獄魔覇獄前哨戦～少女は独り、ゆきゆきて

■リプレイ

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　冬の横須賀市は、異様な空気に包まれていた。
　カンナビス配下のアンデッドと戦うために灼滅者たちが向かった場所は、横須賀市南部。東京湾から太平洋へと続く浦賀水道に面した地域であり、古くから海上交通、そして海洋防衛の要とされ、現在も自衛隊や在日米軍の基地が存在する。
　しかし陽が沈み暗くなればあちこちで飾り付けられたイルミネーションが輝き、冬を彩る鮮やかな光の色彩が踊る。
　そんな、平常ならば心躍る冬の街に、今は殺気がまつわりついていた。
「La lumiere du noir de jais」
「C'est ma chanson！」
　カノン・アシュメダイ（アメジストの竜胆・d22043）とリュシール・オーギュスト（お姉ちゃんだから・d04213）がスレイヤーカードを掲げ、殲術道具を解放する。
　探すまでもなく敵はそこここに徘徊していた。数体のアンデッドと遭遇し、灼滅者たちは素早く戦闘態勢を整え、早速に戦闘を開始する。
　宮野・連（炎の武術家・d27306）の展開する夜霧が灼滅者たちを包み、轟たる勢いで卦山・達郎（一匹龍は二度甦る・d19114）はアンデッドへと攻撃を叩き込む。
　ぐらとアンデッドの姿勢が傾いだところを綾峰・セイナ（銀閃・d04572）の繰り出す螺旋撃に激しく抉られ、九形・皆無（僧侶系高校生・d25213）は死者の嘆きと怒りを凝り固めたような異形の槍を振るいながら距離を詰めた。
　円を描く刃が居並ぶアンデッドを一息に薙ぎ、倒れたモノを気にもかけず攻撃を仕掛けようとする敵へと槍を扱いて破鋼・砕（百芸は一拳に如かず・d29678）が地を蹴る。
　ぐぢり。生きた人間とは違う感触が得物を通して伝わり少女は顔をしかめる。彼女は本来武器と一体化した鋼の拳で殴り殴られるストイックな戦いを好むが、この病院の灼滅者のアンデッドに対しては『殴り心地の悪い相手』と認識していた。
　怒りや憤りを感じる程ではないが、あまり気分は良くない。唾棄するように短く息を吐き、その感触を振り払う。
「まったく、灼滅者の容貌のアンデッドなんて縁起でもないですね。それも病院の人達の死体だなんて…………」
　眠たげな雰囲気をまとい麻古衣・紬（灼華絶零・d19786）の振るう銀の杖がアンデッドを強かに打ちつけ、杖先の魔法陣から流入された魔力が内側から敵を爆破する。膝を突いたところに、連のライドキャリバー・カリバーが唸りを上げて突撃を食らわせた。
　アンデッドは決して弱くはないが、撃破が難しいほどではない。数体が束になってようやくダークネス1体と同等程度だろうか。
　灼滅者たちは、油断することなく全力を傾けてアンデッドを確実に撃破していく。

「厄介な相手ね……」
　ふうっと溜息をついてセイナが口にする。
　彼女たちが戦う相手は、病院の灼滅者の死体から生み出されたアンデッド。自分たちの勢力の情報を隠すために死した者たちを利用しているのだ。
　いつも敵対する相手とは心情のありようが違う。特に、人造灼滅者たちにとっては。
　普段は穏やかな皆無が今はじりじりと不愉快をあらわにし、気が立っているのを仲間たちにも見て取れる。
　かつて病院が壊滅した際に仲間を逃がすために闇堕ちし、しかし捕えられ目の前で見方が惨たらしく殺されるのを見せつけられた。
　その彼にとって、このアンデッドたちを倒すことはただ戦力を減らすこと以上の意味がある。
「全く悪趣味よね、カンナビス」
　病院にそれほど思い入れがある訳じゃないけど、やっぱり愉快な気分ではないわ。
　ルビーのように輝く赤い瞳を細めて言う砕に連は鼻を鳴らす。
「カンナビスの野郎をぶん殴ってやろうぜ。顔でも腹でも好きなところをな」
「おう。獄魔大将……いや、猫乃目程ではないとはいえ、こちとら武神大戦殲術陣生き残った身だ。俺らの力を奴らに叩き込んでやろう！」
　意気込む達郎の言葉に他班と連絡を取り情報交換をしていたリュシールとカノンが微笑む。
　移動中に接触した他班から得たり彼女たちが集めた情報をまとめると、どうやら戦況はこちらに有利に動いているようだ。だが、だからと加減をしたり気を抜く理由はない。
　事前に彼らを含む灼滅者たちの多くが対処していたことから、偽装された病院灼滅者のアンデッドと仲間を見間違えることはなかった。
　連絡を取り合い互いの位置情報や戦況を把握し無駄足を避ける。それが彼らの方針だった。
「（ラグナロクを取られるのはまずいですし、その防衛や、今後のためにも、敵の量を減らしておいたり、相手に負担をかけられればいいのですがね…………）」
　思案しながら空飛ぶ箒のESPで周囲を偵察していた紬は、再びカンナビス勢力の手合いと見られるアンデッドの集団を目に留める。
　まだこちらに気付いてはいないのだろう。今なら不意打ちを受けずにこちらから攻撃を仕掛けられる。
　そう判断し仲間たちに伝えようとした時。
「……？」
　数匹の動物たちが、アンデッドの集団へと向かっていた。
　違う、あれは……
「……クロキバの眷属でしょうか」
　独白し注意深く様子を見守る。犬猫眷属たちはさほど警戒せずにアンデッドへと近付いていく。共闘する気かと思った次の瞬間、
　ぞ、んッ。
　――！！
　鮮血と、悲鳴。
　紬の一声に灼滅者たちは殲術道具を手に駆けた。
　倒れ伏す眷属を庇いカリバーがアンデッドとの間に滑り込み、槍を手にセイナが地を踏み込む。血に濡れた腕を払うアンデッドの懐へ一息に距離を詰めると、穂先がその胸を穿つ。
「ごめんなさい、すぐに楽にしてあげますから……！」
　呻きに似た声を漏らす敵へ告げリュシールは蹴撃を放つ。躊躇うなどしない。相手がかつて、病院の灼滅者であった存在でも。
　眷属たちは低く唸りを上げながら灼滅者たちを見やる。怪訝そうな視線は彼らの正体を確かめ、灼滅者たちの傍へと寄ってくる。
　傷付いたモノもぼたぼたと血を流しながらも四肢を強く張り、一度は見誤った敵を睨む。
　そこに敵対の意志は見えず、アンデッドたちを見据えるその表情はむしろ彼ら灼滅者たちを助ける――すなわち、協力しようとしているように見えた。
「一緒に戦おうってことか？」
　連の言葉にこくりと頷く。
　どこまで信用できるかは分からない。だが、ただ今は共に戦おうとしていることだけは確か。
　低い呻きを吐くアンデッドに灼滅者たちは向き直る。
　炎のように揺らめく赤い闘気をまとい、達郎が力強く地を蹴った。
「さぁ見せてやるぜ、武神大戦殲術陣を生き残った俺の力をなぁ！」
　烈呵と共に放たれた炎滾る蹴りはアンデッドを激しく襲い、クロキバの眷属が攻撃を畳みかける。
　紫水晶の瞳を真緋色に染め慈悲も容赦もなく冷徹に見据えて、カノンは尊厳と正義の天使の名を冠した影を蠢かせ迸らせた。
　身を斬り刻まれ、悲鳴を思わせる声を上げアンデッドが得物を振るうが、狙われた皆無は身をひねって攻撃をかわす。
　かつての仲間を一人でも多く解放することだけを思う魂を削り冷たい炎と化し、病院灼滅者へと疾る。
　貫かれたアンデッドたちは苦悶に身を捩じらせ、1体が日本刀に似た武器を上段から振り落とす。凶刃は、避けきれなかったセイナをその服装ごと斬り断ち血がにじむ。
「無理すんなよ？」
　連から言葉と共に癒しを受け礼を告げながら、アンデッドたちの姿に彼女は目を眇めた。
「敵とは言え、元お仲間を倒すのはやっぱり心苦しいわね」
　もとはどのような相手だったのだろうか。ヒトの姿を留めたアンデッドは、生きていたなら彼らと同じく武器を手に戦場を駆け、ダークネスを狩っていただろう。
　それが今は死してその遺体を利用されアンデッドとなり、かつての仲間である武蔵坂学園の人造灼滅者たちへと敵意を向けている。
　ぎり。と。皆無が歯を軋らせ、彼と彼らの無念を感じ紬は杖に炎を宿らせた。燃える杖でアンデッドを殴打し、鈍い音と共に炎が舞いその身体を燃え上がらせる。
　とどめとばかりに砕はたんっと身軽に身を躍らせて、鋼の拳から繰り出される痛撃はまさしく鋼鉄の拳。
　くずおれたアンデッドに一瞥もくれず、他のアンデッドたちは灼滅者たちへと襲い掛かる。
　戦いは、犬猫眷属という助力を得た灼滅者たちの優勢で進んだ。
　ダークネスを狩るに相応の実力を持つ人造灼滅者のアンデッドは決してたやすい相手ではない。だが、対するもまたダークネスを狩る灼滅者。
　死してなおその得物を振るうアンデッドを、確実に圧倒する。
　赤いオーラをまとい、まるで赤い龍が敵を喰らい尽くそうとするかのような気迫と共に達郎の強襲がアンデッドを打ち倒す。
　ぐらと姿勢を崩した敵にクロキバの眷属がとどめを刺し、別のアンデッドへと放つ砕の渾身の一撃が重い音を立ててヒットする。
　たたらを踏み、しかし戦意を失わず攻撃を仕掛けようとするアンデッドを、皆無は展開した結界で捕らえ自由を奪い、抗う間を与えずカノンの刃に深く斬り裂かれずるりと姿勢を崩した。
　じり。エアシューズが音を立てる。セイナは青い瞳をまっすぐに敵へと向け、軽妙な足取りで距離を詰める。一呼吸のうちにマテリアルロッドを振り抜き、
「汚れ役は慣れてるから、気にしないで頂戴ね」
　どざりと倒れたアンデッドには目もくれず少女を見た。鮮やかな緑の瞳から涙をこぼすリュシールは、残ったアンデッドをまっすぐに見て構える。
「躊躇ったりするもんですか……こんな真似をする奴らに負けない為にこの人達は命がけで戦ったんだもの、躊躇うなんて最低の事よっ！」
　叩き付けるように叫ぶも、溢れる涙を隠すことはしない。
「（心を凍らせず痛みと傷を全部感じ分け持つの、せめてもの彼らへのお弔いに）」
　言い聞かせ、小柄な体を躍らせ拳を叩き込む。
　身を折り曲げるアンデッドへ、紬は炎まとう杖を持つ手に力を込めた。
「ごめんね、君たちの思いを悪用させたりはしない。だから……おやすみ」
　その言葉は、届いただろうか。
　すべての思いを払うように銀の杖を振るい強打する。杖を包む炎がアンデッドへと燃え移り、業と燃え上がった。
　ざ、とひとつ強い風が吹き、炎が舞う。
　後には何も残らず、病院灼滅者がそこにいたことを示すものは、何もなかった。

●
「このあたりにもう敵はいないようです」
　空から周囲を偵察していた紬の言葉に、灼滅者たちは安堵の息を漏らした。
　武蔵坂学園、カンナビス両勢力に加え、クロキバの勢力も加わったことでこの横須賀市南部は激戦区となった。
　クロキバの犬猫眷属たちは、戦いが終わり落ち着いてから、主の元へ戻るように伝えるとどこかへと帰っていった。
「ラグナロクは？」
　占いが好きなラグナロクは、ここが安全な場所ではないと知ったことだろう。であるなら、この場所に彼女がいるとは思えない。
　まだ見つからないかと訊くと情報を収集していたカノンは少し待つように告げ、はっと紫水晶の瞳を見開いた。
「発見されたそうです」
「どこで？」
「横須賀市東部……ここからでは間に合わないかもしれませんね」
　愁眉の表情を浮かべる彼女に、セイナが首を傾げる。
「でも行くだけ行ってみましょ。何かないとも限らないし」
「ああ、ラグナロクが発見された以上他の勢力も動くだろうしな」
　達郎の言葉に連は好戦的な笑みを浮かべ、
「よし、第2ラウンドと行こうぜ」
　ぐっと拳を掲げて見せた彼に皆が苦笑した。
「行きましょう。ここに長居する必要はないわ」
　ぐっと伸びをして砕が言い、誰からともなく足を新たな戦場へと向ける。
　ふと。
　振り返り、リュシールはどこでもない場所を見つめて目を伏せる。
「きっと引継ぎます……負けたりしませんから、どうか安らかに眠って下さい……」
　祈りの言葉に、皆無もまた足を止めてかつての仲間へ祈りを捧げた。
　冬の冷たい空気が、凛と張り詰める。
「何をしているの？」
　少し離れたところからセイナがふたりへと問い、何でもないと答えて仲間たちの元へと急ぐ。

　横須賀市に現れた新たなラグナロクの少女。
　それは、嵐の訪れを象徴する――。

作者：鈴木リョウジ	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2014年12月12日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 6／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 1
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