果てしなき就活の果てに

    作者:小茄

    「久しぶりー! みっちゃん、最近どう? あれ、ちょっと痩せたんじゃない?」
    「うん……」
     高校時代の旧友と久しぶりの再会を果たしたミツコ。その表情は青白く、やややつれたように見えたのだろう。旧友はそんなミツコを心配するように尋ねる。
     しかし無理もない。大学4年生のミツコは、長く出口の見えない就活戦線で身も心も消耗しきっていたのである。
    「去年の正月ぶりかなぁ……そう言えばさー、こないだあっちゃんにメールしたらー、また新しい彼氏出来たって言っててー」
    「うん……」
    「……ねぇ、みっちゃん? なんかあんまり顔色良くないけど大丈夫?」
    「ちょっと就活でね」
    「あー、そうなんだ。でも大学行ったんだから大丈夫だよー。私でさえ何とかなったんだからさー」
     明るく社交的な性格の旧友は専門学校を卒業後、持ち前の要領の良さで地元企業に就職し、既に社会人となっていた。
     方や、大学と言っても有名校でも名門校でもない、地元の私立大学に通い、成績が優秀なわけでもなく、社交的でもないミツコは、数十社の面接に落ち続けていたのである。
    「実は……やっと何とかなりそうなんだ」
    「え? ほんと、やったじゃん! 何の会社? どんな事するの?」
    「最初の仕事がこれなんだけど……」
     自分の事の様に喜んでくれる彼女の眼前でミツコが取り出したのは、刃渡り30cmのサバイバルナイフ。
    「……え? ナイフ……作ってる会社?」
    「ううん、これで首を斬るの」
    「え?」
     ――ブツッ。
     旧友の問いかけに対し、ぎこちなく笑みを浮かべるミツコ。そして、極めて鋭利な刃先は、容易く旧友の首を貫いた。
     
    「就職活動に行き詰まった一般人が、六六六人衆に闇堕ちすると言う事件はご存じかしら? 今回もそんな事件の一つの様ですわね」
     有朱・絵梨佳(小学生エクスブレイン・dn0043)の説明によると、闇堕ちした一般人の名はミツコ。大学4年生だと言う。
    「ミツコは、かつての同級生を殺害し……彼女の首を持って商店街を移動している様ですわ。商店街と言っても、シャッター街と言って良い閑散とした通りなのだけれど」
     ミツコは、無差別殺人を行うつもりはない様だが、行く手を遮る者があれば、容赦無く手に掛けるだろう。正義感の強い一般人や、警官などが声を掛ければ被害が拡大しかねない。
     一刻も早い対応が必要となりそうだ。
     
    「彼女を闇堕ちから救い出す事はもはや不可能ですわ。灼滅して下さいまし」
     ミツコに接触するには、このシャッター街へ向かうのが最も手っ取り早いだろう。
     彼女自身は、生首を持って移動しているにもかかわらず、それを邪魔する者が居るとは考えて居ない様子。奇襲をかける事も可能であろうと絵梨佳は言う。
    「ダークネスに成り立てとは言え、その力は侮れませんわ。こうなってしまった以上、全力で灼滅して下さいまし」
     
    「説明はそんな所ですわね……それでは、お早い凱旋をお待ちしておりますわ」
     そう言うと、絵梨佳は灼滅者達を送り出すのだった。


    参加者
    玄鳥・一浄(風戯ゑ・d00882)
    外法院・ウツロギ(轢殺道化・d01207)
    橘・彩希(殲鈴・d01890)
    江田島・龍一郎(修羅を目指し者・d02437)
    安楽・刻(ワースレスファンタジー・d18614)
    佐倉・結希(ファントムブレイズ・d21733)
    倉丈・姫月(白兎の騎士・d24431)
    桜海老・まる(地獄の果てまで桜海老・d30674)

    ■リプレイ


     市街地の空洞化問題として、シャッター街というワードが取りざたされたのは昭和末期頃の事。今は各地の自治体や行政が、その対策を行ってはいるが、一朝一夕に解決する問題ではない事もまた事実である。
     単に街の衰退化を示すだけでなく、スラム化、治安の悪化を招くのもシャッター街の問題の一つだ。
     だが、今回だけは、この場所がシャッター街である事が幸いだったと言わざるを得ないだろう。
    「……ふふ……ありがとね。私の為に首をくれて」
     そんな薄暗くひとけの無いシャッター街を、幽鬼のごとく青白い顔色とおぼつかない足取りで歩む一人の女。リクルートスーツを身に纏い、新社会人を思わせる外見。その手には赤黒い物体を大事そうに抱えている。
     バスケットボールかバレーボールか……その程度の大きさの物体からは、ぽたりぽたりと赤い液体が滴り落ち、女の歩んできた足跡を明確に示していた。
    「ほんと、困ってたんだ……お姉ちゃんは家出て、旦那さんも子供も居るし。私だけいつまでも家に居られないでしょ……私こんなだから、結婚出来るかどうか解らないし……」
     球体とも言えるそれは、人の首。それも、つい先ほど切断されたばかりであるらしかった。女は、物言わぬその首に向かって話しかけながら、たださまよっているわけではなく、いずこかへ向かっている様だ。
    「……ねぇ、落ち着いたらさ……またあの頃みたいに三人で……」
     ――シャッ!
    「っ?!」
     呟きつつ歩む女の足が、かつてゲームセンターが有ったらしき店跡に差し掛かった刹那であった。
     女――佐野ミツコは始め、それが何者による現象か測りかねた。
     だが、左の太腿に走った衝撃と、自分に向けられた明確な敵意を感じ、殺さねばならない相手がその場所に潜んで居た事を理解したのである。
    「……こないやり方は、あんま好かんのやけどね」
     玄鳥・一浄(風戯ゑ・d00882)は深々とミツコの太腿を抉った閃翼を引き抜き、血を払いながら、誰に言うでもなく呟く。
    「……なにするの? 私急いでるの……」
     ミツコは、痛みや攻撃に取り乱す事も無く、キャッチセールスを断るようなトーンで言う。が、生首を大事そうに抱える左手と反対の利き手には、刀と言っても差し支えの無い、大型のサバイバルナイフが輝く。
    「そちらばっか見てないで僕も見てよー」
     ――ザンッ!
     ゲームセンター跡とは反対の店舗跡。弾むような楽しげな声が響くとほぼ同時、音も無く地面を疾走した影が、鋭利な刃となってミツコの足首を斬り付ける。
    「っ……邪魔、するの……?」
     振り返るミツコの視線の先には、目隠しを巻いているものの、口の端を歪め楽しげに嗤う外法院・ウツロギ(轢殺道化・d01207)。
    「見過ごせないの。手遅れなら仕方ないわよね」
     その問いに答えるのは、ミツコの行く手を塞ぐように姿を現した橘・彩希(殲鈴・d01890)。
    「アンタの就活の手伝いさ。地獄へのな」
     江田島・龍一郎(修羅を目指し者・d02437)もまた、殺していた気配を表わし、静かながらも良く通る声でミツコに告げる。
     気付けば、ミツコは完全に彼らの包囲下に置かれていたのだ。
    「……首、くれるんだ。あなた達も」
     青白く生気の無い顔に、微かな笑みを浮かべるミツコ。自分が窮地に立たされていると言う感覚は微塵も感じられない。
     むしろ、新たな首を得られる事を、幸いとさえ感じて居る様だ。
    「それはないです」
     ミツコの言葉を、きっぱりと否定する安楽・刻(ワースレスファンタジー・d18614)。その傍らには、無数の棘があしらわれた黒いドレスの女性が寄り添う。
    「首を持ってくるのが入社条件なんやろ? どう考えてもブラックやないですか……」
    「……未経験者歓迎で、離職率も低い……将来性もある……ブラックなんかじゃないわ……」
     間合いを詰めつつ、あきれ顔で言うのは佐倉・結希(ファントムブレイズ・d21733)。ミツコは表情に不快感を表わしつつ言い返す。
    「お主、その首、一体どこへ持って行くつもりじゃ。よもや、それ程の事を成しておいて何の目的も無いなどとは言わせぬぞ?」
    「どこって……会社よ。私の初仕事なの」
     二人のやり取りを聞いて、探りを入れる倉丈・姫月(白兎の騎士・d24431)。ミツコは、焦点の合っているのか合っていないのか解らない虚ろな視線を向けつつそう答える。
    「げほっ……げほ……そんな初仕事あってたまるかっつーんだよ」
     生首を目にして多少気分を悪くしたのか、咳き込みながら声を荒げるのは桜海老・まる(地獄の果てまで桜海老・d30674)。
     ――タッ!
     友人を生首にしても一切悪びれる様子も無く仕事と言い放つミツコに対し、我慢ならないとばかりに燃えさかる槍を構えて飛びかかる。
     ひとけもないシャッター街の一角。殺界により周囲から隔絶されたその空間で、魔に魅入られたリクルートと灼滅者の戦いが始まった。


    「なんっつーの、奇襲大成功ってやつか? えっへん」
     まるは、炎に包まれたミツコを不敵な笑みで見遣りつつ、胸を張る。
    「邪魔……させないから」
     ――ブンッ!
    「ぐっ?!」
     殺意の黒い炎が、紅蓮の炎を呑み込む勢いでミツコの身体を覆う。油断したわけではないだろうが、刃は深々とまるの肩口に突き立てられる。
    「……っざっけんなぁ!!」
     ミツコの腕を払いのけると、まるは対抗するように白炎を燃え上がらせる。
    「頑張ったのだろうけれど、今回の就職は無かったということで」
    「やめて……取り消しなんてさせない。今回は絶対に内定を取る。例えどんな代償を払ってもね!」
     微笑みを湛えつつ言う彩希に対し、初めて感情をむき出しにするミツコ。今回の内定に賭けるミツコの想いが見て取れる。
    「そのくらい強気でいけたら良かったのに……今更よね」
     彩希は少しその笑みに翳りを落としつつ、しかし弾かれる様にエアシューズで地面を蹴る。
    「あなた達の首も頂戴よ。そしたらきっと……」
     対照的に、笑みを深くするのはミツコ。血の乾きつつあるサバイバルナイフを振り上げ、迎え撃つ構えだ。
     ――ギィィンッ!
     彩希の左手に握られた花逝の刃が、ミツコのサバイバルナイフを摩り削るように交錯する。硬質の金属音と、微かに散る火花。
     しかしつばぜり合いは長く続かない。ミツコの意識がナイフに集中しているのを見抜くと、彩希は赤く白熱したエアシューズで足払いを掛ける。
    「ぐっ?!」
    「地獄で永遠に働かせてやるよ。覚悟しな」
     満足に受け身も取れず転倒したミツコに対し、刀を振り下ろすのは龍一郎。
     ――ザンッ!
    「ぐあぁっ!!」
     鋭利な斬撃は、ミツコの足首辺りを深々と斬り付けその動きを制限する。
    「邪魔、させないから……絶対に……私が、どんな思いでここまで……」
     ミツコは血が滲むほどに強く奥歯を噛み締めながら、ゆっくりと立ち上がる。闇に身を委ねる心の弱さはあったにせよ、彼女もまた追い詰められていたのだろう。
    「でも、友達を殺していい理由にはならないよ」
     同情の余地があるかないかは、もはや問題にはならない。刻はミツコのみならず、自分自身にも言い聞かせるようにきっぱりと言い放ちつつ、ビハインドの霊障波と共にバイオレンスギターを掻き鳴らす。
    「うるさい! あの子は許してくれる……きっと……!」
    「せめて他の人まで手にかけてしまわない内に……!」
     完全なるダークネスとなったミツコに、人としての良心を求めるのはもはや無駄なのだろう。この上は、更なる悲劇を起こさせないことだけが最善手となる。
     ――ガツッ!
    「ぐっ!」
     結希は拳に集中させた闘気を雷に変え、ミツコの頬を強かに殴りつける。強い衝撃と全身を走る雷撃に、彼女の痩身がぐらりとよろめく。
    「勝者と敗者がいるのが世の節理。時には苦汁をなめ続ける事もあろう。されど、お主は諦めるべきではなかった! その闇に抗うべきだったのじゃ!」
    「……今更っ……こうなってしまったのよ。私が悪いんじゃない……私をこうさせた世の中がいけない!」
     天高く跳躍した姫月は、詭弁を弄するミツコに構うこと無く、流星の如く光纏う跳び蹴りを見舞う。
    「あぐうぅっ!! あ、あなた達には解らない……私の悔しさやつらさ……誰にも解るわけない!」
     ――バッ!
     強烈な衝撃によって、再び地面に倒れるミツコ。だが、ぶつぶつと低く呟きながら再び立ち上がる。と、彼女の身体から発せられるのはどす黒い殺意の波動。灼滅者達の肌に焼き付くような痛みを与え、同時にその体力を奪って行く。
    「これ以上誰一人倒れさせない。まして、首なんて渡しません」
     どす黒い殺意を撥ね除けるように、聖なる風を呼び起こす結希。それは殺意とは真逆の、博愛の力である。
    「取り返しつかへん所まで来てもうたんやね」
     ミツコの殺意の強さと深さを、身をもって感じた一浄は、静かに地を蹴り間合いを詰める。
    「終わりや」
     ――バシュンッ!!
    「ぐ、あぁぁーっ!!」
     殺意の源である彼女目掛け、魔力迸るロッドを振り下ろされる。ともすれば、逆の立場で遭遇していた運命もあったのかも知れない。その思いを抱きつつ、それ故に一浄が手心を加える事は無い。
     激しい閃光に包まれ、地面を転がるミツコ。
    「ねぇお姉さん、なんて名前の企業に就職するの?」
    「く、ううっ……あなた達には関係ない! さっさと首を寄越しなさいよぉぉっ!!」
     さり気なく探りを入れるウツロギだが、よろめきながら立ち上がるミツコは答えようとしない。或いは答えられないのか。
    「そう。じゃ……ほら就職氷河期って言うじゃない。氷、好きでしょ?」
    「ぎっ……!」
     ――ヒュッ!
     白い妖槍――【憎悪】と名付けられたその穂先に形成された氷柱。ミツコの精神を揺さぶる様に尋ねながら、それを投げつける。
    「関係ない……もう、就活はもう終わったんだから!」
     ――パキィンッ!
    「そして貴女の人生も此処で仕舞いということで」
    「っ?!」
     ウツロギが放った氷柱の破片が、ミツコを幻惑する瞬間を見逃さず、低い姿勢で間合いへ飛び込む彩希。
     鋭利な刃先でもって、リクルートスーツごとミツコの身体に深々と斬り付ける。
    「さっきのお返しは、きっちりさせて貰うぜ!」
     獣の跳躍力で間合いを詰めたまるは、先ほど自分が受けたのと同じ場所に鋭い銀爪を突き立てる。
    「ぎゃあぅっ……!」
     カランと乾いた音を立て、サバイバルナイフが転がり落ちる。
    「今だ!」
     そのナイフを彼方へと蹴り飛ばし、まるは仲間へ声を発する。
    「全力で殺してあげるね」
    「が、はっ……!」
     表情は窺えないが、息も絶え絶えとなったミツコに嬉々として追撃を掛けるビハインドに合わせ、刻の拳がその腹部を強かに打つ。
    「なんで、よ……なんの為に……苦労して……」 
    「せめてもの情けじゃ。その魂、その苦しみから解放するのじゃ」
     静かに告げた姫月は、剣を非物質化し、苦悶の表情を浮かべるミツコの魂へその刃を振り下ろす。
    「これで終わりだ。あばよ」
     ――ザシュッ!
     間隙を置かず、一度鞘に収めた刀を瞬間的に抜き放つ龍一郎。
     肉体と魂の双方を両断されたミツコは、糸が切れたようにその場に崩れ落ち、程なくして、完全に動かなくなった。


    「堪忍な。せめて、ゆっくり休んだってや」
     一浄は、その謝罪が自己満足に過ぎないことを知りながらも、ミツコと友人の亡骸を、可能な限りで安らかな姿勢に整え安置する。
    「……闇堕ち、か。ダークネスとて元は人間。闇堕ちし、また他者を闇へと引き擦り込む繰り返し……何とも虚しいことじゃ」
    「だな……なんつーかやるせねーわ。あと就職したくない」
     手を合わせ冥福を祈った後、姫月はぽつりと呟く。同様に合掌したまるは、相槌をうちつつため息を零す。いずれの問題も、灼滅者達にとって無縁の話ではないのだ。
    (「可哀想とは思うけれど」)
     最終的にその道を選んだのはミツコ自身なのか、それとも否応無く宿命付けられていたのか、いずれにしても仕方の無い事。彩希はナイフを鞘に仕舞うと、それきりミツコ達の遺体に眼を向けず、感傷に浸るのを止めた。求められた仕事は終えたのだ。
    「序列持ちだったなら僕の蒐集録に名を連ねることが出来たのにね」
     こちらはまた別の思惑から、残念そうに呟くウツロギ。
     ミツコはダークネスになりながらも、まだ正社員にはなっていなかった様だ。序列を名乗らなかったのも、それ故だろうか。
    「ウチの予知も完璧ではないだろうし、おそらく何割かは企業とやらに到達しているんだろうな」
     中には、首を持参し正社員となった者達も居るのかも知れない。龍一郎はいずれその者達とも決着を付ける日が来るのかも知れない、と予感する。
    「では、行きましょうか」
    「そうだな」
    「えぇ」
     刻は、務めて感情を籠めない口調で皆へ呼びかける。一同はその言葉を誰かが口にするのを待っていたように、頷いてきびすを返す。
    「……モールの入り口に公衆電話……確かあったよなぁ」
     結希は、去り際に遺体のことを通報してゆこうと考える。少しでも早く、遺族の元へ帰れるようにと。

     かくして、灼滅者達は任務を完遂した。
     闇堕ちしたミツコと彼女に殺められた友人の命は戻らないが、更なる悲劇の拡大は防がれたのである。
     一行は北風の吹き抜けるシャッター街を後に、学園へと帰還するのだった。

    作者:小茄 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年11月30日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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