獄魔覇獄前哨戦~集結せよ

    作者:牧瀬花奈女

     神奈川県南部、東京湾と相模湾に面する海の町、横須賀市。
     その横須賀市の海底から、大きな、大きすぎる力が、上陸しようとしていた。
     怪しく光る光球の中にあるのは、光の束で縛られた小柄な人影。

     その光球は、海から地上に上がると、ふらふらと空中を漂いながら、横須賀市のほぼ中央へと到達すると、地面にふわりと着地した。
     その中から現れたのは……。

    「あれ? ここは、どこ、どうして、こんな所に? たしか私はパワースポット巡りを……」

     たった、一人のラグナロクであった。
     
    ●獄魔覇獄前哨戦
     8名の獄魔大将に告ぐ。
     獄魔覇獄の戦いの火蓋が切って落とされた。
     横須賀市中央部に放たれた、ラグナロクを奪い合え。
     この前哨戦で、ラグナロクを捕らえ確保したものが、獄魔覇獄の戦いをリードする事になるだろう。

     ラグナロクの確保に全力をつくすのも良いだろう。
     獄魔覇獄の戦いの為に戦力を温存するのも良いだろう。
     敵戦力を見極める事に重点を置く戦いも悪くは無い。

     獄魔大将として、軍を率い、そして、自らの目的を果たすがいい。
     
    「皆さん、集まってくださってありがとうございます」
     五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)は空き教室に集まった灼滅者達を見渡すと、そう言って軽く頭を下げた。
    「今回、皆さんにはラグナロクの保護をお願いしたいんです」
     教室の中に、微かな緊張が走る。
     ラグナロクは現在、横須賀市の中央部に放たれている。武蔵坂の獄魔大将である猫乃目・ブレイブが受け取った情報によると、このラグナロクを争奪する戦いが、どうやら獄魔覇獄の前哨戦となるらしい。
    「ラグナロクの少女は体内に膨大なサイキックエナジーを溜め込んでいますが、自分自身で戦う力はありません。多くのダークネス組織に狙われている彼女を救い出すためにも、皆さんの力を貸して欲しいんです」
     灼滅者達から否の声が上がる筈も無い。姫子は安堵したように微笑むと、彼らに説明を続けた。
    「この戦いに参加する勢力は、武蔵坂以外に七つあります。一つ目はブエル兵の勢力です。ブエル兵達は、住宅街をしらみ潰しに探し回っているようです。またその際、新たなブエル兵を生み出し、ラグナロクの捜索と戦力増強を同時に行っています」
     二つ目はシン・ライリー勢力。獄魔大将シン・ライリーを含め、少数精鋭の部隊が密かに横須賀入りを果たしている。目的は自分達以外の獄魔大将の力を見極める事のようで、表立った活動はしていないらしい。もしシン・ライリーが灼滅されれば、獄魔大将シン・ライリーの勢力は敗北となる。
    「三つ目はイフリートのクロキバの勢力です。彼らは犬猫眷属を派遣して、ラグナロクの捜索を行っています。主力のイフリートはほとんど派遣していないので、発見したとしても確保する戦力は無いでしょう」
     四つ目は六六六人衆勢力。人事部長と呼ばれる六六六人衆が指揮を取り、六六六人衆である新入社員と、強化一般人である派遣社員を動員してラグナロク捜索を行っている。また、彼らは灼滅者達を警戒しており、灼滅者の撃破を優先的に行おうとするという。
    「五つ目は四大シャドウの一体、デスギガス配下のシャドウの勢力です。彼らは横須賀市民のソウルボードを移動しながら、状況を窺っています。情報収集を優先しているようですが、ラグナロクが発見された場合、強奪できるようなら襲撃をしかけて来るかもしれません」
     六つ目はノーライフキングであるカンナビスの勢力だ。彼らは病院の灼滅者の亡骸から生み出した実験体アンデッドを多数繰り出して、ラグナロクの確保を行おうとしている。また、アンデッド達の外見を灼滅者であるかのように偽装しており、自分達の勢力の情報を他の獄魔大将に隠そうともしているらしい。
    「最後はスサノオの姫、ナミダの勢力です。こちらはラグナロクの捜索は行わず、多数の『古の畏れ』を横須賀市内に出現させ、無差別に敵を襲わせようとしています。敵戦力を測るのが目的と思われますが、他にも目的があるかもしれません」
     そこまで言い終えると、姫子は改めて灼滅者達を見回した。
    「ラグナロクの捜索を優先するか、ラグナロクを奪われないようにこちらから襲撃するか……どんな方法を選ぶかは皆さんにお任せします。大変な任務になるかと思いますが、頑張ってくださいね」
     お帰りをお待ちしていますと、姫子は灼滅者達を見送った。


    参加者
    卜部・泰孝(大正浪漫・d03626)
    泉・星流(箒好き魔法使い・d03734)
    ソフィリア・カーディフ(春風駘蕩・d06295)
    雨宮・恋(かみかみヒーロー・d10213)
    ナハトムジーク・フィルツェーン(黎明の道化師・d12478)
    杉凪・宥氣(天劍白華絶刀・d13015)
    小早川・美海(理想郷を探す放浪者・d15441)
    居木・久良(ロケットハート・d18214)

    ■リプレイ


     住宅街は人ならざる者の気配に満ちていた。身を切るような寒さの中、灼滅者達は周囲に鋭く注意を向ける。
    「――分かりました。私達は、向こうの路地を、探しますね」
     雨宮・恋(かみかみヒーロー・d10213)はそう言って、泉・星流(箒好き魔法使い・d03734)との通話を一旦切った。上空よりの索敵を受け持つ星流は、まだ敵影は発見できていないようだ。
     物音を立てないよう注意しながら、灼滅者達は路地を曲がる。
     敵を倒すことが目的じゃない。右の腰に提げたリボルバーを意識しながら、居木・久良(ロケットハート・d18214)はそう思う。彼がここに来たのは、守るためだ。ラグナロクを。そして、名も無き誰かを。
    「できることをするってちょっと辛いよね。でも、1つずつやらないとね。自分の手でできることを」
     久良の言葉に、ソフィリア・カーディフ(春風駘蕩・d06295)が首を縦に振った。
    「私達は私達のやるべき事を、ちゃんとしないといけないですよね」
     ラグナロクの事が気になっているのは、ソフィリアだけではない。だが、今は捜索に向かった仲間達を信じる時だ。
     ダークネスの好きにはさせない。表情は眠たげだが、小早川・美海(理想郷を探す放浪者・d15441)の視線は冷静だった。
    「……ブエル兵との戦闘は初めてだけど、何時も通りにやれば無問題なの」
    「不失正鵠、目指すはブエルの翦草除根よ」
     静かな声音に頷きながら、卜部・泰孝(大正浪漫・d03626)は物陰に目をやる。
    「いたよ」
     ナハトムジーク・フィルツェーン(黎明の道化師・d12478)の声が終わるが早いか、眼前の住宅から2体のブエル兵が転がり出た。山羊に似た頭部が灼滅者達を捉え、不気味な光を湛えた瞳がほんの少し笑みの形に歪む。
     上空から星流がエアライドを使用して飛び降り、壁歩きをしていた杉凪・宥氣(天劍白華絶刀・d13015)も仲間達の前へと進み出た。
     後衛に位置を取った美海が、白銀の切っ先をずいとブエル兵へ向ける。
    「知りたがり悪魔の先兵、情報収集は此処までなの。これ以上は別料金……命置いてけ、なの」
     ブエル兵からの答えは無い。ただ、小さく蹄が鳴っただけだ。
    「さぁ、がんばりましょー! ふぁいと、おーですよ! 皆さん!」
     右腕をぐんと振り上げる恋に、仲間達が頷く。
     来たるべき大きな戦いに向けて、少しでも被害を減らすために。前に出た恋の帯締が、風に煽られて小さく揺れた。
     ここから先は、理不尽を打ち砕くヒーロータイムの始まりだ。誰も殺させはしない。
     灼滅者達の足が、地を蹴った。


     ブエル兵の体が歯車のように回転し、山羊めいた顔の前に禍々しい魔法陣が浮かび上がる。紡ぎ出された魔法の矢はまっすぐに飛び、星流の胸を深く貫いた。もう1体のブエル兵は、いくつもの蹄で宥氣を強かに打ち据える。
    「こいつらは個々では一番戦力低いかもしれないけど、数十数百に増えかねないからな……」
     天星弓の弦を引き絞り、星流がぼやくように言う。天より降り注いだ矢は、魔法陣を紡いだブエル兵を傷付けた。
     わずかに体を揺らがせたブエル兵の懐へ、ソフィリアが飛び込む。
    「まるで、1匹見たらなんとやらみたいですね……」
     口調は穏やかだが、クルセイドソードを振り上げる眼差しは凛々しい。剣の動きに合わせて、シルクのリボンが揺れた。
    「六型終式、火鞠逆神楽!」
     宥氣が日本刀に焔を宿し、傷付いたブエル兵に叩き付ける。ぼうっと軽い音を立てて、異形の頭が燃え上がった。地に転がったそれを、恋がもう1体のブエル兵ごと蹴り飛ばす。
    「特徴的な奴はいない、か……」
     ナハトムジークのガンナイフが直線を引き、起き上がったブエル兵の額を切る。ここにいるのは能力の差こそあれ、みな同じブエル兵のようだ。
     久良は朝焼けの名を持つハンマーで、切られた頭を力いっぱい殴り付けた。
     朗と響いたのは泰孝の九字。振り抜かれた断罪輪の動きに合わせ、ブエル兵達が爆ぜて転がった。
    「……必殺・もふもふビーム、なの」
     燃え盛るブエル兵を見据え、美海はぴしりと人差し指を突きつける。小さな指から放たれたビームは頬の辺りに命中し、その瞳に怒りをにじませた。
     怒れるブエル兵は、体を勢い良く真横に回転させる。放たれた氷は後衛の灼滅者達を等しく包み込み、星流がその場に膝をついた。もう1体のブエル兵は蹄を鳴らして、前衛を薙ぐ。
     ソフィリアが身を屈め、燃えるブエル兵の顎を打つ。打ち上げられたブエル兵は弧を描いて飛び、地面に叩き付けられて消滅した。
     宥氣の武器に、音も無く影が宿る。振り上げた刃は残るブエル兵の足を打ち、トラウマを植え付けた。恋はクルセイドソードに炎をまとわせ、緩やかに回転する足の1本を切る。弾けるような音を立てて、そこから紅が広がった。
     ナハトムジークがブエル兵に向けて跳び、星のきらめきを宿した蹴りが燃える足をえぐる。
     炎の中でもがくブエル兵に、久良はごめんと詫びた。
    「俺が守りたいものを守るためには、倒れてもらわなくちゃならないんだ」
     彼のリボルバーが火を噴いて、ブエル兵が地面に転がる。距離を詰めた美海が、すれ違いざまに白銀の懐剣をブエル兵に突き刺した。魂だけを傷付けられたブエル兵は、ひとつ跳ねて動かなくなり、そのまま消え去る。
     戦闘の終了を受けて、ナハトムジークは取り出した地図に現在の位置をマーキングした。他班からの連絡も確認し、仲間達が交戦した場所にも印を付けて行く。
    「中央地域の住宅街を中心に、発生してる感じだな」
    「それなら、中央部に移動した方がいいかな」
     彼の地図を横から覗き込みながら、宥氣が言う。
    「心霊手術完了次第、移動するが得策かと」
     泰孝の言に皆が頷いた時、絹を切り裂くような女性の悲鳴が聞こえて来た。恋が周囲を見回し、表情を引き締める。
     近い。
    「残念ですけど、その暇は無さそう……ですね」
     灼滅者達は顔を見合わせると、悲鳴の聞こえた方角に向けて駆け出した。


     灼滅者達が駆け付けた時、悲鳴の主は1体のブエル兵に絡み付かれているところだった。
    「させません!」
     ターコイズの武器飾りを揺らし、ソフィリアは彼女とブエル兵の間に割り込む。クルセイドソードの刃が閃いて、ブエル兵の足の1本が裂けた。
    「化け物が……化け物がいきなり!」
    「建物の中へ入られよ! こちらの妖物、我らが引き受ける」
     混乱した様子の女性へ、泰孝が朗とした声を届かせる。王者の風をまとった恋が、その後に続けた。
    「逃げて下さい……! ここ、あぶない、ですから……!」
     ひきつった顔で頷き、女性はつまづきながらも近くの民家の中へと避難して行く。彼女の姿が見えなくなると、灼滅者達は改めて武器を構えた。
     ブエル兵が体を水平にし、高速で回転する。ブエル兵はそのまま車輪のごとき勢いで、前衛の灼滅者達を切り裂いた。宥氣が炎をまとった刃で切り付け、山羊の頭を燃え上がらせる。わずかに揺らいだその体を、恋の巻き起こした暴風が絡め取った。
     ナハトムジークが傾いだ足を蹴り、新たな炎を引き起こす。目の前に滑って来たところを、久良はロケットハンマーで力いっぱい叩いた。
     泰孝の指先に、ぽつりと霊力が宿る。癒しの光が導かれた先は久良。美海がクルセイドソードを繰って、癒しの風を前衛に吹かせた。
     ブエル兵の蹄が鳴り、宥氣の腹を打つ。繰り返しの殴打に耐え切れず、彼はその場に倒れ伏した。
     身を引きかけたブエル兵の後を追い、ソフィリアは足の付け根を拳で打ち上げる。ふわりと反転したその体を、恋が炎をまとった龍砕斧で強かに打った。
     勢いを増す炎を切り裂いたのは、ナハトムジークのガンナイフだ。零距離で放たれた弾丸はブエル兵の眉間を貫き、苦鳴じみた声を上げさせる。久良はその頭に狙いを定めて、リボルバーの引き金を絞った。
     泰孝が指先に霊力を集め、癒しに変えて恋へと送る。美海は断罪輪を構えて、くるりと体を丸めた。
    「必殺・ぐるぐるアタック、なの」
     小さな体が転輪のごとく回転し、罪を断ち切る斬撃がブエル兵の足を裂く。
     ブエル兵は傾いだ体勢を立て直すと、魔法陣を紡ぎ泰孝に向けて魔法の矢を放った。胸元に鮮やかな血がにじむ。
     ソフィリアの足元からするりと影が伸び、ブエル兵をばくんと呑み込んだ。トラウマに捕らわれたブエル兵を、ナハトムジークが蹴り上げる。
     恋の指が直線を引き、紅きオーラの逆十字が生み出された直後。引き裂かれたブエル兵の体が、爆ぜるように跳ねた。
     二度、三度。ひきつるような動きをして、ブエル兵は消え去る。
     戦闘が終わると、久良の携帯端末の着信音が鳴った。
    「探索班から連絡が来たよ! 近くの民家にブエル兵が潜んでるみたいだ」
     久良は地図を広げると、連絡のあった位置を指で示す。
    「一息つく暇もありませんね……」
     クルセイドソードの柄を握り直して、ソフィリアが呟く。
     新たなる戦場に向けて、灼滅者達は走り出した。


     恋の指先が弧を描き、現れた逆十字がブエル兵を裂く。ぐらりと傾いだその体へ、ナハトムジークがガンナイフを突き立てた。紅色の刃がブエル兵の頭を跳ね上げる。
     ぽんと投げ出された異形は暫しの間、痙攣するようにうごめいていたが、やがて動かなくなり消滅した。
    「この辺りに、もうブエル兵はいないみたいだな」
     ナハトムジークはガンナイフを下ろし、周囲の様子を窺いながらそう言った。他の灼滅者達も辺りを探るが、敵の気配は無い。
    「私達の仕事は、もう終わったでしょうか」
    「ラグナロクも保護できたみたいだし、私達にできることは全部やれたと思うの」
     ソフィリアが言い、美海が頷く。ラグナロク発見の報が入ったのは、先程の事だった。今から現地へ向かっても、護衛の手は間に合わないだろう。
    「それじゃあ、一度学園へ戻ろうか」
     久良の言に、戦闘不能者を回収してから帰ろうと泰孝が返す。
     やれる事は全てやり終えた。他班がどうなったのか、ラグナロクは無事に学園へ到着できたのか――その辺りの事は、武蔵坂へ戻ってみないと分からないだろう。
     ようやく一息をついて、灼滅者達は帰途に就いた。

    作者:牧瀬花奈女 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年12月12日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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