獄魔覇獄前哨戦~迷える『ラグナロク』に愛の手を

    作者:春風わかな

     神奈川県南部、東京湾と相模湾に面する海の町、横須賀市。
     その横須賀市の海底から、大きな、大きすぎる力が、今、この地に上陸しようとしていた。
     怪しく光る光球の中に見えるのは、光の束で縛られた小柄な人影。
     その光球は海から地上に上がるとふらりふらりと空中を漂う。
     そして、横須賀市のほぼ中央へと到達すると地面にふわりと着地した。
     光球の中から現れたのは、一人の少女。

    「あれ? ここは、どこ、どうして、こんな所に?」
     戸惑う様子を隠せず、少女は不安そうにあたりを見回す。
     そう、たしかパワースポット巡りをしていたはずだったのに……。
     
     ――そう。光球の中から現れたのは、たった一人のラグナロクであった。


    ●獄魔覇獄前哨戦
     8名の獄魔大将に告ぐ。
     獄魔覇獄の戦いの火蓋が切って落とされた。
     横須賀市中央部に放たれた、ラグナロクを奪い合え。
     この前哨戦で、ラグナロクを捕らえ確保したものが、獄魔覇獄の戦いをリードする事になるだろう。

     ラグナロクの確保に全力をつくすのも良いだろう。
     獄魔覇獄の戦いの為に戦力を温存するのも良いだろう。
     敵戦力を見極める事に重点を置く戦いも悪くは無い。

     獄魔大将として、軍を率い、そして、自らの目的を果たすがいい。


    「ラグナロクが、見つかった」
     ざわめく教室に抑揚のない声が静かに響く。
     いつもと変わらぬ調子で語る久椚・來未(中学生エクスブレイン・dn0054)の言葉に教室の雰囲気が一瞬で変わった。
     だが、來未は気にする素振りを見せることなく淡々と自身が視た内容を告げる。
     横須賀の街中に突如現れたラグナロクを争奪する戦いが獄魔覇獄の前哨戦になるであろうこと。
     ラグナロクは体内に膨大なサイキックエナジーを溜め込んではいるが、自分自身で戦う力は皆無であること。
     故に今回の目的はラグナロクを保護することである、と。
     ラグナロクを探すことを優先しても良いし、逆にラグナロクを奪われないように、こちらから襲撃するという案もあるだろうと告げた來未はゆるりと灼滅者たちを見回した。
    「この戦いに、参加する勢力は、全部で8つ」
     すなわち、武蔵坂学園以外の勢力が7つあるということだ。
     來未は手元の資料に視線を落とし静かにその内容を読み上げていった。

    ●ブエル勢力
     ブエル兵達は、住宅街を虱潰しに探しまわっているようだ。
     また、その際、新たなブエル兵を生み出す事も同時に行い、ラグナロクの捜索と戦力増強を共に行っている。

    ●シン・ライリー勢力
     獄魔大将シン・ライリーを含め、少数精鋭の部隊が密かに横須賀入りをしているとの情報がある。
     目的は、自分達以外の獄魔大将の力を見極める事のようで、表立って活動はしていないようだ。
     なお、シン・ライリーが灼滅されれば、獄魔大将シン・ライリーの勢力は敗北となる。

    ●クロキバ勢力
     こちらは犬猫眷属を派遣して、ラグナロクの捜索を行っている。
     だが、主力のイフリートは殆ど派遣していない為、仮にラグナロクを発見したとしても、確保する戦力はないと判断してよいだろう。

    ●六六六人衆勢力
     人事部長と呼ばれる六六六人衆が指揮を取り、新入社員(六六六人衆)と派遣社員(強化一般人)を動員して、ラグナロク捜索を行っている。
     また、灼滅者を警戒しており、灼滅者の撃破を優先的に行おうとしているので注意してほしい。

    ●デスギガス勢力
     四大シャドウの一体、デスギガス配下のシャドウ達を中心とし、横須賀市民のソウルボードを移動しながら、状況を伺っているようだ。
     情報収集を優先しているようだが、もしもラグナロクが発見された場合、強奪できるようならば、襲撃をかけてくるかもしれないとの情報もあるので油断は禁物だ。

    ●カンナビス勢力
     ノーライフキング、カンナビスの勢力は病院の灼滅者の死体から生み出した実験体アンデッドを多数繰り出して、ラグナロクの確保を行おうとしているようだ。
     また、病院の灼滅者のアンデッド達の外見を、灼滅者であるように偽装しており、自分達の勢力の情報を他の獄魔大将に隠そうとする意図もあるように見える。

    ●ナミダ姫
     スサノオの姫、ナミダの勢力はラグナロクの探索は行わず、多数の『古の畏れ』を、横須賀市内に出現させ、無差別に敵を襲わせようとしている。
     これは敵の戦力を測るためと思われるが、何か他に目的があるのかもしれない。

     來未が一通りの説明を終えると同時に教室はなんとも言い難い空気に包まれた。
     多くのダークネス組織に狙われているラグナロクを救出するか。
     それとも、この後の獄魔覇獄の戦いを見据えて敵の戦力を減らすか。
     どちらも重要であるがゆえにその選択は難しい。
     迷い悩む灼滅者たちをじっと見つめ、來未はぽそりと呟いた。
    「ラグナロクを、守って、あげて」


    参加者
    細氷・六華(凍土高原・d01038)
    相羽・龍之介(焔の宿命に挑む者・d04195)
    森村・侑二郎(尋常一葉・d08981)
    近衛・一樹(創世のクリュエル・d10268)
    五十嵐・匠(勿忘草・d10959)
    柴・観月(失踪スピカ・d12748)
    安藤・小夏(折れた天秤・d16456)
    崇田・悠里(旧日本海軍系ご当地ヒーロー・d18094)

    ■リプレイ


     神奈川県横須賀市。突如この街へと現れたラグナロクを助けるためにやってきた灼滅者たちは市の東部に位置する久里浜駅へと降り立った。
     義父の故郷の風に心地良さを感じながら崇田・悠里(旧日本海軍系ご当地ヒーロー・d18094)はくるりと仲間たちを振り返る。
    「横須賀はうちのご当地ではないですけど、ラグナロクの方にこの街の嫌な思い出だけを残してほしくないです」
     ラグナロクだとかは関係ない。皆の笑顔を守る――それがご当地ヒーローたる自分の役目だと悠里は考えていた。
    「だから、頑張って絶対に助け出さないと、ですね!」
     にこりと微笑む悠里の言葉に頷くのはスーパーGPSを発動させた相羽・龍之介(焔の宿命に挑む者・d04195)。龍之介が横須賀市全域の載った大きな地図を広げると、仲間たちは一斉に地図を覗き込んで現在位置を確認する。
    「どこから行きましょうか?」
     今度のラグナロクは占いやパワースポットが好きらしい。そんな噂を耳にした彼らはまずは駅の近くにある神社から行こうと捜索経路を決めていった。
    「相羽、道を間違えたら教えてくれ」
     目的地が決まるや否や足早に進む五十嵐・匠(勿忘草・d10959)の後について一行はラグナロクを探して歩きだす。

     猫変身をした安藤・小夏(折れた天秤・d16456)は狭い路地を駆け抜けたり高い塀に登ったりと大忙しだった。
     このエリアは神社仏閣が多く捜索をしたい場所はたくさんあるが、ラグナロクを探しているのは武蔵坂学園だけではない。ゆえに彼女を狙う敵組織に遭遇しないように手際よく慎重に探索を行う必要があった。
    「ねぇ、こういう場所に隠れてたり……はしないか」
     小夏が指差した暗闇を森村・侑二郎(尋常一葉・d08981)のライトが照らすが残念ながら誰もおらず。
    「うーん、やっぱり簡単には見つからないよね」
     ラグナロクはコックリさんで逃げ道を占ったというがそれならば我々もコックリさんに聞いてみるべきなのか――。
    「観月先輩」
     侑二郎は捜索の手を休め、不機嫌そうな面持ちでラグナロクを探す柴・観月(失踪スピカ・d12748)に駆け寄ると普段と変わらぬ様子で問いかける。
    「先輩ってコックリさんしたことあります?」
    「――あるよ」
     観月は隠すことなく即答した。と同時に過去の記憶を辿りながらぶっきらぼうに呟く。
    「でも1ミリも動かなかった」
    「まぁ、普通そうですよね」
     こくこくと頷く侑二郎だったが彼自身コックリさんをやった経験はない。
    「ほらほら、柴さんも、森村さんも。ちゃんと探しましょう」
     二人ともサボってないで、と細氷・六華(凍土高原・d01038)は観月たちに声をかけるが、何気なく視線を向けた電柱に奇妙な貼紙を見つけた。
    「なんでしょう、これ?」
     六華の視線に気付いた近衛・一樹(創世のクリュエル・d10268)が彼女に代わって貼紙をはがし六華に渡す。
    「――ラグナロクを探しています?」
     貼紙に書かれた文言を読み上げた六華の声に仲間たちが何ごとかと集まってきた。
     六華が手にした貼紙には少女の似顔絵らしきものが描かれているが芸術的すぎてよくわからない。その下にはでかでかと『見つけた方は斬新コーポレーションまでご一報を!』の文字が。
    「斬新コーポレーション……」
     どうやら、この近くにもラグナロクを探す勢力がいるらしい――。
     のんびりと探す時間はないことを痛感し、再び六華たちは捜索に戻るのだった。


     ラグナロクを探しながらも敵を見かければ隠れてやり過ごし、またラグナロクを探す。
     アリアドネの糸に森の小道。ぶらり再発見。思いつく限りのESPをフル活用しながら捜索に挑むも目的の少女の姿も手掛かりすらも見つからない。
     その上、この付近では六六六人衆たちも捜索をしているらしくその姿を何度も目にしたが、思いがけず敵が人目に付くことを厭わない捜索をしていること、また戦闘班の頑張りもありここまで作戦通り戦闘を回避できていたのは幸運だった。
     敵勢力を抑えてくれている戦闘班のためにもラグナロクを見つけたいと思っているのは小夏だけではないが。
    「ハズレ、ここにもいないみたいだよ」
     猫変身した姿を生かして住宅街の一角にある神社の床下に潜り込んでみたが結果は空振り。埃やら蜘蛛の巣やらがついた髪を払う小夏に手を貸す悠里の横で龍之介はまた一つ地図に×印を付けた。
    (「まったく。どこへ行ったんだろう――」)
     じっと地図を見つめ、観月は少女が向かいそうな場所はないかと考え込む。コックリさんは狐など獣の霊と言われている。もしかしたら……。
    「この辺に稲荷神社ってある? もしも、近くにあるなら行ってみない?」
     観月の提案に六華はなるほどと手を叩いた。確かに、コックリさんをやっていた彼女なら稲荷神社に行っているかもしれない。再び、灼滅者たちは歩き出すのだった。

     六六六人衆の目を掻い潜りながらラグナロクを探してどれくらいたっただろうか。
     捜索をする灼滅者たちの顔にも疲れと焦りが見え始めた頃、事態は急転した。ラグナロクが見つかったと連絡が入ったのだ。
    「よかった――どこで見つかったんですか?」
     ほっとしたような、でも、少し残念のような複雑な気分。しかし、感情を表情に出さない侑二郎の真意を探るのは難しい。
    「ええと……ああ、この神社ですね」
     連絡を受けた龍之介が手元の地図を指し示す。発見場所は同じ横須賀市の東側。ちょうど隣のエリアになるだろうか。現在位置からそう遠くない場所だ。
    「彼らはこの県道を通り駅へ向かい市内を脱出するそうです」
     合流を目指す場合、現在位置からだと駅の方が近いだろうか。
    「僕はラグナロクさんを助けるために合流をしたいと思います。皆さん、いかがですか?」
     真っ直ぐな目で仲間を見つめる龍之介に一同迷うことなく首を縦に振る。
    「良かった――では、急いで……」
    「待て、ダメだ! 隠れろ!」
     駆けだそうとした龍之介を匠が鋭い声で制した。
    「業の深い者がこちらへ近づいてくる――敵だ」
     慌てて車や建物の陰に身を隠す灼滅者の前に現れたのは長い黒髪の女。
    「……」
     カードらしきものを手にした女は姿に見合わぬ強烈な殺気を放ちながら灼滅者たちの前を通りすぎる。そして、分かれ道へとやってくるとおもむろにカードを素早くシャッフルし手際よくめくっていった。
    「カードが教えてくれる道は、絶対に、正しい」
     女は手にしたカードを見つめ歩きだす。だが、左の道を行くと見せかけた女は突然振り返るとじっと隠れている灼滅者たちへ視線を向け、再びカードをめくる。
    (「見つかった、か……」)
     強烈な殺気が放つプレッシャーに耐えつつスレイヤーカードをぐっと握り締める匠。
     飛び出して戦うべきか、それともこのまま隠れるべきか。
     十数秒の時間が一分にも十分にも感じられる、そんな中で突如ふっと殺気が和らいだ。
    「……楽しみは、後で」
     ぽそりと呟く女の声は最後までは聞こえず。恐る恐る声の主を探すも、もうその姿はどこにもない。
    「助かった……」
     ふぅ、と安堵の息を漏らしたのも束の間。再び龍之介の携帯が仲間からの連絡を告げた。
    「――救出班が、襲撃されたようです」


     果たして仲間は、ラグナロクは無事なのか――。
     逸る心を抑えつつ、救援に向かうため匠たちは救出班が目指す駅へ向かって駆けてゆく。
    (「他の組織にラグナロクを奪われるわけにはいかない」)
     何としても彼女を護らなくては――。
     先導する匠は無意識のうちに唇を強く噛み締めた。
     龍之介のナビに従いながら走るとほどなく駅が見えてきたが、救出班の姿は見えない。
    「まだのようだ。どこかで戦闘になっているのかも――」
     急ぎ合流を果たすべく仲間たちを探し県道沿いを走り続ける匠たちだったが、不意にその足が止まった。
    「!?」
     すさまじい臭気と強烈な殺気。
     顔を強張らせじっと睨み付ける匠の視線の先に小夏が顔を向けると、見覚えのある黒髪の女がゆっくりとこちらへ向かって歩いてくる。
    「あれは、さっきの……」
     路地裏で見かけた六六六人衆。
    「出来れば再会したくなかったんだけどねぇ」
     ひょいと肩をすくめる小夏に気付いたのか、女もピタリと足を止めた。
    「また、灼滅者。よく会う日、ね」
     ――どうする? 戦う?
     小夏は問いかけるように傍らの仲間たちを一瞥する。
     仮に戦闘を回避し救出班と合流することを選んだとしても再びこの女とは戦うことになるだろう。であれば、ここで敵の足止めをして救出班を確実に逃がす方が良いのではないか。ならば、迷うことはない。
    「いいよね、みんな!」
     8人の想いを代表し、小夏は力強く大地を蹴るとガッと勢いよく縛霊撃で女を殴りつけた! 刹那、パッと網状の霊力が放射され女をグッと縛り上げる。間髪入れずに霊犬のヨシダが咥えた斬魔刀を素早く一振り。
    「あら、戦うの? 別に、いいけど――」
     気怠そうにゆっくりと動かした女の手から6枚のタロットカードが放たれた。
     すぐに観月が傷ついた者を癒す巨大なオーラの法陣を空に展開して体力を回復するが、決して十分とは言い難い。急いで悠里も六華の前に小さな光輪を多数出現させ守りを固める。
     と、そこへ観月の目に学園の仲間と思しき灼滅者たちが1人の少女とともにやってくるのが飛び込んで来た。
    「良かった、無事だったんだね」
     仲間たちに守られるように走ってくる少女の姿を確認し、観月はほっと胸を撫で下ろしながらスレイヤーカードを掲げる。
    「もう少しで駅に着くから頑張って。大丈夫、ここから先に六六六人衆はいない」
    「ありがとう!」
     観月の言葉に麻琴(d13716)が礼を告げ。ゴールが近いと知ると安堵の表情を浮かべた。
     傍らの悠里も逃走の疲れが見える少女を気遣い励ましの言葉をかける。
    「ここはうちたちに任せて。――学園に戻ったら、ゆっくりお話しましょうね」
     その言葉に応えたのか、鳥居型の髪飾りが小さくしゃらんと揺れた。
    「さぁ、急いで!」
     だが、女は匠の攻撃を振り切り、立ち去る救出班の後を追うように一歩を踏み出す。それを見ていた侑二郎が鋭い声で制した。
    「おっと、あなたは行かせません」
     妖の槍を構えた侑二郎が勢いよく女に向かって走り出す。その反対側からは同じく冷気を纏った長槍を構えた一樹もほぼ同時に駆け出した。2人は一気に相手との距離を詰めるとほぼ同時に槍を突出し、敵の身体を捻じり切らんとグッと力を込める。
    「そんなに、殺されたいの」
     攻撃されても顔色一つ変えず女は慣れた手つきでタロットカードを1枚めくり。
    「……『塔』」
     手にしたカードを確認するや否や、目にも止まらぬ速さで死角に回り込み一樹に向かって斬りかかった。何かが一樹の視界の前を過ぎるがその姿を確認することはできず。かしゃん、とポケットにしまっていた眼鏡が落ちる。
     だが、いつまでたっても一樹には痛みも衝撃もない。なぜなら、視界の前を過ぎった何か――正体は匠の霊犬・六太――彼が自分の身体を盾にして彼を剣戟から護ったからだ。
    「ろくた」
     そっと名前を呼ぶ主にぴくりと耳を動かし大丈夫だと六太は応える。
    「……ラグナロクさんたちは無事に逃げ切れたようですね」
     救出班の姿が見えなくなったことを確認し、六華は良かった、と呟いた。
     これで、この戦いに専念できる――。
     六華は女をまっすぐに見据えるとぎゅっと両手で握りしめたマテリアルロッドを振りかぶった。


     再び秒針が文字盤の「12」の上を通り過ぎていく。カチリ、と小さな音を立てて短針がまた一つ進んだ。
     どのくらいの時間が経過しただろうか。
    「――お疲れ」
     女の斬撃に耐えきれず観月のビハインドの体が静かに消えていく。最期まで仲間を守り続けてくれたことに感謝しつつ、観月は縛霊手の指先に集めた癒しの光を侑二郎に向かって撃ち出した。
     捜索時に戦闘を回避できたこと、盾役が多かったこと、悠里と観月が途切れることなく仲間たちの傷を癒し続けてきたこと――作戦が功を奏し灼滅者たちはここまで頑張ってきた。とはいえ、十分に体力が残っていたはずの顔に疲労の色が見え始めてきた頃、徐々に対峙する六六六人衆の動きも鈍くなりつつあった。
    「『死神』……」
     侑二郎の足に狙いを定め、見えない斬撃が襲い掛かる。だが、その攻撃を受けたのは侑二郎ではなく小夏。足に響く強い衝撃と強烈な痛みに耐えられず、思わず小夏は膝をついた。
     苦痛に顔を歪める小夏の傷を癒そうとその手に癒しのオーラを集めた一樹だったが、すぐに集気法では中衛が前衛の傷を癒すことは出来ないと気付く。代わって悠里が小夏の傷を癒すために小光輪を呼び出した。
    「しゃーないなぁ」
     一樹はちっと悔しそうに舌打ちを一つすると素早く作戦を切り替え女に向かって炎を纏った蹴りを放つ。
    「さっきのお返しさせてもらうよ!」
     身体に纏わりつく炎を消そうとする女に向かって再び小夏が炎を纏った靴で女の顔を思い切り蹴り上げ、その衝撃でぐらりと態勢を崩したところを狙って流れるように匠が別の角度から蹴り込んだ。
     一歩、二歩、つんのめるように歩く女に向かって龍之介の足元から影が伸びてゆく。
     ラグナロクだの獄魔覇獄だのいろいろあるが、それ以上に罪もない少女がダークネスに命を狙われていたこと――。龍之介にとって、たったそれだけで名も知らぬ少女のために危険を冒す理由に値する。
    「そろそろ終わりにしましょうか」
     先端を鋭く尖らせた闇色の影が女の身体を切り刻んだ。その陰から飛び出した六華がオーラを宿した拳を女に向かって突き出す。息つく暇を与えず、六華の小さな身体からは想像できない凄まじい連打が繰り出された。しかし、それでもまだ女は倒れない。どこにそんな力が残っていたのか。思わず足が竦むような強烈な殺気とともに5枚のタロットカードを投げつけた。
    「やれやれ、しつこいですねぇ」
     侑二郎は気怠そうに呟くとトンと静かに地面を蹴る。そして、女の首元を狙ってマテリアルロッドを振り下ろした。敵を撃ちつけると同時にロッドから流れ込んだ魔力が体内で勢いよく爆ぜる。その衝撃に耐えきれず女の手からバラバラとタロットカードが零れたかと思うと、ドサリと音を立て女の身体が静かに崩れ落ちた。
     侑二郎は足元に落ちた一枚のカードを拾い上げると仲間たちに見せる。
    「『戦車』、だそうです」
     『戦車』のカードは勝利の象徴。
     それは、この戦いの勝者が灼滅者であることを意味していた。

     戦いを終え、彼らは休む暇なく駅に向かって走り出す。
     救出班は無事に駅に着いただろうか。脱出できただろうか。
     だが、ここで1人の六六六人衆を倒したことによって、少女の、仲間たちの脱出を手助けすることができたのは間違いない。
     ――今はただ仲間を信じて走ろう。迷える少女と再び学園で会えることを祈って。

    作者:春風わかな 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年12月12日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 4
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