獄魔覇獄前哨戦～少女の行方

■リプレイ

「分担が決まったよ。俺たちは西側地域の中でも北の方、大楠山付近の探索を行う」
　犬塚・沙雪（黒炎の道化師・d02462）は軽く手を上げて他のグループの代表者たちに挨拶すると軽い足取りで仲間たちのもとに戻り、担当地域についての情報を説明した。
　横須賀市に出現したというラグナロクの少女の捜索のために集まった灼滅者たちだが、周辺部まで含めれば捜索すべき範囲は意外に広い。武蔵坂学園以外の７つの勢力に奪われないためにも、効率の良い探索が求められ、沙雪は西側地域に集まったうちの８人の代表をする形で他班との調整を行っていた。
「んー。そうするとここから大きく北周りで大楠山と畠山の間を探しながら海岸沿いの立石公園あたりに向かう形、かな？」
　小首を傾げた中川・唯（高校生炎血娘・d13688）が、広げた地図の上を軽く指でなぞってみせる。
「ふむ、そのルートで捜索じゃな。では先に行って軽く偵察しておこう」
　アリシア・ウィンストン（美し過ぎる魔法少女・d00199）は一つ大きくうなずくと、手にした箒にまたがった。
「ウィンストン様、失礼ながら敵方からも目立つ行動はお控えになられたほうが……」
　わずかに顔をしかめたクラウィス・カルブンクルス（片翼無くした空飛べぬ黒蝶・d04879）が眼鏡の位置を直しながら注意すると、アリシアは鷹揚に返答した。
「わかっておる。目立つ飛び方はせんし、何かあったらすぐお主らに連絡して合流するわ」
「あ、アリシア先輩、危なそうだったら言ってね、警護するか……ら……」
　僕が護るよとばかりに拳を握りしめて見せた高沢・麦（とちのきゆるヒーロー・d20857）を尻目に、魔法少女姿のアリシアは箒と共に一気に上空へと舞い上がる。その姿を苦笑じみた笑いで見送ると、沙雪は残るメンバーに向き直った。
「すでに聞いていると思うけど、捜索対象は俺たちと似た年頃の女の子だよ。他の勢力の連中と遭遇する危険もあるけれど、戦闘は戦闘班に任せてとにかく捜索優先、確保を目指すよ」
「はっはぁ、今度のラグナロクって可愛い女の子なのかね」
　天使・翼（ロワゾブルー・d20929）が明るく軽くうなずき、パン、と右の拳を左の手の平に打ち付けた。
「それだったらやる気がでるってもんだぜ」
「だな。喧嘩できねーのは残念だが、そうも言ってらんねーからな。さっさと見つけねえとな」
　少々好戦的な表情で鏡・剣（喧嘩上等・d00006）が同意した。
「とにかく、頑張りますよ！」
　他グループとの連絡用の携帯を片手にテンションの高めの声を張り上げたのはご当地ヒーロー、陽横・雛美（すごくおいしい・d26499）。巨大なピンクのカラーヒヨコと見紛うその姿が、ラグナロクの少女にかわいいと思ってもらえるかどうかは判断が難しいところだ。
「じゃあ、早速しゅっぱーつ！」
　元気に叫んだ唯はくるりと回れ右、北西の方角に向かって歩き出す。
「はい。では参りましょうか、皆様」
　クラウィスが静かに促し、自身はしんがりを勤めるべく一歩下がって控える。
「よっしゃ、行くか」
「うん、ヒーローは逃げない負けない見捨てない！　ラグナロクさん、待っててね！」
　無造作に歩き出した剣に麦が続き。
「さっさと片付けようぜ、その子も待ってるだろうしな。ほら、沙雪っち、行くぜ」
「了解」
　飄々と告げた翼に沙雪が軽く頷き返し、さらに両手（？）の羽をぱたぱたさせながら雛美が続くという布陣で、一行のラグナロク探索は開始された。

●難航
　そしてしばしの時が過ぎ、冬の淡い日差しが降り注ぐ木立の中。
「しっかし、見つかんね～な」
　油断無く左右を見回しながら仲間と共に歩を進めつつ、剣は口の中でぶつくさ呟いた。
　出発地点の市街から山へ。一通り回ったあと山を抜けて山の間の住宅地に抜け、また別の山の中へ。そんな風にして一行はひたすらラグナロクの捜索を続けていたが、これといった手掛かりは見つかっていなかった。
　スーパーＧＰＳとＤＫＳノーズの二つの能力持ちの翼が位置を確かめながら一行を先導。その後ろに陣取る雛美が『隠された森の小路』の力で道を切り開きつつ他班との連絡を担当し、『ぶらり再発見』のＥＳＰを使うクラウィスと沙雪、唯が左右と前方に注意を払う。さらに麦と剣が周囲の音に注意を払いながら万が一の後ろからの奇襲に警戒する……というフォーメーションは、上空警戒役のアリシアを加えると非常に合理的なものだったが、単純に生い茂る木々が捜索の効率を大きく低下させていた。大楠山は決して高い山ではないがその周辺は自然が保護されており、木々が自然のままに生い茂っている。そして人が手を触れない山というのは決して歩きやすいものでは無い。しかも。
「右前、敵だぜ。隠れろ」
　翼の警告に全員が足を止め、手近な木の幹や灌木の影に身を潜める。ほどなくして現れたのは、山歩きにはいい加減な恰好の二十代半ばと見える青年だ。
「あーあ、人使いが荒いったらねえよなあ。とっとと出てこい、ラグナ何とか！」
　左右を見回しつつ手にした木の枝でその辺を叩きながら進む彼は、隠れた灼滅者たちには気づきもせずに進み続ける。その背が木々の向こうに消えていくのを見送ってから、クラウィスがわずかに首を傾げた。
「あまり強い感じはしませんね。少なくともダークネスではない……強化一般人でしょうか」
「六六六人衆の手下かもねっ！　なんか、東の方にけっこう集まっているらしいよ！」
　他班の情報が映った携帯を片手に、雛美が愛想良く最新情報を伝えた。
「あー、いい加減ダルくなってきたー。山越えサイテー」
　と、ついさっきまではよい子のみなさんには聞かせられないたぐいの文句を小声で呟いていたりしていたのだが。
　ともあれ、決して少なくない数の敵が山中をうろついており、無視できないレベルで捜索の邪魔になっていた。当初は高空から地上の様子を観察していたアリシアも、危うく発見されそうになってからは木々の頭を掠めるような低空飛行に切り替えている。あえて言えば、それはまだ敵も目標を発見していなことの証明でもあったが。
「ん」
　そんな風にしてなおも慎重な捜索と進軍を続けるうちに、唯が不意にピョンと飛び跳ね、辿っていた獣道から脇に逸れた。
「こっちの方に何かありそう」
　野山歩きに慣れた様子で繁みをかき分け進むことしばし。大楠山の山麓に広がるゴルフ場からやや外れた、木々が密集して人目に付きにくいあたりで何か妙な物音、いや人の声らしきものが聞こえてきた。
「誰か話して……」
　思わず言いかけた麦が自分の口を押える。忍び足に切り替えて注意深く進み、藪の間から覗き見た見た先には小さな空地があった。中央には折り畳み式の小さな椅子と机、その上に広げられた地図。そして携帯電話を片手に椅子に腰かけた、人相の悪い一人の中年男。
「ええ、残念ながら見つかっておりません。こちらにはいないのでは……いえ！　決して手を抜いてなどおりませんとも！」
　漏れ聞こえるそんな声を聞き、唯はわずかに後ずさりして麦に囁いた。
「あれ、どこかへの報告かな？」
「そんな感じだね」
「しゃべり方が下っ端くさいな。派遣社員ってやつか？　六六六人衆だとすればだが」
　翼が小声で意見を述べる間にも男の声は続いた。
「ああ、いえ、残りの12ブロックも可及的速やかに調べて報告致します！　では人事部長によろしくお伝えください。失礼致します」
　丁寧に言って通話を終了した途端、いきなり態度が豹変した。
「ち、偉そうにしやがって、何様のつもりだ」
　毒づき、机をガンと蹴り飛ばす。振り返った男に見つからないように体を低くしながら翼は横の紗雪に視線を送る。
（「ここで捜索を指揮してるのか。頭を潰す意味でも、やっちまいたいところだが……」）
（「今は止そう。妙な騒ぎになったらまずいし」)
　同じく眼差しだけで答え、紗雪は音を立てぬように後退する。
「人事部長と言っていましたね。事前情報にあった通り、六六六人衆は組織で行動しているようですね」
　敵に声の聞こえぬ位置に下がったクラウィスは今見た状況を分析した。
「良くも悪くも大物はこっちにはいないみたいね。戦闘班に連絡して……さ、捜索の続き、続き！」
　羽まがいの手で器用に携帯を操って目にした情報を送信すると、雛美は再び山道を歩き出した。

●転機
　そしてさらに時間が経過する。
　ひたすら索敵飛行を続けるアリシアは、吹きすぎる寒風にわずかに身体を震わせた。
「しかしおらんな。いったいどこかのぅ……おっと電話じゃ」
　器用に携帯を取り出し耳に当てる。その表情が微妙に変化した。
「なに、ラグナロクが発見された？」

「はい……はい、了解。連絡ありがとう」
　沙雪は携帯の向こうの相手に礼を言うと通話を切り、微妙な表情で仲間たちに向き直った。
「ラグナロクが発見されたそうだよ」
「場所は？　どこ？」
　唯が身を乗り出して質問する。
「東側地区だって」
「あー、反対側ねー」
　テンションがダダ下がりになったらしき雛美の声は、明らかに先ほどまでより1オクターブ低かった。
「ここまでの時間を考えると……直行でも１時間近くはかかりますね、おそらく到着した頃には撤収は完了しているでしょう」
　地図をちらと見たクラウィスが、あくまでも冷静に事実を述べる。
「あちゃあ、仕方ないなあ。俺の格好いいところ見せられなかったなあ」
　麦が明るく嘆いたところで、雛美の携帯が微かに音を立てた。
「アリシアちゃんかー、はいはい。え？　敵が」
「ああ、集まり始めておる」
　ラグナロクが確保済みならもはや隠密行動は無用と、高空からの監視に切り替えたアリシアは、皆に聞こえるほどの大声で携帯に向かって状況を説明しながら、冷徹な目で眼下の山肌を見下ろした。
「山狩りをしていた、例の派遣社員とおぼしき連中じゃ。さきほどの溜まり場らしき場所に、９人が向かっておる。連中にも知らせが来たのじゃろうな」
　翼と剣が顔を見合わせた。
「俺らが間に合わない以上、連中も無理だろうけどな」
「万が一ってこともある。やっぱり潰しておくか」
「いいでしょう。派手に騒げば、陽動にもなるかも知れませんしね」
　クラウィスが言い添え、互いの意思を確認し合った彼らは一斉に走り出す。隠密行動を捨て、全速で、全力で。

●駆逐
　周囲の目を気にしない時の灼滅者たちの速度は、走るというより疾走という言葉がふさわしい。その疾走の先頭に立って一気に敵中に躍り込んだのは翼だった。
「ハッ！　喧嘩は先手必勝だぜ！」
　文字通りに鋼鉄の硬さと化した拳が、空き地からどこかに向かおうとしていた男たちの一人を問答無用に打ち抜き、反応さえさせる間もなく打ち倒した。
「な、何だ、おまえら……」
　さきほどこの場で見た中年男が慌てふためいて叫ぶ。
「灼滅者じゃ。聞いて無かったかの？」
　答えは上空から降ってきた、魔法の矢と共に。曲芸飛行まがいの急降下からアリシアが放ったマジックミサイルは声を発した男に命中、その身体を大きくよろめかせる。
「陽動故、無茶をする必要はないのですが」
　淡々と口にしつつクラウィスが繰り出した槍が若い男の胸をえぐり、一撃でその場に昏倒させた。
「悪いけど、捜索は失敗、メンバーも壊滅……」
　タメを入れて繰り出した麦の技はフォースブレイク。
「そっちの部長さんにはそう報告しといて！」
「成敗っ！」
　合わせた唯の剣も命中、一人がまた避ける間もなく撃沈した。そこでようやく敵方も反撃に動き出したが。
「うん、大したことはないね。捜索用に駆り出された雑魚かな」
　チンピラまがいの格好の男が繰り出したナイフをひょいと避けると、紗雪は軽く右手を振ってウロボロスブレイドを解き放つ。鞭のようにしなる刀身が３人の男たちを縦横に刻んだ。
「除霊結界……を張るまでも無いね、この程度の敵はさっさと片付ける」
　ぶつくさ呟いた雛美、すなわち巨大な二頭身のヒヨコの両眼がきらりんと光った。
「ご当地ビーム！」
　迸った二筋の光がすでに逃げ腰になりかけていた一人の男に炸裂、問答無用にぶっ倒す。だが、指揮官の男が突進を始めた。意外な速さだった。
「おっと」
　思ったよりも威力の籠もったナイフの一撃が胸のアーマーに傷を付けるのも構わず、翼は前に出て顔を相手に近づけた。
「誰かの命令で嫌々動いてんのか？　そんじゃ命を捨てる覚悟なんかできてねーよな」
　拳を構える。
「覚悟はいいか、オレはできてんぜ！」
　繰り出された拳の連打が閃光と共に男を吹き飛ばし、立木に叩き付けられた中年男はそれでも何とか動こうとしたが。
「終わりです」
　無慈悲な宣告と共にクラウィスが跳ぶ。鮮やかな跳び蹴りをくらい、男はそのまま大地に倒れ伏した。
「ひいふう……あと４人か」
　残る敵の数を数え、剣が獣まがいの笑みを浮かべる。
「ひ、ひい！」
　リーダーを失った男たちは我先にと逃げようとしたが、そこへ唯と麦が連携を取って退路を塞ぐ。
「二条大麦ダイナミック！」
「逃がさないよ！」
　ご当地技と輝く剣の一撃に、逃げ損ねた二人が崩れ。
「背中からは趣味じゃないけど、もう一発かな」
　逃げる相手に、うねる刃を再びを解き放った紗雪に一人が刻まれ、残るは一人。
「これで仕舞い、じゃ！」
　最後はアリシアのオーラキャノン。己の真上から降り下った圧倒的な力に押し潰され、最後の男も地べたに横たわった。

●幸運……？
「あー、終わった終わった。いろんな意味で」
　動く者がいなくなった空き地を見回し、雛美が不機嫌そうに嘴から息を吐き出した。
「だな。敵も消えたし、帰るとするか」
　剣は軽く暴れてさっぱりした様子だった。
「あー、お腹空いた！　横須賀といえばこれだよねっ」
　唯が持参の袋をごそごそ探って何かを取り出す。出て来たものは……。
「カレーパン！」
「って、ええ！ご当地グルメ？！　いーなーー！　俺も何か買っとけば良かった……」
　ものすごく羨ましそうな麦に、唯が満面の笑みでパンを差し出した。
「しょうがないなぁ、分けてあげるね」
「いただきます！」
　遠慮無く受け取ってかぶりついた麦の元気な表情を眺め、翼は軽く肩を竦めた。
「ま、確かにオレたちの仕事は終わりだな」
「はい。後は任せるしかありません」
　クラウィスが静かに頷いた。紗雪が振り返って東の方を、おそらくはまだ闘いが続いているであろう方角を仰いだ。
「成功してると、いいね」
「そうじゃな」
　箒から降りて一息ついたアリシアも、紗雪の横に並んで同じ方向を見遣った。

　……だが、彼らはある意味幸運だったのかも知れない。同刻、横須賀の東で少女と出会った者たちは、来襲した獄魔大将シン・ライリーと正面から激突し、少女を奪われた上に悉く地に伏すことになったのだ。そしてその無惨な事実は、さらに過酷な闘いの幕開けを、全ての灼滅者たちに告げ知らせることとなったのである。

作者：九連夜	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2014年12月12日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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