獄魔覇獄前哨戦~ラグナロクという『彼女』を救え

    作者:一縷野望

     神奈川県南部、東京湾と相模湾に面する海の町、横須賀市。
     その横須賀市の海底から、大きな、大きすぎる力が、上陸しようとしていた。
     球の輝き、飴のように伸びて巡る無数の光の中央にて縛られしは華奢な人影。

     輝きは地上を漂い、彷徨うように揺らぎながらもある一点を目指す。
     ふわり。
     横須賀市のほぼ中央にて、到着と言わんばかりに光は制止する。
     と、同時に戒め解かれし存在が現われる。

    「あれ? ここは、どこ、どうして、こんな所に? たしか私はパワースポット巡りを……」

     それは不安を湛えた少女、ラグナロク。
     
    ●獄魔覇獄前哨戦
     8名の獄魔大将に告ぐ。
     獄魔覇獄の戦いの火蓋が切って落とされた。
     横須賀市中央部に放たれた、ラグナロクを奪い合え。
     この前哨戦で、ラグナロクを捕らえ確保したものが、獄魔覇獄の戦いをリードする事になるだろう。

     ラグナロクの確保に全力をつくすのも良いだろう。
     獄魔覇獄の戦いの為に戦力を温存するのも良いだろう。
     敵戦力を見極める事に重点を置く戦いも悪くは無い。

     獄魔大将として、軍を率い、そして、自らの目的を果たすがいい。
     
    ●きっと不安で一杯だと思うから
    「……助けてあげて欲しいんです」
     衣装作りに目覚めたきっかけのゴシックロリータ姿の野々宮・迷宵(中学生エクスブレイン・dn0203)は、恐らくは一番素に近い彼女のままで灼滅者達の前に立つ。
     獄魔覇獄の前哨戦であるラグナロク争奪。
     自らもラグナロクとしてダークネスに追われた迷宵は、その時の恐怖と絶望を思い出し胸のレースをぎゅうと握る。
    「ラグナロクの彼女の体内には膨大なサイキックエナジーがあります。でも、自分で戦う力は持ってません。非力な一人の女の子なんです」
     取り合う勢力達にとっては恐らくただのプライズ。人である彼女を救出できるのは武蔵坂において他はないだろう。
     ――ラグナロクの捜索、他勢力に奪われぬよう襲撃を仕掛ける、どちらも彼女の救出には必要なアクションだ。どうするかはよく話し合って決めて欲しい。
    「取り合っている勢力は七つです」
     迷宵は一つ一つを説明していく。

    『ブエル勢力』
     ブエル兵達は、住宅街を虱潰しに探しまわっている。
     同時に新たなブエル兵を生み出し、ラグナロクの捜索と戦力増強を共に行っている。

    『シン・ライリー勢力』
     獄魔大将シン・ライリーを含め、少数精鋭の部隊が密かに横須賀入りをしているらしい。
     目的は自分達以外の獄魔大将の力を見極め、だから表立った行動はしていない。
     この勢力の敗北条件は、シン・ライリーが灼滅されるコトだ。

    『クロキバ勢力』
     犬猫眷属を派遣して、ラグナロクの捜索を行っている。
     主力のイフリートは殆ど派遣していない為、ラグナロクを発見したとしても、確保する戦力はなさそうだ。

    『六六六人衆勢力』
     人事部長と呼ばれる六六六人衆が指揮を取り、新入社員(六六六人衆)と派遣社員(強化一般人)を動員して、ラグナロク捜索を行っている。
     この勢力は灼滅者を警戒している。そのため灼滅者の撃破の優先的に行おうとしている。

    『デスギガス勢力』
     四大シャドウ・デスギガス配下のシャドウ達で構成されている。
     横須賀市民のソウルボードを移動しながら、状況を伺っている。
     情報収集を優先しているが、発見されたラグナロクを強奪できそうならば、襲撃をかけてくる可能性がある。

    『カンナビス勢力』
     ノーライフキング・カンナビスの勢力である。
     病院の灼滅者の死体から生み出した実験体アンデッドを多数繰り出して、ラグナロクの確保を行おうとしているようだ。
     実験体アンデッドの外見を灼滅者であるように偽装しており、自勢力の情報を他の獄魔大将に隠す意図があるようだ。

    『ナミダ姫』
     スサノオの姫、ナミダの勢力。
     ラグナロクの探索は行わず、多数の『古の畏れ』を横須賀市内に出現させ、無差別に敵を襲わせようとしている。
     敵の戦力を測るのが目的のようだが、他の目的もあるかもしれない。

    「以上です」
     話し終えた迷宵は緊張を解くようにスカーフから指を解いた。
    「みなさんが行ってくれるなら大丈夫」
     控えめな彼女の口元に描かれるのは小さな微笑み。今笑ったのはちっぽけなただの迷宵……だったエクスブレインの少女。
    「彼女は絶対に助けてもらえるって信じてます。だからみなさん気をつけて」
     あの日武蔵坂の灼滅者達のあたたかな手で助け出された少女は、絶大なる信頼の眼差しで送り出すのであった。


    参加者
    龍宮・神奈(殺戮龍姫・d00101)
    海野・歩(ちびっこ拳士・d00124)
    狐雅原・あきら(アポリア・d00502)
    獅之宮・くるり(暴君ネコ・d00583)
    鏡水・織歌(エヴェイユの翅・d01662)
    日野森・翠(緩瀬の守り巫女・d03366)
    斎藤・斎(夜の虹・d04820)
    アリーシャ・タングラム(プリンセスプリンス・d30912)

    ■リプレイ


     冷涼色の刃の先に鋭利な氷が生まれ、即座に港町の一角を斬り裂き奔る。悲鳴をあげて斃れるは回復手の男性。
    「まずひとりっと!」
     ひゅるり。
     アリーシャ・タングラム(プリンセスプリンス・d30912)は蒼涼の槍を華麗に廻し構え直し、得意げに口元を持ち上げた。
     エンカウントしたのは、六六六人衆の女社員とマンホールをあけて「ラグナロクさぁん?」と呼びかけていた男性派遣社員二人の合計三人。
    『ならばこちらも回復役を落とすまでよ』
     スーツ女は神木の鞘を胸で捧げ持つ斎藤・斎(夜の虹・d04820)へ。
    「させねぇ」
     遮るようにが手首を跳ね上げて、鏡水・織歌(エヴェイユの翅・d01662)は無防備な脇へと刃を滑らせる。
    『痛ッ……さっきからアンタ鬱陶しいのよっ』
     的確な牽制に舌打ちする後ろでは烈火で焦げる肉の臭い。
     龍に纏う炎をつぶすように握り消し、龍宮・神奈(殺戮龍姫・d00101)は隣過ぎる白妙へ視線をくれる。
    「とどめをお願い」
    「ああ、任せろ」
     獅之宮・くるり(暴君ネコ・d00583)の魔力抱く珠が後ずさる盾役を捉えた。
     耳劈く破砕音――幾度か痙攣した後、盾役は動かなくなった。、
    『だから派遣止まりなのよ!』
     ダークネスは苛つくように皆殺しの黒を叩きつける。
    「みなさん大丈夫ですか?」
     日野森・翠(緩瀬の守り巫女・d03366)は髪飾る花のようにあたたかな気配を降らせんと、神聖なる拍子を踏む。
    「倒れさせません」
     鞘から護りの刃を晒し斎も癒しを重ね疵を繕う。
     ……じりじり追い込まれる女が凭れた社用車、そのサイドミラーに狐色の毛が二つ映りこんだ。海野・歩(ちびっこ拳士・d00124)と霊犬ぽちだ。
    「さ~て、ぽち。全力で暴れまくるぞ~っ♪」
    「わうっ!」
     ぽちと呼吸をあわせたわんわん魂、解け女を刻み付与したばかりの力奪わんとす。
    「ドウモー、新入社員サーン」
     ガン!
     逃げ道を防ぐように『斬新コーポレーション』と描かれたドアに踵をめり込ませて、狐雅原・あきら(アポリア・d00502)はにたり。
    「現場仕事の厳しさわかりましたデスかー?」
     軽妙な口調と光なき瞳のアンバランス、携えた槍は闇の命を奪いきった。

    「……ラグナロクさんの発見はまだです」
     翠の報告に続き、斎もこくりと黒髪を揺らした。
    「いくつかの交戦開始報告のみです」
     暗記は完璧。着信番号を見ればどの班の誰からかまですぐわかる。
    「妹からもなしね」
     神奈の妹は南を捜索中。ラグナロク確保時は連絡が来る手はずとなっている。
    「不安で心細いだろうな」
    「うん、助けてあげなきゃね」
    「ああ、早く保護して安心させてやりたいな」
     小柄なくるりだが、歩とアリーシャという年少者を見守る眼差しには落ち着きが灯る。
     索敵に心躍らせるあきらの後ろ、ヘッドホンで耳覆い伏し目の織歌が続く。
    (「……止めないと」)
     あの時つかんだ前髪の手触りと凄絶な彼の笑みが、誓いを後押しする。


    「斬新コーポレーション、ねぇ」
     社用車のロゴを思い出し神奈はエメラルドの髪を背中に流した。
    「過酷な労働環境で、一体給金はいくらなのやら」
     定期的に携帯を確認する斎の前に転がり落ちるクレープの巻紙。すれ違うカップルが捨てたのだ。
    「お兄ちゃん、落としたよ?」
     天真爛漫に袖引く歩、紙くず咥えたぽちもしっぽはたはた。
    「もーっ」
     軽蔑の眼差しな彼女の手元のスタンプカードにあきらは目を止める。
    「おや、面白いモノ持ってマスねー」
    「ねえ、これっ」
     ぽちの口元からカードを広げアリーシャはくりっとした瞳を見開く。

     ――情報提供でスタンプ2倍! ラグナロクをお連れいただいた方は5倍!

    「場所を教えてください、お願いしますっ」
     わたわたと焦る翠。
     一般人相手に店をやっているなんて被害が出る前に向かわなくては!

    『女っつったらスイーツだろうに、こねぇなぁ』
     ラグナロク。
     じゅーと生地が焼ける音が不満そうな四十男の声をかき消した。
     ペンキで付け足された店名は『斬新コーポレーション・クレープ』……こうしとけば経費で落せるらしい。
     ちなみに助手席には店主の死体、ちゃんとコートで隠してある。
    「あの、ラグナロクってなんすかー?」
    『あーこの子』
     客の問に不明瞭な写真をぴらり。
    『顔わかってましたっけ』
     クレープを巻く派遣社員が首を捻る。
    『社長様のマーケティング予測』
    『ははぁ、斬新京一郎社長式マーケティング予測は完璧なんすねぇ』
    『俺の中の社長様はそー言ってる』
     写真は脳内指示に基づき作成しました。
    『ちょっ?! それ処さんの脳内社長様じゃないですかー!?』
     ぎゃあぎゃあ騒ぐ派遣をしれと躱し、くたびれ男は煙草を求め胸元探る、
     刹那、
     ぐしゅり!
     男の握る棍が客を庇う織歌の腕を割り血花を散らす。
    『いらっしゃいませ?』
     無遠慮に流し込まれる殺意に揺らされる上体、浮き上がるヘッドホンに指をかけ、外した。
    「此れ以上アンタらの好きにはさせねぇ」
     息するように殺す――大凡覇気を感じさせぬ中年男の瞳に爛々と宿る狂ヒを見出して。
    「わ……わぁっ?!」
     殺されかけたと気づき客は腰砕け、その腕が引かれた。
    「逃げるのだ、はやく!」
     澄んだ蒼携えし小柄な少女が背後に逃がし、即座に反対の手で捻った槍を処へと向ける。
    『おい派遣』
     螺旋の勢い殺すように叩き止め、処はやけにのんびりと背後を仰いだ。
    『そこでラクさせてやっから、しっかり狙えよ?』
    『わっかりましたよぅ』
     猫科の如く身軽に鉄板を蹴り飛び出た女は、掌に巻いた糸をつま弾く。
     ひゅり……。
     多人数を巻き込み威力は減衰しているとはいえ、張り巡らされた糸は灼滅者達の肌を容赦なく斬り裂いた。


     愛想も飾り気もない棍を無造作に振るう彼と、攻めの糸・回復の符を使い分けサポートする彼女――動きを奪いつつ威力充分な布陣。
     一方、灼滅者の狙いは回復も担う射手の彼女。しかし後衛を狙える技を複数持ち合わせている者は少ない。特に行動に制約をかける物が攻め手にないため、捉えるのも一苦労だ。
     故に、戦いは斬新コーポレーション側が優勢な滑り出しとなる――。

    (「チームで動くダークネスさん、息もぴったりで強いですね……」)
     だがそんな心のざわつきを翠は絶対に表にしない。癒し手が仲間を不安がらせるなんて愚の骨頂。
    「支えます、頑張ってください」
     優美に舞い振るわれた御幣は、女の糸を切るように仲間を阻害する力を祓いにかかる。
     重ねるように斎は清浄なる言霊を吟じた。
     サイドに垂らした紐飾りが奏でる謳を聞きながら、想い馳せるはラグナロクの少女達。
     教室で絶大なる信頼を向けてくれた彼女と、今もきっと震えている彼女――絶対に応える自信はないけれど、最善を尽くす事ならばできるはずだ。
     目まぐるしい戦場の中で刹那に生まれた静止の瞬間、処に寄り添い立つようにあきらは足を止めた。
    「いやあ、愉しそうに戦いマスネ!」
     底抜けの笑顔の元に集積するは昏き想念。
    『だったら俺を狙って欲しいね』
     冴えない男の頬掠め抜け往く漆黒の弾丸、蝕まれるは射手の女。
    「はっはっはー! そんなに潰して欲しいんデスカ?」
     モブキャラサン! と、身を屈めたあきらの上を風圧の雄叫び伴い来たのは炎の龍。
    『……ッと、うわっ』
     織歌に斬られた腱の痛みで僅かに遅れる止め。焼け焦げる喉元へ神奈は獰猛な目つきで舌なめずり。
    「お望み通り壊してあげるわ」
     ――好き放題にめちゃくちゃにしてあげる。
    『そりゃ楽しみだね』
     どこか自分に似た神奈の本性に処は口元を緩め、
    『あんま好きな使い方じゃねぇんだけどなぁ』
     ゆるやかさと素早さ……矛盾を顕し取り回される棍。その先端がほんの一寸止まったのは回復手の方向。
    「! 気をつけろ、そちらにいくぞ」
     くるりの注意喚起に後衛が地面に踏ん張るのと、鳴らされた踵から竜巻が生まれるのはほぼ同時だった。
    「……っ!」
     氷槍を勢いよく振り上げた拍子にアリーシャの豊かな胸が大きく揺れる。
    「飛ばされないんだからっ!」
     がづっ。
     渾身の力を籠めて地面に突き立てた槍と同化するようにしがみつき、アリーシャは攻撃を堪えきった。
     しかし癒し手は巻き上げられてしまう。更に、斎の着地点に誂えたようにある糸は、その身を刻み護りの力を剥ぎ取っていく。
    「この……」
     悔しげにくるりの歯が鳴った。射手へ届かぬのならばやる事は唯ひとつ。杖を片手に持ち替えて処へと思い切りよく踏み込む。
    『おっと』
     棍をくるり廻し拳を弾こうとする処の肩胛骨に刺さる刃。
    「うろちょろ鬱陶しいおっさんだ」
     だから、止める。
     ソマリが押し込む刃が流れる先は執拗に穿つ左腕の脇。戦慄くように震える指先、即持ち直すも既にくるりの拳は抜けていた。
    『あー』
     顎の下をしこたま殴られて、それでも処は瞳を弓のように撓らせ笑う。
    『ガキ捜しよかよっぽど愉しいわ』
    「斎お姉ちゃん、大丈夫?!」
     無事示すようにあがる腕はしかし無数の疵で痛々しい。
     ……のんびりしてられない。
    「一気にいくよっ! ぽち」
    「わうわうっ!」
     勇ましい声に元気をもらい、歩はぎゅっと両手で拳をつくる。結構追い払われていたけれど今度こそ当てる!
     わおーん!
     そんな雄叫びが聞こえて来そうな影犬が糸手繰る女を取り囲んだ。
    『処さぁん、助けてくださいよぅ』
    「わうっ」
     間髪入れずくきゅうが地面を蹴る音。太刀筋は伸ばした腕を輪切りにするように綺麗についた。
    「畳みかけるよ」
     桔梗と緋、槍飾りと三つ編みが空を切れば、凜烈なる飛礫はアリーシャの想いの儘に実り、腕押さえ呻く女へ突き刺さる。
    (『そろそろ壊れるかねぇ』)
     ――派遣は所詮使い捨て。


    『派遣』
    『はっ、はいぃ?!』
    『こーげき』
     磔のように横にした棍へ手首をだらりとかけた男は、ゆるい声音で残酷な命令を下す。
     ……自己回復を捨て敵を害せよ。
    『うぅ』
     鼻を啜り投げた糸を絡ませたのが彼女の最後の攻撃となる。
    「胸糞悪い会社だ」
     彼女の立つ地のように冷え冷えとしたされど胸を突くような感情を抱き、ソマリはその命を奪う。
    『あ、壊れちった』
     仲間で殺しあい、だから仲間が死んでも平気の平左。
    「やっぱ倒産に追いやってやらねぇと」
     ――止めないと。
     無意識に首に掛けたヘッドホンを指でなぞり。
    『そう言えば俺、社畜だったねぇ』
     思い出したような彼へ斎は半目でぼそり。
    「あなたにも割に合わない稼業だと、思い知って頂きます」
     もう疵を塞ぐ手段を持たぬ男を前に解き放つ言霊は、自分含めた後衛を癒す。

     回復、妨害、そして的……たかが派遣と切り捨てた彼女の果たす役割は存外大きく、処は劣勢へ落とし込まれていく。
     そんな中、翠と斎の携帯が着信を告げる。二人は最小の動きで中身を確認。

     ――ラグナロク確保。

    『おや、ラグナロクでも見つかった?』
     顔をあげた黒髪の少女達は飄々とした声にどきりと心臓を鳴らす。
    『ねえ? おじさんに見せてよ』
     即座に深疵の斎を狙い打つ雷、たまらず膝を折る少女。恐らく次に狙われるのは、翠。
     着信内容をチームへ共有しようとすれば、相手は某かの動きがあったぐらいは悟る。そして彼らもまた情報を欲している身だ。
     もちろん、足止めを残し護衛や救護のため即座に移動するなら気取られる危険を冒しても情報共有は必須。
     しかしこのチームの方針は戦闘継続。であれば、戦闘中の着信は知らぬ振りで敵に気取られぬように気を払うべきではなかったか。
     全体的に情報を受け取る事に執心して、それをどのように生かすかが想定されていない。
    『さて』
     悠然と歩を進める処を阻み歩が飛びかかる。
    「行かせないよっ」
     犬が牙をたてるように腕にオレンジオーラの拳が何度も何度もつきささる。振り払われても獣のように身軽に転がり即喰らいつく。
    「わうっ!」 
     援護するように銭をばら撒くぽち。
    「無粋な真似しないで欲しいわね」
     余裕が消えた横顔を余裕綽々の台詞が打ちのめす。
     左に浮かべし龍の鱗、広げた指を音がする程握り込み神奈は裏拳で脳を揺らしにかかる。
     無言で棍掲げ止めるも殺しきれぬ勢いはダークネスの上半身を派手に傾がせた。
     ブブブブブ……。
     躰を折った男が響かせる振動音を神奈は嘲り露わ。
    「出ないの?」
    『でるさ。はい……あ、ブチョー?』
     気取られても構わないのかそれとも社の厳しい掟か、素っ気ない応答。その隙に翠は御幣に光を灯し自らに降らせた。
    「……ふぅ」
     痛みが引き息が整うのを感じながら、此よりは仲間を生かすか自分を生かすかの判断にある種の覚悟を定め顔をあげる。
    『派遣壊れたんで補充……あ、そっすか、社長のマーケティング予測で……』
     かとん。
     携帯を閉じ通話を終えた処は、だらり両腕を下ろし口元を緩めた。
     ――闘気めいたモノが、消えた。
    『ていあーん。止めにしね? 行く所できたんだわ』
     どうやらラグナロクの情報を得たらしい。
    「はいそーですか、なんて言うと思う?!」
     頬を膨らませたアリーシャが手首を返し蒼の構えを変えるのに『だよねぇ』と苦笑い。
    「絶対に行かせないよ!」
     担ぐように背伸びして振りかぶり、大振りに見せかけてその切っ先は繊細に肝の位置へ。
    『……ッ、ってぇ』
     腹部を裂かれ中年男は夥しい血を吹き出したもんどり打った。それを合図に灼滅者達は容赦をかなぐり捨てて襲いかかる。
     ――。
     ひゅる……り。
     虚空を半円に切り目を惹き、即下側を浮かせ腹を抉る。
     そこには攻撃手を崩して突破せんとの狙いが見て取れた。だが、くるりの心は折れない。
    「……ッ、はやく守りにいってやらねば、な」
     知らない地に放り出される心細さに比べればこんな痛みなど……棍を寄せるようめり込ませカウンターで押し当てた宝珠から似た技をお見舞いする。

     ――それが、おしまいのはじまり。

     確かな手応えと共にくるりは杖を引いた。
    『はー』
     宝珠が去った後、紅に塗れた男が諦めたように寒空を仰ぐ憐れな様が晒される。
    『なぁ』
     いつもいつの間にか傍らに立ち、常に過剰な殺意を突きつけ口元だけで笑う少女のような少年に、処はよく似た形で唇を崩した。
    『煙草吸わせてくんね?』
    「残念デスケド、コッチもお仕事なんですよネ。なんて」
     とっとと翻しあきらはドーゾと勧めた。
     案外適当に。人間なんて、ずっとそんなもん。ところでダークネスは?
    『あーうめぇ』
     たった一吸いでぽとりと落ちて、後には燻る煙が残るだけ。
    「……」
     何か言おうとして空気を喰んだのは多分織歌、その耳にはヘッドホンが被さっているから。
    「急ごうよ! 六六六人衆に連絡いってるし護衛しなくっちゃっ」
     胸元でぐーをぶんぶん、パーカーのおみみを揺らし急かす歩には、もちろん誰も異を唱えない。
     アリーシャとくるりで斎を支え、残りのメンバーが周囲を警戒しつつ移動を開始する。
     ――少しでも早くラグナロクを安堵で包みたい、そんな願いを携えて。

    作者:一縷野望 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年12月12日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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