獄魔覇獄前哨戦~彼女の未来

    作者:佐伯都

     神奈川県南部、横須賀市。
     東京湾と相模湾に面する海底から何かが、輝く光球が浮上してくる。その中には光の束で拘束された小柄な影が見えた。
     光球は海から地上を経て、宙空へ漂い出る。そのまま横須賀市のほぼ中央へ到達し、ゆっくりと地面へ降りていった。
    「あれ?」
     光球に包まれていた人影は目を瞬かせ、夢でも見ていたかのように周囲を見回す。
    「ここは、どこ、どうして、こんな所に? たしか私はパワースポット巡りを……」
     知らぬ者が見れば、ちっぽけな、ただの迷子の少女。
     しかしその正体はラグナロク。差し出される手を取り間違えれば破壊と破滅だけが待つ、ひどく危うい存在だった。
     
    ●獄魔覇獄前哨戦~彼女の未来
     8名の獄魔大将に告ぐ。
     獄魔覇獄の戦いの火蓋が切って落とされた。
     横須賀市中央部に放たれた、ラグナロクを奪い合え。
     この前哨戦で、ラグナロクを捕らえ確保したものが、獄魔覇獄の戦いをリードする事になるだろう。

     ラグナロクの確保に全力をつくすのも良いだろう。
     獄魔覇獄の戦いの為に戦力を温存するのも良いだろう。
     敵戦力を見極める事に重点を置く戦いも悪くは無い。

     獄魔大将として、軍を率い、そして、自らの目的を果たすがいい。
     
    「ラグナロクを賭けた獄魔覇獄前哨戦が行われる」
     成宮・樹(高校生エクスブレイン・dn0159)は苛立ちを隠さない。
     争奪戦の対象にされたラグナロクはすでに膨大なサイキックエナジーを体内へ溜め込んでいるものの、これまでと同じく灼滅者やダークネスのように、戦うための力はまったく持たない。
     つまり一般人と何ら変わらない無力な少女だ。
     それでいて、闇堕ちすれば破滅と災厄をもたらすラグナロクダークネスと化す宿命のもとにある。
    「それを奪い合えとか、ラグナロクを完全に餌扱いするやり口自体が気にくわない」
     獄魔覇獄に参戦するのは武蔵坂以外に7つ。他勢力に先んじてラグナロクを探しだす事を重視してもいいし、ラグナロクの少女を奪われないようこちらから襲撃するという事もできるだろう。
    「獄魔覇獄の戦いの行方も気になる所とは思うけれど、多くのダークネス組織に狙われるラグナロクを救出するためにも、皆の力を貸してほしい」
     そして武蔵坂を除く、この前哨戦に参戦するダークネスに関し現在わかっている情報を樹は列挙していく。
    「まず最初に、ブエル勢力。住宅街をしらみつぶしに探しまわりながら、新しいブエル兵も生み出しているようだ」
     ラグナロクの捜索と戦力増強を同時進行している、と考えればわかりやすいかもしれない。
     次のシン・ライリー勢力に関しては、獄魔大将シン・ライリーを含め、少数精鋭の部隊が密かに横須賀入りをしているようだ。その目的は他の獄魔大将の力を見極める事のようで、特に表立って活動はしていない。
    「そして、もしこの前哨戦でシン・ライリーを灼滅できれば、獄魔大将シン・ライリーの勢力は敗北する」
     もっともそれを狙い、かつ達成できるかどうかは、灼滅者の選択と作戦次第という所だろう。
     そして誰もが気になる所である、イフリート・クロキバが率いる勢力。
     こちらは犬猫眷属を派遣してのラグナロク捜索を行っている。しかし主力となるイフリートをほとんど派遣していないため、もしラグナロクを発見したとしても確保するに至る戦力はなさそうだ。
    「六六六人衆勢力に関しては、『人事部長』と呼ばれる六六六人衆が指揮を取っている」
     こちらは武蔵坂勢力を警戒しており、灼滅者の撃破を優先的に行おうとしている。鉢合わせた時のための用心は必要かもしれない。
     また『新入社員』と呼ばれる六六六人衆と『派遣社員』と呼ばれる強化一般人、それらを動員してのラグナロク探索を行っているようだ。
     次に四大シャドウのひとつ、『歓喜のデスギガス』配下によるシャドウ勢力。
     ここは横須賀市民のソウルボードを移動しながらの情報収集を優先しつつ、前哨戦の行方を伺っている。しかしラグナロクが発見された場合、強奪できる状況ならば襲撃を仕掛けてくるだろう。
    「ノーライフキング、カンナビスの勢力については、……またこの手か、って感じもするけど」
     嫌そうな顔で樹は溜息をついた。
     カンナビス勢力の戦力は、例によって例の如く、病院の灼滅者の遺体から生み出した実験体アンデッドから成っている。それらを多数送り出してのラグナロク確保、が主な目的のようだ。
    「しかもこのアンデッドの外見、灼滅者に見せかける偽装までされている。偽装する事で自分達の勢力の情報を他から隠そうとしているらしいけど、どこまで病院の灼滅者を馬鹿にすれば気が済むんだか……!」
     それが私怨だとわかっていても許せなかったのだろう、胸底から深く息を吐き、樹は気分を切り替えるように顔を上げた。
    「……最後にスサノオの姫、ナミダの勢力。こちらは特にラグナロクの探索を行う様子はない」
     しかし多数の『古の畏れ』を横須賀市内に出現させ、無差別に敵を襲わせようとする。おそらく他勢力の戦力を削る目的があると考えられるが、もしかしたら他の目的があるのかもしれない。
     どちらにせよナミダ当人をはじめ、まだ情報の少ない勢力だ。用心しておくに越したことはない。
     探索か戦闘のどちらを重視するかはもちろん、横須賀のどこへ向かうか、手薄な場所をカバーするのか一点集中するのか、色々と考えるべき事は多いだろう。
    「8人のメンバーでどのようにチームとして争奪戦へ挑むのか、よく検討してほしい」
     それから何よりも、全員無事での帰還を待っている、と言いおいて樹は説明を終えた。


    参加者
    小坂・翠里(いつかの私にサヨナラを・d00229)
    加賀谷・彩雪(小さき六花・d04786)
    ハノン・ミラー(ダメな研究所のダメな生物兵器・d17118)
    三和・悠仁(夢縊り・d17133)
    幸宮・新(伽藍堂のアイオーン・d17469)
    久瀬・雛菊(蒼穹のシーアクオン・d21285)
    ドラグノヴァ・ヴィントレス(クリスタライズノヴァ・d25430)
    吉国・高斗(小樽の怪傑赤マフラー・d28262)

    ■リプレイ

    ●壱
     冷たい海風が吹きつけるガードレールへ勢いよく右脚を乗せ、吉国・高斗(小樽の怪傑赤マフラー・d28262)は周囲に広がる住宅街を見回した。
    「学園に来る前の事で詳しくは知らなかったが……カンナビスとやらは死者を冒涜する、相当ムカつく奴らしいな」
     当の病院出身である人造灼滅者、ドラグノヴァ・ヴィントレス(クリスタライズノヴァ・d25430)は高斗の台詞にもいつも通りの平静さを保っているように見える。少なくとも、表向きは。
     小坂・翠里(いつかの私にサヨナラを・d00229)と加賀谷・彩雪(小さき六花・d04786)は周囲に怪しげな一団がいないかどうか警戒を怠らない。
     カンナビスの尖兵は、武蔵坂の灼滅者であるかのように偽装を施されたアンデッド。
     果たしてその偽装の真意が一体どこにあるのか、今は何もわからない。しかしアンデッドならばアンデッドらしくしていてほしいものだと三和・悠仁(夢縊り・d17133)は思う。
     ……何たってそのほうが殴りやすくていい。最後まで誇りを抱いて脅威にあらがい、そして果てた者の体をこんな方法で利用する下種の思惑や考えなど、理解したくもなかった。
     ハノン・ミラー(ダメな研究所のダメな生物兵器・d17118)がふと耳を澄ませると、数ブロック先ほど先だろうか、住宅街から何やら喧嘩中らしき犬の鳴き声が聞こえていた。
    「灼滅者を装うなんて、カンナビスの本当の狙いは何なんやろうね」
    「さあ? 僕はカンナビスに関しては、話でしか聞いたことがないからね」
     久瀬・雛菊(蒼穹のシーアクオン・d21285)に、幸宮・新(伽藍堂のアイオーン・d17469)が少々おどけた風情で首をかたむける。
     カンナビス勢力と思われる一団が横須賀市の南地区に発見されたとの報をラグナロク捜索班から受け、新らはどこか閑散としている駅前を抜け住宅街方面に向かっていた。
     交通量の多い大通りから、住宅街の奥へ奥へと向かうハノンの視界を五名ほどの学生らしき一団が足早に通り過ぎる。皆師走の海風を避けるようにマフラーやらニット帽など、かなりな重装備だ。
     一瞬そのまま見送ろうとして、そしてハノンは風上――随分着ぶくれた一団から漂ってきた死臭に目を剥く。
     後続のメンバーを両腕を上げて制止し、その一方でハノンは内懐からスレイヤーカードを抜いた。ことさら目立つように、腕章をはめた腕を前へ出す。
    「待て!」
     日本の学生ならば誰が着ていてもおかしくない、チャコールグレーや濃紺のコート。
    「……どこの担当ですか?」
     灼滅者かダークネスが見ればそれがただの影でないことは明白だろう、ややグロテスクなフォルムの影業を意図的に周囲へ浮遊させた悠仁が低く鋭く誰何の声をあげる。
     悠仁の問いには答えず、マフラーで口元を隠した高校生ほどの背格好をした少年がドラグノヴァと視線を合わせたままじりじりと後ずさった。
    「どうやら、ビンゴのようね」
     ひんやり冷たい剣呑な声音にも、所属不明の一団は声をあげない。それを全ての返答と解釈し、ドラグノヴァは龍砕斧を大きく一振りして下段へ据えた。

    ●弐
     このたびの作戦が立案された段階で、カンナビス勢力の偽装を警戒する者は多かった。カンナビス勢力か、それとも武蔵坂か、見分けるための手段について論議を交わした時間は決して少なくない。
     つまり、その経緯がある以上灼滅者相手に身分を明かすことを少しでもためらうならば、それはその時点で相手がカンナビス勢であることが自動的に確定する。武蔵坂側には、相手が誰であろうが所属を語らない理由が存在しないのだ。
     分厚いコートの下には抉られた胴があるのか、目深いニット帽の下には切り落とされた耳があるのか、ミトンの下の指は欠けてしまっているのか、ややもすると手首から先がないのかもしれない。
     そう思うとドラグノヴァの眉間にはどうしても皺が寄る。元病院灼滅者ゆえにこの仕打ちは心底憎いが、かと言って復讐は他者を理由にして戦うようで、個人的にはあまり好きなものではなかった。
     ……復讐じゃ、ない。
     純粋にひたすらに、ただ嫌いだから戦う。陳腐な理由などドラグノヴァにとっては不要だ。
    「お前らカンナビス勢力は、ここで逃がすとただ害にしかならねえ! この赤きマフラーの魂を懸け、お前達をうち滅ぼすぜ!!」
     称号に違わぬ深紅のマフラーを風になびかせ、遠目にも目立つ白ジャージ姿の高斗が大喝すると、もはや戦闘は避けえぬとアンデッド達は判断したようだ。解体ナイフや鋼糸らしきそれぞれの武器を手に、新らへ一直線に襲いかかってくる。
    「本当に人間そっくりに偽装してあるよねぇ」
     海老茶に変色した血糊を張り付かせた、バイオレンスギター。見知った人物とはまるで似ていないものの、しゃにむに殴りかかってくるセーラー服姿の少女アンデッドについ新は苦笑してしまう。あえてぎりぎりの距離でバックステップを踏み、やり過ごした。
     ……本当に、まったく似ていない。でも。
     年齢としてはやや小柄、かつ中性的な顔立ちから苦笑がかき消えて、手甲から伸びた爪が凶悪にぎらつく。
    「回復は任せたっすよ、蒼!」
     巨大なガトリングガンの銃身を引き起こし、翠里は大切な相棒を最後衛へ下がらせた。頼みとする霊犬は彩雪と共に回復にあたらせ、自らは後列にとどまり雛菊と共に高い精度の銃撃で大ダメージを狙う。
     カンナビスの卑怯な真似に対しては怒りを感じるが、そういうえげつない手段を選ぶ相手がいるという事実。翠里は怒りと同時に、ある意味での恐怖も覚えている自分に気付いていた。
     でも。
    「だからこそ、ここでしっかりと倒しておくっすよ!!」
     肩へ重くのしかかる恐怖を脱ぎ捨てるように、吼える。
     狙いすましたブレイジングバーストが、新の胴を叩き折ろうと再度武器を振り上げた少女アンデッドの黄色いニット帽とイヤマフを吹き飛ばした。
    「まったく、大した技術だよ。それでも、これを見れば分かる――」
     額から上の頭蓋は、それが致命傷だったのか、あらかた消失している。一体何をされたのか不自然に両耳を削がれた側頭部が白日の下にさらされ、灼滅者達の戦意に火をつけた。
     新の手甲【鬼ノ爪】に植えこまれた爪には、殺人注射器の要領でサイキック毒が仕込まれている。振り回すバイオレンスギターの遠心力をのせて殴りかかってきた少女アンデッドを紙一重で躱しきり、新はすれちがいざまにがらあきの胴へ爪を叩きこんだ。
    「救いようの無い、クソ野郎だってのはなァ!!」
     新の絶叫は、カンナビス勢との戦闘を選んだチームの内奥を代弁していたかもしれない。
     実に、その数7組。
     このたびの前哨戦において、武蔵坂としては最大戦力がカンナビス勢へ割かれていた。もちろん、灼滅者に偽装する作戦が武蔵坂にとって不利益になりかねない事や、特に協力態勢にあるクロキバ勢に誤解を招く懸念が存在したことは言うまでもない。
     いつのまにか犬の喧嘩の声はもう聞こえなくなっていた。

    ●惨
     灼滅者を素体としたアンデッドは一般人を素体としたそれよりも能力が高いことは周知の事実だが、最後の1体を仕留めたドラグノヴァは何とも言えない違和感を感じていた。
     何か、こう、いまいち手応えが薄いような。もしかして既にどこかで他のダークネス勢と一戦まじえた後だったのだろうか。
    「どうもこの南側地区が一番きなくさいらしいっすね」
     いくつかの班が使っているチャットから、カンナビス勢は特に横須賀市の南側地区を中心に活動しているらしき事、そしてカンナビス勢との戦闘を選んだ班が多い事からも、どうやら他の地域と比べ激戦区になっているらしいことを翠里は知る。
     そして、先ほどから妙に犬や猫の鳴き声が多いのはハノンの気のせいばかりではないはずだ。
     離れた場所でサイキックのものらしき閃光や火柱がたちのぼっている事に関しては他の戦闘班も多いので想定内としても、クロキバ勢が派遣しているはずの犬猫眷属がどうしているのか、どうにもハノンは気にかかる。
    「今頃、ラグナロクのコックリさんはなんて言ってるんだろう……巻き込まれないよう、この付近にいなければ良いけど」
    「その時はその時、イカスミちゃんに乗せて安全な場所までひとっ走りしてもらうんよ!」
     相棒のライドキャリバー、イカスミをなだめるようにひと撫でしてやり、雛菊はからりと笑った。
     もしラグナロクの少女と遭遇した場合、ダークネスよりも先に確保するのは至上命題。しかし数多くのアンデッドが送り込まれているらしきこの地域では、できれば彼女の安全のためにも別の地域に隠れていてほしいというのが正直な所だ。
     ともかく南側地域のアンデッドを可能な限り排除する事とし、雛菊が見晴らしのよい場所を求め塀を登ろうとした、その時だった。
     ほんの一区画向こうで、突如として爆発音が上がる。
     そこへ複数の犬猫の尋常でない声が混じり、彩雪はまさか、と思わず足元の霊犬・さっちゃんを見下ろした。
    「行こう、クロキバの眷属かもしれんよ!」
    「嫌な予感が……する、です」
     雛菊が真っ先に身を翻し、犬の声が聞こえた方向へ走り出す。
     それに続いた高斗とドラグノヴァが見たものは、なかば一方的な殺戮だった。
     先ほど遭遇したものよりは痛みの少ない遺体らしく、それがアンデッドだという大前提をすっ飛ばして見るならば、武蔵坂が犬猫眷属を血祭りにあげている風景に見えたかもしれない。
     今や力を得て、通常ありえない大きな体躯となった黒い柴犬がわずかに残った猫眷属を背後へ庇っている。どうにか少しでも時間を稼ぐつもりでいるのか、あえて反撃せず四肢を踏ん張り、全身でアンデッドを威嚇している。
     そこを中心として、累々と転がっている犬猫眷属の屍。どうやらたった今倒されたわけではなさそうな、何者かにひどく踏みつけにされたものも多かった。
     雛菊がイカスミへ、アンデッドに向けてのキャリバー突撃を命じる。血濡れたアスファルトをものともせず猛スピードで突っ込んでくるライドキャリバーに気付いて、アンデッドの布陣が崩れた。
    「イカスミちゃん! 遠慮はいらんよ!」
    「今……助ける、です!」
     さらに彩雪が黒柴犬の前へさっちゃんを立たせ、今にも無敵斬艦刀を振り下ろさんとしていたアンデッドへ縛霊撃を仕掛ける。
     ぎりぎりで彩雪のサイキックの相殺は間に合い、新が黒柴犬の隣へすべりこんだ。

    ●屍
    「落ち着け。こいつらは偽物、俺達武蔵坂にとっても敵だ」
     黒柴犬は満身創痍のまま悠仁にも牙を剥くが、次々と助勢に加わる翠里や高斗にこちらの意図を察したらしい。
     クロキバが犬猫眷属の制御に成功したという事なのか、あるいは偶然理解しただけなのか。真偽は定かでないが、今はこちらを味方と思ってくれただけでいい。
    「しっかり味わっていくんよ!」
     紫色のアームガードに包まれた雛菊の腕へ、アナゴの形状をしたオーラが絡みつく。恐ろしいほど無造作に手近なアンデッドを掴んで引き寄せ、パイルドライバーに酷似したアナゴダイナミックが炸裂した。
    「もう大丈夫、早くクロキバの所に帰るっす」
     黒柴犬が背後に庇っていた猫眷属はほぼ無傷なことに気付き、翠里は先に逃がしてやることにする。黒柴犬もそのほうが、流れ弾の心配をせず安心なはずだ。
    「偽物が混じっているからよく気を付けるっすよ」
     恐らくクロキバ勢の犬猫眷属は、武蔵坂の人間と思って不用意にカンナビスのアンデッドへ近づいたか何かしたのだろう。改めて、翠里はカンナビスの狡猾なやり口に唇を噛んだ。
     もちろんこの南側地域には本物の武蔵坂の人間も多くいるはずだが、さっきから妙に動物の声が聞こえていたのは、運悪くアンデッドの方に遭遇した犬猫眷属によるものだったとしか考えられない。
     今や剣戟の音がひっきりなしにあちこちから聞こえてくる。対カンナビス戦闘班が可能なかぎり犬猫眷属を救ってくれている事を、翠里は祈った。
    「こんな卑怯なやり方、絶対許さない、です……!」
     武蔵坂を攻撃したいなら直接、正面から挑んでくればいい。こちらは元々ダークネスに比べれば弱小勢力、逃げたり隠れたり小細工をした所でどうなるわけでもないのだ。
     だからこんな、信頼や強力の裏をかいて嘲笑うような真似が彩雪には許せない。到底許容できるものではない。
     いつかカンナビスとまみえる事があれば、思いっきりぶん殴る。そんな気分だった。
    「本当に毎度毎度、病院の死人使わなきゃ何もできねえのかよ」
     左目を覆うアイパッチさえなければ五体満足としか思えない少年アンデッドが、布陣深くへ踏み込んできた悠仁の前に立ちはだかってくる。
     グラインドファイアで着実にダメージを積み上げていくドラグノヴァ。その光景を横目にしながら悠仁はバベルブレイカー【朧導】を腰だめに構え、妖の槍を手にした少年アンデッドのみぞおち目がけ振りかぶる。
    「下衆はさっさとご退場願うよ」
     ジェット噴射によって取り返しのつかぬ域まで深められたダメージは、何か細い形状の武器で眼窩を抉られた少年アンデッドを高々と吹き飛ばした。
     傷だらけ血まみれのまま灼滅者と共にアンデッドを撃退すべく、黒柴犬も持てる力を振り絞る。見た目がなかなかに壮絶なので彩雪は内心気が気でなかったのだが、どうやら当人としては戦意のほうが遙かに上回るらしく足元にも不安はない。
     彩雪と翠里の霊犬・蒼が前衛を支え、高斗や雛菊が後衛から消耗の激しいアンデッドを次々と討ち取っていく。
     ほどなく最後の一体を高斗がスターゲイザーで沈め、満身創痍の黒柴犬を住宅街のはずれまで見送った頃には、南側地域での戦闘は終結しつつあった。恐らくこの前哨戦のため差し向けられたカンナビス勢のアンデッドは、武蔵坂によって駆逐されたはずだ。
     静けさを取り戻しつつある住宅街の真ん中、ふと弔い合戦、という単語が胸に浮かび高斗はほろ苦く笑う。
     どうか少しでもその魂が安らかに眠れるように、と願った。

    作者:佐伯都 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年12月12日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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