獄魔覇獄前哨戦～誰が『彼女』を手に入れるのか？

■リプレイ

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　神奈川県南部、東京湾と相模湾に面する海の町、横須賀市。
（「こんな海風むっちゃキツい時にわけもわかんないで追い回されるなんて、不安だろうなあ、気にしない系の子だったらいっそありがたいんだけど……」）
　この時期の潮風は、体の芯に響くほど冷たい。ポンパドール・ガレット（祝福の枷・d00268）は感情移入しすぎて、うっかり自分が不安になりそうになになるのを首を振って振り払った。
「複数の勢力が狙っているとなれば、早く見付けないといけませんね」
「勝手に女の子を褒美扱いとは、どこまでも……！」
　ロイド・テスタメント（無へ返す元暗殺者・d09213）の言葉に、不愉快極まりない、と斉藤・歩（炎の輝光子・d08996）も強く言い捨てる。
「とにかく急ごう、横須賀がかなり騒がしくなっているからな」
　フィオレンツィア・エマーソン（モノクロームガーディアン・d16942）の言葉に、ミシェル・ルィエ（もふりーと・d20407）はうなずいた。現在、横須賀市の各地で戦いが繰り広げられていた。だからこそ、急がなくてはいけない――灼滅者達は、先を急いだ。

（「ここまで来ると、運任せだぜ」）
　双眼鏡で周囲を覗きながら、クロノ・ランフォード（白兎・d01888）は焦る気持ちを抑える。既に、六六六人衆ともニアミスしそうになる事態にも遭遇した。他の戦闘班がいなければ、巻き込まれていてもおかしくないだろう。
　その時だ、遠藤・彩花（純情可憐な風紀委員・d00221）が声を上げた。
「連絡が来たわ！　ラグナロクを確保したって！」
「浦賀駅に向かうらしいんだけど……」
　八守・美星（メルティブルー・d17372）が、彩花の手にある地図へと視線を落とす。ＥＳＰスーパーＧＰＳによって地図上に自分達のいる場所は明記されている――ならば、と合流出来るルートを即座に割り出した。
「急ごうぜ？　何か――」
「ああ、嫌な予感がするっすよ」
　ポンパドールを代弁するように、歩は言い捨てる。確かに、発見して終わりではないのだ――この時、誰もが抱いた予感は、悪い意味で的中する。

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　左手側に海を望みながら、クロノは双眼鏡を手に取った。
「あれか！」
「匂うわ。こっちに――」
　美星のDSKノーズに、反応があった。既に『敵襲あり、注意』との旨のメールは受け取っている――だからこそ、県道208号沿いでラグナロク達を追って走っているその『影』に気付けた。
『させるか』
　建物の屋根を駆けて併走する『影』へ、ミシェルはバニシングフレアの炎を叩き付ける。それを『影』は、振り返り様の一閃で切り裂いた。
「チィッ！　ここまで来て！」
「させるかよ！」
　炎の軌跡を残して駆けたポンパドールの蹴り足、それを『影』は受け止めた――171.8ｃｍのポンパドールの背丈ほどある食事用のナイフで。ザ、ザザザザザザザザザザザザッ！　と、影が砂利の上に着地する。ポンパドールも降り立ち、仲間達がやってくるのを待ちながら『影』の姿を確認した。
　――それは、二メートル近い巨漢だ。体重に至っては、二百キロはあるかもしれない。巨大な食事用のナイフを右手に、同じくフォークを左手に、巨漢は吼えた。
「仕方ない、メインディッシュは他の奴に譲るとして、オードブルとしてお前達を食らってやる！」
「え、えっと……六六六人衆……？」
　思わずそう問う彩花に、巨漢は誇らしげに答えた。
「おう！　斬新コーポレーションの正社員！　悪食の東堂とは俺の事よ！」
（「斬新コーポレーション……六六六人衆の獄魔覇獄の勢力か」）
　フィオレンツィアは、意識を目の前の巨漢に集中させる。冗談のような見た目だが、この悪食の東堂という男の実力は本物だ。その食欲とも殺意ともつかない向けられる気配に、そう悟った。
「敵勢力が眼前以外にいない事を確認。サウンドシャッター展開」
「全てを無へ……」
　ロイドが、灼滅者達が、戦闘体勢を整えていく。悪食の東堂も、ナイフとフォークを構え直した。互いが相手をこれから先に行かせる訳にはいかない――思惑の合致した上での、相対だった。
「バトラー参ります」
「叩き潰すぞ」
　ロイドが言い捨て、クロノが地面を蹴る。フィオレンツィアのサウンドシャッターが音を外部へと遮断する戦場で、悪食の東堂は抑え切れない衝動を込めて叫んだ。
「――イタダキマスッ！！」

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　ズォ！　と悪食の殺気が無尽蔵に放出される――その鏖殺領域の中を歩は駆け抜けた。
「女の子を泣かせるような奴に――！！」
　ヒュガガガガガガガガガガガガガガガ！　と無数のオーラによる軌跡を描き、歩の閃光百裂拳が悪食の巨大な腹部に炸裂する。しかし、浅い。急所に至る拳はナイフとフォークに巧みに弾かれていた。
（「図体は大きいが、鈍くないな」）
　目の前の存在が、六六六人衆なのだと歩は改めて悟る。拳の弾幕が切れる瞬間を狙ったフォークの刺突を歩は横へステップしてかわし――。
「ほ？」
「その隙を逃がすと思っているのか？」
　ヒュオン！　とロイドのかすかに蒼く光る暗殺用の鋼糸が悪食の左腕を絡めとった。まさにボンレスハムのようになった左腕が、ロイドの引く力に引っ張られる――そこへ、フィオレンツィアが踏み込んだ。
「吹き飛べ」
　フィオレンツィアの右腕が、異形の怪腕へと変貌する。繰り出されるフィオレンツィアの鬼神変に、悪食の巨体が宙を舞い――クルンと空中で回転、フィオレンツィアの拳の上に降り立った。
「ぐふっふっふっ、なぁるほどぉ。半端者にしては、やりますが――」
　構わずフィオレンツィアが、右腕を振り払う。悪食は地面に突き刺したフォークを足場に着地、ヴォン！　と爪先で引き抜いたフォークを蹴り上げ空中で掴む。
『逆十字を背負い自裁せよ――』
「ぐふふふ！！」
　ミシェルの闇より暗い指輪で描いた逆十字、ギルティクロスを悪食は中心をナイフで貫いて切り払った。着地した悪食に、しかしミシェルの表情は変わらない。
「いま」
「ハティ、スラッシュ！」
　ナイフで振り払ったからこそ、引き戻すのが間に合わない。美星の足元から二体の影の狼が駆け出した。頭に角のあるハティが右足を角で切り裂く！
「う、お？」
「隙有り、だぜ！」
　そして、その両の足を死角へと回り込んだクロノの『Judgment』が切り裂き――。
「よいっしょ！」
　炎の軌跡を一文字に描き、ポンパドールの跳び蹴りが悪食の巨体を吹き飛ばした。
「体勢を立て直すわ！」
　彩花がすかさずシールドを広域に展開、ワイドガードを使った直後だ。悪食は、地面をぼよんと転がりながらフォークを地面に突き立て立ち上がる。
「ぐふっふっふっ、ええ、これは中々に食い応えのある敵のようだ」
「誘うなら、もっと上手に誘ってほしいものね」
　美星の言葉に、悪食は口の端をニイと持ち上げた。地面に転がったところを攻め込んでいれば、手痛い反撃を受けていた――美星だけではない、蹴り飛ばしたポンパドールもそれを悟っている。
「ナイフで受け止めてんな、あの感触」
「さすがというか、腐っても六六六人衆だな、おい」
　クロノがジリ……、と間合いをはかりながら苦笑した。その殺人技巧は、六六六人衆にふさわしい腕前だ。巨漢の姿も、こちらの油断を誘うが――その身から放つ殺気は『本物』だ。
「『斬新なアイデアを尊ぶ』斬新コーポレーション、斬新な殺し方も尊ぶのさ」
　悪食が、キィン！　とナイフとフォークを鳴り響かせる。それは、まさにテーブルの前に並んだ食材を見るように、瞳を輝かせて吼えた。
「斬新な死に方を、とくと味わえ」

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　――剣戟が、高く低く鳴り響く。
「逃がさないで、スコル！」
　美星の声にスコルが駆け抜け、その影の鎖で悪食を絡め取った。構わず悪食は踏み出そうとするが、そこは既にロイドが『支配』した空間だ。
「逃げれるものなら逃げてみな？」
「ああ、食い破る！！」
　ロイドの挑発に、悪食は乗る。ナイフを振り払い、フォークを薙ぐ――ロイドの結界糸に切り裂かれながら強引に抜けた悪食へ、カウンター気味に踏み込んだ歩の雷をまとった拳が打ち抜いた。
「ッ！？」
「温い！！」
　のけぞりながらも、悪食は回転させたフォークを突き出した。それをポンパドールは割り込み庇うと、燃え盛る蹴り足で太い悪食の首を薙ぐ！
「助かった！」
「へーきへーき！　ちょうがんばって守るから早くやっつけちゃって！」
　普段の倍は動く――その覚悟のポンパドールは止まらない。しかし、止まらないのは悪食も同じだ。首を蹴り飛ばされた悪食は再行動、腰溜めにナイフを構えて振り払い、衝撃波で灼滅者達を薙ぎ払う！
「まけないで　みんな」
　それにすかさずミシェルが炎灯す銀剣を振るい、セイクリッドウインドを吹かせた。合わせ、彩花が祭霊光によってポンパドールを回復させる――。
「フォロー、お願い！」
「おう！」
　彩花の指示を受けて、クロノが駆ける。その視線を受けて、フィオレンツィアは眼差しだけでうなずき、動きだした。
「ぐふっふっふっふっ！！」
　ヒュゴ！　と大上段に悪食が振り下ろしたナイフをクロノは『荒神』の柄頭で弾き、軌道を逸らす。そのまま、非実体化させた『Judgment』でふとましい腹部を切り裂いた直後、回り込んだフィオレンツィアの零距離での神薙刃が、悪食の巨体を切り刻む！
『化け物め』
　思わず、ミシェルは母国語で言い捨てた。切り裂かれながらも、悪食は動きを止めない。まるで傷ついた体を喰らう事で癒そうとするように、その食欲混じりの殺意を膨れ上がらせるだけだ。
「こんなの、絶対にラグナロクさんに近づけさせないわ……！」
　彩花が、凛とした決意と共に言い捨てる。この筆舌に尽くし難い感覚を、誰かに味合わせようなどと、この場の誰も思えなかった。
　それでも、悪食の東堂という男は強かった。六六六人衆でも、あるいはいくつかの番号を持っているのかもしれない――しかし、幸運と呼べるべき事もある。ラグナロクを探していた悪食もまた、消耗していた点だ。
　だからこそ、届く――届かせる！　その気迫が、その一瞬の明暗を分けた。
「ぐふふふふふふふふふ！！」
　ゴォ！　と悪食がフォークを振るう。その一閃を前に、ポンパドールは呼吸を整え――白金の西洋剣で、迎え撃った。
　ギ、キン！　と鋭い金属音と火花。グルン！　とポンパドールの斬撃が相殺したフォークを宙へと舞わせていた。
「――お？」
「悪いね、それと同じ武器の使い方を、おれは知ってるんだ！」
　宣言と共に、ポンパドールは燃え盛るれじゅれくしおん！　による斬撃で悪食の腹部を薙いだ。
「な、斬新な、この私の武器が――ネタ、被りだと！？」
「燃え尽きろ！」
　驚愕する悪食へ、ロイドがレーヴァテインで燃やした蒼糸で焼き切る！　膝を揺らした悪食へと、駆け込んだフィオレンツィアは鬼神変の鬼の一撃を叩き込んだ。
「もう一つ、だ！」
　強引に、フィオレンツィアは悪食の巨体を宙へと浮かせる。そこに美星は、ハティとスコルを引き連れて跳んだ。
「ハティ、スコル！」
　ハティの角が、スコルの影の鎖が、同時に悪食を捉え地面へと叩き付ける。ミシ……！　と地面に亀裂が走り、そこへ彩花の振り上げた鋼鉄拳が振り下ろされた。
「がっは！？」
「よろしく！」
　彩花が悪食の胸元をつかみ、強引に立たせる。直後、横へ跳んだ彩花に合わせ歩が迫った。
「――ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお！！」
　左のストレートから始まる、オーラを込めた両の拳による連打連打連。歩の閃光百裂拳と同時、ミシェルが跳んだ。
『抗いの火を灯しましょう――堕ちぬよう』
　ゴォ！　とミシェルのレーヴァテインによる斬撃に、悪食が切り裂かれる。その巨体をよく燃やしながら、それでもなお悪食は地面を蹴った。
「――ってや、……食って……食って食って食って食って食って食って食って食って食って食って食って食って食って食って食って食って食って食って食って食って食って食って食って食ってや――」
「お前はもう、何も食えない」
　クロノが、悪食の横を駆け抜ける。キン、というすんだ音――クロノは、朱色の柄巻と手貫緒のついた小太刀を振り返らずに鞘へと納めた。
　ズン……、と地響きを立てて、悪食の巨体が崩れ落ちたのはその瞬間だ。居合い斬り、その鋭き一閃は悪食の食欲と殺意ごと、その命を断ち切った……。

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「うおー、きつかったー！」
　ゴロン、とポンパドールが大の字にその場に転がった。終わって、彩花も思い出したように全身から汗が吹き出していた。
（「もしも、こんな六六六人衆に一度に襲われてたら……」）
　それは、決して愉快な想像ではなかった。八人がかりでこれなのだ、もう一歩間違っていれば、喉笛を食い千切られて転がっていたのは自分達だろう。
「みんな　しんじるしか　ない」
　これから追いかけても、自分達は何の戦力にもならない――だからこそ、ミシェルのその呟きが、この場にいた全員の代弁だ。
「前哨戦の次は――いよいよ本番ね」
　これでさえ前哨戦に過ぎない――美星のその言葉が、全員に強くのしかかった……。

作者：波多野志郎	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2014年12月12日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 6／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 2
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