獄魔覇獄前哨戦~錯綜する8つの思惑

    作者:J九郎

    ●横須賀のラグナロク
     神奈川県南部、東京湾と相模湾に面する海の町、横須賀市。
     その横須賀市の海底から、大きな、大きすぎる力が、上陸しようとしていた。
     怪しく光る光球の中にあるのは、光の束で縛られた小柄な人影。

     その光球は、海から地上に上がると、ふらふらと空中を漂いながら、横須賀市のほぼ中央へと到達すると、地面にふわりと着地した。
     その中から現れたのは……。

    「あれ? ここは、どこ、どうして、こんな所に? たしか私はパワースポット巡りを……」

     たった、一人のラグナロクであった。
     
    ●獄魔覇獄前哨戦
     8名の獄魔大将に告ぐ。
     獄魔覇獄の戦いの火蓋が切って落とされた。
     横須賀市中央部に放たれた、ラグナロクを奪い合え。
     この前哨戦で、ラグナロクを捕らえ確保したものが、獄魔覇獄の戦いをリードする事になるだろう。

     ラグナロクの確保に全力をつくすのも良いだろう。
     獄魔覇獄の戦いの為に戦力を温存するのも良いだろう。
     敵戦力を見極める事に重点を置く戦いも悪くは無い。

     獄魔大将として、軍を率い、そして、自らの目的を果たすがいい。
     
    ●獄魔覇獄に集うは7つの勢力
    「嗚呼、サイキックアブソーバーの声が聞こえる……。横須賀に突如現れたラグナロクを巡って、獄魔覇獄の前哨戦が始まると」
     集まった灼滅者達に、神堂・妖(目隠れエクスブレイン・dn0137)は陰気な表情でそう告げた。
    「……今回の目的は、あくまでもラグナロクの保護。彼女は体内に膨大なサイキックエナジーを溜め込んでるけど、自分自身で戦う力は全くないみたい」
     そのラグナロクを巡る前哨戦には、武蔵坂以外に7つの勢力が参加している。
     1つ目は、ブエル勢力。
    「……ブエル配下のブエル兵達は、住宅街を虱潰しに探しまわってるみたい。さらに、新たなブエル兵を生み出そうとしていて、ラグナロクの捜索と戦力増強を同時に行おうとしてる」
     2つ目は、シン・ライリー勢力。
    「……獄魔大将シン・ライリー自ら、少数精鋭の部隊と共に密かに横須賀入りをしてるみたい。目的はあくまで、自分達以外の獄魔大将の力を見極める事みたいで、表立って活動はしてない。……シン・ライリーが灼滅されれば、獄魔大将シン・ライリーの勢力は敗北になると思うけど、簡単にできることじゃないと思う」
     3つめは、クロキバ勢力。
    「……クロキバは犬猫眷属を派遣して、ラグナロクの捜索を行ってる。けど、主力のイフリートは殆ど派遣してないから、ラグナロクを発見しても、確保する戦力はなさそう。今回は、様子見なのかも」
     4つめは、六六六人衆勢力。
    「……最近他の六六六人衆をスカウトしてる人事部長と呼ばれる六六六人衆が指揮を取って、新入社員の六六六人衆と派遣社員の強化一般人を動員して、ラグナロク捜索を行ってる。彼らは武蔵坂を警戒してて、灼滅者を優先的に狙ってくるみたいだから気をつけて」
     5つめは、四大シャドウの一体、デスギガス勢力。
    「……シャドウ達は横須賀市民のソウルボードを移動しながら、状況を伺っているみたい。情報収集を優先しているようだけど、ラグナロクが発見された場合は、強奪できるようなら、襲撃をかけてくるかもしれない」
     6つめは、カンナビス勢力。
    「……カンナビスは、病院の灼滅者の死体から生み出した実験体アンデッドを多数繰り出して、ラグナロクの確保を行おうとしてるみたい。あと、病院の灼滅者のアンデッド達の外見を、灼滅者であるように偽装してるから、自分達の勢力の情報を他の獄魔大将に隠そうとする意図もあるのかもしれない」
     最後の7つめは、スサノオの姫、ナミダ。
    「……ナミダ姫はラグナロクの探索はせずに、多数の『古の畏れ』を横須賀市内に出現させ、無差別に敵を襲わせようとしてる。敵の戦力を測るのが目的だと思うけど、他に何か目的があるのかもしれない」
     各勢力の説明を終えた妖は、一つ深く息を吐くと、改めて灼滅者達に顔を向けた。
    「……みんなは、ラグナロクを探す事を優先しても良いし、ラグナロクを奪われないように、こちらから他の勢力に襲撃をかけてもいいと思う」
     でも、と妖は言葉を続ける。
    「……獄魔覇獄の戦いがどうなるかも重要だけど、今はなにより、多くのダークネス組織に狙われているラグナロクを救出するために、皆の力を貸して」
     そして、灼滅者達に深く頭を下げたのだった。


    参加者
    檜・梔子(ガーデニア・d01790)
    志賀野・友衛(高校生人狼・d03990)
    刀狩・刃兵衛(剣客少女・d04445)
    ホテルス・アムレティア(斬神騎士・d20988)
    空月・陽太(魔弾の悪魔の弟子・d25198)
    小堀・和茶(ハミングバード・d27017)
    夢幻・天魔(千の設定を持つ男・d27392)
    風隼・樹里(ティミッドウルフ・d28501)

    ■リプレイ

    ●探索開始
     横須賀市の南側は、東京湾と相模湾という二つの海に挟まれた、比較的狭い地域だ。その東京湾側――つまり南東方面で、夢幻・天魔(千の設定を持つ男・d27392)達はラグナロクを探し歩いていた。
    「フッ……。この俺の未来視の瞳をもってすれば、ラグナロクを見つけることなど造作もない」
     閉じていた目をカッと見開き、天魔は一方を指さした。
    「分かる、分かるぞ……。運命の導きはこちらをさしている!」
     実際にはESP『ぶらり再発見』を使用しただけなのだが、余計なツッコミは野暮というものだろう。
    「そちらの方角には、小さな神社があるようですね。パワースポット巡りが趣味のラグナロクなら、確かにそちらに潜んでいる可能性もありそうです」
     ホテルス・アムレティア(斬神騎士・d20988)はESP『スーパーGPS』を使って、現在位置と天魔の指さした方向を地図上で確認する。
    「じゃあ、まっすぐその神社へ行ってみようよ!」
     檜・梔子(ガーデニア・d01790)がESP『隠された森の小路』を使うと、丘の斜面に広がる雑木林が道を開き、たちまち神社への最短距離でのルートができあがっていった。
    「ねえ、わたしは道なりに近所の人に聞き込みをしながら行こうと思うんだ。誰かラグナロクを目撃してる人もいるかもしれないし」
     小堀・和茶(ハミングバード・d27017)が、さっそく雑木林に足を踏み入れた梔子達に声をかける。
    「複数のダークネス勢力が動いている以上、単独行動は危険だな。私も和茶と一緒に聞き込みに回ろう」
     刀狩・刃兵衛(剣客少女・d04445)の申し出に、和茶が心強そうに顔をほころばせた。
    「僕は上空から辺りの様子を調べてみるよ。この辺は高い建物はないけど、結構土地に起伏があるから、うまく隠れながら行けると思う」
     そういう空月・陽太(魔弾の悪魔の弟子・d25198)は、既に『空飛ぶ箒』にまたがっていて。
    「なら、一旦別れて神社で合流しよう。私はもう少し北側にあるお寺に寄ってから神社に向かう」
     志賀野・友衛(高校生人狼・d03990)はそう宣言すると、クラブの後輩である風隼・樹里(ティミッドウルフ・d28501)に声を掛けた。
    「風隼も私と一緒に行こう」
    「は……、はい」
     樹里がおどおどとした小声で返事をし、友衛の後を駆けだしていく。彼らの探索行は、こうして幕を開けた。

    ●それぞれの探索
    「鳥居の形のヘアピンを付けた女の子? 見てないわねえ」
     買い物帰りらしいおばちゃんから聞き込みをしていた和茶と刃兵衛だったが、結果は芳しくなかった。
    「なあに? はぐれちゃったの?」
    「うん。一緒に来たんだけど見失っちゃって……」
     なるべく小学生らしく、自然な感じで和茶がそう答え、
    「ご協力感謝する」
     一方の刃兵衛は高校生らしくない堅苦しい言葉で礼を述べる。
    (「これだけ聞き込みをしても全く目撃情報がないということは、よほどうまく隠れているのか、或いは南側にはいないのか……」)
     そんなことを考えながらも、二人は聞き込みを続けるべく、先を急いだ。

     寺に向かった友衛と樹里は、一通り寺の境内を探して回ったが、ラグナロクらしい少女が隠れている痕跡は見つけられなかった。
    「ここにはいないみたいだな。……風隼、疲れていないか?」
     友衛が声を掛けると、樹里はぷるぷると首を左右に振り、
    「……人を、景品に、するような、やり方……私は、嫌い……ですから」
     小声だけれど、はっきりと自分の思いを口にした。それから、周囲に視線を巡らせて、
    「……犬や、猫が、一杯います、ね……」
    「ああ、それは私も気になっていた」
     境内には、野良猫や野良犬があちこちで見受けられたのだ。土地柄、犬や猫が多い地域なのかもしれないが……。
    「……もしかして、クロキバさんの、ところの……、犬猫眷属……?」
    「そうかもしれないな。少し、様子を見るか」
     犬猫眷属なら最悪の場合でも蹴散らして突破口を開くことはできるだろうし、クロキバの指示で動いているのなら、灼滅者と敵対する可能性は低い気がするが、ならばなんの目的でここにいるのか。確認できるならしておきたい。
     二人はさりげない様子で犬や猫達の様子の観察を始めたのだった。

    「この神社にはいなかったね」
     集合場所の神社に真っ先に辿り着いた梔子は、残念そうに地図に×印を付けた。
    「オカルト好きみたいだし、廃病院とか廃墟みたいな負のパワースポットにいるのかもしれないね」
    「光と闇は惹かれ合う。ダークサイドの力に闇を断つ希望(ラグナロク)が惹き付けられるのも、また宿業か」
     天魔も地図を覗き込み、顎に手を当てて考え込む。
     その傍らでは、ホテルスが南西側の探索担当チームにいる、顔見知りであるカンナに携帯で連絡を取っていた。
    『見つかったかえ? こっちはまだじゃ』
    「こちらもまだ見つかっていません。お互い、十分注意して探索を続けましょう」
    『うむ、また、連絡頼むのじゃ』
     カンナからの通信が切れる。どうやら南西側のチームも、まだラグナロクを発見できていないようだ。
    「とにかく、他の人達を待ちましょう。何か情報を得ているかもしれません」
     ホテルスの言葉に、梔子と天魔は頷き返した。

    「おかしいな」
     空飛ぶ箒にまたがり、広い視野で周囲を見回していた陽太は、奇妙なことに気付いた。
     この南東方面のあちこちに、灼滅者らしい人影が散見されるのだ。この地域を探索しているのは自分達だけだから、探索チームの灼滅者とは考えられない。かといって、戦闘チームの灼滅者が分散して動き回っているというのも不自然だ。
    「ということはもしかして、カンナビス配下のアンデッドかな」
     エクスブレインの話では、アンデッドは灼滅者であるように偽装しているという。
    「これは、みんなと合流して対策を考えた方がよさそうだ」
     陽太は万一にも発見される危険性を避けるために箒から飛び降りると、ESP『犬変身』でたちまち犬の姿に変じ、集合場所の神社に急いだのだった。

    ●アンデッドと犬猫眷属
    「こんにちは~」
     和茶が、街を歩いている武蔵坂の制服姿の少年に声を掛けた。少年はゆっくりと振り向き、いぶかしげに和茶がかざすスレイヤーカードを見つめている。
    (「反応がない。やっぱりこの人、アンデッドだね!」)
     今回の作戦に参加する各チームとは、スレイヤーカードを使ってお互いを確認することにしている。つまり、スレイヤーカードに反応しないということは、武蔵坂の灼滅者ではなく、カンナビスの用意した偽者ということだ。
    「アンデッドなら、容赦する必要はないね」
     次の瞬間、電柱の影に潜み様子を伺っていた陽太の構える『McMillan CMS5』が火を吹いた。無数の弾丸がアンデッドに殺到し、その動きを封じる。
    「アンデッドだから、良く燃えるよね」
     動きを止めたアンデッドに和茶が至近距離から炎を纏った蹴りを放ち、
    「この俺と戦うことになった不運を恨め。今こそ我が力の封印を解き放つ!」
     そして駆け寄ってきた天魔が、アンデッドの体を持ち上げ、派手に投げ飛ばした。
    「受けよ、崩壊の極撃(グランドブレイカー)!!」
     投げ飛ばされたアンデッドは、地面に激突し、そのまま動かなくなる。
    「どうやらこの辺りは、カンナビス勢力が動き回っているらしいな」
     刃兵衛が、今の戦いの物音で他のアンデッドが寄ってこないか周囲を注意深く見回した。
    「戦闘チームにこのことを伝えて、アンデッドの相手は任せよう。私達はラグナロクの探索に専念すべきだ」
     友衛が素早く、状況を他の班に連絡していく。
    「この辺りには犬猫眷属も来ているのですよね。アンデッドもですが、そちらの動向にも気を配るべきでしょう」
     ホテルスも油断なく周囲に視線を巡らせたのだった。

     アンデッドが動き回っている以上、分散するのは危険と判断し、灼滅者達は8人でまとまって探索を続けることにした。途中、アンデッドらしい相手に遭遇した場合は気付かれる前に身を隠し、戦闘チームに連絡を入れる。そんなことを繰り返す内に、彼らは奇妙な光景を目撃した。
     それは、アンデッドらしい三人組に、犬猫眷属の群れが尻尾を振りながら駆け寄っていく姿だった。
    (「まさか、カンナビスとクロキバが手を結んだとか!?」)
     その様子を見て、梔子が息を飲む。だがその後起こったことは、彼女の予想を超えていた。アンデッド達はうっとおしそうに、駆け寄ってきた犬猫眷属達を蹴り飛ばしたのである。
    (「あ……」)
     樹里には、犬猫眷属達が、
    『ぼくたちは、なかまじゃなかったのかワン!?』『ほんとーにうらぎったんですかニャン!?』
     と言っているように思えた。
    「あれ……、もしかして、アンデッドを……、灼滅者と勘違い、してるんじゃ……」
     樹里の推論に、友衛が頷く。
    「眷属化しても所詮動物だからな。クロキバから私達の外見しか聞かされていないのなら、その可能性は充分にある」
    「クロキバは武蔵坂に共闘を提案してきていましたからね。今回も、犬猫眷属に武蔵坂の灼滅者を見かけたら協力するよう、指示を出していたのかもしれませんね」
     ホテルスの推理に、樹里は思わず飛び出して、叫んでいた。
    「そっちの……人達は、偽者、です……。逃げて、下さい!」
     樹里の叫びに、わけの分からないままアンデッド達に蹴散らされそうになっていた犬猫眷属達が、一斉に逃げ出していく。
    「私達も退くぞ。無駄な戦闘は極力避けたい」
     刃兵衛の言葉に従い、灼滅者達も後退を始める。灼滅者の存在に気付いたアンデッド達が当然追いかけてくるが、そこへ梔子のライドキャリバー『ライちゃん』が飛び込み、アンデッド達を攪乱させる。
     さらに陽太の援護射撃がアンデッド達を足止めし、灼滅者達はその隙に、撤退に成功したのだった。 

    ●混戦の果て
    「なんだか、騒がしくなってきちゃったね」
     なるべくカンナビス配下のアンデッドを避けながら探索を続けていた和茶が呟く。彼女の言うとおり、周囲は次第に戦いの喧噪に包まれつつあった。アンデッドと戦うべく戦闘班の灼滅者達が南地区に集結し始め、さらに犬猫眷属も加わって、各地で戦闘が勃発し始めたのだ。中には灼滅者と犬猫眷属が協力してアンデッドと戦っている光景も見られる。
    (「……戦いは、怖いけれど……ラグナロクさんは、きっと、もっと怖い、から。……必ず、助けない、と……!」)
     そんな戦いの物音におびえつつも、樹里は状況も分からず逃げ回っているであろうラグナロクを気遣う。
    「この地は我輩にとってもう一人の親とも言える師、それに我輩にとって兄とも言える存在の來鯉達の父の故郷。そんな場所でこのような暴虐など、許すわけにはいきませんね」
     ホテルスは、横須賀の街が戦場と化してしまったことに、忸怩たる思いを抱いているようだ。
    「先程立ち寄った神社で作戦の成功を祈願してきたのだが、神頼みだけではうまくいかないものだな」
     刃兵衛の表情には、未だにラグナロクが発見できないことへの焦りが見られた。
    「だめだ、ラグナロクっぽい子はこの辺りにも見あたらないね。犬猫眷属や偽灼滅者はあちこちにいるけど」
     空飛ぶ箒で上空から捜索を続けていた陽太の報告に、友衛が考え込む。
    「……ちょっと考えてみたんだが。仮にラグナロクがこの辺りに潜んでいたとして、これだけ騒がしい状況になっても、いつまでもこの辺りに留まっているだろうか?」
     梔子も、そういえば、と口を開く。
    「そもそも、ラグナロクが安全な場所を占って隠れたんだったら、この辺には来ないんじゃないかな?」
    「我が全能の計算領域が告げている。これらの情報から導き出される結論はただ一つ。ラグナロクは、始めから南地区にはいなかったのだ!」
     薄々皆が考えていた結論を、天魔がさも重大な発見であるかのように口にしたその時。皆の携帯に、一斉にメールが着信した。
     それは、東地区の探索チームからの、ラグナロク発見を知らせるメールだった。
    「よかった……、無事、見つかったんだ……」
     樹里が胸をなで下ろし、陽太は空飛ぶ箒で宙に舞い上がった。
    「ここから東地区は遠いし、間に合わないかもしれないけど、護衛は一人でも多い方がいいよね」
     陽太の言葉に灼滅者達は一斉に頷き、東地区へ向けて、移動を開始したのだった。

    作者:J九郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年12月12日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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