聞こえないオーケストラ

    作者:菖蒲

    ●orchestra
     柔らかな夜闇を煽った風のにおいを、まだ憶えている。い草の優しい香りは、辛い事を忘れさせてくれる気がして、この部屋で寝るのは自分なりの避難のつもりだった。
     きつく閉めた瞼の裏に思い描かれた夢は祖母と語った子どもの浅はかなものだけど、自分は彼女の為にそうなるのだと、決めていたから――だから。
     深々と眠りに入る女学生の傍らで宇宙服を身に纏った少年が唇を三日月に歪める。その存在に気づく事無い彼女の耳元で少年は優しく、囁いて見せた。

     ――君の絆を、僕にちょうだいね――

     ふわり、と浮上した意識に彼女は髪を掻きあげて欠伸を噛み砕く。爽やかな朝に、感じた喪失感の意味を彼女は未だ知らない。
    「和音ちゃん、今日はどうするんだい? ばあちゃん、芋の煮っ転がし作るから……」
    「んー……別に要らない。外で食べてくるよ」
     そう、と肩を竦める祖母の顔を見詰め、彼女はクラリネットを手に家を飛び出した。

     ――ねぇ、「上手」と褒めてくれたクラリネットの音色、今の私には奏でられないよ。
     ――たったひとりの、私だけのおばあちゃん……――ごめんね。
     
    ●introduction
     ふるり、と身体を震わせて冬の気配を感じとった不破・真鶴(中学生エクスブレイン・dn0213)は「絆……」と囁く。傍らの朝霧・瑠理香(彷徨える戦いの亡者・d24668)は「酷い事をするよね」と何処か困った様に肩を竦めた。
    「絆のベヘリタスと関係が深い誰かが一般人から絆を奪い、絆のベヘリタスの卵を産みつけて居るんだろう? この儘、放置してはいけないね。卵は何れは孵化するだろうから……」
     悩ましげな瑠理香の言葉に真鶴は頷いた。強力なシャドウであるベヘリタスの卵が孵化してしまうのは悪夢以外のなにものでもないだろう。
    「でも、孵化した直後なら対策を打てるの。ある条件下なら弱体化させる事ができるから、ベヘリタスガソウルボードに逃げ込む前に――」
    「灼滅すれば、灼滅者(こちら)が勝ち、か」
     頷く真鶴に瑠理香は悩ましげにその柳眉を寄せた。
     絆のベヘリタスが卵を産み付けたのは神埼・和音という大学生の少女らしい。音楽大学で学び、将来はオーケストラの一員になりたいと言う彼女はその夢を反対する両親の許を飛びだし、一人暮らしの祖母の家へと居候しているのだそうだ。
    「神埼さんは、幼い頃にクラリネットを吹いたのだそう。おばあさまが『素敵な音色ね』と褒めてくれたそれだけが嬉しくて――だからこそ、彼女の為に音楽を学び、彼女を喜ばせる音色を響かせると決めていた……けれど、『誰か』がその絆を奪ってしまったの」
     真鶴は肩を竦める。絆を喪った和音を突き動かすものは何もない。祖母の許にも居辛くて、最近は寝にしか帰って居ない。一人暮らしの祖母にとって和音はたったひとりの可愛い孫。彼女にさえそっぽを向かれては――段々と気持ちが弱り始めてしまっているのではないかと真鶴は言う。
    「絆を奪われた神埼さんとおばあさまの関係も気になるけれど……それ以上に、私たちが放っておけないのは孵化する可能性のあるベヘリタス。弱体化させるためには何らかの『絆』を結ぶの。恋情、慕情、感謝、侮蔑、憎悪……。なんでも良いの。神埼さんとの間に、何か絆を結べば、結んだ相手とベヘリタスの間で、効果が発生するのよ」
     和音の頭上に浮かびあがった一般人には不可視の黒い卵。その中からベヘリタスが産まれるまで有する時間の一週間。着実に過ぎ去る時は――残り24時間に差し迫る。
    「朝から逃げる様に大学の構内に脚を運んだ神埼さんは昼まで人気のない裏庭で過ごしてるの。その後、外のカフェテラスで昼食をとって、猫カフェで過ごした後、行く宛てなく夜の街を彷徨うみたい。何気なく持ちだしたクラリネットを持っているから、彼女のお気に入りの丘に連れて行って貰って吹いて貰うのも良いかもしれないかなって。その場所は綺麗な星が見える場所だから――きっと、気持も洗われる筈」
     誰かのためにと思い描いた未来を消し去る事は、許せないと真鶴は言葉を繋げ灼滅者へ視線を送る。
    「ベヘリタスを倒せば、失われた絆は取り戻せる。神崎さんとおばあさまのぎこちなさが解消させるよう、みんなが素敵なハッピーエンドを運んでくれれば……って、マナは思うわ」


    参加者
    神條・エルザ(クリミナルブラック・d01676)
    葛城・百花(クレマチス・d02633)
    杉凪・宥氣(天劍白華絶刀・d13015)
    御手洗・花緒(雪隠小僧・d14544)
    空木・亜梨(虹工房・d17613)
    志水・小鳥(静炎紀行・d29532)
    汐月・雷華(孤独な魔方使い・d29834)
    姫川・クラリッサ(月夜の空を見上げて・d31256)

    ■リプレイ


     暖房機器から流れ出る暖かな気温にほっと一息ついた葛城・百花(クレマチス・d02633)の手元で猫達がにゃあと小さな声を上げ、戯れている。ソファを幾つか並べた簡素な室内には数匹の猫が自由気ままに過ごしている。
     来客を知らせる鐘の音を連れて、室内に入った女子大生は店員に連れられて百花の程近い席へと腰掛ける。大きめのクラリネットのケースに興味を持ったように猫が「にゃあ」と愛らしい声を上げたのが印象的だ。
    「ふふ、よしよし」
     幸せそうに笑った女子大生をちらりと見遣って、緊張した様に肩を強張らせた御手洗・花緒(雪隠小僧・d14544)は彼の目の前で伺う様に眺める黒猫と視線を交わらせる。猫も、花緒も、緊張しているのは傍から見れば良く解った。
     じゃれる猫の眼前へと玩具を揺らしながら空木・亜梨(虹工房・d17613)が小さく笑みを浮かべる。自由気ままな猫の様子に抜ける様な晴天の色をした眸を細めた亜梨は幸せそうに小さく笑う。
    「あ、」
     ふと、花緒が顔を上げる。彼の目の前で曖昧な距離感を保ちながら『来客』を観察していた猫が女子大生の足元へと擦り寄って行く様子に如何したものかと花緒はまたも、曖昧な表情を浮かべた。
    「猫、お好きなんですね。ここにはよく来られるんですか……?」
     初めてなんです、と肩を竦め、周囲を見回す亜梨に女子大生は小さく頷く。カーペットを敷いた小さな店内だ。それなりに客同士の交流もあるのだろう。クラリネットのケースをソファの上へとしっかりと置いた女子大生は「勿論。あなたは?」と柔らかく笑った。
    「俺も猫好きなんですよ。アパート住まいなので飼えなくて……だから。その黒猫ちゃん、りんちゃんって言うんですか?」
    「そうなの、鈴を付けてる子がりんちゃんで、あっちの子が――」
     指差す先で思わず肩を跳ねさせた花緒が視線をあちらこちら。汐月・雷華(孤独な魔方使い・d29834)の足元で餌をせがむ茶トラ猫を指差して「とらちゃん」と小さく笑って見せる。
    「……、かわいい」
     何処となく言葉を紡ぐ事に緊張を覚えるのか、息を飲みぽつりと零した花緒は黒猫の前で玩具をゆっくりと振って見せる。亜梨と共に座って居たソファ席から友人同士なのだと気付き、女子大生は花緒に「緊張しなくっていいのよ」と小さく笑った。
    「え、っと……」
    「あ、和音。神埼・和音だよ」
     よろしくね、とにこやかに笑った女子大生――和音に花緒はつい、肩を竦める。時間をかけてゆっくりと仲良くなっていく、距離感をしっかりと確認する花緒は和音のアドバイスを実戦するのだと、頬を染め小さく頷いた。


    「ねえ、クラリネット得意なの?」
     傍らのケースに視線を送り、鮮やかな夕陽色の眸を輝かせた雷華が猫と戯れる和音の許へと足を運んだ。とらちゃんと呼ばれた猫と共に和音の許と歩み寄って行く姫川・クラリッサ(月夜の空を見上げて・d31256)もクラリネットに興味があると眸を輝かせる。
    「あ、ええ……昔から、吹いてて」
    「本当に? 私もヴァイオリンが得意なの」
     猫をもふもふし、幸福そうに笑ったクラリッサは月の光を溶かしこんだかのような長い髪を揺らし、「夜になると良く弾いてるんだ」とほっそりとした指先で弾く姿勢を真似てみる。
    「それじゃあ、あなたも音楽を?」
    「私はフルートだから、同じ木管だけど緒とは違うでしょうけど……クラリッサも私も、趣味で演奏してたの」
     素敵ね、と眸を輝かせる和音の傍で猫達がにゃあと鳴き声を上げている。動向を見守る亜梨、花緒――そして、遠巻きに眺める百花の姿がそこにはあった。和やかなムードでありながら、音楽を好むと言う事に何処となく居辛さを感じる和音は肩を竦める。それは、彼女が音楽を行った理由である絆を喪った事に由来しているのだろう。
    「そうだ、貴女のクラリネットと私のフルート、クラリッサのヴァイオリンでトリオで何か演奏しましょうよ?」
    「ほらほら、せっかくのご縁だし。演奏しましょ? 袖すりあうもなんとやら。なんてね。ふふっ」
     折角だもの、と楽しげに笑ったクラリッサと意志の強い橙色の眸を細める雷華へと和音はおずおずと頷いた。
     い草の香りさえ疎ましく感じる所だから、思い悩むより、吹いてみた方がいいだろうと和音は唇だけで小さく笑う。
     表情から、共に演奏が出来るのだと何を吹こうか、何処で吹こうかとワザとらしくも悩ましげに眉を寄せるクラリッサの隣で得意としながらも緊張が勝るのか練習しなくてはと決意を固める雷華の双方それぞれの対称的な様子に和音は堪らずに吹きだした。
    「あ、よければ良い場所があるの、だから夜の10時頃から――」
     是非、と顔を見合わせるクラリッサと雷華の背後で亜梨と華緒が頷いた。

    「ねぇ、隣良いかしら? ……一人なのよね。アナタ、この街に詳しい?」
     何処となく困った様に赤い眸を細めた百花は何処となく言い辛そうな雰囲気を纏っている。ぶっきらぼうな言動は彼女の性質か、素直になりきれない一面を表しているようだ。瞬いた和音が猫の肉球をふにふにとしながら首を傾げる。
    「友達に会うために遠出したんだけど……ドタキャンされちゃって。折角来たんだけど、右も左も分かんないから……この後、予定ある? もし暇なら晩御飯とか付き合わない?」
     行くあてない彼女は気まずそうに告げる百花の様子に、何処か行き場所を探す自分を重ねてしまったのか決心した様に瞬いた和音は「お口に合うかは分からないけれど」と携帯電話でお気に入りのレストランを表示した画面を百花へと提示した。

    「ずっと手放さないのだな」
     夕食の席には神條・エルザ(クリミナルブラック・d01676)も同行していた。百花と訪れたレストランの前で困った様に印象的な真紅の眸を細めたエルザに共に夕食をと誘いをかけたのは和音だった。
     スプーンを手にした和音が瞬き、「そうですか」とクラリネットのケースを眺める。黒一色のケースは何処となく使い古された雰囲気がし、百花も小さく頷いた。
    「余程思い入れがあるんだな」
    「……まあ、小さな頃から、吹いてたから。でも、吹けなくなるかもしれないって、思って」
     何処か、ぎこちなくも語る和音にエルザは目を細める。異国の雰囲気を纏うエルザも音楽の道を愛し、そして捨てた一人であったことからか、彼女の想いに共感すると頬を掻いた。
    「私は人付き合いが苦手だった時期があってね、歌や音楽に触れて自分を変える事が出来た。でも、道を見失ったときに楽器を手放してしまった。それから――演奏が酷く怖くなった」
     淡々と告げるエルザに和音が眸を見開いた。鮮やかなまでの紅色は哀愁を漂わせながらも頼りなく見える。大人びた風貌の彼女でも、和音は己が彼女より年上なのだなとぼんやりと考えた。
    「迷ってるなら、吹けばきっと変わるはずだ。よければ、聞かせてくれないか? 私たちに」


     シベリアンハスキーの隣で小さな猫へと変化した志水・小鳥(静炎紀行・d29532)は夜の丘で座って居る。尻尾を揺らしながら冬にしては生温い風を感じ目を細めた。
    (「肉球……動物嫌いだった俺が、まさか猫変身するとはな……」)
     小鳥の面影を感じさせる銀の眸には戸惑いの色が浮かんでいる。それは、傍らの相棒も同じだったのだろう。黒曜は主人との間に生まれた絆を確かめる様に小さな声で鳴いて見せる。尻尾を揺らす小鳥の目の前に和音と共に灼滅者が現れる。
     用意しておいた菓子を頬張り小鳥と共に、彼女らの前へと歩み出した杉凪・宥氣(天劍白華絶刀・d13015)は手にした鞄を風に煽られた様に落としてしまう。散らばるスコアに「あ、」と顔を上げる花緒が宥氣の意図に気付いたかのように顔を上げた。
    「大丈夫ですか?」
    「あ、ああ……」
     拾い集める和音との間に何らかの絆が生まれればと意図した宥氣の行動に彼女が気付くかは定かではないが、スコアを目にした和音は「ピアノ……?」と小さく首を傾げた。
    「弾かれるんですか? 今からここで演奏会をするんですけど、どうかしら?」

     尻尾を揺らす小鳥は響く音色に心地よさげに耳を揺れ動かした。愛想のよい猫を装うのだと決めた彼の傍らで、共に訪れた花緒と亜梨が拍手を送る。
     ここは不思議の国の様だとぼんやりと和音が考えると同時、目の前にふわりと浮かびあがったナノナノのスコアは指揮棒を振るう様にクラリッサ達へと演奏を促した。
     小鳥がもっと、とせがむ様に「にゃあ」と声を上げれば「素敵なお客様が沢山いるから」と冗句の様に告げてクラリッサが薄氷を思わす眸を細めた。
     宥氣のアレンジを生かした演奏に合わせ、クラリッサと雷華の音色が重なる。和音の音も、何処か不安げでありながら――それでいて懐かしいものだとエルザは眸を伏せた。
     ほっと胸を撫で下ろす雷華は緊張していたのだろうか、良かったと肩を竦める。
     時間を確認する様に亜梨が時計へと視線を送る。丘の上に設置された時計の針はもうすぐ深夜を指し示さんとしているのがよく見えた。
    「アラタカ先生……」
     ぽそり、と何処となく困った様に囁く花緒の声に呼応するように白い毛並みを持った霊犬が現れる。背にさい銭箱を背負った霊犬の視線が和音――彼女の頭上に存在する卵へと向けられる。
    「絆を奪う、ベヘリタス……。……悲しい結末だけは、させません」
     小さな声で、何処か恥ずかしげな黒い眸へと意志を乗せた花緒が戦闘態勢へと入る。どろりと産まれ落ちたシャドウへと座りこみ息を飲んだ和音の手からクラリネットが毀れ落ちた。
    「――clothe……bound……」
     額に翳したカード。宥氣が自分の目の前で水平に振り上げたのは戦闘開始の準備を整える為だろう。クラリネットを拾い上げ、和音へと手渡すエルザの眸が現れたベヘリタスへと向けられる。
     酷く嫌悪するかのようなその視線の意味は、彼女が全てを奪われた事に起因するだろう。敵は違えど、場面は違えど、それでも他人事のようには思え無くて。
    「何かを見失って悄然としている様で、放って置けなくてな」
     手渡されたクラリネットに瞬く和音はエルザを見上げる。ぎゅっと抱きしめたクラリネット。その様子からも気づけたのは如何に、音楽を大切にしているかの想い。
    「弱弱しい迷いとは裏腹に、その楽器を手放さないじゃないか。奏でたら気付いただろう?」
     口下手かもしれないけれど、と懸命に諭す様に告げるエルザの背中を見上げた和音の眸に映し出されたのは雲を薙ぎ払うかのような意志のオーラ。洗練された動きは美しく百花が目の前の存在を如何に嫌悪しているのかが見てとれる。
    「撃ち抜く――!」
     喩え、この力が要らなくとも。ダークネスという存在を酷く嫌悪しようとも。
     百花には譲れない物がある。忌み嫌う存在に奪われてしまう前に――「返して貰うわよ、アナタが奪ったモノ」


     死を齎すのは汐月の一族で生き延びた彼女の使命だったのかもしれない。慣れ親しんだQuelle mort des appelsを器用にぐるりと回した雷華が地面を蹴る。
    「私の邪魔はしないで」
     淡々と告げた雷華の眸に宿されたのは怜悧な色。鮮やかな眸にさえも強く込められた意志はその眸の反射する光さえも変えてしまうかのように美しい。力強く槍を突き立てる様に踏み込む雷華に産まれ落ちたばかりの影が慌てたように体をくねる。
     まるで音楽を奏でるかのように、リズムに乗ってスコアと共に護りの体勢に入るクラリッサはこの夜に登る月にも似た長い髪を揺らし唇を釣り上げる。
    「心をこめて、音を紡ぐの。そすうればきっと届くよ――」
     彼女の言葉に呼応するように頷いたスコアが亜梨へと振り翳された攻撃を受けとめる。アラームへと気を付けて、槍を手に飛び込んだ亜梨が「神埼さん!」と振り返る。
    「神崎さんの大切な思いを俺が――オレが護るから!」
     感じた友情は淡い物なのかもしれない。空色の眸に突き動かされる様に頷いた和音が「がんばって」と震えた声で囁いた。白いマフラーを揺らした亜梨を支援する様にせつかが攻撃を加えれば気付いた様に小鳥が癒しの術を与えていく。
     大切な妹と、この場の相棒と、そして、共に闘う仲間と――どんな絆だって奪ってはいけない物なのだ。突き動かされる思いを胸に猫から姿を一転させた小鳥が大きくクルセイドソードを振るう。
    「こんな簡単に取られて堪るかよ……!」
    「勿論だ。狭間に堕ちて朽ち果てろ」
     影を伸ばし食らう様に。宥氣の攻撃に重ねる様に飛んだ百花の一撃に産まれた『絆のベヘリタス』が体をくねらせ痛みを顕すかのようにオーバーリアクションを見せた。
    「……、悲しい結末は、嫌です……っ」
     ぽつり、と出した言葉にアラタカ先生が支える様に飛び込んだ。仲間達を支援する事にも気を配る花緒の傍に迫りくるベヘリタスに彼の眸が大きく見開かれる――だが、受けとめる小鳥の表情は余裕が浮かんでいる。
     ありったけの殺意を乗せて、百花が飛びこむ一撃へと合わさる様にクラリッサがバトルオーラを纏うう。
     酷く重たくも感じた殺意は雷華が見せる強がりだろうか。無愛想にも見える眸に一瞬でも映り込んだ色は目の前のシャドウに対する苛立ちと、安堵の様にも見えた。
    「――ここで終わりよ」

    「おばあちゃん、心配してるんじゃない?」
    「ええ……けど、」
     冷たく当たってしまったからと酷くぎこちなく笑った和音に小鳥は頬を掻く。百花の心配も尤もだが、何よりもこれからどうすればいいのかと和音は自分で考えつかないと頭を垂れた。
    「ばあちゃん、きっと神埼の事、芋の煮っ転がし作って待ってるから。今からでも遅くないと思うし……大切にしてやれよ」
    「その繋がり、偽りじゃないんだろ? だったら大切にしなよ。
     ……繋がりや絆を沢山無くしちゃった身としては俺と同じ悲しみを抱えて欲しくなかったから……」
     橙色のマフラーで口元を隠した宥氣に和音は小さく瞬いた。
     ほっと胸を撫で下ろす亜梨の隣、ぎこちなくも拙く「がんばって」と懸命に声をかける花緒に和音は小さく頷いた。
     この丘は彼女にとっては何処よりも素敵な音楽ホール。
    『大変な観客』と共に演奏しきってくれた灼滅者に和音は仄かに優しい気持ちを感じていた。
    「またいつか聞かせてくれ。出来ればどこかのオーケストラで」
     照れ隠しをするように微笑んで、ぎゅっとクラリネットを抱き締めた和音はエルザへと「貴女の歌も、いつか聞いてみたい」と微笑んだ。
     丘の上に響き渡ったのは、誰かが愛した和やかな音色。

    作者:菖蒲 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年12月1日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 1/感動した 1/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 2
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