獄魔覇獄前哨戦~百万一心

    作者:日暮ひかり

    ●???
     神奈川県南部、東京湾と相模湾に面する海の町、横須賀市。
     その横須賀市の海底から、大きな、大きすぎる力が、上陸しようとしていた。
     怪しく光る光球の中にあるのは、光の束で縛られた小柄な人影。
     
     その光球は、海から地上に上がると、ふらふらと空中を漂いながら、横須賀市のほぼ中央へと到達すると、地面にふわりと着地した。
     その中から現れたのは……。
     
    「あれ? ここは、どこ、どうして、こんな所に? たしか私はパワースポット巡りを……」
     
     たった、一人のラグナロクであった。
     
    ●獄魔覇獄前哨戦
     8名の獄魔大将に次ぐ。
     獄魔覇獄の戦いの火蓋が切って落とされた。
     横須賀市中央部に放たれた、ラグナロクを奪い合え。
     ラグナロクを捕らえ確保したものが、獄魔覇獄の戦いをリードする事になるだろう。
     ラグナロクを確保する事は、獄魔覇獄の勝利条件であるのだから。
     
     ラグナロクの確保に全力をつくすのも良いだろう。
     獄魔覇獄の戦いの為に戦力を温存するのも良いだろう。
     敵戦力を見極める事に重点を置く戦いも悪くは無い。
     
     獄魔大将として、軍を率い、そして、自らの目的を果たすがいい。
     
    ●warning!!!
     出陣の準備はいいかと鷹神・豊(エクスブレイン・dn0052)は問うた。
     いわば前哨戦となる此度の戦いの目標は、横須賀に放たれたラグナロクの少女の確保。
     彼女に戦闘能力はない。よって発見後、彼女を武蔵坂に護送するまでが任務となる。
     参戦勢力は、武蔵坂以外に7つ。鷹神は改めて各勢力の解説を始めた。
     
    「まずはソロモンの悪魔【ブエル】の勢力だ。近頃一般人をブエル兵に変える事件を起こしていたのは奴らだとされているが、未だ謎が多いな」
     ブエル兵達は、住宅街を虱潰しに探しまわっている。
     その際、新たなブエル兵を生み出す事も同時に行い、捜索網と戦力の強化をはかるようだ。
     
    「【シン・ライリー】は、本人が直々に偵察にお出ましだ。ここで獄魔大将である奴が灼滅されれば、この勢力は早々に敗北が決定する」
     シン・ライリーを含む、少数精鋭の部隊が偵察のため密かに横須賀へ訪れているという。
     彼らの目的は『他勢力の獄魔大将の力を見極める事』で、表立った活動は行わないようである。
     
    「【クロキバ】の勢力は、イフリート……が主力の筈だが……例の犬猫眷属の寄せ集め……に見える。な、何かできるとでもいうのか……?」
     派遣された眷属がラグナロクの捜索を行っている一方、イフリートの姿は殆ど見えない。
     例えラグナロクを発見したとしても、鷹神の言う通り確保する力はないだろう。
     
    「組織だった活動はしないと言われてきた【六六六人衆】だが、今回は人事部長とかいう六六六人衆が指揮を取っている。奴らには気をつけろ」
     人事部長は、六六六人衆の『新入社員』と、強化一般人の『派遣社員』を動員し、ラグナロク捜索を行っている。
     彼らは灼滅者を警戒しており、優先的に撃破を狙おうとするだろう。
     
    「四大シャドウの一体【歓喜のデスギガス】の配下シャドウ達は、横須賀市民のソウルボードを移動しつつ状況を伺っている。情報収集を優先しているようだな」
     だが、ラグナロク発見時の状況によっては、横取りを狙ってくる可能性も充分考えられる。
     
    「ノーライフキングの【カンナビス】。こいつは、『病院』の灼滅者の死体から作った実験体アンデッドを大勢送りこんできやがった」
     ラグナロクを確保しようとしている実験体アンデッド達は、灼滅者であるような外見に偽造されている。
     おそらく、自勢力の情報を他の獄魔大将に隠そうという意図があるのだろう。
     
    「【ナミダ姫】はスサノオの姫、とかいったな。『古の畏れ』を横須賀市内に出現させ、他勢力を無差別攻撃するようだが……」
     ナミダ姫勢力はラグナロクを捜索しないようだ。
     敵の戦力を測ろうとしていると思われるが、他にも目的があるのかもしれない。

    「……ご清聴感謝する。特にラグナロクの確保を狙っている連中は揃いも揃って下衆揃い、有象無象の魑魅魍魎といったところだな。このような奴らは蹴散らして、ラグナロクの保護にあたるぞ。うちに来れば彼女は一先ず安全。獄魔覇獄の戦いにも一歩リード、だ」
     君達はラグナロクの捜索を優先しても良いし、妨害のために他の勢力を襲撃してもいい。どちらも同じくらい重要な役割だから、よく話し合って決定してくれとエクスブレインは言った。
    「知っての通り、ラグナロクも一人の心ある人間だ。君達の傍にいた方がいい。……何が起きるか予測のつかん戦いではあるが、多くの者が力と心を一つにすれば何事も成しえると古人も言っている」
     ここに至るまでに様々な、多くはろくでもない事件があった。それゆえ、各人が獄魔覇獄へ抱く思いも複雑だろう。この前哨戦、それら全てをぶつけるつもりで団結してほしい。
    「俺に出来ることはした、次は君達が力を貸してくれるな。後は任せたぞ、灼滅者!」
     少なくとも、君達の敵はそれを望んではいないだろうから。


    参加者
    平・等(眼鏡眼鏡眼鏡眼鏡眼鏡眼鏡眼鏡・d00650)
    一橋・智巳(強き魂に誓いし者・d01340)
    遊木月・瑪瑙(ストリキニーネ・d01468)
    八坂・善四郎(万能一心・d12132)
    キング・ミゼリア(ロイヤルソウルはうろたえない・d14144)
    野乃・御伽(アクロファイア・d15646)
    庵原・真珠(揺れる振り子・d19620)
    ナターリヤ・アリーニン(夢魅入るクークラ・d24954)

    ■リプレイ

    『いしやーーきパパイヤーーーーー! パパイヤパパイヤパパイヤーーーーー採算度外視だよっ♪』

    ●1
     あまりにも場違いな歌が、横須賀の街に大音量で響いていた。
     呆気にとられる一行の前を、石焼き芋ならぬ、パパイヤの屋台を乗せた奇怪な車が通過していく。車体には『斬新コーポレーション』とあった。
     たぶん、六六六人衆。あの企業だ。
    「誘き出すまでもなかったね」
     遊木月・瑪瑙(ストリキニーネ・d01468)が感情のこもらない呟きをこぼす。まさかこれほど目立つ行動をとるとは思ってもみなかった。現在地がマーキングされた地図を確認しつつ、尾行していくと、やがて車は東側の住宅街で止まった。
    『さあ熱々のパパイヤが18円! ラグナロクの奥様には更にサービスだよっ』
    「み、三上さん、本当に近くにいるんですか……?」
    「斬新社長様が東って言ってただろ。ラグナロクも寒空の下で腹を減らしてるはず……しかもパパイヤを石焼いてしまうとは、無能な派遣共には不可能な新発想! 俺有能!」
    「……」
     横須賀市民達に焼きパパイヤと、捜索願のビラを配る派遣社員達。皆、三上なる正社員の斬新な捜索法に白目をむいている。
    「……うあー、何かやるだろうなぁって思ってたら案の定っすよぅ! っていうか、色々斜め上いきまくりっす……」
     その斬新さは、流行にうるさい八坂・善四郎(万能一心・d12132)にも不評だ。派遣社員と三上を引き離すのは難しいと判断した一行は、早々に奇襲を決行した。
    「目障りだ、そこをどけっ!」
     平・等(眼鏡眼鏡眼鏡眼鏡眼鏡眼鏡眼鏡・d00650)が呪文を唱え、突如派遣社員達を爆破した。うろたえる敵を一行が取り囲む。
    「そんなんでラグナロクみつかると思ってるとか、ぶっちゃけありえねーっす……こんな時だし、助けに入らざるをえないっす。別にこういうときじゃなくても助けに行くっすけどねー!」
    「まぁ、少なくとも君たちの手に渡すのは、御免だよね」
    「ソウサクはん、のかたがた。シュウチュウ、できますよう。皆様と、ごいっしょ。がんばり、ます……っ」
     善四郎の言葉に、瑪瑙とナターリヤ・アリーニン(夢魅入るクークラ・d24954)も頷く。善四郎の癒しの矢を受けた瑪瑙は十字架を呼び、銃を構えた派遣社員達の手元を光線で炙った。
    「ヴァローナ様。お力かして、くださいっ……!」
     悲鳴と共に放たれた追尾弾を、ナターリヤとビハインドのヴァローナが受け止める。ナターリヤは軽く吐血したが、紅をさされた唇は無邪気に弧を描く。そして聖剣を空に掲げ、奔放なバレリーナのようにくるくると舞った。
     演目は、聖戦士。破邪の剣先が幾度も敵の関節を刻み、一山の肉塊ができあがる。
    「死にたくなけりゃ遠くへ逃げろ!」
     命の危険を感じた市民達が一目散に逃げたのを確認した野乃・御伽(アクロファイア・d15646)は、『阿修羅』の名を冠す双頭の朱槍を回しながら、にやりと笑んた。
    「オラ来いよ。俺らが相手してやるぜ」
     挑発に乗り、向かってきた派遣が即座に心臓を一突きされ、絶命する。斬新でも敵は六六六人衆、油断はない。
    「こ、こんな仕事やってられるか!」
     逃げだす配下の背を三上は睨みつけた。
     そしてガトリングガンを出すと、なんの躊躇もなく、蜂の巣にした。
    「ひっ、ひぃぃ!!」
    「……所詮は烏合の衆、ってところ?」
    「ダークネスにとっちゃ『使い捨て』だから、派遣社員とは上手い表現ね」
     混乱ぶりを嘲弄する瑪瑙に対し、キング・ミゼリア(ロイヤルソウルはうろたえない・d14144)もそう答えたが、哀れだからといって手加減はできない。
    「死にたくなければ灼滅者を殺せッ!」
     大人しそうに見えたのだろう。三上の配下達は、半狂乱で庵原・真珠(揺れる振り子・d19620)に殺到した。
     こわいなあ、苦笑しつつも心臓のうえをとんとんと、叩く。緊張しないおまじないだ。
     落ちついて体の軸をそらし、拳を避けた流れで敵の腕を捕らえ、可動方向とは逆にそっと捻り上げる。最低限の力で敵を翻弄する真珠を、三上の銃口が狙う。その間に颯爽と割って入るは、王族の格調高い赤マント。
    「ざ、斬新な奴! お前我が社に……」
    「だが断るわッ!」
    「ぐわっ! 目がァ!!」
     輝ける王族のオーラを放出して体内の弾丸を摘出すると、キングは配下に注射器を突き刺した。
     次々配下を蹴散らしていく灼滅者達。一橋・智巳(強き魂に誓いし者・d01340)が、最後の一人をアッパーで空の彼方までぶっとばした。
    「ぬるいぜ。もっと喧嘩し甲斐のある奴はいねぇのか!」
    「使えない奴らだ……仕方ない、俺の斬新な本気を見ろ!」
     三上はそう叫ぶと、なんと銃を撃たずに地面に打ちつけた。大地が震え、衝撃が前衛を襲う。
    「ザン、シン?」
    「斬新……でした?」
    「くっくっく、銃をハンマーとして使ってきたな。このメガネヒーロー☆の眼鏡は全てお見通しだ!」
    「もーワケわかんないすけど、とりあえず回復っすー!」
     首を傾げるナターリヤと、困惑する真珠に、等が渦巻き眼鏡をキランとさせて解説を入れた。
     善四郎の護符から清らかな風が広がり、前衛の負傷をすぐさま治療する。瑪瑙と等の影に相次いで襲われ、三上は苦しみだした。
    「斬新、斬新ってなんだぁ……!」
    「大した事ねぇな。てめぇ、序列はいくつだ?」
    「黙れ! お前らを殺して出世してやる!」
     訝しむ智巳の声に、三上は顔を真っ赤にして銃を振り回す。が、堅牢を誇る一行の陣容は、一人で破れるものではない。
     最終的にヤケになった三上は、御伽の頭をかち割ろうと銃を高く振りかぶった。だが御伽は冷静に三上の左肩を槍でどんと打つ。
    「あ」
     重心が傾き、後ろに倒れていく三上の胸に刃を突き立て、魔力を籠めた。
    「隙がデケェよ、じゃあな」

     笑い話はここまでだ。

     心霊手術を終えた直後、届いた一本の電話で事態は急変した。ハンドフォンは発信専用のため、他班からの連絡は携帯にくるようになっている。
    「はい捜査二課。冗談、テストだ」
    『赤い看板が掛かった廃ビル付近で、人事部長と遭遇した。戦闘を開』
     ガッ! ブツン……。
     声の主は、同じく六六六人衆の掃討にあたっているレイヴン(d26564)と思われたが、激しいノイズを残し通話は突如中断された。等がかけ直しても、繋がらない。
    「冗談言ってる場合じゃなかったぜ。緊急事態だ」
     等は皆に通話内容を報告した。恐らくは、人事部長が仲間の携帯を破壊した、とも。
     赤い看板の廃ビルは、目視できる距離にある。救援のため、一行は急いで駆けだしたが――間が悪く、敵襲があった。
    「いたぞ、灼滅者だ! かかれ!」
    「……こんな時にこなくてもいいのになぁ」
     敵の増援を連れていくわけにもいかない。真珠は曖昧に笑って、とんと地を蹴った。大した敵ではなさそうだが、如何せん数が多い。
     一人、また一人と蹴散らしながらも、焦りが心を侵食する。仲間達は、無事なのだろうか。

    ●2
    「てめぇで最後だ……!」
     雷を思わせる智巳のパイルが、最後の敵を蹂躙した。二度目の敵を倒し終え、皆流石に疲れた顔をしている。ただ、それ以上に仲間の事が気懸りだ。他の班が救援に向かったのだろうか? あれ以降、連絡はない。
     休憩している時間はない。赤い看板を目指し、一行は改めて走った。そして程なくして、止まる。止まらざるを得なかった。
     あまりの殺気に、足が竦んだ。
     路地の先に、刀を手にした中年の男が見えた。品のいいスーツは乱れ、全身傷だらけの状態だが、それでも凄まじい威圧感を放っている。
    「全く、次から次へと……」
     男――人事部長は思わぬ伏兵の登場に苛立ち、そして焦っている様子だった。
     恐らく、先程連絡をよこした仲間達から命からがら逃げてきた所だ。
     しかし、まずいのはこちらも同じだ。二度の戦闘を終え、回復もしていない状態。仲間がいればまだしも、八人で勝てるのか――即座の判断が問われた。
    「いざという時はアタシに任せなさい」
     王族の威光を全身に纏わせ、キングは力強く言う。
     アタシは、どんな時でも超ポジティブ。
     悲壮な覚悟なんて、必要ない。
    「何かをするのに代償が必要で、そしてその代償が余りにも大きいのなら、高位の者が率先して行うのは当然でしょ。誰かを守るのが王の責務……つまり『ロイヤルソウルはうろたえない』ッ!」
     高らかに宣言するキングを見て、人事部長は眉を寄せる。
    「ちっ、六六六人衆とは妙な縁付いているよな」
     くっくっ、と、等が低い笑みを零した。

     誰が指揮するまでもなく、皆、武器を構える。
     例え『自分自身の存在』を犠牲にしてでも。
     敵の重鎮をここまで追いつめた仲間達の奮戦を、ここで無駄にはできない――!

    「やってやるさ。相手があの姑息でニクいシャドウじゃなくてもな!」
     大剣を持つ鎧へと変じた等の影が、踵を返しかけた人事部長へ襲いかかる。
    「真黒に呑まれろ!」
     その巨体が敵の退路を遮った。人事部長は大剣を刀で受けたが、更に重い闇が頭上から覆いかぶさるように迫ってくる。等の影ごと敵を圧し潰し、瑪瑙は穏やかに笑った。
    「待ってたよ」
     頬の切り傷がずきり、と痛む。言葉は虚勢にも等しいが、事実、瑪瑙の心は無風だった。刹那、影が一瞬で散らされる。
    「その状態で私に勝てると? 退きなさい。手負いの貴方達を処分するなど容易い事です」
     一歩、一歩。
     禍々しい気迫を纏い、男が迫る。
    「わー……殺気すごい」
     怖い怖い六六六人衆。それも指揮官級の敵を前に、真珠はまた苦笑を零す。普通の日常にはもう戻れないのだ。
     けれどエアシューズで確りと大地を蹴り、前に出た。ナターリヤとヴァローナも隣に並ぶ。
    「皆様と、ぶじ。かえってこなきゃ、だめ、です、ね」
    「うん。やるしかないね」
     幼いナターリヤが、怖じるどころか笑みを向けている。頼もしさを覚え、真珠は頷き返す。
     一人なら足が震えた。でも仲間がいるから、大丈夫。
     殺意の渦へ真っ向から飛びこみ、ヴァローナは消しとんだ。二人もがくりと膝をつく。けれど善四郎の矢の癒しを受け、自ら回復し、立ち上がる。
    「イイわよ、皆ステキ! 国民栄誉賞ものだわ」
     仲間を鼓舞しながら、キングも注射器で敵の生命力を奪った。攻撃しながら傷を癒せる技は、この状況において戦局を大きく左右する鍵になる。
    「面倒な技を……」
     回復する手段を持っていないのか、人事部長の顔色が変わった。もはや両者とも背水の陣、ここを気合いで突破せねば次はない。激しい打ち合いが続いた。
     御伽の槍をすくい、軽々と上空へ弾くと、敵の刀がそのまま肩へ打ちおろされる。生じた風圧だけで後ろの善四郎まで吹きとんだ。
    「チッ、くそっ」
     腕が千切れんばかりの激痛に、御伽は膝をつき舌打ちした。この手応え、平社員達とは明らかに違う。
    「大変だってのはわかってたっす……でもぶっちゃけ、ここまで大変すぎる! とは思ってなかった……」
     善四郎も起き上がる。自分はかすり傷だが、激しいプレッシャーは感じる。大変、という言葉でも足りないこの苦境、もはや開き直るしかない。
    「もうこーなったら今日の善四郎くんはメッチャ符を飛ばしまくるっすよ!」
     白コートの至る所から護符を取りだし、御伽へ向かってがむしゃらに投げつける。チャラ男渾身の回復を受け、御伽も槍を握り直した。
    「しっかり回復に励めよ。久しぶりのおやつフィーバーチャンスなんだからな!」
     等に励まされ、ナノナノの煎兵衛も善四郎を真似してふわふわハートを飛ばしまくる。
     智巳も限界が近いが、最後の力でパイルバンカーを担ぎあげた。
     強くならなきゃならねぇ、闇堕ちする前はずっとそう思っていた。強くなって守らなきゃ、弱くて大切な者達は、いつだって全部失くしちまう。
     智巳の懐に人事部長が飛びこんでくる。しかし、真珠が割って入った。敵が抜刀するより一瞬だけ早く、彼女がその手を蹴り上げる。
     男の舌打ちが聞こえた。
     斬り捨てられた真珠の瞳から、光が消えていく。最後まで真剣に、敵を見据えたまま。その背を見て、智巳は改めて決意を固めた。
     傲慢だった。俺の周りにゃ、どいつもこいつも強ぇ奴らばっかりだ。
     だからこそ、今も俺は――強くなりてぇと思う。
    「守るためじゃねぇ、智に……共に、ある為だッ!」
     真珠が倒れると同時に智巳はジェット噴射を発動させ、人事部長の『死の中心点』を真正面から杭で貫いた。
    「ぐァッ!」
     痛打によろめく男へ、ナターリヤとキングの剣が相次いで振るわれる。二人が敵の体力を吸って耐える一方、人事部長は先の交戦の傷が響き、徐々に追いつめられていった。しかし攻撃力が衰えることはない。
    「後は任せたぜ……!」
    「……っ。皆様、ごぶじ、で……」
     冴えた月の如き衝撃波の前に、仲間を庇ったナターリヤと、智巳が力尽きた。最後の砦となったキングが、皆を庇うように前に立つ。肩で息をしている御伽に対し、人事部長は穏やかな笑みを向けた。
    「お疲れのようですが」
    「……ははっ、お楽しみはこれからだろ?」
     脅しに屈さず、御伽は口角を上げてにたりと笑った。愉しい。戦意は消えないばかりか、この苦境のなか、いっそう心が燃えあがるようだ。肩の傷をものともせず、御伽は敵へ打ちかかる。瑪瑙も槍で鋭い突きをくりだす。二人の猛攻を凌ぐので手一杯な人事部長は、等の操る影の鎧に横から吹き飛ばされ、石垣に激突した。
     数々の報告書で目にした言葉を、瑪瑙は冷ややかな笑みと共に呟いた。
    「どうしたの。『灼滅者ぐらい軽く倒せなきゃ、我が社の社員には相応しくない』……んじゃなかった」
    「馬鹿な……っ、こんな筈では」
     ゆらりと詰め寄っていく瑪瑙に、善四郎が支援の矢を放った。
    「二人ともやっちゃってー!!」
     殺気が薄れ、四隣が澄んでいくのを感じながら、御伽も頷く。
     そして。

    「お前さ、俺らの事、」
    「甘く見過ぎなんだよね」
     螺旋の威を乗せた二人の槍先が、人事部長の胴体を石垣ごと抉り取った。

    「……っ、今後誰が我が社の人事を担うというのですか。せめて、社長に謝罪を……部長代行の、手配を……!」
    「安心なさい。……王がいなくなっても、その代わりって結構いるものよ」
     ある種社員の鑑ともいえる言葉を遺した人事部長へ、キングはどこか自嘲的な笑みを手向けた。
     男の身体がぼろぼろと崩れ、完全に塵と化すまで待たず、一行は重傷の三人を担ぎ、一目散に戦場からの退却を始めた。
     満身創痍だが、人事部長の撃破という予想外の大手柄をあげることができた。灼滅者二四名が力と心を束ねて報いた、偉大なる一矢だ。もうやる事はない。残す願いは、一つ。
     ふと、ナターリヤがうわごとを呟く。
     いってらっしゃい。そう笑顔で見送ってくれた、大切な人の夢を見ているのだろうか。傷だらけの頬には、かすかな笑みが浮かんでいた。
    「……ラグナロク様……ぶじ、おあいできますよう、に……」

    作者:日暮ひかり 重傷:一橋・智巳(強き魂に誓いし者・d01340) 庵原・真珠(水明り・d19620) ナターリヤ・アリーニン(夢魅入るクークラ・d24954) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年12月12日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 9/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ