獄魔覇獄前哨戦～天運の星のゆくえ

■リプレイ

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　横須賀市の東部。
　この地域に入ったとたん何処からともなく響いてくる大声に、八人の灼滅者は耳をそばだてた。
「――……ロクのお嬢様、我々はお嬢様のご声援をいただきたいと思います。どうか、その幸運の笑顔をこちらにお向けください！」
　徐々に姿を現したのは、数台の自転車集団。
　かなり緩いスピードで走る背には、社名入りの幟がはためいている。
　その自転車に乗るのは黒スーツの男達。白手袋をはめた手を大きく振り、爽やかな笑顔を振りまいているその様はまるで選挙の行脚。
　前カゴには大量の販促用ポケットティッシュが入っており、自転車が跳ねる振動で、ポケットティッシュが灼滅者の足元にぽたぽたっと落ちた。
　天峰・結城（全方位戦術師・d02939）はそのひとつを拾い上げると、中にはティッシュのほかに広告も入っていた。
『ラグナロクを探しています。　斬新コーポレーション』
　最初のカタカナ五文字でラグナロクを狙う一派だとわかる。そしてスーツ姿ということは会社員ということに繋がり――。
　ターゲットに据えていた六六六人衆。
　ならば。
「待ってくださいっ」
　八重沢・桜（百桜繚乱・d17551）が声をかけると、振り返ったのは最後尾の男。桜の姿を見るなり前を行く仲間に声をかけて自転車を止め、駆け寄ってくる。残りの男達も底声を聞いて自転車を止め、こちらに向かってくる。
「もしかして、ラグナロクさんですか？」
　その口ぶりは組織の中でも下の方、おそらく派遣社員クラスであることが伺えた。
　ならば、潰しておくしかない。
「……ラグナロク。だったら、良かったんだろうけどねぇ」
　レオン・ヴァーミリオン（暁を望む者・d24267）が武装しがてら笑むと、その様子を見た最後尾の男が声をあげる。
「馬鹿野郎！　そいつ等はラグナロクじゃない！！」
　おそらく、派遣社員の上司の正社員なのだろう。だが、時既に遅し。
「柳・真夜、いざ参ります」
　柳・真夜（自覚なき逸般人・d00798）は解除コードを唱えがてら、桜に話しかけた男に超硬度の拳を撃ち込むと、間髪いれずに霧渡・ラルフ（愛染奇劇・d09884）が、赤く輝く槍『Grief of Tepes』で敵を穿つ。
「そう、灼滅者デス」
　吹っ飛ばされた派遣社員は、地面に叩きつけられて動かなくなった。
　正社員は歯を軋ませると、灼滅者に慄いている派遣社員に激を飛ばす。
「お前等、さっさとあいつらを倒せ！　早く！！」
　正社員に促され、尻を蹴られ、渋々と与えられた武器である名刺型護符揃えを構えて灼滅者に特攻してくる派遣社員。
「お、来る？　来ちゃう？　initiate」
　浮いた言動の後、解除コードを唱えて派遣社員を迎え撃つは竜崎・蛍（レアモンスター・d11208）。
　相手となる派遣社員は、所詮は強化一般人。一撃二撃与えていけば、ひとりふたりと倒れてゆき、あっという間に残すは正社員だけとなった。
「残りはあなただけです。観念してください！」
　白光を放った斬撃で最後の派遣社員を薙ぎ払った柾・菊乃（鬼薊姫命・d12039）は、正社員に剣先を向ける。
「チッ、こンの無能共め！」
　倒れた派遣社員のひとりを蹴り飛ばした正社員は、得物としている解体ナイフの柄をぎゅっと鳴らして灼滅者を睨みつけた。
　
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「俺はこんなところでお前等に構ってる暇なんてないんだ！！」
　振りかぶったナイフから放たれるのは、猛毒の竜巻。それは前衛を喰らう。
　社員は番外者でも六六六人衆。一撃二撃食らわせれば沈む派遣社員とは訳が違う。一撃が重い。
　ジオッセル・ジジ（ジジ神様・d16810）は毒に顔を歪ませながらも、弓の弦を引いて癒しの力を宿す矢を桜に放つと、霊犬のギエヌイも清らかな瞳をラルフに向けて傷を癒した。
「じゃぁな！」
　無傷であるにも拘らず背中を見せて逃げようとする正社員。しかし。
「このチームからは逃げられないよっ」
　たんっと地を蹴った蛍が正社員の脚を斬りつけてその動きを鈍らせると、
「さぁ、アゲていこうか！」
　意気軒昂と力強く飛び出したレオンも、その鳩尾目掛けて連打をお見舞いすると、正社員はフラ付きながらも灼滅者を睨む。
「チッ！」
　激しい撃ち合いが続いた。
　攻撃手はダメージを削り、護り手と回復手はその補佐に回るが、やはり相手は六六六人衆のダークネス。その攻撃力は桁違いだった。
　攻撃手の傷も浅くはなかったが、仲間を庇い続ける護り手の体力の減りは特に顕著で、ギエヌイが消滅してからも何度も正社員の攻撃を庇い、受け続けていた。
　正社員はこの戦いから逃げ切ることは出来ないと悟ったや否や、さらに鋭い視線を八人に向ける。このままここでやられては、ラグナロクを我先に見つけることも、社長賞受賞も、特別昇進も、すべてが水の泡。
「くっそ、ガキ共ッ！」
　正社員は乱暴にナイフを構えると、目にも留まらぬ速さでレオンの懐に入り込む。しかしその斬撃は間に割って入った菊乃を斬った。鮮血が滴る刀身は複雑に変形しており、白い装束を紅く染めた菊乃はその場に膝を着く。
「――っ！」
「回復を」
　結城がすかさず霊力を込めた光で菊乃の回復に当たる。今までのダメージの蓄積で、回復を施しても戻る体力は高が知れていた。だけど、ここで倒れさせる訳には行かない。
「……俺の、昇格の、邪魔を、するなぁぁ！！」
　こうして自分の野望や欲望を叫ぶ彼もまた、人事部長に利用されている可哀想な人。だけど、都合の良い甘い誘惑に負けている人。
　桜はロッドをしっかり握り直して正社員に向かう。
「……そんな人には、負けませんっ！」
　魔力を湛えたロッドヘッドは美しい弧を描いて正社員の腹へと食い込むと、その魔力は正社員の体内で爆発し。
　地面に叩きつけられた正社員は、何か呻き声を上げると同時に身体を数度ビクビクと跳ねさせた後、やがて動かなくなり塵と化していった。
　後に残ったのは道端に転がる派遣社員と、人数分の自転車。
　自転車の後ろに立てられた社名の幟が、風に虚しくはためいていた。

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　大通りから小さな路地に入った灼滅者たちは、深い傷を負っている護り手に心霊手術を施していく。
　その間に消滅していたギエヌイも姿を現してジオッセルのそばについていた。
　攻撃手の回復サイキックを潰し、最後の一人の心霊手術が終わったその時、真夜が持っている携帯電話が着信を知らせた。
　事前に連絡先を交換していた別チームからだろう。
「はい、お待たせし――」
『赤い看板が掛かった廃ビル付近で、人事部長と遭遇した。戦闘を開』
　突然激しい破壊音とともに、通話が途切れる。
「え……、ちょ、大丈夫ですか！？」
　真夜が戸惑い、声をあげても、もう応答がない。
　他の七人にも、真夜の焦るその様子だけで連絡を寄越したチームに非常事態が発生したことはわかる。
　でも、一体何が起こったというのか……。
　これ以上繋がらない電話に話しかけても埒が明かない、真夜は携帯電話をポケットに仕舞いながら、告げる。
「人事部長が姿を現したみたいです」
　その発言、言った方も聞いた方も背筋が凍る。
　真夜が大通りの方に目をやると、ビルの隙間から見えるのは赤い看板。
「場所は、おそらくあの赤い看板の下。……そこで戦闘を開始……、したのだろうと思います」
　全員が赤い看板を見つめる。その心境は焦りや戸惑い、そして少しの慄きだろう。
　なぜなら、人事部長との交戦は極力避けようと考えていたから。
　だけど、遭遇したチームは強敵と一戦を交えている。おそらく、このままでは――。
「……楽しそうじゃナイですか……！」
　ラルフは、自分の身体の震えを抑えることが出来ずにいた。強敵が自分の目と鼻の先にいる。そう考えるだけで心が躍るような高揚感を感じた。
「……行きましょう！」
　自分を奮い立たせて、桜は宣言した。
　人事部長が許せない理由がある。それは、彼にスカウトされて灼滅した野球好きの六六六人衆の存在。
「これ以上、人事部長の好きにはさせませんっ」
「そうだねぇ、ホシはこんなに近くにいるんだ。行かない理由なんてないよねぇ」
　この逆境はレオンの笑顔をさらに明るくする。
「そうと決まれば、急ぎましょう！」
　路地裏から最初に飛び出したのはジオッセルとギエヌイ。
　立ち止まっている暇などない。走り出す小さい身体を先頭に、灼滅者は走り出した。
　――不安がないといえば嘘になる。相手はあの六六六人衆であり、社内の役職持ち。就職活動生を集めてのセミナーを開き、有能な六六六人衆へのヘッドハンティングを行った張本人。序列も先ほど倒した正社員とは比べ物にならないほどに高いのだろう。
　だけど今まで人事部長のスカウトの元で犠牲になってきた就活生や、ヘッドハンティングによって灼滅された六六六人衆の命の代償は、とてつもなく大きい。
　それに、今ここに人事部長を討つ好機が巡ってきた。
　これも、天運の星のゆくえが導いたものなのだ。
「――！」
　角を曲がった灼滅者たちが目にしたものは、満身創痍の仲間の姿。
　その目前には刀を構え直し、今にもそれを振らんとするスーツの男、――人事部長の姿――。
「――っ、やらせはしないっ、チームッ！」
　走り様に足元に力を込める蛍。発生した炎を蹴りを放つと人事部長の日本刀をはじく。その手から刀は落せなかったが、こちらに注意を引くには十分すぎる攻撃だ。
「お待たせしてしまって、すみません！」
「お前が人事部長か……」
　菊乃は別チームの灼滅者にそう告げると、振り返り際に人事部長を真っ直ぐ見据え、結城も武器を構えた。残りの灼滅者も武器を構えて強敵に挑むと、
「援軍ですか」
　人事部長が僅かに眉を寄せる。
「私達が抑えているうちに、回復を」
　ジオッセルは背中越しに回復を促すと、人事部長の振るう刀をデモノイド寄生体の『ゴモラ』で受け止めた。
　
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　人事部長のどす黒い殺気は、先ほどの正社員が雑魚に思えるほど強く毒々しい。おそらく八人なら、確実に勝機が見えなかっただろう。
　だけど今は別のチームの仲間がいて、自分達のチームの士気も高い。それだけで十分心強かった。
　人事部長の部下から振るわれるシールドを交わしながらも、協力して次々と部下を倒していく。
　人事部長は倒れていく部下に目もくれずに余裕の笑みを浮かべると、ラルフの死角に回り込んでその身を斬り刻む。
「……ッ！」
　即座に動いたのはジオッセルとギエヌイ。オーラを癒しの力に転換、また清らかな瞳でラルフの傷を癒す。
　非物質化させた剣を振るうのは菊乃。強敵を前に不安がないといえば嘘になるし、先の戦いでのダメージも蓄積している。
「……この任、最良の形で遣り遂げましょう！」
　勇ましい巫女の斬撃は、人事部長の魂を破壊する。
「そう、ヒーローは必ず勝たなければいけません……！」
　戦うことしか出来ないから――。桜は唸りを上げる槍の穂先を、その仕立ての良いスーツの脇腹へと突き立てると、続いた蛍のグラインドファイアは人事部長を護る部下に庇われてしまう。
　人事部長は中々の切れ者であった。
　攻撃手、特に遊撃手をあえて攻撃し、それを庇う護り手の体力を削っていく。少なくともこのチームの相手をするには、そうした戦いが最も効果的だと思ったのだろう。
　チームの要である攻撃手を欠いてはならない。そんな強い気持ちが護り手を突き動かしていくが。
「なかなかしぶといですね。では、この攻撃は庇いきれますか？」
　無尽蔵に放出されたどす黒い殺気に包まれそうになる結城と蛍、そしてレオン。
「チーム！　ピールピール！　おーーい！！」
　狙われて焦る蛍が声をあげる。結城とレオンも武器を盾に身を庇うが、その殺気は三人を覆うことはなかった。
　菊乃とジオッセル、そしてギエヌイが己の身を挺してその殺気を受け止めていたのだ。
「……大丈夫、ですか……？」
　しかし殺気は、二人と一匹の意識を奪うには十分すぎて。
「あとは、おねがいし……」
　再び消滅するギエヌイ。そして意識を手放して倒れていく菊乃とジオッセルを見て、真夜は一瞬だけ息を呑んだが。
　護り手は私ひとり。やられちゃいけないけど、護りも崩してもいけない。
　拳を握りこんで、倒れるふたりの前に立った。
「計算通り。というところですかね」
　人事部長は倒れた二人を一瞥すると、涼しい笑みを浮かべながらスーツの埃を叩き落とす。
「――よそ見、厳・禁！！」
　自分を庇って倒れた仲間の気持ちは無駄にはしない。バベルブレイカーを構えたレオンが杭の先を人事部長の脇腹へと突き立てると、結城は巨大な腕型の祭壇兼武器から結界を構築し、部下共々人事部長を縛り付け。
「そのままでいてくださいね！」
　華奢なロッド・『Grand Guignol』を構えたラルフが、人事部長の鳩尾目掛けて殴りつけると、受身を取って地面に降りた人事部長の着地点には、いつの間にそこに居たのか、真夜がスーツの襟首を掴んで投げ飛ばした。
　数多くの攻撃を受け、それでも人事部長は至って涼しい顔で灼滅者と刀を交えていた。
　が、ふと踵を返すと、部下の後ろへと回り込んだ。
「……ふむ、芳しくないですね。今のところはここで引いてあげましょう。私はここでやられるわけには行かないのでね……」
　口の端をあげてにやりと笑むと、傷だらけ埃だらけのまま走り去っていく。追いかけようとする灼滅者の前には、残された人事部長の部下が立ちはだかる。
　この部下を倒さなければ人事部長を討つことは不可能――。
　灼滅者が部下を倒し終えた頃には、、あの仕立ての良かったスーツ姿は、どこにも見当たらなかった。
　人事部長を逃がした悔しさは残るが、かなりの傷を負わせたのは紛れもない事実。
　もしかしたら他のチームが、手負いの人事部長を……。と、淡い期待を抱きたくなるのもまた事実。
　なぜなら、あそこまで追い詰めることが出来た強敵だから。
　倒れていまだ動かない少女ふたりを抱き上げたのは、レオンとラルフ。
「……とりあえず、撤収かな」
　誰からともなく告げると、次々に踵を返して東京を目指して歩き出す。
　最後尾に付いた桜はふと振り返る。
　仕留められなかった人事部長のことも気がかりではあったが。
（「ラグナロクさん……大丈夫でしょうか……」）
　この戦闘に参加している灼滅者はおろか、学園に残っている全灼滅者が彼女の身を案じているから。
　声には出さずその無事を祈りながら、仲間の背を追った。

作者：朝比奈万理	重傷：柾・菊乃（鬼薊姫命・d12039） ジオッセル・ジジ（ジジ神様・d16810）  死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2014年12月12日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 9／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 0
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