●Iris laevigata
――正義なんてクソ食らえだッ!
町並みはとうに見飽きてしまった。獰猛な赤黒い眸を輝かせた獣は赤黒く、血色を思わせる毛並みを揺らし喉を鳴らす。
忠義の剣を咥えた獣の耳に飾られた杜若は枯れ果て、花弁は床へと散らばった。
「それで?」
低く、高圧的な声音は自信を感じさせる。吊り上がった口角からちらりと見えた八重歯に誰かの面影が重なった。
くつくつと咽喉を鳴らす鎧武者の表情は兜に隠されて良く見えない。きしめんと呼ばれた獣の耳に飾られたものと同じ種の花を連想させる兜はこの地――愛知県にもゆかりのある美しい紫色の花弁を持つものだ。
名古屋の街に位置する名古屋城大天守閣に程近い場所。彼が望むのはこの街を己の支配下に置く事だ。弱者は強者に支配されるべきである。傲慢なまでのその意識はかつての『誰か』を知る者ならば何と言うだろうか。
下らねぇと低く吐き出す言葉は正義のヒーローたる鏡合わせの存在への酷く歪な拒絶感。
城へ向かう道を掛けながら楽しげに笑い合う二人の少女の後ろ姿に、微かに重なったのは「お兄ちゃん」と呼ぶ小さな背中。
眸を伏せれば淡く消えた『過去』を忘れたかのように彼は――『暴将』杜若は鏡合わせの己を嘲笑うかのように低く囁いた。
「正義のヒーローなんざ大嫌いだ。何もできねェ癖に無力な癖に粋がるザコが……!
俺様は『てめぇ』とは違うんだ。死ね、死んじまえ。殺してやるぜ、何もかも。『てめぇ』が護ろうとしたこの街も、人も、何もかも」
●nostalgia
「やっと、」
見つけたと吐き出した唇は、震えていた。
不破・真鶴(中学生エクスブレイン・dn0213)は眸を伏せ「ごめんなさい」とか細い声で囁く。
「先ずは、ごめんなさい、とだけ。それから、先に聞いて欲しい事があるの。
マナが見た名古屋城を占拠を目的に配下を探すご当地怪人の事、それから――」
謝罪の理由。エクスブレインの声は普段よりも弱弱しく聞こえる。覇気のない少女の言葉を待つ様に誰しもが口を閉ざした事だろう。
「現在、名古屋城の近くに存在するご当地怪人は六六六人衆『タルト・タタン』との戦いで、姿を消した三園さんで間違いないの。けれど、……発見が遅れて、ごめんなさい。三園さんの中の人間としての記憶はかなり薄れている様に思えるわ。今は、正義のヒーローでも頑張るお兄ちゃんでもなく、ご当地怪人『暴将・杜若』。彼の脳裏には大好きな家族の事だって、ごく僅か……」
喉が震える。長期的に姿を晦ましていた小次郎をまだ少しでも救う可能性がある内に見つけられた事だけが不幸中の幸いだろう。
それでも――言葉を切った真鶴は首を振り「状況を説明するの」と真摯な瞳で告げた。
『暴将・杜若』の使用する武器は彼が慣れ親しんだ物なのだろう。影業にバトルオーラ、弓、そして護符揃え。腰から下げた日本刀は不得手らしく、使用する事はないようだ。勿論、ご当地ヒーローとしてのサイキックも使用できる。
「注意して欲しい事が幾つか。杜若は戦闘の際に傍らに連れた犬との連携を重視するわ。杜若が攻撃と補助、傍らの霊犬――『きしめん』が杜若の守護を行うの」
現場となる名古屋城大天守閣近く。小次郎の故郷を見下ろせる大天守閣を占拠する事を目的としたダークネスは名古屋城の大天守閣の近くで己の配下を探しているのだろう。
「周囲の訪れた一般人を強化されるのも出来る限り避けなくちゃいけないわ。避難の誘導が必要になると思う……」
真鶴の言葉に小さく頷いた海島・汐(高校生殺人鬼・dn0214)が困った様に肩を竦める。
長期の失踪で、性格的な変化が見られる杜若は世界征服を目論むご当地怪人らしく、故郷を占拠したいのだろう。
「多人数で不用意に取り囲む事は不利になると思うわ。挑発が無い場合、冷静な杜若は逃走する可能性が高まるわ。何より、支配を目的にした彼が不利を悟った場合――闘争を目的としていないのだから、姿を消す可能性が高くなってしまう」
それは出来得る限り避けて欲しい、と震える声で吐き出した真鶴の金の眸には微かな不安が混じって居る。
今回助けられなければ、完全に闇堕ちし、もう助ける事は出来なくなるだろうと予想される。説得に失敗する事も戦闘で敗北する事も、勿論その状況に当てはまる。
「彼は、ダークネスだから。迷っていては致命的な隙を作ってしまうわ。だから、逃がしてしまう場合も、説得が出来ずに救出出来ない場合は、」
それ以上の言葉を言えずに真鶴は眸を伏せた。灼滅(ころ)して、と。
その四文字さえも怖くて仕方がないのだとエクスブレインは頭を振って。
「杜若は好戦的。だから、挑発を行えば杜若の逃亡可能性は格段に低下するわ。
一般人の保護も大事だし、それにそれ以上に――長期的に姿を消して居たとしても、彼はマナ達と同じ武蔵坂の生徒だから……」
そのうちに説得と、救出を。
「――愛知県のお花なのね、杜若って。花言葉は、そうね、『幸せはあなたのもの』
どうか、ハッピーエンドを掴み取って。皆のお帰りをマナはここで待っているから」
だから――『灼滅者』、お願いしますと祈る様に両手を組み合わせた。
参加者 | |
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向井・アロア(お天気パンケーキ・d00565) |
不動・祐一(代魂灼者・d00978) |
天衣・恵(無縫者・d01159) |
一・葉(デッドロック・d02409) |
烏丸・織絵(黒曜の棘・d03318) |
成瀬・圭(静寂シンガロン・d04536) |
祟部・彦麻呂(誰が為に鐘は鳴る・d14003) |
靴司田・蕪郎(靴下大好き・d14752) |
●
「かえせよ」
底冷えする様な声音は、普段の天衣・恵(無縫者・d01159)からは想像もつかない。
夕陽に錆び付く歯車が動き出さない事を案じてか、背負った恵の赤朽葉の瞳には憂いが乗せられる。
「何を?」
一声だけで、彼が『三園・小次郎』であって、そうでないことがよく解る。一・葉(デッドロック・d02409)は彼の傍らで牙を剥き出しにし威嚇する獣の姿を見つめ、目を伏せる。
小次郎の傍らに居たきしめんの幸せそうな様子は、今は欠片もない。主を護るべく彼の傍で尻尾を揺らす獣の頭を飾った花弁が冬の緑の中にはらりと落ちて行った。
「何だか見違えちゃった。今のコッジは凄く強そう」
気丈にも笑みを浮かべた向井・アロア(お天気パンケーキ・d00565)はポケットの中に入れたままのスマートフォンへと指を這わせる。彼が行方不明になっていた間、不安を抱いた胸中を抑えるために幾度も見つめたのはライブハウス優勝の写真。
「ホント、怖い位――強そうだね」
仁恵とアロア。二人に挟まれて笑っていた小次郎が、目の前に立っている。遠巻きに視線を向けた仁恵は唇を噛み締め、周囲の一般人へと淡い笑みを浮かべ近寄って行く。彼女と入れ替わるように、あからさまな程の威嚇を見せた迦楼羅へと視線を向けて不動・祐一(代魂灼者・d00978)は焔色の眸を細める。
「コッジ」
呼び慣れたその名前に、祐一は別の誰かを重ねていた。その手を、紅く染め命を断った弟を救えなかった代償行為。別の誰かを重ねながらも共に学園で生活した同僚の姿には『空っぽの躰』が刺激された気がして、彼は眉根を寄せる。
「粋がるザコが集りに集って、くだらねェ正義でも振り翳しにきたってか?」
くつくつと咽喉を鳴らして嗤う鎧武者に祟部・彦麻呂(誰が為に鐘は鳴る・d14003)は黒曜の眸を細めて唇を三日月に変えた。彼を、杜若を視界に収めた時に、彦麻呂の頭に過ぎったのは闇に身を委ねられなかった自分の姿。
「下らない正義かぁ。粋がって何が悪いの?」
ぴくり、と杜若の指先が揺れる。自信を溢れさせた灼滅者(ひとごろし)は生き残る術の他に、何か手立てを探す様に視線を揺らがせる。
「どうしたヒーロー、『らしく』ない。酷い顔だな」
荘厳なる金の眸に満ち溢れた自信は烏丸・織絵(黒曜の棘・d03318)のトレードマークの紅のコートと重なってその存在感をより強く見せる。腰の刃には手を掛けず、黒い殺気を纏った杜若は「あ?」と酷く低く、背筋を震わせる声を発した。
「オレぁあの時の事を今でも覚えてるぜ。お前が助けてくれた事を。ヘシ折れそうな時に掛けてくれた声を」
「只の言葉如きに惑わされるなんてザコの遣る事じゃねーか」
全てを悪し様に取る様に、見下す様に怜悧な瞳を向けた杜若へと成瀬・圭(静寂シンガロン・d04536)は錆び付いて動かぬ指先に力を込める。唄う咽喉が枯れる前に、一曲だけは奏でられると余裕を見せる唇に杜若は「ザコだらけじゃねぇか」とくつくつと咽喉を鳴らす、刹那――両手に集中させたオーラが杜若の頬を掠める。
「ッ――!?」
「貴方は三園さんではありまセェン。何処に遠慮がございましょうか」
全裸にムタンガ、頭と足に靴下を着用した靴司田・蕪郎(靴下大好き・d14752)の歪な姿は冬空の下では異様にも思える。突如として放たれた攻撃に目を見開く杜若に彼は唇を歪めて笑って見せた。
●
むむたん、と呼んだアロアの声音は震えている。笑みを浮かべながらも目尻に刻まれた色は水滴が毀れ、擦った後が見られている。戦意を見せた杜若を取り囲む8人の他に、85人の灼滅者達が存在していた。
海島・汐(高校生殺人鬼・dn0214)の先導に従い、ご当地の武将のコスチュームを纏った琥太郎や梗花、縁は離れた位置のイベントへ誘う様に周辺の観光客に笑顔を見せた。
「天守閣では映画が撮影中ゆえ――」
正流と律希の声掛けに首を傾げる彼らの前で【KILL SESSION】の面々も避難誘導に精を出す。パニックを起こす訪日外国人の手を取って千波耶はこっちへと柔らかく微笑んだ。遠巻きに響く雪のチェロの音色に耳を傾けて鈴莉が唇で弧を描く。
「皆の者、我についてまいれ!」と堂々たる発言に興味深そうについていく観光客の影からちらりとまりもが小次郎を見遣る。煌びやかなその姿に感嘆の息を漏らす外国人を引き連れながら、少女の眸には強い意志が込められた。
(「戻って来ないと、悲しむ人がいっぱいいるから……」)
これが精一杯のお手伝い。一般人の姿が消え始めた事に杜若が反応し、使い込まれた護符揃えを握りしめる。その動作から感じられた焦りは、不利を是としないダークネスの思慮の深さが伺えた。
「おい逃げんのかチビ」
緊迫する現場で、地を蹴る度に加速するその加速度を倍増させながら接敵した葉の言葉がその空気を切り裂いた。杜若目掛けて放たれた弾丸に小さな舌打ちを漏らし展開される五芒星の結界。
刹那――眼前へと飛び込んだ彦麻呂の槍が鋭い勢いで小次郎の頬目掛けて跳び込んでいく。反撃を行うかのように、彼女目掛けて退魔神器を振るったきしめんの威嚇が更に強くなる。
「あれ、逃げちゃうんですか? 結局は口だけ……っていう、何もかも殺すんじゃなかったんです?」
やだ、と小さく笑みを漏らす彦麻呂に便乗する様に小さく笑みを浮かべた恵が盾を手にしたまま小さく笑みを浮かべる。
「どこ見てんだ杜若。あ、もしかして『カキツバタ』さんじゃなくて『トジャク』さんっすか?」
「テメェら莫迦にしてんのか?」
苛立ちを含んだ声に祐一が頷いた。庇い手としての位置を取ったきしめんへと視線を送りながら迦楼羅が背後の蕪郎を庇う様に位置を調整する。手に馴染むシールドの感触を確かめて、祐一は自信を満ち溢れさせたかんばせに笑みを残したまま杜若の顔を覗きこんだ。
「アーララ逃げちゃうの? 『無力な癖に粋がるザコ』の仲間が集って逃げ帰っちゃうのか」
青年の顔に浮かんだ青筋に祐一が笑みを崩さずに笑っている。回復を担った蕪郎は普段の陽気な雰囲気をひた隠し、淡々と告げた。
「きしめんさんを汚し、私達から逃げ、内なる三園さんを恐れ目を逸らす、貴方のような愛の無い臆病者の三下にこそ相応しい言葉です」
「ンだとォ……?」
焔を纏った弓を手に小さな舌打ちを漏らした杜若が彼が得た力を打ち出した。破壊を齎す威力を持ったビームから仲間を庇う様に動いた葉が血を拭う。
「ちょっと見ない間にカッコいい姿になったね。好きだよ、そういうの。個人的にはね」
淡く浮かべた蔵乃祐の笑みに気を良くしたのか杜若の攻撃の手が緩む。隙だと言わんばかりに飛び込む祐一を補佐する蕪郎が傍らのみずむしに「おねがいしマァス」と笑みを浮かべた。
「きしめんさん。貴方の本当の友達は三園さんでしょう。隣の臆病者が本当に愛する三園さんですか?」
怯んだ獣に視線を向けて、憤慨した様子の小次郎へと隙をついて跳びこむアロアが近距離で落とした星に彼女の想いが滲み込む。
「『幸運は必ず来る』――いま、コッジの口癖をわたしが言ってるんだよ。
やん、どうしてそんなにマジメに考えて怒るんだろうね? だから、重たい男って言われるんだよ」
小さく笑みを漏らすアロアの言葉に小次郎が弓を放つ。彼が堕ちた時、目の前の殺人鬼へと放ったその同じ手で。鮮やかなまでの焔を宿す弓を目にし、己の色だと織絵は実感する。頬を掠めたそれにさえ、気を止めず、彼女は声を張り上げた。
「勝負だ、ヒーロー。私の紅と君の焔(あか)、そのどちらが輝くか――!」
●
「私にも教えてよ、帰ってきて、私のヒーローになってよ。幸運(ヒーロー)は来るんでしょ? 小次郎と、もっと……もっと、遊びたいよ、笑ってたいよ――一緒に、居たいよ」
唇を噛み締める。恵にとってはっきりと大事だと言える人が堕ちるのは初めてだった。怖くて仕方がないと、その腕は杜若の攻撃を受けとめる。弾丸で狙いを定め葉が「きしめん」と柔らかく笑みを浮かべた。
「俺達に任せとけ。小次郎、もしもの時は俺はお前を灼滅する。そん時は一緒にあの世まで付き合ったるわ。お前から貰った鍵、今もちゃんと持ってる。お前ときしめんがいなきゃ俺だってここにいなかった」
眠りの縁でやけくそ気味に叫ぶ小次郎を思い返しては彼は小さく笑みを浮かべる。「ちょっとならきしめん抱かせてやる」なんてそんな言葉で眠りから揺さぶり起こされた自分が何だか可笑しくて。
「私は、キミを慕ってるんだ。私はヒーローになれなかった。私は殺人鬼でしかなかった。
だから、日常を護るキミが居なくちゃいけないんだ。私の我儘かもしれない――それでも、キミしか居ないんだ!」
『君の色』と称えた紅色は織絵の肩で大きく揺れる。鮮やかなその色に目を奪われんとする杜若の眼前へ、妖気がちらついた。咽喉の奥で堰き止められた言葉を出さぬ様に呻く杜若を支援する様に毛を逆立てた獣が織絵へと標的を定めれば前線で身体を呈して立ちはだかる圭が吼える。彼は、英雄ではない。だが、英雄然として立ち上がった青年は淡いオーラを纏い怜悧な眼光に光りを湛える。
「オレらの想いと比べるにゃ、軽すぎるッ! お前を助けるための特別のライブだ、聞いてみろよ!
贅沢者、特等席でお前はこのライブサウンドを聞いてんだぜ? お前に届けてやるよ」
振り仰ぐ、圭の背後で少女が二人、杜若を見詰めている。片方は身長120cmにも満たぬ少女。もう一人はリックと呼んだ犬を傍らに連れ、鮮やかな斧を手にした少女。
ギュ、と路美が握りしめた小枝子の手は何時もより冷たい。路美が手にしたコンパクトは兄からのプレゼント。
「待ってたの、兄ちゃん。ろみだけじゃ、うっかり者のさえちゃんを支えきれないわよ。
兄ちゃんがいなかったら、誰がろみのお菓子を買ってくれるの……?」
「……お兄ちゃんを想ってくれてる人は、こんなに居るんだよ」
言葉少なに、小枝子の吐き出す言葉に杜若の動きが止まる。避難誘導の任から離れた灼滅者達が少しずつ彼の周りへと集いだす。学園祭で彼と出会った者、クラブで共に過ごした者、教室で出会った者。
「小次郎さん」「三園」「先輩」「こっじ」と誰もが彼の名を呼んだ。霊犬を愛する彼の姿が微笑ましくて、この場に訪れた者も数多く居た。彼だから、彼でなければ――そんな言葉を彼らは『ヒーロー』へと向ける。
鮮やかな杜若の花を手に隣が「怖い夢から、もう覚めて」と懇願するように声を張る。
「お前らこそ夢から覚めやがれ! 無力な癖に粋がるザコらしく吼えやがってッ!」
加えられた攻撃を、武装を解除した仲間達を庇う様に立ち回る圭が受けとめた。
鏡合わせの存在が、『彼』ではないと嫌と言うほど思わせて。八雲は「殺してみろよ」と独りごちる。
「勝負をしよう。俺達を倒せないなら世界征服なんて無理だろ?」
それは、彼を信頼しているからこその言葉なのだろう。「やってやる」と囁く彼の足を縫い付けたのは一抹の予感。
人の言葉は武器だ。強い言葉は傷を付け、優しい言葉は人を救う。
そして、闇を葬る言葉は武器となる。だからこそ、彼らは『武器』を手に取った。
「居て当たり前って思っちゃってたんだ。そんなの、『当たり前』じゃないのにね。
そう感じるのは莉奈だけじゃないと思う。ウサギを数えたり、学校の中を探索したり……まだまだ遊び足りてないんだよ? 皆、待ってるから」
「ヒーローは一人じゃない。そうだよね? こっじさんは、私の憧れなんだ」
ぎこちなく笑みを浮かべた莉奈に続き夏蓮がゆっくりと声を震わせた。届けたい言葉は沢山あった。エルメンガルトは頬を掻き「ニノマエもつられてヤケ起こしそうだしさ」と普段と変わらぬ笑みを浮かべて見せる。
「家族、待ってるんだから。頼むから……帰ってきてやってよ」
「家族、ダァ?」
琥太郎の言葉に唇を歪めた杜若の反応が鈍り出す。攻撃に攻撃を重ねたダークネスは傷だらけ。多勢に無勢とはこの事か。不利を悟りながらも逃げ出さないのは、挑発以外の何かがあるからだろうか。
「小次郎さんは弱くなんてない。何もできないのは、あなただ、杜若。私たちが、何もさせてあげない」
淡々と言う一途の言葉に弓を引く杜若の間合いへと滑りこみ圭が枯れる咽喉から声を発する。
「人を嫉むテメーじゃなくてにえはコッジが欲しいんですよ。ばかあ! 妹泣かせてんじゃねえですよ!」
無力だと嘆くなら、ソレ全て取り払わんと仁恵が声を発する。力でなくて、声を届けるとハイナはそのかんばせに感情の色を乗せた。
「なってみせろ! 皆のヒーローに! 今がその時だろうっ!!」
誰かが手を伸ばすから、その手を取るのがヒーローの仕事だった。
それをやってきたからこそ、彼の周りには沢山の人が居て、彼はヒーローと呼ばれるのだと彼らは言う。
少年少女、皆特別な力があれど『神様』なんかじゃないと祐一は知って居た。
「わたしは、信じてる」
とん、と小枝子が押した祐一の背中。
彼から溢れた焔に込められた意味を小次郎は知らない。『誰か』の都合で彼が堕ちたとするならば、祐一は祐一の勝手な都合で彼の手を取るだろう。
「だから、そろそろその兜取りなさいよ、ばかー!」
頬に雫が伝う事無い様に――『家族を護るのが俺(ヒーロー)だろ』と優しく笑う彼を求める様に。
「私の知るヒーローの三園さんはそんな怪人に負けたりしないはずです」
蕪郎の告げた言葉に小さく頷いて圭が声を張り上げる。小枝子や路美を支える隼人は「今はコッジに喋りかけてんだ、ダークネスは消えな」と吐き捨てる。
少年少女は知って居た、誰よりも『ヒーロー』足り得た長兄がどれ程愛されていたのか。風は傍らのサラマンダーを撫で旧友へと語りかける様に小さく笑う。
「サラマンダーがな、今度は普通に乗せてやるっつってたぞ。
だからよォ……早く面貸せや。ツーリング、行こうぜ。今度な」
沢山の思い出の中で、まだまだ飽き足りなくて、莉奈は、蔵乃祐は、思い出を作ろうと彼を呼ぶ。
芭子はぎこちなく、三園と反撃を止めた杜若を見据えた。
「君が今思い出せなくても沢山、沢山、君を待ってる人が居る」
「――帰りを待ってるのはここに来た人たちじゃないんだ。だから、」
途切れた言葉を繋ぐように、スカートに皺が出来る程に握りしめた少女が声を張る。
好き、も。
愛してる、も。
そんなありきたりな言葉じゃ足りない位に――傍に居て欲しいと願った大事な『家族』
「一緒に帰ろ?」
ぎゅ、と握りしめた小枝子の指先が、僅かに震える。言葉がなくとも思いは通じる筈だと唇は僅かに震えた。
鼓膜を揺さぶるその声音に背中を押される気がしてアロアは滲んだ涙を拭い、前進する。
何度だって血に臥せっても良い。足に力が入らなくなったっていい。
「帰ってッ、きやがれ!」
誰かが願ったその結末を。ヒーローが叶えてくれるように、と。
誰かが思ったその結末を。仲間達が手を伸ばし、届く様に、と。
圭が吼えると同時、靱やかな動きで杜若の許へと飛び込んだ青年の眸が爛々と輝いた。
「誰かの代わりにさ、俺が手を貸すよ」
振り翳したその拳の意味を、
「ねぇ、コッジは今、誰のためにそんな力で強く居るの?」
刃の意味を――何度その手が血に濡れようと、己の信じる正義を貫く為に。
「あなたになんか、コッジを否定させない」
彦麻呂が振るったその『意味』は彼を貫き、静寂を齎した。
●
「――コッジ」
すとん、と座り込み恵が彼の姿を確認する。唇を噛み締めて、気丈な眸に映りこんだ雫はどうしようもなく伝っていく。
「ばか! あほ! まぬけ! あんぽんたん! でも、でも……ッ」
ぼろぼろと涙を零す恵の背後から狼に姿を変えた匡が走り寄って行く。遠巻きに動向を見守って居た灼滅者達が小次郎の周りへ勢いよく集い出す。
「君と友達になりたいんだ」
差し伸べられた杏理の手に、「小次郎お兄さん」と涙を零す少女の言葉に。
「沢山の味方に支えられヒーローが強大な悪を討ち果たす――そんな物語じゃないか」
柔らかく微笑んだ彼が手にした不死鳥が紫王の手でくるりと輪を描く。
悄然とした青年がぎこちなく浮かべたのは何時もの笑顔。涙を溢れさせたアロアが柔らかく笑えば蕪郎が「ソ・ソ・ソックス」と普段通りの陽気な一面を見せてにじり寄って行く。
「落ち着いたかい? おかえりセンパイ」
「……ああ」
「きしめんと結婚する事にしたから」
は、と息を飲み目を見開く青年に織絵と葉が笑みを堪える。許しませんと憤慨して見せる何時もの様子に仲間達はどれ程安堵しただろうか。
指先を振るわせる小枝子に泣き腫らした眼をした路美が「兄ちゃん」と走り寄る。
「……きしめん?」
寒空の下、座り込んだ傍らに正義の花を耳元に飾った犬がどっしりと座って居る。
愛らしく笑みを浮かべた犬がゆっくりと立ち上がり、茫と空を眺めた青年の口元をぺろりと舐めた。
少年少女、漫画のヒーローみたいになれなくても。
一人、目を腫らして泣く誰かを救えるならば、きっと『ヒーロー』と呼ぶのだろう。
「あなたが、私を優しいと思ってくれるなら、それはあなたが優しいからだ」
冬空を眺めた郁の言葉に目を伏せる。風が攫ったその花の名は――。
作者:菖蒲 |
重傷:一・葉(デッドロック・d02409) 成瀬・圭(キングオブロックンロール・d04536) 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2014年12月10日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 6/感動した 40/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 4
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