獄魔覇獄前哨戦～水先案内人

■リプレイ

●南へ
　大掛かりな依頼を引き受けて、横須賀へと急行した灼滅者たち。吐く息は白く、風が頬に冷たい。時は師走だった。
　まず、神楽火・天花（和洋折衷型魔法少女・d05859）が箒に跨り、飛び立つ。
「さっさと終わらせましょう。くだらないゲームに付き合うのは、もうたくさん」
　吐き捨てつつも、遠く広く視線を投げる。
　その姿を見送ったハリー・クリントン（ニンジャヒーロー・d18314）は、持参の地図を広げる。忍装束に身を包んだ彼の周囲から、ふっと物音が絶えた。
　これから巻き起こるラグナロク争奪戦は、しかし、前哨戦だ。それを戦い抜いてなお、後には獄魔覇獄が待ち構えている。
（「一人のおなごの危機でござる、必ず助け出してみせるでござるよ！」）
　移動を始めたハリーが前方ならば、後方で地図を広げているのは光成・星（人形師・d22633）だった。ESPの効果を別としても、彼の纏う空気は許よりどこか仄暗く騒がない。
　そうして彼らが探しているのは、不死者である。ただの屍ではない。生きている時は病院の灼滅者であった者たちの、今や形骸。それを灼滅者に偽装させて操っているのは、屍王カンナビスなのだという。
　ハレルヤ・シオン（ハルジオン・d23517）が、ぐるりと周囲を見渡す。
（「ねえ、ねえ、ドコにいるの」）
　当の相手が前線に来るかどうかはわからない。そう簡単に出会うことはないのかもしれない。それでも、彼女は探す。
（「いるならきっと見つけ出して。ボクがちゃあんと、ころしてあげる」）
　ハレルヤには、カンナビスとの邂逅の記憶があった。だから、この前哨戦、アンデッドとの戦いを強く求めた。
　その姿を見た不知火・レイ（星に誓いを・d01554）が、仲間の地図を頼りに先頭へと出る。彼のルーツはデモノイドヒューマンである。事情が違う。だが、もし、そこに朱雀門の配下がいると言われたならばどうするだろう。放っておくことはできまい。置きかえれば、仲間の気持ちにもなれる。
（「だからその手伝いをする」）
　一気に解放する能力は、DSKノーズ。
（「出来るだけ早くたどり着けるように……！」）
　そうして彼らの足が誘われた先は、三浦半島のくびれた部分。南方だった。同じ方向に向かうグループが多数見られる。戦力は申し分ない。
　ラグナロク発見時を鑑みるならば、他にも散するべきか。数人が迷った頃、レイが足を止めた。
「いる――」
　虚空の天花が、ぐっと目を細める。
「あれ……なのかな」
　遠くで西日を反射させているのは、胸元に逆さに留められた時計の文字盤だろう。ナース独特の習慣だ。だが、身に着けている白衣は古い血痕で黒ずみ、結構な速さで近付いてくる脚は動きがおかしい。膝の関節が壊れておかしな方向に曲がっている。
　もう、ここで交戦するしかない。
　敷島・雷歌（炎熱の護剣・d04073）が、「オヤジ」とビハインドの紫電を呼び出した。
（「何だってこういう真似をしたがるかね……」）
　あたかも景品のように扱われているラグナロク。目の前には、再利用された灼滅者の屍。ぐっと握り締めた拳の中に、彼の身の丈ほどもある無敵斬艦刀『富嶽』の柄が現れる。
　ちりりん、と透明に澄んだ音が響く。皆の背後から無数の光の輪が放たれ、護りに力を添え始めた。使い手は烏丸・鈴音（カゼノネ・d14635）。風向きを知らせる風鈴の響きが、戦端を開く。
　武神・勇也（ストームヴァンガード・d04222）の全身からどす黒い殺気が迸った。どっと放たれるのは、前方。
　路上の落ち葉が大きく舞い上がった。

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（「しかし」）
　勇也には、一つひっかかることがあった。初手は見事に先頭のアンデッド・ナースを後退させたが、それでは疑問が晴れない。
　敵の数が多い。こちらに向かってくるアンデッドは、ざっと見て三体。だが、DSKノーズはまだ他にも業の気配を察知している。
　敵の冷気が星の白い頬を打ち、無数の傷を刻み込んだ。押しやられて体力は確実に削られているが、彼は引かない。まろびかけた足許に逆らわず、滑らかな曲線を描いてクナイを放つ。
　一体のナースの胸の傷が、禍々しい毒の色に染まった。
「ふフフフフ……」
　笑った星の唇が、自らの血に染まりながらも、こう続けた。
「作り手のセンスを疑いますね……」
　そういうことだ。
　アンデッドたちは、皆、灼滅者を装ってはいる。だが、生者のそれとは何かが違った。不自然だ。人形を愛する星に言わせれば、そこはもうセンスの領域。
　片目の溶けたドクターコートの男が、杭を装着した腕を突き出してきた。それをかわして、ハリーが影を放つ。
「見破れぬと思ったでござるか？　嘗められたものでござるな！」
　足許を掬われて、アンデッドは脇へと揺らぐ。
「ア……ア、ァ……」
　口を開けば、まともに話すことができない。皮膚の破けた片手を差し出して宙をつかみ、何も得られずに引く。胸元から落ちるのは、生前のものであろうペンライト。
　コトン、という音があまりにあっけない。それがもう、まともな目的では使われないのだと物語っているようだ。天花は眼差しを落とし、ちょうどライトが落ちた路上を指差した。
（「もしかしたら、友達の友達だった人がいるかもしれない。でも」）
　一度瞑った目を開く。
「死に風花の祝福を」
　ピシッ、という小さな音が響いた。薄汚れたライトに真っ白な霜が浮き、そこからフリージングデスの冷気が広がって、アンデッドの足許を凍りつかせる。
「ゥ……ォ、アア」
「どんな姿をしていても、敵なら容赦しないわ」
　どうやら、最初に現れた三体は前衛のようだ。しかし狙いは、まず治癒者。見ると、左右にぐらぐらと揺れるアンデッドたちの向こうに、青い色がある。
　明らかに他とは違うその色は、術衣のもの。両手には医療用手袋、口許にはマスク。一歩後ろに引いた姿は全身を完全にカバーしており、詳細が分からない。
　レイが、合言葉を口にしかけた。その時のこと。
「……」
　その青の不死者が、無言のままで両手を上げた。曲げていた指を真っ直ぐに開くと、傷つき怯みかけていた前方の三体が瘴気に包まれ、恍惚と顔を上げる。まるで新たな糸を張られた操り人形のようだ。
「あれがメディックですねぇ」
　こちら側の癒し手、鈴音がそれを看破する。全員の注意が、その者に集中した。
　青い術衣の治癒者。だが、その横に――
「待て！」
　雷歌がいち早く気付き、腕を持ち上げた。その身に降り注ぐ激寒の炎。彼の全身が青白く燃え上がった次の瞬間、無数の傷が肌に走り、噴出す鮮血こそが真の炎のように赤い。彼が立ちはだからなければ、仲間が皆、それを浴びていた。
　術衣のアンデッドのすぐ脇に、まるで子供のように小柄なナースが一人付き従っていた。空洞の目で灼滅者たちを見詰め、攻撃を終えた指先を朽ちた口許に当てる。
「……ウ、……ゥ？」
　自分が何をやっているのかわからないという面持ちだ。ぴったりと寄り添った攻守二体の前で、三体の腐肉の壁が布陣を固め直す。そして、雷歌の脇に残ったもう一つの壁、レイへと襲い掛かった。
「……っ！」
　突き出される杭を鞭剣『星葬・Schwarzschild』で受けるが、その左右からあと二つ。耳朶を切裂いた片方が、ガツンッという音を立てて跳ね返される。
　勇也が『無銘・大業物』の刀身でそれをやってのけ、最後の一つを避けきれずに左の肩に受ける。敵の突進のままに地に叩きつけられた。
　肩骨を砕いた杭が後ろに抜けて、地を穿つのが分かる。動けない。天を仰いで見開いた目の前を、何か黒い影が過ぎるのが見えた。
「ああ」
　これだ。
　引っかかっていたことが、今、明確な形を得た。勇也の頭上を飛び越えて、アンデッドとの間に降り立ったものは四つの足を地についている。
　獣だ。

●8+1
「うん？」
　やられたままではいない。コールドファイアの準備をしたハレルヤが、首を捻った。獣？
　不自由な姿勢のまま肘で地を押し、勇也が顎を掲げて声を振り絞った。
「確認……を」
　滲む逆さの視界の中、後ろの仲間へと告げる。
「イフリートならば、交戦を避けなければ」
　病院の灼滅者の中には獣の姿を持つ者もいることは、知っている。だから、偽装アンデッドの中にもそうした者がいるかもしれない。
　それとイフリートとを、どう見わければ良いのか。彼はそれが気になっていた。
「あ……」
　全員が、一瞬、手を止めた。
「グル……ッ」
　獣が低く唸った。黒い犬だ。片耳は喧嘩でやられでもしたか不恰好にちぎれ、目は血走って赤い。しかし、炎は見られない。イフリートならば紅蓮の炎を纏っているはず。
　レイが眉根を絞る。DSKノーズを信じるのならば、この犬から漂う気配は禍々しい。
「業を、感じる」
　だが、獣だ。合言葉は通じない。犬の方もまた、どこか慎重に灼滅者たちと不死者とを見比べている。
　その時、後ろに控えた小柄なアンデッド・ナースが片手を上げた。
「動かないでねぇ」
　ハレルヤが、凍てつく炎を放つ。咄嗟の判断で、犬には当てないよう位置を動いた。
「ッ……ア、ゥゥ」
　腐った指をぼろぼろと落として、ナースが呻く。ドクターコートの前衛不死者が、杭を振り上げた。
「グ、ァウッ！」
　吼えたのは、黒い犬だった。自らへと注意を引き、不死者の喉首へと飛び掛る。薄黄色い牙を、深々と埋め込んだ。
　イフリートではないが――
「これは、眷属か」
　地を二転して立ち上がった雷歌が、ビハインドを他の一体へと向かわせる。犬ともみ合う不死者の足許へ、巨大な刃を振り抜いた。鈴音からの回復を得て、錆でも落とすかのように乾いた血の欠片を跳ね跳ばす。
　もう一体の背後に回ったのは、ハリー。頷いて、アンデッドの胴を羽交い絞めにする。
「加勢してくれるようでござるな！」
　ぐっと力を込めると、ナースシューズの足を地から引っこ抜いた。放つは、ニンジャケンポー・イガ忍者ダイナミック。口許を覆った赤いスカーフの裾が翻る。
「オ……ッ、ッアア！」
　崩れ落ちたアンデッドが、塵となって風に舞った。
　犬と仲間とを引き離そうと、残り一体の前衛ナースが飛び掛る。その手が空を切り、仰け反る胸元に白い手刀が食い込んだ。
「ガ……ッ」
　流れる軌跡を描いて手を引き、くる、と身を入れ替えたのは星。自らを人の刃として突っ込み、退く。してやったりの薄笑みの前で、不死者は塵へと還った。
　黒犬が首を一振りして敵を地に叩き伏せ、これで三体。不出来な鏡を粉々に砕くかのように、元病院灼滅者たちを彼岸へと押し返した。
「残るは……」
　肩を押さえて立ち上がった勇也の先で、小柄なナース・アンデッドが指先に黒い染みを集め始めていた。術衣のアンデッドから回復を得たのだろう。骨むき出しの指は、既に五本そろっている。それを、黒犬に向けて真っ直ぐに突き出した、その時、ちりん、と風鈴が鳴った。
　鈴音の手が、ほんの一刹那、回復を攻撃に転じさせていた。すかさず展開した巨腕の祭壇から、結界が張り巡らされる。
「ギ……ギ、ギ……ィッ」
　腐れた手が、なぜか上手く動かない。小さなアンデッドは、焦れたかのように地団太を踏む。その脚に犬が飛び掛ると、レイが刃へと変じた片腕を地擦りから大きく切り上げた。翻る一瞬の青い色。
「……ウ」
　やらせまいと片腕を差し出したのは、術衣のアンデッドだった。だが、遅い。ハレルヤの両手から迸ったオーラが、それをさせずに胸を打った。
　ザンッという乾いた音の直後に小柄なナースの姿が真ん中から二つにずれ、術衣のアンデッドの白く濁った両眼が大きく瞬く。
「ア、アアアアア、ッ」
　散り散りになった仲間の残骸をつかみ、叫んだのは、かつて病院に所属した者の骸。繰り返される悪夢。せめてその姿から目を離さずに、天花が片手を真っ直ぐに差し向ける。
（「殲術陣の時も思ったけど、どこの誰がこんなこと考えたのかな」）
　彼女の静かな怒りを象ったか、魔術の矢は一直線に不死者の額を貫いた。
「ア……」
　亀裂が走る。蜘蛛の巣にも似て、細く長く無数に。そして、そこからひび割れたアンデッドの体は、静かに、実に静かに崩れ落ちていく。
「……」
　最後に落ちたのは、青いマスクだった。微か過ぎる音は、永眠の吐息かもしれない。
　見詰める灼滅者たちの前に無の路上が広がり、その行く先ばかりが果てしない。

●塵を越えて
　ハレルヤの足許を、冬の風が吹き抜けた。
　総勢五体のアンデッドを灼滅したが、カンナビスの姿は、今、ここにはない。
（「ボクはキミに殺されたら、同じように再利用されるのかなあ」）
　屍王へと向けた心中の一片に、その思いがあった。ならば、絶対にさせない。その決意を形にして、彼女はこうして無事に立っている。
　よほど気分を逆撫でする戦術だったか、この前哨戦でカンナビスの配下たちに下された鉄槌は大きなものだった。悪意は挫かれた。
「犬は？」
　雷歌の声に皆が、はっと顔を上げる。
　黒い姿は、忽然と消えていた。遣わした主の許へでも帰ったか。少なくとも、あの黒い一頭は彼らとアンデッドとを見分けて共に戦っていた。
「クロキバの勢力だろうかな」
　それが妥当に思える。
「あとは、ラグナロクか。会えたら、ちゃんと名前聞いてやらんとな」
　皆、苦痛を負った身を叱咤して、再度、地図を睨んだ。まだ、彼女の護衛という任が残っていた。
「行こう」
　悼みを越えて、冷たい風の向こうへ。そこに結果が待っているのだから。
　八人の足が、駆け出した。
　

作者：来野	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2014年12月12日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 6／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 0
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