獄魔覇獄前哨戦～その力は誰の手に

■リプレイ

●少女を探して
　足を踏み入れた境内に、人影は存在していなかった。
　それは時間帯のせいもあるだろうが、現在この地で起こっていることととも無関係ではないだろう。断続的に響いてくる音が、今もそれが続いていることを伝えてくる。
　とはいえ今はそちらを気にしている場合ではなく、しかしそれを理解していながらも、再度聞こえた音に、不破・桃花（見習い魔法少女・d17233）はついそちらへと視線を向けてしまった。
　慌てて視線を戻すも、やはり気になってしまう。こうしている今も、無関係な人々が襲われているかもしれない――そう過ぎった思考を、首を振って掻き消した。
　それを防ぐのは、桃花達の役割ではないのだ。今すべきことはここの――走水神社の捜索である。
　それに、巻き込まれているという意味では、ラグナロクの少女も同様だ。そのことを思い――。
「ご無事だと良いのですが……」
　意識を切り替える意味も込め、呟く。
　今のところは何処からも連絡はないものの、それは少女の無事を保障するものではない。こんな状況でひとりでいるのはやはり心細いだろうし、少女を見つけることが出来ればこの状況も変わってくるだろう。早く見つけられるように頑張ろうと、小さく拳を握り締めた。
　現状に思うところがあるという意味では、月雲・悠一（紅焔・d02499）も同様ではある。
　正直に言ってしまえば、訳も分からず巻き込まれたラグナロクの子も、横須賀の一般人も、助けられるなら助けたい、というのがその本心だ。
　だが望む全てを掴めるほどに、悠一達は強くはない。それを理解しているからこそ――。
（「……暴れまわってる連中、覚えていろ。いつか全員、潰してやる……ッ！」）
　今は為すべき事に専念すると、その思いを握り締める拳と共に押し殺し、呟く。
「さて……それじゃ捜索開始といくか」
　そうして始められた捜索ではあるが、しかし逃げ回っている人間が、馬鹿正直に見つかりやすい場所に居るはずもない。境内から始まり、神社の裏や周辺、賽銭箱の中まで、隠れられそうな場所も含めひたすらに探していく。
　だが幾ら探してもその姿を見つけることは出来ず――。
「誰か生存者はいねぇか！？　無事だったら返事してくれ！！」
　久遠・翔（悲しい運命に抗う者・d00621）の上げた声にも、反応はない。敵ではないことを伝えようにも、まずは見つけられなくてはどうしようもなく――もっとも、仮に近くに居たとしても、敵ではないと判断出来ない以上反応していたかはまた別の話ではあるが。
　しかしそんなことは知ったことかとばかりに、さらに大きな声が響く。
「ラグナロクさん、いらっしゃいませんか！？　あなたを助けに来ました！」
　双葉・幸喜（正義の相撲系魔法少女・d18781）だ。
　基本的に普段から声の大きい幸喜ではあるものの、今日は気合が入っている分いつもよりさらに大声である。何せ少女を護るための大規模な闘いだ。気合が入らないわけがない。
　この闘いが先にどう関わるのか、ということも気にはなるが、それよりもまずは少女を見つけるのが先である。その居場所を掴むため、気合を込められた声が、再度空気を震わせた。
　一方、天道・雛菊（天の光はすべて星・d22417）はぶらり再発見を使用しながら捜索を続けていた。遭遇する確率が少しでも上がればと思ってのことであったが、今のところその恩恵を授かる気配はない。
　とはいえ駄目元であったのでそれでも特に問題はなく、それとは別のところで見つかる気配もない。
　そうして探しながら、ふとその頭を過ぎったのは、横須賀道路であった。ブエル兵が居る住宅街を避けそれに沿って移動するのではないか、という考えは相談の場でも口にしたものである。
　このまま見つからないようであれば、再度提案してみるのも手か。そんなことを考えながらも、雛菊は捜索を続けていった。
　英田・鴇臣（拳で語らず・d19327）は、基本的には好戦的な性格である。故に捜索のみというのは、正直物足りない気持ちであった。
　とはいえ自分の役割はきっちりやり遂げたいタイプでもあるため、捜索自体は真面目に行っている。が、真面目にやったからといって見つかるとは限らないのが捜索というものだ。
（「もしオレらが無理でも、他の班が見つけてくれるといいんだけどな……」）
　そんなことを考えながらも、隠れられそうな場所を引き続き探していった。
　そうして皆で探し続け、しかし見つからないままに時間だけが過ぎていく。一通り探し終えた後で集まるも、誰の口からも発見の報告が上がることはなかった。少女の姿はおろか、ダークネスの姿等もない。
「んー、ここは違った言うことやな」
　千条・サイ（ネクロフィリア・d02467）の言葉に、誰からともなく同意を示す。
　サイも一般人の目から見て逃走ルートがありそうな方向などを意識して捜索してみたものの、その姿はおろか痕跡すらも見つかってはいない。幸喜を始めここを本命の一つと考えている者は多かったが、どうやら違ったようである。
「せやったら早々に切り替えて次の場所に行くべきやろけど……」
「ここから他のパワースポットまでは、少し距離がありますね……」
　サイの言葉を引き継ぎながら、予め用意していた周辺地図を、桃花が指し示す。ここから他の場所へ行くには、何処もそれなりに離れていた。
　悠一もそれを眺めながら、口を開く。
「ま、仕方ないさ。問題は次どうするかだが……叶神社とかは別の班が向かってるんだっけか？」
「そうっすね、確か――」
　嶋田・絹代（どうでもいい謎・d14475）の持つ携帯電話が反応を示したのは、ちょうどそう答えた時であった。どこかの情勢にでも変化があったのかと眺めてみれば――。
「どうやら、一歩遅かったみたいっすね」
　呟いた絹代に、七対の視線が集まる。しかし絹代はそれに応える代わりに、携帯電話の画面を差し向けた。
　そこに表示されていたのは、一見意味のない言葉だ。だがそれは暗号で記されているためであり――その言葉は、とあることを意味している。
　その内容とは。
　――ラグナロクを発見、保護したという、その事実であった。

●合流と激突
「ったく、一息吐いてる暇もねぇな……！」
　翔の口から零れ落ちた愚痴は、その場に居る皆の総意でもあった。とはいえ状況を考えればのんびり出来ないのは当たり前であり、故にその愚痴が出てきた理由は他にある。
　ラグナロクの少女が叶神社で見つかったという連絡を受け、八人は即座に走水神社から飛び出していた。
　向かう先は、浦賀駅だ。どうやら一先ずそこに向かうつもりらしく、位置関係を考えれば合流するにはそっちに直接向かった方が早いからである。
　距離的にはこちらの方が倍近くあるものの、向こうはラグナロクの少女を護衛しながらだ。その条件を加味すれば、浦賀駅に着くのはほぼ同時ぐらいとなるだろう。
　――何事もなければ、の話であるが。
「見えました、浦賀駅です……！」
「しかしそれらしい姿はない、か……嶋田、連絡は？」
「来てないんで、多分まだ着いてないんだと思うっす！」
「ちっ、やっぱりか……！」
　そしてそれが当たり前であるかのように、何事かはあった。六六六人衆が一斉に動き出し、襲撃を仕掛けてきたのである。それは明確に目標を狙い定めた者達の動きであり、ラグナロクの少女を狙ったものなのは明白であった。
　つまり先の愚痴の理由とは、それである。
　幸いにも、というべきか、他の勢力にそういった動きはないようではあるが、六六六人衆だけでも十分過ぎるほどに脅威だ。さらにいえばそれはあくまでも今のところは、という話であり、ここで手間取ってしまえば他の勢力も介入してくる可能性は十分にある。
　一刻も早く、ラグナロクの少女を学園へと連れ帰る必要があった。
　そうして浦賀駅の前を通り過ぎると、一行はそのまま叶神社の方へと向かっていく。とはいえあっちも余裕はないらしく、具体的な現在地などは聞けていないのだが――。
「――いましたっ！」
　運良く、その姿を捉えることに成功した。
　そこに居たのは、九つの影。一人を他の八人が守るようにしているその姿は、間違いがないだろう。念のためにスレイヤーカードも提示し、仲間であることを確認し合い――しかし合流に安堵の息を吐く暇はなかった。
　視界の端に映ったのは、一つの影。逡巡は一瞬で、判断は瞬間。向こうもそれに気付いたようではあるが、何らかの言葉を交わす前に悠一は地を蹴っていた。
　直後にその横に並び、さらなる一歩で追い抜く。その時には既に影は眼前へと迫っていたが、問題はない。
　襲い掛かってくるそれ――六六六人衆の放った刃を掻い潜り、そのまま腕を振り上げる。その手に握られているのは戦鎚――軻遇突智。
　ぶち込んだ。
　轟音と共にその身体が吹き飛ばされ、着地と同時に後方へと言葉を投げる。
「そっちは大丈夫そうだな。ここは俺達に任せて、行ってくれ」
「分かった！」
　返答は背中で受け、視線すらも向けることはない。これが今の自分達の役割であり――何よりその余裕がない。吹き飛ばした六六六人衆は、既に立ち上がろうとしていた。
　油断なくその姿を見据え、立ち去る気配を背中に感じながら、並び立つ気配も感じる。けれども送り出した仲間達とは別の意味で、そちらにも視線を向ける必要はない。
　それを示すように、声が響いた。
「あなたたちの好きにはさせませんっ！」
　言葉と共に、桃花の纏う衣装が魔法少女のそれへと変わる。その手に持ち、構えるのは、獅子座の加護を宿した聖剣――レグルス。
「力を貸してくれ、星椿よ」
　続くように雛菊が呟き、一振りの刀が引き抜かれた。照り返された光が、その場で鈍く輝く。
　そうして皆が殲術道具を構える中、ふとサイは一瞬だけ遠くなっていくラグナロクの少女の背中へと視線を向けた。
　腹を空かせていたらたこ焼きを分けてやろうかと思ってもいたが、どうやらそれは後になりそうである。しかしそのためにもまずはと、眼前の敵へと視線を向け直す。
　互いに言葉は必要ない。
　激突した。

●一つの結末
　真っ先に一歩を踏み出したのは、翔であった。ナイフを持った手をだらりと下げ、前傾姿勢で突撃する。
　本来であれば今回は逃げるスタンスを取るつもりの翔ではあったが、事ここに至ればそんなことを言っていられる場合ではない。既に目的は次の段階――ラグナロクの少女を無事学園へと連れ帰る、というところへと移行しているのだ。
　この状況で最も重要なのは敵を先へと通さないことであり、ここで食い止めることである。
　故に。
　接近した瞬間、下げていた腕が跳ね上げられた。炎を宿した刃が相手の首筋を狙って滑り込み、だが響いたのは甲高い音。硬質な手応えに視線を向ければ、そこにあったのは同じようなナイフだ。
　奇しくもナイフによる攻撃をナイフによって防がれ、しかし両者が動くのよりも先に敵の身体を飛来した一閃が貫いた。
　鴇臣だ。
　先の物足りなさを晴らすが如く、張り切って槍を振り回せば、さらに撃ち出された冷気のつららが敵へと襲い掛かる。
　しかしそれを素直に食らうほど敵も甘くはなく、一瞬で体勢を整えると飛来したそれを斬り裂いた。
　巨大なつららが左右に分かたれ、だがその向こう側から現れたのは白の光。レグルスを振り下ろした桃花が敵の身体を斬り裂き、下がると同時にサイが前へと出る。
　踏み込みと共に漆黒の弾丸を放ち、弾かれるも、その様子は酷く楽しげであった。もっともそこに油断はない。油断する方が勿体無い。
　だがそのまま接近戦を挑むサイに六六六人衆が訝しげな視線を向けたのは、その腰に括りつけられたナイフを使う様子を見せないからだろう。しかしそれは自身への戒めのためのものであるが故に、使われることはないものだ。
　繰り出される斬撃を木漏れ日のような白光に覆われた拳で捌きながら、瞬間、その視界の端を真っ赤なスカーフを横切った。それは絹代の髪の毛が編みこまれているものであり、なればこそ誰が放ったものであるかは言うまでもないだろう。
　切れ味は良いとは言えないものであるが――相手の攻撃を叩き落すには十分に過ぎる。サイの死角より忍び寄っていた刃が弾き飛ばされ、そちらに意識が向いた一瞬の内に今度はサイが死角へと回り込む。
　冷めたままの瞳で見詰めながら、その急所を貫いた。
　さらに抉り、離れ、しかし逃さぬとばかりに刃が繰り出されるも、それがサイの身に届くことはない。だが防がれたというわけでもなく、それが切り裂いたのは直前で割り込んできた幸喜の腕だ。
　しかし狙ったものでなかったからか、苛立ちのようなものを浮かべながら再度刃が振り被られ――今度は、文字通りの意味で届かなかった。それよりも先に、その身が斬り裂かれていたからである。
　それは絹代の足元より伸びた影――メランコリア。身も心も蝕む黒い瘴気に裂かれたその身が僅かにふらつき、雛菊はその隙を見逃さない。
　一瞬で距離を詰めたのと同時、その手に握られた星椿が刻んだのは横薙ぎの斬撃。刀身に宿した影が軌跡に形を与え、漆黒蝶の如き残滓達がその羽を煌めかせながら舞い飛んだ。
　その間に幸喜は距離を取り、その身に負った傷を桃花より放たれた霊力が癒す。それに視線で礼を述べながら、自身が行ったのはその場で四股を踏むことだ。多少奇異に映るかもしれないが、それが幸喜の戦闘方法なのである。
　その名も相撲魔法――自称ではあるが、それでも効果は発揮される。事実それによってオーラの法陣が展開され、自身を含む仲間の傷を癒し、力を与えていく。
　そしてそれに押されたかのように悠一が一歩を踏み出し、ほぼ同時に今度こそとばかりに翔も地を蹴る。
　振り抜いた翔のナイフが敵の身体を斬り裂き、傷口から燃え移った炎が全身を焼いた。
　さらに燃え上がっているのはそれだけではなく、悠一の纏う闘気もその戦意に応え、焔の如く輝いている。
　振り上げた戦鎚を、その勢いのままに叩き付けた。
　響いた轟音と、腕へと伝わった手応え。確かなそれは、次に起こる事を予想するには十分であり――そして結末は、その通りに訪れた。
　その場へと倒れ、崩れ行く肉体。それが、戦闘終了を告げる合図となったのであった。

　そうして一つの戦闘が終わり、だが全てが終わったわけではない。八人の視線は、自然とラグナロクの少女達が去っていった方角へと向いていた。
　当然のように既にその姿は見えず、おそらくは今から向かったところで合流も叶わないだろう。
　しかしそれは諦めたというわけではない。八人はそれを理解しながら、一先ず帰還するべく動き出した。
　後のことは仲間を信じ、任せて。
　そして。
　彼らがその結末を知ったのは、無事学園へと帰り着いた、その直後のことであった。

作者：緋月シン	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2014年12月12日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 3／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 4
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