血濡れた糸巻きと、白絹の姫君

■リプレイ

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「嗅ぎ慣れた匂いがする…」
「こんな匂いなんぞ何度嗅いでも慣れるモンじゃありゃせんがのー」
　猫がそうするように、瑠璃垣・恢（死に沈む・d03192）は、水門・いなこ（影守宮・d05294）の浮かぶ空を眺めた。
　犬の様にではなく、猫のように。箒に乗った魔女の向こうを眺める。
　何故ならば、この臭いは霧の向こうから臭ってくるからだ。
「やっぱり血の匂いだ。敵は多分……」
「立地条件の良い根城を再利用した殺人鬼でなく、元から居る存在となれば……。この辺りに居たと言う吸血鬼でしょうね」
　恢の漏らした言葉の先を、伊舟城・征士郎（弓月鬼・d00458）は肩をすくめて受け入れた。
　これは倒すべき敵だ。
　灼滅者の間で出回る話を聞く限り、人を血袋とみなす吸血鬼が相手だろう。
「ならどうする？　いや、倒すのは確定なんだが……」
「ただ、依頼をこなすだけですよ。敵であれば倒す、過去の亡霊であれば……いざ亡霊退治と参りましょうか」
　恢の問いに征士郎は淡々と応えた。
　宿敵の吸血姫と言えど、思うところはあるわけで無く。特段の因縁が無い相手に、こだわるつもりもない。
　獅子と虎、肉食む者同士が出会えば蹴散らすだけ、この手で……なんて執着は不要、気遣ってくれた事にだけ、目線で謝意を示す。
「過去の亡霊か、それは判り易くていいね。さーて、亡霊を墓穴に叩き返すお仕事といこうか。簡単なお仕事といけばいいんだけどさ」
　二人とは対象的に、偲咲・沙花（フィルレスドール・d00369）が苛立ちを抑えるように、冗談交えて歩き出す。
　既に被害者も出ていると、出遅れている事で御機嫌斜めなのだろう。
　選んだ道は真正面、本館から敵が待つであろう渡り廊下へ直行だ。
「流石に簡単には行かないだろう。……惨劇を終わらせるために、惨劇を始めよう」
「そりゃあ僕らが出来るのは恢の言う通りのことだけさ。ただまあ……面倒事はさっさと終わらせてしまうに限る」
　恢が無表情に追随すると、沙花は少しだけ振り向いた後……。我が道を行くことにした。
　不機嫌はさっさと終わらせることにしよう。
　扉を開けて、噎せ返る様な血の臭いの中を突き進む。

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「こんにちは。ここから見える眺めは格別かな？」
「どうも。吸血鬼が日向ぼっことはいい趣味してるね」
「うんっ♪　ボクは姉さまの留守を預かる玉巻って言うんだ。よろしくね」
　中庭が目に入った時、夕凪・千歳（あの日の燠火・d02512）と恢は苦笑した。
　なんという皮肉、廊下は血の色だと言うのに……美しい光景。周囲を遮断した事もあり、別世界の様に長閑だ。
　冬は冬なりの花が咲き、犬か猫か知らないが、草影で何か寝ている。
　少女が窓の外に笑いかける姿も、こちら側で部屋を汚す血さえなければお似合いだと思えた。
「これはこれは丁寧に。グーテンターグ、フラウ玉巻ご機嫌いかがですか？」
「ごっきげーん。そのうち姉さまに会えるかもって思ったら、退屈なんてないもんね」
　あまりにもお似合いだったので、村山・一途（紅蓮破断・d04649）は思わず微笑んだ。
　きっと彼女は想像通りの可愛らしさで、はた迷惑な答えを返してくるのだろう。
　だから……、亡霊のような少女に笑ってこう応えた。
「今日はいい天気ですね死ぬにはいい日でしょう……きっと、あなたにも」
　小鳥が唄うような一途の宣戦布告。

　さあ、遺言をどうぞ。刻んであげましょう、あなたのエピタフを……。

　その宣誓は止められる物でもないし、止める気など灼滅者達には最初からなかった。
『そっか、ボクらの敵なんだね。じゃあ姉さまの為にも倒しておかなくちゃ。ゴメンね』
「ふう……。赤い糸は僕たちを導く運命の糸だったのかもしれないね……。悪いのだけど、君にはもう一度ここで眠りについてもらうよ」
　少女が服を消し去り、自分の姿ごと年頃に再構築する。
　艶を増した声と挙動の内に脅威を感じ、千歳は侮れないと判断すると同時に……逡巡を捨てた。
　あれを放置すれば危険……、人々も仲間達も。
　ならば躊躇は不要だと、気の良いお兄さんの仮面の後ろで冷徹に構える。

「くっ。なんかスッゴイ共感覚える立ち姿……。でも駄目。あれは倒すべき敵なんだ。親近感なんか捨てて掛らないと」
「思った事が口に出てる。しかし相手が何であろうと関係ないな。話が済めば狩るだけだ」
　独特なスタイルに悩む蒔絵・智（喪失万華鏡・d00227）が溜息をもらした時、日影・莉那（ハンター・d16285）は他人事のように聞き流した。
　両サイドに展開しつつ、万が一にも逃げられない様に。
　そして屋敷の構造で、『使える』場所を把握しておく。
「お互い、準備はいいな？　これ以上つまらん事になる前に狩ってやるよ」
　もはや躊躇いは不要。
　莉那は仲間に向けて半眼を落し、合図を促した！

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「ミュージック、スタート。……日向ぼっこは御仕舞いだ」
　恢がヘッドフォンを降ろし、深い意識の底に没入する。
　態勢は倒れるかのように崩れ、地面に手を突くや黒い刃を持って獣のように走り出した。
　黒い刃は陽だまりに似合わぬ影。
　邪魔だよと、立ち塞がる影……。糸に巻きつかれた人々を一足先に眠らせようとするが。
「ほっ！？　思ったよりも強いもんじゃのぅ。お人形遊びとはいえ、存外やるもんじゃ」
　いなこは最後まで見定めて動くつもりなのか、感心したような声を漏らす。
　糸巻き機にされた死体と違い、人形にされてるのは生きているとはいえ……。人形繰りの様に操られるだけで、あそこまで動くのは意外だった。
「普通の人をあそこまで酷使するなんて……。リリース……玉巻とかいったね。覚悟しな！」
　動くたびに軋む筋肉や骨を想像して、智の顔から躊躇いが消える。
　意識を反転させると戦いの為のドレスが震え、彼女の殺意で廊下を埋め尽くして行く。
　だが操る糸は揺れるだけで、切れもしなければ玉巻……いや玉姫が止めるそぶりもなかった。
「……まさしく一筋縄ではいかぬ様子。此処はお手を拝借して一曲いかがでしょうか？」
「悔しいけどい一途ちゃんの言うとおりだね。瑠璃垣先輩、ここは同時攻撃と行こうよ」
「……了解。タイミングは何時も通りで」
　槍を伸ばして牽制に踏み込んだ一途の提案に乗り、智は動きを変えた。
　前を行く恢の歩調に合わせ、フォーカウントの拍子を刻み始める。

「そろそろ、わしも動くかの。無茶を止めるのも無粋じゃ、せいぜい手助けすると参ろか」
「動かれるので？　では私どもは壁役と参りましょう」
　よっこいせっと、いなこが箒から降りたので、征士郎は状況の把握が終わったことを悟る。
　腰を据えて治療に回らねば退治は難しい……。彼女がそう判断したのなら。
　征士郎たち前衛が、相手の反撃を確実に止めるのも大事な手順だ。
「それが僕らの役目だしね。ここはじっくり舞踏会と行こうか。……もう寂しくないようにね」
「そちら側はお任せいたします。……ひとり遊びは退屈でしょう？　私達がお付き合いしますよ」
『あはっ。遊んでくれるなら歓迎するよ？』
　千歳が仲間を護る炎の翼をマントの様にはためかせると、征士郎は眼鏡を押し上げて前に出た。
　手にした剣は銀光から白光に移り代わり、聖なる輝きが覆い始める。
　炎も輝きも役目は一つ、敵を退け味方を護る、心意気で造られた壁である。

　そこには小さな少女と戦う逡巡は無い。ただ、容易ならざる敵を駆逐する為の……戦士の瞳がそこにあった。
「死ぬまで血を絞りあげ、まだ生きてたら死ぬまで踊らせる。……随分趣味の悪い編み物だね」
　沙花は飛び込みざまに腕を振るうと、何本かの糸に爪をひかっけ、その内の一本を探る。
　これまでの動きで本命は判っている、その赤い糸にから伸びる霊糸を断ち切り、解き放った。
　流石に操り人形たちでは、灼滅者の足止めは難しいかったのだろう。
　現に仲間達が次々と解放して行った。
「大人しく消えたままでいればよかったろうに、残念だね、また苦しい思いをするよ。……それとも誰かさんに逢えなくて既に苦しいのかい？　だったら楽にしてあげるよ」
『君なんかに何が判るのさ。痛い目みないうちに、黙りなよっ！』
　沙花の闘気が弾けて玉姫の周囲を薙ぎ払った。
　吸血鬼の眷属は、直接の主人が居なければ哀れな道具に過ぎない。
　空虚を人形繰りで埋めようとする少女は、怒りと共に赤き糸を叩きつけた。
　先ほど少女が座っていた椅子や近くにあった花瓶が、巻き込まれるだけで両断されていく……。

●
　糸の形をした『死』が、灼滅者を襲う。
　あれに巻き込まれたものは、全て切り刻まれるに違いない。
　そんな意図を込めた、赤い糸が沙花に迫る！
「っと、お前の相手は私だよ」
　莉那がその痛みに立ち塞がった。
　細い糸に込められた、圧倒的な暴力を握り潰して、改めて鋼の拳を握りしめる。
「任せたぞ、ライラプス。ここからはこちらから攻めるっ」
「莉那、助かった。……ナツ、今の動き見たね？」
　糸の操り主に莉那が殴りかかると、霊犬は瞳に元の姿を思い描いて傷を塞ぎ始めた。
　沙花は一言だけ礼を告げ、足元に声を掛けて自らの『ソレ』を呼び出す。
　可愛らしい姿がコクリと頷き、返事を返してガードに回る。

　これで態勢は整っただろうか？
　いやいや、もう一人。忘れてはおるまいか。
　わしの出番が待っておる。
「呆れた物よ、あれほどの立ち回りで切れもしとらん。ぬしゃの紡ぐ糸は丈夫そうじゃのう。いくつの命の糸を断ち切って鍛えたのかぇ？　わしにコツを教えておくれ」
『残りの傷を……繕った。そっか、まだ駄目なんだね、このくらいじゃ』
　いなこは先ほどまで車輪を操って陣を刻んでいたが、今度は糸を操るように動した。
　軽やかな指先が、縫物をするかのように動くと深い傷が全て塞ぐ。
　お前にできる事は、自分にもできるとばかりに人を食った態度で続けた。
「何、わしもぬしゃの命で糸を紡ごうと思うての。『姉さま』とやらも使こうてわしが立派な糸を紡いでやるのじゃ。もっとも……」
『ふざっ、けるなあー！』
　いなこはふざけた態度とは裏腹に、冷静に一歩下がった。
　先ほどまでの攻撃は、鋭くとも人形に余力を注いでの全力。今度こそ本当の全力が来ると悟って……。
「わしらはつおいからの、『力』を活かせるとは思わんことじゃ。皆ふぁいとじゃぞっ♪」
　いなこは、そのまま適任者に任せることにした。
「あまり挑発しないでいただけますか？　まあ……していても何とかいたしますが」
「遊び相手が欲しくて被害を出していたのなら叱ってあげないといけないね」
　征士郎の腕が糸の前に差し出され、両断するどころか衝撃に顔をしかめるのみ。
　彼自身の防御法術や、千歳の広げた盾の影響で多くを相殺したのだろう。
『そんな……。さっきより強くしたのに』
「話を聞いてなかったのか？　いなこは『わしら』と言ったろう。これまでだよ、お前は」
　玉姫の疑念を、莉那はつまらなそうに切り捨てた。
　格闘技に必殺技は数あれど、それが真に必殺と成る事は無い。何故ならば、必殺だからこそ防がれるからだ。
　仲間達の絆を束ねて、クリーンヒットしない環境を作り上げただけの話である。

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『姉さまの御屋敷でこれ以上の狼藉はっ』
「でも、今日のあなたは死ぬんでしょう？　その姉さまに再び巡り逢うこともなく」
　一途は再び小鳥のように囀ると、にこりと微笑む。
　嘲弄する訳でもなく、ただ、騎士譚か何かの様に歌い上げる。
「その前に、墓に刻む言葉を聞いておいてやる。死に往く者への礼儀としてね」
「そうですね。もう一度聞いておきましょうか。さて、遺言どうぞ」
『うるさいっ、姉さまに逢うまで、やられたりするもんかっ』
　恢は終局が近づいた事で、歩調を緩めて再びタイミングを合わせ始めた。
　その意図に気がついて、一途も踏み込みを合わせる。
　だけれども、ポーカーフェイスもこれまでだった。無表情な顔で、ぽつりと一言。
「そうですか、冴えない遺言ですね。そこはせめて、いつまでもとか、まとめていただきたかった」
　……がっかりです。

　一途はそう言い捨て、仲間の方に流し目で合図を送った。
「いち、に……さんっ！　行くよ瑠璃垣先輩、一途ちゃん！」
　先頭を駆けるのは智、今か今かと待ちかねた殺意を、二人の言葉に隠し走り込む。
　だその踏み込みは僅かに浅い。威力よりも当てることに専念した動きだ。
「刻む……その魂ごと！　アンタの動きを止めさせてもらうよ」
「チェックメイト。定番ですがいい物です」
　智は這いつくばるのがお似合いとばかりに、避けようとした玉姫の足を抉る。
　そこへ繰り出されるのは一途の刃。
　咄嗟に頭を動かして避けたが、それはフェイント。柄を握りしめて力の限り強打した。
「そしてここには俺が居るっ」
『なうっ！』
　もっとも深く踏み込んだ、恢の重い蹴りが玉姫に決まる。
　火花が出るほどの強烈な一撃に、華奢な身体がゴロゴロと転がった。
　だが少女は手だけで起き上がると。
『まだまだっっ！！　もっと姉さまの為に力を……』
　どこにそんな力があったのかと思うほど、ワンバウンドで飛び跳ねた！
　宙空から赤い糸を振りかぶり……。
「必要なのは力？　それとも血かい？　でもさ。人から染料を取らずとも、あるじゃないかここに、綺麗な赤色が」
　だが、待っていたのは、沙花だった。
　腕が埋まるほどの勢いで、黒き刃をハラワタまで深く突き刺す。
「……いや、それほど綺麗じゃ、ないか」
　沙花は刃を抜き去ると、血の雫を拭って溜息をついた。

「ゆっくりおやすみ。せめてあの世では仲良くな……っだよねえ？」
「封印されたモノ以外は、そのハズですね」
　千歳の確認に征士郎は短く応え、弔いの言葉を贈れば、後は立ち去る準備だ。
「さて最後の一働きといこうかの」
「ライラプス、出番」
　いなこと莉那たちが操られた人々を確認し、仲間達も続いて治療開始。
　血塗られた事件も、一件落着である。

作者：ｂａｒｏｎ	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2014年12月10日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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