獄魔覇獄前哨戦～迷える手を掴むは誰？

■リプレイ

●迷える手を探して
　海が近い。ラグナロクを捜索することに決めた灼滅者達は、横須賀市の東側にパワースポットが多いことに気がついた。ラグナロクは占いが大好きで、パワースポット巡りをしていた――この僅かな情報から居場所を推測するとすれば、東側は外せない。
　京浜急行線の浦賀駅に降り立った灼滅者達は、ラグナロクの少女を探しながら叶神社を目指した。
「今までのラグナロクの方々もそうでしたが……いきなり狙われて、頼るべき者もいなくて……きっと心細い状態なのでしょうね」
「そうですね、一刻も早く助けてあげたいです。ラグナロクである彼女の力を悪用させるわけにはいきません」
　姫条・セカイ（黎明の響き・d03014）の言葉に詩夜・沙月（紅華の守護者・d03124）が、用意したラグナロクの似顔絵の端をきゅっと握りしめる。
（「例えラグナロクだとしても、そうじゃなかったとしても」）
　助けを求めている彼女を全力で助けたい――セカイの想い。
「占い好きとかパワースポット好きとか、女の子らしくて可愛いなぁ」
「またパワースポット巡りを出来るよう、無事に保護しなければ」
　結城・麻琴（陽鳥の娘・d13716）の羨望の混じった言葉に沙月が頷いた。
「ラグナロクじゃなければ普通の女の子だったんだろうね」
　だからこそ、そんな子を酷い目になんて遭わせたくない。学園で、出来るだけ普通の女の子に近い生活を送って欲しいと麻琴は思っている。
「大騒ぎになったよね。でも一番大変なのはラグナロクの子だと思う。そこは間違えないようにしないとね」
　前を歩く陽瀬・瑛多（高校生ファイアブラッド・d00760）の言葉に改めて背筋を正したのは、一緒に歩く７人全員だろう。
「でもこういう風に街を歩くのも新鮮かも。あ、海が見えるー」
　続いた言葉に余計な力が抜けていく。
「さてさて、おっかない連中に見つかる前にさっさと終わらしたいものだねぇ……」
　二つあるうち西の叶神社の大きな鳥居を見上げ、日輪・朔太郎（汝は人狼なりや・d27538）が呟いた。他のダークネスの中にはラグナロクを捜索している者もいる。戦闘を担う班が一定数いるとはいえ、捜索班がダークネスに見つからないとは限らないのだ。
「まだどの班もラグナロクを見つけていないようやな」
「めぐみ達も頑張って探しましょう」
　携帯の画面を見つめる迦具土・炎次郎（神の炎と歩む者・d24801）の報告に若生・めぐみ（歌って踊れるコスプレアイドル・d01426）は、やる気を握りしめるように小さく拳を作った。
「行こう」
　それと悟らせないように常に周囲の警戒を怠らなかった七識・蓮花（人間失格・d30311）が告げたのを合図に、８人は鳥居をくぐって神社の敷地内へと入っていった。

●迷える手を――
　万が一の事を考え、８人揃って叶神社内を捜索していく。離れるとしてもすぐに駆けつけられる距離にしておく。敵の襲撃があっても、大丈夫なように。
　サザンカの花や椿の実など境内にある植物も、こんな時でなければゆっくりと眺められただろう。
「逃げた子猫は何処かねぇ……っと」
　朔太郎が覗きこんだのは階段を登った先で出迎えてくれる一対の狛犬の側で、かくれんぼしているような子どもの狛犬の脇。だがそこに人影はなかった。狛犬に一度だけ視線をくれて次の場所を探す。
「もし。どなたかいらっしゃいませんか？　わたくし達はお味方です」
　炎次郎と共に社務所の裏側に回ったセカイはぱっと見誰も居ないような場所でも声をかけて反応を待つ。
「社務所に匿われていたりしないでしょうか？」
「聞いてみようか」
　沙月が似顔絵を持ち、瑛多がラブフェロモンを使って友人である彼女を見かけなかったかと尋ねるも、芳しい反応は得られなかった。二人はそのまま参拝に来た一般人や聖地巡礼と思しき一般人へと聞き込みに向かう。
「さすがにここにはいませんね」
　手水舎に向かっためぐみと朔太郎は手洗石の影なども見たが、人が隠れている様子はなかった。手水舎の彫刻も社殿と彫師は違うが素晴らしい物である。だがじっくり見ている時間の余裕も心の余裕もなかった。絵馬が掲げられている辺りへ向かうことにする。
「社殿の中に隠れているとかないかしら？」
「明らかに隠れているぞという場所に隠れるかどうかだな」
　拝殿付近を探す麻琴と蓮花。さすがに無断で扉を開けるわけにもいかないので、社務所に頼みに行くか迷いながら拝殿の正面に戻ってくる。東にあるもう一つの叶神社に行くとしても、この西の叶神社にラグナロクがいるかもしれないという可能性を潰してから向かいたい。
「わ、凄い彫刻ね」
　賽銭箱のある辺りの天井の彫刻があまりにも素晴らしくて、麻琴はつい視線を奪われて。蓮花もつられて見上げたが、すぐに視線を落とす――違和感が蓮花を包み込む。
「――？」
　神経を研ぎ澄ませて、耳を澄ませば聞こえてくるのは麻琴と自分以外の息使い。
（「拝殿の中か？　いや、もっと近い」）
「どうしたの？」
　麻琴の問いかけを手で制し、蓮花はまさかと思いながら賽銭箱へと近づく。麻琴も彼に倣って賽銭箱を上から覗き込んだ。すると――『賽銭箱の中の瞳と目があった』のだ。
「ひっ！」
　それが麻琴自身の声だったのかはわからない。ガタン、賽銭箱が音を立てて揺れたから、中にいる『何か』の声だったかもしれない。蓮花は迷わず賽銭箱に手をかけて何とか開けようと試みる。
「中に人がいる。皆を呼んでくれ」
「わかったわ」
　麻琴が境内に散っている仲間達に声をかけている間、蓮花は賽銭箱を開けていた。賽銭泥棒と疑われるかもしれないが、その時は瑛多のラブフェロモンで何とか疑いを晴らしてもらえばいい。今は中の人物を確保するのが先だ。恐らく中にいるのは……。
「やだ、見つかっちゃったわ！　わたしのこれからはどうなっちゃうの？　教えて、カード！」
　賽銭箱に縮こまって収まったまま懐からタロットカードを１枚引きぬいた少女は、まさに彼らが探していたラグナロクの少女であった。

●迷える手を掴め
「他の班への連絡を終えました」
　沙月が取り急ぎラグナロク発見の連絡を入れ、携帯をしまう。とりあえず賽銭箱から出たラグナロクは、石段に座らされていた。その周りを守るように灼滅者達が位置する。だがそれは今の彼女にとっては『逃げ場をなくした』と同義であり、怒りのような怯えのような表情が見て取れた。
「めぐみ達は味方です」
「私は七識蓮花です。あなたは？」
　めぐみや蓮花はしゃがんで少女と瞳を合わせる。それぞれまず名乗り、彼女の緊張を解こうと試みた。応えて欲しいなら、まず自分達が心を開かねばならない。
「逃げていて疲れていますよね。よかったらこれをどうぞ」
　まだ警戒しているそぶりの彼女に、沙月は持参した水のペットボトルとチョコレートを差し出す。少女は一瞬表情をゆるめて手をのばそうとしたが、躊躇った。だから沙月はチョコを一粒取って、自分で食べてみせる。
「毒は入っていません」
「……！　……ありがとう」
　それを見て安心したのか、少女は水を飲んでチョコレートを口に含み、また水を飲む。ふう、と息をついた頃にはガチガチだった警戒心が解けていっているのがわかった。
「占いでは俺たちのこと出なかったでしょ？　俺たちは君がこの状況から抜け出すお手伝いに来たんだ」
「すぐに信じていただこうというのも無理な話かと思いますが、貴女の占いに出てきた貴女を狙う勢力の中に我々はいなかったはずです」
　しゃがんで視線を合わせ、笑顔で接する瑛多とセカイ。
「さっきも名乗ったけど、あたし、結城麻琴。あなたの名前を教えてくれる？」
「わたしは遥神・鳴歌（はるかみ・なるか）。中１。あなたたちは何で私が狙われているか知ってるの？」
　その問いを待っていた。一同はあまり時間をかけぬように要点をかいつまんで、だがわかりやすく現状を説明していく。
「え、でも、そんなこと……本当に？」
「本当です。あなたが危険な事になっている事を予測した人がいたので、めぐみ達は来たんです」
　そう告げるめぐみも、にわかに信じてもらえないだろうことはわかっていた。
「今日も明日も貴女が貴女のままで居られる様、わたくし達は来ました。今この場で我々に邪心があるか占ってくれても構いません」
「ま、いきなり小生たちの事を信じろって言われて困るよねぇ……。そうだね、なんなら占ってみるかい？」
　セカイと朔太郎の言葉に、鳴歌はポケットをまさぐってサイコロを取り出した。それで占うつもりなのだろうか。彼女はサイコロを握って何かぶつぶつと言った後、石畳に賽を転がした。
「……！　信じる、って出たわ」
「確かに俺達は信じがたいこと言うとるかもしれん。せやけど、占いでも一番大切なことは信じることやろ？　それに『信じる者は救われる』って言葉がある。だから、あんたが俺を信じてくれるなら、俺はあんたを救う！　必ずな」
「私達はこの身の全力をもってあなたを守ります。だから、占いで出たからだけでなく、あなた自身の意志で、今は信じてくれませんか」
　炎次郎と蓮花の強い言葉。ゆっくりとではあるが鳴歌が首を縦に振ったのを、灼滅者達は見逃さなかった。
「そうと決まれば一刻も早く横須賀を脱出しましょう！」
「長居するのは危険ですね」
　麻琴とめぐみに促され、鳴歌は立ち上がる。
「よろしく。あなた達の事、信じるから！」
　その心に応えるべく、一同は叶神社を発った。

●迷える手を掴んで
　ラグナロクを連れて叶神社から浦賀駅へと向かう旨は、他班に連絡を入れてあったので、一同は県道へと出た。全員が乗れる大型車が通りかかったら、ヒッチハイカーを使って駅まで乗せてもらいたいと思っていたからだ。県道を浦賀駅へと向かいながら大型車を探していたその時。
「あれはもしかして、学園の仲間かねぇ」
　ヒヒヒと胡散臭げに笑った朔太郎の示した前方には、こちらへ向かって駆けて来る一団の姿があった。年格好も学園の仲間と同じ頃だし、スレイヤーカードの提示もある。だが、合流による安堵の息をつく暇は与えられなかった。敵が、襲ってきたのだ。横須賀の東側を捜索していたという六六六人衆の一部であろう。
「行こう！」
　瑛多が鳴歌の手を引く。合流したばかりの班が敵に一発食らわせて、自分達を六六六人衆から守るようにしてくれているのがわかったからだ。
「そっちは大丈夫そうだな。ここは俺達に任せて、行ってくれ」
「分かった！」
　月雲・悠一の言葉に答え、鳴歌を囲むようにして一同は走りだす。
「ぶ、無事逃げられるか占いを……」
「待ちや」
　走りながらも占いに頼ろうとする鳴歌を、炎次郎が止めた。
「俺は神様を信じとるけどな、最初から占いに頼るんはあかんと思う。あんたは今、追われとるやろ？　なら、無事に帰る努力をするんや！」
「努力……」
「神様ってのは自分が全力を出し切った後にしか助けてくださらへん。せやけど、努力すれば、例え占いの結果が大凶であろうと神様は必ず助けてくださる。だから、あんたも自分の今できることを全力でするんやで！」
　励ましの意思は伝わったのだろう、鳴歌は小さく頷いて。セカイは彼女の開いている方の手を取り、温もりを介して彼女の不安を晴らせるようにと微笑んでみせた。
「恐らく、他にもこちらに向かってくる敵はいるはずだ」
　蓮花の予測通り、程なく再び六六六人衆の襲撃にあった。だが、別の班の合流により、鳴歌を守ったまま戦場を離脱することが出来た。そのまま、県道を走る。
　当初考えていたヒッチハイクのために車道をチェックしている余裕はなかった。どこから敵が襲ってくるかわからないからだ。大型車を止めても、乗り込んんでいる間は隙になるだろう。そのまま、走り続ける。と、再び六六六人衆の襲撃と仲間との合流が発生したが、敵との間に他の班が入って逃がそうとしてくれている。
「この身を賭して、傷一つつけさせない――行ってくれ！」
　白石・作楽の強い言葉に頷いて、一同は戦場を離脱することだけを考えた。
「あと少しで浦賀駅ですから。少し、お水でも飲んだほうが」
　明らかに鳴歌の走る速度が落ちていた。沙月は足を止めることを提案し、彼女に水を飲ませる。道中襲撃にあったことを知らせておいたお陰で、他の班が駆けつけてくれていて助かった。駅まであと少し。再び走り始める。
「あそこでも戦闘になっています！」
　前方で他の班と思しき者達が戦闘になっていた。相手はやはり六六六人衆だ。こちらに気づいた彼らは、敵からこちらを守るようにして戦場を抜ける手伝いをしてくれた。
「もう少しで駅に着くから頑張って。大丈夫、ここから先に六六六人衆はいない」
「ありがとう！」
　柴・観月の言葉に麻琴は礼を言い、一同は間もなく見えるゴールを思うと気持ちが軽くなりつつつあるのを感じていた。

●待っていたもの
　無事浦賀駅に到着したと思った瞬間、一同は一瞬のうちに取り囲まれてしまった。何が起こったのか、理解するより先に声が降ってくる。
「獄魔覇獄の参加者達の強さを見てやろうと思っていたが、最初に見つけたのがラグナロクとはな」
　明らかに仲間のものではないその言葉。
「まさか、シン・ライリー！？」
　何故ここに、瑛多が口にする前にシン・ライリー配下の精鋭達が攻撃を仕掛けてくる。鳴歌を背に守るように布陣したが、敵の攻撃は素早く、力強くて。
「お前達のおかげで、ろくな情報収集ができなかった。だが、ラグナロクを確保すれば、強敵が向こうからやってくるだろう」
「あんたたちにこの子は渡さないんだから！」
　麻琴が威勢よく啖呵を切るが、敵の重い攻撃を受けて足がふらつくのを止められない。
　守ると約束したのだ。だから、何があっても守らなくては――誰もがそんな思いを抱いていたが、戦力差は明らかで。対シン・ライリーを担う班がもっと多ければ、奴がここに来ることはなかっただろう。次々と倒されていく仲間。怯えの混じった鳴歌の悲鳴。
「鳴歌、さん……」
　守るという約束が守れない事に心が引き裂かれる思いで。セカイは遠のく意識の中、彼女の名を呼んだ。
　あまりにも無慈悲で無情に、蹴散らされていく灼滅者達。
「……くそっ……」
　膝をついた炎次郎は、自分の身体が倒れきる前に、抵抗する鳴歌の声とシン・ライリーの言葉を聞いた。
「悔しければ、取り返しに来い。獄魔覇獄の戦いで待っている」
　アスファルトに倒れこむと同時に、最後に残っていた炎次郎の意識も途切れた。

作者：篁みゆ	重傷：陽瀬・瑛多（高校生ファイアブラッド・d00760） 若生・めぐみ（歌って踊れるコスプレアイドル・d01426） 姫条・セカイ（黎明の響き・d03014） 詩夜・沙月（紅華護る蒼月花・d03124） 結城・麻琴（陽鳥の娘・d13716） 迦具土・炎次郎（神の炎と歩む者・d24801） 日輪・朔太郎（汝は人狼なりや・d27538） 七識・蓮花（人間失格・d30311）  死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2014年12月12日 難度：普通 参加：8人 結果：失敗…
得票：格好よかった 8／感動した 2／素敵だった 4／キャラが大事にされていた 3
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