獄魔覇獄前哨戦～火蓋は切られた

■リプレイ

●営業戦線
　横須賀市東部。赤い看板の掛かった廃ビルの傍で、標的はすぐに見つかった。『斬新コーポレーション』のロゴが入った搬送用トラックの横に、２メートルほどの地蔵が設置されている……頭から赤いペンキを被り、目を見開いた地蔵だ。
『血みどろ地蔵、触るとご利益あります。ラグナロクさんいらっしゃい！』
　などというアナウンスと共に鎮座している。
「……どう見ても呪われそうなんスけど」
　牧瀬・麻耶（月下無為・d21627）はジト目をさらに細めつつも、手元の槍を握り直す。
「お前たち、灼滅者だな！」
　トラックから社員たちが、ぞろぞろと姿を現した。桜井・夕月（もふもふ信者の暴走黒獣・d13800）は足元から影を湧き立たせ、返す。
「ちょっと営業妨害しに来ました」
　天狐の影がふわりと舞った。尾の先を刃に変え、社員を斬り捌いていく。合わせるように、麻耶も槍を閃かせた。
「その悪趣味な地蔵ごと、倒させてもらうッスよ」
　魔槍は高速の回転力と共に、社員の体を深く貫く。
「社長様の計画を潰すわけにはいかん……行け、無能ども！　使えるところを見せてみろ！」
　正社員の命令にしぶしぶ従うように、派遣社員が灼滅者たちに反撃する。
「ワオンッ！」
　ナイフによる攻撃を、夕月の霊犬ティンが口に銜えた刀で受け止めた。　
「あまり士気は高くないように見えますね」
　敵の様子を見定めつつ、セルジュ・ディオール（祈りの騎士・d18765）は剣に眩い白光を宿す。
　社員がナイフをセルジュへと振り下ろした。セルジュはナイフを弾き飛ばし、返す刃で斬り込む。紋章が輝くと同時、強烈な剣撃が社員を裂いた。秋山・清美（お茶汲み委員長・d15451）は練習用ギターを手に取り、掻き鳴らす。
「せっかくのチャンスですから、ここで少しでも戦力を削っておきましょう」
「ナノ～！」
　激しい音波が空気を伝わり、社員に衝撃を与えた。同時にサムワイズがハートを放ち、仲間の傷を癒す。
「おらあっ！」
　派遣社員がナイフを、フローレンツィア・アステローペ（紅月の魔・d07153）へと振り翳す。　
「来なさい、黒き風のクロウクルワッハ！」
　刹那、鐵の手甲が光る。銀の鉤爪から放たれた糸は社員の腕ごとナイフを絡め取り、動きを封じた。
「くっ……！」
「城塞糸――なーんて。その攻撃じゃ届かないわ。もう少し、やる気を見せて？」
　フローレンツィアは糸を踊らせる。高速の鋼糸が、社員の腕を引きちぎり刻んだ。
「大きな戦いに参加するのは初めてで緊張しますけど……しっかり、やり遂げます」
　小沢・真理（シュヴァルツシルト半径急接近・d11301）は、剣に破邪の光を宿らせる。赤い甲冑を纏い、光と共に駈けた。社員へと急接近し、一刀両断する。ヘルツシュプルングが支援するように、銃弾を浴びせた。
「我々が押されているだと！？　ま、待て！　タイム！」
　武術の構えを取るレイヴン・リー（寸打・d26564）に、正社員は待ったを掛けた。
「待たねーよ。迅速に、倒す！」
　攻撃を片腕で受け止め、同時にもう片方の掌を突き出しながら集束させたオーラを放つ。ラオシーも、合わせるように霊力の波動を撃ち出した。
　吹き飛んだ派遣社員に巻き込まれ、正社員が地面に倒れ込む。神條・エルザ（クリミナルブラック・d01676）は祈るように手を合わせ、敵を鋭く見据えた。
「人の命を弄ぶ罪人よ……その罪ごと滅びるがいい」
　上空に煌々と輝く十字架を生み出し、プリズムの光線を無数に降らせる。光線は社員や地蔵、トラックを焼き貫いていった。
　数分の戦闘の末、社員たちを壊滅状態に追い込むことに成功する……。

●殺害責務
　無事第一戦を終え、灼滅者たちは息を付く。廃ビルの陰に移動し、次に備えて心霊手術を施した。
　捜索を再開しようとした矢先、複数の気配が近付いてくる。通りの向こうから、仕立てのいいスーツを着た男の姿。そして、男の部下だろう……黒服の男たちが歩いてくる。相手が誰なのか気付き、灼滅者たちは携帯を取り出す。
　レイヴンは通話を繋ぎ、スマホを耳にあてた。
「赤い看板が掛かった廃ビル付近で、人事部長と遭遇した。戦闘を開」
　瞬間、灼滅者たちを鋭い斬撃が襲う。耳元のスマホが、二つに割れた。
「灼滅者の皆様ではありませんか。社員の仕事ぶりを見にきたのですが、これは参りましたねぇ」
　人事部長は穏やかに現場を眺めていた。手には、日本刀。
「こんなところで会うなんて、ね。ご迷惑だったかしら？」
　緊張感の中、フローレンツィアは敢えて挨拶を交わすように話し掛ける。
「仕事には問題が付きものですよ。しかし、放置し過ぎるのはよろしくない」
　空間が殺意に満ちる。威圧感と共に、押し潰されるような殺意だ。
「そろそろ、小さな問題から排除しましょうか」
「排除されるのは、そちらッス」
　麻耶の背筋を嫌な汗が伝った。それでもしっかりと前を見、槍を握り締める。地を蹴り、人事部長へと駈けた。螺旋のごとく繰り出された槍は、人事部長の部下に阻まれる。
「邪魔くさい壁ッスね」
「使える壁でしょう？」
　麻耶のすぐ横で、刃が不気味に光った。麻耶に届く前に、ティンが間へと跳び込む。
　甲高い鳴き声と共に、ティンは地面に転がった。さらに放たれた一閃が、灼滅者たちを巻き込んでいく。
「庇ってくれてなかったら危なかったッス……ありがと」
　消えゆくティンに、麻耶は静かに呟いた。
「ここまでの破壊力を持っているとはな……」
　激しい攻撃に耐え、エルザは人事部長を注意深く見つめる。
「さすが高位の六六六人衆といったところでしょうか。でも、そう簡単には負けません」
　清美は強気に返し、ギターを構えた。感覚のままに弾いた弦は力強い音を拡散し、仲間へと癒しの響きを届ける。
「ナノッ！」
　サムワイズも羽をばたつかせ、ふわりとハートを飛ばした。
「そうだな……耐えきってみせよう。後に来る、仲間のためにも」
　回復の間も、灼滅者と人事部長の攻防は続く。エルザは剣を掲げ、煌きと共に癒しの風を解き放った。風は優しく仲間へと吹き付ける。
「その心意気は評価しましょう」
　人事部長は清美へと刀を振るった。サムワイズが庇い、刀を受ける。声を上げる間もなく、サムワイズは掻き消えた。
「会っちまったものはしょうがねぇ。着実に、こなすだけだ！」
　自身の魔力を雷に変換し、レイヴンは杖を振るう。放出された雷撃に合わせ、ラオシーが霊力を打ち放った。雷撃と霊力の波動が部下を傷付けるも、人事部長は涼しい表情を崩さない。
「着実に、ですか。そうですね。着実に行きましょう」
　レイヴンへと接近し、庇いに入ったラオシーごと斬り捨てる。ラオシーは消滅し、レイヴンも強い衝撃に飛ばされた。
（「くっそ、強い……負けてたまるか！」）
　攻撃を受ける直前、レイヴンは武器をクロスさせ防御体勢を取る。持っていかれそうな意識を、何とか繋ぎ止めた。
　「まずいですね……」
　盾役のサーヴァントが３体沈んだ状況下、清美は役割の変更を考える。しかし、回復量を減らせば仲間の受けるダメージが加速する。
「清美ちゃんは回復をお願い！　私が盾になるからっ！」
「自分も。火力と回復は他に任せます」
　真理と夕月が、仲間たちを護るように前に出た。
「わかりました、頼みます」
　二人の言葉に清美は頷き、回復に集中する。
「はっはっは、勇ましいことで」
　人事部長が指を鳴らすと同時、部下たちが走った。灼滅者たちをずらりと取り囲み、シールドを手に襲いかかる。
「動きを封じるつもりですね……」
　セルジュが呟いた直後、彼の目前に人事部長が迫った。剣と刀がぶつかり、音を響かせる。
「ふむ、すぐには殺せませんか」
「騎士の誇りにかけて……倒れるわけにはいかないのです」
　軋む腕の痛みに耐えながらも、セルジュは力強く告げた。押されゆく鍔迫り合いに、真理の心臓が跳ねる。
（「このままじゃ……！」）
　消えていったサーヴァントたちが、脳裏に映る。唇を噛み締めた刹那、ヘルツシュプルングがアクセル全開で駈け抜け、部下を撥ね飛ばしながら真理の傍で停車した。
「ヘル君、ありがとう……行くよ！」
　愛車に跨り、疾走する真理。同時、人事部長が刀を振り抜いた。セルジュの体が衝撃に吹き飛ぶ。
「誇りなど、力なしではどうにもなりません」
　距離を詰め、再び刀を下ろす。下ろされた刀は、割り込んだ真理が受け止めた。
「これ以上、傷付けさせない……！」
　真理は剣を盾に、押し潰されそうな衝撃を耐える。
「そうですか」
　人事部長が、さらりと返した直後。
　刀が、ヘルツシュプルングごと真理の体を引き裂いていた。
「ヘ、ルく……そ、んな……ッ」
　激痛と共に、真理は崩れ落ちる。
「予定が狂いましたね。まあいいでしょう。まずは貴女から……」
　ドゴッ！！！！
　言い終える前に、人事部長の横腹に衝撃がめり込む。異形と化した夕月の腕が、強烈な打撃を繰り出したのだ。
「これはティンと、倒れた仲間の分です」
　さらにもう一発、連撃のように夕月は拳を叩き込まんとする。その腕を、人事部長が掴んだ。
「部下の包囲網から抜けてきましたか。いやはや、元気なことで」
「……時間を稼いでくれた真理ちゃんには、感謝しないとですね」
　夕月の足元から天狐が立ち上がる。天狐は人事部長へ牙を剥いた。彼の腕を、傷付けると同時。
「これ以上、予定を邪魔しないでいただきたい」
　狂刃が、夕月の体を残酷にも斬り飛ばした。
「かはッ……！」
　ビルの壁に激突し、夕月は意識を失う。清美とエルザが癒しの光を放つも、真理と夕月の傷は、なかなか塞がらない。
「無駄な足掻きはよしなさい。どうせ死ぬんですから」
「そうさせないために、私がいる」
　内心の焦りは隠し、エルザは凛と告げる。人事部長は軽く息を付き、足元に崩れる真理へと目を落とし……。
　刹那、ズブリと音がした。人事部長の腹に、セルジュの剣が深々と突き刺さっている。
「……護っていただいた分、この剣で恩に報います」
　さらに魂を抉るように、セルジュは非物質化した剣をぐいと引き抜いた。抜き放たれた剣は、清らかな蒼光を放つ。
「来なさい、アルベルティーナ・イミタート」
　フローレンツィアが右手を掲げ、十字を煌かせた。傷を負った仲間から人事部長を引き離すように、紅き光を帯びた斬撃を繰り出す。
「なかなか処理させてくれませんねぇ」
　処理とは、命を奪うということなのだろう。
「簡単に死んでしまっても、つまらないでしょう？」
　フローレンツィアの言葉に、人事部長は笑んだまま首を横に振る。
「まあ、私の見立てでは貴方達も、もって１、２撃程度といったところでしょうか」
　人事部長は穏やかに告げる。その見立ては正しかった。このまま戦闘が続けば、回復も間に合わずに全滅する。闇堕ちという選択肢が、エルザの心に浮かんだ。
（「……今が、『その時』なのか？」）
　過去の悪夢が蘇る。再び仲間を護れなくなる、誰かが欠ける、その前に。
「逃げようなどと思わないでくださいね。どのみち貴方達は、全員死ぬのですから」
　人事部長が刀を構え直した、刹那。
　その背後で炎が噴き上がった。激しい金属音が響くと同時、視界に映ったのは刀を蹴り付ける灼滅者。武器を構え、駆け付ける面々の姿だ。
「援軍ですか」
　人事部長が僅かに眉を寄せる。
　今が好機だ。人事部長が援軍を相手にしている間に回復し、体勢を立て直す。
「何とか、まだ戦えそうですね」
　清美はほっと息を付く。回復役に留まった判断は正しかった。回復量が落ちていたら、援軍が来る前に壊滅し、死人も出ていたかもしれない。
「ネズミのように増えるのですね、貴方達は」
「そうでもしないと勝てないし。癪ッスけど」
　仲間と交戦する部下の間を抜け、麻耶は人事部長へと迫る。鈍色の刀身に、赤い光が満ちていく。振り下ろされた麻耶の剣撃は、火花のような逆十字を出現させ、人事部長の刀と交差した。
　人事部長の体に、無数の切り傷が走った。人事部長の横から、フローレンツィアが追撃を仕掛ける。
「この人数じゃ、さすがに捌き切れないのではないかしら？」
　ジャマダハルを振り翳し、光の刃を撃ち放った。血のように紅い刃が翔び、人事部長を斬り裂いていく。
「この程度、問題ありませんよ」
　交差させていた麻耶の刀を弾き、人事部長はカウンターの一撃を振るう。
「まだっ……負けないッス」
　麻耶はとっさに槍を発現させた。槍で攻撃を受けることで、衝撃を緩和する。
「これ以上、誰もやらせはしない」
　エルザの聖なる光条が、麻耶を包み癒した。
「往生際が悪いですね」
「たとえ厳しくとも、簡単に引くわけにはいかねーからな！」
　レイヴンは両拳を前方に打ち出し、オーラを放つ。オーラは激しく渦巻き、襲い来る部下を突き飛ばした。
（「神よ、どうか私に力を……」）
　セルジュは精神を研ぎ澄まし、祈りと共に全身にエネルギーを巡らせた。堅牢なプレートアーマーをその身に纏いながらも、風のような速度で人事部長へと接近する。その剣で力のかぎり、人事部長の体を薙いだ。
　その後も、しばし積極的に刀を交えていた人事部長だったが、ふいに残る部下の後方へと移動した。
「……ふむ、芳しくないですね。今のところはここで引いてあげましょう。私はここでやられるわけには行かないのでね……」
　ニヤリと意地の悪い笑みを残し、傷だらけのまま走り去っていく。灼滅者の目前には、立ち塞がる部下の姿。
　それは追跡が不可能であることを、如実に語っていた。
　何とか部下たちを倒すも、人事部長の気配は完全に消え失せている。
「逃げられ、ちゃいましたね……」
　真理がふらりと立ち上がった。悔しそうに、顔を顰める。現時点で、撤退する必要がある程に消耗している。この状態で戦場に留まるのは危険だ。
「他班が、見つけてくれれば、いいんですけど……」
　夕月は願うように呟き、力の入らない腕を押さえた。人事部長を殴った拳が、熱い。
　……自ら逃走したということは、人事部長も消耗しているはずだ。もし余力のある他班が見つけることができれば、あるいは……。
　灼滅者たちは祈りつつ、その場をあとにするのだった。

作者：鏡水面	重傷：小沢・真理（ソウルボードガール・d11301） 桜井・夕月（もふもふ信者の暴走黒獣・d13800）  死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2014年12月12日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 6／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 0
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