Restoration~天国の扉

    作者:那珂川未来

    『ママ、助けて。どこ? どこ? どこな、の、ママ……。寂しい、よ。怖い、よ。怖い、誰か、が、殺そうとする、の……助けて、ママ……』
     まるで迷子の様に。とある駅裏にある、丘にて。真っ白なケープとふわふわのニット帽。さらりと伸びたプラチナブロンドを垂らしながら、顔をくしゃくしゃにして泣いている少女がいた。
     フランス人形の様に可愛らしい容姿なのに、よく見れば、至るところに血が飛んでいて。普通の人が見れば、吃驚するようないでたちなのだが。通り過ぎる散歩のおじいちゃんも、部活を終えた学生も、誰一人少女に気づかない。
    『怖い、よ。早く、序列、をあげ、て、もっと、強い、天使に、ならなくちゃ……ママも、痛い思い……しちゃう、のに……』
     子供と六六六人衆の気持が、ぶつかり合って混乱しているかのような状態。しかし探しているママを見つけに行こうとする意思とは裏腹に、大地に棒立ちだった。
    『泣かないで。大丈夫、私にはあなたが見えます。灼滅されて尚、残留思念が囚われているのですね。私は慈愛のコルネリウス。傷つき嘆く者を見捨てたりはしません』
     六六六人衆元六二三のサラ・カルパンティエの前に現れたのは、慈愛のコルネリウス。
    『嫌……夜、の、ない国、なんて、行きたくな、い……。お星様、見えない、場所、嫌……』
     そう、拒絶の言葉を発しているものの。少女の心残りは十分其処へ行くに値すると判断したコルネリウスは、
    『……プレスター・ジョン。この哀れな天使を、あなたの国にかくまってください……』
     
    「慈愛のコルネリウスが、残留思念に力を与えて、どこかに送ろうとしているみたいだね」
    「今度は、あの子ですか……」
     仙景・沙汰(高校生エクスブレイン・dn0101)から一報聞いて、サフィ・パール(ホーリーテラー・d10067)は、不意に暗くなり始めた空に光る、一番星へと視線を向けた。
     同じくらいの年の子。
     母親を何らかの原因で亡くし、闇堕ちしてしまった哀れな子。
     六六六人衆の時に行った惨殺は、決して許されることではない。けど、それさえなければ、星空を愛する者として、もしかしたら友達になれたかもとさえ思った女の子、サラ・カルパンティエ。
    「まぁ、もう言わずもがな、だね。力を与えられた残留思念は、すぐに事件を起こすという事は無いようだけど。このまま放置すると、また母親恋しさにと序列の欲しさに殺戮を行うだろう」
     慈愛のコルネリウスが残留思念に呼びかけを行った所に乱入して、彼女の作戦の妨害を行ってくるのが、今回の任務。
     事件現場にいるコルネリウスは、幻のような実体をもたないものなので、戦闘力はない。コルネリウスは灼滅者に対して強い不信感を持っているようで、交渉などは行えない。
    「色々と思うところはあるだろうけどね。灼滅してほしい」
    「……わかりました、ですよ」
     こくりと頷くサフィ。
    「ただ、残留思念のせいか、誰に殺されただとか、そういった細かいことは、覚えていないから……泣いているサラに近寄って、話しかけたら反応はあるかもしれない」
     星の話。
     ママの話。
     少し聞いてあげたとしたら。もしかしたら、少女としての未練だけは、果たせるかもしれない。
     サラは、身寄りが母親しかいなかったらしく、友達もいなかったから。母親が死んだ時の事を少し聞いてあげたらいい。
    「別に、あれこれ言う事はないよ。ほら、誰だって愚痴や寂しさ、懺悔を吐きだしたら、楽になるでしょ? アレと一緒だよ……」
    「……寂しさ……懺悔、ですか」
     あの子の寂しさはわかるけど。あの子の懺悔はなんだろう。そんな事を考えながら。
     ただ、その後に訪れるであろう、六六六人衆としての未練によって、戦闘は避けられない。コルネリウスの力を得た残留思念は、残留思念といえど、ダークネスに匹敵する戦闘力を持つ為、油断はできないし、危険性が高い。
     しっかりと灼滅してほしい。
     それでも、もしも願うなら、少女としてのサラの未練くらいは、人間として解消してあげたもいいかもね、と沙汰。それは決して、先を変えられるものではないけれど。
     少し考えているサフィへ、沙汰は、
    「灼滅者として無心で戦ってもいい。人間として、少しだけ向かい合ってもいい。どちらをとるかは、赴く皆にお任せするよ。ただ、慈愛のコルネリウスは何を考えているかわからないダークネスだから。慈愛の名のもと徒に思念を蘇らせるその真意にも、何か在る筈だから。だからそれを阻止して欲しい」
     

     


    参加者
    水無月・弥咲(アウトサイダー・d01010)
    華宮・紅緋(クリムゾンハートビート・d01389)
    サフィ・パール(ホーリーテラー・d10067)
    無常・拓馬(比翼恋理のツバサ・d10401)
    漣・静佳(黒水晶・d10904)
    蛇原・銀嶺(ブロークンエコー・d14175)
    茂多・静穂(千荊万棘・d17863)
    日向・一夜(雪花月光・d23354)

    ■リプレイ

    ●慈愛という名の
     辺りから人がいなくなってゆくことなど、気にも留めない出来事。
     ただ此の世にしがみついて、泣いている少女へと、宥めるように語りかけるコルネリウスの表情は、相変わらずのもの。
    (「慈愛のコルネリウス……いったいなにを企んでいるのやら……」)
     水無月・弥咲(アウトサイダー・d01010)は、その慈愛の意味に首を捻る。
     黒いメインクーンに猫変身しているのが常の蛇原・銀嶺(ブロークンエコー・d14175)は、今回は取り立てて接触時の危険が少ないことから、そのままの姿で赴いた。語る言葉を持たぬ身としては、そう在る必要も感じられなかったから。
     ただ、コルネリウスのその意図が分かるまでの間に、どれだけの残留思念が影響を受けるのだろうと、ぼんやりと遠くを見つめながら、思考している。
    「ごめんね、コルネリウス。邪魔させてもらうよ」
     遠い町明かりにぼんやりと浮かぶ世界に、日向・一夜(雪花月光・d23354)は柔らかい光を灯しながら、澄んだ声を響かせる。
    「コルネリウス・ザ・ハート。獄魔覇獄で共闘を持ちかけているのに、学園を刺激する真似を続けてどういうつもりでしょう?」
     対照的に、きつく言葉を投げかけるのは、華宮・紅緋(クリムゾンハートビート・d01389)。
     もとより返答など期待していないだろうが、何か言ってやりたかったのだろう。
     幻は振り返ることもなく。サラへと慈愛を与えるなり消えてゆく。
     相変わらずですねと紅緋は、表情は変えずとも。卑怯だと言わんばかりだ。
     しかしコルネリウスは、傷付き泣いている者へ慈愛を行っているだけであって、刺激しているつもりは一切ないというのがまた、頭の痛いところ。単純に、それがダークネスと人間の思考の違い故なのだから、わかり合うのは難しい。
     そして、今回コルネリウス側は獄魔覇獄に参加しているわけではないので、共闘というよりは、「シャドウが現実に活動の場を広げるべきではないので、デスギガス軍のみ助力してもいい。そちらが拒否するなら拒否するで別にかまわない」というスタンスだ。
     一方、サラは力を手に入れたとはいうものの、未だ泣いたまま。少女としての未練が、今は強いのか。
     あれから一年近くの歳月を経ているのだと、サフィ・パール(ホーリーテラー・d10067)は星の巡りの早さを感じた。当時より5センチ近く背が伸びているから、視線がちょっと下になっている。
    (「心残りだけでも、と願うのは、愚か、でしょか――?」)
     瞬く星は、まるで祖母が背中を押しているように瞬いていた。

    ●星の見える場所で
     最初に傍へと歩んだのは、漣・静佳(黒水晶・d10904)。
    (「この子も、友達が、いなかったのね……」)
     静佳は、自身の寂しかった過去に、サラの姿を重ねる。
     交通事故。悪戯な運命の狭間に閉じこもったところに注がれた一筋の光明が、自分にとって灼滅者への転身であったとするならば。今度は、自分達がこの子にとっての光明になりえる事が出来るなら、とまずはご挨拶。
    「こんばんは、良い夜、ね……。それなのに、どうしたの?」
    「泣いていたら、お星様も霞んじゃいますよ?」
     静佳と一緒に、茂多・静穂(千荊万棘・d17863)は目線合わせながら、用意していたハンカチを差出しながら、向ける頬笑みは柔らかに。
    『お星様、見えないの、嫌……』
     何か慌てた様に。サラはハンカチを受け取って瞼を拭いていた。
    「お星様が好きなの? 僕も好きだよ」
    「私も星空、好きよ」
     綺麗だよねと笑う一夜、静かに向き合えるからと、静佳は穏やかに。
    「私も、星がお友達」
     お星様が語り掛けてくるからでしょか。サフィは似た者同士ですねと、微笑んだ後。
    「えと……私、あなたのお友達、なりたいです」
     サラは、そっと包まれた自分の手と、はにかむように笑うサフィの顔を不思議そうに交互に見て。
    『ともだ、ち……』
     意味を思い出すように反芻していたサラは、すっかり泣きやんでいた。
     立ってお話するのもなんだから、と一夜は歩道に腰掛けるよう勧めたあと、
    「サラは、どうして星が好きなの?」
    『綺麗で、優しいか、ら。あと、ママ、あのお星様になった、から……』
     見上げた瞳はどれを見ているのか、見当はつかない。ただ一夜は、星になって見守ってるって、言ったんだろうと予測はできた。
    「サラちゃんは、お母さんがいなくなって寂しかったんだね」
     無常・拓馬(比翼恋理のツバサ・d10401)も人当たりの良い表情をうかべながら、共感の姿勢で会話を紡いでみる。
    「一番大切な人がいなくなって不安だったんだろう? わかるよ、俺も母さんはもういないから」
     半分は嘘。自分から家族を捨てて一人になることを選んだ身。むしろ寂しいと思うことなく自由を謳歌していた。
     優しい嘘という聞こえのいい言葉だと、拓馬は心の中で思っても。取り繕われた悲劇と、隠れた喜劇だとしても。どうせ乗るなら、半分の嘘を演じ、やり遂げるもの、大人の対応というものである。
    「大切なお母さんがいなくなったときは、どうだったんですか?」
     紅緋の質問に、サラはサフィの手に包まれた自分の手を見つめながら、
    『血、いっぱい……鋏も、サラの手も……殺される、前に、殺さ、なくちゃいけな、かったのに……』
     辛いことを、思い出させることにも勇気がいる。けれど彼女の心残りを吐き出してもらって、それを受け止めてあげなければ、サフィが目指すものには辿り着けない。特にこの子の場合は。
    「誰が、あなたを殺すですか? 私達灼滅者? それとも……」
    『最初、サラ、殺そうとした、の、男のひと……』
     つらつらと話すものは、ありそうな悲劇。留守番をしていて、親だと思って扉を開けたらそれが悪漢で、殺されそうになるという。そのとき偶然帰った母親が、殺されてしまうというのも。
    「ママのこと、本当に大好きなんだね」
     そんな子が何故、と思うと一夜は切なくなる。いや大好き過ぎて、堕ちる以外になかったと思えば、それも悲しい。
    「きっとママは、あなたにお話してくれた、天国で待ってる……思うです」
     ママがいる星こそ天国なのですとサフィが言うと、サラは俯き首を振った。
    『……サラ本当は、わかってる、の。天国に行けない。悪い子だか、ら……』
     人を殺めた事を、悪いことだとわかっているのだろうか。そんな予感が銀嶺の頭に過った時、
    『本当は、ね。ママ、刺しちゃったの、サラなの……』
    「え?」
    『ママ、助けたかった、だけなの、に……!』
     幾人かの声が重なりながら響く中、サラはわんわんと泣きだして。
     母親助けようとしたけれど、揉み合いになって逸れた刃は母の腹。そんな、ありそうな悲劇の羅列の中、上乗せされてゆく恐怖に、幼い少女のショックはどれほどのものだったのだろう。
    『ママ、言った。サラ、悪く、ない。守ってくれ、て、ありがと、って。ママいなくても、サラなら、大丈夫。サラ強い子。ママの、可愛い天使。お星様、なって、見守ってる、からね、って』
    「ああ……」
     静佳はぎゅっと、自分の胸を押さえた。
    (「もしも、私が同じ様な、状態になった、ら……?」)
     自分が死ぬとわかった時に、どれだけ我が子に言葉を残せるか。迫るタイムリミットの中、ありったけの知識と語彙をかき集め、薄くなる意識の中で、希望を紡げるだろうか。
     そして死に際の言葉が、全て空回りして今が在る。サラは、自分が刺したという現実を受け止められるほど強くなかった。闇に堕ちてゆく少女を肯定してしまった。その存在性を、滑稽とも、悲劇とも、言うのなら。
    『ママのため、に、天使に、なるの。沢山の人、天国に連れてって、あげなくちゃ……いい子、なれない、の』
     フラリと立ちあがったサラは、星空を見上げながら五歩ほど歩いた後振り返って。
    『サフィ、お友達なら、サラの、お願い聞いて、くれるよ、ね……?』
     死んで?
     それとも。
     灼滅して?
     物語を閉じる方法は一つであることを、誰もが理解しているから。
    「さて、本業の時間だ。皆天使になりたくないなら、感傷に浸ってる暇はないよ」
     拓馬の目は、普段のひょうきんさも、纏う嘘もかき消して。すでに狩るモノへと変貌していて。もとよりそんな感情持ち合わせていないかのように、紅緋の武装も速やかだ。
    「私には、手向けの言葉は無いが――」
     ただずっと、彼等の言葉に耳を傾けていた弥咲が、得物を抜きながら口開く。
    「悲しみや思い、それを受け止め安らかに眠らせてやるのも務めだ」
    「もう貴女に罪を、誰かに痛みを与える事はさせない。そして――」
     自らの性質を前向きに理解している静穂。もう1度痛みを与える罪を背負う事、灼滅者である業と責任が、枷と一緒にのしかかってこようとも、それらを全て抱える覚悟は、一度も揺らいだことはない。
     静穂は、サラの手に輝く聖邪の剣に映った、自分の顔を見つめながら。全ての痛みや憎しみを、全部吐き出しぶつけて下さいと言わんばかりに両手を広げ。
    「サラ・カルパンティエ。貴方の痛み、私達が引き受けます」

    ●アンナトラ
     最初に噴き上がったのは、サラからの鏖殺領域。
    「華宮・紅緋、これより灼滅を開始します」
     単騎で飛び込む紅緋の鬼神変は、赤を纏いながら。肌を斬る様な波動の中、果敢に飛び込んでゆく弥咲と静穂。
     二つの銀爪の軌跡が、朱を纏いながら交差して。十字切る様な連携の中央を穿つのは、銀嶺の打ち込んだ縛霊撃。
    「安心して。ちゃんと、送ってあげるから」
     サフィは駆けるエルと呼吸を合わせ。今日本でかに座は見えない。けれど、魂緒の星は必ず宇宙に存在しているから。魂の集まる場所へ、天国へ。
     ――まかせ、て。
     そう言わんばかりに。微笑を向ける静佳。
    「少しでも、願い、届きますように」
     手の平の中、ゆるりと織りなす祝詞の風が、負の力を消し去ってゆく中、サフィのオーラが彗星のように尾を引いて。拓馬のPennae de lunaが螺旋描き、刃先より逆巻く大気の中、枯葉が踊る。一夜は音符の上を跳ねるように軽やかに、踊る楓をわたりながら、鬼神の力を解放して。
     サラの返しの刃が武具の破壊を狙ってくる。
     ざっと割って入るのは、静穂だ。
    「さあ、もっとです。殺意も敵意も闇も、ここで全て吐き出しなさい。此処に全て置いていってください!」
     舞い散る自身の血の飛沫すら、その枷の一つであるように。身を締める具足の軌道も、果敢に振るう刃も、艶やかに幾重の弧を描く。
     全力で前を担う静穂の刃に重なるのは、再び弥咲のものだ。彼女も、その衝動や思いを受け止められるのは自分たち以外あり得ないから。幾つかの攻撃を甘んじて受け止めるのも辞さない目つきだ。
     空歪む様な禍々しい輝きが、弥咲を穿つ。
     弾ける朱色の中、返す刃は神霊剣。全てを断ちきらんばかりの勢いにさらわれた純白から、人のものではない何かが飛んだ。
    (「残留思念として留まり続けるのがよいのか。それともかの国に囚われるのがよいのか……慈愛とは、何なのだろうな」)
     慈愛の欠片だろうか。サラから弾け飛んだ光の粒を、銀嶺は見つめながら。答えのない命題を徒に思う。
     ただ、此の世に、思いを残さずに散る者などいるのだろうか。
     人の慈愛と、ダークネスの慈愛は、等しく両立しない。そんな中、『そのもの』ではない残留思念とはいえ、魂が思い残した一部は、何を望んでいるのだろう。
    『序列を、あげなくちゃ……もっと強くなり、たい、の!』
     ママを助けられなかった弱い自分が嫌だったから。
    『だから、邪魔、しない、で!』
     そこにある殺人衝動は、純粋なまでに力を求めるだけのもの。
    (「どういう形であれ、彼女は彼女なりに精一杯『頑張った』。やり方はどうあれ、それは事実だ」)
     波動を真っ向から受け止めながら、拓馬は思う。母親に対する気持ちが、何よりも強かった故に、弱い自分が許せなかったのだと。
     だからと言って、慈悲は無い。
     サフィが描く魔法陣、静佳の紡ぐ清き風。それらを追い風にして。Pennae de lunaに輝きを纏わせ。その光が、闇に堕ちた少女へと真っ直ぐに。
     領域の濃度がおおかた打ち払われて。、浄化された軌跡を、紅緋が走る。
    「すみませんね、トラウマを抉るような真似をして。でもあなたは本物のサラさんじゃないですし」
     トラウナックルぶち当てた直後、振り返りざま冷たく言い放つ。ダークネスの残留思念に一切の慈悲も美しさも必要などないと考えているから。
    「さあ、鬼神変をまたお見舞いしますよ。避けないでくださいね」
    『そんな、お願いしなく、ちゃ、サラに、当てられ、ないの?』
     鬼の拳をすれすれに抜けて。サラの邪眼が紅緋を至近距離で穿つ。
    『意地悪な、人は、皆、死んだら、いいの!』
     確実に狙ってくる刃。静穂は刃の感触から伝わる感情全てを受け止めて。そして振るうのは、罪を生みだす炎の爪先。
     弥咲は鮮やかなバックフリップでハイロウの一撃をかわすなり。着地ざま豪快に決めるのは、火炎の踵。銀嶺の放つ制約の弾丸が弾けて火花散る。
    「どうか貴女に、この音が届きますように……」
     一夜が優しい声色で響く音の中、彼女の歌声に合わせて踊る二連の火柱。まるで翼を与えんかのような――。
     次第に押されてゆく戦況の中、サラは「また」自分ではどうにもできない事態に直面して、声をあげた。
    「さぁ、そろそろおやすみの時間だ」
    「全てを断ち切り、今再び安らかに眠れ……!」
     拓馬が跳躍する。暴風引き連れているかのように、鋭く胸元へと入りこんだ、弥咲のクルセイドソードが朱を斬って。
     鋭角を描く拓馬の鋭い爪先が、地面へと縫い込むように。聖夜彩るかのような、赤い花が綻んで。
    「……夜より優しい闇になればいいね」
     静かに剣を収める拓馬の前、震える小さな体は闇の中へ投げ出されてゆく。
     咄嗟に駆け出したのは、静穂とサフィ。静穂の腕が、しかと受け止め。サフィが手を握って。
    「もう、休んでいいんです。誰も、殺さなくて、いいんです……」
    「知ってました? 本当の神様は凄いです。どんな願いも叶えるです。良い子も悪い子も皆等しくだから、ママに会う事も。だから、あなたの願いは叶う、大丈夫」
     感触すら頼りない体を、ぎゅっと二人で抱きしめて。
    『……Merci』
     ぎゅっと抱き返したのも、刹那。精霊が集まる星へと立ち上るように。光の粒になって消えてゆく。
     サフィと静穂の手には、何も残らずとも。見えない何かはここに在る。
     凛とした風の中、一夜の歌声が柔らかに響く。
     星が煌めくようなその歌は、鎮魂歌の様に。
     未練は晴れただろうかと見送る弥咲の目は、何処か眩しそうにしていて。
    「あの国に、送られるのなら、……せめて星空がずっと見られる場所、へ」
     流れる歌声に、静佳は願いを乗せて。
     そして、ママにも会えますようにと、旋律はただ緩やかに響いていた。

    作者:那珂川未来 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年12月5日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 2/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 2
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