わたしには、やりたいことが何もない。
何もできないわけじゃないけど、何が得意ってわけでもない。
練習に打ち込む野球部を横目に見ながら、予備校へ向かう同級生の背中を見送り、彼氏と待ち合わせ中の後輩の前を通り過ぎる。
そんな毎日。
別にそれでもいいじゃないって、思おうとはしてみても、心の中には焦りがくすぶる。
じりじりじりじり。その焦りは、少女を焦がし続けた。
じりじり、じりじり。やがて少女が獣になってしまう日まで。
「一般人の女の子が、闇堕ちしてイフリートになりかけています」
集まった灼滅者たちを前に、五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)が説明を始めた。
「女の子の名前は十未・ユウハさん。高校1年生です。ユウハさんの通っている学校は、学校全体として文武両道というのでしょうか……全国レベルの運動部が数多くあり、一方で難関大学への進学率もいい。そんな学校のようです」
目標を持って何かに打ち込んでいる学生が多く、そうではない少数派の学生も恋愛や趣味を楽しんでいる。そんな中ユウハは『自分は何もやりたいことがない』ということにずっと焦りを感じていたようだ。
「彼女はまだ、イフリートになりきっていません。彼女が灼滅者の素質を持つのであれば救出を、もし完全なダークネスになってしまうようであれば、その前に灼滅をお願いします」
焦燥感に耐えられなくなったユウハは、家族に『コンビニへ行く』と行って、今夜家を出た後、街中を走るうちにイフリートになってしまう。
「ここで待ち構えていると、イフリートになりかけたユウハさんと接触できます」
姫子が地図上で指し示したのは、ユウハの家から数百メートルの場所にある、マンションの建設予定地。今は更地で、戦闘に支障がないだけの広さがある。街灯もあるので明るさも問題はないだろう。
「彼女を闇堕ちから救うためには戦闘してKOする必要がありますが、彼女の心に呼びかけることで、戦闘力を下げることが可能です」
ユウハはファイアブラッドとエアシューズ相当のサイキックを使ってくる。
「やりたいことや目標が見つからない焦りを感じる時期は、誰でもあるものだと思います。彼女の場合は、環境が追い打ちをかけてしまったのでしょうね……」
よろしくお願いします、と姫子は頭を下げ、灼滅者たちを送り出した。
参加者 | |
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ポンパドール・ガレット(祝福の枷・d00268) |
近衛・朱海(朱天蒼翼・d04234) |
天御・藤姫(高校生魔法使い・d07636) |
桐城・詠子(逆位置の正義・d08312) |
木場・幸谷(純情賛火・d22599) |
月代・蒼真(旅人・d22972) |
井上・あるは(意の上のアルファ・d25216) |
祀乃咲・緋月(夜闇を斬り咲く緋の月・d25835) |
●
(「ここ……どんなマンションが建つのかな……」)
指定の場所で、井上・あるは(意の上のアルファ・d25216)は1人座り込んでいた。
「早かったのですね」
同じ部に所属している祀乃咲・緋月(夜闇を斬り咲く緋の月・d25835)が、あるはに声をかける。ユウハとの接触時刻が近い。全員揃うと、緋月は殺界形成を発動させ、あるはも立ち上がった。
「……十未さんの気持ち、わかる気がします」
自宅に引き篭もって自分の事を悩み続けた過去のある、あるはが言う。
「自分のやりたいことについて……か。悩んじゃう話だよな。多かれ少なかれ、誰だって他人事じゃないしさ」
月代・蒼真(旅人・d22972)には、自分探しの名目で各地を旅していた時期がある。それもやりたいことが見つからなかったから、だ。
(「『自分探し入門者』の彼女には少し共感するな」)
「やりたいことが見つからないっていうのとさ、」
犬の耳のようにはねた赤い髪。ポンパドール・ガレット(祝福の枷・d00268)が言った。
「やりたいことがあってがんばっててもうまくいかないっていうのと、どっちがしんどいんだろうね? ま、くらべようがないってことはわかってるんだけど」
考えちゃうよな、とポンパドールは王冠の載った頭を軽く傾ける。
(「やりたいこと。目標……私はちゃんと持っているのでしょうか。こんな私が偉そうに彼女に呼びかける資格はないのかもしれない……」)
愛刀の『黎月』を見つめ、呟く緋月。
(「でも、放ってなんて置けません」)
「周囲の熱にあてられて、自分には何もないと感じてしまう気持ちは解りますね……」
白い西洋甲冑のような装甲のライドキャリバー、ヴァンキッシュの傍ら、桐城・詠子(逆位置の正義・d08312)が言った。
「ですが、何もないのと何もしてないのとでは大きく違いますから」
新しいことが側に散らばっているからといって、人はすぐには変われないのも事実。ヴァンキッシュとは対照的なモノトーンの服に、長く垂れる詠子の紫の髪の三つ編みが、街灯に照らされる。
「そうだね。おれも結局旅ではやりたいことは見つからなかったけれど、世界は広いと知ることができたし、それだけで頑張ろうと思えたよ」
蒼真が言うと、ともに旅をしていた霊犬のトーラが主人を見上げた。
「だな。彼女はきっと、すっげー広い世界の何分の1も知らない」
木場・幸谷(純情賛火・d22599)が言う。
「だってまだ学生だもんな?」
(「学生ね……」)
低く唸る霊犬の無銘を諭しつつ、近衛・朱海(朱天蒼翼・d04234)はユウハの来るであろう方向を、藍色の瞳で見やった。
(「私も中学まではどこかで、灼滅者の卵として鍛錬を積みながらも……普通に生きていけると思っていたけど」)
「今は、選ぶ道がある『あの』娘が羨ましい」
「やりたいことがないのなら、これから探せばいいのよ」
道の真ん中へ進み出た天御・藤姫(高校生魔法使い・d07636)の、藤紫色の髪が熱に煽られる。
「ユウハさん、こんばんは。良い夜ですね」
緋月が言った。
家族を失った過去ゆえに、自分にはもう炎獣を殺しつくすという1本道しかないと思っている朱海。その炎獣になりかけている少女が、そこにいた。
●
ユウハはまだ人の姿をとどめていた。しかし彼女の心を長らく焦がし続けた炎は肌の外へ現れ、震え青ざめた表情とは裏腹に、勢いを増していく。
「ア、あ、あなたたち、どいて、そこを……でないと、」
「大丈夫。私たちは簡単に燃やされたりはしないわ」
藤姫が言った。ユウハは困惑した様子ながらも、どこか助けを求めるように藤姫の銀の瞳を見返す。
「ユウハさん、貴女は」
緋月が進み出た。
「やりたいことがわからない、やりたいことが見つからない。周りの人は見つけているのに、自分だけが取り残されてしまっている」
緋月の言葉に、ユウハがびくりとする。
「そんな風に感じて、焦っていらっしゃるのですね。……獣と化して焦りから抜けだそうとするほどに」
「獣……? っ! あ、ワたし、」
ユウハが炎のあがる自分の両手を見た。
「何もやりたいことがない……それは貴方だけじゃない」
藤姫が言う。
「大人になってもやりたいことが見つからず、毎日探してる人だっているのよ」
「それに、やりたいことを今すぐ見つけなきゃならないなんてことは絶対にない」
蒼真が言った。
「やりたいって思った時こそ、はじめる時なんだ」
「……ソんな、の……わたしには、」
「なぁ、お前は何でそんな罪悪感みたいなの感じてるんだ?」
幸谷が言う。
「ザいあく、かん……?」
「……他人と自分を比較して……卑屈になっているんですよね……わかります」
「!」
「私も……経験、ありますから……」
あるはの言葉にユウハを包む炎が揺れた。
「私は……今考えても、わかりません……自分がこれから何をして生きていくのか……でも、」
あるははぎゅっと拳を握る。
「やりたいことが無いのなら、楽しい事を見つけてみようと……なんでもいいから始めてみるべきだった、と思っているから……」
「いいか? せまい学校の中にいるとわかんないと思うけど、今いる場所が世界のすべてじゃないんだよ?」
ポンパドールが言った。
「外からみてるおれたちには言える。ユウハがやりたくなるコトのセンタクシはぜったいどっかにあるって!」
「私もやりたいことなんて見つかってないわ。来年はもう大学生なのに、自分の道も決めてない」
藤姫が言う。
「将来何をやりたいのかも、今何がしたいのかもわかってないの」
「でも、何もやりたいことがないということは、これからいくらでも探せるということ」
朱海が言った。幸谷は、
「やりたいことを早く見つけた奴らが偉いか? 幸せか? んー……」
と、考えるようなジェスチャーをし、
「はは、ないない! そんなの幻想だって! もうちょいのんびりしてこうぜ!」
ユウハに片目をつむってみせる。
「ユウハさん、貴方が焦りを感じるのは、何かにうちこんでいる人への羨望があるからではないのでしょうか」
詠子が言う。
「私たちは、貴女をその焦りから解放したい」
そう言って緋月はまたふと、手元の刀に視線を落とし、
「本当は、私もちゃんとした目標があるなんていえないです。ただ、それを共に悩んでくれる仲間がいるから……だから私は、進めるんです」
「デも! ……ワたしはっ、モう、ウ……うう、」
ユウハが自分の顔を両手で覆った。ここからは言葉以外の方法も使わなければならない。すでに朱海によってサウンドシャッターが展開され、戦闘の準備はできていた。
「――変身――安息の地を護る者アルファイド!」
あるはがスレイヤーカードを解放。顔が白い卵のような仮面で覆われ、鎧の戦士へと変身していく。
(「あなたの先にある様々な道を私の手で断ち切りたくはない」)
ユウハの様子を見守りながら朱海は『刀纏旭光』を構えた。
(「だからこそ……!」)
「行くよ!」
ユウハの身体が業火に包まれるが早いか、ポンパドールの小柄な身体が走り出る。そして、タン、とポンパドールが高く踏み切った真下を、詠子の撃ちだした漆黒の弾丸が通過した。
炎の中央に現れたのは、狩りに長けた敏捷な獣に似たイフリート。人ではない声で吠えたイフリートをヴァンキッシュがありったけの勢いで更地の真ん中へ突き飛ばし、次いで毒をはらんだ黒い弾丸が炸裂する。
「このままの君を放っておくわけにはいかないからね。ちょっと大人しくしててもらおうか」
トーラが六文銭を射撃した対角、蒼真の手にした槍が、イフリートの胴体を激しい螺旋の捻りをともなって貫いた。
「アアアアアアアアア!!!」
イフリートが痛みに叫ぶ。蒼真が槍を引き抜くと、炎混じりの血飛沫が弧を描いた。それを逆になぞってかき消すかのように、跳びかかっていたポンパドールの銀爪が振り下ろされる。槍を構え直し、次の攻撃へ駆ける蒼真。そして逆の手で地面を弾き、ポンパドールが間合いを蹴り抜けたところへ、
「心に突き刺さる身勝手な他人の言葉ビーム!」
胸に空いた穴の中に青い炎を灯しつつ、あるはが放った光線が届いた。
「グアアアウ!」
「井上さんっ!」
怒りにまかせて炎の奔流を吐き出すイフリート。あるはの前には緋月が、朱海と詠子の前には緋月のビハインドの黎月とヴァンキッシュが相次いで飛び込む。緋月は炎を『黎月』の鞘で受け流し、
(「私は誰かが……貴女が苦しんでいるのを放っておきたくない……!」)
そのままイフリートの死角へ回りこむと、後ろ脚の腱を断ち切った。イフリートの視界に残ったのは恐らく緋月の漆黒の髪の先のみ。駆け出そうともがき、炎の勢いを増すイフリートだったが、
「イフリートになってしまったら、本当にやりたかったことすらわからないままなのよ」
炎を一気に冷気が包む。藤姫が死の魔法を放っていた。
「やりたいことを探すこともできず、本能のままに、自分の意志もなく、進むだけになってしまうのよ……」
冷気と炎が交錯するイフリートの外周を、幸谷のエアシューズの音が回る。そして正面では、朱海が『刀纏旭光』を非物質化させ、
「戻って来なさい!」
朱海が叫んだ。煌きをこぼす幸谷のエアシューズに威嚇に丸めた背を潰され、苦しむイフリートに朱海は繰り返す。
「戻って来なさい! 貴方のその身を焦がすほどの激情、情熱を注ぐものを見つけるために!」
『刀纏旭光』がイフリートの魂を斬った。全ては、救うために。
●
「回復します!」
詠子がソードから前衛へ聖なる風を開放し、無銘が傷が深い者を重ねて癒す。たびたび灼滅者たちを燃やす炎は、ここまで詠子を中心に徹底的に消し止められていた。
「センタクシってさ、どんどんふやせるんだよ?」
身の丈ほどもある『きゅいえーる』を構え、ポンパドールが跳ぶ。相殺に前脚から炎を叩きつけようとするイフリート。その鼻先に軽く触れ、ポンパドールは空中で体を半回転させた。
「いろんな人に会っていろんな話して。そしたらいつかユウハにも、心底やりたいことがみつかるハズだよ」
ポンパドールが『きゅいえーる』で、イフリートの背中を殴りつける。銀食器を思わせる、ゆるやかな楕円を描く先端から魔力が注ぎ込まれた。ロッドがポンパドールとともに宙を舞い、イフリートを通り越すと同時に、爆発が起こる。
「グ、ガア、アア、」
「尊い1つの……夢中になれることを見つけて、必死で生きてく奴は俺も好きだ」
絶え絶えの唸り声。爆発の余韻。その中央に飛び込んでいた幸谷が、イフリートへ杭をうちこんだまま、言った。
「けどそれって多少の差こそあれ、それ以外の可能性を捨てる選択だってことも知ってる」
だって俺は捨ててしまったからね。幸谷はそう唇を動かすと、杭を弾き上げて間合いを抜ける。
「でも後悔はないよ!」
そう言った幸谷を追いかけるように、蹴りかかったイフリートの後ろ脚を、蒼真の足元から伸びた影が瞬時に縛り上げた。
「楽しく日々を過ごす。それだけでも見えてくるものはきっとあるはずだよ」
蒼真が言った。トーラの斬魔刀の一閃。それでも膝をつくまいとぐっと前脚を地に押し付けるイフリートに蒼真は、
「だけど、こんな所で立ち止まるのはだめだ」
「そうそう。真っ赤になって焦ってる場合じゃないぜ、まだ」
幸谷が励ますように笑う。
「そんなのもっと世界を眺め尽くしてからで十分じゃん!」
「貴方はまだ戻れるのよ」
藤姫が、詠唱圧縮された魔法の矢を射ち出した。
「やりたいこと、探せるはずよ」
「ぎゅーって思いつめすぎないで、な!」
ポンパドールの言葉と同時、藤姫の矢がイフリートに突き刺さる。
「ア……、ア、あ……、」
「今はまだ……何もなくても……」
両手に『魂の青き炎(α・イデア)』を集中させる、あるは。
「0から……始めてみたらどうでしょうかね? この何も無い場所に、たくさんの人が住むマンションが、そのうちそびえたつように……」
あるはの両手からオーラが放たれた。逆側では朱海が『刀纏旭光』に自ら噴出させた炎を宿す。
「ゆっくり、少しずつ。今を変えてみませんか?」
詠子が言った。
「私たちはそのお手伝いがしたいんです」
「一緒にやりたいこと、見つけましょう?」
と、藤姫。朱海の叩きつけた炎とあるはのオーラが、イフリートの体を介して激突する。
「ユウハさん、人に戻って下さい……!」
炎とオーラの舞い散る中、緋月が『黎月』を上段に構えた。
「貴女の悩み、私にも一緒に悩ませて欲しい……!」
重い斬撃がイフリートを襲う。崩れ落ちたイフリートを受け止めた幸谷が、皆へ向かって笑顔をみせた。
(「知ってるか? お前が夢中になれるものの候補は山ほどこの世界に溢れてる」)
少女の姿を取り戻していくユウハに、幸谷は言った。
「無限が広がるお前の未来に、幸せあれ!」
●
目を覚ましたユウハは、記憶をたどり、謝り、泣き、灼滅者たちに励まされる。
「やりたいことを見つけるためには、毎日前を向いて生きるのが1番だよ」
蒼真が言った。ポンパドールは、
「んん、それにはさ、武蔵坂に来たらどうだろ。それこそやりたい放題なんだけどなあ」
「ムサシザカ……?」
「武蔵坂学園です」
藤姫が答える。
「学園……もしかして、それは制服ですか?」
ユウハが、こげ茶ベースにオレンジの差し色がある、ポンパドールの服を指差した。
「あ、これはイロ違いなんだけどね!」
「色違い?」
「何を着ても……いいんです」
あるはが言う。
「俺たちと一緒に来てみないか? みんな、お前の知らない面白い世界を知ってるぜ!」
幸谷が言った。ユウハは目を伏せ、
「みなさんは、あるんですね……その……やりたい、こと」
「そうですねえ、」
詠子がスカートの裾をひいて、ユウハの隣にしゃがみこむ。
「私はラーメンが好きなので、様々なラーメンを食べることが趣味、でしょうか」
「ラーメン、ですか?」
ユウハがきょとんと詠子を見返した。
「ええ。人に誇れる程の趣味なんてありません。でも恥じる必要も無いと思っています」
詠子がにっこりと微笑む。
「同じように、他人にとっては些細な事でも貴方にとっては大きな意味を持つ事があるかもしれません。一緒に探しませんか? ユウハさん」
「一緒に……」
「焦りに涙に劣等感。とりあえず全ッ部保留にしちまえっ」
笑顔の幸谷。
「私と、お友達になってくださいませんか……?」
緋月がそっとユウハに手を差し伸べる。その手をとったユウハは小さく、けれど力強く頷いた。
(「これもまたイフリートを『殺す』こと」)
はにかむ少女を見ながら朱海は思う。イフリートへの復讐はただの自己満足かもしれない。でも、
(「自己満足の過程で誰かを助けられる。こんなに素敵なことはないじゃない」)
作者:森下映 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2014年11月28日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 0
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