獄魔覇獄前哨戦～アンビバレンス・キャッチ

■リプレイ

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　息を切らして走る、走る――。
　武蔵坂の腕章を腕に付けた灼滅者達八人が、アスファルトを踏みしめて前へ前へと走って行く。
「随分と派手な前哨戦だよね」
「戦争以外じゃ、こんな大きなミッションは初めてですぜ」
　首から下げたヘッドフォンから流れるアニメソングにも気を止めず、注射器を片手に携えた夜川・宗悟（騙り手・d21535）が皮肉を込めた様に唇を吊り上げた。対して、宗悟のヘッドフォンから流れる音楽に耳を傾けながらも緊張に胸を高鳴らせた長久手・蛇目（憧憬エクストラス・d00465）は気合を入れるかのように両の手に力を込める。
　横須賀市、探索エリアの南側に位置する場所を走り抜ける一色・朝恵（オレンジアネモネ・d10752）は傍らの仲間達へと視線を向けて、教室で作戦を相談し合う『いつも』と変わりない事に少なからず安堵を覚えていた。魔法使いを思わせるマントを揺らし、眼鏡の奥で細めた夕陽色の眸には不安を感じさせる。
　ふる、と震えた指先へと視線を向けて御門・心（想イ人・d13160）は唇に柔らかに笑みを乗せる。長い髪を揺らし、うっすらと血を滴らせた糸を器用に手繰り寄せた彼女は「大丈夫ですよ、一色さま」と唇を三日月に変えた。
「ねぇ、花織さま。きっと事はうまく運びますよね」
「そうするのが俺達だからね」
　唇に乗せた淡い笑みは花檻・伊織（淪落アパテイア・d01455）の中性的な表情に何処となく幼さを感じさせた。薄氷を思わせる瞳を伏せりながら伊織は腕に装着した校章を指先でなぞる。
「――誰かが」
　淡々と告げた桐城・詠子（逆位置の正義・d08312）の声に臨戦態勢に入ったのはこの場が『戦場』と言う事を重々承知しているからだろう。余りに戦闘に慣れぬ朝恵は不安を胸に宿しながらぎゅっと弓を抱き締める。頬へと擦り寄ったなー様は黒いマントを揺らし、主人を励ます様に「なの」と鳴いた。
　仲間達の盾となる様に、クルセイドソードを握りしめたユーリー・マニャーキン（天籟のミーシャ・d21055）の傍らで黒き鎧を纏ったチェムノータがぐるぐると咽喉を鳴らして居る。
「へぇ……何処の班の奴でもないようだな」
「――なら、愚問ですねぇ」
　囁き声の様に告げるユーリーに長い黒髪を揺らした天神・ウルル（天へと手を伸ばす者・d08820）が唇を吊り上げる。目の前に存在する相手が『敵』であるならば――ウルルにとっては好機に他ならぬと少女の肢体を覆いこんだ灼滅鎧の感覚を確かめる。
「……？」
　こてん、と首を傾げる少女の表情は良く見えない。伸び切った前髪から覗き見えた唇が微かに笑っているのはどうにも気がかりだ。心が視線を向ければ灼滅者達は全員頷く。共通認識かで『最後の判決』を下す方法は只、一つ。
「ヴァンキッシュ」
　一声だけ、詠子の声に反応した様にエンジン音を響かせたヴァンキッシュが前進していく。アスファルトを踏みしめて地面を蹴った宗悟が注射器を突き刺すと同時、ユーリーとウルルが守護者として前進し宗悟の補佐へと入る。
「成程ね――君達は『操られた死体』なのか」
「操り人形(マリオネット)でしたら仕方ないですね……申し訳ありませんが――」
　柔らかな笑みが、凍りつく。心の紫の眸乗せられたのは笑みでは無く、敵を見据える真摯ないろ。

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　にゃあ、と。まるで似合わぬ間の抜けた声を発したのは道脇から飛び出した小さな猫。通常の存在であればいざ知らず戦場に飛び出してきたソレを『乱入者』として見做したのはこの戦場にある景品が掛かっているからだろう。
「クロキバちゃんの……！？」
　彗星の如き勢いで『病院灼滅者』と思わしき相手へと攻撃を放った朝恵の眸に不安が宿る。味方を援護する様に弾丸を放ちながら蛇目が「冗談キツイっすね」と冗句めかして小さく笑う。新緑の色をした瞳には不安ともとれる翳りを抱きながらも、「ここでヘタレると男が廃る」と彼は意気込んだ。
「死者を弄ぶとは……悪趣味な連中です」
　吐き捨てる様に告げた詠子は白と黒で彩られたスカートの裾を大きく揺らす。聖職者然とした風貌からは想像もつかぬ瞳の据わり方は清楚さからはかけ離れた様にも見えた。脚元から伸ばした影が捕まえたのは虚空を見据える死者の眸。
「偽装アンデット――死者を愚弄するか、カンナビス……ッ！」
　唇を噛み締めて、前線で盾として地面をしかと踏みしめたユーリーの口元が歪む。内蔵した祭壇を展開し、広がった霊的因子を強制停止させる結界に怯む様に『病院灼滅者』が脚を止めた、刹那――視界いっぱいに鮮やかな桜色が広まる。
「その子、返して頂けますか？」
　唇に浮かべた笑みは朗らかさを感じさせない。黒い片翼を揺らした心があかいいとで相手を絡め取る。運命の相手を誘う様に、地面を蹴った彼女とすれ違う様に伊織が飛び込み勢いよく『死の中心点』を貫いた。
「カンビナスさん！　……カンナビスさんでしたっけ？
　ラグナロクさんは渡しませんよぅ、それに病院の人達をそんな風にした事、許さないのですよ！」
　む、と唇を尖らせて刃を少女へと振り翳すウルルは『そんな風』――死体を操り、灼滅者と見立てながら周辺勢力へと『武蔵坂による攻撃』と見せ掛ける悪辣なる行いを理解できないとその両腕に力を込める。
　影を纏わせ日本刀を慣れた様に操る宗悟は唇の端に薄らと笑みを乗せる。悪人でなければ善人でない。主義主張を言うなれば非道な行いに対して偽善的に哀しむ事も出来るだろう。しかし、宗悟にとっては『趣味の悪さ』が許せないからこそ、終わらせる事が真の目的であろうか。
「ラグナロクね。さっさと倒して救って終わらせるのが勝ちだろうか」
「ラグナロクちゃんは、モノじゃないんだもの！　好き勝手になんてさせないんだから！」
　憤慨した様にアンデッドを見据えた朝恵がその眸に覚悟を乗せる。仲間を護り、学園の為に頑張る。その一心で弓を引いた彼女の目の前から一人、少女が糸が切れた様に倒れ込む。
　方向感覚で地図に線を引きながら進む蛇目が横須賀の地形をチェックし、顔を上げる。微かに耳朶を伝ったか細い声は犬の声にも似ていて。ユーリーが「チェム」と呼べば彼の傍らの霊犬が首を振る。
「あちらか」
　淡々と告げる彼の声に詠子が頷いた。連戦に連戦を重ねる以上、何処から敵が現れるかは分からない。相手を先に発見する事が勝機を掴む鍵となる事は解り切って居る様なものだ。その鍵となったのは犬猫の鳴き声。
　武蔵坂ではない、イフリートのクロキバ側の眷属である犬猫達が『武蔵坂の学生』と間違って近付き、痛手を受けているのが様子を見てとれる。地面を踏みしめた伊織が間合いを潜りこむ様に卓越した殺人技法を持って前進していく。
　はっと顔を上げたアンデッドの鈍い動きにウルルが唇を釣り上げて「鬼さん、こちらですよ」と笑みを浮かべた。地面を踏みしめ、彼女の拳がまっすぐに飛んでいく。ちり、と頬を掠めた攻撃にふわりと漂うなー様が癒しを与えれば絶対零度の氷を宿し朝恵が狙い打つ。
「何時も通りがいいの――！　好き勝手になんてさせないんだから！」
　悲痛な叫びは、只、運動も勉強も出来ないけれど、仲間との学園での『いつも』を過ごしたいと願う小さな少女の祈り。
　言葉に返す刃を堰き止めたのは背後から首筋を狙った伊織の影。
　渦巻く惣闇がぱっくりと口を開いて死体へと伸び上がる。至近距離、冥土の土産にと与えられた言葉の意味は。
「人の亡骸を弄ぶのは沙汰の限り。
　君を葬るは殺人鬼（おれ）の役割として道理にかなっている。
　――原罪を根源に遡る。それは眩暈に喩えられる『ふあんのがいねん』。君を取り巻いた、この影の名だよ」

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　ガンナイフで援護する様に弾丸をバラまきながら蛇目が「死体の美少女って誰得っすか！」と笑みを浮かべる。
　普段通りの明朗な様子は戦場を勇気付けると同時に作戦を成功させると言う蛇目の強い想いを露わしているのだろう。
「生きてる美少女の方が素敵ですからねぇ」
「でも相手にされるのは但し、イケメンに限る――辛いもんですぜ！」
　お調子者の蛇目にウルルが拳を固めたまま返せばネットスラングを混ぜながら返す蛇目は楽しそうにアスファルトを踏みしめる。器用に掌でくるりと回した解体ナイフ。呪いを毒の風に変えて竜巻として放つそれにまかれたアンデッドが呻き声を上げ続ける。
　威嚇する犬猫の様子から共闘を取る事が出来ると判断した心が唇を吊り上げて、更に援護としてやってきたアンデッドへと唇を吊り上げて注射器を射しこんだ。普段の愛らしさは何処へやら、傾国の美女たる美貌に魔女の形相を浮かべた心の下した決断に詠子が反応する。
　拳を振り替えざし回復手である詠子を狙う攻撃を「Go」の一声だけで受けとめたヴァンキッシュへ視線を送り、脚元から伸び上がった影をしっかりと纏ったままに彼女は唇を吊り上げる。
「オラァッ！！　死にてェ奴から前に出な！！　しっかり相手してやんぜ！」
　普段の清楚な少女の面影は何処かへ消えた。好戦的な瞳は負けず嫌いから発したものか――野蛮な優等生の顔を覗かせた。強い正義心から来たのは死体を操る行為への強い敵愾心か。
「くたばてんじゃねーぞ！」
「助かった。死者を愚弄する等、許せない」
　当たり前だと頷く詠子へユーリーは口元に笑みを乗せた。護る事こそが己の戦いであると信条に持ったユーリーが自信を溢れさせた笑みをしっかりと浮かべたまま縛霊手で器用に敵の放った攻撃をカヴァーする。
　庇い手として動くヴァンキッシュの動きとユーリーの動きを確認しながら癒しを与える詠子の荒っぽさはそれでも心得ていると言う事を感じさせた。地図に書き込んだ情報と照らし合わせながら進軍ルートをチェックする蛇目はこれ以上先には別の班が居るであろう事を想定し、攻撃を続けて行く。
「逃げて」
　大丈夫と視線を零した朝恵に傷だらけの犬が走り抜けていく。支援役として入って居ても灼滅者と犬猫眷属達であれば、不意をつかれた彼らの損傷は激しい。手を取り合うならば、護る事とて時には必須となる行動なのだろう。
「他の眷属を襲って俺達へとその罪をなすりつけたかったと言う事かな？」
　見透かす様に薄氷の眸を向けた伊織の言葉に死体は何も答えない。只、喧騒の街で踊るだけだ。
　その足取りを抑える様に、影を伸ばした彼の背後から援護する弾丸は足止めする様にばらまかれて行く。蛇目へと視線を向けて、頬を掠めた痛みに詠子が「しっかりしろ！」と叱咤激励する言葉と共に癒しを与えた。
「さっさと、終わりにしましょうか」
　柔らかな口調ではない。戦闘を好む狂戦士は拳を固めて前進していく。弱虫だったからと言ってその脚は止まらない。好機の色に染まったウルルの瞳が物言わぬ死骸の瞳と克ち合った。
　腹を掠めた傷など、厭わずに『敵』の振り翳す拳を受けとめてウルルがぐるりと体を反転させる。
　刃から影の斬撃を放った宗悟が攻撃を掠めたヘッドフォンを指先でなぞり肩を竦めて唇を吊り上げた。
　癒しの矢を放ちながら朝恵が眼鏡の奥で瞳を細める。『前哨戦』の景品たるラグナロクの少女を早く確保しなければ。逸る気持ちが胸を渦巻くのは、一人の少女が犠牲になる可能性を感じとるからなのだろう。
「っ……なー様！」
　頑張ろうと勇気づけるその声に、大きく反応したナノナノが回復を与え続ける。弓を引き、アンデッドを狙い撃ちにする朝恵の目の前に跳びこまんとした粒子の光りをユーリーが受けとめ、伊織が攻撃手の首目掛けて刃を振り下ろす。
「俺達を甘く見ない方がいい」
「勿論、フルコースをお見舞いしますよ」
　剣戟の手を緩めずに、必要なればと手にした武器は彼が手にした技法をより強固にするようで。伊織の言葉に淡く笑った心は普段の朗らかさの下に隠れた怜悧な瞳を細めて笑う。この世界が如何に実力だけで成り立っているのかを知って居た彼女の言葉に蛇目が勝機を確信しガンナイフを掌で器用にくるりと回す。
「勝機キタコレ。よし！　やったりますぜー！」
　朗らかに笑って見せた蛇目の言葉に朝恵は頷き弓を引く。
　回復へと気を使い、出来得る限りの被害軽減に努めた灼滅者達は倒れて行く死体群に一抹の光りを見る。彼らの目の前に現れた『病院灼滅者』は最後の一人。虚ろな眸をした制服姿の少女は首を傾げながらも解体ナイフを手に、果敢に灼滅者の許へと飛び込んだ。
「つまりは、残るのは『テメェ』だけか」
　鮮やかなまでの紅色の眸に宿された好戦的ないろ。傍らのヴァンキッシュへ「Go」と一声かければ、主人の意図を感じとりまっすぐに前進していく。
「勝敗は決したようなモノだな」
　怜悧な瞳に宿されたその意味をチェムノータが感じとり喉を鳴らす。動乱を無へ返す為に纏った風は車輪を転がしユーリーの身体を更に前へと進めて行った。
「……僕の邪魔をするなら、神様だろうとなんだって殺して見せるさ」
　皮肉を浮かべた唇。影を纏った刃を振り翳した宗悟の一閃に少女の体が大きくふらついた。
　携帯電話を通じた情報交換で他班からはもう出現する様子が見られないと連絡を受け、詠子が小さく息を吐く。情報交換を重ね、この付近、南側にはラグナロクが存在していない事を確かめて、喧騒に染まる東側の空へと視線を向けた。
「ラグナロクさん、どこにいるんでしょぉ……？　パワースポットって目で見てわかるものなんですぅ？」
　首を傾げたウルルが空を見上げる。彼らにとっての、喧騒を感じさせるその日の幕切れは――大きく刃を振り翳した少女が倒れると同時だった。

作者：菖蒲	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2014年12月12日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 3／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 3
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