下着泥棒ではない!!

    作者:麻人

    「きゃー! 下着ドロボー!!」
     閑静な住宅街が喧騒に満たされる。軒先で恰幅のよいおばさんが顔に手を当てて叫んでいた。
    「誰かそいつを捕まえて! あたしのパンツー!!」
    「やれやれ、下着泥棒とは失敬な」
     黒づくめの着物姿の男は、巨大な風呂敷包みを背負って逃げながら反論を試みる。彼はダークネスの一、ご当地怪人だ。これもれっきとした世界征服への一歩なのである。
     待っておれ、と彼は清々しい笑顔で言った。
    「美しい江戸紫に染めて、そなたの元に返して進ぜようぞ……!!」

    「大変です! 下着どろ……じゃない、ご当地怪人が現れました。場所は千代田区周辺です」
     多和々・日和(ソレイユ・d05559)は教室に駆け込み、集まってくれていた灼滅者たちに説明を始めた。

     なんでも、神田紺屋怪人と名乗る青年は爽やかな笑顔で住宅街を走り抜けて軒先に干してある洗濯物を片っ端から盗んでいくのだという。
    「その目的はですね、神田紺屋に由来する本能と言いますか何といいますか、その昔にこの町は染物で有名だったんです。だから、盗んだ洗濯物を……」

     染めるのだ、江戸紫に。
     怪人は廃業した染物屋を勝手に使って鼻歌を歌いながら洗濯物を染めていく。平屋の古民家のような風体の建物は隙間風がひどいのだが、彼は気にする様子もない。
    「よい色じゃ……」
     怪人はうっとりと紺紫に染まった女性用下着に魅入っていた。しゃがみ込んで染料を溶かした湯の中に再びそれを突っ込む彼の背中には、盗まれた洗濯物がこんもりと山になっている――……。

    「放っておけばおくほど洗濯物は染められてしまいますし、できるだけ早めに倒すのがよいかと。染められたところで問題があるかというとあれなのですが、その、はい、やはり下着を盗まれるのは困りますよね!」
     拳を握って、日和はぐっと熱弁した。
     いずれにしてもご当地怪人の最終的な目的は大首領の旗印に世界を征服することであるから、野放しにはしておけない。
    「どうか力を貸してください!」
     日和は潔く頭を下げて、退治のための助力を願った。


    参加者
    灯屋・フォルケ(Hound unnötige・d02085)
    長姫・麗羽(高校生シャドウハンター・d02536)
    多和々・日和(ソレイユ・d05559)
    大條・修太郎(一切合切は・d06271)
    桜井・夕月(もふもふ信者の暴走黒獣・d13800)
    篁・アリス(梅園の国のアリス・d14432)
    東・喜一(走れヒーロー・d25055)
    シェスティン・オーストレーム(小さなアスクレピオス・d28645)

    ■リプレイ

    ●罪状は
    「下着泥棒、じゃないとしても、……無罪では、ないですよね」
     シェスティン・オーストレーム(小さなアスクレピオス・d28645)が誰に言うともなしに呟いた言葉こそ、今回の事件を端的に言い表したものであったろう。

    ●推定有罪
     その小屋は街中にひっそりと立っていた。
     ごめんくださ~い、と灯屋・フォルケ(Hound unnötige・d02085)は戸を叩く。
    「江戸紫の普及に尽力されてる職人さんがいると伺って来たんですが。見学してもいいでしょうか?」
     がらり、と戸が開いた。
     ご当地怪人の青年は上半身こそ普通だが、下駄の代わりに桶を履いていたりやっぱりどこか普通じゃない。
    「誰じゃ、今忙しいところで……」
    「見学させてもらいたいんです」
    「見学だと?」
    「はい」
     フォルケの笑みは軍人らしく、生真面目で礼儀正しかった。
    「私達、大学で着物文化の勉強をしているんです」
    「ほう、それは感心」
     怪人は彼らを眺め渡した。
     一見しては、普通の学生らに見える。
    「しかし、子どもも混じっているようだが……」
     はい、と篁・アリス(梅園の国のアリス・d14432)は可愛らしく言った。
    「染め物ー、京都とかやってる場所に行くと体験みたいなのさせて貰えるのよね。しぼりぞめ? みたいなのやったことあるのよ。これを染めてみたいのよ!」
     そして、どうもと頭――怪人の出現場所と周辺の地理はインプット済みだ――を下げた長姫・麗羽(高校生シャドウハンター・d02536)と一緒に、手に持っていた白い布を怪人に見せた。
    「京都……だと……?」
     怪人の顔が嫉妬に引きつる。
    (「あ、やっぱりライバルなんだあ……」)
     みんなの後ろからついていきつつ、大條・修太郎(一切合切は・d06271)は他人事のように思った。やっぱりこれは使えるな、と核心する。
    「うわ」
     案内された小屋の中に隠す気もない洗濯物の山を見つけた修太郎は、思わず小声でもらした。
    「なんというかこれじゃほんとに泥棒……ていうか何で下着、しかも女性ものばかりなんだよ。そりゃタオルとかTシャツも混ざってるけどさあ」
     耳打ちされた東・喜一(走れヒーロー・d25055)は神妙な顔で腕を組んだ。
    「大篠さんの突っ込みには同意です。せっかくの下着を全部同じ色に染めてしまうなんて、無粋にもほどがあります!」
    「えっ」
    「紫そのものは良いです! 素晴らしいものです! 渋みがあります。ですが、それ以外の色だって素晴らしい。赤、青、黄、黒、縞。下着はみんな違ってみんな素晴らしいのです。その可能性を潰すなんて許せませんよね?」
    「え、ああ、そうね……」
     拳を握りしめ、全力いっぱい力説する喜一の権幕に修太郎、やや後ずさる。
     一方、多和々・日和(ソレイユ・d05559)はクリスマスに貰ったコートを脱ぎながら室内に入り、「わぁ!」と歓声を上げた。
     そちらには、既に染め上がった代物がロープに渡されて干してある。
    「本当に綺麗な紫ですね~、丁寧な仕事がこの色を作るんですね」
     フォルケは感動したように言って、仕事場を見渡した。吊り下げられた幾枚もの――下着を中心とした洗濯物たち。これが普通の布や糸だったらな、とフォルケは心の中だけで思った。そして同時に周囲監視も忘れない。
    「ほう。こんな風に美しい色になるのですねぇ」
     喜一が言えば、日和も力強く頷いた。
    「綺麗な江戸紫です!」
    「だろう? なかなか分かっておるな」
     褒められた怪人、得意げである。
     実際、その手際や出色は素晴らしく、日和の言っていることも満更嘘ではない。近くに寄ってそれを確かめた桜井・夕月(もふもふ信者の暴走黒獣・d13800)は興味ありげに言った。
    「凄い技術ですね!」
    「長年の鍛錬と研究のなせる業だな」
     頷く怪人の足元を、日和の霊犬・知和々と夕月の霊犬・ティンが駆けまわっている。いつの間にか殺界形成とサウンドシャッターによって隔絶された小屋の中は、いまのところ非常に友好的な雰囲気だ。
    (「Tシャツとかパーカー持ってくればよかったかなあ」)
     ちゃっかり得しようとか考えていたりいなかったりする夕月と日和は一緒になって怪人を持ち上げる。
    「どうか師匠と呼ばせてください!」
    「うむ」
    「では、師匠が染めやすいようこちらの洗濯物、仕分けしておきますねっ」
    「よきにはからえ」
    「大きさで揃えてばよいですか!」
    「さよう。大きなものは染めるのに時間がかかるからな。で、そなたたちは何を持ってきたのだ?」
     と、ようやく怪人は怪人的な本題に入った。この後で倒されるとは微塵も思っていない様子である。
    「怪人さん怪人さん、これも染められるかしら?」
     純粋無垢な瞳で真っ白な風呂敷を広げるアリス。
    「無論」
    「うれしいのよー!」
     アリスはにっこり笑って、ふろしきを頭の上で広げた。
     麗羽も同じような布を見せて、姉の嫁入り道具にしたいのだと告げる。
    「洒落たものにしたいんですけど……」
    「なら、こうやって縫い糸で模様を仕込むといい」
    「教えてくれますか?」
    「任せておけ」
     麗羽と一緒に床の上に座り込み、いそいそと針と糸を出して来る怪人。その背後では、フォルケや日和、修太郎、夕月がてきぱきと洗濯物を片付けている。
    「染めやすいようシワ伸ばして重ねておきますよ~」
    「任せたぞ」
     フォルケが声をかけても怪人はすっかり信じ込んでいる。
     ハンカチとタオルを抱えたシェスティンは小首を傾げ、尋ねた。
    「染め方、いろいろあるんですか」
    「無論。模様の入れ方だけでなく染める回数でも色名が違ったりと奥が深いのだ」
    「そう、なんですか。勉強に、なります」
     丁寧に相槌を打つシェスティン。
     そうやって油断させたところへ――突然、背後から日和のレッドストライクが襲いかかった。
    「な、なにいっ!?」
     まさしく奇襲。
     日和は真面目に『怪人交通止め』と書かれた交通標識を構え、宣戦布告。
    「裏切るようで心が痛みますが、師匠! 窃盗はいけません!」
    「窃盗ではない! ちゃんと返すと言っているではないか!」
    「あ、本当に返す気はあったんだ」
     修太郎は眼鏡の位置を直し、でも、と影業を展開。
    「僕は京紫の方が好みなので」
     これには怪人もむっかーと来たらしく、日本刀を抜きはらう。どこに持ってたんだろう、と夕月は突っ込みたくなりつつ、ティンに庇われながらその腕を鬼の巨腕と変える。
     怪人の抜きはらった刃から発生した月光の如き衝撃波が室内を駆け巡った――!!
    「変身!!」
     衝撃の中、グローブを握りしめて起動するアリス。
    「神田紺屋怪人!きさまの好きにはさせないぞー!」
    「はい!! 下着の可能性を潰すなんて許せません! 退治させて頂きます!!」
     同じく力を解放した喜一は斜め上の理論を振りかざし、クルセイドスラッシュにてご当地怪人へと迫る。
    「なんと……!! その心がけやあっぱれ!」
     ご当地怪人はそんな事を言って日本刀を振り回す。クルセイドソードと日本刀による鍔迫り合いが開戦の幕を切って落とした。

    ●男の戦い
     それほど広くない小屋の中で、倒れた桶の中から流れ出した液体が床を染める。戦いは白熱している。怪人の眼前には影喰らいのトラウマによって現れた天気予報のお姉さんがにこやかに笑っていて、「本日は突然のゲリラ豪雨にとなるでしょう」と告げた。
    「うぬ!!
     フォルケの与えたトラウマによって己の大事なものが汚される幻視を見た怪人は呻き声をあげる。
    「おのれ、人の弱点をついてくるとは卑怯なやつ……!
    「いやいや、服にはそれぞれの想いがあって色もデザインも決まってるんだよ。それを変えちゃうのはいただけないよ」
     と、冷静な突っ込みを心の中でする麗羽。
     幾つか飛ばしたシールドリングは頭上で光の輪となって展開。仲間たちの傷を癒している。シェスティンの無事を確かめる時も声には出さず、ちら、と視線だけで彼女の無事を確かめる。
    「あなたのお節介もここまでですっ!」
     怪人の振るう日本刀を交通標識で強引にこじ開け、飛びこんだ日和は拳を握りしめる。速さはそれほどでもないが、一撃の重さなら誰にも負けない自信がある。
    「お覚悟!」
    「ぐはっ!!」
     腹を穿たれた怪人は傷口を抑え、後退。
     しかし、そこには夕月が回り込んでいた。鋭い刃と化した影が弧を描くように怪人の肩口を切り裂いていく。
    「掠っただけですか」
     もう少し、と夕月は照準を合わせ直す。
    「なんの!」
     返す怪人の月光衝はアリスの前に滑り込んだ喜一のバトルオーラによって弾かれた。
    「さて、どの攻撃がいいですか!」
     拳だろうと盾だろうと炎だろうと、己の力は全て使い切り敵を討ち倒す――!
    「紫そのものは良いです! ですが、それ意外を認めないという排他的な考えはよろしくない。そして、人のものを窃盗するのもいかんです!」
     日和と連携して百裂の拳が倍増して怪人に襲いかかる。
    「だから、泥棒ではないと言っているだろうが!」
    「頑固、です……」
     麗羽のエンジェリックボイスと共鳴してシェスティンのヒーリングライトも輝きを増していた。少し涙目なのはお気に入りの白衣を紫色にされてしまったからだ。
    「あのビームどっから出てんだよ……」
     ぼそり、と修太郎。
     シェスティンの夜霧隠れによって威力を増した霊糸を繰り、怪人の腕を拘束――!
    「江戸紫を汚す行為は止めるんだな。突っ込もうかどうしようか迷ってたんだけど、言わせてもらう。お前の趣味だろそれ」
     顎で示すのは美しく染まった女性用下着。
     怪人はきっぱり言った。
    「濡れ衣だ」
    「じゃあなんで男物下着はないんだよ」
    「……」
    「こら、答えろ」
    「黙れれい!」
     逆切れした怪人が日本刀を抜きはらった瞬間、ビームが全てを紫色に染めてゆく! 次、次、と見境なく放たれる中、アリスとフォルケはかいくぐるようにして距離を詰めた。
    「これも仕事ですので」
     フォルケのジグザグスラッシュが胸元にヒット。
     反撃を繰り出す刃は日和のエアシューズによって弾かれ、そのまま灼熱の太陽と化したグラインドファイアが激しく燃え盛った。
    「くっ!」
    「きゃんっ!」
     後退できなかったのは知和々が斬魔刀を加えて足元で駆け回っていたからだ。その場で刀を振り回すが、麗羽のシールドリングがすかさず飛翔――治癒。その頭上ではシェスティンのヒーリングライトが優しげな光を注いでいる。
    「三千の梅の力を借りて! 今必殺の! 水戸六名木! 月影キィィィィィィィックッ!!」
    「ぐはっ!!」
     着地したアリスは勢いが消えないうちにもう一度飛び上がり、勢いを付けた突きを繰り出した。
    「ボルトッ! クラァァッシュ!!」
     鈍い音とともにロッドの先端が怪人の体にめりこむ。
     あれは痛そうだ、と紫まみれにされた夕月は他人事のように思った。
    「くっ……」
     ふらついた怪人が倒れ込む先には、喜一とシェスティン。
    「さよなら、です」
     闇の契約を紡ぎながらシェスティンは柔らかく言った。闇印を纏い強化された喜一の激しい拳が叩き込まれ、遂に怪人は倒れる。
    「無念……!!」
     最期には紫色の炎と煙をまき散らして、爆散する。
    「成敗!!」
     勝利のポーズを決めて、アリスが鬨の声をあげた。
     
    「うっ、斑に……こういう迷彩もありでしょうか?」
     首を傾げ、フォルケは上着の裾をつまんで言った。
    「ここはESP様頼みます」
     両手を合わせ、修太郎はクリーニングで自分と仲間たちの汚れを綺麗に落とす。夕月はほっと胸を撫で下ろすが、洗濯物はそのままであることに気づいた。
    「こっちは駄目なんですね」
    「これだけのことが出来るんだから、もっと良いこともできたはずなのにね」
     アリスが残念そうに言えば、日和が頷く。
    「こんなに綺麗な色なのに……」
     ご当地ヒーローであったなら――と、思わずにはいられない。目立たない場所で麗羽がこくりと頷いた。ちゃんと承諾を取らなかった彼が悪いのは確かである。
    『洗濯物をお返しします。一部染めました』
     ふろしきに洗濯物を詰めた彼らは、それを目につく道端に置いておいた。そのうち気づいた人達が騒ぎはじめ、ささやかな事件として幕を閉じる。
    「わー、きれいなむらさき!」
     はしゃぐ子供の声が街角に響いていた――……。

    作者:麻人 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年12月31日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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