獄魔覇獄前哨戦～Octagonal chaos

■リプレイ

●崩れる街
　ところどころに黒煙が噴き上がり、アスファルトに浮く血の跡は生々しい。
　悲鳴と、人ではない何かの声が交差している。幾つもの五感を研ぎ澄ませて、人の命のある場所へ。
「獄魔何とかがこんなに大掛りじゃったとはな……」
　駆ける八握脛・篠介（スパイダライン・d02820）は奥歯噛みしめながら。零れる言葉に焦燥滲む。
　一つの都市を丸ごと、『ラグナロク』確保の舞台にしてしまう。
　身の危険を感じさせる獣臭さに混じるガソリン臭。車は横転していて、爆発までのカウントダウンを刻んでいる。
「今まで通り、断崖絶壁とか海岸線とかで続けてくれればよかったのに」
「まったく。しかしそれこそが、ダークネスたるものなのでしょう」
　無駄に流されそうになる血を、その手に全て受け止められない悔しさを、志穂崎・藍（蒼天の瞳・d22880）はぎゅっと胸に押しつけるようにして。人の存在価値を下に見ているダークネスに、住人の都合も、ラグナロクの意思も関係ないのだと、黒影・瑠威（贖罪を望む破壊者・d23216）は改めて納得する。
「なんにしても、早急なラグナロク救出で、この無意味な前哨戦を終わらせなくちゃ……」
「そうですね。この辺りだと、人が集まりそうな避難所などもありますし……逆にそういった場所にブエル兵も集まりそうです」
「他のコ達からも、有力な情報はまだないみたいだよ～♪　もしかしたらラグナロクちゃん、ネオン達の近くにいるかも～☆」
　華槻・灯倭（月夜見・d06983）は、インカムの装着具合を今一度確かめながら、スーパーGPSをフル稼働。周囲の地理情報を詳しく記したメモを手に、夕凪・緋沙（暁の格闘家・d10912）は予測を立てて。殺雨・音音（Love Beat!・d02611）は、チェックは怠れないねとうさ耳ぴこぴこしながら、門の奥を覗きこむ。
（「新たなるラグナロクかぁ、無事に保護出来たら良いな。彼女にも、学園の魅力をしっかりと見て欲しいし……」）
　緋沙は地図に目を落としては、位置や避難経路などを確認も。事前情報のチェックが功を奏していて、発見できた一般人の避難は滞りなく済ませていて。
　けれど。すでに亡くなった人がいるという現実も、容赦なくそこにある。
　生垣の影に見えた人の足。芳賀・傑人（明けない夜の夢・d01130）は、もっとよい避難場所へと誘導しようと、それを乗り越えてみたけれど。
　まだ温もりの残っている、その手を離せぬまま。寄り添う老夫婦に、もう息は無い。
　表情は変わらないが。微かに怒りと懺悔が瞳に滲んで。
「ブエル兵だ」
　屋根を見上げながら抑揚のない声を漏らしたのは、鈍・脇差（ある雨の日の暗殺者・d17382）だ。
　この夫婦を殺した張本人だろうか。二階の屋根から滑り落ちてくるブエル兵は三体。奇怪な鳴き声を上げながら、襲いかかってくる。
「……弔いは、刃でだ」
「ここでしっかり引導を渡してあげるんだから」
　日本刀抜く脇差と、藍は蒼氷演舞の輝きその手に纏わせ。
「これ以上させないよ。行こう、一惺！」
　解除より解き放たれた霊犬・一惺が、灯倭の研ぎ澄まされた軌跡を共に辿って。
　屋根より降り注ぎながら放つ氷結の波動を潜り抜け。ばらばらと放つ六文銭の輝きに沿う様な、杭の先端が血煙を生んだ。
　がっと鈍い音を立てて体勢を崩したブエル兵を、狙うは天華纏う藍の螺旋の衝撃。逆巻く六花の中交差する、音音の悪穿つ裁きの光。傑人調伏の結界の輝きと共に、ライドキャリバー・オベロンが動力を唸らせて。
「そんなに足があっても、逆に不便なだけでしょう？」
　突き出された醜い足に血をさらわれながらも、瑠威の鏖殺領域が周囲の空気を一変させて。鋭く切り込んでいった緋沙に、障壁の一撃が顔面へと流れた。
　よろけるブエル兵は虫の息。援護の様に、残る二体から魔法の弾丸の雨が降る。
　被弾一つは捨て置いて。脇差は波紋弾けるように砂ぼこりの波を渡ると、篠介が震わせた大地縛られ、機敏に動けぬブエル兵の体を、その日本刀で切り裂いた。

●血識の徒
　小隊を迅速に倒して、異変をすぐ耳にしたのは瑠威。
「悲鳴が――」
「これ、絶対に子供です！」
　翻る緋沙。誰かが襲われているとわかれば、灼滅者の動きは早い。
　生垣を越え、庭を横切って。二つ向こうの通りへと抜ければ、頭を抱え呻いている母親と、大泣きしている姉弟の周りを、奇妙なリズムでくるくると回っているブエル兵が四体もいて。
　何をしているか。なんて聞かずとも。
「させん！　その為にわしらが来たんじゃ」
　目の前でブエル兵化を赦すなんて絶対にさせない。篠介の足は躊躇いもなくブエル兵へと向かっていて。突き出す腕から、唸る様に杭が飛び出す。
　顎を突き上げられて、仰け反るブエル兵へ、したたかに漆黒を奔らせるのは脇差。
　音音も螺穿槍で一体を突き払って、オベロンの体当たりと同時に、開いた隙間へと傑人が駆けこんだ。
　多少無茶だが、彼等を両脇に担いで離脱する傑人を援護するように、瑠威の指先が五星を辿り、戒めの結界を形成して。
「大丈夫か」
　ぜいぜいしている親子に声かける傑人。弟は音音が引き受けて。
「今、住宅街東側で一班交戦しているみたいだわ……」
　確保に成功した傑人の背中へと、北側の避難もまずそうと、イヤホンの向こうでの出来事を灯倭は報告しながら。
　緋沙は王者の風を発動させつつ。
「今安全な場所に連れて行ってあげるから、指示に従ってくださいね」
「行こう」
　頷く親子を確認して。傑人は、音音と一緒に地を蹴った。事前に調査済みの避難個所を目指すのだから迷いはない。
　ブエル兵どもが、甲高い声を上げる。素材を取られた事に憤っているのだろうか。戦力補強の目的の中に、ある程度の達成も求められているのだろう。
「ここからは、私達が相手です」
　笑顔が奪われてゆく――。
　一つや二つでも、胸が締め付けられるというのに。今横須賀の至るところで消えてゆく。
　藍は蒼氷演舞を全身に揺らめかせ、銀を舞わせながら構えを取る。
「貴方達の主の思惑通りには、決してさせません」
　もしかしたら、この四体の中に、今しがたまで人間だったりするものがいるかもしれない。そんな悲しみ中、しかしどうにもならない不条理を抱きながらも。
　藍の蒼氷演舞が流水の様に巴を描く。矛先に鋭く込められた一撃はブエル兵の鼻っ面を破壊する。
　篠介が打つ大地の震動に足を取られても、ブエル兵先頭の一体が、口から凍気をぶちまけてきた。
　邪悪な結晶を遮るオベロンの背より、脇差が防護符を飛ばして。少人数パーティー、かつメディック不在の不利をフォローしてゆく。
「どうかしら、私のこの一撃を避けられるかな？」
　WOKシールドで薙ぎ払ってゆく緋沙の背へと、反撃のマジックミサイルが飛ぶものの。即座に一惺がフォローに入り、斬魔刀を振るいあげた。
　更に吹き荒ぶ凍気、瑠威より迸る鏖殺領域がぶつかり合って、大気を震わせるほど。
　翻る流れに散る、火炎の揺らめき。炎纏う藍の四肢が舞う中を、灯倭の爪先が鮮烈な赤を描いた。
　毒の息吹と魔弾が絡むように打ち放たれる中、一体一体、丁寧に始末してゆくのを目標にして。
　ブエル兵の背面へと飛び込みながら、着地ざま、脇差が描く半円の閃。
「……がら空きだ」
『ギッ！？』
　死角からの一撃に目を剥くしかないブエル兵へ、篠介が懐へと飛び込んで。
「人を何じゃと思うとる……これはゲームじゃないんだ」
　貫く一閃。
　弾け飛ぶ残骸の中、灯倭は一惺と共に足並み揃え。眷族とはいえ、四体構成だとダークネス一体と同等と計算してもいいだろうから、消耗は必至。
　けれど、それが何だというのだろう。奪われた日常、家族、友達。この先それらを背負っていくだろう人々の重みに比べれば――。
　瑠威によって、火柱が吹くほどの魔炎に苛まれているブエル兵は、眼球血走らせながら獅子の顎を全開にして、一矢報いらんばかりに噛みついてきた。
　灯倭はその腕で、被弾激しいオベロンをカバーして。
　右手の消えない傷が、ちらと見え。今ここで腕の一つ切り裂かれることなど、取るに足らない出来事だ。
　幸せな時を、笑顔が絶えぬようにと、願う心と一緒に。
「とどめっ――！」
　白銀の杭の一撃は、鈴の様な音響かせて、斬魔刀の銀と重なった。
　完全に急所に入った一撃。ガッと鈍い音とともに、二体目が火炎の中に沈んでゆく――。

●隠れ路
　傑人と音音は、避難ポイントへと送り届けて。
「大丈夫。此処に隠れていれば、安心だ」
　子供達を平等に撫でてあげて、動かぬよう言い付けたのだが。
　待って、怖い、行かないで。泣きそうな子供達と、縋る目は後ろ髪を引かれるくらいに。
「ネオンたちの他にも、たぁ～くさん救援があるから大丈夫だよ～☆」
　クールかっこいい傑人ちゃんみたいな人達たくさん来てるのぉ～と、傑人の腕に胸押しつけぎゅむ～っ。
「ここで静かに、待っていてほしい」
「ネオン達もこれから悪魔ちゃんバイバ～イってしてくるからね～っ……はっ！」
　生真面目な顔付きの傑人の人中に沿うように、紅の何かがコンニチハしているものだから、音音はハンケチと思しきブツを使用し、先に違う何かをバイバイさせた。
　日常から遠のき過ぎている現実の中、これは落ち付かせようとしておどけて見せてくれているのか、はたまた天然なのか、母親はわからなかったが。
　少なくても、自分よりも若いこの子たちは絶望なんてしていないんだと思ったら、大人としてしっかりしなくてはと思ったらしく。他にも助けを待っている人がいるだろうことは、現状でわかっているから。
「ほら、おにーちゃんとおねーちゃんに頑張ってね、って？」
　手を離さない娘を宥める様に。
　小さな手を振る姿に見送られながら、来た道を真っ直ぐと。

●増える悪魔
　二匹目を撃破したその時に。救出班が戻ってくる姿が見えて。
「待たせて、すまない。援護、する」
　オベロンの機銃と傑人の指先が奏でる音色が、ブエル兵から赤を散らして。音音が吹かせる清浄な風が、ちりりと身を焼く毒の炎症、食い込む魔氷を一気に削ぎ落してゆく。
（「ブエル兵は遠隔操作なんじゃろうか」）
　踵に燻る炎を叩きつけたあと、篠介は独特の指示系統を確立しているのかブエル兵の観察をつぶさに。
（「新たに生み出されておるブエル兵は、どうやって目的を共有しておるんじゃろう……」）
　今までも、突然のブエル兵化から見ても、何かしているはずのだ。人の知識からの具現化、性格難の知識人、そして先程の奇妙な踊りからなる何か。
　篠介の目はその何かを探ろうと狙っているが、なかなかに人の目だけで見るのは厳しいようだ。
　そこをきっぱり問いただすのは音音。
「ブエルちゃん達のトップはいないのぉ～？　何だか今回の全勢力で一番ザコっぽいよねぇ～☆」
　尻尾どころか、頭まで出してくれればいいが。どうも本当に末端だけしか動いていないらしい。
　しかし様々な想定をしているぶん、相手の行動に対して即座に先手を打ってゆく。
「これでどうです？」
　月光の如く麗しき輝きが瑠威の掌より迸って。オーラキャノンに三体目が打ち抜かれた瞬間、危険を感じた最後のブエル兵は撤退、そして余所の班との合流を果たそうとしたのか。行動に移る前に、即座に捕まえる。
「逃がしはせんよ」
　篠介が閃光百裂拳をぶち当てて。一惺の六文銭が弾ける中、脇差が退路を塞ぐように、影をしならせる。
『ガゥッ！！』
　怒りの形相で、口から発射される魔弾。
　空に波紋広げるほどの弾道を、藍は紙一重でかわして。
　揺れる横髪、幾本かの藍色がさらわれていこうとも。
「私はまだまだ未熟ですけど、それでも武人の町で特訓した成果をここで！」
　爪先で地を踏みしめると、遠心力にたなびく業火を乗せて。
　体型が歪むほどの一撃に、ブエル兵は息絶えた。

●知らせ
　戦闘、一般人保護を繰り返す中。すでに四戦目に突入していた。事前準備も入念に行っていたおかげもあって、撃破した数は二ケタに届いている。ブエル側の戦力削減に間違いなく貢献していると言えて。
　目の前に残る二体。足の削がれまくったブエル兵へと、緋沙が緋色のオーラを刃の様に磨き上げ。
「これで、トドメですよー！」
　一体倒すごとに、横須賀の危険が減るのだと思えば。自然と緋沙の感覚も鋭くなって。毒の一撃を、地を滑る様にしてかわすと、命を暗に送る一閃鮮やかに。
「あと一体！」
　緋沙の声に重なる様に。
「みんな――！」
　余計な事を言うと、どのような連絡系統を持っているのかわからないブエル兵に察知されかねないから。しかと目を見て頷いて見せた灯倭の態度から、其処に居た灼滅者全員、ラグナロクの確保が成功したのだと悟る。捜索班からによる、かなりの中継を経てからの伝達だから、すでに横須賀からの離脱は始まっているだろう。
「とっとと始末するぞ」
　他の組織も動くはずだからな。脇差は藍と連携を取りながら、死角を狙って刃振るう。
　交差する杭の一撃、刃は雨の様に朱を散らし。
　えづくブエル兵へと、鋭い音波が傑人から。悲鳴上げる間もなく、オベロンの車輪が、Ｖの字に轢き潰す。
「行きましょう」
　休む間もないでしょうしと翻る瑠威。しかし本当に休む間もなく、という事態に直面する。
「くっ！」
　路地の角から現れたのは、ブエル兵の一団だ。
　サウンドシャッターを使用して、この路地で行われている戦闘音を封鎖しておくべきだったか。それとも発見を感づかれたのか。後者は限りなく低い確率だろうが、そもそもこの辺りにまだ敵が徘徊していてもおかしくないため、使用していたとしても、遭遇自体はありえる事でもあったが。
（「ここから東側まではかなりの距離もある。撒けるかしら、でもきっと……」）
　灯倭は頭の中の地図を広げてみる。
　東側の班に任せる方が現実的で、今はその進行を阻む要素にもなりえるであろう目の前の相手を倒す方が有効だと思った。そもそも、もう東地区にはもういないかもしれない。そして下手に連絡を重ねてラグナロク班の居場所が漏れるのも、それこそ本末転倒で。
「やるしかないじゃろ」
「火の粉は払うのが道理」
　篠介と脇差も同じ結論に達した。

●途絶えた音
　次々とブエル兵を倒した実績に比例して、消耗も激しいものだった。
　隠された森の小路を利用しながら、退路を辿る。
「連絡が取れないって……」
「ハンドフォンでも駄目みたいにゃ～」
　巡ってきた情報を不安げに漏らす灯倭。どうしようと、うさ耳ぷるぷるさせる音音。
　何かあったのかもしれないという予感に、全員の背中に冷たいものが流れる。
（「ラグナロクの護衛をしている班は、どうなったの？」）
　大丈夫、きっと。藍はそう自身を落ち付かせるようにして。
　ここでの任務を全うした彼等は、辿るであろう道筋を予測しながら、武蔵坂学園の帰還を急ぐ――。

作者：那珂川未来	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2014年12月12日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 6／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 2
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