●暴走
「……にいちゃん、どうしたの……?」
体中の血液が沸騰しそうだ。
自分の周りに集まる沢山の気配。不安に泣き出す声も聞こえる。小さな手が、気遣わしげに触れる感触。
温かくて、優しくて、大切な俺の場所。
「先生、にいちゃんが苦しそう……!」
「……まぁ、どうしたの!? 蹲って、体調でも悪いの!?」
駆け寄ってくる気配は、自分に名をつけ育ててくれた温かい人のものだ。
背中に触れて優しくさする、俺の母さんの。
「病院へ行きましょう! 救急車、呼ぶわ。みんな、お兄ちゃんの上着、取ってこれるかしら?」
……みんな家族なんだ。大切なんだ。だから。
「せん、せ……みんな、逃げて………!!」
出てくるな、と、湧き上がる衝動を必死に抑え付ける。――でもきっともう、保たないから。
どうか、逃げてくれ。俺がみんなを傷つけてしまう前に――。
●少年の願い
「力を貸して欲しい。闇堕ちだ」
ぱたぱたと忙しなく教室へ足を踏み入れた荻島・宝(タイドライン・dn0175)は、机上にばっと地図を広げた。
追って姿を現した唯月・姫凜(中学生エクスブレイン・dn0070)は地図上に視線を走らせ、指で1点を指し示す。
集まった灼滅者達の視線が一斉にそちらを向けば――そこには『孤児院』と書かれていた。
「此処に居る高校生の男の子が、ヴァンパイアに闇堕ちしようとしているの。恐らくは誰かの闇堕ちに巻き込まれたんだと思うわ」
近親者を伴い闇堕ちする特性を持つダークネス・ヴァンパイア。
つまり、孤児院に少年を共堕ちさせたヴァンパイアが居るのか――その問いに、姫凜は首を振った。
「孤児院にヴァンパイアはいないみたい。そして、この男の子はまだ赤ちゃんの頃に孤児院に引き取られているから、血縁者の所在や生存が全くわからないの。だから経緯や理由は知りようがないわ」
「そして、……救けられないなら灼滅するしかない」
苦々しげに、しかしはっきりと宝は告げた。少年に灼滅者としての素質が無ければ、救出は出来ないのだ。
「名前は菅井・陽向(すがい・ひなた)くん。孤児院の中庭で、ダークネスの侵食に必死に抗ってるわ。あなた達が介入できるのは、彼が自我を失う直前くらいね」
急いで向かって直前だという。その時中庭には孤児院の子供達と先生が1人、陽向を心配して集まっている。
血の繋がりこそ無いが、陽向の大切な家族達だ。
「直前とは言ったけど、菅井くんの抵抗のお陰で、ダークネスとして動き出すまでに1分くらいの猶予があるわ。その間に先ず、あなた達は彼の家族を中庭から退避させて欲しいの」
少なくとも陽向の視界から逃れることさえ出来れば、家族達の安全は確保できる。
中庭には孤児院屋内へ入れる扉があるため、ESPでも強引に押し込むでも、そこへ誘導してしまえば良いだけだ。
だが、そこに1つ問題が生じる。
「そうか……扉って内鍵だよね? じゃあ、誘導後に中庭に戻らない様に家族の足止めが必要になるわけか」
「そう。それを宝くんにお願いしたいの。そしてあなた達は、速やかに菅井くんとの戦闘に当たって欲しい」
役割は明確だ。宝も頷いている、この様子なら誘導後の家族のことは考えなくても大丈夫だろう。
「最初の1分を堪えたら、菅井くんは意識を失うわ。でも戦闘中でも声はきっと……いえ、必ず届く筈」
灼滅者でいうダンピールのサイキックと、基本戦闘術で戦う陽向。
決して侮れる戦闘力ではない。しかしもしも言葉が陽向の心に届けば、彼の心をより強く呼び起こし、ダークネスの力を削ぐことが出来るかもしれない。
――無論、倒すことで彼を救えるのかも今はまだ解らないけれど。
「確かに、解らないけどさ……姫凜ちゃんの話を聞いたら、俺、絶対救けられるって思ったんだ」
何処か寂しそうに微笑んで、宝はそう呟いた。理由に乏しいその言葉に、灼滅者達は首を傾げるけれど――それを補足したのは姫凜だった。
「菅井くんは当然ダークネスなんて知らないし、自分に何が起こっているかは解っていない筈なの。……だけど、闇堕ちが進む中でね、彼は家族達に『逃げて』ってそう言ったのよ」
それは、今自分と一緒に居たら危険だと理解してこその言葉。
そして、大切なものを守るために未知の何かと戦う覚悟と心の強さを、彼は持っているのだ。
「その抵抗と強い思いを、私は信じたい。そして、あなた達ならそんな彼を支えて、救け出すことができる。……私はそう信じてるわ」
「――行こう!」
灼滅者たちならきっと――宝の声で戦地へと駆け出した背を見送りながら、姫凜は少年の明日を願い、微笑んだ。
参加者 | |
---|---|
琴葉・いろは(とかなくて・d11000) |
久成・杏子(いっぱいがんばるっ・d17363) |
渦紋・ザジ(高校生殺人鬼・d22310) |
アレス・クロンヘイム(刹那・d24666) |
神桜木・理(空白に穿つ黒点・d25050) |
董白・すずり(花糖菓・d25461) |
ルーナ・カランテ(ペルディテンポ・d26061) |
オンディーナ・サーハロヴァ(薔骸・d27360) |
●絆
「逃げて……!」
叫ぶ声が、思いが、自分への心配の情に掻き消されていく――それが解って渦中の少年・陽向はぎゅっと強く瞳を閉じた。
「大丈夫よ陽向君、直ぐ病院に――」
『違う、全然大丈夫じゃない』と、言葉はもう声にならなかった。だから首を横に振って意思伝達を試みても、背に触れる優しい手はそのままだ。
その温かさが悔しくて、溢れた涙が突如吹いた風に舞う。
「……っ、もう、無理――」
しかし直後、その手は陽向の背中を離れた。
「耐えて偉かったな! でもあともう少し頑張ってくれ」
聞き慣れない声に顔を上げる。するとそこには見知らぬ少年少女達が、倒れた兄弟たちを抱き留め立っていた。
「俺たちは陽向さんを助けに来た。家族を奪う事も、大切な場所を壊す事もさせてたまるか!」
真横で、声の主――渦紋・ザジ(高校生殺人鬼・d22310)が陽向へニッと笑顔を向けた。腕の中には、今ほどまで自分を優しく励ましていた女性――陽向にとっての母親が、心配そうな表情のまま静かに瞳を閉じている。
何が起きたのか呆然とする陽向に、琴葉・いろは(とかなくて・d11000)は優しく笑んで言葉を紡いだ。
「大丈夫です、陽向さん。ご家族は眠っているだけ」
吹く風は、いろはのESP『魂鎮めの風』だ。陽向の心を守るには、まず家族を守らなければ――救いの風と共に現れた灼滅者達は、赤く染まりゆく陽向の瞳にどう映っただろうか。
「安心して。あなたの家族はボク達が安全な場所に避難させるから」
輝乃が陽向へと静かに、しかしはっきりとそう告げた。女性を引き継ぎ肩に担いだ明莉と脇差も、頷いて陽向へ笑みを送る。
そのまま踵を返して向かうは、中庭に面した孤児院屋内への扉。
「荻島先輩、入口お願いします!」
1番小さな女の子を抱え駆け出す心桜の声に、荻島・宝(タイドライン・dn0175)が急ぎドアノブを引く。両開きの扉は1人で支えるには難しかったが、すかさず和奏が反対側のドアノブを請け負った。
「子供5人と先生1人で6人だね! 皆急いで!」
「ここはおれ達に任せ、久成は彼の救出を!」
男の子を1人抱え扉へと駆け込む直前、理利が振り返り声を張った。連携の取れた【糸括】の友人達の働きと声に背を押され――久成・杏子(いっぱいがんばるっ・d17363)は力強くそれに応える。
「任せてなの! あたしはね、ご家族を傷つけたくないっていう、陽向さんのお心を守りたいなの!」
響く声は戦場の中――杏子のESP『サウンドシャッター』に遮られ、もう外には届かない。
「はじめまして、菅井・陽向君」
宝やそれを支える13人もの仲間達によって家族の退避が進む中――董白・すずり(花糖菓・d25461)は前へと進み出て、陽向へにこりと微笑んだ。
瞳の紅梅は春めいた優しさを宿して、真直ぐに陽向の瞳を見つめる。一方で、訪れた時より虚ろに揺れる彼の瞳は同じ赤でも酷く悲しい色をしていて、名残の様に残る涙はもう何のために落ちるのか、表情からは伝わらない。
闇堕ち――ダークネス・ヴァンパイアの『感染』が齎した運命の過酷さに、アレス・クロンヘイム(刹那・d24666)はその手を強く握り締める。
(「家族の事を大切に思う気持ちは、理解できる」)
失った日が、脳裏を過る――身を以って知る悲しみから、切なさから、この少年を救うことが出来るのならば。変わらぬ表情に代わり、アレスの決意は背中から、炎の翼となって噴き上がる。
「俺にできる限りの事はしよう。菅井さんが家族を傷つけてしまわないように……そして彼自身も助けられるように」
「衝動に負けるな! お前がいなくなったら悲しむ奴らが沢山いるだろう!」
スレイヤーカードを解放し、顕現した槍を手に神桜木・理(空白に穿つ黒点・d25050)が檄を飛ばす。
漆黒に身を固めた理の眼光は鋭く、その言葉は確かな熱を持っている。対して未だ動かぬ陽向は、そろそろ――予知通りならば意識をダークネスに奪われる頃合だ。
理がちらりと後ろを見遣れば、5人目の大柄な男の子が、透歌のライドキャリバー・ウェッジに担がれ屋内へ入って行く姿が見えた。
「大切な人を守りたいって気持ち、よくわかったよ!」
宝に代わって扉を押さえる雄哉が、戦えない分の精一杯の声援を陽向へ送る。
「あきらめないで!」
それを最後に扉は閉ざされ――中庭には10人の灼滅者と3体のサーヴァント、そして陽向が残された。
「あとはササッとダークネスぶっ飛ばして、ハッピーエンド迎えるだけですね!」
一瞬の沈黙を破る様にルーナ・カランテ(ペルディテンポ・d26061)が明るく声を上げた。くるりと手元のナイフを持ち直すと、前に並ぶ仲間達をふわりと夜霧が包み込む。
そんな霧の流れを見つめ、オンディーナ・サーハロヴァ(薔骸・d27360)は青い双眸に銀の睫毛を静かに落とした。
これから紡ぐ物語のハッピーエンドには、陽向の笑顔が必要なのだと知っている。
倒さなければならない――そして、その先に陽向の笑顔が在るかどうかは、やってみなければ解らない。
「……私達のお相手をしてくださいませ、陽向さん」
祈る様に呟き、地を蹴るオンディーナの足元で――エアシューズが、願った少年の未来の様に、きらりと優しく輝いた。
●戦下の祈り
孤児院、屋内――施設内にあった毛布を眠る家族達へと掛ける司は、僅か悲しそうに微笑んだ。
「……助かって、仲間が増えるのは嬉しいような、でもやっぱり……苦しいような」
「菅井さんは今、自分の中の強い想いと戦っています」
ライドキャリバーのウェッジを脇へと止め、透歌は扉の傍に立っている。司に応える様に呟いた言葉は万一家族が目を覚ましたらと用意していたものだったが、今それが必要と思える人――宝へと送られていた。
そうだね、と微笑みながらも、扉に背を預け座り、頑なにそこから動こうとしない宝。
「無事を祈ってあげていて下さい。それが、彼の力になります」
「荻島さん。……戻ってきはります、きっと。大丈夫ですよ」
思うところは語らずに宝の隣へ腰掛け、朱彦は告げる。陽桜もこくりと1つ頷くと、扉の向こう――外で戦う陽向を思った。
「守りたいって気持ち、ちゃんと届いたから。大丈夫だよ、……大切なもの、傷つけさせなんてしないよ」
だからどうか、闇に負けないで――その思いは、場の誰もが同じだった。
「あなたのお母さんと兄弟は無事よ。安心して」
待つ仲間達の思いを受け取ったかの様に――戦場と化した中庭で、すずりは優しく陽向の赤い瞳へと語り掛ける。
「菅井君は良く頑張ったわ。痛くても辛くても堪えて、大切な家族に手を上げなかった。とっても立派よ」
腕に魔力を集中させれば、細い白腕は瞬時に異形巨大化する。初めての依頼だったが、攻める手に躊躇いは無く――鬼神変は、陽向の右側面から陽向の体を激しく打った。
「かはっ……!」
「でもね、同じように家族も菅井君が大切なの」
届く様に――きっとまだ、闇の中陽向の意識は近くに在る筈だから。抗う少年の手を引く様、言葉を継いだのは杏子だ。
「陽向さんは、闇堕ちなんて知らないからびっくりしたよね?」
自分の身に何が起こっているのか――何も知らぬまま闇に呑まれようとしている陽向へと、思いと共に放つのは氷塊の雨。
「落ち着いてね、自分の力を『はあく』すれば大丈夫なの! あたしたちもみんな、そうしてきたからわかるのよ?」
そう、此処に居る灼滅者達の誰もが、闇に友を、家族を、大切な存在を、或いは自分自身を奪われる思いを知っている。
思い出せば、ルーナの胸をちくりと痛みが掠めるけれど――でもそれを超えて今自分は此処に立つから。
(「……だから、闇なんて撥ね退けて、貴方の場所に帰ってきて」)
主の思いに応えてか、霊犬・モップが六文銭を放出する。タン! と軽やかに跳躍して回避した陽向を打つべく、ルーナはコンパスの様にすらりと美しく開脚した。
「ぐっ……!」
スターゲイザー。流星の煌きを帯びて閃く蹴りは、真上から陽向の肩へと叩く様に落ちる。
次手にと駆けたオンディーナ。しかしその蹴りを腰を落として回避した陽向は、そのまま赤黒いオーラを纏う右手をオンディーナへと伸ばした。
「――イグニス!」
アレスが呼ぶが早いか、そこに割り入ったのはライドキャリバー・イグニスだ。重厚な黒のボディが紅蓮の斬撃に傷付くけれど、即時イグニスは向きを変え、体に格納された機関銃を陽向へ向けて解き放った。
豪快な連射音に、地面からは土煙が上がって――一瞬陽向の視界を奪う。
「……君の護りたい人達を思い浮かべて欲しい。そうすれば頑張って抗えるはずだ」
背後に突如現れたアレスに、陽向が気付いた時にはもう手遅れ。利き手に纏った炎は瞬く間に燃え移り、陽向の体を包み込んで行く。
「あぁあああ……!」
猛る炎に、陽向の声が苦痛に歪んだ。そこに胸の痛みを覚えながらも――いろははすっと前へ手を掲げる。
(「闇に囚われた彼に、まだ手が届くなら――」)
いろはの霊犬・若紫が、イグニスの傷を癒すのが見える。あんな風に、身体の傷はいつか癒えるけれど――一度深く闇に囚われてしまえば、独力で人へ戻ることが難しいことは灼滅者ならば誰もが知っている現実だ。
手を伸ばし、掴む。そのために、今は戦うことが必要なのだ。
「会ったこともない人の『感染』の衝動に負けてしまわないで……!」
願い、信じて繰り出す風の刃が、陽向の闇へ向けて真直ぐに駆け抜けた。
「あれだけ強い意志があるのですから、助けるのも簡単簡単ですね! とっても可憐な私の呼びかけもありますし完璧万全楽勝です!」
攻防の中、ルーナの言葉が強気に、そして信じる思いを乗せて戦場を渡り、仲間を鼓舞する。
戦況は、未だ解らず――しかし血色の瞳の奥、仄かな光が灯り始めていたことに、この時の灼滅者達はまだ気付いていなかった。
●君を守りたい
「陽向、聞こえとるか? 負けたらあかんで!」
叫びながら、外から屋内への扉を守る悟の手は今、想希へと繋がれていた。
(「想希も、巻き込まれた側やもんな」)
感じる想希の握り返す力は震える程強く――悟は今一度、包み込む様にぎゅっと手を握り直した。
熱を増した手の温もりに、想希も悟と視線を交わし、頷く。
(「血の繋がりよりも大切な絆。陽向さんはそれを分かってる」)
だから帰って来れる――信じるから、想希は精一杯の声で叫ぶのだ。
「抗って、陽向さん! 名の通り……陽に向かって手を伸ばして!」
「そう! 『陽向』さんは『お陽様に向う』人だから、闇になんて絶対に負けないなのよ!」
後方からの力強い声に、杏子は改めて槍を握り直した。
伸びてきた十字を描く赤い手を、柄を回して弾き飛ばす。一瞬身を引いたことで生じた陽向の前の空間へと、オンディーナはふわりと音も無く舞い降りた。
「苦しいですね――苦しいでしょうね、陽向さん」
見つめる陽向の瞳に、映るは見慣れたプラチナブロンド。頬にかかるそれを軽く払うと、オンディーナはそっと手の甲を己が口元へ運ぶ。
「それは、あなたが人を思い、思われている証。そして、守るために戦っている何よりの証です。どうか、負けないで。……取り戻してください、全てを」
瞳伏せ、そっと口付け落とした指輪が魔力をはらんで輝いた。至近距離で放たれた制約の弾丸は、陽向の鳩尾の辺りで弾け、衝撃が全身の自由を奪う。
満身創痍の陽向から溢れる鮮血に――ザジは僅かに表情を歪めた。
(「血って奴はなぁ……どこまで離れようと呪縛の様にまとわりついて来る」)
生まれ出でた瞬間から、決して逃れようの無い絆。選びようの無いそれは、捉え様によっては呪縛とも言える、永遠の鎖だ。
「だが、陽向さんへ纏わりつく呪縛は自身で破るしかねえ。……過去に、自分に、負けんなッ!」
ザン! 足音鋭く、ザジは一気に戦場を駆けた。同時に下がったオンディーナの居た空間へ飛び込んだのは、理。
「今まで辛い思いをしてまで守りたかった大切な奴らがいるんだろう! ならここで諦めるな!!」
握る魔器『無限散魂』が、魔力を宿して黒く閃いた。全力を注ぎ込んだ渾身のフォースブレイクが陽向の左大腿を的確に捉えて爆ぜると、衝撃に身体を反らし、陽向は苦しみの声を上げる。
そこへ――ザジは両手に宿した輝くオーラを、思いを込めて解き放った。
「護りたいもんがあるなら、足掻けッ!!」
左肩、右脇腹、胸、頬――次々と決まるザジの疾風の拳が陽向の体を打ち続ける。つぶさにそれを見て攻撃のタイミングを計っていたすずりは、その瞬間に一滴、少年の頬から輝く何かが飛び散ったのを見逃さなかった。
「……え?」
慌てて発した静止の声に、全員が一度攻撃の手を止める。ふらふらとよろめく陽向の足元には、次から次へと熱い雫が零れ落ちた。
その意味を悟って――すずりは叫んだ。
「陽向君! あなたの家族は、苦しむあなたを心から心配していたのよ! ステキな家族を悲しませたらいけないわ!」
きっと今、陽向は傍に居る――俯き、表情の覗えない陽向が訪れた時と同様に戦っている気がしたから、ルーナもまた、手を伸ばす言葉を継いだ。
「ずいぶんと、心配されてましたよ? 大切に想って、想われて……そんな素敵な家族に心配掛けてごめんなさいするためにも、……消えたりなんてしちゃダメなんですから!」
「あなたの居場所はココなんだから! そうでしょう、陽向君!」
すずりとルーナ、異なる2人の言葉が、まるで1人の思いの様に繋がる。それは全ての灼滅者達がそうで――熱くなる胸に手を添えて、いろはは優しく微笑んだ。
「人は、生まれただけでは人ではないのですよ。あなたが今、菅井・陽向という人であれるのは……大切な家族あってのことでしょう?」
言葉が心へ届いたか、傷だらけの身体を震わせ少年が顔を上げた。覗えたその表情に全てを察したアレスは、手馴れた武器を前へと掲げ、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「失敗するわけにいかない、気を引き締めないとな……」
見つめる先に、赤い瞳に涙を浮かべ微笑む陽向が立っていた。虚ろではない、確かに自分を見据える瞳に――駆け出すアレスの手の炎は、戦いの終局へ向け更に熱く燃え盛る。
「菅井さん。今、助ける」
●名は語る
「大丈夫です! それだけ抗えたのですもの、大丈夫!」
勢いを増した戦線に、ルーナの声は尚明るく響き渡る。
「あとはただ、ご家族の方々の事想ってて下さいな!」
「大丈夫、私たちが力を貸すわ。全力で抗って頂戴」
赤い瞳は未だダークネスと陽向が戦っていると教えてくれるが、もう陽向は攻撃しない――不思議とそう信じられたから、すずりは癒しをサーヴァント達に任せ、高純度の魔力の矢で陽向の内なる戦いを援護する。
「そんな闇の力に負けるな……絶対にだ!」
理の『無限散魂』、その先端の黒い刀身が鈍く光る。豪快に振り下ろした一撃は、陽向の腹部を激しく打った。
魔力が体内で爆ぜる激痛に、陽向は瞳を閉じて顔を歪めるけれど――やがてまた微笑んでみせる陽向に、胸の詰まる思いの杏子はぎゅっとロッドを握り締めた。
(「痛いとか苦しいとか、少しでも減らせたら……!」)
思い至って、放つ杏子の攻撃は、歌声。
ディーヴァズメロディ。杏子が紡ぐ神を讃える旋律は、荘厳というよりは可愛らしかったけれど――優しき思いが滲む歌声に、陽向の瞳が遠くを見つめ、身体がぐらりと後ろへ大きく傾いだ。
戦いが、終わる――ザジは咄嗟に武器をスレイヤーカードに戻すと、陽向目掛けて駆け出した。
終わってはいないのだ。だから陽向の背後で炎纏う腕を掲げるアレスを決して止めずに、ザジは何も持たぬ大きな手を、ただ前へと差し出した。
救出出来る。灼滅者ですら辛いサイキックの攻撃を受けて、それでも笑んで見せた陽向ならきっと――戦いの終わりを見守るオンディーナの表情は微笑んで、繋いだ命の明日を思う。
(「本当に大切なものが見えている、強い人。……彼ならきっと、共に戦って行けます」)
若紫を撫でながら、いろはも穏やかに目元を緩めた。
今、絆を守る戦いを乗り越え――新たな灼滅者が誕生する。
「……血よりも深い家族の絆を、心に強く持ってください」
呟くいろはの瞳の先で――アレスの炎に包まれ意識手放した陽向の体を、ザジが掴み、受け留めた。
「そっか、ダークネス……」
目覚めた陽向は、家族が眠る内にと傷の手当を受けながら――ダークネスに纏わる説明をすんなりと受け入れた。
「みんなの声、心強かった。俺を、……家族を救けてくれてありがとう」
掛けてくれた言葉に、思いに。その素直な言葉に笑んだすずりは、甘い物を差し出しながら、思っていたことを口にした。
「ところで、陽向ってステキな名前よね。お日様の下を生きるのにぴったりじゃない?」
「うん、思う! すごくあったかそうな名前!」
杏子も笑顔で頷いた。次々と賛同し頷く灼滅者達に、陽向は嬉しそうに瞳を細める。
陽光色の温かな瞳。その輝きに平時鋭い青の瞳を僅かに緩めた理は、直後目にした少年の表情に、その名の由来を理解する。
「ありがとう。……母さんがくれた、自慢の名前なんだ!」
灼滅者が守った笑顔は、名を示すかの様に眩しく――未だ見ぬ明日を照らす様に、燦然と輝いた。
作者:萩 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2014年12月21日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 2/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 2
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