獄魔覇獄前哨戦~選んだ先に

    作者:柚井しい奈

    ●ラグナロクの少女
     海の中を光が昇る。それは過ぎるほどに強大な力だ。
     鈍色の海面を割って浮かび上がった光球は、ふらりと地上に移動する。神奈川県横須賀市。東京湾と相模湾に挟まれ、かつて軍港都市として栄えた町だ。光球は怪しげに輝きながら宙を漂う。やがて横須賀市のほぼ中央へとたどり着くと、光は静かに地面に降り立った。
     やがて輝きは収まり――。
    「あれ? ここは、どこ、どうして、こんな所に? たしか私はパワースポット巡りを……」
     残されたのは、ひとりの少女……否、ラグナロクであった。
     
    ●獄魔覇獄前哨戦
     8名の獄魔大将に告ぐ。
     獄魔覇獄の戦いの火蓋が切って落とされた。
     横須賀市中央部に放たれた、ラグナロクを奪い合え。
     この前哨戦で、ラグナロクを捕らえ確保したものが、獄魔覇獄の戦いをリードする事になるだろう。

     ラグナロクの確保に全力をつくすのも良いだろう。
     獄魔覇獄の戦いの為に戦力を温存するのも良いだろう。
     敵戦力を見極める事に重点を置く戦いも悪くは無い。

     獄魔大将として、軍を率い、そして、自らの目的を果たすがいい。
     
    ●教室にて
    「横須賀に現れたラグナロクの争奪――それが獄魔覇獄の前哨戦ということのようです」
     教室に集まった灼滅者を前に、隣・小夜彦(高校生エクスブレイン・dn0086)はそう切り出した。
     ラグナロクの少女は体内に膨大なサイキックエナジーを溜め込んではいるが自身に戦う力はない。獄魔覇獄の趨勢もさることながら、多くのダークネス組織に狙われている少女を放っておくわけにはいかない。
     灼滅者の視線に促されて小夜彦が続ける。
    「この戦いに参加する勢力は、武蔵坂学園のほかに7つあります」
     ラグナロクの捜索を優先してもいいし、奪われないようにこちらから他勢力を襲撃するのもありだろう。
    「他の勢力についてわかっていることをお話ししておきますね」

    ・ブエル勢力
     ブエル兵達は住宅街を虱潰しに探しまわっている。
     同時に新たなブエル兵を生み出し、、ラグナロクの捜索と戦力増強を共に行なおうとしている。

    ・シン・ライリー勢力
     獄魔大将シン・ライリーを含め、少数精鋭の部隊が密かに横須賀入りをしている。
     目的は自分達以外の獄魔大将の力を見極める事のようで、表立った活動はしていない。
     シン・ライリーが灼滅されれば、獄魔大将シン・ライリーの勢力は敗北となる。

    ・クロキバ勢力
     犬猫眷属を派遣して、ラグナロクの捜索を行っている。
     主力のイフリートは殆ど派遣していない為、ラグナロクを発見したとしても、確保する戦力はないだろう。

    ・六六六人衆勢力
     人事部長と呼ばれる六六六人衆が指揮を取り、新入社員(六六六人衆)と派遣社員(強化一般人)を動員して、ラグナロク捜索を行っている。
     また、灼滅者を警戒しており、灼滅者の撃破を優先的に行おうとしている。

    ・デスギガス勢力
     四大シャドウの一体、デスギガス配下のシャドウ達の勢力です。
     横須賀市民のソウルボードを移動しながら、状況を伺っている。
     情報収集を優先しているようだが、ラグナロクが発見された場合、強奪できそうならば襲撃をかけてくるかもしれない。

    ・カンナビス勢力
     ノーライフキング、カンナビスの勢力です。
     病院の灼滅者の死体から生み出した実験体アンデッドを多数繰り出して、ラグナロクの確保を狙っている。
     また、病院の灼滅者のアンデッド達の外見を灼滅者であるように偽装しており、自分達の勢力の情報を他の獄魔大将に隠そうとする意図もあるようだ。

    ・ナミダ姫
     スサノオの姫、ナミダの勢力。
     ラグナロクの探索は行わず、多数の『古の畏れ』を、横須賀市内に出現させ、無差別に敵を襲わせようとする。
     敵の戦力を測るのが目的と思われるが、他に目的があるかもしれない。

    「この状況の中でどう動くかは、皆さんで話し合って決めてください」
     バインダーを抱えなおした小夜彦が一同を見渡した。アンティークグリーンの瞳がひとりひとりを見つめた後、静かに頭を下げる。
    「俺にお手伝いできるのはここまでです。どうか、お気をつけて」
     ラグナロクを巡る戦いが、始まる――。



    参加者
    三兎・柚來(無垢な記憶の探求者・d00716)
    八重樫・貫(疑惑の後頭部・d01100)
    沢崎・虎次郎(衝天突破・d01361)
    小碓・八雲(鏖殺の凶鳥・d01991)
    ユエファ・レィ(雷鳴翠雨・d02758)
    結城・桐人(静かなる律動・d03367)
    トランド・オルフェム(闇の従者・d07762)
    二荒・六口(百日紅・d30015)

    ■リプレイ

    ●捜索
     日は傾き、葉を落とした並木が地面に長い影を落としている。もう少し経てば奥の噴水はカラフルにライトアップされるのだろう。
     持ってきたランタンが必要となる前に見つかればいいが。二荒・六口(百日紅・d30015)は鞄を肩にかけなおす。
     獄魔覇獄の前哨戦はラグナロクの争奪戦。勝手にゲームの景品にされた少女は、占い好きでパワースポット巡りの最中だったらしい。
     トランド・オルフェム(闇の従者・d07762)は金の瞳を瞼に閉ざし、緩やかに首を振った。
    「自身のあずかり知らぬところで勝手に運命を決められていく、不憫としか言いようがありませんね……」
    「早く、見つけよう」
     きっと心細いだろう。その不安を出来るだけ取り払ってやりたい。結城・桐人(静かなる律動・d03367)は唇を引き結んでわずかに足を速める。
    「この辺りで有名なスポットと言えば三笠公園っすかねぇ」
     先頭を歩いてきた沢崎・虎次郎(衝天突破・d01361)が告げたとおり、ここは横須賀市を代表する公園だ。しかし日暮れが近いからか冷たい海風のためか、人影は少ない。
     少女が逃げ込むのならパワースポットを目指すだろうと予想して、灼滅者達はいくつかの目星をつけて捜索を始めていた。思い当たる場所をいくつかあげつつ、虎次郎は両の掌を広げて見せた。
    「横須賀と言っても広いっすからねー」
    「他の勢力も、今はいない……みたいです、ね」
     双眼鏡を降ろすユエファ・レィ(雷鳴翠雨・d02758)。
     中央広場から周囲を見渡して、小碓・八雲(鏖殺の凶鳥・d01991)は目を凝らした。
    「身を隠せそうな場所は少ないな」
    「この場所で隠れるとしたら、やっぱりあそこかー?」
     八重樫・貫(疑惑の後頭部・d01100)が海の方角を見上げる。目の前には艦体をうっすらと橙に染める記念艦「三笠」。かろうじて見学時間は終わっていないようで、乗船のための階段はまだ開放されていた。
     ふと首を巡らせる三兎・柚來(無垢な記憶の探求者・d00716)。
    「あとは、管理事務所の裏……とか?」
    「そうだな、人が多すぎても良くないと聞いたことが有る」
     六口が同意を示した。
     ならばその2か所を重点的に探そうと一同は歩を進める。エクスブレインから話を聞くのと前後してバベルの鎖が見せた少女の、特徴的な髪飾りを思い浮かべながら八雲は視線を走らせた。手分けして物陰があれば覗きこみ、時に耳を澄ませる。
     閉まる直前の三笠の艦内を動物変身まで駆使して見てまわり、目に付く限りの場所を確かめたものの、少女の姿は見当たらなかった。トランドがスマートフォンに視線を落とすが、他チームからの連絡はない。吉報もなければ、凶報も。まだ状況は動いていない。
     六口が入り口に目を向けた。
    「移動しよう」
    「次は……この神社だね」
     柚來が開いた地図で次の目的地を確認して歩き出す。どうか、この先向かう場所か、あるいは学園の仲間が向かった場所にいますように。

    ●遭遇
     影はいっそう長く伸び、住宅街を横切るうちに空は赤みを増していく。急ぎながらも視線を巡らせ、いくつかの角を曲がったとき。
    「何の音だ?」
     八雲が足を止めた。大量の水を叩きつけたような音が十字路に響く。首を巡らせると、北の方角、まず視界に入ったのは濡れそぼった着物の女だった。腿から下は地面に埋もれ――否、アスファルトに広がる泥水が彼女の下半身か。
     とっさに曲がってきたばかりの角に身を潜める。
    「……古の畏れか」
    「だけじゃ、ない」
     眉間にしわを寄せた貫に続けて、柚來がそっと顔を出して様子を見る。
     古の畏れに相対するつぎはぎの獣。傷ついたブエル兵は車輪のように足を回転させながら反撃を繰り出している。先ほどの音は古の畏れが放った攻撃によるものか。
    「今日は出来れば戦闘は避けたいんですけどねー」
     虎次郎の軽口は一同の共通認識だ。目的はラグナロクの保護。他勢力との不用意な接触を避けるために桐人やトランドは犬猫の姿で仲間の鞄に潜んでいるのだ。赤いリボンタイをつけた黒猫が八雲の鞄から顔を出して状況を問うた。
     六口が来た道を振り返る。
    「別の道から行くか?」
    「……だめ、あそこ」
     突如ユエファが犬変身を解除して身を乗り出した。指差した先、泥の腕が引っ込んで見通しのよくなった視界に飛び込んだのは。
    「人が……!?」
    「生きてる!」
     ブエル兵の近く、半ば電信柱の影に隠れる位置に倒れている老女。怪我をした様子こそないが、このままではどうなることか。
     息を呑んだ、次の瞬間。
    「行くぜぇっ!!」
     貫が地を蹴った。武器を手にすると同時に現れるナノナノ。背負い鞄から飛び出した桐人は着地ざま子犬から人の姿に戻り、眼鏡越しに敵を睨みつけた。
    「……どれだけ、無関係の人間を巻き込むつもりだ」
     守ってみせるとスレイヤーカードから力を解放する。
     柚來がスマートフォンで交戦開始を連絡し、灼滅者達は貫を追って距離を詰める。
     戦っていた両者がこちらに顔を向けた。貫が勢いのままに放った蹴りはブエル兵を退かせる。
    「この先は、通しません……よ」
    「俺が連れて行くっす! 流星号、手伝うっすよ」
     すかさずユエファが老女を背に身構えた。意志を湛えて輝くペリドットの瞳。後ろに片膝をついた虎次郎の傍らでライドキャリバーがエンジン音を轟かせた。
     古の畏れがアスファルトに広がる沼を波立たせる。波紋はすぐさま大きな波となり、近くにいる者を引きずり込もうと蠢いた。襲いくる泥水を正面から捉え、貫はニット帽を深く被りなおす。
     濡れた髪を青白い頬にはりつかせ、古の畏れが引きつった怒号を上げる。溢れる泥水。
     数秒前まで流星号のいた場所が泥に塗れる。同時に、沼に引きずり込まれたブエル兵が断末魔の悲鳴を上げた。
    「まずは最悪の事態は免れたようですね。後は我々が勝利するだけです」
     唇には常と変わらぬ笑みを浮かべたまま、トランドは目を細めた。眼鏡越しに金の瞳が古の畏れを鋭く見据える。
    「行くぞ」
    「キャン!」
     六口に応じたのは綿菓子のような毛並みの霊犬、マオ。小さな四肢に力を入れて顔を上げる。
     半身を沼に沈めた女がゆらりと灼滅者達を見渡した。落ち窪んだ瞳に宿るのは紛れもない殺意。
     拳を固める柚來。
    「会っちゃったのは、しょうがない……ね。食い止めよ、か」
    「見過ごすわけにはいかないからな」
     ふたつの刃を無造作に構える八雲。ラグナロクであれ、居合わせただけの一般人であれ、変わらない。不条理に降り注ぐ厄介事は切り捨てる。
     アスファルトを強く蹴って、赫を宿す刀を振り抜いた。

    ●交戦
     長い影が地面に揺れる。風の冷たさに反して汗が零れた。
    「なかなかやります……ね」
     雷を纏った拳が着物の袖をかすめて終わる。頬に滲んだ血を拭い、ユエファは腰を落とした。荒い呼吸を繰り返して喉がひりつく。
     嘲笑うように泥水が跳ねた。
     沼が周囲の者を引きずり込もうとするたびにまき散らされた泥が足元を悪くする。次の攻撃をかわそうとした貫の、力を込めた足が微かに滑った。奥歯を噛みしめる。らいもんが口をへの字に曲げたまま、後ろから癒しの力を飛ばす。
     泥水から槍を引き抜いたトランドの足元で影が大型の狩猟犬を象った。
    「まったく、一面泥だらけではありませんか」
    「泥汚れってのは落とすのが大変っすねー」
     軽い口調の虎次郎の額にも汗が伝う。振り下ろされた泥の腕。かざしたWOKシールドの上から襲う衝撃に靴底が嫌な音を立てた。そのままシールドを展開して周囲の味方ごと傷を癒す。
     立っているのは舗装された地面のはずなのに、ぬかるみの中にいるような。攻撃のいやらしさともどかしさに自然と表情が険しくなる。
    「なら……何度でも払い落とすまで、だ」
     桐人が腕を振った。肌を刺すような冬の空気とは違う優しい風が通り過ぎる。古の畏れを囲む灼滅者達の体を撫でた風は敵意にまみれた泥を拭う。先ほどから風で清めては泥水を浴びせられの繰り返し。それでも虎次郎のシールドと合わせれば、泥は乾いてはがれていく。
    「ありがと……今度は、こっちの番、だね」
    「マオ、続いて」
    「キャン!」
     踊るように跳ねて古の畏れに迫る柚來。振りかぶった腕が鬼のごとく変異する。
     横合いからは六口が狙いを定め、槍の先端に集めた冷気を放つ。凍り付いた泥水にマオの刃がひらめいた。
     動きを鈍らされていたのは何も灼滅者だけではない。積み重ねた攻撃は少しずつ、だが確実に敵の体を捉えていた。
    「あ、ぁ……」
     氷を軋ませて古の畏れが髪をふり乱した。ろくな狙いも定められず泥水がまき散らされる。とっさに飛び退き、あるいは武器で払いのけて隙を窺う。
     横に飛んでかわした八雲が、着地前に虚空を踏んだ。空中からの二段ジャンプ。常人にはあり得ない軌道で女の頭上から荒神切 「天業灼雷」を振り下ろす。重い斬撃が掲げられた泥の腕を切り裂いた。
    「これ以上の厄介は起こさせない」
    「う、あぁ……っ」
     びちゃびちゃと泥が零れる。かすれた悲鳴。一度沼に沈んだ腕が、ひび割れながら再び拳を握った。
     泥の腕が八雲を狙う。重い音を立てる一撃の前に小さな体が滑り込んだ。肩で跳ねる癖のある髪。
    「やらせません、よ」
     詰めていた息を細く吐き、腕を交差させたユエファが顔を上げる。目の前の敵は決して弱くはないけれど、挑みたいと思っている相手のほうが遥かに強い。こんなところで倒れていられない。
     即座に桐人が指先から霊力を放ち、らいもんがハートを飛ばす。
    「今のを何度も食らえば、癒しきれないぞ」
    「だったら先に押し切ればいい」
     六口が槍を構えた。貫のエアシューズがアスファルトを疾走する。
     凍り付いた沼がひび割れ、古の畏れが一瞬動きを止めた。見逃すことなく叩き込まれる攻撃。
     槍の穂先が唸り、刃が閃く。闘気を練り上げた拳が胴を捉え、傾いだ体を雷が撃った。
    「あああああああぁっ!!」
    「おやすみなさいませ」
     トランドが笑みを湛えたまま言い放つ。大きく伸びあがった影の狩猟犬が古の畏れに跳びかかり、その喉笛を噛み切った。
     一陣の風が吹き抜ける。いつの間にか、アスファルトに伸びた影は周囲に溶け込み、太陽は屋根の向こうに見えなくなっていた。

    ●収束、あるいは
    「皆、いけるか?」
    「大丈夫」
     怪我の具合を確かめる桐人にユエファが頷く。
     避難させた老女は、無事に目を覚まして逃げたらしい。誰もいない曲がり角を覗き込んで虎次郎は頬を緩めた。
    「それじゃ、捜索再開……と」
     頭の上に乗ったらいもんをカードの中に待機させる貫。踏み出した足は、スマートフォンの音に遮られた。
     画面を確認した柚來が目を見開く。連絡は東の捜索班からだ。
    「ラグナロク、見つかった……!」
    「そうか」
     八雲が肩の力を抜いた。自分たちの手で守ることはできなかったが、少女が無事なら何よりだ。一様に安堵の息を吐く。
     弛緩した空気を引き締めたのはトランドの一言だった。
    「ですが、まだ学園の勝利が確定したわけではないのですよね?」
     保護したとはいえ、横須賀市内には変わらず複数勢力のダークネスがうごめいている。
     戦闘を担当する仲間には少女の護衛も依頼されていた。ラグナロク発見に気づかれれば、確保を目論む勢力は当然攻勢に出るだろう。東では今この瞬間こそ佳境を迎えているのかもしれない。
     六口が電線の走る空を仰いだ。
    「今から向かっても間に合わないだろうか」
    「向こうも移動してるだろうし……合流は難しい、ね」
     今更ながら、連絡を受けた時にどうするかまで考える余裕がなかったことに気づいて一同は視線を交わす。
    「駄目元で行ってみるっすか?」
    「そうだな」
     少女を守るために探していたのだ。無駄になる可能性が高くても、この場でじっとしているよりは。
     胸のざわつきを抑えるように、灼滅者達は街灯の点きはじめた路地を走り出す。
     ――獄魔覇獄の前哨戦は、間もなく幕を下ろそうとしていた。



    作者:柚井しい奈 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年12月12日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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