獄魔覇獄前哨戦～至宝争奪戦

■リプレイ

　横須賀市に灼滅者達が揃うと、八勢力はラグナロクを巡って蠢きはじめた。
　ラグナロクを狙う者。
　他勢力の動きを待つ者。
　そして、潰す為に動く者。
「よし、まずはこの横須賀駅から情報を集めながら捜索しよう」
　既にダークネスがどこかに潜んでいると思うと、加藤・蝶胡蘭（ラヴファイター・d00151）は背筋がゾクリとする気がした。
　むろんそれは恐怖ではなく、だ。
　今回は捜索班と戦闘班に分かれ、その戦闘班の中でも対カンナビスに最大戦力が割かれていた。灼滅者勢力に偽装して攪乱するのを阻止する目的もあっただろうが、病院勢力の遺体を使った作戦を見逃せなかった者も多い。
　だがその為に、様子見程度の戦力しか割けなかった勢力もある。
　その勢力も、ただ高みの見物をする為にここに来ている訳ではなかった。
「さて、カンナビスの奴はどこだ？」
　蝶胡蘭が地図を見下ろしながら呟くと、地図を持った風宮・壱（ブザービーター・d00909）はそこにスーパーＧＰＳで現在位置を示した。
　まずは横須賀駅。
　カンナビスの戦力がこの市内のどこに居るのかは分からない為、他の班とも連携して情報交換をしていくつもりであった。
「あ、地図は全員分用意したから良かったら使ってね」
　壱はひょいひょいと仲間の分まで地図を用意して、それから勿忘・みをき（誓言の杭・d00125）のビハインドにも渡した。
　受け取ってじっと見つめているビハインドをちらりと見て、みをきが携帯電話に視線を落とす。
　さらに壱はじっと鏡・エール（カラミティダンス・d10774）の霊犬を見たが、エールは笑って手を振った。
「ありがとう、地図は気持ちだけ受け取っておくね」
　しかし、もし電車で移動するなら芝丸には戻ってもらわなければにならないだろう。エールが相談に耳を傾けると、携帯で情報を確認していた嘉市が壱の地図を指して話始めた。
　地図アプリで仲間の現在地と情報を確認した所、南地区にカンナビス勢力と思われるダークネスが目的されているという。
「六六六人衆が彷徨いているみたい」
　何かを探して回っている者は、比較的目に付きやすい。十・七（コールドハート・d22973）に言われて、それとなく村雨・嘉市（村時雨・d03146）も視線を動かした。
　出来るなら、気付かれる前に移動したいものだと七は視線を落とす。
「カンナビスに会う前に体力を使いたくないな。電車は止めて歩いて移動するか」
　嘉市は、人目につく事で六六六人衆の目につく事を懸念していた。
　徒歩での移動は、距離はあるかさほど苦でもなかった。それぞれ雑談まじりに、携帯で他班と情報交換を行いながら南下していく。
　他の班と遭遇する事もあり、ダークネスらしい者を見かけてそっと知らない振りをして通り過ぎる事もあり。
「……大丈夫か」
　寒そうに身を縮めている峰崎・スタニスラヴァ（エウカリス・d00290）…スタンを振り返り、嘉市が声を掛ける。彼女はコートの前をしめて、肩をすくめて歩いていた。
　さらさらと、銀色の前髪が冷たい風に揺れる。
「大丈夫」
　スタンは、あったかいコートやマフラーで頑丈に身を守っていたが、嘉市が視線を壱に向けると比較的薄着のように見えた。
　すかさず、みをきが答える。
「壱先輩、ちょっと寒そうです」
「そうか？」
　壱先輩はいつでも元気だから、とみをきが言う。
　壱はそんなみをきの言葉に笑って、足を速めた。
「少し走ったらあったかくなるよ」
　走り出した壱を追いかけるみをきと、溜息をついて仕方なく後に続く七。彼女はあまり走りたく無さそうだが、皆が走るなら仕方ない。
　仲間が後に続いてランニングを始めると、片倉・純也（ソウク・d16862）は溜息をひとつついた。
「風宮は真冬でも元気なんだ」
「……うん、そうだよね」
　純也が言うと、スタンはこくりと頷いた。
　でも、ほんとうに……走るときっと、温かくなる。戦う前に、体を少し温めておこう。スタンも、走り出した。

　仲間の情報を頼りにダークネスを避けて南下していく。
　この辺りは住宅地で、学校も多い所だ。
「あまり反応がないな」
　ＤＳＫノーズを使っていた純也が、周囲を見まわしながら呟く。
　さすがにダークネスとの差が分からない程ではないとはいえ、元々カンナビスが使用しているのは病院関係者だった灼滅者の体である。
　範囲が３０ｍしかない事も考慮すると、ＤＳＫノーズだけには頼れない所だ。
「この辺りは他の班も居ねえようだから、片付けていないアンデッドが居てもおかしくないな」
　嘉市は携帯アプリで、仲間の情報を確認する。
　先ほどから何も話しはしないが、七は出来るだけ遠くを確認するように索敵していた。近くはＤＳＫノーズがあるが、その範囲外は視覚に頼るしかない。
　死人の動きを、見逃さないようにする七。
　しかしその時、ふと気になるものを見つけた。
「犬がいる」
　七が指した方を、スタンがぱっと見た。
　毛の長い小型犬が、転がるように横道から飛び出したのが微かに見える。すると、純也が彼らを含めた範囲に殺気を放った。
　純也の様子で、壱も察したらしい。
「ダークネスだ、追うぞ！」
「あの犬がダークネスなの？」
「両方だが、犬は眷属だ」
　純也がスタンに言い返すと、たしかに犬の後ろから三名ほど飛び出して来た。いずれも学生風に見えるが、ただならぬ様子である。
　追いついたダークネスがナイフで斬り付けると、小型犬は悲鳴を上げて転がった。
「私が行く！」
　エールは小型犬がまだ動いているのを確認すると、彼らに声を掛けた。
「待ちなさい！」
　彼らの刃を縛霊手で受け止めた後、エールは小型犬を振り返った。
　傷を負いながらも牙を向けて抵抗を見せる小さな犬に、エールは優しく声を掛ける。
「大丈夫、こっちが本物だから」
　腕の力を抜かないように、しっかり彼らを見据えて押し返す。
　拮抗状態のエールの背後から、壱がバベルブレイカーを押し出して相手の腕を貫いた。バベルブレイカーは腕を引きちぎる程の勢いで、衝撃で一瞬足を止める。
　攻撃の瞬間、壱は相手の腕を見ていた。
　純也は人ではないと判断していたようだし、相手の腕に腕章はなかった。それに、この眷属の犬は仲間だ。壱の感によると。
「クロキバの仲間か。ちょっと待ってろ、すぐに片付けてやるからな」
『……グ……ッ！』
　即座にナイフを持って踏み込んだダークネスの刃を、今度は嘉市が受け止めた。
　目の色は虚ろだが、その若い病院関係者のアンデッド達はこの犬も灼滅者も、関係なく斬り付けていた。
「芝丸」
　エールが声を掛けると、既に芝丸は眷属犬の傷を塞いでやっている所であった。二匹の様子に、ほっと息をつくエール。
　だが戦いはまだ終わっていない。
「…それで、私達と同じになったつもりなんだ」
　生憎と、そんな色のない目じゃ学園の誰にも化けられやしない。エールは言葉を低い声で呟くと、縛霊手を振りかざした。
　アンデッドは死人と思えぬパワーとスピードで、エールを切り刻む。
　スタンは眷属犬を芝丸が手当しているのを見て、自分はエールの手当に専念した。三人のアンデッドの正面に立つ嘉市とエールは、彼らのパワーに押されている。
　番えた矢がエールの体を貫くと、矢の力がエールに暖かな力を送り込む。
「灼滅者を装う以上に、病院にいた人たちの体を使う事自体が許せない。……村雨先輩も無理をしないで、わたしも後ろに居るよ！」
　何かあれば交替する、と言い癒やしの矢を放ったスタンに、少し目を細めて了承した嘉市。
　そんな事がないように、戦うつもりだが。
「お前の相手はこっちだ！」
　一体が蝶胡蘭の方へと向かうと、横合いから真朱で冷気を放った。
　ざわりと周囲の気温が、一段下がったように冷える。スタンは身を縮めるような寒さの中で、じっと嘉市やエール達に矢をつがえ続ける。　
　ここまで走ってきたせいだろうか？
　拳を叩き込んだ蝶胡蘭が、前に立ちふさがるアンデッドにひたすら拳を浴びせ続ける。湯気が登りそうな程の、熱気を感じる。
「カンナビス……まずはこの前哨戦で、あんた達に消えてもらうよ」
　近接戦からリングスラッシャーでの薙ぎ払いなど、あらゆる力を駆使して挑む蝶胡蘭。短期決戦というのが仲間との一致した作戦であるから、よりスピーディな動きを心がける。
　この戦いを有利に終わらせる。
　そして、どこかで怖い思いをしているであろうラグナロクを無事に保護する。その思いは、アンデッドの刃が蝶胡蘭の肩をざっくりと切り裂いても揺らぎはしなかった。
　滴る血に構わず、影でアンデッドを嬲っていく。
「加藤、行くぞ」
　嘉市は一声掛けると、戦いに専念する蝶胡蘭の傷に縛霊手を差し向けた。
　その背に攻撃から守られながら、七はちらりと蝶胡蘭を見やる。あえて攻撃目標を聞いたり合わせる事はないが、七は敵の動きはきちんと見ていた。
「……」
　動きが鈍ったアンデッドに、七が影を放つ。
　刃と化した影がアンデッドの体に絡みつき切り裂くと、ゆらりとアンデッドは死肉を晒しながら足を止めた。
　無残な様子に、蝶胡蘭は渾身の力で拳を振り下ろす。
　ざん、と上から嘉市の槍が振り下ろされると炎がその体にまとわりついた。ゆっくり燃え広がる炎が、七の目に焼き付く。
　偽装工作なんかするから、狙われる事になる。
　七が見ていたのは、ここで倒れるアンデッドのその向こうに居る、彼らを操っていたモノ。

　アンデッドの攻撃に、みをきのビハインドは自分が射線上に入る事で、仲間への攻撃を阻止していく。
　壱はスターゲイザーでみをきが足止めした敵の足元に、杭を打ち込む事でさらに動きを封じていた。
　バベルブレイカーを使って縦横無尽に戦う壱。
　飛び込んで戦う壱を、どちらかというとみをきや純也は支える側にあるかもしれない。
　戦況を眺め、みをきはビハインドに声を掛けた。
「向こうの残った一体から片付ける」
　意志を口にするようにぽつりとみをきが言うと、ビハインドはみをきの前を守りながら霊撃でアンデッドを打ち始めた。
　みをきは、さらに自分も結界を使って攻撃を相手に重ねてゆく。
　的確に相手の動きを封じる、みをき。
　無言で冷気を放った純也の一撃に合わせるように、壱の拳が叩き込まれると、ぐらりとアンデッドの体が倒れた。
「……」
　こんな事がなければ、彼らは病院関係者として死したままであっただろうに。
　無言のみをきは、言葉掛ける事なく剣を構える。剣はまっすぐ、残った死人へと向けられた。

　周囲が片付くと、純也がちらりと眷属犬を見た。
　びくりと下がった眷属犬に、純也がまた一歩近づく。
「これは俺達の仲間じゃない。カンナビスの仕業だ」
　純也が言うと、じっと眷属犬が見つめ返した。
　犬だから言葉が分からないんじゃないかと七は思ったが、眷属犬はこっちの様子を伺っているようにも見える。
　周囲を見まわし、七は新たにアンデッドが居ないか探し始める。
　壱が犬をそっと撫でると、尻尾を振って答えた。
「あ、敵じゃないって分かってくれたんだな」
　壱は嬉しそうに、犬を撫でている。
　ちゃんと伝えてくれるかな？
　無事に戻れるかな。
　スタンは、犬の頭を撫でながらじっと顔を覗き込む。エールは何も言わないが、じっとオア割りをしている芝丸を撫でてやっていた。
「おい、お前等捨て犬に出会ったみたいな顔をするな。こいつらはかえる家があるんだ」
　嘉市はぴしゃりと言うと、携帯アプリをちらりと見せた。みをきが気付いて、壱にそれを指し示す。
　どうやら、これを見て安全地帯を通れという事らしい。
「犬が可愛いのは認めるが、それより私達は敵を探し求める運命にあるんだからな」
　なんだか殺伐とした言い方だったが、蝶胡蘭は別に犬を放置しろと言う訳ではなかった。
　帰り道を壱やスタン達が教えている間、七はそっと武器を構えていた。
　なんだか、まだ周囲に居る気がするのである。それは純也も感じて居たようで、入り組んだ住宅地のお陰で遭遇こそしてないが、ひとつ裏の道に反応があった。
「……聞こえた」
　七が、猫の悲鳴を聞きつけて駆け出した。
　純也が壱とスタンの腕をひくと、蝶胡蘭は七に続いて駆け出していく。ちらりと振り返り、急ぐように言う蝶胡蘭。
「置いてっちまうぞ！」
　残された犬が無事にクロキバの元へと戻るように祈りつつ、スタンも走り出した。
　アンデッド達は、横須賀南部を中心に眷属達を攻撃しはじめていた。仲間と情報をやりとりしつつ片付けていた彼らの元に、連絡が入ったのはそれからしばらくの事である。
　ラグナロク発見。
「行くの？」
　合流するのか、と七が問いかけた。
　ここからは遠い為、行くにしても付いた頃には決着がついていそうである。それに、このままカンナビス勢力を片付けずに行く訳にもいかない。
　エールは心霊治療の時間がない事を、察していた。
「ラグナロクを守るにしても、体力を使いすぎてる。心霊治療してから移動すると、どうしても間に合わないわね」
「俺達は俺達に出来る事をするべきだ」
　嘉市が言うと、壱は顔をあげてじっと空を見ていた。
　高くて遠い横須賀の同じ地内で、彼女は無事に過ごしているだろうか。

作者：立川司郎	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2014年12月12日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 8／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 0
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