Secret Garden ―花灯の降る夜に―

    作者:西宮チヒロ

    ●elegiaco
     その花園に光が宿るのは、夜の帳が降りたころ。
     どこか異国を思わせるのは、庭の造り故だろう。小高い丘の上にある洋館を中心としたイタリア式庭園では、秋も深まるこの時期に、見事なミニバラ――オールドローズ、特にポリアンサと呼ばれる種別が溢れ咲く。
     石畳の並木道、段々滝から続く小川に、噴水。幾何学模様を描くノット・ガーデンや、樹木のアーチの先にひっそりと在る隠れ庭。あちらこちらに見える洋燈のあかりは、庭を、そしてちいさいながらも華やかに香り立つバラの影を、夜に淡く描き出す。
     落ち着いた緋色のマザーズデイ。ハート形の花弁が可愛い、桜色のコーラルクラスタ。
     気高き白のホワイト・セシル・ブルンネに、ポンポン咲きが愛らしい赤紫のベビーフォーラック。
     ロゼット咲きのアンヌマリー・ド・モントラベルは、優雅なフリルを重ねたよう。
    「翔、見て見て! このちょっと緑がかった白いバラ、シュネープリンセスって言うんだって。可愛いー!」
    「『雪姫』か。麻衣、こういうころんってしてる花、好きだよな」
    「ふふ、解る? これで蝶々とかいたらもっと綺麗なんだけどなー。お化けでもいいから」
    「お化け?」
    「そう。最近噂の」
     花園で光る蝶を見かけても、ついていってはいけないよ。
     それは、終わらない舞踏会への誘いだから。
     ひとたび誘いを受けたが最後、優雅に舞う蝶に魅せられ踊り明かし――そうして、命も尽きてしまうから。
     
    ●tranquillo
     ひとり、ふたり。
     集い始めた灼滅者たちに気づくと、小桜・エマ(高校生エクスブレイン・dn0080)はゆるりとイヤフォンを外した。指先に絡めた紐に引かれて零れ落ちる音は、ロンド形式のピアノ曲。かの名高い独逸浪漫派の旋律が、音楽室の静寂に溶ける。
    「今回お願いしたいのは、都市伝説『光の蝶』の討伐です」
     神奈川県の外れにあるバラ園。
     夜。観光名所でもあるその庭園の敷地外の奥、バラが群生する場所に立ち入ると『光の蝶』は現れるという。
    「蝶々さんの攻撃は、パッショネイトダンスに似たもの1種類のみ。そう強くもありません」
     夜、しかも野外での戦闘になるが、何ら妨げになるようなものもない。全員で掛かれば十分に勝てるだろう。
    「多分さっくりと倒せると思うので、終わったらバラ園を見てまわるのも良いかもです」
     秋は、春の風に揺られ、夏の陽を浴びた花が一斉に煌き香る季節。
     四季咲きのバラは、今が一番綺麗なんだそうですよ。そう言って微笑むエマの、その波打つミルクティ色の髪が柔らかく揺れた。

     さあ、夜の花園に逢いにゆこう。
     華やかに咲く彼女たちが、冬の眠りに着く前に。


    参加者
    勿忘・みをき(誓言の杭・d00125)
    若宮・想希(希望を想う・d01722)
    リュシール・オーギュスト(お姉ちゃんだから・d04213)
    椎葉・武流(ファイアフォージャー・d08137)
    琴葉・いろは(とかなくて・d11000)
    黒鐵・徹(オールライト・d19056)
    フィーネ・シャルンホルスト(黄昏の調べ・d20186)
    ナターリヤ・アリーニン(夢魅入るクークラ・d24954)

    ■リプレイ


    「いた! あれだな!」
     先頭を歩いていた椎葉・武流(ファイアフォージャー・d08137)は、ケモ耳をぴくりとさせると同時にそう言って駆け出した。
     野生の薔薇の群生地。その香りのより強い方角を辿った先、揺らぐように舞う光を見留めた若宮・想希(希望を想う・d01722)は静かに眼鏡を外し、黒鐵・徹(オールライト・d19056)がすかさずサウンドシャッターを展開する。
    「光の蝶様、なんだか。バラ、まもっているような、そんなインショウ、もうけ、ます」
     蝶たちもきっと、この花園が大切なのだろう。そう思うナターリヤ・アリーニン(夢魅入るクークラ・d24954)に、フィーネ・シャルンホルスト(黄昏の調べ・d20186)もこくりと頷く。
    「とっても綺麗……倒さなくちゃいけないって分かっていても、なんだか少しもったいない気がしちゃうね」
    「幻想的な蝶……だけなら良かったのですけれどね」
     そう頷きながら勿忘・みをき(誓言の杭・d00125)が息を吐けば、
    「秋のもの悲しさが、終わらぬ舞踏会を呼んだのでしょうか」
     憂いの滲む声音で零す琴葉・いろは(とかなくて・d11000)に、いずれにしても、とリュシール・オーギュスト(お姉ちゃんだから・d04213)は続ける。
    「『そうあれかし』と生出された都市伝説に、悪意はないわ」
     ならば、その存在にせめて付き添いを。
     そう思う娘は光を纏いながら瞬く間に姫君を思わせる姿へと転じると、軽やかなステップで間合いを詰める。
    「ひらり、ふわり。たのしそう、で。とてもとても、ステキ」
     ごいっしょに。おどりま、しょ?
     誘われるまま、ナターリヤ・アリーニン(夢魅入るクークラ・d24954)が繰り出したのは鮮やかな炎脚。宙にふわりと赤い軌跡を描く様は、まるで揃いの蝶々を思わせる。
    「ヴァローナ様。バラには、キズ。つけません、よう」
     共に在る娘のその声に応じながらの足取りは、どこか躍っているかのよう。放たれた霊波に次いで、霊気の一打を見舞ったみをきのビハインド。その艶やかな羽織が、蝶の光によって一層鮮やかに浮かびあがるその傍らを、いろはの霊犬・若紫が元気一杯に駆け抜けて、そのちいさな身体で懸命に仲間たちの壁となる。
    「みんなで協力してちゃっちゃと片付けて、俺達も夜のバラ園を楽しむとしようぜ!」
    「はーい、なの!」
     武流がすかさず緋色の逆十字を描けば、蝶がぐらりと揺らいだ。その隙をついて、フィーネのビハインドたる夢幻の公が庇うように立ち塞がり、娘は弾むように弦を爪弾き、鼓舞する音色で仲間たちを癒してゆく。
    「あちらへはついてってあげられないわ。私には弟と妹と友達がいるから」
     けれど、せめて。貴方のこの一時は、精一杯に踊って輝かせてあげる。
     徹が放った一筋の光条。想希が見舞った鋭い炎脚。続くナターリヤの流星の煌めき。
     溢れるほどの光が渦巻く戦場で、リュシールの動きはまるで蝶の舞いと解け合うよう。
    「夜に舞う姿は美しいですが、舞踏会は此処までです」
     みをきの影が蝶たちをその光ごと包み込むと、一気に肉薄した想希がその炎刃で薙ぎ払った。
     人々の想いから生まれた、優しい光。
     それは、この光に導かれたいと思う人々の、願いなのかもしれない。でも俺には、俺を導くもっと強く輝く光があるから。
    「舞踏会はもう終わり。……おやすみ」
    「この風に乗れば、黄泉へと迷わず行けますから」
     いろはの喚んだカミの風が、すべての光を巻き込みながら舞い上がった。ひとつ、またひとつ。闇に溶けてゆくかのように消えてゆく光の羽根。
     徹の指先がその最後のひとつにそっと触れて――光は、闇に弾けた。


     夕暮れを映したような洋燈のあかりが、その庭園に再び色を灯した。白、紅、ピンク。黄色に橙。様々なオールドローズが足許を鮮やかに彩るその奥、小高い丘に佇む洋館も、その煉瓦の身にぬくもりの色を纏う。
     お疲れ様、と言葉を交した灼滅者たちが向かった先は、思い思いの待ち人の許。
    「えーと、待ち合わせ場所はここ、だよね?」
     早く色々なところを一緒に巡りたくて、急いで示し合わせた噴水の前に来たけれど、まだ見えぬ彦麻呂の姿を探して、フィーネはあたりをぐるぐる、きょろきょろ。
    「あっ、ひこちゃーん、こっちこっちー!」
     言葉にはしなくても、一緒に遊べる嬉しさに思わず零れる笑顔。弾む声と足取りで、少女たちは花の煉瓦路を歩いてゆく。
    「わー、夜の薔薇園ってこんな風になってるんだ。すごいねー、あれなんて優雅なフリルを重ねたようだよ!」
    「ねぇねぇ、ひこちゃん。あの花なんだろ?」
    「えっと、それはシュネープリンセスって言っ――」
    「あっ、あれなんだろ? いこ、ひこちゃん!」
    「ちょっと、暗いのに走ったら転んじゃうよ?」
     箱入り娘だった過去の反動で、今や好奇心の塊とも言えるフィーネ。彼女が話を聞かずに飛び出すなんていつものことだけれど、それでも不意に現れた人影にはびっくり!
    「わっ、お化け! ……ってなんだ、フィーネちゃんのビハインドじゃん」
     戦闘は終わったんだし早くしまっちゃいなよ……、と溜息混じりの彦麻呂の声は、聞こえているのかいないのか。
    「ひこちゃん、あっちあっち!」
     無自覚で無神経。けれど、だからこそ素の自分を出せる友達に腕を引かれ、彦麻呂はひとつ苦笑した。
     もし良かったら、なんて控えめなお誘いにひとつ笑みを零したエマは、都璃の手を取って幾何学模様の庭を巡る。
     秋、しかも夜に薔薇という印象はなかったけれど、華やかな芳香や灯る花は想わず笑顔が零れるほど。
    「今回も誘ってくれてありがとう。エマは植物にも詳しいのか?」
    「ううん、さっぱり。ふふ、ミニバラは実家の庭に咲いてたんだ。だから」
     ああ、また。昔を語る時に滲む、憂いの色。都璃は気付かぬふりをして、好きな薔薇の色へと話題を変える。
    「私は赤系よりも、黄緑とか淡い紫色とか神秘的な感じで結構好きだな」
    「私は白とかピンクかなぁ。優しくて、見てて安らぐ感じがして」
     以前見た青い薔薇。
     紫色に近かったあの色は、今はもっと鮮やかなのだろうか。
     いつか一緒に見られたらいいな。都璃の声を傍らで聞きながら、エマはそうほわりと想いを馳せる。
    「お疲れさま、なのよ。ケガは、ない? さむくない? 転んだら、いけないわ」
     心配性と言われても構わない。だって、大切な妹なのだから。
     そう不安げに訊ねるオフィーリアへと、だいじょうぶ、と微笑みを返すナターリヤ。ふわり手を重ねた娘たちは、そのまま花の随に歩き出す。
     薄桃のコーラルクラスタや、純白のホワイト・セシル・ブルンネ。可愛らしく柔らかなその花は、きっとターニャに似合いそう。
    「ドレスやお花に添えたら、ステキじゃ、ないかしら。ルイーズもそう思う?」
     静かに頷くビハインドに満足げに微笑むオフィーリアへと、ナターリヤもまたふわりと笑う。
    「ドレス、きっとキレイ、です……っ。姉様たち、は……シロ、でしょか?」
     青に映えるのはきっと、凛とした美しい白。そう確信する妹へと、姉は今日の誘いの礼をする。
    「ターニャ。来年は、庭に、薔薇をたくさん植えましょう。咲き誇るころ、お外でお茶をしましょう」
    「とても、ステキ……っ。なにいろ、うえま、しょ?」
     光の蝶には申し訳ないけれど、こんな素敵な機会をくれたことに感謝して。
     いつまでもこのぬくもりを失わないように。守るように。近い未来を想いながら、ぎゅっと力の籠もった掌をナターリヤは握り反した。
     闘いを終えた仲間たちへ労いの言葉を掛けた【花の扉】の面々。この景色に彼の蝶が飛んでいればもっと美しかっただろう。そう思いながら、嵐は花園へと歩を進める。
    「育ててる青い薔薇……此処にはない、かな」
    「残念っスねー……って、あれ?」
    「……杠、何処行った」
     目を凝らし、背伸びして探すこと数分。同じく颯人と芥汰を探していたのだろう。きょろきょろと見渡す嵐と視線が交わり、ほっと胸を撫で下ろす。
    「2人はスキな薔薇、見つかった?」
    「あったよ。それに好い匂いする」
     そう言う芥汰がマスク越しなのは言わないお約束。
    「ん、俺も見つかったっス」
     颯人が選んだのは、レモンイエローの波打つ花弁が美しいエバーゴールド。色や形が違うだけで花言葉も変わるのは難しいかもしれないが、その分感慨深い。
     色、本数、咲き具合、組み合わせ。渡す難易度は高いけれど、それだけ綺麗だということ。意味深な花言葉を抱くそれを何本渡すか決め置いた芥汰が目許を緩ませれば、
    「嵐ちゃんのイチオシと芥汰くんのニヤけの理由、後で洗い浚い話してもらうっスよ?」
     口端を上げる颯人に、ひとつ笑みを深める。
     彼に名前を聞こうと思っていたあの花だけじゃない。
     溢れるほどの彩から見つけた特別な花を想いながら、くすりと笑った娘は唇を開いた。
    「あたしは――」


     離れの隠れ庭。洋燈の柔らかな明かりに映し出されるその彩は、陽の下で見るそれよりも淡く朧気で、【早乙女】の娘たちは声を弾ませながら語り合う。
     『須磨』に『葵風雅』。『若紫』は、いろはの愛犬と同じ名前。大好きな色。
     月光色の『かぐや姫』、鮮やかな緋色の大輪『篤姫』、繊細な薄桃の『ガラシャ』。和風の名を、とりわけ姫の名を持つ薔薇もあると知ったオデットの、愉しげな問いかけ。
     ――ね、みんなはどんなバラに自分の名前がついて欲しい?
    「私はね、茶子はちっちゃくてかわいい、ピンクのバラ。いろははシルエットがキレイなスミレ色って感じ!」
    「うんうん、いろはは藍色の品の良い薔薇が似合いそう! 私の薔薇はピンクのミニバラかな?」
    「そうですね。茶子さんは花弁の丸い、桜色の薔薇。オデットさんは明るい黄色のイメージでしょうか」
     娘の金糸のように柔らかな黄。心に浮かべてひとつ笑んだいろはが、次いで思い出したのは薄紫の上品な薔薇。
     ――『しのぶれど』。彼の有名な唄にまつわるそれは、どこか哀しげに思えてしまうから不思議。
    「その花も、いろはにピッタリだね」
    「恋文にこの薔薇が一輪添えてあったら素敵でしょうね」
     ――しのぶれど 昼より薫る 薔薇の名に 友と歴史を 見つける夜長。
     いろはの言葉に頷きながらふわり笑んで詠う茶子に、
     ――ぬばたまの 闇に彩りしのぶれど 想い花咲く 薔薇色にこそ。
     いろは自身も、今日のこの愉しい気持ちが忍びきれないのだと歌を返す。
     そう語らう友人たちが、オデットにとって誇らしく、愛おしいから。
     私らしい花をちゃんと咲かせたい。娘もそう、強く想う。
    「メイニーごめん、遅くなった!」
    「灼滅おつかれさま」
     ぱたぱたと駆けてきた武流を、いつものクールな振る舞いで出迎えるメイニーヒルト。
     実は、この時間が待ちきれずに、いっそのこと灼滅に加勢――しようと思うも、彼の見せ場を奪うのもと思い直し、両の手に炎気と血を纏わせながら我慢していたのは秘密。
    「大丈夫か? ボクが手を繋ぐなり、肩を貸すなりするから、ゆっくり回ろう」
    「ん、ありがとうな」
     どちらからともなく寄り添って歩く、夜花の路。噴水のまわりで弾ける飛沫が灯りに煌めいて、艶やかなメイニーヒルトの銀糸を一層美しく見せるから。落ち着いた声音が紡ぐ薔薇の説明を聞きながら、武流は思わず見とれてしまう。
    「他にも、フレンチレースと言って……」
     彼女の好きな色のピンク系を中心に広がる説明。『ノックアウト』なんて花もあって、名を知るだけでも面白い。
     自分の知らないことを沢山知っている彼女は、やっぱり姉のようだと思うけれど。
    「……っ」
     夜気に冷えたからか。それとも、夜に浮かぶ幻想的な洋館はどこかお化けが出てきそうだからか。繋いだ指先が僅かに震えたのに気付くと、武流はその愛おしいぬくもりを、ぎゅっと優しく包み込んだ。
     どうやらあちらも、待ち人と出会えたらしい。
     色とりどりの薔薇の波間の向こう、馴染みのふたりの幸せそうな様子にふわりと微笑むと、徹もまた、リュシールの傍らに駆け寄った。
    「カップ咲の白バラが綺麗……名前は何でしょうか」
    「ウィンチェスター・キャシードラルね……パパが詳しかったの」
     母にプレゼントする為に父がこっそり覚えた花の名前。過去を手繰るたびに滲む、その幸福な記憶のぬくもりと痛みには徹も覚えがあった。花溢れる庭は、己を棄てた兄を思い出す。
     けれど、それ以上の穏やかなぬくもりを胸に微笑む娘。
     『マザースデイ』に合わせた赤のドレスに、リボンの巻き薔薇。その姿に釣り合うようにと、徹も菫色の軍服に薄手袋と底高靴。そうして、髪にはふたりで選んだ赤いリボン。
     躍るような足取りに合わせて、光を撥ねる形見のペンダント。蜂蜜色に煌めき靡く金糸はまるで、あの蝶たちを連れ歩いているかのようで、躍る光につられる寄生体を指で抓みながら浮かぶ思い。
     ――僕も、あんな風に踊ってみたい。
    「お姉さん。その……僕にもダンスを教えてくれませんか?」
    「本式のダンスは最近教わったばかりなんだけど……それでもいい?」
    「はい。あの蝶々さんやお姉さんみたいに楽しく踊れたら、と。ですから」
     薔薇の似合う、蜂蜜色のお姫さま。
     どうか、僕と踊ってくれませんか。
    「宜しくね……畏れるものなきヘリオトロープのお姫様」
     こくりと頷きぺこりとちいさく頭を下げた徹へ、気取って一礼を返したリュシール。ふたり馴染みの舞踏曲を、娘はそっと優しく紡ぎ始める。
     みをきの好きなものは知りたいし、一緒に楽しみたい。
     そう願う壱の傍らで、嬉しさ、緊張、期待。綯い交ぜになる心地に高鳴る鼓動を隠しながら、みをきは丁寧に語る。
    「秋冬のバラは春と比べると蕾の数が少ないのですが、そのぶん香りも色も上質な甘く華やかな花が咲くのが特徴です」
     なんだか特別で贅沢な感じがしませんか? と訊ねる声は、一際嬉しそうだったから。薔薇のことも、植物のこともあまり知らないけれど、ここはみをきにとって宝石だらけみたいなものなんだろうと壱は思う。
     街灯を頼りに小川にそって路をゆけば、今宵が見頃と聞いたひとつの薔薇の前でふと、歩みが止まった。
    「すごい香りだね、空気が色に染まってるみたい」
     夜影にぼうと浮かび上がる花姿は、一等華やかで、誇らしげで。驚きの滲ませながら見入る壱のその横顔を見つめて、みをきは口許を綻ばせる。
    「一緒に居られるこの時が、何よりいちばん特別ですね」
    「それが特別じゃなくて当たり前ぐらいになったらいいなって、俺はいつも思うよ」
     零れた声、交わった視線に、壱もほんの少し照れ笑いを返せば、
     ――壱先輩、今日は手を握って下さらないのですか?
     ――……それはもう少し、人がいない所でね。
     そわそわとした様子の声に言葉を詰まらせながらも、愛おしく大切な傍らへと、そう囁きを返した。
     幾重もの薔薇のアーチを抜けて辿り着いたのは、ひっそり佇む隠れ庭。
     光の蝶を形にしてしまう、人の想いの強さ。
     だからこそ、君と紡ぐ未来も信じられる。
    「悟。俺、やっぱり菓子作るの好きみたいです」
     それは漸く出した答え。
     この花たちのように、己の菓子で人を笑顔にしたい。そう想希は静かに眼鏡を外して傍らへ託す。
    「それで……これ」
     恥ずかしそうに示す先には、ころんとした鮮やかなピンクの薔薇――『プロポーズ』。
     悟。俺の光。この先もどうか一緒に。
     手を取って、指を絡めながら腰を抱き寄せれば、瞳に僅かな驚きを滲ませていた悟がくつくつと笑う。
    「悟……?」
    「や、さんざ言うとるから、てっきり……」
    「……大事な事は何度でも」
    「ま、なんぼでも嬉しいけど。――想希、知っとるか?」
     赤らむ頬を軽く突いた悟が、ゆるりと腕を解いて触れたのは青い花弁。
     ブルーローズ。
     『不可能』の言葉を持つ花に加わった新たな言葉は、『夢叶う』。
    「その夢、一緒に叶えよや」
    「……うん、信じる。君となら」
     ――悟、一緒に俺の菓子彩ってくれますか?
     ――喜んで。想希の菓子に合う飲物だしたる。2人で掴もな。
     嬉しさを滲ませながら瞳を伏せる想希に、こつんと額をあてて掌重ねて。
     さあ、共に人生を踊り明かそう。

     そうして華やかに咲く彼女たちは、冬の眠りへ導かれ――秋の最後を迎えた花園のひかりは、静かに夜へと溶けていった。

    作者:西宮チヒロ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年12月1日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 3
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