【九州調査行】軍艦島脱出ミッション

    作者:泰月

    ●敵地にて
     長崎港から、南西におよそ18キロの海上。
     そこに、軍艦島と呼ばれる島がある。
     40年程前まで海底炭鉱で栄えたが、今では無人島――である筈の島こそが、灼滅者達が新たに連れて来られた場所であった。
     8人は、そこで旧日本軍風の軍服の下に刺青を持つ強化一般人の下に就けられる。
     環境の変化に加えて、上司が左京直属でなくなってしまったのだ。更に、任務も他の強化一般人と共に担当させられるようになり、これまでの様な9人での活動を取れる時間は大幅に減ってしまった。
     想定外が重なるも、灼滅者達は怪しまれないよう、与えられる仕事をこなす事にした。
     仕事内容は、軍艦島の出入口として作られた秘密の船着場の警護、島内施設の警戒、時々雑用と言った所だ。

     そして一週間が過ぎたある日。
     揃って休憩を取る機会を得た8人と左京は、得られた情報を整理していた。
     まず、詳細は不明だが、軍艦島の地下には秘密基地を建設されているらしい。その建設資材や資金はHKT六六六の協力によるものであるようだ。
     外部(恐らく中州辺り)から人が運び込まれる事があり、強化一般人に変える秘密の施設があると想定される。
     要するに、この軍艦島は、ダークネスの軍事拠点になっているのだ。恐らく、九州支配の拠点にするつもりではないだろうか――という所までは、情報と推測を交えて判明したのだが。
     『うずめ様の身辺警護』と聞いていたのに、当のうずめ様に近づく機会がなく、うずめ様に関する情報は、まだ得られていなかった。
     とは言え、今までの情報は『騒ぎを起こしたりせず、怪しまれない事を優先』した情報収集によるものだ。
     そろそろ、脱出も含めた今後の動きを考えるべき頃合である。脱出直前であれば、多少騒ぎを起こして調査を進めるのも手だろう。

    ●裏切りの代償
    「ど、どういう事だ、これは……俺がなにをした?」
     軍艦島の奥深く。
     『うずめ様の予言』がある、と1人呼び出された左京は、そのうずめ様の配下の羅刹や刺青を持つ強化一般人達に囲まれていた。
    「うずめ様の予言で、お前の配下が騒ぎを起こして島を脱走する事が判ったのだ。お前も、それに加担するとな! やれ!」
     羅刹の合図で、幾つもの銃口が一斉に向けられる。
    「くっ。予言でばれるだと……!」
     もはや演技は無用と、左京も鋼の糸を露わにするが、周囲を囲まれ逃げ場のない状況を覆す力は彼にはなかった。
     幾つもの銃弾に撃ち抜かれ、風の刃に斬り裂かれる左京。
     戦いと呼べないその様子を、長い黒髪を持つ羅刹の少女――うずめ様が遠くから見つめていた。
     一言も発する事無く、ただ冷たい目を向け、左京が灼滅される一部始終を見届けると、何処かへと去っていく。
    「よし。配下の強化一般人共を捉えて来い。事情を聞き出すのだ!」
     指示を飛ばす羅刹の足の下には、ズタズタになった黄色いTシャツが残っていた。

    ●そして、賽は投げられた
    「いたぞ! あそこだ!」
    「取り囲め!」
     そんな声と物々しい足音が、近づいてくる。
     何事かと灼滅者達が様子を伺っていると、4人の兵士――軍服姿の強化一般人が現れ、いつもは携帯しているだけの銃を向けてきた。
    「お前達が裏切りを企てている事、既に承知である」
    「お前達の主は、既に処分された!」
    「大人しく同行せよ。大人しくすれば、お前達の命は取らない」
     そして告げられる、降伏勧告。
    「ちっ。ばれるにしても、いきなり過ぎるだろ!」
    「呼び出された左京からばれた? それとも、ばれていたから呼び出された?」
     舌打ちをするシグマの横で、何故ばれたのかと考えを巡らすアストル。
    「ああ、もう……やっぱり彼を1人にするんじゃなかった……」
    「これは仕方ない。あの時点で『うずめ様の予言を聞けるのはダークネスだけだ』なんて言われたら、従うしかなかった」
     1人で行かせたことを悔やむ天明に、軽く身構えながら鐐が言う。
     常に共に動く事は出来なくとも、なるべく誰かがいるようにはしていたのに。
    「とりあえず、どうします?」
    「まあ、大人しく捕まるのは、ないですよね」
     向けられた銃口を無表情に見据えるヴィアの後ろで、榛名が油断なく弓を構える。
    「こうなった以上、今話してた予定を前倒しで動くしかないでしょう」
     蔵乃祐の言葉に顔を見合わせ、頷きあう。
    「さて、行動開始じゃな!」
     向けられた銃口に怯む事無く、落葉がパシンと拳を打ち鳴らした。


    参加者
    笹銀・鐐(赫月ノ銀嶺・d04707)
    戒道・蔵乃祐(グリーディロアー・d06549)
    アストル・シュテラート(星の柩・d08011)
    須磨寺・榛名(報復艦・d18027)
    シグマ・コード(フォーマットメモリー・d18226)
    ヴィア・ラクテア(歩くような速さで・d23547)
    響塚・落葉(祭囃子・d26561)
    雨摘・天明(空魔法・d29865)

    ■リプレイ


     戦いの音を断つ力を広げ、戒道・蔵乃祐(グリーディロアー・d06549)が小さく頷いた次の瞬間、アストル・シュテラート(星の柩・d08011)が先頭の1人に飛びかかった。
    「悪いけど、大人しく従う気はないんだ」
     変異した鬼の拳が、敵を軽々と殴り倒し地に叩き伏せる。
    「何だとっ!?」
    「驚くのは早いのじゃ!」
     驚愕を浮かべて身を起こした男を、響塚・落葉(祭囃子・d26561)の鬼の拳が再び叩き伏せた。
    「これが本当の僕達ですよ」
     再び身を起こそうとするより早く、破邪の光を纏ったヴィア・ラクテア(歩くような速さで・d23547)の剣が男を斬り伏せた。
    「抵抗する気――」
    「ああ、そうさせて貰う!」
     慌てて狙いを定めようとした男に、笹銀・鐐(赫月ノ銀嶺・d04707)の光を纏った拳が連続で襲い掛かる。
    「くっ――応援を」
    「させねーよ!」
     慌てて無線機を掴んだ3人目の背後に、いつの間にかシグマ・コード(フォーマットメモリー・d18226)が立っていた。
     死角から振るわれた暗い影のような赤紫が輝く刃が、男の指ごと通信機を斬り裂いて破壊する。
    「無線機は、常に右のポケットに携帯、よね」
    「残りも壊させて貰いますよ」
     残る2人の無線機も、雨摘・天明(空魔法・d29865)が魔力の矢で撃ち抜いて、須磨寺・榛名(報復艦・d18027)の鬼の拳が叩き壊す。
     敵の通信手段を奪ったら、後は倒すだけだ。
     残る3人を倒すのに、さして時間は掛からなかった。
    「今の内に回復しておきましょう」
     数人が軽傷を負った程度だが、榛名が清らかな風を吹かせる。
    「手筈通り、火をつけながら地下を目指しましょう。まずはここから」
     蔵乃祐が部屋の中に隠していた新聞紙を取り出すのを見て、アストルがポケットからライターを取り出した。
    「左京さん……ごめん。今は、仇を取らずに、行かせて貰うよ」
     そう呟いて、火をつける。
     仇を取りたい気持ちもあるが、少しでも情報を手に入れて、この島から脱出するのが、為すべき事だ。
    「左京、結構嫌いじゃなかったんだけどな……死んじゃった、か……」
     赤く燃える炎を見て、天明が小さく呟く。
     その火種となったライターは、左京に入手して貰った物だったから。
     その死を意識すると同時に、この先の動きを間違えれば、彼の後を追いかねないと言う考えがよぎる。
    (「怖くなんて、ない……怖くなんか……」)
     胸中で恐怖を押し殺す天明の前で、左京を弔うかの様に炎は勢いを増していた。


     一週間の経験を活かし、灼滅者達は警備の薄い所に炎をつけて回った。
     ボヤ程度でも、まだ裏切り者が出たという事情を知らない兵士達を動かすには充分。
     警備の穴を作る事に成功し、その機に乗じて軍艦島の地下深くを目指す。
     年代物の昇降機があるものの、あまり使われていない竪坑に飛び込み、一気に地下まで滑り降りた。
     ここから先は、もう未知の領域だ。
    「やはり昔の炭坑を流用しているようですね」
     蔵乃祐の視線の先には、かなり昔に掘られたと思しき土壁と、そこに賭けられた役目を果たせなくなって久しいランプが。
    「うずめ様の予言の事が判れば良いのじゃが……」
     地上では蛇に姿を変えて仲間を先導していた落葉は、人の姿に戻っている
    「ま、行ってみりゃ判るさ」
     そう返すシグマは、どこか苦笑の混じったような笑みを浮かべていた。
     うずめ様の居場所は、全員が何度か探っても判らなかった事だ。
     だから、この先で、この先がうずめ様に通じているとは限らない。
    「それにしても、静かね。見張りもこの辺りにはいないみたいだし」
    「前に荷物をあの昇降機まで運んだのを見たので、何もない事はないと思うのですが」
     小声で呟いた天明に、先頭で先をライトで照らすヴィアが返す。
    「兎が虎穴に自ら来るとは思うまいよ……急ぐぞ」
     僅かに笑みをこぼす鐐が促すのに頷いて、8人は先を目指して進む。
     1つ分岐を超えた所で、真っ暗だった通路に変化が起きた。
     通路の先が、明るくなっているのだ。さらに、空気も変わった。土の匂いの中に違う何かの匂いが混ざり始める。
    「この先に何が……慎重に行きましょう」
     少し緊張した声色で榛名が言って、ヴィアは点けていた明かりを落とす。
     そして、足音を立てないようそっと近づいて――。
    「っ――!」
     通路の先に広がった光景に、全員が思わず息を飲み込んだ。
     足場が途切れ、その真下には上層の雰囲気と全く違う、広大な空間が広がっている。
     彼らが飛び降りた旧坑道は、大きく開けた空間の上壁の横穴に繋がっていたのだ。
     かつての海底炭坑跡を、更に大きく広げたのだろう。
     鼻に付く薬品臭が漂い、謎の巨大なカプセルや、他にも何に使うのか判らない大きな機械達が乱雑に並んでおり、その間を数人の研究者が忙しなく行ったり来たりしている。
    「――体の右半分が――提供――は、どう――」
    「――経過は――、――がもっと整えば。工事を――」
     見つからない様に身を伏せ、聞き耳を立ててみるが、下との距離はかなりある上に、機械の立てる重たい音に邪魔されて、上手く聞き取れない。
     尤も、その音に此方の物音と話し声も消されるおかげで、上にいる事を気付かれずに済んでいる面もある。
    「奥の方は、まだ建設中みたいです」
     双眼鏡で奥を覗いたヴィアは、奥で数人が建設作業をしているのを見つける。
     そこまで確認した所で、通路の奥に戻って改めて顔を見合わせる。
    「一体、何なのじゃ、これは」
    「何かの実験施設って感じだけど……?」
     落葉と天明の顔に、困惑が浮かぶ。地下で何かを建設している事は気付いていたが、こんなに怪しい施設があるなんて、思ってもみなかった。
    「ここを強行突破するのは……流石に厳しいか」
     嘆息混じりに、鐐がそう呟く。
    「そうだな。警備も含めて、数は多かったし」
     それに、シグマが頷いた。
     下のフロアに繋がった通路のそれぞれに見張りがおり、建設員や研究者も合わせれば、ざっと見ただけでも強化一般人が10人以上。
     別に倒せない敵ではないが、それは増援を呼ばせずに倒しきれれば、の話。
     ここからあの場所に飛び降りて更に探れば、あそこが何のための施設であるのか、何かしらの情報は得られるだろうが、脱出の事を考えれば、リスクの方が大きい。
    「ええ。無理にリスクを犯す必要は、まだないかと」
    「うずめ様らしいのも、いないしね」
    「途中の分岐まで戻って、別の道を行ってみましょう」
     榛名の言葉にアストルと蔵乃祐も頷いて、8人は来た道を引き返し、通り過ぎた分岐の先へと進み始めた。


    「ん? 今、何か聞こえなかったか?」
     分岐の先に進んでしばらくして、鐐がそう言って足を止めた。
     他の全員も足を止め、耳を澄ましてみる。
     ――グルルルルッ。
     どこか遠くから、獣の様な低い唸り声が確かに聞こえた。
    「こっちの方から聞こえるね」
     全員で音に集中していると、アストルが更に地下に繋がっているらしいダクトから聞こえている事に気付く。
    「ふむ。ここなら入れそうじゃな。ちと行ってみるのじゃ」
     そう言って落葉が蛇に姿を変えてダクトの中にするりと潜り込んだが、地上のダクトと違い地下のダクトは真っ暗。当てもなく進んでも、元の場所に戻る事すら危うくなるだけだろう。
     おまけにダクト内では唸り声が反響して、聞こえてくる方向が判り難い。
     通路を通っても、唸り声の元に行けるかも知れないが、地下深くまで行けばそれだけ脱出に時間を要するようになるのは確実だ。
     地下の潜入に割くと決めていた時間は、もう残りは半分と言った所。
     しばしの逡巡の末、灼滅者達は先を急ぐ事にした。

     灼滅者達が次に見つけたのは、通路の途中につけられたやけに重厚な扉だった。
    「むぅ……随分と重たい扉じゃのう」
     蛇に姿を変えた落葉が通風孔から中に入って、内側から鍵を開けて扉を開く。
    「今、ライトを点けますね」
     ヴィアの声がして、暗い室内が照らされ――。
    「え?」
    「ん?」
    「は?」
     そんな声が上がる程度に、そこにあったのは灼滅者達の予想になかった物だった。
     石だ。かなり大きな石の板が、幾つも積み上げられている。
    「おいおい、下にも定礎の文字が……もしかして、全部か?」
     シグマがどけた石にも、その下の石にも同じ『定礎』の2文字が彫られている。
    「定礎って確か、ペナント怪人が……」
    「儀式をしているんでしたっけ」
     アストルと蔵乃祐が顔を見合わせる。
     8人の中に直接関わった者はいないが、ペナント怪人が各地の定礎石で一般人を使った謎の儀式を行う事件の事は、耳にしている。
     果たしてこれらの定礎石は、その儀式の為のものなのか、儀式を妨害する為に運び込まれたものなのか。
     謎の大型施設に、唸り声。そして今度は定礎石。この軍艦島にいるのは、本当に、うずめ様の一派とHKTだけなのだろうか。
    「と、とにかく他に何もないか探してみましょう」
    「急いだ方がいいな。竪坑に飛び降りてから、そろそろ10分が経つ」
     榛名と鐐がそう促して、気を取り直し辺りを探り始める。
     どうやらこの部屋は倉庫の様だ。そう広くもなく、手当たり次第に探していると、定礎石の陰に隠すように置かれた金庫を見つける事が出来た。
     当然中身は判らないが、その外観から最近持ち込まれたものである事は判る。重要な何かが入っている可能性は、少なくない。
    「……うん。このサイズなら、アイテムポケットに入る」
     そう言って、アストルが金庫を持ち上げた――次の瞬間。

     ビーッ! ビーッ! ビーッ!

     けたたましい警報が、大音量で鳴り響いた。


     そこからの決断は早かった。
     慌てて金庫を回収すると、倉庫を飛び出して登り坂になっている通路を駆け抜ける。
     途中の分岐は、殆ど勘で駆け抜ける。
     やがて、通路の先に人工の光とは違う、日の光が差し込んでいる明るさが見えた。
    「やっと見覚えがある所に出ましたね。ここは……」
    「あ。島の真ん中じゃない?」
     ざっと周囲を見回す。それだけで、榛名と天明は凡その現在地を把握する。
     こんな事が出来るのも、一週間、警備の任を続けられた成果だ。
     だが既にボヤは鎮火されている上に地下で警報が鳴ってしまった事もあり、島の上、かつての施設址が残る一帯の警備が厳しくなっていた。
     これでは、島の上に出て海に飛び込むのは難しい。
    「いたぞー! 裏ぎ」
    「通らせて貰うのじゃ!」
    「悪い夢でも見てやがれ!」
     通路の先から現れた強化一般人が銃を構えるより早く、飛びかかった落葉が拳の連打を叩き込み、紫黒に揺らめくシグマの影が包み込む。
     少数相手のみ、先手を取って怯ませ駆け抜け、多数は逃げてやり過ごし。灼滅者達は、何とか船着場へと辿り着いた。
     だが。
    「逃がしはせんぞ、裏切り者!」
     船着場に待ち構えていたのは、この一週間、上司であった強化一般人だ。
    「その階級章と声は、上官殿ですか。君達まで」
     その後ろにも、見覚えのある顔が7人ほど並んでいるのを見ながら、蔵乃祐は戦いを覚悟して音を断つ力を広げた。
     そして、最後の戦いが始まる。

    「かかれ! 捕らえろ!」
    「そう言うわけには行くか!」
     号令で飛びかかろうとした数人を、鐐の魔術が氷で包み込む。
    「帰らせてもらうよ。絶対に!」
     きっと待っていてくれている、家族の下へ。
     アストルの石を反映するかの様に、手にした青の輝く白枝がしゃらりと鳴り、流し込まれた魔力が氷に覆われた敵の中で暴れ狂る。
    「船着場に応援を求む! 繰りか――」
    「それ以上、連絡はさせぬよ!」
     落葉の放った光の砲弾が、敵の手ごと通信機を撃ち抜いて破壊する。
    「大人して貰いますよ、上官殿……永遠にね!」
     蔵乃祐の放った光の刃が、指示を出す上官の体を貫いた。
    (「約束したんだ、兄さんと……!」)
     榛名は優しい風を招き、癒しの力を持つ矢を放って仲間を支え続ける。
     だが、初戦より数の多い敵の通信を阻止するには、全員でそれを狙いでもしない限り不可能だ。
     敵が徐々に増えるのを止め切れない以上、灼滅者達も敵の全滅は狙わない。
    「痛ぇな……だが、届いたぜ」
     あちこち傷を負いながらも死角から敵を斬り、包囲を抜けたシグマはボートに飛び移って、習った操作でエンジンをかけ始める。
    「そこをどいて!」
     天明も煌きと重力を纏って敵を蹴り倒し、包囲を崩して飛び出すと、壁に埋め込まれたパネルにたどり着く。
    (「落ち着け……ここで間違えちゃ、だめ」)
     パスワードを打ち込むのを間違えなければ、岸壁に偽装された外壁が開く筈だ。
    「ええい、撃て! 船を出させるな!」
    「っ……させませんよ」
     弾丸を体で阻んだヴィアは、顔色を変えず船を繋ぐロープを解き錨を引き上げる。
     それぞれが脱出口を拓く為に、力を尽くし、程なくして船のエンジンが音を立て外壁もゆっくりと開き始めた。
    「皆、早く船に……っ?!」
     そう言って船に飛び移ろうとする天明に、幾つもの銃口が向けられる。
    「雨摘さんっ」
     気付いたヴィアが、その手を掴んで引き寄せた。
     逸れた弾丸が天明の髪を束ねたリボンとシグマの肩を掠め、残る殆どの弾丸を受けたヴィアは全身を赤く染めて膝を付く。
     桟橋の方でも、榛名を庇って蔵乃祐が刃を受けていた。
     ここに来て、敵の数は、現状の戦力で阻むのは不可能な程にまで増えていたのだ。
     他の船は、事前に燃料を抜いてある。
     迂闊に動いてこの船を破壊されれば、あとは海に泳ぎ出すしかなくなるが、この状況で生身で飛び込んでも撃たれるのは目に見えている。
     後は全員が船に飛び乗って発進するだけなのに。
     あと少しなのに。
     だから、誰かが、そうする必要があった。
    (「このままでは無理……この身命、賭ける時だな」)
     赤い瞳を赫々と輝かせた鐐が、肩に刺さった銃剣を引き抜くと同時に、杭打ち機を地面に叩き付けた。
     振動が近い敵を吹き飛ばし、更に強烈な冷気が船を狙っていた遠くの敵を凍らせる。
    「お主……」
    「笹銀さん……」
     彼の選択を察した落葉とヴィアが小さく呟き、蔵乃祐が臍を噛む。
     3人も、同じ事をする気はあった。ただ、彼が少しだけ早く、闇に身体を明け渡す決意を固めた。
    「俺には構うな、情報を届けろ! ……なに。皆の脱出を確認したら、適当な所で海に飛び込むさ」
     度肝を抜かれた敵の中に飛び込んだ鐐は、船着場を破壊する勢いで戦い始める。
    「判った……先に行ってるよ」
     まだ船に乗っていなかった4人の内、アストルが最初に飛び移り、落葉と榛名も蔵乃祐を支えてその後に続く。
    「出すぜ。掴まってろよ!」
     7人が乗った事を確認すると、シグマは船のエンジンを全開に入れて発進させる。
     灼滅者達を乗せた船は、妨害を受ける事無く海原へと飛び出した。
     しばらく真っ直ぐ進み、軍艦島から離れてから、舵を北東に向ける。
     敵の待ち伏せを受ける事も無く、7人は静かな海岸へと辿り着いたのだった。

    作者:泰月 重傷:戒道・蔵乃祐(ソロモンの影・d06549) ヴィア・ラクテア(ジムノペディ・d23547) 
    死亡:なし
    闇堕ち:笹銀・鐐(赫月ノ銀嶺・d04707) 
    種類:
    公開:2014年12月12日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 37/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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