恐怖の再来

    作者:飛翔優

    ●至高のスパイス、それは……
     恐怖だと、その男は語っていた。
     追いかけるだけで生まれる恐怖、跳ねる鼓動。響く悲鳴、歪んだ顔……恐怖の末に死を与える事こそが最上の喜びだと。
     故に、男は斃れた。
     灼滅者たちの手によって……。
     ……男の名はグスト。灼滅者たちによって灼滅された、爵位級ヴァンパイアの奴隷として力を奪われたヴァンパイアの一人。
     死してなお、男は求め続けている。
     叶わぬとは知っているけれど、それでも求め続けている。
     自らの手で死をもたらす事を、恐怖の末に殺すことを。故に――。
    「大丈夫、私にはあなたが見えます。灼滅されて尚、残留思念が囚われているのですね」
     ――慈愛のコルネリウスはやって来た。
    「私は慈愛のコルネリウス。傷つき嘆く者を見捨てたりはしません」
     グストを救うためにやって来た。
    「……プレスター・ジョン。この哀れな男をあなたの国にかくまってください」
     ……恐怖は再び顕現する。
     星々満ちる空の下、一人のシャドウの手によって。
     全てはまだ、未来の話なのだけれども……。

    ●夕暮れ時の教室にて
     アリス・クインハート(灼滅者の国のアリス・d03765)の予想を元に、ひとつの予知が導かれた。倉科・葉月(高校生エクスブレイン・dn0020)はそう語り、事件の概要を説明し始めた。
    「慈愛のコルネリウスが灼滅者に倒されたダークネスの残留思念に力を与えて、どこかに送ろうとしている……皆さんの中にも、聞いた事が、あるいは似たような事件の解決に赴いたことがある方もいるかと思います」
     今回もまた、慈愛のコルネリウスがダークネスの残留思念に力を与えようとしていると葉月は語った。
    「残留思念に力などないはずですが、大淫魔スキュラは残留思念を集めて八犬士のスペアを作ろうとしていましたし、高位のダークネスならば力を与える事は不可能ではないのでしょう」
     力を与えられた残留思念がすぐに事件を起こすという事はない。しかし、このまま放置する事もまたできないだろう。
    「慈愛のコルネリウスが残留思念に呼びかけを行った所に乱入して、彼女の作戦を妨害して下さい」
     もっとも、慈愛のコルネリウスは強力なシャドウであるため、現実世界に出てくることはできない。事件現場に居るコルネリウスは幻のような実体を持たないものなので、戦闘力もない。また、コルネリウスは灼滅者に対して強い不信感を持っているようなため、交渉なども行えないだろう。
    「残留思念もまた、自らを灼滅した灼滅者を恨んでおり、コルネリウスから分け与えられた力を使って復讐を遂げようとするため、戦闘は避けられないでしょう」
     コルネリウスの力を得た残留思念は、残留思念といえどダークネスに匹敵する戦闘力を持つ。そのため、油断はできない。
    「つまり、コルネリウスの力を得た残留思念を打ち倒す。これが、今回の大まかな流れになりますね」
     肝心の残留思念の名を、葉月は地図を広げながら語りだす。
    「グスト。恐怖こそが至高のスパイスだと語る、爵位級ヴァンパイア配下の奴隷化ヴァンパイアだった男」
     容姿は彫りの深い外国人風の容貌を持つ壮年男。
     性格は幼稚、かつ残忍。先に語った通り、恐怖を与えた上で殺すことを至上の喜びとしている。決して、逃すことなど許されない相手だ。
     戦闘能力としては、コルネリウスの力を得たからか当時よりは高い。それでも、灼滅者側も当時よりは強化されている現状では、八人で五分といったところ。
     耐久力に自身があり、持久戦を仕掛けてくる。
     技は一定範囲内に存在する相手の背後に恐怖の影を作り出す、恐怖を与える音色を響かせる事により一定範囲内の動きを止める、影を用いて相手の動きを一瞬だけ止めた後に首を締めるという威力の高い技……の三種。
    「最後に場所と時間になりますが……この、かつてグストと戦った駅から住宅街へと向かう裏通り。時間帯は深夜二時……ですね」
     以上で説明は終了だと、葉月は地図などを手渡していく。
    「慈愛のコルネリウス……少々、何を考えているのかはかりかねるダークネス。慈愛の名の通り、その行動は一面的には良いことではあるのだとは思いますが、一方で今回のように脅威の再生産を行いかねない……そんな側面も持っています」
     もっとも、と締めくくりに移行した。
    「彼女がどんな考えを持っていたとしても、今回復活するグストが邪悪なことに違いはありません。どうか、全力での再灼滅を。何よりも無事に帰ってきてくださいね? 約束ですよ?」


    参加者
    江良手・八重華(コープスラダーメイカー・d00337)
    長姫・麗羽(高校生シャドウハンター・d02536)
    暴雨・サズヤ(逢魔時・d03349)
    アリス・クインハート(灼滅者の国のアリス・d03765)
    咬山・千尋(中学生ダンピール・d07814)
    小鳥遊・亜樹(見習い魔女・d11768)
    花衆・七音(デモンズソード・d23621)
    日輪・玲迦(汝は人狼なりや・d27543)

    ■リプレイ

    ●蘇りし恐怖
     月明かりまでもが頼りとなる、街灯に乏しき裏通り。静かな足取りで進む中、花衆・七音(デモンズソード・d23621)は思い抱く。
     同盟を持ちかけて来たりと最近は大人しいと思っていたが……今宵もまた、活動しているのだというコルネリウス。
     その力の及ぶ先が、今宵はかつての奴隷化ヴァンパイア、グスト。好き勝手にされても困るから、止めさせてもらう……と。
     静かな決意と共に拳を握った時、江良手・八重華(コープスラダーメイカー・d00337)が呟いた。
    「哀れだな。彼奴はもう一度死ぬ恐怖を味わいに来たんだ」
     冷たく細められた視線の先には、慈愛のコルネリウス。
     慈愛のコルネリウスが見守るは、うっすらと形を成していく男。奴隷化ヴァンパイア・グストの残留思念。
     交渉は叶わぬと聞いている。
     後はグストに攻撃を仕掛け倒すだけという段階なれど……それでも、アリス・クインハート(灼滅者の国のアリス・d03765)はコルネリウスに語りかけた。
    「コルネリウスさん……獄魔覇獄での私達への助力のご提案をして下さって、有難うございます……でも、それなのにどうして……」
    「……」
     返答はない。
    「もしかして……思念の方を、敢えて私達の目に止まるように……一度私達と遭わせる事で、思念の方を救おうとも……?」
     それでも語り続けるのは、再灼滅した思念の中には、灼滅者と戦ったことで安らかな表情で送られた者も存在したから。
     違うのかもしれないし、応えてはくれないだろうけど。
     実際、応えずに消え去ってしまったけれど、信じたい。
     だからこそ立ち上がった行くグストに向き直り、闇に身を浸しながら問いかけた。
    「グストさん……お久しぶりです……もう、ボスコウさんもいらっしゃらないのに……また、弱者を虐げるような事をなさるんですか……?」
    「そこっ!」
     返答を待たずに、日輪・玲迦(汝は人狼なりや・d27543)が仕掛けた。
     大斧を軽々と振り上げて、畏れをまとわせた上で振り下ろす!
     影に阻まれるも、すぐに腕を引いて身をひねった。
    「アタシの斧の味、とくと堪能してくれよ!」
     腕を畳み、腰に力を入れた上での横斬撃。
     グストの左肩へと食い込ませた上で、ニヤリと笑い尋ねて行く。
    「で、……おまえ、名前なんだっけ? グス子? グス男? どっちでもいいか」
    「……ふふ」
     無理矢理バックステップを踏みながら、グストは笑った。
    「一度に色々と言わないでくれよ、答えられないじゃないか」
     ただただ満面の笑みを浮かべ、影を纏いながら口を開く。
    「ボスコウなんて関係ない、ただ僕は欲しい。恐怖に歪んだ、死に顔を……」
     あるいは、この欲望こそがこの世に留まりしグストの残留思念なのだろう。
     叶えさせてはならぬと、灼滅者たちは本格的な攻撃を開始する。

    ●恐怖に生きた男
     ライドキャリバーに跨がり、咬山・千尋(中学生ダンピール・d07814)は駆ける。
     サーベルを振りかざしたまま、グストに向かって突撃! 鋼のボディがグストの体を浮かばせた瞬間に振り下ろし、斜め傷を刻み込んだ。
    「まだだ!」
     即座にライドキャリバーを操り急ブレーキ。急角度の旋回を決めた上で再び加速し、剣で十字のサインを描き出す。
     グストの体に十字の文様が刻み込まれし時、小鳥遊・亜樹(見習い魔女・d11768)が杖を付き出した。
    「はじめまして。ぼくはアキだよ」
     胸元を軽く捉えると共に、魔力を爆発させていく。
    「グストくん、よろしくね。そしてさよならだよ」
     爆発にあおられ、グストは塀の側へと退いた。
     されど笑みが絶える事はない。
     余裕を保ち続けている気配を感じ取り、長姫・麗羽(高校生シャドウハンター・d02536)は暴雨・サズヤ(逢魔時・d03349)は足音を探っていく。
     歩が向けられた方角に立つ暴雨・サズヤ(逢魔時・d03349)へと、光輪を施していく。
     光輪を受け取った時、手足に影が絡みついた。
    「っ!」
    「ふふふ……」
     グストは含み笑いを漏らしながら、サズヤの首へと手を伸ばす。
     首を絞められるも、サズヤの表情に変化はない。ただただ瞳を細めたまま、グストを見据え続けていく。
     手足の拘束が解けると共に、蹴りを放って跳ね除けた。静かな息を吐きだした上で、ただ、穏やかな調子で言い放つ。
    「一度灼滅されているのだから……復活しても、結局は同じ。……何一つ、恐くない」
     さして痛くはなかったと。
     恐怖を感じるなどありえぬと。
    「その程度じゃ……この中の誰一人、倒せない。……やっぱり、お前は弱い」
     再来は絶対に起こさせぬと、蛇腹剣を掲げ地を蹴った。
     ただ真っ直ぐに振り下ろし、グストに斜め傷を刻んでいく。
     のけぞり、血を流しながらも……グストは笑った。
    「ふふふ……あはは……はーっはっは! そうだよ、そうじゃないと……その顔を、恐怖に染めないと……」
     言葉の終わりに両腕を広げ、影を全周囲へと伸ばしていく。
     刹那、前衛陣の背後にはグストの影。刃のような影をかざしながら、ニヤリと微笑んでいて……。

     黒い魔剣をグストの右肩へと食い込ませ、力を込めながら、七音は告げていく。
    「ヴァンパイアや言うても大したことなさそうやな。灼滅されてて知らんかも知れへんけど、あんたの大将のボスコウかてうちらに無様に倒されてったで」
     いびつな唇を嘲るように歪めながら、刃を引くとともに囁きかけた。
    「恐怖は至高のスパイスやっけ? 是非うちにも味あわせて欲しいな、元奴隷の負け犬くん♪」
    「ふふふ……」
     グストの笑い声を聞きながら、七音は一旦距離を取る。
     後を追うように、グストの影が伸びてきた。
     前衛陣に向かって伸びてきた。
     大斧を両腕を用いて振り回し、玲迦は影を切り開きながら踏み込んでいく。
    「ははっ、恐怖ってものの勉強がまだまだ足りねーんじゃないか? アタシの斧で、その身に刻みつけてやるよ!」
     全ての影を切り裂いた上で斧を振り下ろし、斜め傷を刻み込んだ。
     蹌踉めきながらも、グストは笑う。
     亜樹が背中に杖を叩きつけた、その時も。
    「自分が恐怖を味わう立場になってどうかな?」
     言葉と共に魔力を爆発させ、前方へと追いやった。
     ふらつくその右足に、八重華は狙いを定めていく。
    「狙い撃つ」
     スナイパーライフルのトリガーを引き、ビームを発射。誤ることなく右足の甲を貫いていく様を見据えながら、ただ静かに問いかけた。
    「どうした恐怖撒き」
     今だ、灼滅者側に恐怖はない。
     残留思念として復活したグストが、誰かに恐怖を与えたことはない。
     返答もない。ただただ顔をニヤつかせたまま、グストは影を伸ばし始めていく。
     八重華は静かな息を吐き、再び狙いを定め始めた。
     氷の塊を発射して、左足を凍らせていく。
     すかさずアリスが滑り込み、下からすくい上げるような炎のサマーソルトキック。
    「グストさん……もう奴隷ではないんです……せめて、この炎で貴方のその罪を浄化して差し上げます……」
    「そこやぁ!」
     蹴り上げられたグストへと、七音が殴りかかっていく。
     頬を捉え電信柱へと叩きつけた上で、七音は立ち止まりバックステップ。
     グストは追ってこない。
     ただただ立ち上がり、奇怪な音を奏で出す。
    「奴隷であるかそうじゃないかも、関係ない。ただ、僕は欲しいんだ……恐怖に歪んだ、君達が……!!」
    「……」
     本能としての恐怖を呼び覚ます音色を聞きながらも、サズヤは表情を崩さない。
    「ん……問題ない」
     ただただ首を横に振り、一歩、また一歩と踏み込んでいく。
     音を奏で続けるグストの体に、再び刃を差し入れる。
     貫いても、切り裂いても、グストの表情は変わらない。ただただ笑顔だけを浮かべ、ギラつく瞳で灼滅者たちを見据えている……。

    ●恐怖の再来
     前中後列のバランス、及び防衛役も程よい構成。治療も声を掛け合い万全の体勢を整える堅実な戦い方で、戦況を優位に進める事ができていた。
     少しずつでも、グストを追い詰める事ができている。
     グストの余裕も、徐々に失われている様子だった。
     故にか放たれた影の技は、先程までよりもやや強大なもの。
     背筋に走る感情を振り払おうとしながら、七音は口走る。
    「ちょい挑発効きすぎやったかな。コルネリウスに力与えられてるの差し引いてもやっぱり強敵や!」
     すぐさま首を横に振り、麗羽へと視線を送りながら風に言葉を乗せていく。
     麗羽は気配に頷き返した上で、清らかなる歌声を響かせた。
     堅実に戦いを進めてきたがゆえ、灼滅者側の被害は少ない絶対優位な状況。
     それでもなおもしもという状況がありえるから、支援を途切れさせる事はない。
    「……」
     歌に想いを込めながら、感情もまた巡らせる。
     個人の趣味嗜好をとやかく言うつもりはない。逆に言えば、こちらの趣味趣向に合わせてもらっても良い話。
    「……悪いけれど、ホラーサスペンスよりハッピーエンドのほうが好みなんでね」
     グストの意志は受け入れられないけど、誰かの意志を決して否定はできないから、忘れずに居るつもり。
     そのためにも誰一人として倒れさせたりしない。
     近いの下、光輪を玲迦へと投げ渡していく。
     一方、千尋は影に力を込めた。
     蝙蝠の群れを作り出し、グストに向かって解き放つ。
     抱かれながら、グストは音を放っていく。
    「まだだ、まだだよ! 僕はまだ、何も……!」
    「っ……させない!」
     玲迦は気合一つで音の魔力を跳ね除けて、大斧を振りかぶった。
     畏れを走らせた上で踏み込んで、真っ直ぐに振り下ろしていく。
     右肩を断ち、闇へと紛れさせた。
     バランスを崩していくその体の中心を狙い、八重華がスナイパーライフルのトリガーを引いていく。
    「再び眠りにつけ。お前はもう、とっくの昔に終わってるんだ」
     死人が動く道理はない。
     再び眠りにつくが理だと、放たれた光条はグストの体を貫いた。
     グストは塀の側へと交代しながら、遥かな空を仰いでいく。
    「はは……ははは……これで、全部、終わり、か……うん、やっぱり悪くはない……ね……この、恐怖も……」
     恐怖の再来を受け入れながら、グストは壁に背を預けて座り込む。
     得物をしまい込みながら、サズヤは言葉を手向けていく。
    「もう……これで、終わりになる」
     消え行くグストを眺めながら、思い抱く。
     コルネリウスの優しさは、少しだけ理解できる。一人で居るのを、助けてあげたいという気持ちは。ならば――。
     ――もしも、俺が残留思念になったら……何を、思い残すのだろうか。

     静寂を取り戻した裏通りで、灼滅者たちは傷を癒やした。
     熱を持っていた体も程よく落ち着いてきた段階で、亜樹が一人小首を傾げていく。
    「コルネリウスちゃんは何を考えてるのかなあ? 悪気はなさそうだけど」
    「もしもの話になりますが……獄魔覇獄……できればコルネリウスさんとも、共闘していけたら……」
     アリスもまたコルネリウスへの思いを語り、消えた場所を眺めていく。
     一方、麗羽はグストに思いを馳せていた。
     グストという男がいたことは、忘れずにいようと思う。それがきっと、コルネリウスの……。
    「……んじゃ、帰ろっか。いい加減寒いし、途中で自販機があればいいんだけど……」
     頃合いを見て、千尋が帰還を促した。
     否を唱える者はおらず、灼滅者たちは各々がいるべき場所への帰還を開始する。
     恐怖の再来は防がれた。代わりにこの路地裏に、街には平和が流れ続けていくことだろう。

    作者:飛翔優 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年11月28日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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