獄魔覇獄前哨戦～その力は誰が手に～

■リプレイ

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　悲鳴が上がった。
　目前にいた男性が絶叫を上げながら人ならぬモノへと変貌していくのを、女性もまた声を張り上げて凝視するしかなかった。
　不可思議な生物がいた。どこかで見たような動物の姿をごちゃ混ぜにしたような、しかし全く見たこともない生物。その下で暴れる男は次第に緩慢になっていき、手足の先がその生物と同じようになろうとしている。
　たまたまこの場に居合わせた女には分からない――その生物が「ブエル兵」という存在だということも、男性がどうして変貌しようとしているのかも。
　そして、次に自分がどうなるのかも。
　ブエル兵が苦しむ男をそのままに、女性へと近づいた。
「武装解放・守護騎士！」
「おかゆ、そこだ！」
　二陣の風が、女の両傍らを奔った。
　近付こうとしていたブエル兵に、白い毛並みの犬が二頭、咥えた刀を振るって駆け抜ける。交差する刃の軌跡に切り裂かれ、ブエル兵がたじろいだ瞬間、高速で現れた青年と女の子の蹴りが放たれた。
　蹴脚の纏う白と赤の炎が、華のように咲き誇る。
　吹き飛んだブエル兵が瞬時に燃やしつくされるのを見届け、青年と女の子――明日・八雲（十六番茶・d08290）と大夏・彩（白焔の守護者・d25988）は女性へと振り向いた。
「大丈夫だった、おねえさ――」
「ひぃやあああ！？」
「あ、殺界形成してたんだった」
　八雲の放つ『殺気』に怯えて逃げ出そうとする女性が次の瞬間、緩やかな風に包まれ目を閉じる。
「っと、危ねぇ危ねぇ」
　魂鎮めの風で倒れた女性を支え、黒耀の角を生やした型破・命（金剛不壊の華・d28675）が一息吐く。そのまま厳しい視線を戦場だった場所へ向けた。左角の鈴が鳴る。
「問題はあっちだな」
　ブエル兵にされそうになっていた男性は、もはや微動だにしていない。
　眷族化を待っているだろう彼を、しかし大地を揺らす震動が吹き飛ばした。グランドシェイカー。地面に突き立てたバベルブレイカーを引き抜き、晦・真雪（断罪の氷雪狼・d27614）は眼鏡をただす。
「どうやら運良く、荒療治となったようですね」
「マジか」
　佐見島・允（フライター・d22179）が言いつつ、安堵した。先のブエル兵を倒したことも幸いしたのか、壁に叩きつけられた男の、変貌しようとしていた手足が元に戻っていく。
「この場は何とか収まったか」
　天地・玲仁（哀歌奏でし・d13424）が武器を下ろした。男が新たなブエル兵となればすかさず攻撃するつもりだったのだ。警戒態勢のまま周囲を探るが、近辺に敵の気配は感じられない。
「う、うぅ……」
「大丈夫ですか？」
　同じく戦闘態勢だった干潟・明海（有明エイリアン・d23846）が身体を元に戻しながら、男に話しかける。男はおぼろげな目で明海を見ると、そのまま白目を剥いた。
「え？　え？　もしかして私、どこかワラスボだったりしました！？」
「いや、大丈夫だろ。単に気絶しただけだな」
　怪力無双で男性を抱え上げ、水無瀬・涼太（狂奔・d31160）が言った。
「とりあえず、この二人を一度離れた場所まで連れて行こうか？」
「そうですね。探索班の目撃情報ではやはり、住宅地周辺が主な出現場所のようです」
「ここから離れた場所なら、少しは安全だろーな」
　真雪と允が頷いた。
　気絶した男女を抱え、灼滅者たちはその場を後にする。

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　神奈川県南部、横須賀市。その中央部。
　ラグナロクの捜索と同時に手勢を増やすブエル勢力を挫くべく、灼滅者たちは住宅地の多く見られる市中央から、やや東寄りの部分を重点的に活動していた。予想通りブエル兵たちはこの近辺に出没し、灼滅者たちは索敵と殲滅、そして救助を慌ただしく行っている。
「ブエルの奴、マジ許せねえ」
　住宅街を仲間と共に走りながら、允が歯噛みする。ブエル兵になった女性と戦ったのは、記憶に新しい。ただ熱帯魚が好きなだけの人だった。滅する結末しかなかったことは、今でも允の中でくすぶっている。
「眷族にされた人らの分、ぜってー返してやんねーと気が済まねーな」
「ああ。それに業大老め、人を物のように扱うとは」
　狙われた少女を思い、玲仁もまた憤りを見せる。ラグナロクを前哨戦の賞品に使う――剛毅といえば剛毅だ。
　しかし好敵手を望むかの大老、新たな師範代を得るためにはラグナロクすら惜しくないというのか。
「いずれにせよ、ダークネスの思い通りにはさせません」
　真雪は黒手袋をはめた手を握りしめ、油断なく周囲に視線を走らせる。遮蔽物の多い建築物が数多く立ち並ぶため、いついかなる襲撃があるか分かったものではない。市街戦特有の待ち伏せや出会い頭の戦闘もありうる。
　狩るか狩られるかの戦場に、真雪は学園に来る前の同胞狩りの感覚を思いだしながら、意識を研ぎ澄ます。
「ラグナロクさんを保護すれば、ブエル兵も撤退するはず。無事に見つかればいいのですが」
　明海がそう言った時、破壊音が聞こえた。進行方向、住宅の壁が破壊されブエル兵が出てくる。一体ではなかった。窓を突き破り、玄関の門を破壊して、都合三体のブエル兵が灼滅者の前に現れる。
「チッ……めんどくせぇコトになってんなァ、オイ！」
　涼太が吐き捨てる。彼の闘気に呼応するように、ライドキャリバーもエンジン音を響かせた。
「悲しい思いをさせないために、命を少しでも守りたい」
　担当班全てが奮戦しようと、勢力一つを完全に押さえ込むことはできない。だが被害を少なくすることはできる。初となる大規模な戦場に緊張しながらも、彩は自らの内に燃える炎を意識した。彩の身体を白霧のオーラが、焔と化して覆う。
「無差別に人を手駒にするなんざァ、まったくもって粋じゃねえな」
　飄々とそう評した命が、表情と声音を変える。
「気に喰わねぇ」
　地面を下駄が打つ、高い音が響いた。着流しをはためかせ跳んだ命の下方を、ブエル兵の放ったレーザーの光が薙いでいく。命は朱塗りの盃を構え、肉迫した敵へと身体を旋回する。
　ブエル兵を切り裂く、断罪の転輪。
「この場で戻せねぇっていうなら、いっそ派手に戦わせてもらうぜ！」
　カカ、と笑い、敵手を蹴り飛ばす命。追撃を放とうとした彼をしかし、横合いからの激流と氷雪が襲う！
「眷族レベルでも、やっぱり三体同時は厳しいみたいだね」
　手の甲から広範囲の障壁を生み出し、八雲がその間に立ち塞がる。障壁はブエル兵二体の放った水の奔流や極低温の衝撃波を減衰させ、効果範囲内にいた仲間を守る。
「二体を牽制して、作戦通り各個撃破にもっていこう」
「応！」
　それぞれの声が、唱和した。

●
　今回のような大規模な戦場において、ブエル兵との戦闘で普段ネックとなる、時間制限といった枷はあまり存在しない。
　代わりに、どのような知識を力にしたか不明であるため、個体ごとにその攻撃方法を見極め、動かねばならなかった。
「水に氷にレーザー……こいつら力の相性がヤベェ」
　撃ち出される水の弾丸を、允の重力を宿した蹴りが迎撃する。周囲にまき散らされた大量の水は、允の服や地面を濡らし――
　そして凍りついた。
「！？」
　周囲一帯を凍てつかせる力をもったブエル兵により、自由を奪われた允。そこへ最後の一体が光線を放とうとした。
「ちょ、ちょっと待った。話せば分かる。あと五秒待った！」
　コワモテな允だがその実、信心深く超常現象にはナイーブ。手は状況を打開すべく巨大杭打ち機を操るが、いかんせん時間が足りない。
　そして戦場では待ったなし。
「ああくそ神様仏様今すぐ助けて下さいいつもグッズ買ってんだからその御威光を今こそ見せるべきいや知らしめるべき絶好の機会なので早くお願いとっとと今すぐ切実に――」
　允の口が奇妙な高速詠唱を紡ぐが、タリスマンを握りしめ祈る彼に救いの手は現れない。視界で迸ったレーザー光の眩い光に、允はやけくそで叫んだ。
「ええい出でよ竹輪大明神！」
　発射寸前のブエル兵が、爆発する。
「――頭部直撃。残存体力二割以下まで低下。次弾お願いします」
　制約の弾丸を撃った真雪の言葉に、隣に立つ明海がワラスボの頭部を揺らした。
　ワラスボの口が開き、この世とも思えぬ奇怪な唸り声を――
「いくだべ」
　もとい、ご当地愛に溢れた方言が厳かに紡がれる。
　指輪から放たれた魔法弾は正確にブエル兵の頭部を穿ち、その身を消滅させた。
「今、神がいた」
　氷が砕け、允が自由を取り戻した。バベルブレイカーからの照準が、氷使いのブエル兵に五芒星を灯す。
「ちょい充電中だったが、その一点……」
　ブエル兵が口上を気にせず攻撃をする――寸前には、地を蹴った允が杭を押し当てていた。
「穿つぜ」
　銀の杭が旋回し、ブエル兵の体内で荒れ狂う。
　衝撃でよろめいた敵手に、ここぞとキャリバーが突撃した。搭乗する涼太が跳躍。撥ね飛ばしたブエル兵の上から、かかと落としの要領でスターゲイザーを見舞う。
「こっからだ」
　地面に叩きつけられ、バウンドしたそのブエル兵に、さらに垂直の拳打がねじ込まれた。
「――フッ！」
　抗雷撃。
　鋭い呼気に合わせ地面が爆ぜ割れる。
　紫電を纏う拳は、力を余すことなく敵へと伝えた。陥没した地面の中で、ブエル兵は消滅の時を迎える。
　最後の一体が、逃走を始めた。
「逃がしません！」
　その後退速度より早く、彩が間合いに踏み込む。
　左腕の縛霊手が展開。打撃と共に紡がれた霊力の縛鎖は、狙い違わずブエル兵に絡み付く。狂ったように水流が放射された。
「響華さん！」
　高圧水流は細くとも、凄まじい威力を秘めていた。殲術道具やサイキックで凌ぎきれない水の槍に、身体の幾カ所を貫通されながら、玲仁がビハインドの響華とともに肉薄する。
　斬――！
　先行していた響華の繊手がひるがえり、ブエルの攻撃を止める。
「すまない。こんな形でしか、解き放ってやれない」
　玲仁の指輪が光弾を放った。

「なんとか無事に勝てたな」
　そう言った命と同様、灼滅者たちは疲労の息を吐く。畳み掛けることで一気に殲滅できたが、そのタイミングに到るまで、各自に負傷が生じていた。加えて、今も緊張状態を強いられている。玲仁が顔をしかめながらも微笑した。
「今回は継戦能力が大事だ。傷が深くない今の内に小休止を――」
「待ってください。向こうに追われてる人たちがいます。ブエル兵は三体！」
　明海の警句に灼滅者たちが表情を険しくする。
　一時の休息も、今は許されぬらしい。
「ダークネスの考えることは、分かりたくもない。きっとお互い、分かりあえないんだろう」
　八雲が言った。
「知識を得るためだけにこんなことをするブエルも、業大老も、ラグナロクだって、今は関係ない」
　ただ、この地獄のような光景を早く終わらせたい。
「せめて目の前の、俺たちの目に入る範囲の人は、絶対守りたい」
「わたしはまだまだ元気、戦えるよ！」
　彩の声に、命もにっ、と笑みを浮かべる。
「俺は元より戦闘好きよ。派手に暴れて人助け、いいねぇいいねぇ」
「俺も、力とやる気はあり余ってる」
　涼太が拳を打ち合わせた。
「――なんてそのまま行くとマジヤベェから、回復といくぜ」
　鼓舞が頃合いの時点で、允が清めの風を放つ。真雪が首からかけた指輪を握った。同胞の物だったそれから力を得たように、声から疲労が消える。
「では、行きましょうか」
　灼滅者たちが、次の戦場へと走りだした。

●
　癒せぬ傷が、どんどん溜まっていく。
「どんだけいるんだ、こいつらはよ！」
　彩への攻撃を身体で遮り、涼太が除霊結界を発動する。範囲内のブエルが攻撃に使うエナジーを止められたところで、彩の焔脚が灰塵へと変える。彩が肩で息をした。
「さすがに少し疲れてきた、かな？」
　傷を負いながらも少しずつ敵を削ってきたが、そろそろ限界が近い――誰もがそう感じた頃合いに、その連絡は来た。
「ラグナロクが見つかった！」
　玲仁が敵を蹴り伏せながら、そう告げた。
「東だ。合流して護衛にあたろう」
　探索班が発見したら敵を振り切って合流――灼滅者たちは動いた。交戦していた敵の追撃を、八雲と涼太がワイドガードで守る。メディックの允を中心に、彩が祭霊光、玲仁が集気法で回復。これまでの経緯で体力に余裕のあった真雪と明海が前方に見えた敵を牽制し、追いすがる敵がいれば命がしんがりから攻撃を行う。
「ほらよ、こいつでも喰らいな！」
　手刀を振るって起こる、命の神薙ぎの風。鋭い一閃がブエル兵を穿ち、その足取りを遅らせる。
「邪魔だ！」
　真雪も前方に見えたブエル兵に、影を解き放つ。巨狼の姿をとった影が敵を弾き飛ばし、直後放った凍氷の魔術が敵を寄せ付けない。
「う～ん、この姿のまま走っても市内の人の正気度は……バベルの鎖に期待しましょう！」
　正義のため横須賀に参上したワラスボガール。自らをそうたきつけ、腕にした杭打ち機を一閃。上空にいたブエル兵の遠距離攻撃を弾いた時には、その懐に一足で飛び込んでいる。
「移動しながらでも、横須賀の平和は守りますよ！」
　明海は『病院』で得た力で敵の急所を看破し、鋭い杭の尖端で斬撃を放つ。そのまま蹴り飛ばして眷族を遠ざけ、着地。
　ふと思ったことを、呟く。
「ラグナロクさん、どんな人でしょうね？　ワラスボを好きになってくれる人なら良いなぁ」
「話に聞く限り、エクスブレインのような占いをする印象があったな」
　玲仁が応える。
「俺は何やらシンパを感じるぜ。俺も無事に帰れたら、パワースポット巡りをしてーなー」
　言った允がフラグ建築に気付いて、慌てて「マジ頼むぜ神様」と言う。
「何にせよ、まずは合流だな」
「……だな」
「ええ。合流と、戦場離脱までは油断できません」
　涼太の声に、命と真雪が頷く。八雲が連絡情報を見つつ呟いた。
「厄介だな、六六六人衆が追ってるみたいだ」
「気を引き締めて護衛する必要がありますね。急ぎましょう！」
　続く彩の言葉。主たちの言葉に霊犬たちも鳴いて応える。
　灼滅者たちは『東』へと急いだ。

　しかし、
　ここに一つ、誤算があった。
　いかに灼滅者の脚力であっても、東の地域に向かうまでには数分を要する。
　結局、ラグナロクを発見した班との合流はできぬまま、その後を追って戦場の離脱をすることになったのである。
　そして、その間に戦況は変わってしまったことを、少ししてから知ることになる。


　獄魔大将シン・ライリー。
　彼の者に、ラグナロクの少女が奪われたのだ。

作者：叶エイジャ	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2014年12月12日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 5／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 3
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