹也はさらに一歩踏み込み、辻斬りが纏う瘴気ごと撃ち抜いた。
    「くうっ」
     数の利を覆すことができず、追い詰められつつある辻斬り。地を蹴り壁を蹴り灼滅者へと迫るが、しかし樹を狙った渾身の一振りは、間に割って入った彩歌に受け止められた。
    「私が相手だと言ったはずですよ」
    「ありがとうね。これはお返しっ」
     そして親友に応え、樹が反撃を繰り出す。杖を手元でくるりと回し、辻斬りの体を打った。杖の先端から魔力が解放され、炸裂する。彩歌も負けじと立ち回り、死角から急所を狙った。
     彩歌の受けた傷は、霊犬のギエヌイ、烈光、そして後衛の土筆袴がフォローする。霊犬たちの手厚いサポートを受け、彩歌のダメージが回復した。
    「観念してくださいよぉ」
     後衛から飛び出した亜綾が肉迫し、至近距離からバベルブレイカーを突き立てた。高速回転する杭が辻斬りを貫き、その体を抉る。
    「ロビンさん、お願いしますっ」
     小鳥の呼びかけに応え、ビハインドのロビンが辻斬りの刀目掛けて一撃見舞う。その隙を見逃さず、小鳥も斬艦刀を真っ直ぐ振り下ろす。今度は凌ぐことができず、人を斬るには大仰な刃が殺人鬼を捉え、大きな傷を残した。
    「ふう……はあ……」
     全身の傷から黒い瘴気を噴き出しながら、辻斬りが刀を構えた。決着の時は近い。

    ●凶刃の最期
    「拙者の片割れ、今度は易々と消させぬで……ござ、る……」
     後衛の土筆袴たちを狙って飛ぶ斬撃を、忍尽が体を張って受け止める。しかし限界を超え、とうとう膝をついた。追撃を許さぬよう、すかさず徹也が背中に庇う。
     サーバント含め灼滅者たちにも戦闘不能者が出ているが、辻斬りももはや満身創痍。灼滅者たちの優位が覆ることはない。
    「これでどうですかっ?」
     小鳥が空中で斬艦刀を振り上げ、そのまま重量を威力に変えて落下とともに叩きつけた。樹が霊体と化した剣で敵を貫くと、彩歌は鞘から刀を抜き放ち、同時に一太刀見舞った。
    「むぅ、今ですぅ、ジオッセルさん」
     今が決め時と判断した亜綾は、ジオッセルに呼びかけると同時に、むんずと自分の霊犬、烈光を引っ掴む。
    「成功するかしないかなど考えないのですよ、しゃにむにやってみる!」
     応じたジオッセルは腕を剣へと変じさせ、辻斬りへと飛びかかる。
    「必殺ぅ、烈光さんミサイルっ」
     辻斬り目掛け、投擲される烈光。その表情には諦めの色が強い
    「……お主も難儀だな」
     ペシッと、辻斬りは刀のわずかな動作で烈光を払い除けた。次の瞬間、ジオッセルのDMWセイバーが決まる。烈光は投げられ損だったかもしれない。
    「友情のフォースインパクトっ」
     亜綾がバベルブレイカーをジェット噴射させ、辻斬りに迫った。零距離で突きつけられるバベルブレイカー。そして一瞬の溜めの後――。
    「ハートブレイク、エンド、ですぅ」
     トリガーが引かれた。爆音とともに、杭が辻斬りを貫く。杭を受け止めようとした刀が折れ、地面に刺さる。そして辻斬りは声も上げず路地に倒れ、動こうとしない。
     灼滅者たちの勝利だ。
    「……あなたの本当の名前は何というのですか?」
    「……名前などない。この体に付けられた名前は、拙者のものとは言えん」
     敗北を悟ったのだろう。ジオッセルに聞かれたことに、辻斬りは素直に答えを返した。
    「……あと1つだけ負け惜しみを言わせてもらおう。あの犬が哀れでな、あれに免じて最後の一撃はわざと食らったのだ」
     事実なのか、本当にただの負け惜しみなのか、真実は定かではない。辻斬りはそれだけ言うと、ふっと笑い、夜闇に溶けて消えた。

    「ふう……」
    「大丈夫でござるか?」
    「あ、どうも……」
     戦いが終わり、緊張が解けたひかる。けれど気を抜けてしまい、その場にへたり込んでしまった。意識を取り戻した忍尽の手を借り、助け起こしてもらう。幸い、忍尽の傷も深くはなさそうだ。
    「彼も強くなっていました。……ですが、それは私たちも同じです。成長、し続けてみせます」
    「そうね、頑張らないと」
     今回辻斬りを倒すことができたが、辻斬りは六六六人衆の中では下位のダークネス。今後、より強い敵が続々と現れることは想像に難くない。強くなり続けなければいけないという彩歌の言葉に、樹が頷く。
    「確認完了。異状なし」
     辻斬りが消えた跡を探り、何か人事部長に繋がるものはないかと探してみたが、目ぼしいものは見つからなかった。徹也が淡々と終了を告げる。
    「もう遅いです。帰りましょうか」
     六六六人衆の1人を打ち倒したとあってか、小鳥の表情はどこか満足げだ。小鳥の言葉に同意し、灼滅者たちは夜の街を後にした。

    作者:邦見健吾 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年12月1日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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