犬も喰わない

    作者:森下映

     お蕎麦屋さんの一角で、喧嘩をしているらしいカップルが1組。
     同じテーブルには、友人らしき女性も同席している。
    「ちょっとー、食べてばっかりいないでなんとかいってよ!」
     カップルの片割れが、女性に加勢を求める。 
    「イヤよー夫婦喧嘩は犬も喰わないっていうでしょ。いっそ食べられちゃえば? なーんて、」
     ばくっ。
    「え」
     女性が箸を取り落とす。
     彼女の目の前では、突如現れた2匹の巨大な犬が、カップルを1人ずつ、あっという間に平らげてしまっていた。

    「喧嘩を食べてくれるならまだしも、喧嘩をしている人を食べてしまうんです……」
     五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)が言った。
     今回灼滅対象となる都市伝説は人間ほどの大きさの犬。お蕎麦屋さんの店内で『犬も喰わない』ような喧嘩をしていると現れる。
    「本来は夫婦喧嘩を指す言葉ですが、とりあえずそれらしい喧嘩をしていると現れるようですね」
     一組の喧嘩に対して白と茶の2匹が現れるが、都市伝説は全部で4体いるので、全て灼滅するためには、最低2組が喧嘩していることが必要。
    「『犬も喰わない』ということを指摘する人がいればさらに確実です」
     『助けを求める=突っ込む』の流れを用意しておくといいだろう。
    「地元で評判の美味しいお店だそうなので、先にみなさんでゆっくりお好きなお蕎麦やお惣菜を食べてからどうぞ。開店直後は混雑していないはずですが、店内で戦闘は避けなくてはなりませんので、都市伝説が現われたら、道をはさんだ向かいにある公園へ誘導してください」
     都市伝説はサイキック攻撃を受けるまでは『犬も喰わない』喧嘩をしていた人だけを狙う。公園は明るさ、広さともに戦闘に支障はないが、夕方ということで子どもたちが数人遊んでいる可能性は高い。
    「都市伝説はかみついたりひっかいたりして攻撃してきます。それとこれは攻撃ではないのですが……」
     時折、じっと見つめてくるらしい。
    「ワンちゃんのつぶらな瞳に弱い方はご注意を」
     もふもふなワンちゃんたちですが、凶暴ですから油断しないでくださいね、と姫子は依頼の説明を締めくくった。


    参加者
    神門・白金(禁忌のぷらちな缶・d01620)
    クラウィス・カルブンクルス(片翼無くした空飛べぬ黒蝶・d04879)
    アレクサンダー・ガーシュウィン(カツヲライダータタキ・d07392)
    ンーバルバパヤ・モチモチムール(ニョホホランド固有種・d09511)
    レナ・フォレストキャット(山猫狂詩曲・d12864)
    灯灯姫・ひみか(星降りシャララ・d23765)
    ミーシャ・カレンツカヤ(迷子の黒兎・d24351)
    篠崎・みつる(高校生神薙使い・d31249)

    ■リプレイ


    「犬も喰わないというのに食べてくるのか……これいかに」
     神門・白金(禁忌のぷらちな缶・d01620)が言った。
    「『喰わない』なのに食べてしまうというのも変な感じですが、都市伝説にそんな事を言っても無駄でしたね。あ、すみません」
     と、すでに注文した蕎麦を食べ終えたらしいクラウィス・カルブンクルス(片翼無くした空飛べぬ黒蝶・d04879)は店員を呼び止める。
    「都市伝説は面白いものが多いな。……ん、美味しい」
     ざる蕎麦を食べて満足気な白金。
    「夫婦喧嘩は犬も食わない、か。どこにでも同じようなことわざはあるものだが」
     温かい天ぷら蕎麦を食べているアレクサンダー・ガーシュウィン(カツヲライダータタキ・d07392)が言った。
    「たわいもない争いで命を失ってはたまらないな」
    「うにゃにゃ、『犬も喰わない』てにょはどういう事かニャ? って思うんだけどにゃん」
     レナ・フォレストキャット(山猫狂詩曲・d12864)が言う。
    「でも、よくわかんニャい都市伝説は灼滅するにゃん。まぁ、あたしは猫がいいんだけどにゃん」
     と、レナもまた箸をとる。
    「まずは、しっかり食べて戦いに備えなくてはいけませんよね。天ぷらそば美味しいです〜!」
     目をきらきらさせて、灯灯姫・ひみか(星降りシャララ・d23765)が言った。その隣では、篠崎・みつる(高校生神薙使い・d31249)が鴨南蛮を食べている。
    「篠崎様、もしかして緊張していらっしゃいますか?」
     クラウィスが声をかけた。
    「あっ、はい、初めての依頼なので……よろしくお願いします」
    「うんうん、誰しも初めてはあるんだよ☆ 一緒にガンバロー!」
     ぺこりと頭を下げたみつるに、ミーシャ・カレンツカヤ(迷子の黒兎・d24351)が言う。ミーシャが食べているのはかき揚げ入りのかけ蕎麦だ。
    「んー♪ ざる蕎麦とかもいいけど、かけ蕎麦もいいね☆ この季節にはもってこいなんだよ♪」
     幸せそうなミーシャの頭頂部でピンク色の毛束も幸せそうに揺れ、
    「かき揚げのパリッとしたところと、お汁を吸ってフニャッとしたところが絶妙な食感を醸し出してるんだよね☆」
    「うむ、わかる。……それにしてもモチモチムールはやけに大人しいな」
     アレクサンダーが言った。隣でひたすらムシャムシャと蕎麦を食べていたンーバルバパヤ・モチモチムール(ニョホホランド固有種・d09511)は、
    「腹が減ってはイクサはできぬだヨー! めかぶそばウマー! だヨ! でもアレクのも気になるヨ……」
     と、アレクサンダーの器を覗きこむ。
    「仕方ない……エビを1本やろう」
    「やったヨー! お礼にアレクはバナナンでも食えヨ!」
    「今はいらん……」
    「あら?」
     みつるが、クラウィスの前にいつのまにかうず高く積まれているざるに気づいて、言った。
    「それ……全部召し上がったんですか?」
    「ええ。こう見えて私、大食いなもので」
     クラウィスは驚くみつるに向かってにっこり微笑むと、蕎麦湯を注いだ蕎麦猪口に唇をつけた。


     食事を終え、ひみかとみつるは、公園の人払いに向かった。公園では小学校低学年くらいの子どもが数人遊んでいる。ひみかとみつるは用意しておいた三角コーンと看板を設置し、
    「これからしばらく公園は立入禁止になりますから、今日は帰ってくださいね!」
     そう言ったひみかの背中で愛用のマントがばさぁと翻った。151.5cm+大人っぽくみせるために履いてきた靴のヒールが11cm=162.5cm。プラチナチケットは関係者だと思い込ませる、というだけのものなので、この状況で警察関係者というのは少々難しかったが、三角コーン他の小道具の効果もあり、公園がこれから使えなくなるということはわかってもらえたようだった。
    「ここにいると危ないから、帰りましょうね」 
     みつるが最後の1人を公園の外へ誘導し、手を振って見送る。
    「ふぅ、間に合ってよかったです」
     ひみかが言った。
    「はい。テープをはってしまいましょうか?」
     みつるがテープを取り出す。誰もいなくなった公園の入り口に、ひみかとみつるが『KEEP OUT』のテープをはり、準備は整った。


     そして蕎麦屋の店内では、
    「白、犬と猫って言ったら犬さんだよ!」
    「私は断然猫派だ……。犬とかそんなに可愛く見えん。そんなに犬がいいのか?」
    「犬はね、人の言うことを聞くお利口さんだし、人に尽くしてくれる忠実さも兼ね備えてる! 社会でも活躍してるのは犬さんなんだよ。それにジャーマンシェパードのクールさと言ったら! 猫なんて全然、なんだよ!」
    「そんなことはない。猫はいいぞ、追いかければ恥ずかしがって逃げるし、抱っこすると照れ隠しにひっかいてくるのだっ……ああ、想像するだけでも可愛いな……猫ってのはつんでれなのだ」
    「……なかなかいい感じなのだにゃん」
    「そうですね」
     白金とミーシャの喧嘩っぷりに、突っ込み役として待機中のレナとクラウィスが感心する。
    「蕎麦は音を立ててすすった方が香りを楽しめるヨ!」
    「日本人はそうなのかもしれんが、アメリカ系のわしとしては音を立てるなどありえん。それからお前はつゆをつけ過ぎだ。それこそ風味を損なう」
    「つゆ? そんなの人好き好きヨー!」
    「……こちらも盛り上がってますね」
    「うにゃ」
     どっちかというと温かい方が好きなのだが、とわざわざ冷たいざる蕎麦を注文しての、アレクサンダーとンーバルバパヤの喧嘩も好調。
    「白はわかってないなぁ!」
    「何をいう、分かっていないのはミーシャのほうだ。猫で決まりだろう」
    「いいや犬さんって言ったら犬さんだね! ねぇ、キミはどう思う? やっぱり犬だよねっ! ね! 」
     ミーシャと白金がレナを見た。
    「そして……これヨー! 蕎麦にはレモンが合うヨ!」
    「な、どこから出したんだそんなもの!」
    「これを入れると、レモンの爽快感が蕎麦と合わさって激ウマに……」
    「待て! それこそありえん! レモンで蕎麦の香りが台無しだ! せめてうどんでやれ!」
    「ウルセー! ンーの故郷じゃコレがスタンダードな蕎麦スタイルなんだヨ!!!」
    「いや、ありえんよな?!」
     アレクサンダーとンーバルバパヤがクラウィスを見る。
    「ニャンだか知らにゃいけど、それって、『犬も喰わニャい』っていわニャイかにゃって」
     あたし、猫派にゃんだけどにゃん、と心の中で付け加えつつレナが言った。
    「こういうのを日本では『犬も喰わない』と言うのでしたか……」
     クラウィスからは呆れ気味かつおざなりな突っ込みが。すると、
     ぼん!
    「出た」
     咄嗟に白金が食べかけの蕎麦の器を持ち上げる。
    「犬も喰わ『ニャい』ってのは、ひょっとしてどうにゃのかにゃって思ったけどにゃん」
     喧嘩をしていた4人の頭上に1匹ずつ、無事都市伝説が出現した。犬たちがぐわっと口を開け、食いつこうとヨダレを垂らした瞬間、
    「よし、行くヨー!」
    「ごちそうさまでした」
    「先に行くにゃん!」
    「勘定はここに置いておく!」
    「器は後で返す! んじゃ!」
     灼滅者たちとそれを追いかける犬4匹は、ものすごい勢いで蕎麦店を出た。


    「あ、きました! えっと準備……きゃっ」
    「大丈夫ですか?」
    「す、すみません」
     みつるがあわててとりおとしてしまった護符の束を、ひみかが手伝って拾う。
    「しつこいな」
     白いマフラーをなびかせて走る白金の後ろで、ガウガウと吠えかかる白犬。公園まであと数メートル。白金はわざと白犬の口の前に腕を差し出した。当然のように白犬ががぶりと噛みつく。
    「! ご無理なさらず」
     気づかうクラウィスに白金が頷いた。わりと大雑把で、痛みに対して恐怖のない白金らしいやり方ではあったが、クラウィスは次に戦闘前に噛みつくようなことがあればかわるつもりで、白金と犬の間に位置取る。
    「ニャンか、あぶニャイからここから逃げるにゃん!」
     ポニーテールをゆらして駆けてきたレナが、公園の入り口に近づこうとしていた子どもたちを念のためパニックテレパスで追い払った。レナがぴょん、とテープをとびこえ、ついでライドキャリバーのスキップジャックに騎乗したアレクサンダーもエンジン音をあげてジャンプ。着地し、サウンドシャッターを発動すると、
    「戦闘開始だな!」
     振り返りざま、手の甲のWOKシールドから展開した障壁で、自分を追いかけてきた茶毛を思いきり殴りつける。続けてキャリバーが機銃を掃射し、怒りに唸る茶毛はアレクサンダーに向かって地面を蹴った。が、その背後を、レナの足元から伸びた『影虎』が狙う。
     疾走する2匹の影の虎。触手化した影に縛り上げられ、茶毛は前脚をもがいた。その間に公園内に飛び込んだンーバルバパヤが殺界形成を展開、ミーシャ、白金、クラウィスと残りの犬も到着する。と同時、2匹の白犬がそれぞれ、白金のはなった鋼糸と、ンーバルバパヤの『のびーる影業』によって捕らえられた。 
    「犬だからって、容赦は……よ、ようしゃしないんだからね!」
     じっと白犬にみつめられ、うろたえるミーシャ。
    「そんな目で見てもだめだからっ!」
     ミーシャは目を逸らすように高速で死角へ回りこむ。そして踝まであるピンクの三つ編みがはねあがるが早いか、一瞬にして白犬の体が切り裂かれた。
     ギャウンと白犬が身体をひずませる。それでも、くっと頭をもたげて白犬が見上げた先にはクラウィスがいた。
    「動物は可愛いと思いますけれどね」
     かといって敵相手には油断なし。クラウィスの手元で螺旋の捻りを加えられた槍が、白犬の前にぎりぎり飛び込んだ茶毛の脇腹を、冷静に貫いた。


    (「お、大きいとかなりの迫力ですね」)
     犬たちの動きを見ながら駆けるひみか。
    (「……か、可愛いのですが、危険な都市伝説をそのままにはしておけません」)
    「攻撃は通しません!」
     かみつきにかかった白犬の牙を、ひみかが受け止めた。
    (「もふ……もふ……!」)
     白犬は防御にあてた鎌の向こうからじっと見つめてくる。
    (「守るポジションで良かった……!」)
     つぶらな瞳にダイレクトにやられているひみかではあったが、
    「右舷、回復を!」
     霊犬の右舷に指示を出し、自らも前衛へ清めの風を吹かせた。みつるも落ち着いて護符を飛ばし、
    「ナノ〜!」
     みつるのサーヴァント、ナノナノの蒲公英とともに確実に前衛の体力を維持する。
     バッドステータスを積みつつも、命中率の低い攻撃はたびたびかわされていることから、戦闘は意外に長引いていた。ポジションの違う敵が合計4体。どの犬から狙うのか、1匹ずつ灼滅していくのか全体に削るのか、などもう少し作戦を詰めておくと手っとり早く灼滅完了できたかもしれない。とはいえ回復手段を持たず、怒りを付与され攻撃も単調になってきている都市伝説に対し、灼滅者たちが優位なことは間違いなかった。
    「許せ。そんな目で見られても手加減はしない」
     少々ほだされながらも、高知のご当地ヒーローらしい鰹モチーフのスキップジャックで、アレクサンダーが突撃する。
    「鰹出汁スプラッシュ!」
     必殺のビームが白犬を消滅させた。
     一方、白金は茶毛につぶらな瞳を向けられている。しかし、見つめ返す白金の拳には着々とオーラが集束し、
    「……残念だったな、私は猫派だ」
     白金はぐーで思い切り犬の顔を殴りつけた。衝撃にふっとばされた茶毛の真下にレナが駆け込む。猫の前足をモチーフにした『にゃんこの手』をクロスに構え、『ルナティック・フェリン』から放った石化の呪いが、空中の茶毛に命中。レナは、石となってバラバラと崩れ落ちてくる茶毛の破片を避けて、飛び退いた。
     残り2体。ンーバルバパヤが、『ブドウパン』――といってもパンではなく伝説の魔獣の名前を冠したらしい――の妖気を鋭く尖った冷気のつららにかえて撃ち出す。直後、ンーバルバパヤは暴れまわる茶毛の攻撃の前に立ちふさがり、無傷で抜けたクラウィスが、つららを追うようにエアシューズで駆け出た。
     先に届いたのはンーバルバパヤのつらら。突き刺さった傷口からパキパキと身を凍らせる白犬を、クラウィスが煌きをこぼすエアシューズで真っ向から蹴り潰し、消滅させる。
     残り1体。
    「塵は塵へと帰りて、灰は灰へと戻りて」
     ミーシャがロッドを手に走りこんだ。と、前衛の傷を回復しようとしたみつるが、列回復のサイキックが使えないことに気づく。
    「落ち着いて。大丈夫です」
     ザッ、とエアシューズの踵でスピードを殺し、クラウィスが慌てるみつるに併走。
    「今は回復は十分ですし、攻撃を」
    「はい!」 
     みつるが五芒星の形に符を放った。一斉に発動した符から壁が築かれ、茶毛の突進をとどめる。ひみかもここが決め所とみて、大きく斜めに片手を振り上げ、鋼糸を投げた。肩の後ろ、舞い上がるマントの裏に星が降る。茶毛の周囲に結界が構築された。
    「――神は清浄をこよなく愛すが為に」
     接近したミーシャが茶毛にロッドを叩きつける。そのダメージにはかろうじて耐えた茶毛だったが、
    「……汝あるべき姿に回帰せよ!!」
     ミーシャが走り抜け、足を止めた刹那、茶毛の身体は爆発とともに千切れとび、塵となって消えていった。
    「皆お疲れっ! 白も相手ありがとう!」
     ミーシャが言う。
    「お疲れ様だ。あ、器を返しにいかねばならんな」
     白金は蕎麦の器を拾い上げた。
    「うにゃん、やっぱり犬ってよくわかんニャいんだにゃん。こんニャ都市伝説が生まれるぐらいだからだにゃん」
     レナが首を傾げる。
    「先程はありがとうございました」
    「いえ、お気になさらず。初依頼お疲れ様でした」
     みつるにクラウィスが答えた。
    「では、手早く片付けてしまいましょうか」
     しとやかな口調とは裏腹に、ひみかがばりっと思い切りテープをはがす。
    「だが蕎麦にレモンはないな」
    「アレク、なんか言ったかヨ?」
    「いやなにも」
    (「もふもふで可愛いワンちゃんたちが、また悪さをしませんように」)
     片付けをしながらそっと祈るみつる。
     皆で後片付けを済ませ、約1名は器の返却も済ませ、灼滅者たちは公園を後にした。

    作者:森下映 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年11月30日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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